コルベイン山 / Corvine Bluff

切り立った崖の傍らに建てられた町と、近くの火山を合わせてこう呼ばれている。

火山が近辺に存在する為にその気温は高く、昼夜問わず差に殆ど変化が訪れる事は無い。
しかし、火山の影響で温泉も湧き出ており、生活や素材の一つとして貴重な存在である鉱物資源も豊富に採れる。
灼熱が人々の生活を蝕んでいる訳では無いのだ。

町ではその脅威とも象徴出来る溶岩からもたらされている資源や恩恵を上手く受け取り、
自分達の住処を発展させてきているのだ。
夕方より更にその時間が進むと、町の象徴の噴火口がより強く遠方へ映し出されるのだ。

それを絶景と見るか、絶望と見るか……







「ここが例の山かぁ……。にしても随分ちぃなぁ……」

 移動手段として使っていた軍用トラックから降り、現在アビス達一同は町を歩いている所であり、早速テンブラーはこの町の気温に顔を軽くしかめ始める。

 火山が近くにあるのだから、町までその熱気が伝わるのは当然なのかもしれない。地下に存在するマグマが地面を熱し、それが地熱としてこの大地全体を覆っている事に加え、天然の温泉すらも所々で溜まっているのだから、この空間全体が暖かすぎる空気で包まれているのだろう。

「後ちょっと歩いたとこに今日の宿がある。そこであいつと待ち合わせしてるんだ」

 猫人と言う小柄な種族でありながらも、そのベージュの毛並みを備えたエルシオは先頭を歩き、他の者達を先導する。宿には直接トラックを二台設置する事が出来なかった為、多少距離を取った広い場所に停車させ、その距離は直接歩く事にしたのである。



「『あいつ』っては? 昨日連絡取ろうとしてた奴ん事か?」

 フローリックは昨日のあのディアメルがアルバイトをしているカフェにいる時、必死に何かを訴えようとしていたエルシオの姿を知っていたからか、隣を堂々とした態度で歩きながら視線の下にいるエルシオに訊ねる。

 彼のその青い半袖シャツはこのような温度の高い地では非常に都合が良く見えてしまう。この格好でここに来て、とりあえずは正解を手にした事だろう。

「そうだ。けど結局連絡取れたのはカフェでお前らと分かれた後だった。あいつの名前はシヴァだ。一応覚えとけ」

 連絡こそ前日に取れたものの、繋がるまでに相当な時間を使ってしまったらしい。しかし、繋がった事自体に対しては喜べる話である。



「うあぁ〜あぁ〜メッチャ寝たわぁ……。とりぃあえずミレイサンキュ〜なぁ」

 両腕を太陽の沈みかけた空に向かって力一杯伸ばして欠伸あくびしぼり出しながら、アビスは隣を歩くミレイに礼を言っているが、その茶色い目はあまり開き切っておらず、下手をすればまた閉じてしまいそうな雰囲気を与えている。

「結構大変だったのよ? あんたが倒れないようにずっとじっとしてんの。今日あんたずっと寝てない?」

 アビスの支えそのものになり続けていたミレイも結構疲れてしまったのか、両手を使って自分の緑色の髪を正しながら少し機嫌が悪そうな態度でアビスへと言い返した。



「それと俺寝てる時変な夢見てさぁ、お前とクリスがなんかデカい蟹みたいなのと闘ってる夢見たわぁ」

 まだ眠気の取れない顔をしており、右指で目を擦りながらアビスは睡眠中に見たであろう夢をミレイに説明する。

「あんたは寝てる間に激しいシーンと衝突してたって訳ね……。それと、その『でかい蟹』って赤殻蟹の事じゃん」

 一応移動中の軍用トラックの中ではミレイは迫力と言う表現がまるで似合わない会話を交わしていたのだが、逆にアビスの場合はアビス自身、睡眠していたとは言え、その睡眠中の世界では激戦に遭遇していたらしい。

