他人の話だって、中身によっては無視出来ないものだってあるのだ

どうして人間は自分の事しか優先しない?

だから、大事なチャンスを逃す事だって非常に多いと言うのに

もう、僕は間違わない

いや、迷わない

今大切な事は、この世界で何が起こっているか、ただそれだけじゃないのかな?

所で、どうしてあの金髪の男は鎧壁竜の話を聞いて真剣になったんだろう?

そもそも人間と飛竜が共存なんて本当に出来るのだろうか?

今までを見ると、殺し合いばかりだったから、難しいのでは無いかな?

勿論今の話に草食竜は含まれていないよ?

きっと共存に入るその途中段階で、また同じ事の繰り返し?

それが今、ひょっとしたら分かるかもしれないよ?



◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「おい、今ん話ちょい詳しく聞かせてくんねえか?」

 フローリックは椅子から立ち上がり、火山と、発掘隊と、鎧壁竜の話をしていた青年達の場所へと歩いていく。やや一方的な要求ではあるが、彼にとってはどうしても聞きたい話だったようだ。

「え? 誰だよあんた」

 薄着の男は突然喋りかけてきた相手に対して相応しいような対応で首を傾げた。見た事も無い男に突然近寄られれば恐らくは誰だってこのような態度を取るだろう。



「悪りぃなあ、ちょい今の鎧壁竜ん事でちょい気になる事あってだ、なんであいつ人襲ってんだよ? あいつ普段人間襲わねえはずだぞ」

 やや一方的に、フローリックは鎧壁竜の話を聞き出そうとしているように見える。何だかその鎧壁竜に深い思い入れでもあるかのようだ。

「んな事いきなり言われてもよく分かんないよ。最近になっていきなり凶暴になったんだよ。詳しい事なんて分かんないけど、多分本来の野生の心取り戻しちまったんじゃないかなあ」

 ここに長く住み着いている者だから事情を多少は詳しく知っているのか、男はつい最近になって本来の恐ろしさを見せた事を伝えてくれたが、やや曖昧あいまいである。

 そもそも、それ以前にまずどうしてフローリックと鎧壁竜の関係があるか、そこで理解に苦しんでいるのもあるだろう。



「おれもそのトークにインさせてもらうが、あの鎧壁竜はエスペシャルな存在でだ、人間にアサルトなプレイ仕掛けるなんて考えられんはずなんだぜ? 出来ればその発掘隊、イントロデュースしてくれねえか?」

 そこに深紅の長髪を持つジェイソンまでも加わり、このコルベイン山に住み着く鎧壁竜が他の固体とは特別な存在であると説明する。地元の人間よりもよほどその鎧壁竜を知っているのか、人間を攻撃する事が考えられないと、妙に真剣な顔になる。

「え? あ? 随分あんたらあの鎧壁竜の事気にしてるみたいだけど、なんかえんでもあったりするのかい?」

 妙に鎧壁竜の話題に喰らい付いてくる二人の様子が気になり、男は単刀直入に仲を持っているのかを聞く。



「ああ、あんだよ。オレがまだガキん頃になあ……ってそれよりその発掘隊っての今どこいんだよ? 教えてくれ」

 やはりフローリックには過去のえんが存在しているのだろう。だが、今は自分の昔話をする事よりも直接鎧壁竜を見た者による証言を聞く事が先だ。

 きっと話を聞くなり、すぐにその場所へと向かう事だろう。

「ここの近くに病院あって、今治療受けてる最中だと思うよ」

 やはり、実際に牙を剥いた鎧壁竜となれば、その傷は甚大なものになるのは目に見えている。何せ、民家一つ分は下らないあの体格であるのだから、正直に言えば病院で済ませてくれるだけありがたいとも言える程なのだから。



(凶暴化って……まさかあいつら……)

 まだ椅子に座って残った一同の中にいた猫人のエルシオだったが、まるで何か心当たりがあるかのように、赤い瞳を細めながらゆっくりと顔もそのフローリック達の場所へと向けた。





