この暗い空間は何なのだろうか……

しかし、ここは外では無い。
室内である。

ただ、単にその内部が暗いだけである。

一つだけ、極端に強い光を放っている機械が存在する。
それは、この世界を生きる人間ならば恐らくまず目にする事の無い装置だった。

驚く事に、その中で人物が見事なまでに動き回り、時折その機械の端へ消えたかと思えば、また現れるのだ。
機械の奥の世界には何が広がっているのか、考えさせられるような技術が見る者を釘付けにする。

それを静かに見ていたのは、漆黒の鎧を纏った男である。

豪華な装飾品を適度にあしらった椅子に座り、前方に映る巨大な画面を黙って、眺めていた。
ヘルムだけは装着しておらず、そのうっすらと光の灯っている空間で、緑の混じった金髪が目立っていた。



「野蛮な事だな……」

その青年と言う肩書きに恥じない、やや品のある声色が出されるが、画面に映っているものは彼を笑顔にはしてくれない。
見れば分かるかもしれないし、見れば分かってしまう事になるのかもしれない。
見ればそれで何もかもが分かるのだ。





▼▼▽▽ IN THE DISPLAY ▽▽▼▼



舞台は洞窟であった。

本来、洞窟と言うものは光が入って来ないために非常に薄暗いのだが、発光性のある鉱石等の影響で違和感無く照らされていた。
だが、今映されているもので気にする点は、洞窟の特性なんかでは無い。

なんと、内部では戦いが繰り広げられていたのだ。
これを単に戦いと呼ぶか、それとも敢えて激闘と呼ぶかは見ている者にしか分からないし、見る者が判断する評価だ。

相手は、きっと恐らくはこの今画面スクリーンを見ているこの青年にとっては敵でだろう少年少女と、そして、どう考えても少年と言う領域を超えた年齢に達しているであろう強面こわもての男二人がぶつかり合っている。しかし、その男二人は今視聴している青年の味方なのだろうか?

少年少女側では無い男二人の内、一人の方は黒に限りなく近い褐色の皮膚を持ち、タンクトップの着用によって極端なまでにその筋肉で膨れ上がった肉体をアピールしている。

更には両腕には黒いチューブで繋がれた機械を装着しており、まるで機械で作られた手を思わせてくれる。
手の甲部分にもリボルバーのような物が備えられており、そして丁度今、その機械仕掛けの拳を地面に叩き付け、前方に爆破攻撃を仕掛けている所だ。狩猟用装備の少年と、赤殻蟹装備の少女が吹き飛ばされている。



もう一人の男は、皮膚の色こそは多少薄いが、それでも常人に比べれば確実に濃い褐色をしている。
頭には毛が生えておらず、所謂スキンヘッドと言う表現が似合う。

身長も確実に常人とは比べられず、少年少女も含めれば相当巨体として扱われるであろう前述の男も遥かに上回る数値がある。
この大きく、長い身体で攻撃をされればきっとたまったものでは無いだろう。

体格も申し分無く、寧ろ同じく前述の男とは良い勝負になる程に筋肉で覆い尽くされてしまっている。
頭部の左部分に入った一本の傷、胸部に彫られた髑髏しゃれこうべ刺青いれずみ、そして元々のその威圧感を思わせる表情が物凄い。

爆風を受けても尚身軽に立ち上がる赤殻蟹装備の少女に対して踵落としネリチャギを食らわしている様子が画面に映った。





▼▼▽▽ IN THE ROOM ▽▽▼▼



「子供相手にムキになるとはなぁ……」

当然のようにその両腕も真っ黒な装甲で覆われているが、その二つを組みながら、画面に対して呟いた。
今閲覧しているこの男なら、もっと別の戦法や意識でも持っていたのだろうか。

色々と考えさせてくれる態度を取る部分が、あの二人の男とは多少異彩を放っているようにも見える。





▼▼▽▽ IN THE DISPLAY ▽▽▼▼



なんと、少女は金色の盾で巨漢の中の巨漢の男の攻撃を防ぎ、無駄だと分かっていながらも、立ち向かっていたのだ。
少年の方は別の攻撃でも受けていたのか、画面には映っていない。きっとどこかで倒れているのかもしれない。

そして、少女の方は無理だと言う事実を受け止めていた為に、それが本当に事実となってしまい、長身の男の方に敗れている。
足を掴まれ、男の頭上で半円を描くように振り落とされたのだ。武具を纏っていても、その威力は想像を絶するのかもしれない。



▼▼▽▽ IN THE ROOM ▽▽▼▼



『がぁはっ!!』



「あぁあ、随分と鬼畜な連中だ。もっと華麗に挑めなかったのかなぁ、暴力だけで終わらせるなんて同じ仲間として恥ずかしい」

黒い鎧を纏ったこの男は画面に映る少女の濁った悲鳴を聞きながら、両手を頭の後ろへと回した。
男達のその戦闘スタイルが気に入らなかったのか、表情には曇ったものが映っている。

