「でも大丈夫よ? あんたの事殺すつもりは無いって仰ってたから、安心して」

 先程の地面を滑る能力や指先に炎を立ち上がらせる不思議な力を無視すれば、その黄緑のポニーテールやその少女らしく色白な肌が愛嬌を覚えさせてくれる。

 楽しそうにネーデルへと近寄り、やがてはネーデルの右側を通り過ぎる形となり、それでもしばらくは歩き回っていた。

「それって……わたしが抵抗しなかったら、の話でしょ?」

 ゼーランディアの強襲を想像すると、やはりここは大人しく従った方が良いのだろうかと、ネーデルはその場から一歩も動かずに、代弁者としてメイファにそんな質問を投げ渡した。

 自分の周りを歩き続けているメイファは、まるでネーデルの身体の隅々でも見渡してるかのように、その水色の瞳を上下に動かし続けている。ただ、ネーデルは現在、汗で少しだけ身体が濡れているから、何か別の感情を抱かれていないか多少心配しているかもしれない。



「大丈夫大丈夫! したとしても、ゼーランディア様にとってあんたの攻撃なんて痛くも痒くも無いから。それに、痛み自体感じないだろうし」

 メイファは怖がっているネーデルの直接晒されている左肩を一度右手で叩きながら、無駄に明るい表情を浮かべながらネーデルの目の前へと移動する。真正面に進んだ反動によって、ポニーテールが大きく揺らされる。

 だが、ここで問題にしているのはゼーランディアの耐久力では無く、ネーデルの方だろう。

「随分都合のいい身体してるのね……。苦しみすら感じないで戦える身体が羨ましいわ」

 それでもネーデルは目の前で楽しそうに歩き回っている少女の前では弱い所を見せないようにと、常人、更に言えば生物の生態としてあり得ないようなその神経的な部分に多少悔しそうにわざとらしく笑みを見せつけた。



「嫉妬でもしてる〜? でも痛覚が無いと人間は知らない間にそのまま死んだりするって話じゃなかったっけ〜? 自分の身体は自分の身体でちゃんと自信持った方がいいよ〜?」

 メイファはネーデルの隠している感情でも感じ取ったのか、適当に近くにあった大木に背中を預けるなり、すぐ頭の上から伸びていた枝にぶら下がっていた1枚の葉を右手でもぎ取り、それを顔の前へと持っていく。

「今のはジョークよ。所で、もしわたしが抵抗するって言ったら、どうするって言ってたのよ……?」

 森の葉なんかに興味を持ち出したメイファの趣味には目も向けず、人間の身体の仕組みをいくらか分かっていたメイファを褒めてすぐに、ネーデルは顔にかかってくる風に多少寒気を覚えながら、1つ恐ろしい事を訊ねる。相手を考えると、やはりネーデルの対応次第では軽々と未来が変わってしまうのかもしれない。



「そりゃあ勿論……」

 メイファは一度ネーデルからいくらか距離を取っていたその場所に立ち止まり、持っていた1枚の葉を宙へ放り投げる。

 ただ、葉は薄さがある為、放り投げたというよりは、前触れも無しに吹いてくる風の動きに任せているといった感じである。だが、その緑色を帯びた葉はまるでメイファに操られるかのように、上手い具合に空へと舞い上がっていく。

「勿論、何よ……?」

 当然のように葉には目もくれず、ネーデルはその先にある何かを聞き出そうと、ゆっくりと両手を強く握り始める。まるで汗そのものを物理的に握るかのように。



―― 一瞬だけ、風が強くなり……――



「あんたの事白骨死体の標本にするってさ〜!」

 メイファは自分の背中まで長く伸びたポニーテールを風で舞い上げながら、まさに他人事ひとごとのようにネーデルへと言い飛ばした。腰に当てられた両手が妙に誇らしげではあるが、宙を華麗に舞っていたあの葉にも異変が発生した。



スッ……



 恐らくは直視していなければ音にすら気付かないかもしれない。しかし、その葉はまるで刃物でも通されたかのように、綺麗に2つに分かれ、そして……



ボォゥウ!!



