――【何故だろう? 空がとても明るい……。それに、悲鳴や爆音すらも聞こえない……】――



一応ここは『街』ではある。だが、先程までの襲撃はどうなってしまったのだろうか?
飛び交う炎や、うごめく未知の生物達、そして、暴走し、火炎瓶まで投げてくるトラックの集団。

今は、どこにもそのような空気が見えず、逆に人々の賑わいで騒がしく聞こえてくるだけである。
アーカサスの街は確かに襲撃されていたと言うのに、何故こんなにも早く、平和へと復元されたのだろうか?

やはり、正義は確実に勝利を掴み取ると言う言葉は正しいのだろうか?
それとも、ここは戦いから何年も経った後の世界なのだろうか?








違う、それは違う。そもそも、ここは確かに『街』ではある。規模も、まさに都会であり、周辺の
世界とは一線を画した構成なのである。

だが、ここは『アーカサス』では無いのだ。確かに規模は『アーカサス』にも負けないものがあるが、
確実に『アーカサス』では無い。

では、この街はどこなのだろうか?

そう、すぐにその答えは出されるのである。あの、明るい茶色の小さなツインテールを携えた少女がそれを教えてくれる。



















エンジェルシティ/Angel City

≪大陸の中でも1、2を争う程の規模を誇る巨大都市。

ハンターが受けるべきクエストを取り扱ってはいないものの、飛竜の素材を
加工する技術は目を見張るものがあり、多くの都市からその技術を買われている。
その為、多くの工場が立ち並ぶ工業都市としても非常に有名である。

また、巨大な建物が立ち並び、朝昼晩、常に道は人々の喧騒が途絶えずに響き渡る。
娯楽施設も充分に備わっており、仕事が終わった大人達はそこで一日の仕事の疲れを大いに癒す。

飛竜の辺境にこの街がある訳では無いが、飛竜迎撃の為の撃竜砲や威嚇砲弾等の設備も備えられており、
ほぼ死角無しの完璧に近い大型の都市なのである。

そして、この街の名前の由来は……≫



















――やがて、街の風景が映し出され……――





 そびえ立つ建物に挟まれた幅の非常に広い街道の間を共に歩く二人の男女の姿があった。

 時間帯は恐らく夕方辺りだろう。周囲を見渡せば、老若男女ろうにゃくなんにょの人間がその道を歩いており、他人とすれ違う数を数えるのが馬鹿らしくなってくる。

 時折、最新技術を思わせるような駆動車も道を通り、周囲に排気エンジン音を響かせながら、この空間を去っていく。荷台には大量の荷物が詰まれており、これからまた仕事がある事を思わせる。

 人々が溢れるこの場所に、ようやく鮮明になって映し出される男女、と言うよりは少年と、少女。
 何やら非常に楽しい感情も垣間見える。





「でもさあ、やっぱハンターってさあ、クリスはカッコいいとか、憧れとか、持ってないのか?」

 クリスと呼ばれた橙色のトレーナーに青いミニスカート、そして真っ黒なニーソックスと言う可愛らしい格好をした少女の隣を歩いている暗めな茶髪をした少年が、そんな質問をぶつけていた。

 因みに、少女の左肩には多少膨らんだ地味な灰色のサックがかけられている。

「う〜ん、一応カッコいいとは思うし、ちょっとは憧れってのもあるかもしれないけど、でもさあリージェ君、ハンターってあんな巨大な飛竜と戦う職業だよ? 想像したらちょっと怖いと思わない?」

 明るい茶髪のツインテールを軽く揺らしながら、クリスはハンターが常に目にするであろうおぞましい光景をあれこれと考え込みながら、隣を歩くリージェと呼ばれた少年から視線を離し、隣に立ち並ぶ建物をさり気なく眺める。

 隣を歩く少年はクリスと比べると非常に暗い色を見せた茶色い髪をしており、やや尖ったような印象を与えてくれる。

 下半身は頭髪と似た色の暗い茶のズボンであり、そして上は、紺色の袖の短い上着の下からは、白い長袖が食み出ており、所謂重ね着のスタイルが特徴的な服装である。

 そして、少年と言うその歳の幼さからか、一応は男の部類に入りながらもその中に僅かに残された可愛らしさを見せたような緑色の吊目つりめを持った容姿をしている。

 この少年、よく見てみれば……



――スキッドととてもよく似た顔立ちをしているのだ……――



「怖いなんて思うなよ? だから仲間と一緒に行くんだろ? 一人じゃあ怖くても仲間と一緒だったらきっと飛竜なんか簡単に仕留めれるって! いきなり弱気になるなんて駄目だろ?」