だが、その画面を飛び越えて青年の耳に伝わった悲鳴を聞いて少女に何かしら感情移入を抱いたりはしないのだろうか。



「何を見てる? オレ達の様子なんかお前が見て楽しいのか?」

突然現れたのは、今画面に映っていた二人の男の内の、髑髏しゃれこうべ刺青いれずみと長身の中の長身が特徴的な方だった。
きっとこの漆黒の鎧を纏った青年が部屋で何をしているのか気になったから、入ってきたのだろう。

「ヴィクターか……。これから僕も仕事があるからね、ウォーミングアップとして君達の戦い方と僕のを比較対象してたのさ、頭の中でね」

漆黒の鎧の青年は椅子から立ち上がり、その長身であまりにも恐ろしい筋肉質な肉体の男こと、ヴィクターと向かい合った。

青年の背後では画面の中で未だに事が流れ続けているが、音だけが室内に響き、映像を見なくとも、勝手に耳に伝え続けている事だろう。



「邪魔な時にすぐに始末するのが組織の掟だろう? 甘い考えは捨てろ」

歯向かう者に対しては、例えそれが歳幼い者だったとしても決して手を抜く必要は無いのだとヴィクターは威圧的、暴力的な顔で漆黒の鎧の青年に確認させる。

「まあ君は本気で相手を殴り飛ばしてたけど、じゃあなんでその場でとどめ、刺さなかったんだい? 特に今僕が見た最後のとこだけど、倒れてる間に刺してしまえばすぐに終わっただろ?」

元々同じ場所で動いている為か、青年はまるで怖気づいた様子なんか見せず、それ所か多少は上に立ったような言動が目立っている。

しかし、気になった部分を放置せず、無抵抗の間にどうして命を奪ってしまわなかったのかと訊ね出す。もしこの青年があの洞窟にいたのなら、きっと実行していたのだろう。



「あいつらはただのオマケだ。関わり続けて他の仕事に支障が入ったら事だろう?」

ヴィクターにとっては本来の仕事とは別の対象であった為に、あの少年少女に対しては色々な意味で甘い戦法を取っていたのかもしれない。本気でやるとなれば、予期せぬ時間だって使ってしまう可能性があるのだから。

装飾品の一環として巻かれているであろう包帯に包まれたその太く、堅く、そして強靭な両腕を組み始める。

「なんか最初に言った事と矛盾してる気がするけどね。所で、サンドマンは今いない――」

青年はすぐ隣に設置されている椅子に左手を当てて寄りかかりながら、目の前の大男の話に関して違和感を感じたのだが、いつもいるはずであろうもう一人の男が気になったらしい。

しかし、青年の気は別の場所へと吸い寄せられた。



『ア……ビ……アビス君! 危ない!』



「ん?」

青年と、大男の話に割り込むように響いた少女の大声が青年の耳に鋭く伝わり、一体画面の世界で何が起きているのかと、青年は後ろを振り向いた。

見ると荷台を後部に取り付けた大猪が直線上にいた少年を狙って猛進していたのだ。しかし、寸前の所で大打撃を受けていたはずの赤殻蟹装備の少女が狩猟用装備の少年に飛びつくと同時に大猪のラインから離させたのだ。

「なかなかな小娘だ。小僧を助けるとはな」

当時は気付かなかったのだろうか、ヴィクターは少年の方よりも、少女の方に関心を覚えているようだ。



「ああやっぱり君き殺そうとかは考えてたんだね。ちょっと回りくどいやり方だとは思うけどね」

アビスと呼ばれていたらしい狩猟用装備の少年の無防備な状態と、大猪の密度や速度を考えれば、確実に少年側が死へと導かれるだろうと青年は納得する。

最後に去る時に命を奪おうと考えていたらしいそのやり方は確実性が無いと読んだ為か、青年の首が左へと軽く倒れる。

「その分楽しみだって増える訳だ。それと、サンドマンは今ウラムの砂漠でパンドファングを採取しに今飛び立った所だ」

あの場で殺さなくても、まだまだ余裕があるのだと、ヴィクターは軽く笑いを作る。

そして、いつも一緒に行動している仲間が今どこにいるのかを説明する。



「パンドファングってあの痛覚神経麻痺させるって言うキノコの事だよね?」

青年は知っているのだろうか。
今ここにはいないサンドマンが今求めているそのキノコに含まれる毒成分を思い浮かべ、また何か計画を持っているのかと考えてみる。

「どうしても村襲いたい山賊がいるって言うから、売りつけるとの事だ。それでも組織にとってもいい材料になるのは変わらんけどな」

ヴィクターはサンドマンから話を聞いているのか、そんな成分を含んだ物をどう使うのか、ここで明かす。
しかし、資金源だけでは無く、組織の力そのものにもなるのだから一石二鳥と言った所である。



「だけどあの男もよく探り出せるよね。ある意味やくに酷く精通してるよね。さてと、僕はそろそろ出発させてもらうよ」

青年もここで黙っている事だけが仕事では無いらしく、この部屋から出ようと歩き始める。
黒いその鎧の所々の補強部分が軽くぶつかり合い、やや小さめな硬い音を響かせている。