 そして、アビスが見ていたのは恐らくあの赤殻蟹に間違いは無いはずだ。





*** ***





「あそこだ。今日の寝床だぞ」

 エルシオは、単刀直入に宿が見つかった事を後ろを歩く人間達に告げ、短い右腕――猫人は動物属性なので≪右前脚≫が妥当か?――を一軒の建物へと伸ばした。

 見れば確かにそれは他の民家等に比べれば随分と横幅もあり、まるで人間を何十人も収容出来る程の規模は宿と呼ぶに相応しい風格の建造物である。

 近くに切り立った崖があると言う町の特色を生かしてか、その宿の至る場所が石で造られているのが特徴的である。壁は勿論、塀や地面等、ほぼ全ての場所でその天然の石材を使われている。



「中にインしたら、即ミーティングでもスタートしそうだな」

 フローリックと同じく涼しそうな格好をしたジェイソンが宿泊施設を見るなり、最初にそう言った。

 男性にしては極めて露出度のあるその黄色のジャケットを纏った格好は熱気の多いこの地帯では確実に便利な服装となるだろう。フローリックと同じく、ここでは正解を手にした人間なのだ。

「そうだろうな。俺の仲間の紹介もあるから、時間は使うだろうな」

 エルシオもここで会う約束をしている仲間の事を考えれば、ジェイソンの考えは妥当であると、相変わらず猫人本来の愛らしさを無視した態度で言い返す。



 その宿屋の門を通り、大理石を距離を置いて地面に埋めたような通路を通り、ようやく施設のドアへと到着する一同である。

 木製のドアではあるが、エルシオは身長の都合で開けるのが困難である為、代わりにテンブラーがレバー状のノブに手をかけ、そしてようやくそのドアが開かれた。

 入ってすぐ左を向けばカウンターが設置されており、そこに立っている受付の従業員に簡単な手続きをしてもらい、そしてようやく内部へと入る事が出来るのだ。

 カウンターの上には手動式の鳴らしベル帳簿ちょうぼ、ペン等が整理されて設置されている。



「ようこそお越し頂きまし――」
「待ってたぞ。もう人数分の予約は済ませてる。来てくれ」

 着物のような服を着た中年の女性従業員が挨拶を交わそうとカウンター越しにエルシオ達に向かって頭を下げるが、それを遮るかのように男の声が多少静かに聞こえるが、その声を放った者本人もゆっくりと歩いてやって来る。

「って誰だよあいつ? 衣装嗜好コスプレ男!?」

 その異様な姿をした男を見たスキッドの感想は、これである。

 確かに捉え方によっては間違いでは無い感想であるのかもしれないが。

「ディファーだぜ? あれはデミヒューマンの一種よ。まあレアっちゃあレアだけどな」

 ジェイソンは人間と、明らかにその人間とは異なった姿を持つであろう今現れた男の区別が出来ているのか、スキッドに一度その言い方が間違いであるのを告げると同時に、その男が珍しい存在である事も伝えた。



 確かに形だけを見ればそれは普通の人間と大差は無いだろう。

 二本の脚があり、二本の腕が胴体にぶら下がっており、胴体の天辺に頭が取り付けられている。ただ、細かく見ると所々が一般的な人間とは区別出来るものが点在しているのは確かである。



 その冷静で落ち着いた声色から察するにきっとこの者は男性であるだろうが、胴体は男性としてはなかなか細身であり、胸部に装着された黄土色のややシンプルな保護具プロテクターを装着しているが、この男本人の素肌と思われる濃厚色の茶色をした部分は筋肉と言う筋肉があまり目立たない構成となっている。

 下半身も上半身と同様、なかなか細身な脚部を保っている。真っ黒な細袴ズボンの姿ではあるが、全体的に暗い色を意識した身体をしているのも大きな特徴と言える。

 特筆すべき点と言えば、まるで仮面のように顔面を覆った茶色い体組織と、丁度目の部分のみをり貫いたかのような作りだろう。そのり貫かれた、と言うよりは隙間とでも表現すべきその箇所には、まるで光っているかのように両目が覗かれている。

 実際には光っていないのかもしれないが、その仮面のような部分の隙間は真っ黒である為、そう呼んでも問題が無いのかもしれない。

 後はその仮面のような体組織を固定しているかのように顔の両側に灰色の角のようなものが備わっていたり、人間のものとは明らかに異なる、六角形の鉱石でも取り付けたかのような耳や、額部分から上にかけて生えた三本の角があり、この男が亜人である事を強く他者へアピールしている。

 因みに、こんなある意味では鎧そのものも身体の一部になったような男にも髪はあるらしく、濃い金の髪を短めにセットしているのだ。正面から見ると、背後にうっすらと髪が見えるのを確認する事が出来る。



