◇■■ 出会い、そして隠蔽/MEET AND SEEK ■■◇

アビスとミレイはふとした建物内部でテンブラーと出会い、そして今度は道中でフューリシアと出会う。
そのフューリシアと言う、一角獣装備を纏った二十代前半の女性は、惨殺射撃手バイオレットによって
傷をつけられていた。アビス達との合流により、徐々にその傷が癒えていく。

今は、テンブラーの姿は無いものの、狩人用装備の少女を含めた四人が
隠れ場所として最適な建造物の中で話し合っている所だ。






「これでとりあえず処置は終わりです。フューリシアさん、大丈夫ですか?」

天井に吊るされている洋灯ランプによって薄暗い内部が明るく照らされており、
その中で緑色の髪をした少女ミレイは一角獣装備のフューリシアの左腕に包帯を巻き終え、
安否を訊ねる。

「ああ、わたしはもう大丈夫だ。世話をかけっぱなしなのは気まずいからな」

適当に用意したであろう椅子に腰をかけていたフューリシアは、女性ながらも
多少男のような口調で目下の人間であろうミレイに紫色の瞳を向けながら頷いた。

それでも、まだ呼吸には僅かに乱れが生じているのだが。



頬や二の腕、そして太腿部分に巻かれた包帯や、腹部等の箇所に貼られたガーゼがやや大きく目立ち、
飛竜では無く人間に近い存在であるバイオレットにやられた後の悲惨さを物語っている。



「さっきのあの人、テンブラーさんだったよね? ミレイ、テンブラーさんだったらきっと勝てるよね? あの人に」

オレンジ色の髪を持った狩人用装備のデイトナはミレイの細い左肩に右手を置きながら、
スーツ姿だったテンブラーを思い出し、バイオレット相手に帰還出来るかどうかを聞いてみる。

「うん大丈夫。テンブラーさんあたしよりずっと強いんだし、きっと簡単にそのバイオレットとか言う奴倒してくれるはずよ?」

ミレイはデイトナに振り向きながら、テンブラーの力を信用する。
ミレイも見た目は華奢な体躯の少女であるが、これでも中身はハンターであり、尚且つ、
自分よりもずっと長身で肥満の男相手に単独で勝利を収めるだけの体術も備えているのだ。

そんなある意味で少女と言う概念を無視したような能力を誇るミレイを、あのテンブラーは軽々と払い除け、
簡単に圧し止めてしまったのである。テンブラーならと考えれば、心配する必要性は無いだろう。



――そこに、突然フューリシアの声が入る――



「ミレイ、一応言っとくが、あの男はお前が考えてる以上に凶悪な奴だぞ? たかがお前程度を基準して考えられるほど甘くは無いぞ?」

この時のフューリシアの紫色の瞳は少し恐ろしいものがあった。
まるで相手の強弱を判断するかのように、目を細めてミレイをやや威圧的に睨みつけている。
やや自分の強さに自惚うぬぼれていたであろうミレイを止めるかのようだ。

「え? あ、えっと、そんなに……恐ろしい奴なんですか? バイオレットって奴が」

ミレイは突然のその威圧的な評価に対し、自分が何か不味い事でも口走ってしまったのかと戸惑う。
それでも、直接はバイオレットを見た事が無かった為に、一体どれほどの力を持っているのかを問う。

「少なくとも、お前程度だったらすぐにやられるだろう。わたしも相手は素手だったってのに、本気で殺されるかと思ったから……。あいつは力もスピードも半端じゃない。わたしが今ここにいるのは殆どあいつの気まぐれって言ってもいいだろう」

フューリシアは自分自身の右手を顔の前に持ち上げ、そして寂しそうに見つめながら握り締める。
これだけミレイにきつい事を言っておきながらも、結局フューリシアもバイオレットに敗れたのだから。



――とある言葉ワードに疑問を感じたアビスは……――



「えぇ? あ、あの、バイオレットって奴素手で酒場乗り込んできたってのか? 普通武器とか持って乗り込まないか!?」

アビスは突然、素手でフューリシアを襲ったバイオレットの話題を聞くなり、そんな単純過ぎる事を
ミレイ及び、フューリシアを視界に入れながら訊ねる。ただ、フューリシアに対してその口の聞き方は怪しいが。

「はぁ? あんた何言ってんのよ? なんも持たないでハンターだらけのとこに乗り込む訳無いじゃん。そうですよねぇフューリシアさん?」

あまりにもアビスの思考が単純過ぎた為に、ミレイはそれはありえないだろうと、呆れた表情で言い返す。
それでもミレイも、一体バイオレットがどのようなスタイルで酒場へと乗り込んだかは聞かされていなかった為に、
ここで改めて聞き出そうと、フューリシアに対しては敬語で接する。



「勿論だ。あいつは、拳銃なんかで武装して、軽々とハンター達を殺してったんだ。射撃の腕前は並みのものでは無かった……。それで、わたしが襲われた際にわたしはボウガンをやられたから、破れかぶれで蹴りを飛ばしてみたら、いきなり素手でのやりあいになったんだ」

