◆◆◆   人と、人との繋がりが意味するものは何でしょうか?   ◆◆◆

人間は周囲の力を借りて生きている生物なのです。
本人は意識しなくとも、このルールは絶対なのです。

食べている物も、着ている物も、毎日寝る為に身体を預けている建物も、
それぞれの分野で働いて、生産してくれる専門家プロフェッショナルが存在するからこそ、そこにあるのです。

人間がただ歩き、勝手に目に入る光景や設置物も、全てその法則にのっとられた存在です。
世の中とは、人が人を支え、そして逆に支えられて生きている複雑な社会環境と言えるでしょう。

そして、人間は時としてはその法則にある程度逆らい、一人だけで突き進まなくてはいけない時がやってくるのです。
それは決して時間や余裕を与えてくれません。唐突に提供され、強制的に行動させられるのです。
しかし、内容の密度が重厚過ぎた場合、人間は恐怖のどん底に突き落とされてしまいます。

だけど世の中は甘くはありません。世界が作ったルールに再びすがり付こうとしても、そう簡単に行かない事も非常に多いのです。
世の中は人間個人の感情一つ一つに構っている余裕はありません。
もしそれに影響され続けていれば、必ず世界の流れは乱れ、絡み合い過ぎた結果、崩壊の一途を辿る危険性もあります。
残酷かもしれませんが、一人一人に構っている余裕はまるでありません。だから、大半は無視されてしまうのです。

しかし、これはあくまでも余裕が無いと言うだけで、強運なる人間ならば、構ってもらえる事もきっとあるはずです。
ほら、すぐ目の前のあのピンク色に近い赤髪の女の子のように……。見てごらんなさい。



                         ιεη 裏路地に差し込む温言慰謝おんげんいしゃの光 ηει
                                   ―― HOPE OF LIGHT ――
                                          It is primitive?











「ってお前ちょ、ちょ、ちょいやめ、やめろって!」

暗い茶色の髪を持った少年のスキッドは自分の胸元付近に顔を押し当てながら
大声で泣いている薄い赤髪の少女、ディアメルに少し焦りながら離れるように施しているような言葉を渡す。

「だってぇ……ホントに……怖かったんだから! ホントに……もう……駄目かと……思って……」

それでも狩猟用装備のディアメルは嗚咽おえつをあげながら、スキッドから離れずに
絶望的な状況へ追い込まれていたこの感情を表現する。

スキッドの後ろに回している両手の力は相当強く入っている事だ。

「ままま、まあそうだけど、そうだけどな? ま、まあとりあえずえっと、何とかこうやって、こうやってえと、合流出来た訳だし、いだろ?」

スキッドも流石に目の前で女の子に泣かれていては非常に難しいものがあるはずだ。
既にこの場が安全地帯であると、まともに回らない口で何とか言い返す。

「うん……ありがと……きっと……私達……助かる……よね……?」

徐々に歔欷きょきの声が治まり、ディアメルはスキッドに頼るかのように、
しっかりと生き延びる事が出来るかどうか、ゆっくりと顔をスキッドから離しながら訊ね出す。

その両目には、凄まじいとも表現出来る量の涙が溢れている。この量は、いかに追い詰められていたかを示すはかりとも言える。

「あ、ああ勿論もち勿論もち! ぜってぇ助かんに決まってんだろ? たかがこんな侵略程度でくたばってちゃあ人生勿体ぇだろ?!」

スキッドは自分より多少身長の低いディアメルの頭の上に蒼鎌蟹アームの右手を乗せながら、
空いた左手を持ち上げ、そして握る。

「そ……そうだよね……。あ、所でクリスさんはどうしたんですか!? 一緒じゃなかったんですか?」

ディアメルはようやく涕泣ていきゅうの世界から解放されたのか、口調が元通りのものとなり、
そこで改めて気付いたあの時に脳裏に浮かんだ少女の事を訊ねる。

あの時スキッドが浮かんで来なかった以上、スキッドより重要性が高い存在なのかもしれない。



――スキッドの奥で何かが込み上げるような感覚に襲われ……――



「クリス? あ……あぁあいつは……」

スキッドはクリスの話を聞かれるなり、突然テンションを暗くしてしまい、
そのままよれよれと近くにあった建物の階段状になった石の上に座り込む。

「え? あ、あの、何かあったんですか?」

そのスキッドの様子に、ディアメルはいけない事を口に出してしまったのかと罪悪感を覚えるが、
それでも大切な存在であるあの少女の事情をもっと聞こうと、ゆっくりとスキッドへと近づく。