 2つに分かれた葉が突然青く炎上し、そのまま空間に消え去った。きっとメイファの力なのだろうが、ここで詳しく解明しようとは、少なくともネーデルは考えないはずだ。何故なら、メイファから話された内容が、あまりにも生命の概念に強く突き刺さるものだったからだ。



「……え……? 嘘ぅっ……!!」

 視界の上部ギリギリで葉が燃え尽きる様子をさり気無く見ていたネーデルであるが、時間も与えられずに殺されてしまうのかと怯え始めると同時に一歩だけ、非常にゆっくりと後退した。全身から血の気が引くと同時に、身体中に纏わり付いていた汗も消え失せたような気を覚える。

「いやいや嘘よ嘘! さっき言ったでしょ? 殺さないって。痛い目に会いたくなかったら、大人しく帰るのが身の為よ? またあの蜥蜴トカゲどもけしかけてやるわよ。いいの?」

 怖がるネーデルを見ながら、メイファは女の子の雰囲気に似合った笑顔を浮かべ、同時に口からも笑いを零しながら、その表情と態度とは対照的に、右手を軽く持ち上げ、その上に炎の塊を作りだす。

 昨日送り出したあの大量の青鳥竜せいちょうりゅうをその炎で表現しているのだろうか。



「……ふん、まさかそれでわたしの事脅してるつもり? あんな青鳥竜せいちょうりゅうの大群ぐらいじゃあわたしひざまずいたりしないからね。もっと強い刺客送れなかったの?」

 メイファの手元で燃え上がる炎を視界に入れながら、ネーデルは身体の奥から込み上げてくる眠気を何とか押しとどめ、メイファの一種の脅迫行為に引き下がらないという態度を見せ付ける。

 出来れば、更に力を持つモンスターを送られて欲しかったようだ。

「へぇ、今も随分眠たそうな顔してるくせに、もっと面倒事増やして欲しかったんだぁ? 折角ワタシがあんたに少しでも余裕持たせてあげようと思って敢えて一番弱いの送ってあげたってのに、人の気持ちすぐ踏みにじるんだぁ」

 事実上、一睡もしていないネーデルの健康状態を見取り、メイファはさっきまで灯らせていた右手の上の炎の塊を握ると同時に消滅させた。

 恐らくはこの夜中の時間帯に単独でここまでネーデルが逃げてくるのを予測していたのかもしれないが、それは配慮のある行為とはあまり信じたくは無いかもしれない。



「そうだったんだぁ……、だったら、とりあえずありがとう。所で、いちいちあんな青鳥竜せいちょうりゅう送る意味なんてあったの? あんな地味な予告でわたし達が受け入れるとでも思ったの?」

 ネーデルは知らなかったのだろう。だから、相手が嫌な存在あっても、自分の感情を押し殺しながら素直に礼を渡す。

 しかし、それでもあの肉食のモンスターである青鳥竜せいちょうりゅうをわざわざ大群で送りつけるその必要性があったのかと、そして、そこにどのような意味を持っていたのかと、スイシーダタウンの方へ一度視線を向けた後、すぐにメイファへと向き直る。

「力を見たかっただけよ〜? 最近色々と戦い繰り広げてるみたいだから、どれだけの戦闘能力持ってるか、試させてもらったのよ。大体予測はしてたけど、随分強いチームなんじゃないの〜。あんた良かったねえそんな力自慢のチームに入れてもらえて。まあ今日でそれも終わりだけどね」

 メイファは、今度は両手を腰の後ろに回し、再びネーデルの周囲を歩きながら周り始める。その様子はネーデルを四方八方から細見をしているものであり、ネーデル自身の強さもそうやって確かめているのだろう。

 ネーデルの周りにいる仲間達の話題も少しだけし始めるが、明るいものは感じられなかった。



「あのかた達の事悪く言うのやめてくれる!? あんた達と比べたら何が正しくて何が間違ってるかしっかり把握してるかたが揃ってるからね! メイファだって元々は――」
「あぁ??」



――突然、メイファの目付きが慄然を伝えるものに変わる……――



 さっきまでは笑顔、と言うよりはにやにやした表情を浮かべていたと言うのに、メイファは細く整った眉に皺を寄せながら、その水色の瞳でネーデルをあまりにも鋭く、そして恐ろしく睨みつけたのだ。