フューリシアは未だに椅子に座り、そして体勢をやや前に倒し、両手をそれぞれ握り合いながら、
バイオレットと素手での戦いになる経緯いきさつを話した。

「でもやられちゃったんですよね……。だけど良かったです。ちゃんと生きて戻れて……」

デイトナはあの灰色の皮膚を持つ狂気の亜人バイオレットに敗れた瞬間のフューリシアの姿を想像しながら、
それでも傷だらけになりながらも帰還出来た事に対して安堵の息を洩らす。



――暗くなりがちだったデイトナをなだめるように、フューリシアは……――



「デイトナ、そこまで心配はするな。確かにあいつは人道外れた強さを持ってたが、だからって素手同士のぶつかり合いで死ぬようなヘマは取らんぞ? 武器も使わない相手なんかに殺されでもしたら、ミレイに笑われるからな」

デイトナに向かって、決して体術の比べ合いで命を落とすような軟弱者では無い事を伝える。
やられるならやられるなりにそれ相応の受け方をしているとでも言えるのだろうか。

そして、最後になってミレイを見ながら、苦笑いを浮かべる。



――またとある部分でアビスが入り……――



「あ、あの、なんか格闘戦的なとこでしょっちゅうミレイミレイ言ってるみたいだけど、えっと、なんかミレイの師匠とか、なんかそう言うのなの?」

よほど気になった内容だったのだろう。アビスは他の者が質問をしてくる前に素早く滑り込むように言葉を投げかけ、
隣のミレイを右人差し指で差しながらフューリシアにミレイとの関係を聞く。

「ん? ミレイか? 一応はわたしがそいつに格闘術をある程度は指導した身だが。それでもまだこいつは未熟な所が多いけどな」

アビスの途切れ途切れの質問に対しても、フューリシアは冷静に、淡々と、答える。

しかし、襲い掛かって来た連中を今まで軽々と打ち倒していったミレイでもまだ未熟と言われるのだから、
この世の中の広さと厳しさがひしひしと伝わってくる。



「う、うんまあそうなの。あたしもさあ、これでも全然駄目なとこ多くてさぁ……、うん、たまにフューリシアさんみたいに実力のあるかたからもまだまだだって言われるのよ」

フューリシアにまだまだ未熟者だと言ういんを押され、ミレイは自分の駄目出しを誤魔化すかのように苦笑を浮かべながら、
アビスに少しだけ悲しそうに説明を施す。

「え、うっそぉ? お前で未熟? いや、お前かなりヤバいぐらいつえぇのにそれで駄目だって言われんの? なんか世界の広さ思い知らされた気になったんだけど……」

世界単位で見ればまだまだ黄口こうこうな立場であるミレイに対してアビスはと言うと、
まるでミレイが世界最強だとばかり思っていたらしいアビスは、フューリシアの下した駄目出しがありえないと言えんばかりに、
妙に盛り上がった様子でミレイを見る。



「アビス……、あんた何妙にテンション上がってんのよ……? これでもあたしはまだまだだから、あんまり褒められてもちょっと困るんだけど……」

ミレイは青い瞳を僅かに細め、やや呆れたような、力の抜けた口調でアビスに言い返す。
普通は、よほどの事情が無い限りは自分で自分を褒めたりはしないだろう。少なくとも、ミレイはそう言う性格だ。

「なるほど、君はアビスって言うのか。ひょっとして、ミレイのこれか?」

フューリシアは初めてアビスの本名を理解し、そして傍らにいるミレイが異性であると言う状況を考えたのか、
何故か小指なんかを立てながら、アビスに問い掛ける。



――アビスはその立てられた小指を不思議そうに眺めるが……――



「これって……、何だよ小指なんか立てて……。ミレイ、なんで、小指?」

アビスは意味をまるで理解していないのか、フューリシアの右小指を眺めるが、結局その答えを見つけ出せず、
思わずいつものようにミレイに答えを教えてもらおうとする。

「あの〜フューリシアさん、よく色んな人勘違いすんですけど、あたしとアビスはそんな関係じゃないですからね? あくまでただ友達なんですからね? からかわないで下さいよ?」

ミレイは意味を理解している事だろう。文字通り、細い肩の力を落としながら、フューリシアに向かって
その一角獣アームに包まれた右手を下ろすように、自分の右手で下に仰いで施した。



――ミレイの苦笑いを見たフューリシアも釣られるように口元を緩ませ……――



「そうだったか? 悪かったな、妙な事聞いてしまって」

そう言いながら、フューリシアは右腕をゆっくりと下ろし、小指も畳む。

「ってか何なんだよあの小指。ってか『友達』とか、『そんな関係』とか、何それ? なあミレイ、お前知ってんだろ? ちょっと教えてくれよ」

アビスはあの小指の意味をどうしても知りたい為に、その小指から生まれた今の二つの言葉を出しながら、
隣にいるミレイに何としてでも教えてもらおうと肩を揺さぶる。
その反動でミレイの緑色のショートの髪が僅かに揺れ、髪の間からチラチラと耳に付けられた十字架の銀色のピアスが映る。



「いや、いや別にいいの! あんたは知らなくていいから! 別に深い意味も無いしさあ!」

アビスに揺らされてもあまりその部分には触れず、ミレイはアビスの手を軽く払い除けながら、
小指の意味を知らなくてもどうと言う事は無いと、何故か軽く声を荒げながら施した。