 歳がまだまだ幼い為か、男ながら、少女のように結構な高い声色でクリスに言い返し始める。

 あくまでも恐ろしいのは、誰も助けてくれないと言う絶望的な状況によるものだと、リージェは言い張るのである。
 きっと、それは憶測であるとは思われるが。

「仲間かぁ……。確かハンターってただ飛竜と戦ったりするだけじゃなくて、そこから仲間と絆を深め合ったり、後、えっと……、見た事も無いような世界に出会ったりとかもするって私職場で聞いた事あるの!」

 クリスはその共に戦う仲間と言う言葉からその続きを考えたのだろう、どこかで耳にしたのであろうそのハンターと言う職業の奥の奥に眠る本当の光景がいつか自分達で手にする事が出来るのかもしれないと、水色の愛らしい瞳をときめかせながらリージェに呼びかける。



「ってどうしたんだよ? お前いきなりテンション上がったなぁ……」

 リージェとしてはそこまで盛り上がるとは予測していなかったのだろう。多少戸惑いを見せるが、その後に零れる笑みが決してそれが嫌気では無い事を証明してくれる。

「あ、ちょっとごめんね……。えっと、リージェ君と会う前にね、こんな話聞いた事あったの。飛竜から取れる戦利品はただ強い武器とか、鎧とかを作れるだけじゃなくて、それを、ってか素材を手にする事自体が凄い名誉な事なんだって、聞いた事あるの」

 一瞬だけ勝手に自分の世界に入りかけてしまった事をクリスは気まずそうに謝った後に、飛竜から剥ぎ取れるであろう素材が持つ本当の意味を職場の人間――クリスの年齢から、上司に当たる者か?――から聞いたと、リージェに教える。



「素材が名誉……。なるほど、ねぇ。それって自慢出来るって事か?」

 飛竜から得た素材が名誉を呼ぶと言う意味合いからか、リージェは素材それを持っていれば周囲に対して誇れると言う事を思いついたのである。だが、最終的な意味の決定は単純と言える。

「え? いや、自慢と名誉はちょっと違うと思うんだけど……」

 クリスは迷ったような表情を浮かべながら、その二つの言葉に関連性は無いだろうと意見を述べてみる。



「いや分かんないぞぉ。名誉っつうのはさあ、なんか自分がした事が高く評価される的な事じゃん?」

 リージェは両手をゴチャゴチャと自分の胸の前で動かしながら、何としてもその二つの言葉に関連性があると、ややしつこさも覚えさせるように説明し始める。

「う、うん……まあそうだけど……」

 これからどのような話が飛んでくるのか、期待とその他色々と複雑な感情を混ぜ合わせながら、クリスは苦笑を浮かべながら小さく頷く。



「だからあれだよ。そうやって評価されてるのをさあ、他の人とかになんかこう、『おれはこんな事やったぁ!』とか、『おれはこんな奴倒したぜぇどうだすげぇだろぉ!』とか言いまくったりしてたらさあ、結局こいつうるせぇとか思われたりすんじゃん? だから名誉っつうのも考え方に寄っちゃあただ嫌われるだけのものになんじゃないか?」

 リージェは名誉の使い方を間違った人間になりきるかのように、少女のように高い声色を無理矢理低めて表現し、そして最後には自慢も名誉も殆ど変わらないものであるだろうと言い張る。

「いや……あんまりそこまで言わないと思うんだけど……」

 クリスもはどう反応してあげれば良いのか思いつかず、ただただ苦笑を浮かべてみせる。一瞬歩いていた足が鈍くなりそうになるが、すぐに整える。



「でもクリスみたいにいい奴だったらやっぱ言わないんだろうけどさあ、やっぱこの世界どんな奴がいるか分かんないだろ? 絶対どっかにいるはずだぜ、自分がした事自慢しまくるような奴」

