―υυ― フローリックの精神に映るもの……そして聞こえるものは…… ―ζζ―
お前何あったってんだよ……
ガキん頃なんか随分大人しかったってんのによぉ……
何人間なんか襲ってんだお前……
昔皆で遊んだりしたじゃねえかよ……
お前、マジ最低なアホだな……
■■■ 決して鮮明とは言えないが、記憶が蘇る…… □□□
【ダイヤモンド砂漠/Diamond Sands】
≪真っ先に背景として現れたのは、黄色い砂に覆われた砂漠だった。
ちらほらと木々も映り、緑も少ないと言う訳では無いようだ……。
熱帯地域と言う肩書きは免れないだろうが、きっと周辺にオアシスでもあるのだろうか。
人間が住むにしても特に問題は無さそうな、そんな土地である。≫
「あれ? お兄ちゃん! あそこになんかいるよ!」
きっと年齢は一桁で、尚且つ四捨五入してやっと10に達するかどうかも分からないような、薄い金髪の少女が二人の少年に向かって大声を張り飛ばしながら木々の奥を指差した。
砂漠のような熱帯気候に適したかのような桃色のワンピースが可愛らしい。
「っておい待てよ! あれ? あれって岩の塊か?」
今にも走り去ろうとしている少女を追いかけるのは、少女よりは濃い金色をした髪の少年だった。しかし、子供と言う属性から離れられない年齢だからか、声も男性特有の低さは無く、まだまだ高かった。
赤い半袖シャツを着たその兄らしき少年は、視界の奥に映った岩のような物体に、率直な意見を出した。
――少年の隣にもう一人、現れ……――
「クルーガー違うよ。あれ岩壁竜の更にちっちゃいやつだよ」
同じ金髪ではあるが、どちらかと言うと緑色も混じったような色をした髪を持っている。クルーガーと呼ばれた少年と歳は近いが、髪は意外と長く、後ろで一つに縛っている。
どうやらその岩壁竜らしき生物が木々の奥にいたらしい。
*** ***
「はぁ……やっと抜けたよ……。なんでこんなとこに岩壁竜がいるんだよ……」
近くには一つの窪みがあり、どうやらそこに岩壁竜の子供が脚を嵌めてしまっていたようだ。
きっと三人が力いっぱい注いで抜いてあげたのだろうが、緑の混じった金髪の少年は肩で大きく息をしながら、本来火山地帯にいるはずの岩壁竜がどうしてここにいるのかを考えた。
紫の瞳もその疲れによって細くなっている。
「確か……火山の場所にいるはずだよな?」
クルーガーも、橙色の可愛げの無い目を細めて大きく息を吸い込みながら、本来の居場所を言った。
「ねえねえ! 折角アタシ達で見つけたんだからさあ、名前つけようよ! なんて名前にする?」
長い金髪の愛らしい少女は自分と同じくらいの丈を誇る岩壁竜の子供の背中に両手を乗っけて飛び跳ねながら、この岩壁竜を自分達のものにしてしまおうと考え始める。
因みにその岩壁竜、よくよく見ると……
――右眼の上に深い傷跡が残っていた……――
「ルージュ待てよ。ひょっとしてこれ誰かのもんかもしんないだろ? 勝手に名前とかつけんのやめとけよ」
このルージュと呼ばれた少女はきっとクルーガーの妹なのだろう。
『兄ちゃん』と呼んでいた時は必ずクルーガーを見ていたのだから、きっと間違いは無いだろう。