「いや、あるだろ!? 今の友達だのそんな関係とか、なんか俺に隠してんだろ!? あ、まさか……」



――アビスの頭に浮かぶのは……――



「何よ?」

続きが気になるそのアビスの言い方に、ミレイは僅かながら汗で濡れた眉間みけんを寄せ、瞳も細める。




そして、アビスから出された言葉は……




「エロい事?」

後味の悪くなるような台詞によって、ミレイの右手が持ち上がり……



――アビスの頭を軽くではあるが、叩く――



「んな訳無いでしょ。ってかなんでそっちの方向行くのよ?」

殴り飛ばすと言うレベルでは無いものの、叩かれた方のアビスは馬鹿な真似をしてしまったと感じ、
ただわざとのような気まずい笑いを飛ばす事しか出来なかった。

「そ、そうだよ、な……、ははは……」



――ある意味で種の原因となったフューリシアは……――



「所でミレイ、お前その格好で今この街を襲ってる連中と戦うのは辛いとは思わないのか? 出来ればちゃんと装備品纏ってた方が安全だとは思うんだが? それと、君と、そこの君もな」

フューリシアは最初にミレイのその黄色い病衣姿に対し、戦闘に支障を来しているのではないかと訊ねてみる。
一応病衣の上にミレイのトレードマークとも言える暗い色の赤のジャケットを纏っているが、
強度は武具と比べると確実に劣り過ぎているはずだ。



――そこを指摘した後に、アビスと、

――今までずっと無口だったネーデルに視線を向ける



「あ、えっと、そうなんですけど、俺達実際そんな余裕無かったんですよ。俺はミレイの見舞いの帰りにこんな事件に出くわした訳だから、正直武具なんか着てる暇無かったんだよね……」

アビスがアーカサスの街襲撃に出会ったのは、彼の言った通りである。
狩猟の予定も無かった為、私服状態で安心し切っていたのだ。自宅に戻る余裕すら与えられず、今に至る。

「わたしは……えと……」

今まで黙っていたネーデルは、久々に声を発したものの、話すべき内容を予め考えていなかった為か、
そこで途切れてしまう。



「そう言えばネーデル。ネーデルってあのバイオレットとか言う奴の組織から逃げ出したって言ってたわよね? バイオレットとか言う奴、この街でなんか企んでたとかの話とか、無いの?」

ミレイはネーデルを問い詰める。決してネーデルに対して敵対心を抱いている訳では無いにしろ、
それでも元々はアーカサスの街に攻撃を仕掛けるだけの組織にいたのだから、ミレイの青い瞳はどこか威圧的である。



――その質問によって、周囲が一瞬静まる……――



「えっと……それなんですが……。バイオレットはアーカサスの街のハンターズギルドが厳重管理する古龍の聖域新書を狙ってるんです」

先程まではずっと立っていたその細めな身体を、ネーデルは適当な場所に置いてあった椅子を
引っ張り寄せて座りながら、バイオレットの目的を一番最初に口に出す。

優しげな赤い瞳が多少苦しみにもだえるかのように、細くなる。

「聖域新書? なんか随分意味深そうな名前だけど、それって……何が書いてあんのよ?」

ミレイは神聖的なネーミングを持ったその書物に対して興味を覚えるものの、おおやけには知らされていないであろう
その内容を知るはずも無く、その知らない部分がどうしても知りたくなってしまう。



「きっと凄い事書いてんじゃねぇの? そのさい、さ、せ、せ……何とかしん……しょとか言うのって」

ネーデルの小さめな口が開く前にアビスの正しいと言えば正しいかもしれない予測が飛んでくる。
だが、その予測を生み出す原因を作った物の名前がアビスにとって複雑過ぎた為か、
何が言いたいのかよく分からない状態になっている。



――結局フォローをするのは、ミレイである――



「だからアビスぅ……聖域新書だって……。せ、い、い、き、し、ん、しょ。ちょっとあんた黙ってて」

ミレイは一度軽く溜息をいた後、名称をしっかりと覚えてもらうよう、一文字一文字区切りながら説明し、
そしてアビスの左の二の腕を右手で軽く叩きながら口を閉じていてもらうように言った。

「えっと、続き、いいですか?」

アビスとミレイのやり取りで一瞬だけ≪古龍の聖域新書≫に関する話が途切れてしまった為に、
ネーデルは少しだけ気まずそうに続きを話しても良いかどうかを訊ねてくる。

ただ、ミレイをここで悪者扱いしては非常に可哀想な事だろう。ちゃんと聞いていないアビスが悪いと言うのに。



「あ、いいわよ。ちょっとごめんね」
「えっと、ごめん……」

ミレイは一番最初に話を中断させてしまった事に対して謝罪を渡し、アビスもそれに釣られるかのように謝罪する。



――再びネーデルの話が始まり……――



「では話しますね。聖域新書にはまだおおやけには発表出来ない極秘情報が記録されてるんです。例えば、普段はどこで睡眠を取ってるかとか、古龍達の現在の科学では証明し切れないあの特殊能力に対する考察等、迂闊うかつにばら撒けないような情報が入ってるんです」

ネーデルはまるでこれから命を賭けて戦う為の重要会議の責任者チーフを務めるかのように、
非常に真剣な眼差しで説明をする。

「あれ? え、えっと、でもさあ、古龍っつうのは確か滅茶苦茶強いとか、ヤバいとか、そう言う連中なんだろ? だったらちゃんと他のハンターとかにもじゃんじゃん教えといた方が危険とかけられたりとかすんじゃねぇの? なんでいちいちそうやって隠したりすんだよ?」