 リージェはクリスの性格を心の底から信頼しているのか、クリスを基準としながら、世界のどこかには自慢と誇りを取り違えている人間ハンターがいるだろうと考える。

「え? 私って、そんなにいい人に見えるかなぁ……?」

 自分で自分がまともな人間だとはあまり意識した事が無いからなのか、クリスはリージェの最初に言っていた内容に僅かながら戸惑いを覚え、再び苦笑する。



「いや、見えるぞクリスの場合。いや、絶対そうだよ。やっぱこの世界皆クリスみたいな性格になれば平和になるんだろうにな〜」

 リージェは少し妙な話へとずれ始めてしまう。実現すればひょっとしたら夢のような話になるかもしれないが、同じ人間ばかりいてもこの世界では困る事になるだろう。それを分かっているのかどうかは分からないが、伸ばされた語尾を見ると、ふざけているようにも見える。

「え〜? 皆私みたいだったら気持ち悪いよ? て言うかちょっとふざけてる?」

 クリスのその語尾の伸ばした反応が妙に可愛く聞こえてしまうが、結局はリージェがふざけていると言う事を感じ取ってしまう。



「あ、いや、あんま怒んなよ……。冗談だよ、冗談……」

 少し気味の悪い事をべらべらと喋っていたのだから、相手に多少不愉快な気持ちを与えてしまったのかと不安になったリージェはそのまま声の高さを低めながら、気まずそうに笑い顔を作る。

「待って待って、怒ってはいないけど、ってかハンターってカッコいいって話してたんだよね? ちょっとずれちゃってないかなぁ?」



――確かに、話題が大きくずれてしまっている……――



「あ、そうだよな……。最初は何だっけ、えっとハンターだっけな、ハンターがカッコいいから憧れるよなぁとか言ってる内にいつの間にかお前の話になってたんだよなぁ」

 リージェも最初はどんな話をしていたのかは覚えていたらしい。だが、話している内容の細かい部分が徐々に論点をずらしてしまい、最終的には全く関係無い話になってしまっていたのだ。

「う、うん、でもあんまり私の事ばかり言われてもちょっと恥ずかしいんだけど……」

 一応周囲は数える暇すら与えられないような量の人間が歩いており、聞かれていてはひょっとしたら恥ずかしい気分を覚えかねないだろう。クリスはそこに対して多少顔を赤らめながらリージェに小さく言った。



「確かになんか考えてみたらちょっと変だったな、今の……」

 出来れば話題が反れた時点で気付いてほしかったものだろう。だが、今、彼が気付いたのは今である。
 その声のノリの悪さは、本来の話題へ路線修正する為の準備だと嬉しいものである。

「あ、いやいや! そんなに暗くなんないでよ? 別に責めてる訳じゃないから。ね?」

 クリスに本気でリージェのその話題を変えてしまった事について責めようと言う意志があったかどうかは分からないが、今はリージェの中で気まずいものが蓄積されている可能性がある。

 最後の最後に締め括ったたった一文字の言葉が愛らしさを引き立ててくれる気がした。それが効果を示してくれるのだろうか。



「良かった……。クリスに責められたら、ちょっとやだからな、ははは……」

 直接その事実を確認出来た為か、リージェは強引に作り上げた笑みによって、何とかその場を凌ぐ。

「それじゃあ、話は戻る? ハンターの事、だったよね? でも、ハンターになるったら結構色々大変らしいんだよ?」



――クリスのその言葉から始まり、ようやく軌道が修正された――



――多少馬鹿らしいやり取りに見えるが、クリスにとってはこれで充分なのだ……――



「やっぱり武器もちゃんと使えるように訓練もしないといけないし、それにまずちゃんと飛竜についてもよく理解する必要もあるし……」

 クリスもハンターと言うものを多少は憧れているものの、そこに辿り着くまでには様々な努力や苦労を乗り越えなければいけない事を知っている為、現実を考えると簡単な道のりでは無いと改めて気付き、そこへ手を出した後の自分を思い浮かべ、少しながらの恐怖も覚え始める。

 まるで恐怖をはやし立てるかのように、無色透明だが、それでも僅かながらの寒さを携えた風がクリスの背中を包み込む。そして、橙色のトレーナーと、青いスカートが風で小さくなびく。