――この時、スキッドの脳裏に浮かんでしまったのだ……――

全身に巨大ないぼのような物を作り、更に吐瀉物としゃぶつや糞尿で塗れて
きたなくなったあの少女の姿を……。
外見的な特徴がほぼ一致していたが為に、悲しさを通り越し、怖さが全身に叩き込まれる。





「クリスはとりあえず……置いといてだ、あの二人どうしたんだよ? ルーテシアとステファーヌ、いただろ? どうしたんだよ、あの二人……」

おぞましいあの姿を一時的に忘れる為なのか、スキッドは別の人間の話題を出す。
どうやら、ディアメルとの繋がりで知り合ったようにも見える。



――すると、今度はディアメルの方が再度暗くなってしまう……――



「あの二人……の事なんだけど……」

ディアメルの頭に浮かぶ、二人の少女のあどけない笑顔……。
ディアメルにとっては途轍もない苦痛だが、スキッドはまだ事実を知らないのだ。



χχ 青く、やや刺々しいあの青い怪鳥装備をした少女、ルーテシア χχ

茶色い瞳が愛らしかったのだが……



χχ 黄色を帯びたあの赤殻蟹装備をした少女、ステファーヌ χχ

薄い水色の髪と、ピンクの瞳が可愛かったのだが……



この二人を思い浮かべた途端、ディアメルの赤い瞳に再び涙が浮かび始める。
あの凄惨たる光景をしっかりと、見ていたのだから。

「殺されたの……」



――◆◆ たった一言ショートボイス…… ◆◆――

だが、そのディアメルの言葉の中に含まれる意味は身が震える程に大きなものである。
自分だけが助かった理由が未だに理解出来ないくらいなのだから、
あの二人には非常に悪い事をしたと、少女の心の中で、酷く後悔しているのだ。

詳しい事情を知らないスキッドはその一言だけで納得するはずも無く、
座りながら俯いていたその頭を勢い良く持ち上げ、そして聞き返す。

「殺され……はぁ!? お前それどうゆう事だよ!?」

言い切ると同時に座らせていた身体も立ち上がらせ、ディアメルの元へと歩き寄りながら、
両手を強く握り締め始める。

「私達、酒場の方にいたんだけど……、いきなり男が……、えっと、なんか灰色の皮膚した男がやってきて……、皆……殺されたの……。私が最後に一人だけ残って……、その時に、えっと、テンブラーさんって言うかたに助けられて……逃げたの」

ディアメルは悪魔でも取り付いたのかと疑いたくなるような強運に襲われ、
殺される一歩手前で生き延びたのである。

唐突にスキッドに対して、昔出会ったテンブラーの名前が出された訳だが……



――スキッドはテンブラーについて、深く追求しなかったのだ……――



「テンブラーもここに……、ってそんなのどうでもいんだって!! あの二人その、えっと灰色の皮膚した奴にやられたってんのかよぉ!?」

スキッドは弱々しく語っていたディアメルの両肩を掴み、乱暴に前後に揺さぶる。
緑色の目も徐々に怒りが見え始め、下手をすればそのまま仕返しに行くような様子が見える。



――そうである。その様子の通り、スキッドは……――



「そ……そうだけど……。でも仕返しだけはお願いだから絶対やめ――」
「やめっ訳ねぇだろ!! 友達殺されたんだぞ!! 今からでも仕返し行くぞ!! お前武器どっかやったんだろうけど、こっちはちゃんと残ってっから、敵討ち行くぞ!!」

スキッドの中ではその灰色の皮膚をした男――名前は確実にバイオレットである――に戦いを挑む事ばかりで
埋め尽くされているはずである。
このまま黙って帰す訳には行かず、グレネードボウガンを拾い上げ、足を走らせ始めるのだ。



――あまりにも唐突であるが、心境を読んでいる暇は無いのかもしれない――



「ちょっと……待って下さい! やめて下さい! あんなのとやり合ったらすぐ返り討ちに遭います! やめて下さい!」

スキッドの背後から、ディアメルは勢い良く彼の身体を両腕で包み、動きを止める。
バイオレットなんかとやり合えば、最後にどんな目に遭ってしまうかを誰よりも認識しているのだから、
ここは止めずにはいられなかったのだ。

「なんでだよぉ!! あんな奴ほっといてられっかっつの!!」

押さえてくるディアメルを振り解こうと、蒼鎌蟹装備に包まれた身体を激しく捻りながら怒鳴り立てる。
スキッドだって自分なりに優秀なハンターなのだから、ボウガンを使えば対等にやりあえると考えているのである。