「ガキどもを潰しに行くのか?」

誰かと戦いに行くのかと思ったのか、ヴィクターは先程まで画面に映っていたあの少年少女と会いに行くのかと思い聞いた。
しかし、ヴィクター本人はまるで足を動かしていない辺り、手伝うつもりは無いようだ。



「まさかぁ。違うよ、実は今日長い間会ってなかった友に会える気がしてさあ、あいつ・・・と一緒に現場に行こうかと思ってたんだよ」

青年がこれから戦うであろう相手はどうやら画面に映っていたあの少年少女では無いらしい。
やはり、本当に大人と大人がぶつかり合うような重い戦いを好むのだろうか。

「占いでも見たような顔だなぁ。場所は分かってるのか?」

どこに行くのか言わない青年に対し、ヴィクターは科学的に証明出来ない助けなんかを使って場所を決めているのかと、どこかその青年に対してからかったかのような態度を取る。しかし、この広い世界でただ一つの正解を当てるのはきっと無理なはずだ。

どのようにして場所を当てるのか、どこか期待している。



「僕が当てずっぽうで行動するとでも思うかい? コルベイン山に向かってるって情報が入ったから、今行くんだよ」

やはり組織の力では、特定の人物の場所を把握する事くらい、容易い事なのだろうか。
青年は整えられている緑の混じった金髪を右手で軽く弄りながら、一つだけの扉へと近づいていく。

「細工した黄甲蜂から貰った訳か」

当然、ヴィクターの言うその黄甲蜂はただの野生のそれとは考え難い。
しかし、情報を取り込んで戻ってきてくれるとは、相当な知識の蟲と言えるだろう。





*** ***





きっとここは外なのだろう。今までの薄暗い室内とはうってかわって太陽が眩しい程に明るい。
その明るい岩肌の地面を、青年は歩き続けている。

さっきの部屋が設置された建物からそう距離の遠くない場所にもう一つの建造物が設置されている。
その大きさ、高さは並の住宅建造物とは比べる事が出来ず、大手の工場さえも思わせるその風格だ。

頑丈な金属で包皮処置コーティングされた壁。
そして何かエネルギーでも提供し続けているのか、いくつも繋がれた鉄製の曲がりくねった太い導管パイプ
脇にいくつも設置された巨大な密閉容器ガスタンク
他にも様々な注目点がその建造物には存在するが、周辺は大量の木々で茂っている為、この地を知る者は恐らくはいないだろう。
ある種の隠れ家とも表現出来るその建物の扉の前に、ようやく例の青年が現れる。



「さてと……」

青年はいよいよと言わんばかりに、人間を相手にしたものとして考えればあまりにも巨大な扉の前に立ち、何かを待ち続けている。
その何となく口に出したような言葉が放たれて数秒後にどこからともなく声がやって来る。

当然、それは青年とは別の人間が現れ、声を放った訳では無いのだ。



コゥーザコードゥナァンヴァー

――Call the code number.――

――暗証番号を指示して下さい。――



何か機械の影響を受けているような、反響エコーを感じさせるメッセージがやってくる。
まさか、扉そのものにとって重要な意味を秘めたものなのだろうか。
だが、この意味を把握しているのは、今扉の前に立っている漆黒の鎧を纏った青年なのだ。



「格納番号、属性指示……」

青年はこの二つを口に出し、ワンテンポ置いて、再び口を動かし始める。



「BB19 D6157 X51 WT556 0087 6934 5638RRIPA」

ローマ字を個別に発音し、数字も全てその桁分のものとして纏めて数えるのでは無く、一つ一つ発音する。
まるで、そのローマ字や数字一つ一つに分別の意味が含まれているかのようだ。
これを何も見ずに頭の中だけで考えながら口に出すこの青年は相当なものである。



「コードナンバー、00561288945。開け召喚の扉。ぬし、バルディッシュ・デスメイルの名のもとに」

最後に再び数字を一つ一つ区別してそのコードナンバーを全て言い切った。

恐らくこの青年の名前はバルディッシュと言うのだろうが、もうすぐ認証され、望みのものが扉から表れるのかもしれない。



大兵肥満だいひょうひまんにして夜陰の如く漆黒の城壁を纏いし灼熱地獄の番人……」

とうとう呼び出される存在の名前が呼ばれるのだろうか、バルディッシュの目つきも一瞬変わり、右手が強く前方へと突き出される。

そして、遂に、その名が明かされた。







ミケランジェロ!!







ノゥリィッジ、コンプリート

――Knowledge,complete.――

――認識完了しました。――







ゴゴゴゴゴォゴゴゴゴ……

扉がその最後のバルディッシュの認識メッセージを聞き終えると、突然物々しい音を周囲へと響かせ始める。
まるで周囲で地震でも発生したかのように、地面が揺れる音が響く。
扉はゆっくりではあるものの、僅かにその内部を晒す為に開く度に人間同士の会話程度ならばことごとく遮断する程の音量が放たれる。



腕を組みながら、バルディッシュは徐々に開く扉を見上げるように見続け、そして心中で何かを思い浮かべ始める。
その緑の混じった金髪、成人を迎えた年齢でありながらも多少美しさも備えたような紫色の目、それらを携えた彼は、一体何を思い浮かべているのだろうか。
考えている間に、どんどん扉は開かれていく。



(クルーガー……。やっと君に、会えるんだね……。楽しませてくれよ……?)