 風の影響に弱いスカートのその動きをリージェが気にしているかどうかはクリスは分からないが、それでも歩く速度は落とさない。



――クリスは再びその小さい口を動かす――



「それにハンターなんかに無理してならなくても私は今の生活で充分満足してるから――」

 決して無理してハンターになる必要は無いと、クリスは慢心の笑顔で隣を歩くであろうリージェを向いた。



――だが、そこに少年はいなかった……――



「え? あれ? リージェ君? どこ!? どこ……ってあ、いた」

 突然いなくなった少年に対してクリスはその場で立ち止まり、小さめな茶色いツインテールを振り回しながらきょろきょろと周囲を見渡すが、案外すぐに見つかったのである。



――単純に、後ろの離れた場所にいたのである……――



 まるで、何かを考え込んでいたかのように、黙って立っていたのである。だらしなく夕焼けの空を見上げながら。

「リージェ君! どうしたの!? 置いてっちゃうよ!?」

 クリスはその場で立ち止まったまま、細い左手を伸ばして振りながら、紺色の上着と、白い肌着の重ね着の少年に呼びかける。

「あ、あ、そうか! ちょっと悪い! すぐ行くから!」

 リージェも少年と言う事情から、クリスよりは多少太いであろう右腕をあげて振りながら、駆け足でクリスへと近寄る。



「早く来てね〜! もうリージェ君どうしちゃったの?」

 クリスはゆっくりと左手を下ろしながら、どうしてこれだけ歩くペースに遅れを取ったのか、疑問に感じ始める。



――だが、思えば周囲に人影は無く……――



「ごめんごめん! すぐそっち行くから待ってくれよ〜!」

 リージェは深くは落ち込む様子を見せず、友達同士として何ら差し支えの無い対応を見せながら右手を振り続け、そして整備された街道を駆ける。

「も〜。早く来てよ〜」

 クリスも妙に可愛らしく言葉を伸ばしながらリージェを待ち続ける。



――早く来たらどうだろうか? リージェは――



「急かすなよ! ちゃんと行くってんだろ? あせるなよ!」

 リージェは妙に急ぐクリスに対して、友好的な、と言う意味での緩い反発をしながらも、その両足を止める事をしない。



――早く行ってやれよ……。それ以外に少年リージェに対するメッセージは浮かばず――



「ちょっと考え事してて――」



DELETE SMILE……

DELETE BACKGROUND……

BEGIN OCCURRENCE!!



周囲の街並みが一気に消滅し、同時に微笑ましい雰囲気がすぐさま消し飛ぶ。
即ち、この地がリージェとクリスの二人だけの光景へと変貌したのである。

夕焼けの空は真っ赤に染まり上がり、二人の身体もうっすらと赤く照らされる。



「え? 何……? これ……?」

 クリスはその光景に対し、今までリージェに対して浮かべていた可愛らしい笑顔を崩し、まるで何か、空から恐怖の大王でも降りてくるかのように、水色の瞳を大きく見開いた。

 そして、リージェも……

「ってなんだよこ――」

 空の異様さにそのまま走らせていた足を止めたのだが、リージェの声はそこで途絶える……。
 きっと『なんだよこれ』とでも言おうとしたのだろう。




――突然……――





ββ リージェの腹部から白銀の爪シルバーナイトが突き出てきたのだ!! θθ

「う゛う゛ぇえ゛ぁああ゛あ゛あ!!!」

痛々しい悲鳴と同時に、リージェの口からおびただしい吐血とけつを起こし、そのまま地面へと前のめりに崩れ落ちる。



――突然目の前で友達が血を吐いたのだから……――



「え? ちょ……? リージェ……君……?」

本当に目の前で起きた事が事実なのか、それとも一種の幻影なのか、クリスは上手くリージェに近づく事も出来ず、
リージェに起きた身についてでは無く、変貌した空気について恐怖を抱き始める。