「ああさっき言ってた予約の人とはこの人達かい?」

 女性従業員はその異型の男がそう言うのを聞き、宿へ入ってきた者達を見ながら訊ねた。

「そうだ。中に入れてやってくれ」

 男はまるで無用な表現は避け、用件だけを手短に言った。



「お前らに一応紹介しとく。こいつはシヴァだ。俺の仲間で余計な事は一切言わない随分まともな男だ」

 カウンターの前で、エルシオはその異型の男の名を明かす。

「いや、エルシオ。自己紹介は部屋でも間に合うだろう。ここにいたら他の客と、従業員に迷惑がかかる。それにおれも皆の名前を聞きたい」

 実際、カウンターの前は一応は広いとは言え、エルシオ達のようなもうすぐ十の位にまで達しそうな程にメンバーがいればたちまち誰も通れなくなってしまうだろう。

 それを察知したシヴァは人間と同じ形をした右手で親指だけを立てながら、背後にあるであろう部屋へと指を向けた。







*** ***







「なるほど、おれがいない間に出会いがあった訳か」

 宿のホールとも言える場所で、一同はシヴァに対する自己紹介を負え、他の人間のように口元の動きを読み取られる事の無いシヴァはゆっくりと頷いた。

 シヴァにとって顔で感情を表現した事を伝えられる部分としては、その黄色い眼だけなのだから、この紹介をどう思っているのかはきっと本人にしか分からない。

「シヴァもやっぱハンターの一人なのか? なんかパッと見で結構強そうな感じしてくんだけど」

 設置された椅子に座り込んでいるアビスは、その身軽で素早そうな体躯を持ったシヴァの普段の生活が多少気になったのか、ハンターとして毎日生活しているのかどうかを聞き質す。



「おれはハンターでは無いが、普段は管理局で働いてる身だ。何か狩猟区域に異常が起きた場合はそれが飛竜相手だったとしてもしっかりと戦わせてもらってる」

 亜人がハンターとしてギルドに認められるのかどうかは置いといて、シヴァはハンターとは別の職に就いており、そこで狩猟の秩序を護っているらしい。いざとなれば相手に立ち向かう様子だが、一体何を武器に立ち向かうのだろうか。

 意外と疑問点の残る部分が多い。

「区域を護るん、ですね? 最近はなんか変な組織の動きが多いんですが、やっぱりそこんとこの対応するのもその管理局の役目なんですか?」

 一瞬その肩書きに格好の良さを覚えたミレイだが、やはり今どうしても気になるのは組織の動きである。

 そしてそれが顕著けんちょに見られ始めた時にそのシヴァの仲間である猫人こと、エルシオとも出会ったのだ。組織と対立していないとも言い切れないこの状況で、どうしても聞きたかったに違いない。



「おれ達の局の名前は『狩猟区域管理局』って名目だが、実際は殆ど例の組織との戦いや対策が大半を占めてる。普段はなかなか姿を見せないが、連中は本当に手強くて、いつもこっちは手を焼いてる」

 実際の所は名前のように狩猟をする場所を護っていると言うよりはそこに現れる組織の幹部と戦う事にこの管理局の意味があるらしい。

 シヴァの姿を見ると戦闘では非常に頼れるような印象を受けるが、やはり組織が相手になるとなれば、厳しいものがあるだろう。今まで実際に組織を見てきた者ならば、いかに大変であり、そして命を賭けなければいけないかが分かるはずだ。

「それじゃあやっぱりこれから戦い続ける事になるんですね……。誰かが死ぬのだけは見たくないけど……」

 話を聞いたクリスは戦いから逃れる事が出来ないと考えてしまい、これからそのような試練に耐える事が出来るのか、怖くなる。

 非常に微小ではあるものの、身体の振るえが白いパーカーを超えて見えているのが分かるかもしれない。



「所でシヴァ。昨日の連絡じゃあ待ち合わせ場所決めただけだったが、お前あの村、確かツクモリア村だったか? そこの異常食い止められたのか?」

 ここでエルシオは同業者として、仕事上の話を持ち出した。

 どうやらシヴァには別の仕事があったらしく、その結果が気になったらしい。彼らがアーカサスで命を賭けて死闘を繰り広げている間、シヴァも違う場所で死闘を繰り広げていたようだ。