「それでも駄目なんです!! あんな男とやったら絶対負けます! いや負ける方がずっといいですよ!! あの男は凄い殺し方するんです!! だから、やめて!!」

ディアメルはどんどん前へ前へと歩き出すスキッドを必死で押さえ続けている。
もしここで手を離してしまえば、そのままバイオレットによって無残な死骸へと変貌させられると悟ったのだ。
後半は敬語を一瞬忘れ、必死で言葉でも止めてみせようとする。

「うるせぇなぁ!! お前離せよ! あいつはなあ、クリスにも手ぇかけた奴なんだぞ!! 多分……ぜってぇブッ殺す!! だから離せよ!!」

スキッドの目に嫌でも焼きついてしまったあのクリスらしき人物のおぞましい姿の原因が
確実にバイオレットにあると読んだのだから、黙っている事が不可能に近くなったのだ。
暴言まで飛ばしながら、ディアメルを引き離そうとする。

「落ち着いて下さい!! あの人に勝てるはずありません!! やめて下さい!!」

それでもスキッドは止まらず……

「うっせんだよお前は!! ただ臆病なだけだろ!! おれにまでお前の臆病押し付けてんじゃねぇよバカ!!」

ディアメルを侮辱するような言葉なんかを飛ばし、乱暴に引き離そうと試みる。

「そう言う意味じゃないんです!!」

「うっせぇなあ臆病もんなんか黙ってろこの馬鹿女がぁ!!」



――止まらないスキッドに対して決めたとある行為……――









ディアメルは一度腕を離すも、無理矢理スキッドの身体を自分側へと回し、
少女の臆病な性格とは思えない行動が引きり出されたのだ。



―パシィイン!!



乾いた音が意味するものは、単純な話である。
スキッドを右手で引っぱたいたのである。

「ってっ……」

弱々しそうなディアメルの一撃であったが、それでも痛みと言う痛みは抜けておらず、
スキッドの左の頬が徐々に赤く染まっていく。



ディアメルは攻撃した後になって、やっと我を思い出したかのように、自分の右手を見て震えてしまっている。

「あ、えっと、どしよ……」

スキッドから恐ろしい反撃でも受けてしまうのだろうかと考えると、どうしても怖くなるが、
それを意味する途切れ途切れの言葉の続きをすぐに口に出す。

「じゃなくて……えっと、やめて下さい!! 行くのは、やめて下さい!! これだけは譲りませんよ!!」

敬語を使う部分からしてスキッドより目下めしたの存在に当たると思われるディアメルであるが、
だからこそなのか、勇気を振り絞るように両手を強く握って胸の前に上げ、必死で訴えている。



――だが、事実としてスキッドは叩かれたのだ。だから……――



「ってっ……。お前……殴って来っ事ねぇだろ!! こっちゃあなぁ――!!」
「仕返しなら構いませんよ……。その代わり、絶対酒場には行かないって約束して下さい!!」

やはりスキッドは怒っていた。

いつの間にか親しくなっていたであろうあのクックD装備、赤殻蟹U装備の少女達がバイオレット――らしき人物――に殺害され、
仕返しに向かう為にスキッドの精神状態は怒りによって染まり尽くされていた。

そこに平手打ちと来れば、張り裂けそうになったスキッドの神経が更に刺激されてしまうものだ。
とうとう怒鳴り声を響かせながら拳なんかを握ってしまうが……



――ディアメルは下がらなかった――

最初はそのスキッドの感情に脅えていたものの、途中から一種の覚悟を決めたかのように
口調も一気に強め、まるで怒鳴りには怒鳴りで対抗するかのように無理矢理約束事を作り出す。

だが、少女特有のトーンの高さと濁りの無い声色のせいで本来の怒鳴りに含まれる感情を
上手く相手に伝えられていないような気もしてしまうが。



「約束ってお前……。じゃあ友達殺した奴ほっとけってんのか!?」

ディアメルの意志の強さがスキッドに僅かながら伝わったのかもしれないが、それでもスキッドは完全に納得はしてくれず、
その酒場へ向かう事を止める意識を悪い意味で捉え始める。

「そんな意味じゃないです! 行ったらただじゃ済まないんですよ!?」

この短い時間での怒鳴り合いの中でその友人関係に多少の亀裂が入ってしまったのか、
ディアメルもまるで嫌いな相手の意見を面倒そうに答えるかのように、苛立ちを見せた表情を見せながら
決してあの酒場へと赴いてはいけない事を強くスキッドへと植え付ける。