 しかも、その時はほぼネーデルの真正面、そして近距離であったから、その把握出来る力強さも並大抵の数値では無い。

 ネーデルの一時的とは言え、自分を受け入れてくれたあの仲間達を想う気持ちなんかには反応せず、メイファは右人差し指を夜空に向かって腕ごとピンと伸ばして立てるなり、その指先に電気が弾けているようなエネルギーを溜め込んだ。



「……悪かったわよ……。それ以上は……言わないわよ……」

 ネーデルはメイファにとって気に障る事に触れてしまったと、気を落とすかのように俯き、そして嫌々ながらも謝った。しかし、その後に続く言葉が本当に口から放たれていたら、ネーデルの身に何が起きていたのだろうか。

「当たり前よ! もし続けてたら、多分あんたの事殺してたかもしれないわね。命が惜しかったら、その口慎みな!」

 メイファの空に向かって伸ばされていた右腕は怒りで震えている。ネーデルの行為による結末を説明しながら、ゆっくりとその右手を下ろしていった。

 二の腕の中間部分までの短い袖であったから、腕そのものの様子も映されていたが、少しだけ血管が浮き出ていた。色白な腕とは対照的に、その様子はある種の力強さを見せ付けていた。そして、その不思議なエネルギーもピタリと止まった。



「所で……この機会だから聞きたいんだけど、あんな広い宇宙で泳いでるあんた達のメンバーがどうしてこんな1つの惑星に限定した蠢動しゅんどうなんてするのよ? 宇宙旅行にしては随分物騒なんじゃない?」

 攻撃態勢を解除したメイファに安心したネーデルは、そんな非常に高い戦闘能力を所持しているであろうそのメイファに対し、その宇宙で普段は暗躍しているであろうメンバー達がどうしてこの惑星に降り立ったのかを訊ねる。

 メイファのその不思議な力があれば、ネーデル程度の少女は軽々と葬り去る事が出来そうであるが、それでもネーデルからは同じ女の子としてまだ見てもらえているらしい。

「ワタシに聞くんだぁ? そういう話は直接ゼーランディア様に聞けばいいんじゃないの〜? ワタシは詳しく話は聞いてるけど、やっぱりほぼ中心になってる人に聞くのが一番分かりやすいと思うわよ。でも、ゼーランディア様はあくまでも参謀だから、やっぱり最高指揮官のアイブレム様にでも問い質してみたら?」

 ネーデルに向かって真正面を向くように身体の向きを変え、メイファはネーデルと比較すればなかなか女らしく膨らんでいる胸の前で腕を組み始める。

 どうやら、上には更に上がいるようだ。



「……悪いわね……メイファに聞くのが一番安心するから、だから教えてよ……」

 まるで頼る相手がメイファただ1人であるかのように、弱々しくネーデルは懇願する。

 一体メイファ以外の者がどれだけ恐ろしいのだろうか。気になる話だ。

「へぇ、やっぱりアイブレム様もゼーランディア様も怖いんだぁ? かぁっわいい〜! 良かったわね〜あんたにとって大っ嫌いなあんたの母さんより怖い宇宙人の中にワタシっていうあんたと同じ女の子がいてくれて」

 メイファは少しだけ顔を持ち上げ、身長自体はネーデルより僅かに大きい程度だというのに、上から見下ろすような目付きを作りながらネーデルをからかった。きっと、俯いて怖がっている姿が尚更女の子らしく感じたのだろう。青い前髪で隠れた赤い瞳がまた可愛く見えたのかもしれない。

 その宇宙組織の中に、一般的に見てこの星の人間として見てまるで間違いの無い少女が紛れ込んでいるのも疑問点ではあるが。



「わたしの事馬鹿にするのも趣味の1つだったりするのね。だけど、教えてくれるって言うなら、素直に『ありがとう』って言わせてもらうわ」

 すぐに顔を上げたネーデルは、そのメイファのふざけた態度に対して嫌気を覚えた表情を一瞬浮かべる。

 直接曝け出されている両腋の下に溜まっていた汗も徐々に減っていく感じを覚えながら、ネーデル自身もメイファより上に登ったような態度を取る。まるで、実行をしてくれるから、それに似合う挨拶を交わしてやるかのように。