一応その内容はアビスは理解出来たらしく、そして古龍の恐ろしさも理解はしている身である。
その古龍の秘密のようなものを隠蔽いんぺいする理由がアビスには理解出来なかったようである。
隠蔽いんぺいをせず、ハンター達と共有する事によって常に古龍の危機を全身に覚えさせ、
いざと言う時でもすぐ対処出来るようにしておくべきだと考えているに違いない。



「アビス、そう言う古龍とかのような天災級の扱い受けるような連中はねえ、あんまりハンターに公開したりすると、素材とかの希少性とかそう言うのに目が眩んでギルドの許可も取んないでこっそり出向いたりする奴とかも出て来んのよ。まあ他にも色々事情はあんだけどさあ」

ミレイは知っている範囲で、どうしてハンターズギルドがわざわざ情報を隠し通そうとするのかを説明するが、
実際の所、その事情は溢れんばかりに存在するはずだ。



――ここはどうやらフューリシアの出番であるらしく……――



「わたしから説明させてもらおうか? 元々古龍は今ミレイが説明してくれた通り、天災に匹敵する力を所持した存在だ。純粋に恐ろしいと言えばそれまでだが、逆に言えば人間にとっては未知の発見であると同時に、富の生産者とも言えるだろう。学会や商人に、正確な情報を売ったり、素材を渡したりすれば一気に富豪に登り詰めれるだろう」

フューリシアは椅子に座ったまま、右肘を手摺てすりに乗せながら、ミレイの話の続きとも言える部分を説明する。
彼女の説明に対して、この空間にいる少年一人と、少女三人は黙って聞いていた。

あくまでも、それは彼女が説明している間だけであり、アビスがその後に口を出す。

「それはそれで別にいんじゃないの? 研究とか進んだら結局は俺達ハンターにも、後、えっとその、色んな人の役に立つんじゃないの?」

確かにアビスの言う通り、生態をどんどん調査していけば、分からない事が理解出来、
それによってハンターにとっても、生態の研究者達にとっても好都合な話となるはずである。



「ワタシもそう思います。やっぱり恐ろしい相手だからこそ調査は大切になるんじゃないんですか?」

デイトナもアビスに賛成するかのように、オレンジ色の髪を揺らしながらアビスを一瞥いちべつする。



――だが、ミレイはどこか納得出来ない様子であり……――



「いや、でもさあ調査するったって相手はあの古龍よ? 並の人間が調査行って簡単に戻ってこれたもんじゃないと思うわよ? 多分ギルドはさあ、そう言う危険な調査させないように、まあ所謂いわゆる配慮ってやつを配ってんじゃないのかなぁ? そうですよねフューリシアさん。あんまり教え込んだりしたら変に興味持ったりするから、敢えて非公開にするみたいな感じなんですよね?」

ミレイはハンターズギルドの思念を受け止めたかのように、一体どんな考えでおおやけに対してわざわざ隠しているのか、
両手を僅かながら激しく動かしながら口に出す。



――先程まで真剣な表情だったフューリシアのそれが軽く緩み……――



「そうだな、確かにそれも間違いでは無い。けどだ、もし古龍が人間達に攻撃を受けて、その後どうなる?」

まるで試問クイズでも出すかのように、フューリシアは手摺てすりに付けていた右肘を持ち上げ、
女性らしく良く膨らんだ胸の前で両腕を組み始める。



――即答したのは勿論……――



「そりゃあ簡単だよ。調査に行った人達がその古龍とかにやられて怪我する、じゃない?」

アビスは内容の奥をまるで考えず、思いつきの答えをあっさりと出す。
確かにそれはそれで間違いでは無いかもしれないが……

「アビス、それぐらい誰だって分かるわよ。それに、今フューリシアさんの言ってる事って、人間・・の事じゃなくて古龍・・の事じゃん? 攻撃受けたら古龍側は何かしら人間に恨みでも持って……」

ミレイはしっかりと主語を聞いていたらしく、アビスをフォローしながらも、正解を導こうと
その口を動かし続けるが、



――再び……――



「だからそしたら結局人間達攻撃受けまくって結局怪我しまく――」
「あぁ〜もうあんた黙ってて! 余計な事言わないでくれる!? 人が真剣に考えてるってのに!」

アビスの単純な思考・・・・・がミレイの真剣な思考・・・・・を邪魔しているのである。
ミレイはアビスの肩をやや乱暴に右手で押しながら、黙らせる。

アビスもひょっとしたら自分なりの正解へと導く可能性のある発言をしたかっただろうが、
ミレイのそれと比べると、確実に点数で負けるだろう。



――そんな光景に対し、フューリシアは思わず笑い出しそうになっていたが、堪えている――



「えっと、話に戻るけど、そしたら、古龍が人間に何かしら恨み持って……、最終的には人間世界に攻撃仕掛けたりするようになる可能性があるって事ですか?」

アビスに邪魔されてしまった為か、先程既に言った事をミレイは無意識に繰り返しているが、
その後に続くものは、きっとフューリシアの期待していた答えであるに違いない。

「流石だな。古龍にとってはハンターも一般人も人間には変わりないから、無差別に仕返しする可能性だって考えられる。相手の特徴も把握していない奴が、興味本位でおもむいてそいつが怪我するのは勝手だが、下手な怒りを買ってそれを無関係な者達に振りまかれるのだけはごめんだからな」