「『行くな』って事は、ってかじゃあ結局ほっとけって意味じゃねぇかよ!!」

スキッドの中ではその殺人鬼ハンターキラーへの復讐リベンジばかりがうごめいており、
それをしつこく止めるディアメルの行為が非常に邪魔に感じるようになってしまっていた。

一瞬ディアメルの敬語の抜けない意見の中に含まれていた文字の意味を冷静に確かめるも、
それは結局怒りを継続させる為の材料になってしまい、この場の状況に重い空気が流れ続けてしまう。

「まさか意地悪で言ってるとか思ってるんじゃないでしょうね!? そんな怒りだけで勝てる相手じゃないんですよ!!」

怒鳴ってくるスキッドに対しても、ディアメルはどこからか持ってきた根性を振り絞りながら怒鳴り返す。
恐らくスキッドは怒りをそのまま戦闘力に加算して挑もうと愚かな計画を抱いているのだと少女は読んだのだ。

先程までは非常に弱々しくなっていた赤い瞳も何だか怒り一色で染まってしまっている印象を受ける。



「んなもんやってみねぇと分かんねぇだろぉ!! お前は臆病過ぎんだよ!!」

どうせディアメルは純粋に怖がっているから行かせたくないのだろうと疑い、スキッドはディアメルを誹謗するような態度を取り、
乱暴にディアメルに右手の人差し指を向ける。

「分かってないのはスキッドさんですよ!! 直接見てないから偉そうな事言えるんですよ!!」

実際に見たかどうかでディアメルはあの男・・・の恐ろしさの基準を決定しており、
ただの子供同士の喧嘩のような考え方を抱いているスキッドに対してまだまだ反論の意志を見せる。



「じゃあお前あの二人見捨てるってんのか!? 誰か助けてくれる奴探す為にお前逃げてきたんじゃねぇのか!?」

ここで仇を諦めてしまえば、死んでしまった二人にも悪いと考えたスキッドは今度はどうしてわざわざ
酒場から逃げ出してここまでやって来たのかについて触れ始める。

「そんな訳無いですよ!! ただ怖いから逃げてきただけです!! そんな宿命私にはありません!!」

決してディアメルはこの街の運命全てを背負っている訳では無いのだから、
ここは正直に言うべきだったのかもしれない。



――だが……――



「自分の臆病自慢してんじゃねぇよ!! お前どうせなんも出来ねんだからいちいち口挟むんじゃねぇよ馬鹿!!」

スキッドにとっては今のディアメルの抗言がただ自分が弱いと言う事を大きく見せびらかしているようにしか見えなかった為、
殆ど怒り任せに怒鳴り、そしてボウガンすら背負っていないディアメルに対して無力者の称号を無理矢理差し渡し、
そして一言、正統的オーソドックスな悪口を添える。

「私の悪口言うのは勝手です!! でも絶対行くのは許しませんからね!!」

ディアメルはどこか、自分の身よりも、相手スキッドの身を優先にしているようにも見える。
それは今頃になって言えた事では無いのだが、意外と頑固なようでもある。



「お前いちいち煩せぇんだよ!! お前マジいい加減しねぇと――!!」
「殴るんですか!? いいですよ! 殴って下さい! 殴り飛ばして下さい! でも、その代わり私は止まりませんよ!!」

スキッドも自分に歯向かってくるディアメルに限界を感じたのか、再び拳を握り始めてしまう。
台詞からもその様子を感じ取れたのか、ディアメルは覚悟を決めて自分に暴力を飛ばす事を認めてしまう。



「お前さっきもそんな事言ってたよなぁ!? お前マジ殴られて気分いいのか!? お前ちょい変になったんじゃねぇのか!?」

スキッドは自分自身を犠牲にするようなやり方に腹を立て、本当に打撃を受け入れてしまうのかと
この極限の空気の中でどこか頭の調子がおかしくなってしまったのだろうかと、緑色の目を細める。

「私は変じゃありませんよ!! でも、ここまでしないとスキッドさん聞かないじゃないですか!? 早く……、殴って下さいよ……」

ディアメルは確かに一度極限の状況に追い込まれてしまったものの、判断力に支障が出ている訳では無い。
だが、ディアメルもそろそろ疲れてしまったのか、それとも自分の今までの行動が愚かに見えたのか、
突然下を向いて小さく震え始める。