―― 一応気になるのはあの爪・・・であるが……――

リージェの背後には誰もいない。ただ、爪だけが勝手に突き破ってきたかのように……。
或いは、体内から爪が生まれてきたとも言えてしまうかもしれない。



だが、目の前で吐血とけつした友人を放置しておく訳にもいかず、
ようやくここで凍り漬けになっていたクリスの細い身体が動き出す。

「リージェ……君……。リージェ……君。リージェ君!!」

声の間隔が縮まると同時に、ゆっくりだった足もやがて一気に速度が最大近くにまで引き上げられる。



――血を吐き、赤く汚れた少年の元へ……――



「リージェ君!! ねえしっかりしてよ!! どうしたの!? いきなりこんな……」

腹部を両腕で締め付けるように押さえてうずくまっているリージェの背中を揺すりながら、
クリスは必死の思いで叫び続ける。

徐々に涙すらも浮かび始めてくる。

「クリ……ス……逃げ……ろ……ころ……され……る……ぞ……」

叫び続けるクリスに対してリージェは確実に虫の息の状態ながらも、弱弱しくその場からすぐに
離れるようにと呼びかける。

「なんで……? リージェ君……そんな……」

どうして友人がこのような目に遭わなければいけないのかと、クリスはとうとう本当に水色の瞳から涙を流しながら、
リージェの背中に当てている両手を震わせる。



――そして空から小さく響く、奇妙な笑い声……――



「ふふふ……ふはははは!!!」

声色は低いと言えば低いが、その中にどこか女性のような雰囲気も併せ持った美しい笑い声が突如、鳴ったのだ。
人が重症を負った場にそぐわない笑い声に対して、クリスはその笑い声の発生源を探し出すべく、涙を浮かべながらも
周囲をきょろきょろと見渡す。

「誰!? 誰なの!?」



――確実に、笑っている男がリージェを……――



男は立っていたのである。まるでその男の為だけにそびえ立ったかのような、円柱の上に立っていた。

「!!」

その姿を見たクリスはきょろきょろとさせていた顔をピタッと止め、同時に水色の瞳も大きく見開く。



―> 真っ白な仮面…… り貫かれた両目部分の上下に伸びた青いライン

―> 裸の上半身…… 筋肉で溢れていながらも、細くしなやかな胴体に彫られた薔薇ばらくわえた毒々しい髑髏どくろ刺青いれずみ

―> 左手に装着された、三本からなる白銀の爪…… まさに今、赤い血がしたたり、一滴一滴が残酷に重力に沿って垂れている



「あ……あの人……」

まるで過去に面識があったかのように、今震えている全身と共に口元も震わせ、リージェに手をかけたであろうその男を
恐怖の対象として捉え続ける。



――クリスの視線に気付いた、その謎の仮面の男は……――



「ふふふ、次はお前がそいつの元・・・・・へ逝く時だ。せいぜい今を楽しんでるがいい……」

腕を組んだ体勢を崩さず、そして黒の混じった赤のズボンに覆われた両脚をぴったりと閉じたまま、クリスに言い放つ。
言い終わると同時に腕を崩し、軽く両膝を曲げた後……

「ふはははははははは!!!」

美しい笑い声をあげながら、跳躍で空の彼方へと消えていったのだ……



とても人間の力とは思えないが、そもそもこの空間も……



――残された二人は……――



「嘘……、リー……ジェ君……リージェ君!! ねぇリージェ君ったらぁ!!」

クリスは両膝を勢い良く地面へと落とし、再びリージェへとすがり付く。



――だが、リージェは既に……――



「ねえなんか言ってよ!! こんなのやだよ!! さっきまで楽しくやってたのに!! ねぇ起きてよぉ!!」

鮮血で染まったリージェを仰向けにしながら、クリスは張り裂けんばかりに叫び続けるが、返事はもう来ないのだ。
口から頬へ、血の線レッドラインが残酷に伸ばされ、緑色の瞳も生気を失った状態で開かれている。

「まだ話したい事も……残ってるのに!! ハンターなるって話どうなったの!? ねえ死なないで!! お願い!!」

それでもクリスは諦めたくなかったのか、リージェの身体を両手で包み込むように持ち上げながら叫び続ける。
クリスの橙色の衣服にもリージェの血が付着してしまうが、気にする事は無いだろう。

「ねぇリージェ君起きてよぉ!! なんでこんな事になるの!? やめてよぉ!! 起きてったらぁ!! ねぇリージェ君!! リージェ君起きて!!」

涙で徐々に視界がぼやけてくる。それでもクリスは目の前の友達の死を受け入れる事が出来ず、
必死に叫び続ける。彼が死ぬには、あまりにも早すぎるのだから。

「ねぇリージェ君!! リージェ君!! やめてよ!! 起きて!! リージェ君!!」



■π■ 何故かクリス達のいる光景そのものが水中に入れられたかのように揺らぎ始め…… ■π■



「リージェ君!!!」



△ω▲ 突然光景そのものが真っ暗になる…… ▲ω△



ρρ κκ
Good-by my best friend...

But I can't go to your world...