「まあこの際どうでもいいだろ? 飛竜の赤ちゃんなんて滅多に見れるもんじゃないし、記念につけようよ!」
緑の混じった金髪の少年も疲れを吹き飛ばし、折角出会えた幼体の岩壁竜に名前をつける事に賛成する。青い半袖ジャケットが涼しげな彼は静かに
「ユミル……お前まで何気合入れてんだよ……。じゃあ名前なんてつける?」
クルーガーはそのユミルと言う金髪に緑を含んだ長髪の少年の意気込みに観念したかのように溜息を
「そうだな……いきなり付けようとしても……そう簡単に付けれるもんでも無いようなぁ……」
流石にこの子供達に
太陽の眩しさに、橙色の目が細められる。
「じゃあこんなのどう!? グールシャイン!」
ルージュは堂々と岩壁竜の岩に塗れた背中に寄りかかりながら、そして岩壁竜の無機質な仮面を思わせる灰色の顔面をばしばしと右手で叩きながら誇らしげに考えた名前をあげた。
「駄目だよ、って言うかどこからそんな名前思いついたんだよ!? じゃあ僕はミケランジェロだ!」
とても小さな子供の考えたものとは思えない名前であったが、幼い少女の出した名前が納得出来なかったのか、ユミルは別の名前を持ち出した。
「あぁ! お前らだけ……! じゃあ、オレはヴォルテールだ!」
やはり名前を決めるとなれば、自分だって考えてみないと不味いと思い、クルーガーも咄嗟に岩壁竜に相応しい名前をあげた。自分のものが認められる事が最も気持ちが良いに決まっている。
「三つ名前あったって駄目だよ! 一つに絞んないとね!」
ユミルはまるでライバル意識でも持つかのように、その三つの中からたった一つだけを選ばなければいけないと、その紫に染まったやや凛々しい瞳を強くした。
「だったら簡単な方法あるよ! ジャンケンしよ!」
不公正の無い選択方法を出したのはルージュであり、細く、そして短く小さい右手を勢い良く天に向かって伸ばした。
*** ***
「たまにはこう言うの食わせてみても面白いかもしんないぜ。ヴォルテール喜ぶだろうなぁ」
きっと何日か経過した後の話だろう、クルーガーは何か丸い物が大量に入れられたような皮の袋を右手だけで持ちながら、砂漠の上を歩き続けている。ちらほらと映る木々が、まるで
「あんまりやるなよ? 僕らのオヤツなんだから。全部取られでもしたら今日は気分乗らなくなるぞ?」
クルーガーの妹であるルージュを挟んで歩いているユミルは、自分達のデザートとして貰ったであろうその袋の中の物を持っていると言う責任をクルーガーに確認させる。
しかし、自分の名前が採用されなかった事に関する悔しさは見当たらない。数日前に認めてあげたのだろう。
「もし取られたら兄ちゃんの事蹴っ飛ばしちゃおうよ!」
ルージュは兄のクルーガーを信用しているのか、それともその逆なのか、幼い少女にしては随分と物騒な事を言っている。そして、地味に慢心の笑みを浮かべている。
「お前らあいつの事信用してねぇのか!? 意地悪になるように願ってあの名前付けたんじゃねえぞ!」
クルーガーは勝手に自分達のオヤツを奪い取るのがヴォルテールであると決め付けている二人に怒鳴りつける。些細な事で向きになるのがとても子供らしい。
「あ、いたいた、ほらぁヴォルテール!