*** ***





 宿から少し離れた場所に設置された病院にフローリック達は向かった。町の規模自体、大したものでも無い為、病院の規模もドンドルマと比べれば随分と小さいものであるが、治療を受ける面に関しては充分な設備が整っているはずだ。

 一つの病室で、今回の鎧壁竜の話を聞かされる事となる。

「いきなり悪いが、ふもとに生息してる鎧壁竜の話、聞かせてくれるか?」

 エルシオも元々は人間を襲わないはずのその鎧壁竜がどうして現在のようになってしまったのか、気になっているらしい。

 その質問を受けている相手は、病室のベッドで横になっている発掘隊の内の一人である。



「ああ、いつものように麓の岩盤で鶴嘴つるはし振ってたら、いきなり奴が壁突き破って襲い掛かってきたんだよ」

 ベッドの中で上体だけを起こした男は、自分の左腕にきつく、そして何重にも巻かれた包帯を寂しそうに見詰めながら山での出来事を話した。

「聞いてる感じだとそれ随分一方的に聞こえんだが、その突き破ってきた時に初めて鎧壁竜ん事見たのか?」

 よほど鎧壁竜の話に熱心になっているのか、フローリックはその短い説明から状況を必要以上に頭の中で練りながら、その状況をより詳しく知ろうとする。



「それは間違いない。だけどなんか随分殺気立った様子だったんだ。眼も普通以上にぎらついてたし、なんか口からも煙立ち上がってたし……」

 隣のベッドの男がその話に間違いが無いとゆっくりと頷いた。

 しかし、直接目で見て分かる程に異常が起きていたらしいが、それが原因に結びつくものなのだろうか。

「多分誰かその鎧壁竜になんかしたんじゃないの? 例えばハンターが攻撃したとか」

 アビスは元々飛竜、と言うよりは生物が本能的に持つ仕返しのような行動を思い浮かべ、ベッドの下部、男の足元に備えられた柵に両手をついて寄りかかりながら言った。



「それは無いはずなんだよ。誰もその時は山に行ってないはずだから……。でも原因は分かんないままだよ」

 どうやら事が起きた時にはその発掘隊しか火山へ赴いていた人間は存在しなかったらしい。きっと入山にゅうざんをする際に手続き等の処理をする規程が存在するのかもしれないが、突然凶暴化した鎧壁竜には驚かされるばかりだろう。

「おい、他になんか気になった事は無かったか? どんな事でもいい。ひょっとしたら原因が究明出来るかもしんねえから教えてくれ」

 エルシオもそろそろ空気が重くなり始めてきた事を悟ったのか、仕事に集中する重役のようにその赤い瞳を集中させ、そして男を見詰めた。

 もうこの現在で頼れるのは命からがら戻ってきた発掘隊の男達だけなのだから。



「変わった事……、なんだったっけなぁ……、あ、そうだ」

 きっと男は必死で逃げてきた為に、鎧壁竜の外観を確認している暇なんて無かったのかもしれない。しかし、今は頼られている身であると同時に、もし分からないで済ませると一体何をされてしまうのかと言う圧迫感もここにあるのが事実である。

「教えてくれ。些細な事でも充分だ」

 しかし、亜人と言う一般的に攻撃的な姿と印象を思わせる存在でありながらも、シヴァの施しを聞くと何故か急に今後の安全が保証される気になれる。

 それとも、表情を読めないからこそ、それで良い事があるのかもしれない。



「なんかあの鎧壁竜の甲殻ちょっと黒ずんでたんだよ。なんか焦げとはまた違う感じだったんだが、なんか黒くなってたよ」

 まるで自分の頭の中から搾り出すかのように、その特徴を思い出すが、家一軒程度のサイズを誇るあの鎧壁竜ならば、身体にどこか異常があった所で簡単に目に焼き付ける事が可能だったりする。