δδ ここは、彼の精神の中なのだろうか?/FORMER MEMORY…… ψψ

時間的に見れば、まだ昼なのだろうか。青い空に浮かぶ雲が何とも爽やかである。
その下に映るのは、一面の砂地と建造物であるが、地面の殆どが砂で支配されているのを見ると、砂漠の町なのだろうか?
きっと彼の故郷でもあるに違いない。

そこに現れた、いや、初めから並んで立っていた、と表現しても良いだろう少年が二人、存在した。

両者とも金髪ではあるが、片方だけは緑色が多少混じったような色をしている。
きっと、この少年はバルディッシュの幼き頃の姿なのだろう。

そして、砂漠と言う乾燥地域であり、そして気温の高い地域でもあるからか、両者とも半袖のシャツ一枚と言う簡素な格好をしている。
今この二人は向かい合い、誓い合っていた。



「オレ絶対大きくなったら世界最強の太刀ハンターになってやるんだ!!」

純粋な金髪の男の子の方は、気合の入った声を張り飛ばし、拳を握る。
その顔には子供ならではの明るく、そして強い意識が篭ったものがあった。

「僕だって周りが惚れ込むような宇宙一のハンターになってやるぞ!!」

緑の混じった金髪の方も、目の前の男の子に負けないくらいの迫力で誓った。
相手が世界で最強になるならば、自分は宇宙で最強になってやると高らかに主張する。

この男の子も同じく拳を握り、二人はその握った拳を持ち上げた。



――そして……――






――互いの拳をぶつけ合った……――






*** ***













ブゥウウウウン……



街も村も建物も見当たらない荒野をただただ走り抜ける、一つの音。
あまりにも無機質ではあるものの、この音を発するこれが無ければ、連中は目的地へは辿り着けないだろう。
何せ、これはこの世界では滅多に見かけない機械装置にして、移動手段としてはあまりにも効率が良過ぎるのだから。

濃い緑を基準とした色が全身を塗っており、大型とも言えるサイズの軍用トラックが二台、横に並んで走行している。
荷台部分は屋根のようなもので覆われており、そして後部だけは切り抜かれており、そこから内部へ出入り出来るようになっている。
しかし、荷台部分とは言え、内部空間は相当広い為、今はその中に九人の人間が入っている。

左に付いている軍用トラックにはきっと武具等の荷物類が積まれているのだろう。
右を進むトラックの荷台内部には人が乗っているのだ。何かしらのやり取りがされていても不思議では無いだろう。






「そう言やあもうどんぐらい走ったんだろ? 結構経ったよなぁ?」

 茶色いジャケットを纏ったスキッドは、もうこのトラックに乗車してからどれだけの時間が経過したのかが気になり、荷台の後部から外を眺める。外に映るのは沈みかけた太陽と、やや赤く染まり始めた空である。

「もう昼過ぎてんし、数時間って計算でいんじゃね?」

 相変わらずの紫のスーツ姿であるテンブラーは後部から多少離れた場所で壁に寄りかかりながら外を眺める。

 その多少だらけたような声色は、正確な答を導かず、半ば適当なものを提供してくれた。しかし、正確なものが分かった所で、状況は大して変わらないだろう。



「けどよぉ、アーカサス今どうなってっかちょい心配なんねぇか? まあオレらん部屋は無事だったっぽいけどよぉ」

 いつも拠点としてきた街から、今は一時的とは言え距離を取っているのだ。今どのように処置されて、どう復興されつつあるのか、フローリックは気になっていた。

 水色の半袖シャツを纏い、今は黙って目の前の壁を見詰める事しか出来ないでいる。

「おれらがカムバックした頃に大衆酒場ギルドがリターンしてたら皆ディライト出来るんだがなぁ」

 龍の印刷された黄色の短いジャケットを着ているジェイソンは、自分達が帰還した時にギルドも、街全体も復旧されていれば素直に喜べると、荷台の奥から真っ直ぐと後部の先に映る景色を見詰める。



「今向かってる所って、確かコルベインやまでしたよねぇ?」

 一応はミレイの隣で両膝を左へ倒す形で座っているクリスはこれから向かう先を再確認する。

 白いパーカーと、その間から見える赤い肌着のその色の組み合わせが少女の優しさなんかを色で表現しているように見せてくれる。

「ああ、あの活火山だろ?」

 フローリックも、『山』と言うキーワードを聞いて思い浮かべたのか、それとも元々その地域を知っていたのか、その地帯がどう言う特徴を持っているのかを短く言った。



「火山? そんなとこで今日寝んのかよぉ? ちょいマジやばくねぇ?」

 単純にしか考えていなかったであろうスキッドは、やや勢いを乗せて上体を前へと突き出しながらこれから向かう場所がいかに恐ろしいかと半ば勘違いを混ぜながら悟った。

 反動のせいで被っている黒い帽子が外れそうになり、素早く左手でつばの部分を押さえた。

「違いますよ。確かにあの山は活火山ですけど、ふもとの町はしっかりと安全面を考えて距離を取ってますし、その火山そのものの脅威が町に襲い掛かってくると言う事だってありませんよ? 安全性はしっかり保たれてるのは事実です」