古龍は確かに古龍、言わば動物とほぼ同じような存在ではあるものの、人間と言う存在を見る眼はきっと確かなはずだ。
危害さえ加えなければそのまま存在だけで済む話が、手を出して怒りを買ったが為に
人間全体を敵として見られてしまえば絶望的な状況と化してしまうはずだ。

フューリシアは腕を組んだまま、ミレイのその出した答えの補足を出し、
そして足も組み始める。



「だから、ギルドは情報を蓄積させて、それを公表はしないでその聖域新書って言うものに書き記してるって事ですか?」

デイトナもハンターズギルドの考えは理解出来た事だろう。
古龍に対して不要に手を出さぬよう、配慮を配っていると言う面で、組織は苦労しているのだ。

「そうだな」

フューリシアは小さく頷く。



――ネーデルの赤い瞳がやや悲しげなものになり……――



「でも、バイオレットは恐らく皆さんはご理解頂いてるとは思いますが、今フューリシアさんのおっしゃった事に当てはまらない男です。アーカサスをその新書一つの為に襲撃するような性格ですから、古龍に手を出した後の事は一切考えません。寧ろ古龍達のデータ入手して、それで一般の人々が傷つく事を彼らは望んでます」

ネーデルは立ったままの状態で、背中まで伸びた青い髪の右側面部分に右手を当てながら、
連中の野蛮さを口に出す。

「あ、そだでもネーデルネーデル、確かに古龍とかに、えっと攻撃されたりしたらヤバいけどさあ、ってかそんな古龍のデータとか集めて結局何しようとしてんの?」

アビスでももうそろそろは古龍の脅威を改めて分かった事だろう。一応これでも鋼龍とは戦った過去を持つのだから、
それを照らし合わせて考える事だって出来るはずだ。

「そうだ、確かにそうよね。ネーデルんとこの連中そんな物使って何考えてんのよ?」

ミレイでも気になる部分なのか、アビスに続きながら、古龍から入手出来る素材で
一体何を最終目標にしているのか、訊ねる。



――気になる部分ではあるものの……――



「そこはわたし達一般の構成員に対しては告知されていません。ただ、上層部の者にしか知られない厳秘げんぴな立案が構築されてる事だけはわたしでも分かるんですが……」

組織の活動は仮借ないやり方が義務付けられているのか、下の身分の者達には殆ど活動内容を
知らされる事が無い様子だ。敵に捕まって情報を洩らされたり、裏切られた時の事を恐れてなのだろうか。

「それ以上の事は何も分からない。そう言う事だな?」

理解の範囲を超えての説明はネーデルでもまず不可能だろう。
それに対して見切りをつけたかのように、フューリシアは相変わらず座ったまま、組んでいた両腕を崩す。



「はい……、そうです」

ネーデルは自分の持つ情報量の少なさを恨むかのように、やや暗い態度で頷いた。
だが、彼女の小さい口は誰かの反応を待つ事は無かった。

「あ、そうだ、実は皆さんに言わなければいけない事が一つあったんです。聞いて下さい」

まるで知らなければのちに重大な損害を負う事であるかのように、先程と比べ明らかに
口調が強くなった雰囲気を見せ付ける。



「言わなきゃなんない事? 何よそれ」

両手を握り締めて言うネーデルに対して、ミレイは軽く青い瞳を細めながら、
一体何がネーデルから出てくるのかを待ち続ける。

「バイオレットの事です」

直接耳で聞いただけでは確かに単純な響きであるものの、その出てきた名前は
あれだけ酒場の内部で大量虐殺をおこなった人物なのだから、軽いものでは済まされないだろう。

その証拠に、その名前を出したネーデルの表情が再び暗くなる。

「なんか、すげぇ気になんだけど、話してよ」

アビスも空気が重いとは分かっていながらも、バイオレットに何があるのかを知りたくて、
急かすような態度を取り始める。



「単刀直入に言いますと……」

ネーデルは二の腕の中間から手首の間にかけて覆われた水色のカフスの先にある両手を
互いに握り合わせながら、まるで意を決するかのように再び話し始める。



――内容は……――



「この街は後二時間程度経った後、炎に呑まれるんです……」



――勿論、周囲の人間は黙っていられるはずも無いだろう――



「はぁ!? それって結局んとこアーカサス破壊されるって事じゃん? それじゃあたし達どうなんのよ?」

ミレイは目を大きく開きながら、声を荒げ出す。無理も無い話である。
本当に、アーカサス全体を焼き尽くされてしまうのだから。

「待て、確かに破壊される事は分かったが、どうやってそんな大掛かりな芸当見せるつもりだ? 教えろ」

アーカサスの街が全て無と化してしまうのは兎も角、フューリシアはそれを完成させるシステムについて
冷静に思考を巡らせていた。取り乱す様子も見せず、それでもやや威圧感の篭った紫色の瞳をネーデルへと向ける。