「甲殻が黒く……か……。エルシオ、まさかあれじゃないか? オレガノに喰われたんじゃないのか?」

 そのたった一つの新しい情報でシヴァは感付いたのか、黄色く光る眼を軽く細めながらエルシオの方へと顔を向ける。



「『オレ』が喰ったとか何言ってんのシヴァ?」

 アビスはその紛らわしい名称に上手く対応出来なかったのか、一人称と勘違いしながらシヴァに妙な質問なんかを投げかけるが、すぐにミレイに止められ、そして正しい言葉を教えつけられる。

「アビス、違うって。『オレ』じゃなくて『オレガノ』よ」

 ミレイがその正しい名称の物体の意味合いを理解しているかどうかは分からないが、人の話を聴く力はアビスと比べれば随分としっかりしているようだ。



「何なんだよそのオレガノとか言う奴。なんかの虫? それとも植物か何かか?」

 スキッドもその始めて聞くような名称に興味を持ったかのようにシヴァにその意味を追求する。しかし、そんな彼もアビスのように聞き間違えていたような気がするのがまた不思議だ。ただ、それは直接誰かに知られる事は無いのかもしれないが。

「衛生害虫の一種だ。基本的に人間を襲う事は無いが、飛竜の頭部から侵入して脳の一部を喰らってそのまま絶命する変わり者の虫だ」

 その害虫そのものが脅威なのか、それとも寄生された相手が問題なのか、シヴァはゆっくりと病室の壁に向かいながらそのまま背中を壁に預けた。

 巨大生物の脳を食料としているらしいが、食してすぐに自分自身が死ぬ辺りが奇妙な点であるらしい。



「なんであいつがそんな目遭わんきゃなんねんだよ……」

 鎧壁竜がそのような深刻な状況に陥ってしまった事に病むかのようにフローリックは苛々しながら窓に橙色の威圧的な目をやった。

「フローリックさん……、あの……、なんかあったんですか? 先程からちょっと様子が変なんですが……」

 ずっと前から気になっていたのか、ミレイはそのフローリックの表情を見てその裏にあるものを聞こうとするが、素直に教えてくれるかまでは期待していないようにも見える。



「お前らぜってぇ知らねぇだろうけどなあ、あいつ、ヴォルテールってな、オレの昔のダチみてぇな奴だったんだよ……。人間なんか襲わねえ奴だったのに何起きてんだよ……」

 きっとそれは事実だろう。この状況でフローリックが嘘を出すとも考えられない。しかし、あの鎧壁竜に名前があり、尚且つそんな相手と人間のような付き合いを過去にしていたのは驚きである。

 しかし、詳しい事情までは説明する余裕はそこには無かった。

「で……でも変じゃないですか? その『オレガノ』って言うのは火山地帯には生息してないはずですし、生息地の草原でも大抵は頭蓋骨に阻まれて脳に到達する前に死滅するはずなんですよ」

 フローリックのその晴れない顔及び、その心情を敢えて紛らわそうと考えたのか、ディアメルは両手を強く握りしめながら、その寄生虫の生息地と今回の件の矛盾をやや張り上げた声で全員に聞こえるように説明した。



「お前相変わらず詳しいよなあ」

 スキッドはそのディアメルの生物に対する知識を褒めたような口を叩くが、期待したような返答は来なかった。

「けどさあ、その頭蓋骨ってとこで邪魔されて死ぬってんならじゃあなんてその、凶暴化とかそう言う事になったりすんだよ? どうせそうやって邪魔されんだったら今のその……凶暴化とかなんか、変な話になんじゃないのか?」

 アビスにしてはちゃんと話を聞いていたらしく、もし通常ならば頭蓋骨で阻まれるのだとしたら、どうして喰われて凶暴化になる必要があったのか、少し引っかかってしまう。特に鎧壁竜のような外見的にも頑丈そうな飛竜ならば、侵入される程弱く見る事も出来なかったから、と言う理由があったのかもしれない。