いつもの木々の茂った地帯にいた小さな岩壁竜に近づき、クルーガーは袋から
そして、岩壁竜の口元に手をゆっくりと近づけた。
――すると一瞬身を屈め……――
「ガァアア!!」
岩壁竜は飛竜独特の野太く、そして重たい鳴き声を放ちながらクルーガーの持つ右手の林檎、では無く左手に持ち変えていた袋の方にと飛び掛った。
「あぁ!」
いくら幼体の岩壁竜とは言え、人間の子供と比べればその体格差は結構大きいものである。大きな岩の塊でもある岩壁竜に驚き、クルーガーは袋を手放しながら素早く後ろへと逃げるように
「うわぁ全部食べるなよ! 早く拾わないと……」
「もう駄目だよ……。これじゃあ食べられない……」
噛み付かれた袋は無残にも引き千切られ、中に入れていた数個の林檎が草の地面に散らばった。そしてヴォルテールはその散らばった林檎達を喰らい始める。
ユミルは散らばってしまった
「お前何やってんだよこのバカ!! やっぱお前なんかミケランジェロでいいんだよ!! この
クルーガーは抑制も制御も考えずに怒鳴り立て、そしてヴォルテールの岩に覆われた背中を前へ押し出すように蹴り続けるが、その重量は子供の力を遥かに凌ぐらしく、まるでびくともしなかった。
事実、ヴォルテールはまるでクルーガーの蹴りに気付いていないかのように、未だに散らばった林檎、そしてその欠片を地面の土ごと掬い上げるように食べ続けている。
「ちょっと待てよ! 僕の名前で悪口言うなよ! 元々お前の名前で世話するって言ってただろ! 責任取れよ!」
ユミルは自分が命名しようとしていた名前でヴォルテールに悪口を言われた事に腹を立て、ヴォルテールの背中を蹴り続けているクルーガーを引っ張り寄せた。
「ユミル! お前がオレに袋持てって言ったらこうなったんだろ!」
流石にクルーガーはユミルを蹴り飛ばそうとは思わなかったらしいが、逆に右腕をピンと伸ばしてまるで突き刺すように人差し指を突きつけた。
「持つんだったら管理するぐらいの責任持てよな!」
確かに命令をしたのはユミルだったのかもしれないが、所持するくらいならそれ相応の覚悟が出来ないでどうすると、クルーガーに抗論をする。
「いやぁああ!!」
ルージュの悲鳴があがり、同時に羽根の音も聞こえていた。目を離している間に何かに狙われたのだ。
「ル、ルージュ!!」
クルーガーは自分の妹の甲高い悲鳴を聞き、ユミルなんかそのまま無視するかのように即座にその場所へと振り向いた。
そこに映ったものは、黄色く細い胴体に透明な
「うわぁあれ黄甲蜂だぞ!」
ユミルもクルーガーとほぼ同じタイミングで振り向いていたが、その蟲の正体を出したのは彼が先だった。蜂を大きくしたような胴体、そして胴体の先端下部から突き出た針は麻痺毒を送り届けると同時に対象に重大な外傷を負わせるのだ。
「い……今助けに――」
「グオォオオ!!」
クルーガーは自分には武器も力も無い事を知りながらも、妹を助ける為に走り出す。
しかし、すぐ後ろでヴォルテールの野太い鳴き声があがると同時に、走り出したクルーガーを軽々と超える速度でヴォルテールはルージュの元を目掛けて走り出したのだ。
その岩だらけの鈍重な外見からは想像も出来ない速度だった。
「グオォオオオ!!」
それは圧倒の一言だった。
ルージュを刺そうと高度を降ろしたその準備が
岩に近いその口の端から黄甲蜂の緑色に染まった血液を流しながらも、徐々に動きを鈍らせていく黄甲蜂を離そうとはしない。
身体を潰され、ようやく生命活動を停止させた黄甲蜂を確認したヴォルテールは、ゆっくりとその死骸を放り投げた。
「ヴォルテール……。お前ルージュん事護ってくれたのか?」
クルーガーはまるでヴォルテールに愛されているかのような錯覚に襲われ、その証拠としてルージュを救ったその現実に心を奪われた。
ヴォルテールは先程の黄甲蜂の緑色の血で多少汚れたその顔でクルーガーを見詰めている。喉なんかを鳴らしているが、それが何故か、クルーガーの名前を呼んでいるように聞こえるのが不思議だった。
「おいクルーガー、さっきお前ミケランジェロでいいって言ってただろ? なんでそう言う展開になるんだよ!?」
やはりユミルも自分の命名した名前の方が良かったのか、悔しさもここでぶつけるかのようにクルーガーへと罵声をぶつけた。
「うるせぇ!!」
クルーガーも子供らしく、その声の音量だけで勝負しようと、微妙に笑顔なんか浮かべながら対抗した。
■■■ 再び現実世界へと戻される…… □□□