 スキッドと反対側の場所に正座のような形で座っている青い長髪と水色の袖無しノースリーブの服装が特徴的なネーデルがそのスキッドの勘違いを訂正してくれた。

 相手はあの灼熱の物質であるマグマなのだから、状況やその他の条件もあるかもしれないが、下手をすれば怪我所の騒ぎでは無いのだから、処置は取られていて当たり前だろう。

 元々ネーデルはある意味で無理矢理このメンバーの中に入れられている訳であるが、そのあまりにも豪華とは言えないものの、薄く、そして落ち着いた笑顔で説明している様子を見ればそこまでこのメンバーに対して恐怖を覚えている様子は無い。寧ろ、気楽に仲間と溶け込もうという意識が見えてくる。



「ネーデルって見た目通りの物知りなんだなぁ」

 スキッドはネーデルの精神的な事情もまるで考えず、そのミレイやクリスとは異なった雰囲気を漂わせてくれるネーデルを多少にやけた表情で見詰めながら、外見と知識について褒める。

「ってか普通火山の町ってそれぐらいの処置取ってるじゃん普通。それにあんた何よ見た目通りって……」

 きっとそれは町工学の中では保持されるべき内容の一つなのかもしれない。右膝だけを立てて座っているミレイはいつも何かしらの違和感を持たせてくれる言葉を混ぜてくるスキッドに向けている、その青い瞳を細める。

 極めて濃い焦げ茶のズボンと言う格好のおかげか、その多少大胆な座り方でも特に周囲からの目線を意識する必要が無いようだ。スカート姿であるクリスやネーデルのように特定の部分で心配する必要が無いのは、少女としては非常に気が楽になる利点だろう。



「いいじゃねえかよ、お前ってホントそう言う微妙なとこ狙うの好きだよなぁ。それと、お前も大変なんだな……そんな奴の子守なんて」

 スキッドもそろそろミレイの性格に気付いてきたのか、指を差しながらミレイに向かって指摘してみる。

 しかし、そんなスキッドもミレイのすぐ隣にいる誰かが気になり、ミレイの苦労も少しだけ知る事となる。

「ああ、これね……」

 ミレイの右側にはクリスが座っているが、そのもっと近くが問題なのである。実は、ミレイのすぐ隣では、アビスが寝ており、その紫の髪と横顔をミレイの右肩に押し付けるようにして、多少強引に背筋を立たされたような体勢で眠っているのだ。

 妙に幸せそうに寝息を立てながら、目を開く様子をまるで見せ付けない。

 アビスの頭が強くミレイの肩を押し付けているせいできっとミレイはそのトレードマークの暗い赤のジャケットを正す事が出来ないだろうが、それよりもあまり身動きの取れないミレイが多少大変そうである。



「まあちょっと今日は朝早かったから、まだ眠いんじゃないかなぁ?」

 ミレイの喋り方を見ていても、不機嫌そうな様子は見えないものの、クリスとしてはきっと今日は早朝であったからここで疲れがまた出てきたのかと考え、そう言ってみる。

「皆おんなじ時間起きてんだろうよぉ。なんでこいつばっか寝てんだって話んなんねえか?」

 今この荷台にいる者達は全員ほぼ同じ時間に起床しているのだ。なのにどうしてアビスだけが特別扱いされているのかと疑問に感じ、フローリックは容赦の無い言葉を飛ばした。



「あのぉ……。アビスっていつも朝こんな感じなんですか?」

 ミレイはアビスの寝起きの悪さやすぐに睡魔に取り付かれる所を僅かであるが、何度か見ていた為か、そこを今追及するチャンスかと考え、フローリックに当然のように敬語を使いながら、質問を投げかけた。

「ああこいついっつもそうだぜ? 朝はまるで駄目でなあ、早起きなんか無理矢理したらかんならず昼ぐれぇになったら寝ちまうからよぉ」

 アビスとの付き合いが比較的長いであろうフローリックは今までの経緯を多少思い出しながら、きっと現在行われている会話を確実に聞き取っていないアビスに向かって乱暴に指を差す。

 ある意味でアビスにとっての約束なのかもしれない。



「ローな血圧なんだなぁアビスは」

 ジェイソンもその睡眠中のアビスを笑みを浮かべて眺めながら、低血圧な体質なのだと悟る。それでもアビスが起きる様子は全く無い。

 ミレイの苦労は分かってるのだろうか。

「多分アビスの奴きっと夢ん中でやらしい事でも考えてるにちげぇねぇぜ? ミレイちゃん注意しろよ?」

 基本的にテンブラーから真面目なものが放たれるとは思わない方が良いらしく、女の子に寄りかかりながら寝ているアビスはきっと夢の中でも女の子に何かしら関係した空想世界に入り込んでいるのでは無いかと考えた。