「結論から言えば、もう手遅れだった……。それにおれも危うく殺されるとこだった……」

 その感情を表に出さない性格の都合からなのか、シヴァの返答はどこか弱かった。まるですぐに辿り着けなかった自分を責めるようで、そして、自分自身も危機に襲われたと言う。



「お前、誰と出くわしたんだよ? お前にしちゃあ随分珍しいなぁ」

 そのシヴァの現場に誰がいたのかが気になったと同時に、恐らくは普段は確実な成功を遂げているであろう目の前の亜人が失敗してしまった最大の理由も気になり、エルシオは赤い瞳を細め、人間で言う眉の部分をしかめながら訊ねる。

「あいつらだよ。メイヴとヴェパールだ。おれはあの連中は苦手でな……」

 シヴァは静かにその二人の人物らしき名前を出したが、そこでふとシヴァはあの村にいた頃を思い出した……









*** ***





――時は夜……、場所はツクモリア村……――

人の声すら聞こえないこの異様な空間をとても人間の身体能力や常識では考えられない跳躍力で飛び回っている、
とある誰かの影が映っている。

建物の屋根から屋根へ、常人では考えられない跳躍力で飛び移り、やがてそのまま地面へと降りたのだ。



「誰かいないのか!? 誰でもいい! 返事をくれ!」

そうである。

この普段は落ち着いた性質の声を荒れた村の中で張り飛ばしているこの男こそが、シヴァである。
きっと村が襲われていると言う情報を得たのだろう、シヴァは村人の安否を確かめるべく、視界内に人が映らないこの場所で、
周辺を見渡していたのだ。



「……遅かったのか……。子供もきっといたって言うのに……」

誰からも返事が無い。
やはり、シヴァの言う通り、遅かったのだろう。僅かな希望がここで切れてしまう。



ザザッ……



「!」

人間とは随分と外見の異なったその性質なのか、地面を擦るような僅かな音にも鋭く対応し、
その黄色く光る眼を強くその方向へと向ける。

同時に屋根から飛び降り、そして人間では想像も出来ない程に身軽に着地する。



いたのは、敵対者として捉えるには無理のある、薄い青のセーターを着用した女性である。
その長い茶色の髪がどこか愛嬌を残しており、そこで立ってシヴァを見詰めていた。

「貴方は……、助けに来てくれた人ですか?」

その少女とも言えるかもしれない女性は震えながらも、どこかシヴァを見て安心しているようにも感じ取れる。



「なんだ……人か。君は無事だったんだな? ここは危険だ。おれに付いて来てくれないか?」

シヴァは生き残っていた人間を見て安心したのか、武器として使うのであろう爪を腕の外側に畳み込むようにしまっている右手を伸ばし、
握手でも求めるかのようにゆっくりと少女へと近づいていく。

「はい……、で、でも……」

シヴァから離れるつもりは無いようだが、まだ何か言いたい事があるらしい。
しかし、なぜそれをすぐに言おうとしないのだろうか。



「何かあったか? 聞ける範囲なら、聞くぞ?」

質問でもしたいかのような態度を見逃さず、表情を特に変えず、シヴァは施そうとする。
最も、その仮面のような特徴的な顔のせいで表情はまるで窺えないのだが。





「実は……えっと……シキが……
う゛あぁ゛ああ゛!!



―τ 突然少女の胸を突き破って現れた、二本の刃ブラッディハンズ…… τ―

悲鳴にならない悲鳴を飛ばした少女は口からおびただしい血を噴き出した……







「!!!」

充分に距離を縮めていたシヴァにまでその血に濡れたその刃が届きそうになり、同時に突然放たれた悲鳴のこの二つの要素に驚きながら、
シヴァは反射的に後方へと跳躍し、充分過ぎるまでに距離を取った。



「どうなってんだよこ……ん?」

いきなり背後から刺された、それはつまり少女の背後に誰かがいたのかもしれないと言う予測を立ててみるも、
すぐにシヴァは別の気配を察知し、まるでいつでも戦闘に入れるような体勢のままで、やや後ろよりの上を見上げた。



シュンッ……

軽く風を斬るような音を響かせたのは、上から落ちてくる一本の刀。
夜だからよく見えないが、何だかやや大きめな球体が刺さっているようにも見えるが、落ちていると言うよりは……



θθ シヴァ目掛けて投げられているのだ θθ



「ふっ!!」

どちらにせよ、シヴァを狙っている事に変わりの無い刀を回避する為、再び跳躍し、
今度は横へ向かって舞い降りた。



―ガスゥン!!