「ふっ……。あん時ゃあ懐かしかったなぁ……。皆でバカ騒ぎもしてたしなぁ……」
いつの間にかフローリックは既に火山の近くにまで歩いてきていた。今まで彼は昔を思い出しながら、その足を動かしていたのだ。
今彼は双角竜の武具を纏っており、背中には雷の力を帯びた≪鬼神斬破刀≫を背負っている。装備自体、両肩から
既に火山地帯では必須とされる、体温を低く調整してくれる≪クーラードリンク≫は既に摂取しているのか、赤く光る岩肌に囲まれた地を歩きながらも、そのヘルムの下では熱がった様子を見せていない。
元々砂漠出身であるから、熱さ――暑さとも言うかもしれないが――に対して相当な耐性を手に入れてしまっているのかもしれない。
――何やら奥の溶岩地帯から人間達の声が響いている……――
「?」
一体何があったのか。フローリックはもうじき到達するであろう、最も広く、そして最も高熱なその洞窟内部へと続く入り口に神経を集中させる。その聞こえる声は決して優勢を意味するものでは無く、脅えたものも確実に混じっていた。
「無理だ! あんな奴に勝てるはず無いだろ!」
「逃げた方がいい!」
「おい! そこのあんた! 何やってんだよ!? ここは危険だぞ!」
仲間同士で声を掛け合いながら逃げているハンター達の姿であったが、その内の一人がフローリックに喋りかけてくる。
「あそこに鎧壁竜ん奴がいんだな?」
逃げるように言ってくる鉱石で作られた装備のハンターの話には特に興味を示さず、フローリックは洞窟の内部を確認した証人の一人として、そのハンターを見ていたようだ。
「あぁ? おい何考えてんだよ? 自殺行為と変わんないぞ!?」
きっとその言い方だと、確かに存在するのだろう。しかし、よほど恐ろしかったに違いない。
「いいぜ? オレはなあ、あいつとはずっと会いてぇって思ってたんだよ。逆にゾクゾクすんぜ」
その脚を止める事無く、フローリックは双角竜のヘルムの裏で妙に笑いながら、灼熱の地をどんどん進んでいく。
―ゴゴゴゴ……
――その鳴り響く地響きは、まるでこれからの余興を見守る観客のように……――
(お前ん事まともに相手してやれんのってぜってぇオレしかいねぇんだしよ……)
今改めて確認すれば、周囲にはその他の負傷したハンターの姿も見えていた。やはりここにも勇敢な女性もいたようであるが、男性のハンターも含め、脚を引き摺りながら退いていたり、身体の一部分を強く押さえながら歩いている者も多かった。
だが、もうフローリックにとって、周囲の人間はどうでも良かった。ただ、あの
ψψ 蘇る記憶達/AFFECTION MEMORIES θθ
First View
後ろではルージュが置いて行かれて、ユミルが必死で手を引っ張って……
Second View
まだまだ歳の幼いクルーガーは小さな
一人だけ乗せてもらえないユミルの悲しそうな表情が必見だ……
Third View
三人は瞬く間に燃え上がる炎を囲いながら表情を明るくさせている……
Fourth View
ギルドナイトらしき格好をした男達が、
泣いているルージュを
――■◆ ◆ ◆ これらの記憶が、まるで一枚の絵画のように鮮明に表示される……
――□◇ ◇ ◇ まさに絵画そのものであるのだから、動いて表示される事は無い……
とうとうフローリックは到達してしまったのだ。
その口を開いた洞窟内部に足を踏み込めば、真っ赤に煮え
触れれば確実にその部分は溶けて消滅する。武具を纏っていようが、きっとそこに例外は存在しないだろう。確実に武具ですら喰らい尽くす、そんな自然界の暴食家なのだ。
(ヴォルテール……さっさと出て来いよ……。お前ん事目覚めさせてやっからよぉ……)
フローリックはどこにも見当たらないヴォルテールに備える為に、背中の鬼神斬破刀を持ち、本当の意味で覚悟を決める。
周辺には巨大な岩や、その岩がいくつも積み重なって完成されたような山も多いのだから、その影に隠れているとも言えなくも無い。
そして、ここで一つの疑問点が浮かび上がるが……
―ゴォオオオオオオオ……
溶岩に囲まれた岩の地面が物々しい音を立てながら激しく揺れる。
今度こそ、目的の相手が出てくるのかと期待を覚えながら、フローリックは足を広げてバランスを保ち、周囲を見渡した。
そこに彼の声が出てくる事は無い。無言で揺れを全身で感じ取りながら、溶岩から立ち上がる熱気をも身体で受け止める。
時は迫っている。いや、迫っているのでは無い。もう既に、
―グォオオオォオン!!!