 まさか、その笑顔になっている寝顔はそれを暗示しているとでも言うのだろうか。



「いや、多分それは無いと思いますよ? アビスはちょっとだらしないとこありますけど、基本素直な奴ですから大丈夫です。それにそんな事したらどうなるかはきっと彼が一番分かってると思いますし」

 ミレイは相手が確実な目上の人間であるからか、それとも初めから感情を爆発させる内容の話でも無いと理解していたからか、至って普通にテンブラーに対応する。

 自分に寄りかかりながら睡眠を取り続けているアビスではあるが、歪んだ精神を持っていないのは確かだろう。異性に対して相応しくない行為を取った時にアビスはそれ相応の制裁を今まで受けていたのだから、きっと問題は無いはずだ。

 だが、それを考えると今の寄りかかりの点である意味では矛盾している、少しだけおかしいとも言えるのだが。

「さっては昔アビスなんかやらかしたんだなぁ? まあいい勉強になっからいんじゃね?」

 話を聞いたテンブラーは咄嗟にアビスの過去を思い浮かべ、そこできっと身体で何かを覚えさせられたのだろうと、一度荷台の後部から空を眺めながらにやけ出す。



「何がいい勉強だよ? 普通女にしていい事と悪りぃ事ぐれぇ実際にしねぇでも分かんだろ。下手すりゃあ一発でえん切られんだろぉ……」

 しかしフローリックとしてはそれが笑えるネタであるとは思えず、少年と少女の悪い意味でのやり取りを笑うテンブラーに反論する。しかし、ここで言える事は確実にミレイの味方をしている事だろう。

 フローリック自体は今までアビスがミレイに何をしてきたかは知らないものの、それでも現在まで少なくとも友達同士の関係が続いているのは妙に凄いと思えるだろう。

「そう言うとこがアビスって言うカラー、メイキングしてんじゃねえのか? これからマンになってくんだろう?」

 男としてはまだ自立し切れていないアビスの将来を期待していたのはジェイソンである。深紅の長髪を揺らしながらアビスに視線を向け、緩めに利き腕の指を差した。

 これであるからこそアビスと言う人間であるのだと言っているのだが、出来ればアビス本人はもう少しはっきりとした男になって欲しいものだ。



「そうだ、所でディアメルお前さっきからずっと体育たいく座りなんかしてっけど、なんで黙ってんだよ? なんか捕虜みてぇになってんぞ?」

 実はこの走行している軍用トラックの荷台にはいつかスキッドが知り合ったであろうディアメルも乗車しており、今はネーデルの隣で口を閉じ、そして両膝を抱きながら座っていたのだ。

 赤いニット帽が彼女のトレードマークであり、色の似たツインテールの髪、その髪の色はニット帽と比べると淡く、目を合わせると確実にその色使いが目立つ。

「え? えっと……ちょっと……」

 ディアメル自身、スキッドに対しては今まで何の違和感も無しに今まで会話をしていたものの、今ここにいるのは顔も合わせた事も無いような者が大多数である。

 その白と黒のチェックの長袖で覆われた両腕を両脚から離さない状態のまま、何を言い返そうか迷ってしまう。



「そう言やあカフェの材料調達するから俺らに付いて来てるってたけどでも良かったよなあ、工場がこれから俺ら行くとこん近くにあって」

 テンブラー達はきっと出発前にある程度は話を聞いていたのだろう。それでも自分達が予定している道の道中に用件を済ませられる地域があるのは良かった事である。

 だからディアメルもこうやって付いて来れたのだから。

「確か今向かってるコルベイン山よりちょっと進んだとこにありましたよね? 前日の件でどうしても店が荒れたからどうしても資材補給しなきゃいけなくなったんですよね」

 そのディアメルにとっての目的地を再確認しようと、クリスはテンブラーにそう聞く。その聞く相手が目上で外見的にも大人であるから、自然に敬語となる。敬語では無くても普段の話し方はそこまで荒れているとは言えないが、目上と同年齢の区別は出来ているのだ。



「なんかそう言ってたな〜」

 本当に事前に話を聞いていたのかどうかも疑わしいそんな対応をするテンブラーだ。

 空を眺める姿は何だか別の事でも考えていそうな雰囲気を漂わせるが、何故かそれを問い質す気にはなれない。

「ディアメルもハンターやってるって聞いてるけど、武器、何使ってんの?」

 ディアメルはクリスとは友人関係を築いているが、ミレイとは今回初めて行動する身である。

 ミレイもその白黒のチェックのシャツの上に黒いニットベストを着た少女の狩猟時のスタイルが気になり、普段はどんな武器で狩りへ赴いているのかを訊ねる。



「私、ですか? 私はサンドフォールって言うライトボウガン使ってます。仲間の皆さんが私の為に力貸してくれたんです。えっと、皆さんが力を貸してくれたおかげで、そのボウガン今私持ってる、作れたんです」