「バイオレットは密かにこの街の地下に原子炉を建造したんです。構成作業員は殆どが元々一般市民だったのが、バイオレット達に捕まえられて、薬物投入されて脳を麻痺させられて、無理矢理作業命令を植え付けられた人達です」

ネーデルは多少説明が複雑なその話も、やや難なくこなす。

「脳が麻痺するって……、なんか麻薬とかみたいな感じ?」

ミレイはまるで汚いものを見て表情を引き攣らせたような状態を作り、その状態でネーデルに聞く。



「一応はそれに近い存在だと思います。バイオレットはハンター撲滅委員会を指揮してまして、組織に敵対する者を捕らえて、その中で肉体的に優れた者を原子炉の開発に使うんです。使えない場合は別の用途に持って行かれるんですが……」

そのネーデルの説明には、以前アビス達が出会った妙な集団の名前が入っており、
それに飛びついたのは……



「ハンター撲滅委員会? それ一回あたしら戦ったんだけど……ただ捕まえて殺すだけじゃなくてそんななんか大掛かりな計画も考えてた訳?」

ミレイは一度出会った覚えがあった。実家から帰る途中の機関車内で奇妙な連中と出くわした事を。
アーカサスの方でもクリス達は一度その委員会に襲われており、ミレイはアーカサスの街に戻ってから
詳しくクリスからその話を聞いたのである。

クリスの話では、裏の世界に連行され、男は殆ど無差別に殺されてしまい、女は男の性の道具にされてしまう。
大体そのような感じであったが、原子炉の話はネーデルから始めて聞いた話なのだ。



――そこに入ってくるアビスは……――



「あ、あのさあネーデル。さっきからお前が言ってる組織組織、ってのはさあ、そのハンター撲滅委員会の事言ってんのか?」

アビスにとっては『組織』と『ハンター撲滅委員会』が同じものとして見えていたのだろう。
滑り込むかのように言葉を入れ、ネーデルからの答えを待つ。

「いえ、違います。ハンター撲滅委員会は組織の中の一つの役割に過ぎないのです。実際は組織から枝分かれされた様々な術策が存在してるのです」

決して組織はハンター撲滅委員会に限定されたものでは無いと、ネーデルは優しく説明してくれた。



「じゅっ……さ、く? 何……それ……?」

だが、アビスは一つの単語の意味がよく理解出来なかったのか、まゆを揺らし始める。
折角のネーデルの好意が無駄になってしまったように見えてしまう。

「アビス……あんたまたぁ? 『術策じゅっさく』よ。簡単に言えば悪い計画って言う意味よ……ったく」

悩むアビスに救いの手を差し伸べたのは、いつものように、ミレイだった。
呆れながらも意味を教えてくれるミレイはアビスより言葉の語彙ごいが多いに違いない。

「あ、そ、そっか……、だよな……、ありがと」

アビスは作り笑いで誤魔化しながら、ミレイにぎこちない礼を渡す。



「じゃあいいですか? それで、とうとうその原子炉が完成して、後はこの街を焼き払うだけで充分だったんですが、その前にバイオレットはこの街のハンターズギルドに保管されてる古龍の聖域新書を忘れなかったんです。組織にとってはアーカサスの街より、その新書が優先ですので、アーカサスの破壊はバイオレットと、その彼の上層部の存在に当たるミリアムが勝手に考えたものなんです」

アビスの知識不足をミレイが補う様子に対してネーデルが確認を取った後、再び話が始まった。

どうやら、『古龍の聖域新書』を奪取する事が目的だったのだが、本当はアーカサスの街を破壊する必要は
実は全く無かったようである。その必要の無かった事を敢えて遊びのように行う彼らはまさに人道を外れた存在と言える。

「ミリアムねぇ……、実はさあ、あたしその名前聞いた事あんのよ。機関車ん中で絡んできたあの超肥満の男に。ミリアムってどんな奴なの?」

ミレイにとって、ネーデルの話は過去の単語をいくつも思い出させてくれる要素が入っていたようである。
先程の委員会に続き、今度は人名を掘り起こし、ネーデルに対してその人物の紹介をう。



「はい、ミリアムは外見だけを見れば、わたしやミレイさんと、後デイトナさんとさほど変わりの無い普通の少女です。それなりの可愛さも持ってると思います」

ネーデルは一度、説明を咄嗟に考える為か、ミレイ達からその赤い瞳の視線を逸らしながら、
そのミリアムと呼ばれる少女らしき人物について、説明する。



「ミレイ達と変わんない……ねぇ」

壁に寄りかかっているアビスは頭の中で、まだ直面した事の無いミリアムを思い浮かべながら、
何故か同じくアビスの隣で壁に寄りかかっているミレイに茶色い目を向ける。

ミレイの方は、一応は病院から抜け出してきたと言う事情もあってか、額から後頭部にかけて包帯が巻かれていたり、
頬にガーゼが貼られていたりして、その顔立ちは現在は僅かながら荒れてはいるものの、確かに可愛らしさは残っている。