I found irreplaceable another friends...
μμ λλ



αα σσ
ごめんね、リージェ君……

まだ私、行けないの……

ちゃんと、約束通り友達も沢山作ったから……
οο χχ






























「!!」

ここでクリスは目覚めたのである。その証拠に、水色の瞳が大きく開かれる。
周囲は非常に暗く、しばらく目を凝らしていなければ背景すらも分からない。
だが、クリスでも一つだけ分かっている事があったのだ。それは、



――大量の涙が流れていた事である……――



仰向けに倒れていた体勢から上体を起こし、指で流れていた涙をぬぐう。
涙だけでは無く、喉の奥もとても苦しく、感情の影響からか、赤殻蟹の武具に包まれた身体も震えていた。

「なんだ……夢……だったの……?」

独り言として呟きながら涙を拭い続けるが、身体の震えが止まらない。
下手をすれば声を上げて泣き叫びそうになるような様子だ。

「ごめんね……リージェ君……また泣いたりして……」

周囲を見渡しても、そこにはリージェと呼ばれた少年の姿どころか、他の人間の姿すら見えない。

それでも、感情を抑える事が出来ず、思わずクリスは両手をそれぞれの瞳に当て、流れ続ける涙を何とか止めようと努力する。
さっきまで一緒だったあの少年を無意識に思い出してしまいながら。



――彼は何者なのだろう。以前も、彼を見てクリスは泣いていたが……――

以前、クリスはニムラハバの丘での狩猟の帰りにとある古龍と遭遇し、戦いとなった。
仲間であり、友人であるアビスと言う少年の兄の命を奪った鋼風龍であったが、
非常に異質な空気を漂わせる存在だったのだ。

最近動き出した組織との関連性があるのか、それとも単なる突然変異なのか、人語を操り、
更に、特定の固有名詞が存在する。

■■ブリガンディ■■

しかし、その恐るべき力の差により、クリスを含めた四人は敗れ去る。

その時だ。過去の精神世界でリージェと言う少年に出会ったのは。
しかし、一体この少年は誰なのだろうか?
クリスに暴力を奮い、泣かしたと思えば、突然泣きながら抱き付き、
そして今回はとても楽しそうに会話を交える。
出来れば早くその彼と出会い、関係を詳しく聞きたいものである。





「今度……機会あったら皆と会いに行くから、待っててね……」

ようやく落ち着いてきたクリスは、その暗い空間の中で座り込んだまま、涙を拭い続ける。
背中には多少鈍痛が残っているが、クリスもこれでもハンターである。我慢が出来る程度の痛みなので、何の苦にもならない。





―φφ▲ あの街、エンジェルシティは決して死者を迎える為の街では無かったのだ…… ▲φφ―

―δδ▼ 単純に、そう言う名前ネーミングが存在するだけなのだ。誤解されるのはきっと御免だろう…… ▼δδ―





「あ、そう言えばあそこから落ち――」

クリスはすぐ隣に落ちていた銀色の剣を拾い上げ、ようやく立ち上がる。
そして自分が誤って落下してしまった場所を見上げ、呟こうとしたが……



ドォオウゥン!!

ドゥウウゥウン!!



「きゃっ!!」

クリスは突然建物に伝わった振動により、思わず愛らしさの見える悲鳴をあげながら、目元に残っていた涙を跳ね上げる。
だが、すぐに身体に走った硬直を解除し、状況解析に走る。

その始まりを意味させる振動音の後に響くのは、今にも天井が崩れ落ちてきそうな壁や天井がきしむ音である。

「何!? 何これ!?」

外で確実に何か騒ぎが起きているのだ。元々騒ぎ・・は起こっているものの、今で言う騒ぎは、
もっと別の次元を思わせる何かである。きっと、確実に。



―ガラガラッ……



天井の一部が落下する。もうそろそろ今クリスが立っている場所も危ないはずだ。
すぐ横を見れば上へと進める階段が設置されている。

躊躇ためらいも無く、階段を素早く駆け上がる。

「そうだ、皆大丈夫かなぁ!? スキッド君……!!」

落下してからどれだけ意識を失っていたのかはクリスに分かる話では無いが、
どうしても仲間の事が心配になってくる。
向こう側もクリスを心配しているはずなのだから、クリスは多少怖さも覚える。
早めに合流し、自分の無事を伝えなければ相手に誤解されてしまう。
メンバーの中でも特に印象深かった異性が思い浮かび、思わず直接口に出しながら、階段をのぼり終える。



――そして、映る先程の毒煙鳥が破壊したであろう壁や硝子ガラスの残骸――



だが、毒煙鳥の姿は既に無く、それでも外は夜のままである。
それにしても酷い散らかり様である。

(スキッド君……待っててね!)