「なんであんたがちょっと上目線になってんのよ〜? 教えてもらう側でしょ〜? 敬語の1つぐらい使いなよ〜? 例えば、『教えて下さい』とかね」

 教えてもらう側の人間のくせに、とでも言わんばかりにメイファは右手を持ち上げ、その上に赤い炎の塊を3つ作り、そしてそれを空中で回転させる。まるで3つの球体が中心点を定めて周っているようだ。

 その球体でまさかネーデルを攻撃しようとか企んでいるとは思えないが……



――しかし、ネーデルは少しだけだんまりとした後に……――



「……教えて……下さい……」

 何か悔しさすらも混ぜたように、淡い唇の中にある雪白の歯を噛み締めながら、再度青い前髪で赤い瞳を隠しながら、行動に移った。

 文字として書き表すにしてもあまりにも短いものではあるものの、その度に口元から覗かれる歯が状況の苦しさを的確に相手に知らしめている。

「あら、あっさり言いなりになっちゃうんだぁ? まあいいわ、教えてあげる。この星の飛竜ってさあ、意外と不思議なものが多くてね〜、この星でさえ今色々研究されてる訳じゃ〜ん? だからワタシ達だって興味持っても別にいいじゃん?」

 ひょっとするとまた何か反論でもされるのでは無いかと予想していたらしいメイファであるが、恐ろしく素直になったネーデルを見て驚いている。

 実際、ここでは日夜飛竜に関する研究が行われているものの、流石に他の惑星にまで興味を覚えさせるまでのものでは無いだろう。それでも、その他の惑星の者にとっては興味を覚えずにはいられない対象だったのは、このメイファの説明で明らかとなった。

 先程まで回転させ続けていた3つの炎の回転だけを止め、空中で停止させる。



「この星の飛竜って、他の惑星よりも関心持てるものだったの?」

 ネーデル自身も、確かに飛竜にはいくらかの関心は抱いているだろうが、他所よその星の者までが興味を示す程の価値があるものとは実感出来ないようである。

 もうネーデルは敬語という緊張から解放されたのか、身体から肩の力を抜いているのが分かる。

「そうじゃないの? だってねえ、ゼーランディア様だって自分の身体作るのにここの星の竜骨集めた訳だし、ベルナルド様はあの飛竜の体組織を使って自分の惑星で役立たせるって仰られてるし、ノトス様は昔この星に何かえんがあったって仰ってたし、エンドラル様はアイブレム様と同じで世界を再生させる為に飛竜のサンプルも適当に回収しながら過去にも飛び回ってらっしゃるからね〜」

 メイファは空中で停止させた炎の塊を真上に向かって飛ばした後、次々と自分の仲間であり、そして上司に当たる存在でもある者達の名前を次々と出し始める。

 幹部によってその目的は異なるらしいが、どちらにしてもこの星にとって都合の良いものは無いだろう。



「皆色々動機があるみたいね。いきなりそんなに言われたら頭で整理するの大変だわ。後でゆっくり整理させてもらうわ」

 さり気無く流れてきた風によってネーデルの青い髪が揺れ、それに便乗するかのようにネーデルも自分の右手で髪をなぞった。

 大雑把ではあるが、それでもある程度はメイファの仲間達が何を求めているのかを知る事が出来たからきっと満足したであろう。だが、それを知った所でネーデルに行動を求められるかとなれば、それは別の話となるだろうが。

「寝不足なのに今の話ちゃんと聞き取れてたのぉ?」

 しっかりと睡眠を取っていないネーデルが本当に今自分が言った事を把握してくれたのか心配したのだろうか、それとも純粋にからかっているのか、メイファは一歩だけ進んでネーデルへと接近する。

 ネーデルの表情を見て、そのネーデルの現時点の状態を確かめているかのように。



「馬鹿にしないでくれる? それくらい聞き取れないでどうするのよ?」

 人の話を聞き漏らす程、ネーデルの集中力は甘いものでは無いらしい。いくら眠気が身体の奥の奥でしつこく暴れているものの、夜風の涼しさやメイファとのやり取りの中で、精神状態は一応は正常なものに保たれていたらしいから、途中で聞き逃してしまうようなヘマはしないらしい。