「はぁ? お前何言ってんだよ? お前完全ビビってんだろ?」

スキッドも勢いの停止したディアメルに合わせるように怒鳴っていた声も落ち着かせ、
それでも意味としては非常に妙である彼女の発言に対してやや冷静に対応する。

「別に怖がってなんて……無いですよ……。私はただスキッドさんに生きてもらいたいだけなんです……」

下を向いたままで喋り始めるが、あの怒鳴り声と比べるとそれは非常に音程が低く、
分かってくれないスキッドに対して悲しささえ覚えたようにも感じられる。



「だけどお前、あいつはクリスにまで手ぇ出した野郎なんだぞお前? 普通ほっとける訳ねぇ――」
「やっぱりまだ行こうって考えてるんですか? 一応言っておきますが、多分本当に殴られても黙りませんよ……。本気で行きたいなら、いっその事私の事殺した方がいいんじゃないんですか……?」

スキッドもここに来てようやくディアメルの本当の気持ちが分かったような気がするものの、
やはり仇を討とうと言う意志だけはまるで変わらず、気持ちを理解していても尚赴こうとする。

とうとうディアメルも諦めたのだろうか。止まってくれないスキッドを停止させるには自分の命を捧げるしか無いと
非常に強引な手段を勧めてしまう。



「あぁ? 殺すってお前、何言ってんだよ……?」

スキッドは別の意味でディアメルに恐怖を覚え始め、まるで怒る気力すら奪われたかのように
どんどん声が小さくなっていく。

「別に構いませんよ……。どうせ私の事うざいとか思ってるんですよね……? 私がこうやって邪魔ばかりしてくるから、今したい事も出来ないって思ってるんですよね……? だったら好きにすればいいじゃないですか……」

まだディアメルは下を向いている。それでも口だけは何とか動かされており、全てを諦めるかのように
スキッドの決断を妙に期待し続ける。



「お前馬鹿だろ? 何言ってんだよ?」

この夜の裏路地の中で、スキッドは自分の中で思っている事をあまりにも素直に表現し、
正面へと右手を突き出してディアメルの左肩を軽くではあるが、押し飛ばす。

「正直……ここでこうやって喧嘩してるだけ時間の無駄だとも思ってるんですよね……? 別に殺して無理矢理行ったっていいんですよ……。どうせ他に人はいないですし……、本当だったらもう酒場あそこで私殺されてたんですから……。もう私……あの二人も殺されて……どうすればいいか分かんなくて……」

既に自分には人権が存在しないとでも思い込んでいるのだろうか、ディアメルはここで自分の最期を覚悟し、
そして既に亡き者となった女友達二人を思い浮かべる。

周囲に人間が他にいないと言う事は、スキッドが本当に殺害を実行したとしても証拠が残らないと言う事にもなる。
普通ならば酒場で既に死亡していたのだから、今生きている事すらも疑っているのだ。



――何故かスキッドは黙ってしまっている……――



「それと私、もう両親もいないですし……、友達も皆……殺されましたし……、どうせ誰も悲しむ人なんていないんです……、いいから……さっさとやっちゃって下さ――」



――■ その時だ…… ■――



アホかお前!!!
!!