そのまま真っ直ぐ進めば毒煙鳥が破壊したガラス張りだった壁から外へと出られる。
そこから仲間探索が始まるのだが、そうは行かなかったのだ。



――建物を出ようと軽い足を走らせるが……――





ドスゥン!!

ψψ 目の前に落下する、四本脚の茶色い歩行生物!!

ξξ まさに死角から降ってきた、生きる砲台!!

――クリスの疾走はこれで止められる……――



「な! 何!? これ……!?」

始めて見る、飛竜でもその他狩猟地帯で出会うような小型モンスターでも無い類の大型生物に対して
クリスは未知の存在に対して慌てながらも、素早く背中に背負っていた剣を取り出し、戦闘体勢に入る。



――だが、なかなか飛び込めず……

――立ち止まっている間に、生物は砲台状の頭部バズーカヘッドにエネルギーを溜め込み……

――発射する!!



ドォウン!!



「!!」

エネルギーを溜め込んでいる間にクリスは持ち前の身軽さで斜め後方へと逃げ込んだのである。
跳ぶように回避し、直撃こそは免れるが、床が大きく抉られ、破片が派手に飛び散る。

「危な……。何これ……。これも敵の味方なの?」

発射された攻撃に対して精神的な疲労を覚えながら、真面目に正面から受けた時の自分の状態を思い浮かべてしまう。
だが、早くこの建物を出なければ、何も始まらない。

因みに、最初に放たれたあの砲弾はクリスの遥か背後へと着弾した為に、クリスにとっては大した被害にはならなかった。



――生物はそれで黙る事を知らず……――



ドォウン!!

ββ 再び贈られる、エネルギー砲……



「えっ!?」

――逃げる余裕は無く、素早く右腕の盾で自分を庇う!!

―バキィイン!!

「つっ!!」

――目の前で弾ける轟音。そして、クリスは後方へと押し出される!!



軽いながらも、頑丈な赤殻蟹装備のおかげでクリス自身に傷が入る事は無かったが、
その次に始まる悪夢のせいでクリスは再び緊張の一時いっときを見る事となる。



γγ 床が静かに崩れ始める!!/SETTLE SHANK γγ

一発目の砲撃がクリスを落下させた床周辺を壊していたのだろう。
まるで下の支えが少しずつ奪われているかのように、ゆっくりと崩れ始める。

「な、何これ!? どうしよ……ホント、どうしよ……」

クリスの足元で軋み始めている床のせいで、上手く動けず、動いたらそのまま反動で
床を崩してしまいそうな気がする為に、動作を色々と考えていたのだ。



κκ 既に考えている余裕じかんは与えられないのだ!!



――◆ 三発目、発射!!/THIRD GIFT!! ◆――

もうクリスに止まっている余裕は無い。
脆くなり始めた床を気にする事無く、壁に装着された梯子はしご目掛けて駆け抜ける。



☆ξ☆ 一部のハンターが時折見せる、飛竜から逃げる際のあの走り……

    ξ 胴体をピンと伸ばし、太腿をやや意味ありげに高く持ち上げながら、
      格好悪く両手を規則正しく振るあの格好スタイルでは無く……

★χ★ まさに視聴的な迫力まで備えた、勇敢な疾走……

    χ 胴体を前へと倒し、相手のふところへと突き進むかのようなスタンス。
      風の抵抗を少なくしたような体勢により、速度も前述とは比較にならない。





――背後に響く、爆音……――

――そして、崩壊音……――



「はっ!!」

クリスは咄嗟に今自分が走っている床も一緒に崩れると察知し、
その尋常では無い速度のまま、目の前の梯子へと飛び込む!!



ο 崩壊する床!!/BREAKDOWN!! ο

ガラガラァ!!

グシャァ!!