 きっと今は隣を走行しているトラックの荷台に積まれているのだろうが、そのディアメルの愛用しているであろうライトボウガン、サンドフォールは自分以外の者達の力も使って手に入れたものであるようだ。

 砂泳竜さえいりゅうの鱗を主な材料として作られたそのボウガンは、決して砂泳竜のように砂の中からの奇襲攻撃に向いた武器と言う訳では無いものの、鱗特有の美しさがそのボウガンの外観を鮮やかにしている。

「じゃあもしなんか戦いとかあるとしても荷物にゃあなんねえで済むって訳だな」

 集団で行動する以上は、一人だけ何もしないと言う事だけは決して許さないと言う一心なのか、フローリックのある意味では厳格さを見せてくるような発言を飛ばす。

 流石に黙ってトラックの荷台に乗せてもらうと言う虫の良い話なんて存在しないだろう。ディアメルもやはりはこのメンバーの中で何かしら手伝いをしながら目的地へと運んでもらうようだ。



「はい、その時は私にもしっかり戦わせて下さい。それと、テンブラーさん、一つお聞きしたい事があるんですが……」

 ディアメル自身はただ乗りをさせてもらう気では無かったらしいが、テンブラーに聞きたい話があるようだ。

 だが、内容に何かあったのか、言い終わる辺りになって多少表情が暗くなった。

「んん? なんか喋りたくなったのかぁ?」

 ディアメルの顔色も気にせず、テンブラーは呑気な態度で何か自分から口を開こうと頑張っているそのディアメルを内心で褒める。



「バイオレットの……事です。テンブラーさんあの男と面識があったみたいだったので、いつか聞きたいと思ってたんです……。話してもらっても、いいですか?」

 数日前に自分を殺そうとしてきた男――厳密には亜人である――の話をするのだから、明るい表情なんか作るのはきっと無理な話である。だが、あの極限の状況でもバイオレットを相手にしたテンブラーの態度を見ていたのだ。

「あいつはなぁ、俺がまだディアメルちゃんらぐれぇの歳だった頃ちょいとしたとこで仲間だった訳よ。そこら辺は詳しく話してっと太陽40回ぐれぇ沈みそうになっからしねぇけどな」

 テンブラーの少年時代にバイオレットは彼の傍らにいたらしい。そこにどんな事情があるのかは詳しく説明すると彼の言い分だけを捉えると40日程度、使ってしまうらしい。あくまでも誇張表現であると信じたい。



「え、えっと、とりあえず私くらいの歳の時はまだ仲間同士だった、って言う事ですね……?」

 あまりにも大袈裟おおげさに時間がかかると言っていたテンブラーではあるが、ディアメルはそこには敢えて触れず、十年程度前にテンブラーはバイオレットと同行していたその事を確認する。

 まだテンブラーとは面識が薄いが、多少違う意味で気まずい気分になっている。

「ある日だ、バイオレットの奴、まあ実ん話言うとだ、あん時の状況みたらぜってぇ信用してくんねえと思うけど、昔はメッチャお人好しでなぁ、仲間に対しちゃすげぇ思いやり持ってたし、今みてぇに無駄に殺人とかもしねぇ、ってかもろ一般人だったんだぜ」

 そこでテンブラーはバイオレットが昔どんな目に遭ったのかを説明しようとしたが、その前に話の途中で予期せぬ事態でも起こったのか、その前に昔のバイオレットの性格の話になってしまう。

 だが、次で今度こそ本当に話したかった部分を説明するはずだ。



「は……はぁい……」

 きっとディアメルはそのテンブラーの説明を信用し切る事が出来なかったようだ。

 何とか頑張って昔のお人好しだったのかもしれないバイオレットを想像してみようとするが、やはり酒場で殺戮を繰り広げていた時の様子しか思い浮かばない。まだ両腕でその灰色のニーソックスの両脚を抱いている体勢であるが、脚を震わせているのが分かる。

 質問をするだけでもバイオレットが恐ろしく見えてしまうというのは、どうしても外す事が出来ない箇所であるようだ。

「んでそのある日ぃの話なんだけどな、バイオレットの奴他の知人か誰かから保証人になってくれって言われたらしんだよ。金借りるのって結構複雑だからそう言うの頼まれてよぉ」

 ようやく一番話すべきだった部分を説明する事が出来たテンブラーだが、サングラスの奥では確実に喜んだ目つきを浮かべてはいないだろう。その話を聞く限りは、バイオレットもまた被害者のようにも聞こえるのだから。



「まさか、それでその頼んで来られたかたに逃げられたんですか?」

 経済社会や法律と言った難しい世界で支配されている金銭の貸借たいしゃく問題の果てを反射的に悟ったものの、それでもその社会と人間関係の恐ろしさに何か違う感想でも浮かび上がったのか、ディアメルは軽く体勢を変え始める。