――◇ 突然放たれる、スキッドの怒鳴り声…… ◇――



まるで全身の筋肉を使って放たれたようなそのスキッドの怒号が脅えていたディアメルの肩を大きく飛び上がらせ、
おまけに赤い瞳も強く閉じさせる。

「なんでお前ん事殺さなきゃなんねぇんだよ!? 泣く奴いねぇからって死んでもいい理由になんねぇだろぉ!!」

スキッドには当たり前のようにディアメルを殺す意欲が眠っているはずが無かった。
親しい存在がいない事を理由にするべきでは無いと再び怒鳴りだしたのだ。



――動揺し始めたディアメルは……――



「え……あ、えっと……だって……私の事……」

一体何が言いたいのか分からないものの、スキッドは明確に意味を読み取れる台詞が出てくる時間を待たず、
再び声を張り上げる。

「お前が何だよ!? あぁ!? 死ぬのがかっけぇとか思ってんじゃねぇぞお前アホにもほどあんじゃねぇのか!?」

自分を卑下ひげするディアメルに対して、スキッドは妙に格好をつけているようにも見える彼女に
ゆっくり迫り寄り、威圧する。



「だだ……だって……私が言っても……聞かないから……」

非常に遅いものとして認識出来るかもしれないであろう、ディアメルはそのスキッドの本性でも知ったかのように
赤い瞳から少量の涙なんかを流し始める。

「相手が聞かねぇからって簡単に殺せなんかんじゃねぇよ!! 死んだらそこで全部おしめぇじゃねぇか!!」

スキッドは簡単に命を差し出すディアメルを許せなかった。
両拳を握り締めながらスキッドはディアメルの涙も気にせずに怒鳴り続ける。



「いや……えっと……そんな事……」

やはり返す言葉を見つける事が出来ないのだろうか。
瞳を涙で揺らしながらディアメルは口元を震わせ、弱々しく抵抗するが、ほぼ無駄に等しいだろう。

「頼み聞かねぇなら殺せとかそう言うのよく漫画とかで見っけどなぁ!! 実際ただのアホじゃねぇかこの馬鹿が!!」

スキッドにとっては見覚えのある光景シーンなのかもしれない。
しかし、当然のように褒める事はせず、逆に叱責の対象とする。



「ち……違う……本気じゃ……ないんです……」

収まってくれないスキッドをただ呆然と見ながら、ディアメルは細い指で流れる涙をそっと拭う。
少女の額に持ち上げられたゴーグルのレンズが周辺の炎に照らされ、やや悲しく光り輝く。

「そうやってお前自分の都合のいいように物進むとか思ってんじゃねぇよ。やっぱお前ただのアホじゃねぇかよ。あのなぁ、お前本気で思ってもねぇ事そうやってカッコつけてベラベラ言ってんじゃねぇよ」

スキッドは全身に力を入れ過ぎて疲れてしまったのか、やや呼吸を乱しながら、そして同時に冷静さも取り戻す。
相手にとってはやや受け入れやすい姿勢になったと言えるだろう。



「で……でも私……スキッドさんに死なれたら……どうすれば……いいかって……思っ――」
「だからお前はドアホなんだよ。行く訳ねぇだろそんな悪魔みてぇな奴が潜んでるとこによぉ。おれだって別に正義のヒーローなんかじゃねえし、それに最強の勇者でもねえんだからぜってぇ途中で引き返すに決まってんだろ? あん時はちょい気ぃ立っててだ、歩いてる内にぜってぇビビって引き返すっつの」

ディアメルは涙と共にスキッドの身を心配し、そしてスキッドも本当は酒場へ殴り込む勇気は持っていなかったらしい。
世界の宿命を背負った存在では無いのだから、臆病風に吹かれた所で、それは恥とは言い切れないはずだ。
だから、本当に強引に向かった所で、最終的にはその歩かせているであろう脚を止めてしまうと言い切ってしまう。



「嘘ですよ……それ……」

スキッドが嘘を言っていると感じたディアメルは涙で震えた声でそう言った。

「何がだよ? 嘘じゃねって」

短くスキッドも反論するが、すぐ相手の対応がやってくる。



「いや……嘘ですよそれ……。私が……こんな……風になった……から……気遣いして……下さってる……だけじゃない……ですか……」

まるで喉の奥から邪魔するかのように、ディアメルの弱々しくなった声の発声妨害が発動する。
ディアメルは妨害に負けず、自分が言いたいであろう内容を何とかスキッドへと言い渡す。

きっと、自分が再び泣いたからスキッドは戸惑っているのだと。

「えっあぁあいやぁべべ別にそうかも、そうかもだけどな? ってかお前マジ泣くのやめろ? やめろ? な? な、ななんかおれが泣かしたみてぇになってっから、誰かにえと、見られたりしたらおれ誤解されっし? な? な?」

流石に泣き続けられていてはスキッドも戸惑ってしまう。
とは言え、ディアメルの泣いている姿そのものを心配しているのでは無く、泣いている少女の目の前に立っている様子を
第三者に見られ、罪人扱いされてしまう事を優先している所がスキッドの妙な嫌らしさとも思えてしまう。



「そんな……事する……なら……初めから……行くなんて……言わないで……下さい……よ……」

とうとう指だけでは抑える事の出来ない涙を、両手でその赤い瞳を覆い尽くしながら
上体を軽く前方へと倒し始める。身体も一緒に震えているのがよく分かる。

「分ぁった分かった! だから、あれはちょいあれだよ、えっと、あれだ。んまああれだ、あれなんだよ、えと、あれだ、カッコつけてたんだよおれもな? だから、えっと、もうやめてくれ? な? 『な』って?」

早く泣き止んで欲しいと言う願いから、スキッドはディアメルの細い両肩にそれぞれの手を乗せながら、
非常に聞き苦しいものを連発しながらも非常に下手だと思われるやり方でなだめ続ける。