 それとも単に女の子の話なら真剣に聞こうとでも考えていただけなのかもしれないが。



「あ、はい。普通は飛竜、勿論鎧壁竜もそうですけどその他の飛竜の頭蓋骨も丈夫ですから滅多な事が無い限りはその『オレガノ』にやられる事は無いんです。本当にそうなるのは稀な話になるんですが、今回はその稀な事態が発生してしまったって言う事になりますよ」

 ディアメルは多少説明に迷いながらも、アビスを見ながら事情を話す。実際にその衛生害虫の影響を受けるのは極めて少ない事例となっているようだ。

「けどフローリックよぉ、今回お前にとっちゃあアキュートな事態かもしれないぜ?」

 ジェイソンの表情もやや暗いものとなり、フローリックに対して深刻な展開が予想されると伝える。まるで救い様の無い事態に直面したかのようだ。



「ちょい見ねぇ間に好き勝手しやがってあの関取めが……。あんま期待出来っ事じゃねえかもしんねえが、もしあいつ正気ん戻すとしたらどうすりゃいい?」

 鎧壁竜ヴォルテールを別世界のスポーツの呼び名に例えた表現をしながらも、相変わらずフローリックの表情は晴れる事を知らないままだ。

 僅かながらの希望が残っているのなら、それに賭けてみようとも思っているはずだ。

「いいのかよ? それこそお前がもうアキュートんなっちまうぜ?」

 ジェイソンもその害虫こと、≪オレガノ≫に関する知識は持っているのか、ヴォルテールを愛する相手がいるこの場では、どう対処すれば良いのか悩んでしまうらしい。



「簡単に言えるような事じゃないんですよ……?」

 ディアメルも黒いニットベストの身体を両腕で抱き締めながら、何か嫌な予感に取り付かれる。赤いニット帽の下で、赤い瞳が弱々しく細くなる。

「正直な話としては答えるのは、厳しいんだが……」

 シヴァも答を知っている様子ではあるが、やはり一番の問題点はその内容なのだろう。

 まだ壁に背中を預け、寄りかかっているが、この事態を真剣に考えている事に変わりは無い。



――エルシオがまるで全ての責任を取るかのように、椅子の上に立ち上がった……――



「簡単だ。あいつを正気に戻すんだったら……」

 エルシオはまるで一同のリーダーにでも任命されたかのように小柄ながらも勇敢に、そしてたくましく立ち上がり、真っ直ぐとフローリックを見詰めた。

(ちゃんと言葉選んでくれよ……)

 しかし、シヴァはそれをこころよくは思っていなかったらしく、まるで何か準備をするかのように、壁から背中を離した。















「殺すしかねえんだよ」





 余りにも呆気無い答であった。エルシオから放たれたそのメッセージは、ある意味で当たり前の要素だったのかもしれない。しかし、本当に戻せたとしても、もうその後の未来は保証出来ない。

 だから、もう言われた方の対応は定まっていた事だ。





「……っておい!! 簡単にんじゃねえよてめぇ!!」

 まるで空気すら読まなかったであろうその発言に怒りを抑えきれず、椅子の上に立っているエルシオに殴りかかろうとする。体格の差を考えるとそのまま直撃させればきっとエルシオはただでは済まないだろう。



「ちょっやめて下さい!!」
「ストップだ!!」
「待ってくれ!!」

 すぐ隣にいたディアメルは、相当鍛えられているフローリックの胴体に掴みかかるように彼の身体を止め、そしてジェイソンはいつも狩猟で鍛えているであろう両腕でフェンスを作るかのように彼を取り押さえた。

 全身を使って止めていたディアメルと比べると、殆どジェイソンは両腕しか使っていないように見えるが、身長と体格を考えると確実にジェイソンの力の方が役立っている事だろう。

 そして、シヴァはエルシオの場所から結構距離があったのにも関わらず、種族特有の瞬発力か何かを活かし、スキッドとテンブラーの間を上手く通り抜けながら、フローリックとエルシオの間に滑り込んだのだ。目的の場所で見事に停止している辺りがまた凄い。