「そうよね、仮にもあんたはナディア様の下で動いてた女の子だったからね〜。ちょっとぐらい眠気があるからって聞き漏らすなんてしないか」

 いちいち『少女』という点を強く意識させようとするメイファの考え方が少し煩く感じられたかもしれないネーデルであるが、メイファはネーデルの実力を一応は認めているかのように、足元に転がっていた小石を蹴り飛ばす。

 特に変哲も無しに木々の間へと飛ばされていく。



「だけど、なんで・・・ここの星に限定するか、ってとこまでは教えてくれないみたいね。まさかメイファもちゃんと人の話聞かない性質たち? 普通だったらそのなんで・・・って所まで説明されてるとはわたしは思うわよ」

 最も重要な部分を抜いて説明しているメイファに対して、ネーデルはその赤い瞳を軽く細めた。

 メイファのそのやや他者を見下したような話し方の裏には、だらしない性格も混じっていると考えているのだ。

「何よ? それってワタシがまるで人の話もロクに聞けない馬鹿だって言ってる訳〜? なんかムカつく」

 メイファもネーデルに対して水色の瞳を細めるが、その細める意味合いは異なっているだろう。大嫌いな相手に向けるような、鋭い目付きであり、その声色もやや低いものが加わっている。外見的な印象は、結構怖いものがある。



「そうじゃないかしら? 同じ所属だったら、ちゃんとそういう核心は説明されるはずだと思うけどね。互いに理解しあって初めて組織って動くものでしょ? 気が散漫してるわね。あんたにとっては大事な仕事なんだろうから、もうちょっと気、引き締めたら?」

 メイファは自分を批判した事に腹を立てているが、ネーデルは自信を持っているからか、下がる事はしなかった。

 所属チームでの目的すら把握していないような少女が本当にこれからの野望を達成する事が、或いはそれに携わる事が出来るのかと、メイファの愚かささえも掴み取ってしまった気がしてならなかった。

「あんたホントにムカつくわね。ホントはあの時直接言ってやろうと思ったけど……」

 ネーデルを凝視しながら、メイファは一度舌打ちを鳴らす。

 昔の話をふと思い出し、それを武器に1つネーデルに仕返しでもしてやろうかと考え始める。昔とは言うものの、どの程度過去をさかのぼるのだろうか。案外近いものがあるかもしれないが。



あの時・・・って……、いつの話よ?」

 メイファが相手であるから、重要なのかそうでは無いのかの真偽が疑われる所であるが、ここの話を聞かなければ次に進む事が無いだろうと意識し、ネーデルは非常に面倒そうにその続きを話させようとする。

「いいの? 言っても」

 ネーデルの人権でも保護するかのように、メイファはこれから話すであろうその過去についてすぐに話そうとはしなかった。寧ろ、ここで話せば何かが損害を受けるかのような雰囲気だ。



「いいわよ別に。わたしは特に失態犯した覚えも無いし」

 自分の今までの行いには自信を持っている為に、ネーデルの意志は非常に強かった。もう既に、身体から染み出していた汗は止まっていたし、ほぼ消え失せていた。

「ああそう、じゃあ言ってあげるわよ」

 まるで機会をずっと窺っていたかのように、メイファの表情が妙に明るくなる。まるで悪戯いたずらでも思いついた子供のような表情であるが、目線が下に行っているのは気のせいでは無い。

 確実にネーデルの脚、足元では無く、その色白な脚そのものを眺めている。



――その目線には確実な嫌らしさがあるものの……――



「早く言って」

 メイファの求めているものを気にする事はせず、ネーデルは嫌いな相手に向ける視線としては相応しいような目付きで、メイファを見続ける。ネーデルはメイファと目を合わせているが、メイファはネーデルとは目を合わせていなかった。

「さっきワタシに思いっきり蹴り仕掛けてこようとした時の、なんだけど、パンツ見えてたわよ? 女の子があんなに脚持ち上げたら駄目なんじゃないの〜?」

 目線を持ち上げたメイファは、指でネーデルの青いスカートをつつき回すように何度も差しながら、自分が顔を蹴り飛ばされる寸前で脚を止めてもらった時の事を話し出す。

 あの場面では確実に恐怖を覚えていたはずなのに、持ち上げられていた右脚の奥にあり、尚且つスカートの中に隠れていた部分を確認していたらしい。ネーデルとは同性であるとは言え、どこに目を向けているのだろうかと言いたくなるだろう。