―ガラガラ……
規模の小さめな、それでも人間と比べると相当なサイズの岩の山を崩し、その旧友は現れる。
身体に纏わり付いた岩の欠片も、その旧友の動きによって放たれる振動によって悉く振り落とされる。
「待ってたぜヴォルテール!」
まだ身体の側面しか見せておらず、直接顔を向かい合わせていないその
【飛竜・解体信書/Face up to menace】
正式名称/Practical name : 鎧壁竜
構成群/Bone type : 竜盤目
分類/Standing style : 獣脚亜目
属性/Life quality : 重殻竜下目
生物分類/Organization graduation : 鎧壁竜上科・鎧壁竜科
全長/Span of body : 2099.9cm(about)
全高/Height of appearance : 875cm(about)
脚部の寸法/legs size : 167cm(about)
【飛竜・脅威呼ぶ威容/Fighting dignity】
Care pointT 何がこの飛竜を蝕もうと企んでいたのだろうか? 全身に装着されたまさに岩そのものと言っても過言では無い、
白の中に僅かに黒を混ぜ合わせたような甲殻は、盤石な城壁と超重力を保証している事だろう。
そして、溶岩の熱にも耐える事が出来るのかもしれない。まるで、溶岩を配下に加えているかのように……
Care pointU 幼き時代、岩竜の時から殆ど変わっていないであろうその岩そのものである、頭部。
人間のように柔軟な皮膚や筋肉で構成されていないのだから、表情が変わる事はまるで無い。
しかし、幼き時代と比べると周囲の一部が尖り、灰色の仮面を連想させてくれる。
Care pointV 果たして、それは存在してこの身体にとって本当に貢献出来る存在となるのだろうか?
前足も岩の如く、非常に強靭な姿を見せているものの、その翼膜程度で飛行なんか出来るのか?
しかし、広げた時のサイズは他を圧倒するのはきっと嘘では無いはずだ。
Postscript / 右眼にはあの深い傷跡が彫られており、そして甲殻も確かに黒ずんでいた……
【INFORMATION-END】
「グオオォオ……」
鎧壁竜であり、そして名前を持つこのヴォルテールは、男の声の場所へ、その太く、多少眺めな首をゆっくりと向ける。
その黄色い眼がまるで敵対者を見つけたかのように細くなった。
――ニンゲンガヒトリ……――
――ダレダアイツ? マタメンドウゴトヲフヤスカ……――
と言うように考えているのかもしれない。
果たして、ヴォルテールは最愛の相手を見る事が出来ているのか。
αα 歩き出す……
ββ 進み出す……
γγ 近づく為に……
δδ 確認の為に……
――そして、フローリックも……――
「お前に何あったかなんか知らねぇけどなあ、オレが見てねぇとこで暴れるなんてお前随分偉そうになったんじゃねぇかぁ、あぁ!?」
フローリックは相手が鎧壁竜へと成長した所で、上下関係を譲る気はまるで無かった。
事情を深く追求する前に、まずはこの火山で死傷者を出した事に対して叱責を浴びせつける。
人間の言葉をこの飛竜が認識しているかどうか、それについてはどうでも良かった。
「グオォ……」
そのヴォルテールの鳴き声にどんな意味があるか、きっと分からないだろう。
それでもヴォルテールは足の動きを決して止めはしない。
だが、走り出す様子も無い。