だが、何故かアビスはミレイから目を離さない為に……

「ってなんであんたずっとあたしの事見てんのよ?」

ミレイはアビスに凝視される事に何か違和感を覚え、アビスの右の二の腕を軽く叩きながら
その妙な行為を振り払う。

「あ、え、あえ、あ、あいやいやいやいや!! ごめんなんでもないから!! なんでもないなんでもない!!」

アビスは何故かミレイを見惚みとれたかのようにじっと見ていた為、
恥じらいを感じると同時に呂律の狂った口調で一応は謝罪を飛ばしてみせる。

恐らく見た事の無いミリアムの容姿を、ミレイの端麗な顔立ちと照らし合わせて考えていたのだろう。



「まさか変な事考えてたんじゃないだろうね? まいいや、んと、ネーデル、話続けて」

アビスに向かってミレイはその普段はトーンの高い声色を相当低めて疑いの言葉をかけた後、
ネーデルに振り返り、いつものトーンの高い声色に戻しながら話の再開を勧める。



「あ、はい。外見は普通の女の子に近いんですが、戦闘力は、油断出来ないものがあります。武器は鎌を使うんですが、体術も恐ろしい程に優れてます」

ネーデルは二人のやりとり――と言ってもミレイは非常に損をした立場であるはずだ――に多少戸惑いながら、
ミリアムの特徴を説明するが、それは確実に弱い事を意味するのでは無いだろう。

「相当な実力を持ってるって解釈で合ってるか?」

椅子に座った状態を保っているフューリシアは、その回りくどく意味を表現している言葉ワードに騙されず、
油断ならない相手であるのかと、口を開いた。



「はい、合ってます。所でミレイさんは先程機関車の中で凄い太った男と戦ったっておっしゃってましたよね?」

素直にフューリシアの質問に答えた後、ネーデルはミレイのあの機関車内での出来事を思い出し、
同年齢の人間相手に対するものとは思えないような丁寧な言葉遣いで接する。

ネーデルの性格ではやや汚い印象を与える表現を使えないのか、あの男・・・の体格の表現法が相当緩められている。

「ああ、うん、戦ったわよ。まあ一応あたしはそいつに勝ったんだけど、その代わり一週間入院する破目になったんだけどね……。っつうか真面目な話さあ、途中で殺されるんじゃないかって思ったんだよね……。でも後遺症残んなくて良かったぁ……」

確かにミレイはあの肥満であり、巨漢でもあるあの男を相手に勝利を収めたものの、
それまでの間につけられた殴撃おうげきの傷によってそのまま意識を失い、そして入院する事になってしまったのだ。

だが、それだけの重症を負いながら、
骨折も無く、白い歯も一本も折られていないのはミレイにとっては非常に喜ばしい事である。



「あの男は名前をアルバート・ロペスって言うんですが……」

ネーデルは最初にその肥満の男の名前を明かすが、



「あ、そう言う名前だったんだぁ、アルバート・ロペス、ねぇ……」

ミレイは初めて聞いたその名前に対して素直に関心し、軽く愛らしい笑顔もこぼれる。

「そうです。実はミリアムでしたらあの程度の男は一分も経たないうちに軽々と素手で仕留めると聞いてます。ミレイさんはあの時は凄く強運だったと思いますよ」

ネーデルは相変わらず、優しげで、威圧感のまるで感じられないクリスとはまた違う意味の雰囲気で、
それでも内容が事実だとしたら何とも恐ろしいであろうそれを口から出した。おしとやかな様子でも、内容の意味だけは素直だろう。



「い……いっ……ぷん? あたしあいつのせいで死ぬ一歩手前にまで追い詰められたってのに、そのミリアムって奴は一分!? そいつホントに少女、なの?」

ミレイがあの肥満男アルバートと争った時は、もうどれだけの時間が経ったのか分からないほど
ぶつかりあったと言うのに、ミリアムはミレイの時間と比べれば一瞬とも言える時間で終わらせられると言うのだ。

だが、ミレイも華奢な少女にしては恐ろしい程の格闘術と精神力と根性を持ち合わせていると言えるが。

「確かに少女です。ですが、ミレイさんの今の実力だと、決してミレイさんを愚弄するつもりはありませんが、ミリアムとまともにやりあっても絶対勝てません。バイオレットもミリアムと同等の実力を持ってますので、この二人ともしこれから先、直面したとしても絶対に手は出さないで下さい。下手したら、今回のように入院では済まないかもしれませんから」

ネーデルは元々その二人と同じ場所に所属していたからか、詳しい情報を知っている様子である。

ミレイに覚悟を決める一言を与えた後、決してその該当する二人には戦いを挑んではいけないと忠告を施す。
雰囲気からして武器では無く、体術戦の事を差しているとは思うが、今のミレイではそれは自殺行為に匹敵するらしい。



「ミレイより強いって!? それありえなくね? それ絶対どっか間違いあ――」
「アビス、煩いわよ」

ミレイを超える強さを誇るであろうミリアムに対してアビスは騒ぎ立ててネーデルに反論しようとするが、
ミレイの感情の感じ取れない口調と共に伸びた右手がアビスの口を押さえ込む。



――アビスを黙らせた後は……――



「正直あたしも所詮はまだまだって事よね……。まああんまり自惚うぬぼれたりすんのはあたし好きじゃないんだけど、やっぱあたしももっと実力底上げしなきゃ駄目って事なのかなぁ……」

ミレイは悲しそうに俯きながら、自分の右手を顔面の前にまで持ち上げ、そしてゆっくりと、それでも強く握ってみる。

袖の長い赤いジャケットがミレイの右腕を覆っている為、
直接腕が曝け出されていない事によって肉体的な威圧感は感じられないものの、
それでもそのミレイの右腕の力は非常に強いものがあるはずだ。