「エルシオ! お前少し考えて言ったらどうだ!? 正論だけがいいってもんじゃないだろ!!」

 フローリックが二人に抑えられて多少落ち着いたのを確認したシヴァはすぐに背後を振り向き、殴られかけたのにも関わらず随分と平然とした態度を取り続けているエルシオに叱責の言葉を浴びせる。

「それしかねえのが事実だろ? 嘘なんか言ってどうする? ガキじゃねんだからそこんとこのケジメはつけさせろ」

 しかし、他の言い方が存在しなかったのも事実なのかもしれない。エルシオは下手に情けをかけるよりは本当の事を説明して初めから覚悟を決めさせた方が適切であると判断したのだ。

 それに実際フローリックだってもう少年と言う年頃でも外見でも無いのだから、事実を受け止める耐性だって備わっているはずなのだから。



「お前……」

 必死になっているシヴァの後姿に何かを思ったのか、フローリックは小さく呟いた。その奇抜な姿のせいで余り目立たないが、黄土色の髪が後頭部からだとはっきりと確認出来るのだ。

「フローリック、だったか? 済まない……。こいつはたまに状況よりも事実を優先にする部分があるから他人を怒らせる事もあるんだ。だけど、悪気を持っての発言じゃない事をおれの口から言わせてもらう。気持ちは分かるが、落ち着いてくれ。強要してるようで、済まない……」

 未だに緩まる事の知らないエルシオの表情を一旦放置し、シヴァは再び後ろに向き直ってフローリックと向かい合った。

 まるでエルシオの全ての責任を自分一人で受け止めるかのように、シヴァは元々冷静な性質を見せる声色を更に弱め、エルシオの性格を教えると同時にそこから発展して表に出てしまう事態をも話した。

 仕事柄でシビアになっている部分もあるのかもしれないが、やはり他者をよく見ないのは頂けなかっただろう。



「お前も苦労してんだなぁ。分ぁったよ、でもそれがマジだってんならどうすりゃあいいよ……」

 シヴァの感情の読み難いその黄色い両眼から真剣な色を読み取ったフローリックは、今までも大変な役割をこなしてきたのかと思うと何故か感情移入させられる。

 しかし、それがあの鎧壁竜を正気に戻す答にはならない。

「その≪オレガノ≫についておれからアカウントみてぇな事させてもらうが、あの害虫はなあ、ブレインの前頭葉ぜんとうようってパーツ喰らうから、本気で挑むってんならかなりディフィカルトだぜ? それでもいいか?」

 一番仲の良い存在であるとして、ジェイソンは≪オレガノ≫と呼ばれるその衛生害虫についてもう少し詳しく話し始めた。

 生物の行動全てを統治する脳を直接やられるとなれば、本人の意思で制御をするのはほぼ無理に近くなるのかもしれない。その難し過ぎる問題にフローリックは一体どのように対応するのだろうか。



前頭葉ぜんとうようは理性をコントロールする部分ですから、そこ破壊されてるとなるとその鎧壁竜の事落ち着かせるのは……凄い難しいと思いますよ? あ、そんな顔しないで下さい……生意気言って……ごめんなさい……」

 脳の部分名称は説明されても、その部分がどんな役割を背負っているのかまでは説明されなかった為、ディアメルの付けたしのような助言がやって来る。

 本当は確実に無理であると言おうとしてしまったが、相手の心情を考えてある程度は意味を弱めた言葉に選択肢を変えるが、まだ少女であるそんな年齢で上に立ったような物言いを続けている自分が怖くなったのか、フローリックに頭をゆっくりと下げる。

「気持ちも大事だとは思うが、本当に行くとしてそれはきっと辛い戦いになるぞ。きっと相手はもう友人の姿も認識出来ない状況に近い状態だろうからいつも通りの飛竜戦だと思ってると確実にやられるぞ」