「クリスさんに……会った時に……なんて言い訳……すればいいん……ですか……? 私は……そこの事情は全く……分かりません……けど……私達が……死んだら……どうしようも……無い……んですよ……」

未だにディアメルは両手で顔面を覆っており、スキッドの表情を確認してはいない。
しかし、もしここで死を迎えてしまえばまだ生きているのかもしれないと言うクリスに対して非常に申し訳が立たないと
震える口を必死で動かしている。

「クリス……あ、クリス、あいつだけど……!」

どうやらここであの人物・・・・の事が鮮明に頭に浮かび上がり、今度はスキッドの表情に
何か異様な空気が漂い始める。



――グロテスク、そして悪臭に満ちたあの光景を……――



「クリスさんって……、スキッドさん、直接その……クリスさんに会ったんですか?」

恐らくそれは聞かなくても分かる事なのかもしれないが、ディアメルは何故かそんな当たり前の事を訊ね始める。
何とか涙を抑えようと、気力で止める為にゆっくりと両手を下ろす。

「いや、えっと確かに見た事は見たんだけど、でもそれがホントにクリスかってまだ判別出来ねんだよ。顔もよく見えなかったし、まあおんなじ装備だったっちゃあそうだったんだけど、でもまだよく分かんねんだよ、ホントのとこは」

ひょっとしたら内心ではあれ・・がクリスであると確信してしまっているのかもしれないが、
スキッドは完全にあれ・・がクリスであると言う決定的な証拠を目撃した訳では無いのだから、まだ戸惑っているのだ。



「え? それじゃあ……まだクリスさんはどこかにいる可能性もあるって事ですよね? じゃあさっき言ってたその、手をかけられたってのもただの勘違いって事かもしれない、って事なんですよね?」

ディアメルは希望と勇気が回復したのか、既にここで泣く事も、脅える事も、怒鳴る事もせず、
明るさの篭った態度で自分の肩に乗せられたスキッドの両腕を多少優しく払う。

「あ、ああ多分な……」

スキッドはあの時の光景を忘れられないのか、自信を感じさせない暗く小さい声で返事をする。



「だったら、えっと、クリスさん探しましょ? ちゃんとクリスさんと合流すれば誤解も晴れると思いますし、探しましょうよ! 私だってもう本当に死ぬかどうかって言う場所で助かったんですよ!? きっとクリスさんだって私と同じようにどこかでしっかり生きてます! 絶対に! だから、探しましょうよ!」

今度はディアメルの方がスキッドを慰める立場に進んだようである。
はっきりと笑顔まで浮かべながら、狩猟用アームの両手を持ち上げ、そしてスキッドの左手を包む。

まるで両手と片手が握手でもするかのように。

「探す?」

突然何を言い出したのかと、スキッドは軽く眉間うなじしわを寄せる。
恐らくは先程まではただ脅えて、そしてスキッドを止めていただけの存在だったディアメルが進んでこれから
スキッドを引っ張りながら行動しようとしているからだろう。



「そうですよ! 探すんですよ。こんな所でじっとしてても何も始まりませんし、やっぱり探した方がいいです! それに、スキッドさんさっきテンブラーさんと少し知り合いだみたいな事も言ってたじゃないですか?」

この光景こそがスキッドとディアメルの本当の姿なのだ。明るく話し合うこの場が最も相応しく見える。
ディアメルはまるでスキッドの上に立つかのように、これからの予定を勝手に作り、そしてテンブラーの事も考え始める。

「あぁ、ああ、そっかぁ、テンブラーいたよなぁ……。でも今テンブラーどこいんだっけ?」

スキッドは名前だけを聞いただけで、内容をしっかりと熟知していなかったのか、
ディアメルに聞き返す。



「酒場です。あ、でも私達は酒場に行くんじゃありませんよ? クリスさんを探すんですからね? 確かに、あの二人は……ちょっと辛い……けど……」

ディアメルは自分を助けてくれたあの紫色のスーツの男がまだ酒場内で闘っていると想像するが、
流石に酒場へ近づこうとは思わなかった。折角逃げたと言うのに、また近づけばテンブラーの行為が無駄になってしまう。

「だからお前そうやって暗くなんじゃねぇよ。また話戻っちまうだろ? まあお前がもし死んだりしたら、テンブラーの気持ち無駄にする事になっし、ルーテシア達にも悪りぃから、お前途中でぜってぇ死んだりすんじゃねぇぞ」