相当勢いが強かったか、それとも刀が鋭かったか、それとも地面が脆かったのか、
地面に刺さった刀が地面に減り込む音を立て、そのまま動きを停止させた。

そして、例の球体・・・・の正体は……







ψψ 幼い少年の生首だ ψψ







「これ……誰の仕業なんだよ……。下劣な事しやがって……」

改めてその球体・・を確認し、生理的に感じる恐怖と、遺体をまるで玩具おもちゃのようにもてあそぶそのやり口に対する怒りに
シヴァは目元だけをゆっくりと細める。

生気を完全に失った両目、口から流れ出る血液と唾液、そして特に長さを持っていないながらも荒れてしまった黒髪……
もうその生首は生物として見る事は難しい事だ。





「シヴァ、なかなか魅力的な驚き方、見せてくれるじゃない。夜のパーティーがいかに素晴らしいか、分かってくれたかしら?」



突然シヴァに向かって語りかけられる、やや老年の映った女性の声だった。
しかし、あの少女は既にこの世からいない存在へと書き換えられ、そして、少年はあの状況では喋る事が出来ないのは分かっている。



「その声……。どこだ!? 出て来い!!」

きっとシヴァは正体を知っているのだろう。
しかし、姿そのものが見えない以上はこれ以上の思い通りのやり取りは出来ないはずだ。
両腕に備えた爪を開き、いつでも戦闘に入れるよう体勢を整えながら、周辺に向かって言い放つ。



「いいわよ? 最高の夜、プレゼントしてあげる。そして、わたしにもお返しをちょうだい」



まだ姿を見せて来ないその誰かは、まるで宣言と要求を一つにしたような台詞をシヴァへと渡し、

遂に……



ガバッ!!



「来たな!!」

上から現れた
今まで語りを見せた正体に対応する為、シヴァは両腕に装着された爪で顔面を覆うように構える。
そして刀と爪がぶつかり合う音が周囲に放たれた。



キィン!!



その白い装束を纏った女は金属音に近い音を響かせると同時に両足を地面へと落とす。
遂にその素顔がシヴァの目の前に突き出される事となる。

しかし、女の持つ彎刀わんとうとも呼べる造込みかたちの刀をシヴァの三本で構成された爪から引き離す事は無かった。

「やっぱりお前……ヴェパールか……」

シヴァの黄色く光る両眼が、そのヴェパールと呼ばれた女を鋭く捉えた。







          
――≪菟寡異撫うかいぶ≫――

Style 壱 アルファ― 夜の世界に対して妙に目立つ真っ白な装束ホワイト・デッドスモッグ……

Style 弐 ベータ― まるで陶磁器とうじきを思わせる、所々に古びた黒ずんだ痕の見える肌……

Style 参 ガンマ― 可愛さや愛らしさでは無く、恐ろしさを感じ取れるような奇妙な笑顔ファントムサタン……

Style 四 デルタ― ただの人間とは思わせない、真っ黒に染まり上がったその両目……

Style 五 イプシロン― 闇に溶け込むような、深紫ふかむらさきの長髪……

Style 六 ゼータ― それらを全て合わせると、決して歳若いガールとは言えず、寧ろ中年期ふけぎみに突入した容姿、姿……

          
――≪御屍魔偉おしまい……。屍人新聞いんふぉめーしょん……≫――







「ここにわたし達の活動盗み見した愚かな男がいてね、この村規模が小さいから全員が証人になったと言う事で、村ごと全部潰す事にしたのよ? 人に知られたら何かと不都合だから」


まるで永久とこしえの闇を思わせる真っ黒な目でシヴァを捉えながら、ヴェパールはこのツクモリアの村を襲撃した理由を述べた。
男一人が引き金となり、村が潰されたのは確実に不運と言える事であるが、シヴァにとってそのような些細な部分は関係無いだろう。