「ミレイでも……まだ甘いってんのかよ……」

悲しげに自分の右腕を見続けるミレイの隣でアビスは何だか自分自身が置いていかれているような気分になった。
あれだけの少女とは思えない根性を誇るミレイでもまだ上がいるとは、と、アビスも少しだけ表情を暗くするが、



――あの兵器、原子炉アトミックパイルを思い出し……――



「あ、ってかその原子炉的なやつの話だけど、あれって止めれないのか? っつうか止めないと絶対不味いじゃん!? ネーデルお前何とか出来ないのか?」

放置状態だったその原子炉の話をアビスは掘り起こし、そしてネーデルに徐々に近寄っていく。

「確かにそうです! 止めないとアーカサスも、人々も一瞬で……。何とか出来ないんですか?」

デイトナもアビスに続き、ネーデルに向かって対策が無いのかを問い質す。



「実はわたし、それを止める為にここにおもむいたんです。二時間もあれば確実に止められます! だから安心して下さい!」

原子炉及び、一瞬で焼き尽くされるアーカサスを想像すれば頭の中が真っ白になる可能性も出るだろう。
だが、ネーデルは違っていた。

青いロングヘアーを軽く揺らしながら、一歩前に出て白い肌の両手を互いに握り合わせる。

「原子炉と言うと、内部構造も相当複雑に見えるが、お前はそこもちゃんと弄れるのか?」

フューリシアはやや単純に近い形で停止させると言うネーデルに対して違和感を感じたようだ。
少なくとも、ボウガンやガンランスのように火薬や機械の内蔵された武器よりも遥かに複雑な構造を誇るであろう
その原子炉を弄るならば、非常に高度な専門知識が必要になるのは目に見えているのだから。



「大丈夫です! わたしこう見えても機械にはとても強いので、任せて下さい! 必ずこの街を救ってみせますから!」

何故かネーデルの静かな雰囲気に活気が見え始めていた。
まるでアーカサスの街を救う事に対して希望を見せているかのように。







―パチパチパチパチ……

―パチパチパチパチ……



何故か拍手が洋灯ランプに照らされた室内に響き渡り……



「あ、あ、あれ? 何これ? 今のネーデルに対する拍手?」

アビスはきっと周囲の女性陣の誰かが手を叩き始めたのかと感じ、周囲をきょろきょろと見渡すが、
不思議な事に誰の手も動いてはいなかった。

「違うっつの。ってか誰よ? 拍手なんかしてん――」

ミレイも誰が拍手なんかをしているのか、周囲を見渡してみるが、



――ミレイの青い瞳は、そのまま硬直する……――






室内の影から男達が現れたのだ。その格好は、極めて特徴的な、あれ・・である。

バンダナマスクで目から下を隠し、トレーナーを着込んだ人相の悪い男達だ。
数は三人であり、手を叩きながら物陰から表れたのである。



「見事な説明だったぜネーデルよぉ」

バンダナマスクの男の一人が凶暴な印象を根強く与える細い目でネーデルを見つめながら、
ゆっくりと叩いていた手をズボンのポケットに入れる。

「上手くこいつら足止めしてくれて感謝するぜ」

もう一人の男も、ポケットに手を突っ込んだままで、ネーデルに妙な褒め言葉を提供する。



――その言葉に秘められた意味を思い知ったのは……――



「感謝って、まさかお前……!」

フューリシアの多少緩んでいた紫色の瞳が一気に尖りだし、椅子から立ち上がってネーデルを
鋭く睨みつける。

まるでそのままネーデルへ接近し、殴りつけるかのようだ。

まさかネーデルは初めから罠に嵌める為に……

「いや……ち、ち、ち……違うんです……わたし……は……」

恐怖に脅え、赤い瞳を振るわせ始めながら戸惑うネーデルに飛んでくるのは、三人目の男の言葉だった。



「ネーデルぅ、お前いい加減そう言う同情誘う演技やめたらどうだ? お前上手すぎなんだよ、そうやって弱者ぶって相手騙すっつうのがよぉ」

その前科を連想させる言葉によって、今のネーデルの脅えた様子が簡単に砕け散る。
仲間である以上、三人の男の言っている事が嘘であるとも考え難いだろう。



――ミレイもネーデルのその策略に怒りを覚え始め……――



「ネーデル……、あたしらの事騙したのね……!」

ミレイの青い瞳にも怒りを見せた尖りが映り、密かに両腕の先にある両拳が強く握られる。
既にネーデルの先程までのおしとやかな雰囲気は崩れ去っていると言える。



「ち、違うんですミレイさん……。わたし、そんな……」
「騙したんだよ。お前らをこの薄汚ねぇ小屋ん中で血塗れんすっ為になぁ」

本気でなのか、それとも演技なのか分からないが、
それでも脅えた様子をまるで消し去ってくれないネーデルに続いて飛んできた言葉は、三人の男のものとは別の音源だった。



再び物陰から現れるもう一人の男……



見れば、確実にあの悪夢が蘇る……




白い仮面デビルスマイルと、赤い武具レッドアングリー、そして、火竜製のボウガン……

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