 やはり脳そのものが攻撃されているとなると人間の気力だけで解決出来る問題だとして考えるには相当な無理があるとシヴァは述べた。

 フローリックから見ればそれは旧友の姿であるのかもしれないが、鎧壁竜から見ればもう相手はただの破壊対象にしか見えていない事だってほぼ当たり前のように想定出来てしまうのだ。



「お前オレがこれから何すっか分かってんみてぇな言い方だなぁ。けど止めたって聞かねぇかんな。あいつがオレん事忘れてる訳ねんだしよぉ……」

 まるでその鎧壁竜こと、ヴォルテールに対面した事を前提にしているかのような話し方に、フローリックはシヴァの鋭さを感じ取りながらも、引き下がる気にもならなかった。

「やっぱりそのつもりだったのか」

 窓から差し込む夕日の光をうっすらと浴びながら、シヴァは狙ったつもりの無い読みが偶然一致していた事にきっと笑みを浮かべていたに違いない。最も、表面上では確認は出来ないが。



「んじゃあ結局んとこは飛竜相手に武器ぶつけるって訳だなぁ? じゃあ俺らも準備せんと――」
「これはオレとあいつの問題だ。他ん奴らの手なんか借りねぇよ」

 テンブラーは一つ仕事がここで立ち上がったと考え、自分も武具をまとう必要があるかと考え、その紫のスーツを纏った身体を捻りながら病室の出入り口へ向かおうとするが、フローリックはあっさりとそれを断った。

 どうやら自分単独で鎧壁竜、いや、ヴォルテールと呼んだ方が良いであろうその相手とぶつかり合うようだ。

「借りねぇってお前、はぁ? あいつ知ってんだろ? あんな馬鹿でけぇ怪物相手にお前一人とか危ねぇだろう? 何お前無理しちまってんだよ。折角こうやって皆揃ったってんのに欲張ってんじゃねえよ」

 人手不足と言う問題にまるで直面しないようなこの現状で、テンブラーは無理矢理単独で向かおうとするフローリックに異常な程に違和感を覚えたのか、出入り口を塞ぐように歩いて回り込み、そして他のメンバーを指で差し回しながら言った。



「欲張ってねえよ。オレの問題にいちいち相手巻き込んでらんねえだろう。あいつがマジで狂ってるってんならオレ以外の奴見てまた暴れたりでもされたら面倒だろ」

 回りくどさも全て捨てて言い返し、そしてフローリックは自分でなければ今回の事態は解決する事が出来ないと言い張った。

 ただでさえ人間を襲うと言うのに、そこに≪見ず知らず≫と言う属性までもが加われば更に事態が悪化する事だ。僅かな希望があるのなら、知っている顔の男だけで行く方が効率が良いのかもしれない。

「マジで、一人で……行くの?」

 きっとアビスもあの鎧壁竜の姿ぐらいは見た事があるだろう。それを想像すると、単独で立ち向かおうとするフローリックの根性があまりにも強靭であると関心してしまう。



「行くったら行くに決まってんだろ。こんなとこで嘘言う奴なんかいっかよ」

 普通にアビスに視線を浴びせながら、フローリックはそれは自分の決めた、男の決断なのだと強く誇示した。

「お前ちょい考え直せっつの。鎧壁竜相手に単独とかほぼ自殺行為じゃねえかよぉ。お前そん歳で天国か地獄んどっちか逝きてぇってか? そうやって無理する奴がバンバン死んでくのがこん世界の現実なんだし。まあ俺だったら一人ぼっちでも余裕で鎧壁竜ぐれぇちょちょいとやっちまっけどなあ」

 テンブラーはズボンのポケットに両手を突っ込みながらフローリックへと接近し、ハンターがどのようなタイミングで命を落としてしまうのかを説明し始める。

 スーツ姿が今の姿でも、テンブラーは立派なハンターである。鎧壁竜を単独で討伐出来るのは大きなほまれであるか、それともごく普通の事なのか、その基準は人それぞれかもしれないが、そのテンブラーの台詞を聞く限りではどちらかと言うと後者の意味で捉える事が出来るだろう。