「それでさっきの女子供も殺したのか!? 罪の無い人間殺して何が楽しい!?」

まるで年齢や性別による情けも無視した無差別な殺人に怒りを覚え、シヴァはヴェパールの持つ恐ろしさを携えたオーラにも負けず、
抗論を飛ばした。そして、未だに剣と爪はぶつかり合ったままである。



「計画には失敗は許されないの。目撃者は必ず始末すると言う掟があるから、それに従っただけよ。さっきのお姉さんと弟さんだって、まだ子供だったから、お姉さんの方に弟を無視して貴方が消えてくれればお姉さんの方は助けてあげるって交換条件を出したのに、あっさり棒に振っちゃうんだから、まだまだ幼い証拠だったのかしら?」

ヴェパールの背後には一般社会では通用しないような掟が存在するらしいが、
それに従う為に幼い二つの命も奪われてしまったのは悲しいとしか言い様が無い。

「納得出来んなあ。自分の欲の為に他人を容易くあやめるとはなあ。それに普通弟を放置する姉なんかいないだろう。無茶な交換条件出しやがって……」

シヴァの意思も充分に強く、未だにヴェパールの刀を爪で受け止めたまま、その組織に怒りを燃やす。



「単に死ぬのが怖いだけでしょ? 強がりもいい所よ」

今度は別の女の声がシヴァの背後から聞こえた。

老年を思わせると言うよりは、威圧的でどこか力で他者を押さえつけるような雰囲気を思わせてくれる。



「まだ……いたのか……」

シヴァは背後を振り向かず、ヴェパールに対して言うかのようにその二人目の女の存在を背中から感じ取った。

「普通人間なんて、人の命より自分の命じゃない? あのお姉さんは弟さんと一緒に死ぬ事を選んじゃったけどね。一種の例外を見る事が出来たわ」

ヴェパールは人間の持つ命の優先順位をシヴァへと教えるものの、今殺されたあの姉の少女は
その優先順位に属さない人間だったのだ。



「そこのあんたもこの村の証人として、あの世に逝くかい?」

シヴァは直接目にしてはいないが、二人目の女はその黒の混じった白い装束を纏い、
そして血の滴った刀を右手に持ちながらゆっくりと近寄っているのだ。



タン……

タン……

タン……

徐々に近づく足音であるが……



「所で、貴方どうしてメイヴと向き合わないの? まさか怖いの? それとも、金縛り受けてる間にあの世に逝くのが怖い? どのように怖いかが気になる所ね」

どうやらシヴァの感情を読み取っているらしいヴェパールではあるが、その感情の真相を考えるのもまた、
ヴェパールの楽しみであるらしい。

「悪いが、おれはまだ死ぬ訳にはいかないんでな……」

決してメイヴと呼ばれている黒も混じった装束を纏った女とは眼を合わせる事無く、
シヴァは多少弱々しく自分がまだくたばらないと忠告をし、そして爪で防いでいるヴェパールの刀を押し退ける。



そして軽く膝を曲げ……



――その場から跳躍で逃げ出した――

跳躍とは言っても、それは軽々と今自分の立っている場所から距離を取れる程に発達したものだった。
簡単に言えば、二階建ての建物の屋根に軽々と飛び乗れる程の高さである。

この身軽さがシヴァ自身を救ったのだろう。
どうしてメイヴ・・・と目を合わせる事をしなかったのかが非常に気がかりだ。





*** ***





「とりあえず、おれは逃げてきた訳だ……」

 シヴァは宿のホールに設置された椅子に座りながら、長かった話を終わらせた。あの夜の空間と、そして人間のようで、その中に恐ろしさを混ぜ合わせたようなあの二人と比べれば、今のこの場所は他者の話し声も聞こえ、非常に賑やかな雰囲気である事に間違いは無い。

「なんか随分すげぇ奴出てきたなおい。なんかバイオレットみてぇな奴らじゃねえかよその女ども」

 テンブラーはその二人の女が村全体を潰すと言う点に着目し、以前闘ったあの灰色の皮膚を持つ亜人を思い出してしまう。あの男も一つの目的の為に大勢のハンターを殺していたが、今回シヴァの話していた女二人はどれほどの実力なのだろうか。