表情から明るさを消し去ろうとしていたディアメルによってスキッドもあの亡くなってしまった二人を思い出してしまうが、
再び悲しみに襲われる事は無く、逆にディアメルも同じ目に遭わないようにと注意を添えておく。
少年とは言え、男だからこそこう言う気遣いが求められるのかもしれない。



「はい、ありがとうございます。でも私なんだか安心しました。スキッドさんなんだかいつものスキッドさんになってくれた気がして、私凄い安心です。いつものスキッドさんは私好きですよ?」

心配してくれるスキッドに対して、ディアメルは歳の近い相手にする行為としては相応しくないであろうお辞儀をし、
そして少女特有とも言うべきか、可愛らしさの混じった笑顔を浮かべながらスキッドの心を突くような発言まですずしげに渡す。

「へぇ~、おれが好き……って好き・・だって!? はぁお前随分爆弾発言的な事言う――」

異性に言われて黙っていられない言葉ワードに反応したスキッドはさっきの怒鳴り合いの記憶を軽々と
消し飛ばしてしまうようなテンションを放ち始める。気まずそうな笑顔を振り撒きながらディアメルに向かって左手を払うが……



――流石にディアメルも黙っていられず……――



「あぁいやいやいやいや違いますよ! 恋愛的な意味合いで好きって言ったんじゃなくて……、えっと、その明るい所が友達として好きだって言う意味ですよ? それにスキッドさんだったら……」

ディアメルは勝手に思い込むスキッドに対して両手をバタバタと自分の胸の前で振りながら
恐らくは様々な意味を含んでいるであろうその例の言葉に込めた本当の意味を多少焦りながらも冷静に口述する。

そして、その違う意味として捉えられた場合の連想と同時にディアメルの赤い瞳がスキッドから逸れる。

「ああそっかいそっか~い。おれはお前のタイプじゃねぇって事かぁ? なぁんか悲しいぜぇ。でも別にいいぜ。おれは所詮そう言う男だし、どうせなら……やっぱクリスじゃね……?」

あっさりと払い除けられてしまい、スキッドは虚しさを紛らわす為に両手を後頭部に回しながら
夜空を見渡して好き放題に言い続ける。
だが、やはり本当に狙い撃ちにしたいのは目の前の少女では無かったらしく、
何故かとある希望が再び生まれ始めた様子が窺い知れる。



「だからあの……スキッドさん。別に私は明るい所は好きなんですけど、もう少し静かにして頂けたら、もっと好かれると思うんですけど?」

スキッドの普段の良過ぎるノリに対してディアメルは笑顔を浮かべながらも、その中には呆れたような何かも混ぜ、
指摘とも言えるそんな発言を言い渡した。
どうやらあのボソボソと呟いたあの少女の名前もしっかりと聞き取っていたようだ。

「はいはい分かりました~っと。でもお前もこんぐらいなんないとテンション戻してくんねぇだろ? その感じだったらもうお前ぜってぇバッチシだろ? おれもお前のそう言う部分好きかもな!」

スキッドも悪い意味を含まない仕返しを嗾け、それの実行の前には経緯とも、言い訳とも言える事情を述べておく。



「確かに……私も何だか心の闇が全部消えてくれたような気がします。これならきっと上手くやれると思いますよ。あんまりおどおどしながら進んでても助かるとは思えないですし……」

ディアメルも分かっていたようである。常に脅え続けながら逃げていても、いざと言う時に咄嗟の行動が取れず、
それが最終的に命取りとなってしまうと。

嫌な予想を立ててしまい、怖がり始める。

「なんかそれってよぉ、メッチャ遠回しにおれに『ありがと!』とか言ってんじゃねぇ? まっいいけどよ、それよりよぉ……」

テンションの乗ったスキッドはまたその場に相応しくない態度を取り始めるが、
まだその口は止まらないようである。



「何ですか?」

ディアメルは多少だが苦笑を浮かべながら、次のスキッドの対応を素直に待つ。



「もしこの騒ぎ落ち着いたらなんか飲みに行かねぇか? あ、勿論カフェの方でな?」

スキッドは一つだけディアメルに約束事を要求し、半ば勝手に裏路地を歩き出そうとする。
その証拠に、ディアメルに背中なんかを向けながら進み始めるのだ。
返事を待たなくても良いのだろうか。





「いいですよ」

それだけをディアメルは伝え、そしてスキッドの隣へと、駆け足で近寄った。














◆ωω◆ そして、クリスは本当に…… ◆ωω◆

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