「折角会えたってのにこんな形で会ってもちっとも嬉しくねんだよオレは」
一瞬フローリックのその低い声色に、悲しい感情が混じったようにも聞こえたが、元々の威厳な性格は失われていない。
「グォオオ……」
ヴォルテールも、きっと言葉そのものは受け止めていながらも、そのゆっくりと動く足をまだ止める事はしない。
「お前オレん話聞いてんのか!? さっきから気持ちも何も伝わって来ねぇような顔しやがってぇ! それしか言えねってかぁ!?」
飛竜が人間のように豊かな感情表現をするのは非常に酷な話なのかもしれない。
しかし、フローリックがここまで少々乱暴ながらも説得をしていると言うのに、それに見合った反応をしてこないヴォルテールに
怒りを覚えずにはいられなかった。
「グォッ」
この時、ヴォルテールの鳴き声の調子が変わった。
≪オレガノ≫にやられて理性を失ってしまったとは言え、脳のどこかでかつての旧友を思い出したのかもしれない。
しかし、やはり足は止まらない。
「まだ分かってねぇみてぇじゃねえか。これで分かんだろ!? オレだ! クルーガーだ!」
歩行を止めないヴォルテールのその行為が、自分を理解してくれていないと決め付けたフローリックは、
自分の顔がはっきりと相手に見えるよう、左手でヘルムの角の部分を乱暴に掴み、そして力任せに取り外す。
そして
装飾品は兎も角、顔と髪さえ見れば、きっと昔の彼を連想する事が出来たはずだ。
しかし、クルーガーとは?
「グオオォ」
ようやく鮮明に顔を確認する事が出来たヴォルテールであるが、逆に足の速度を速め、
更には眼付きまでもが変わり始めてしまう。
「あん時とちっとも顔変わってねぇだろ!? お前なら分かんだろ!?」
左手には双角竜ヘルムを持ったまま、フローリックはその怒りとも言える表情の裏に
愁傷の色も混ぜた感情を含めながらヴォルテールに呼びかけ続ける。
「グオオォオオ!」
やはり嘗ての旧友も、今となっては排除すべき対称にしか見えないのだろうか。
ヴォルテールと、旧友の距離はどんどん縮まっていく。
「ちゃんと見ろよ!! 理性無くなったったってオレん事ぐれぇ覚えてんだろ!?」
もうここまで来れば、この巨大な鎧壁竜が≪オレガノ≫と呼ばれる衛生害虫にやられたとか、もうどうでも良くなってきた。
フローリックは時間の許す限り、必死でヴォルテールへ呼びかけている。
周囲の溶岩から立ち上がる熱気、そして煙までもが男の眼中に入っていないかのようだ。
「グァアオォオオ!!」
しかし、ヴォルテールは分かってくれない。その≪オレガノ≫の影響で黒ずんだ甲殻を持った身体を歩かせながら、
口からうっすらと煙を放出させ始める。
「思い出せよデカブツが……」
突然彼は声の音量を落としてしまうが、きっと諦めた訳では無い。
だが、どうして旧友の姿を思い出してくれないのだろうか……。
「グオォオアオオォオ!」
ヴォルテールの表情も無機質ながらもそのオーラを変貌させ、
まるで生意気な小者を捻り潰すかのように、凶悪且つ
――飛竜は、きっと相手を潰す事しか考えていない……
――もう、男もこれが最後のメッセージになると予測しているだろう……
――表情が厳つく、恐ろしく、真剣なものへとなり、最後の呼びかけを男は放つ……
――届いて欲しい。いや、届かなければいけないのだ……
――オレの旧友……。友達……。仲間……。
――旧友……、キュウユウ……、きゅうゆう……、MY FRIEND……、マイフレンド……
「思い出せぇ!!!!」