「きっと実力はバイオレットと比べても間違いでは無いだろう。だけどあいつらは脳内反応を狙って怖がらせてくる連中だ。いくら強がった所で生理反応には敵わないものだ」

 現時点では実際に遭遇したシヴァにしか分からない事なのかもしれないが、外見的な問題もあの女二人にはあるだろう。

 生物とは、何かしら不気味な姿を見ると生理的な防衛反応として脅える性質があるのだから、その部分に特化したあの二人の女は非常に厄介な存在だったのかもしれない。

「でも本気で女に強い奴ならそこまで怖がる事無いんじゃ、ないの? 結局女なんだし、スキッドだったらなんか平気な顔してそうなんだけど」

 アビスはいまいち状況を理解していないらしく、純粋に女であると言う点でしかものを考えずにシヴァへと反論しているが、そんなよくものを考えない所がまたアビスらしい。

 よほどそれで逃げてきたシヴァに言いたい事だったのか、テーブルが無く、椅子しか無いその場所で自分の膝に右肘を乗せて体勢も前へと倒した。



「おれは別に女相手だったらそこまでビクビクしたりしねぇけど、じゃあ本気でそいつらが怖いってんならじゃあミレイと比べたらどっちがどんだけ怖いか教えてくれよ」

 スキッドはちゃんと状況を理解しているのかは分からないが、茶色のジャケットを正しながら脚を組み、そして今度はミレイなんかに指を差しながらその恐怖の度合いを確かめようとする。

「ってなんであんたあたしの事出して来んのよ? なんかあんたしょっちゅうあたしの名前出してない?」

 そのヴェパールとメイヴの外見的な話になぜかミレイの名前が出され、そして出された本人は暗い赤のジャケットの前で腕を組みながらスキッドを睨んだ。



「だってお前結構怖いだろ? 特にキレた時なんかお前アビスん事泣かしそうになってんだろ? 昨日アビスから聞いたぞ、お前アビスに押し倒されてちゃっかし胸触られ――」
「スキッドお前やめ……」

 スキッドはミレイの性格をしっかりと理解しているのか、特に怒った時の様子を直接本人に伝え、更にはアビスとの会話で聞いたであろう前日のちょっとした騒動を口に出す。

 すんでの所でアビスに飛び掛られるように口元を押さえられるが、肝心な部分を言われた時点でもう手遅れだっただろう。

「スキッド、なんであんたそうやって昔の話そうやって掘り起こすのよ? そんでアビス、あんたもなんであう言う話いちいち喋ってんのよ? 反省してたんじゃないの?」

 ミレイはやや不機嫌そうな表情を作りながら、最初にスキッドを見てもう既に終わった話を引っ張り出した事に対して不満を言い渡す。

 そしてアビスに対してはどうして自分が怒られた話を他者へと喋るのかと言うその反省の殆ど見られない行動について、スキッドの時以上に怒りの見えた口調でそう言った。



「あ、え、あいや……んと、んといやちぁう、ちぁうんだよ! ちょいえと、こう言う事あったって喋ってただけだから! 悪口なんか言ってねぇって! マジマジ、真面目にマジだから!」

 アビスはその怒りに支配され始めているミレイに脅え、反省していない事を意味してスキッドに話した訳では無いと必死に伝えている。突き出された両手が男らしかぬ光景であり、やや情けない。

「ああこいつの言ってっ事嘘じゃねえから。ただ怖かったってただけだから。そんな顔すんなって」

 スキッドはあくまでも怒られかけているのがアビスだと思い込んでいるのか、アビスほど慌てた様子は見せず、寧ろ余裕な態度でアビスのフォローに周っている。しかし、ミレイの怒っている表情だけは確認出来ているようだ。



「一瞬殺意芽生えたんだけど……? 内容次第じゃあ危なかったわよ?」

 ミレイの青い瞳が徐々にいつもの多少優しさを混ぜた形に戻っていくが、その一部を見ると非常に危険な感じを覚えるはずだ。その台詞だけを聞くと非常に確認し辛いが、多分アビスの前日にしたあの言動・・・・に対して言っているのだろう。

 それでも何とかミレイの怒りを抑えてみせるアビスもある意味ではなかなか凄い少年である。いや、ただアビスは自分を護衛するという意味で、いつも以上に必死になっていただけだろう。



「ミレイ、そんな事言わないでよ……」

 ミレイの隣に座っていたクリスは、あまり粗暴な行為を見たくないと言う一心からか、本当に実行しないようにとなだめる。友達であり、尚且つ女同士であるから通じる事があるかもしれない。