「お前が出来んならオレが出来ねぇ訳ねえだろ。自慢すんのは構わねえが、お前だけ最強だとか思うんじゃねえよ。世ん中ザコばっか集まってるとか思ってんじゃねえぞ」

 フローリックは一度ベッドの前、即ちメンバー達の中から一度抜け出し、そして後ろを振り返ってテンブラーと目を合わせながら自分が貧弱な男では無い事を告げた。

 良い意味で捉えればテンブラーにも負けない屈強さを持ち合わせていると言えるが、悪い意味で捉えればテンブラーがフローリックより劣っているものと言えてしまう。しかし、覚悟を決めて戦場へ赴くならば、時にはこのように他者を下の存在と置いて、自分を強く見せてみると言う根性も必要になるのかもしれない。

「うっわぁすっげぇ自信だなおい。じゃあお前一人で行くのなんて構わねえけど、途中で泣いて帰って来たって俺ら助けてやんねえかんなあ? いいのかぁ?」

 ふざけ半分でありながらも、テンブラーはフローリックを怖がるかのようにわざと驚いたように声を引き伸ばし、そして、後から助けを呼んだとしても全て無視してやると脅しの一つをプレゼントしてやった。



「だから言ってんだろ、オレだけで充分だって。それに鎧壁竜ぐれぇもう感覚掴んでっし。あいつなら分かるはずなんだよ……マジで……」

 いくら言われても、決して態度や心構えを変えようとしないフローリックはゆっくりと出入り口へと向かっていく。一度荷物の詰まれた軍用トラックへと寄る必要があるだろう。



(すいません……フローリックさん……。わたしの仲間がまた妙な事件引き起こしてしまって……)

 気付かない人間も多かったが、ネーデルはゆっくりと窓の奥の夕焼けを悲しそうに眺めながら、心で呟いた。

 青く、そして背中まで伸びた髪が照らされて青とはまた別の色をうっすらと見せ付けている。



「おいネーデル。お前さっきから浮かねぇ顔してっみてぇだが、お前は別に自分責めねぇでいんだかんな? どうせお前あれだろ? 自分の元仲間が何かやったとか考え込んでっからオレになんか言われるとか思ってそうやって俯いてたんだろ? 心配しねぇでいいぞ。お前はもうあの連中と何の関係もねんだからよ」

 意外にもフローリックは全員の様子ぐらいは把握していたらしく、ドアノブに手を伸ばすと同時に窓を眺めていたネーデルに確認させる。ネーデルの考えていた事を悟ったのか、責めるつもりは一切無いと忠告しておく。

 これから妙な事態が発生する度にネーデルにそのような態度を取られていては何かと気まずいだろう。

「あ……、はい……」

 ネーデルはゆっくりと振り向きながら、元々がらの悪い色を含んでいるフローリックの顔を視界へと入れた。



「それとフローリック、おれはお前を追い詰めたり責めたりするつもりは無いが、失敗は認められないものだと思ってくれ。あの鎧壁竜、今の状況考えたらお前との友情関係以前にこのまま放置したらきっと町にまで攻めてきてこの町の機能が失われる。もし誰とも行かないって言うならそこの所の覚悟もしてくれないか? 町一つの運命賭けてるようなものだから」

 シヴァは出入り口へと向かっていくフローリックの背中を見るなり、一つ大切な話を思い出す。

 今回の件は単純に鎧壁竜が正気を失い、凶暴化した事だけが問題になっているのでは無く、その鎧壁竜の近くに住んでいる人々も重大な問題を抱えているのだ。

 ここでフローリックが帰らぬ者となってしまえば、放置された鎧壁竜はますます悪化するに違いない。

「分かってるって。必ず生きて帰って来てやっから、そんな過保護んなんじゃねえよ」

 自分と、ヴォルテール、この一人と一体だけの問題では無い事は理解していたらしく、まるで言い捨てるように後ろに向かって親指を立てた。

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