「なっ……、べ、別にいいじゃない、女同士なんだから。それならあんただって右のそでよだれの跡残ってたわよ?」

 手遅れでありながらも、ネーデルは右手でスカートの最下部を強く握りながら押さえる。

 自分のうっかり犯してしまった失態に僅かながら羞恥心しゅうちしんを覚えながらも、性別が同じであるから、見られた所でそこまで過剰に恥ずかしがる事も無いだろう。だが、言われた事自体にやや腹が立ったからか、仕返しと言わんばかりに一度スカートから右手を離し、左の指で自分自身の二の腕辺りを指差しながらメイファの失態についても言ってやった。

 無論、ネーデルの二の腕には汗以外の妙な液体が付いてはいない。他の場所でも言える事だ。

「えっ!? う、嘘ぉ!? あんたっ……最っ低女ねぇ! ホント腹立つわ!!」

 ネーデルが言われた時以上に、メイファは取り乱しながら自分の半分程度のそでの右腕を確かめる。その濃い緑の服に何が付着していたかはメイファでなければ分からないだろうが、言われて始めて気付き、怒り出す。

 ひょっとしたら、下着を見られる事よりもその液体を見られる事の方が恥ずかしいのかもしれない。



「ふん、どうせわたしの事待ってる間に居眠りでもして付けたんでしょ。わたしとしてはそれこそ女同士でも恥ずかしいと思うけどねぇ? しかもあんたの場合は純粋に汚いし」

 ネーデルはその妙なそれ・・が付着した経緯を想像し、そこでも任務中の気の緩さを実感する。

 ネーデル自身は確実に自分のスカートの中を人に見られて愉快に思う事は無いが、それでもメイファのあれ・・に比べれば視覚的な問題だけを考えるとそこまで忌避されるものでは無いかもしれない。ただ、その両者は何を基準に恥ずかしがるかという点で異なっているのは確かだ。

「き……きた……きたな……きた……汚いって……、あ、あぁそうなんだぁ、じゃああんたのパンツはワタシの……よりずっと綺麗だって言いたいんだぁ!? へぇ凄いね〜その自信ってのが。だったらあんたそれ売り飛ばしてみるのもいいんじゃないの〜? 一部のマニアってあんたみたいなのが履いてたその汗まみれで汚いそれ狙ってるっぽいからね〜。多分高く売れるんじゃないの〜?」

 純潔なイメージのある少女という概念を破壊されたかのような気を覚えたメイファはその強く突き刺さったネーデルのとある単語によって怒りで身を震わせる。

 自分の怒りを散らす為、そして、怒りの大本おおもととなったネーデルに言葉で仕返しをする為に、もしその発言を男がすれば確実に嫌われるか、或いは暴力による制裁を受けるか、そのどちらかが確定してしまうような事をメイファは言い放つ。

 それにしても、下品な要素を含めるだけで金銭的な価値が上昇するとは、嬉しいのか悲しいのか微妙な所だ。



「悪いけど、わたしはそんな破廉恥な手段で儲けは作りたくないわよ。大体それよりなんでいきなりそんな大掛かりな話に発展するのよ?」

 もしその台詞を異性、それもネーデルより倍以上の歳を進んでいる者に言われたらどのような態度を取っていたかは分からないし、あまり意識してはいけないものでもあるが、その内容に対してネーデルは冷静に言い返す。

 目元に軽くかかった青い前髪を右手で軽く避けながら、どうしてその相当に人道から外れた話を始めたのかを聞こうとする。

「あんたがワタシの悪口言ってきたからでしょ!? ってかあんた今ちょっと恥ずかしがってたわよねぇ? スカートなんか押さえちゃってさ〜。そう言えばゴンドラに乗ってた時も他の乗客に見られて凄いあたふたしてたわよね〜」

 単純な理由であそこまで話を大きくする必要があったのかどうかは疑問であるが、それでメイファの気が済むのなら良かったのだろう。

 それでもネーデルがスカートの中の話をされて一瞬ではあったが赤面していた所をメイファは見逃さず、そして覚えており、もっとネーデルを追い詰めてやる為に昔の話を思い出させようとする。しかし、どうしてそこまで知っているのだろうか。