「いや、分かってるけどさあ」

 ミレイも多分本気では無かったようだ。しかし、クリスの一言が入っていなかったらミレイの感情を少年二人はどう捉えていたのだろうか。こう言う面ではまだまだ成長の足りない少年二人である。



「少なくともそうやって顔合わせたり、会話を普通に出来るようなら確実にミレイはその今の二人には該当しないだろう。アビスはきっと感情を表された時に恐怖を覚えるようだが、連中は外見そのもので覚えさせる特徴持ってるから、そこが一番の厄介点だ」

 きっとこれはシヴァの空気を上手く読んだ結果としての発言だろう。

 あくまでもミレイは確かに怒った時はアビスぐらいなら簡単に飛び上がらせる事が出来る程の迫力を見せてくれるが、それは怒った時に限定されているに過ぎない。普段は至って普通の少女として何ら変わりは無いのだから。

 だが、シヴァの出会ったあの二人の女は外見そのものが怖い、と言うより恐ろしいのだ。それを考えるとまた別の意味が浮かび上がる事だ。



「外見そのもんって事は、んじゃあ簡単に身近なもんで例えっとハンターもなんもやった事ねぇガキんちょが火竜レウスに出くわして、んでそんでけぇ図体っつうか迫力でまるで動けなくなってオマケにションベン洩らして『きゃ〜お母ちゃ〜ん助けて〜』とか言いながら泣き叫んでるって感じか?」

 テンブラーは大体その恐怖の意味が分かったからなのか、自分で例えの話を持ち出してより具体的な意味を掴もうとするが、やはりそこにはテンブラーらしさが見事に混じっていた。

 後半に見えた子供の台詞を直接言葉で表現する部分は、まるで台本を棒読みするように元々の地声で発していた為、その想像上の状況がどうであれ、まるで感情移入出来ないのがまたおかしい所である。

「ま……まあ生理的な嫌悪感を覚えるって言う意味ではその例え方も間違いじゃないんだが……。出来ればもう少し大人気おとなげある表現求めたかったんだが……」

 普段は冷静沈着な性格であり続けているシヴァであるが、別の方向性を狙ったかのようなテンブラーの今の意見は苦笑せざるを得ないのかもしれないが、シヴァはそれを持ち応えており、なかなかしぶとい様子だ。



「なん……だよ『お母ちゃん』って……。マジ……受け……たんだけど……。ってかビビったぐれぇでションベンって出るもんなのか?」

 スキッドはテンブラーの例え話を真に受けたのか、笑いながらテンブラーの今の喋り方に対するコメントを言い渡すが、やはり笑っているせいでまともに口を動かせず、殆ど一言のような感想だ。

 だが、質問のような部分に進んだ辺りになってあっさりと笑いの感情は抑えられたようだ。

「知らねぇよ。でももしマジでそんな事しちまったらそいつもう半永久的に女にもてねぇだろうなあ。だからお前らも注意しろよ? 下半身黄色い液体塗れんなっちまったらもう一巻の終わりだかんなあ」

 テンブラーも人間の身体の仕組みをそこまで詳しく知らない為か、失禁の原理を説明する事は無かったが、汚い事には変わり無い為、異性から避けられてしまうのは確実であると言った。

 決して強い発言力でそんな事を言っている訳では無いが、内容が内容である為にそのテンブラーの口調以上に高い攻撃力を誇っている事だろう。



 そんな一方で、フローリックはと言うと、テンブラー達の相変わらず下らない方向へと進み出している話には耳すら向けず、別の客の会話なんかに耳を傾けていた。



「さっきの山の話聞いたか?」
「火山だろ?」
「さっき発掘隊がなんか傷だらけで戻ってきたってんだよ」
「なんで怪我なんかすんだよ? あそこの鎧壁竜って大人しいはずだろ?」
「それが今そうでも無いらしいぜ」

 その話をどのような容姿を持った者が、どんな感情を込めて話し合っているかはきっとフローリックには分からないし、追求するつもりも無い。だが、どうしても外す事の出来ない部分があり、思わず心で呟いた。



(鎧壁竜って……まさかヴォルテールん事じゃねえかよ……?)



――彼の中に浮かび上がる、一つの姿が……――

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