様々な木が破れ、壊れる音を響かせながら床は崩れ落ちる。
下へと続く地下にある床は結構な高さであり、落ちればまだ面倒な事になる。

しかし、クリスはもうその時には床に足をつけていなかったのだ。
梯子へと飛び移る為に……



――空中にその身体を預けていたのだ――



クリスの赤い甲殻、通称赤殻蟹アームに包まれた細い左腕が梯子の足掛けに伸ばされている。
既に跳躍による力の作用を発動させているのだから、後は届くか否か、それを見守るしか無いのだ。

「お願い!! 届いて!!」

届かなければ、梯子の下の壁に激突し、そのまま下へと真っ逆さまである。
オマケに床が崩れた後だから、その床の残骸による悲劇もあるだろう。
だから、届かなければ事実上アウトとも表現出来るはずだ。



――ここで、神はクリスを放置せず……――



パシッ!!

単純に言えば、届いたのだ。背後では完全に床が崩壊し、梯子の下にあったはずの床も既に存在しない。
だから、今はクリスは左手だけでぶら下がった状態になっている。
下からは木片が原因であろう砂煙が立ち上がっている。

「良かった……届いて」

クリスはぶら下がった状態のまま、自分の身体能力の身軽さと、細いながらも充分に備わった脚力から生み出された跳躍力に
感謝を感じながら、早く登ってしまおうと考える。

その表情は、安堵そのものであり、左腕だけで自分の全体重を支えている事に対する苦痛は浮かんでいない。
少女ながらも、意外と腕力があるのか、それとも体重が極めて軽いのか、それは知るよしも無いが。



ドオゥン!!



発射されたエネルギー砲……

それはぶら下がったクリスを通り過ぎ、そして遥か奥の壁へと激突する。

「!!」

風圧がクリスを襲い、茶色いツインテールの髪が揺らされる。

奥とは言え、結局はこの建物の一部である為に、クリスのぶら下がっている場所も非常に危険な状態になり始めている。
軋み音がそれを証明していると言える。



「げっ……」

クリスは背後に映る、穴の開いた壁を見るなり、水色の瞳を多少細めながら苦笑いを浮かべ、すぐに行動に走らなければと、
両腕に力を入れ直す。

ぶら下がった状態を保っている訳にも行かず、すぐにその梯子をよじ登る。
上へと向かえば何か助かる方法があるかもしれない。
だが、下へは降りられないのだから、ほぼこれは強制的だったのかもしれない。



――再び響く着弾音……――



しかし、それを気にしている余裕は無い。早急に上り、後で考えるべきである。





*** ***





「どうしよ……。さっきの奴ばっかりじゃん……」

二階の入り口を抜け、ベランダに出たクリスだが、先程の茶色い歩行生物が数体、うろついているのである。
真下からはっきりと確認され難いようにと、身を乗り出すように下を覗き見ているが、どうも普通に
突き進めるような状態では無い。

それに、降りるにしても結構な高さがある。普通は飛び降りる等考えられもしない。



――しかし、気付かれる時は気付かれるのだ――



「!!」

生物の内の一体がクリスの存在に気付き、上を向いたのである。
砲台の形をした頭部が上に向くのは、破壊すべき対象がいるから、ただそれだけだ。

クリス側もその異様な空気を感じ取り、即座にベランダに繋がった屋根へと足を進ませる。



ズゴォオオン!!!



「ひっ!!」

背後では、ベランダ部分が一気に破壊されてしまう。
上からすくい上げられるように、木片が宙を舞い、もう既にベランダとしての役割を果たさなくなる。

クリスはその時にはしっかりと爆撃の被害の及ばない場所にまで到達しており、
その次はどこから降りるかを考える。
無論、疾走したままで。



――再び発射される……――



(!!)

再び自分の足元が破壊される事を予知したクリスは、思い切った行動へと映る。



――飛び降りたのだ……。文字通りに……、助走を殺さずに……――



■■その後、クリスの立っていた屋根部分は木っ端微塵に砕け散った
■■そして、高度のある地面へ降りると同時に前転で衝撃を吸収したクリスは再び探索へと戻るのだ



「ここは……やるしか無いね!!」

クリスは決意したのだ。自分の身を護る為に、本気になると。

αα 銀色の剣を左手で強く握り……

ββ 水色の瞳に力を入れ、可愛さの混ぜた凛凛しさを見せ……

δδ 今、正面に立っている茶色い歩行生物に向かって……





――◆ 斬りかかる!!/RADICAL MOTIVE!! ◆――

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