 自分自身の確実に太いとは表現出来ない、そしてする必要の無い胴体に引き寄せるように畳み込んでいたその両脚の内、右脚だけを床にそって伸ばし、そしてもっとテンブラーの話をよく聞こうかと身体で表現するかのように、上体を軽く前へと突き出す。

 灰色のニーソックスとホットパンツの隙間から僅かに映る太腿の素肌もそうであるが、その細く締まった脚部が妙にこの時に一番輝いて見えた。

「あ、もうそっちじゃあなった・・・って事前提になってたのか……、まいいや、でもよく分かったなぁ、まさにご名答だぜ。借りた奴が逃げちまったら後は全部保証人になった奴に責任転嫁されんだよなぁ。ってか保証人って意味、分かってっか?」

 やはりテンブラーはそれを結末として明かそうとしていたのだ。テンブラーも同じ体勢がきつくなったのか、胡坐あぐらをし始め、ディアメルに向かって人差し指を向けながら、そして円を描くように振り始める。



「あ、はい、それは知ってますよ」

 ディアメルでも保証人とは何なのかは理解していた様子だ。右脚を伸ばしたまま、頷いた。

「そいつもちょい考え甘かったんじゃねえか? 普通ただの友達程度ん奴相手の保証人なんかなんねえだろ。家族とかだったらいいったって、ただ仲いい程度ん話でなんでそいつも引き受けんだろうなあ」

 フローリックも保証人の意味くらいは分かっているだろう。だから、簡単に保証人を引き受けたバイオレットも考えがあまりにも甘すぎたのだと、軽く眉を潜めたに違いない。

 それだけ、金銭の問題は複雑で重たいものなのだ。



「違ぇよ、あいつは引き受けたんじゃねえよ。断れなかったんだよ。頼む側も結構借金背負っててよぉ、店の経営悪化してどうしよも無くてバイオレットに頼み込んだって話だぜ」

 今は殺し屋であるが、昔はお人好しだったのだ。頼まれればなかなか断れない者は、この世界には結構いるものであり、昔のバイオレットはその中の一人だったようである。

 テンブラーもきっと昔のバイオレットを懐かしく思っているはずだ。いつかは分かり合える日が来るのか、そんな所まで考えているだろう。

「なんかどっちも悲しい話だよなぁそれ。客は来ねぇわ借金増えるわオマケに他人巻き込んで、んで結局バイオレットそれで人格変わっちまったって訳なんだよなぁ?」

 フローリックの目に映るのは、借金に埋もれてしまったその借りた側と、借金を擦り付けられ、結果的に人道の外れた世界へと踏み込んでしまったバイオレットの想像上の姿である。

 何故か自分も金銭の問題に絡んだ時は本気で注意しようと自分に言い聞かせているように感じられる。



「そうだな。なんかあいつ保証人になって借金で追われるようになってから何とか仕事見つけるとか行って逃げてたけど、元々あいつ武器の使いに結構長けてたから、あんな殺人集団に入っちまったらしいんだよ。殺し屋って結構儲かるっぽいけどあいつも悲しい奴だぜ」

 変貌する前・・・・・も、武器を使う職についていた所を見ると、やはりある意味で違う世界に元々存在したような気もするが、やはり一番の問題点は迂闊に保証人へとなってしまった事だろう。

 きっとテンブラーならばバイオレットと同じ立場に突き落とされていたとしても、殺し屋にはならないはずである。絶対にそう信じたい。

「テンブラーさんは将来的にバイオレットを取り戻そうとは考えてるんですか? 元々は……えっと、仲は良かったんですよね?」

 最終的にバイオレットをどうしようと考えているのかが気になったディアメルは、そのネーデルと同じ色の赤い瞳を真剣な眼差しにしてテンブラーに問い質す。昔の状態を現在に持っていく事が出来れば、バイオレットはきっと変わると思ったのだろう。



「そりゃあこっからの状況にもんじゃねえかなぁ? またどっかで会えっかもしんねえけどでも仮に昔のあいつに戻ったとこで確実無期懲役とか終身刑は免れんだろうよぉ。結局あいつがしてっ事は『殺し』なんだからよ」

 次にまた会えたとしても、相手が武器を向けてこないとも言い切れないし、言葉と言葉でのやり取りが出来るとの保証も出来ない。

 それに本当に分かり合えたとして、もうバイオレットには一般人同様の生活を許される保証も無いだろう。彼に殺された人間を考えれば、確実に遺族は怒りに狂う事である。

 テンブラーは何か希望でも来てくれれば良いと願うかのように、空を眺め、後ろへと流れていく無造作に生えている木々を黙って眺めていた。

「……」

 自分から視線を逸らしたテンブラーに合わせるかのように、ディアメルも軽く俯き、そして目的も特に無しに赤いニット帽を正すかのように弄り出す。

 これでもディアメルは友人をバイオレットに殺されているのだ。しかし、仕返しをする程気の荒い性格では無いし、しようと考えてもまず出来ない。何だかその赤い瞳はとても悲しそうに映っていた。

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