「いちいち昔の話持ち出さないでくれる? それよりなんであんたがそれ知ってるのよ?」

 確かにネーデルも以前のアーカサスの街での失態を覚えていたようであるが、そこであの時のように取り乱したりはせず、その場から殆ど動かずにどうしてその光景を知っていたのかを聞いた。

「こっちが操作してるビューアイに映ってたのよ。まあその時は透明化処理しといたからあんたら一般人には見えなかったけどね」

 メイファは平然と、夜空を指差しながらその理由を答えた。

 そのネーデルの姿を見る為の装置らしきものは今は夜空の奥に存在するのだろうか、そして、隠密な行動が出来るような処理をしてある所も組織らしい手段である。



「そうやってあんた達っていっつもわたし達の星監視してるんだぁ?」

 ネーデルは赤い瞳だけを動かし、周囲を見渡しながらいつも彼女らが実行している任務を思い浮かべてみる。まるでこの星の全体を常にチェックされているようであり、何だか薄気味悪い感じもするだろう。

「そりゃあ仕事だからね。だってこれワタシの仕事だし〜、ちゃんと変わった事あったらゼーランディア様に報告しないと怒られるし〜、あ、たまに暇な時は女の子だけの更衣室映したりもしてたからね〜。多分これマニアに売ったら大儲けじゃない?」

 一見すれば非常に忙しそうなこの仕事がメイファの担当であるようであり、そして、報告もまた仕事であるようだ。

 しかし、メイファは気まぐれでややだらしの無い部分があるからか、その監視装置を本来の目的から外れた方向に使用する事もあるらしい。それにしても、随分と嫌らしい性格を持った少女である。



「あんたって変人ね……。でも良かったわ、あんたが一応『女』でいてくれて。男だったら多分蹴り飛ばしてたかもね……」

 ネーデルはまるで本気で嫌いな相手から遠ざかるように、顔を横に逸らしながら上体も後ろへと反らす。

 いくら相手が相手であっても、性別は既に決まっているからそこについてはもう何も言えないだろう。だが、本気を出したネーデルの脚による攻撃は相当な威力を叩き出してくれる可能性がある。

「ワタシが本気で蹴り飛ばされそうになったら、あんたの事本気で殺すかもよ? 知ってるでしょ、ワタシはあんたぐらい簡単に始末出来るだけの力あるって事を」

 メイファは今備わっている不思議な力に魅了されているからか、ネーデルに攻撃を加えられた所で簡単に反撃が出来てしまうらしい。しかし、任務内容の中に『殺害をしてはいけない』というものが含まれているから、今は抑えているようである。



「でもそれって所詮は結界の中だけの話じゃない? 今だって結界張ってて、その中でしかあんたのあの魔法みたいな妙技発動させられないはずよ。あんた自体は大した事無いのは知ってるからね。結局は他人の力にすがって、それで自分が強いと思い込んでるだけだって、早く気付いたら?」

 長い間交わしていた対話の過程で、ネーデルは汗による身体の冷え込みも、眠気も忘れてしまっている様である。少しだけ両脚を開いた体勢で、メイファの実力の本当の部分をメイファ本人に改めて教えようとする。

 他者の力は強いが、それは所詮は見せ掛けであり、誇れるものでは無いのだと自覚させようとしているのだ。

 ネーデルの正面からより一層強い風が吹いてくる。青い長髪が風に吹かれて大きく舞い上がり、まるでネーデルを賞讃しょうさんしているようにも見える。スカートの動きに関しては、ネーデルは見向きもしていない。

「だけど、あんただって命は1個しか無い訳だから、他人の力ででしゃばってる奴がいたとしても、あんまり挑発行為はしない方が身の為よ?」

 その自分をやや低減させたような発言から、メイファも一応の自覚は持っているらしいが、それでも力そのものは恐ろしい程の破壊力を秘めているらしいのだから、他者からの賜物たまものだからと言って無視してはいけないものであると伝える。

 何だか形勢逆転の状態だ。



――直接命を狙われるような事を言われ、ネーデルの表情ががらりと変わる……――



「まさか、その変な力でわたしを殺そうって、本気で考えてたの? ……?」

 メイファはただ口で言っただけであるものの、本気で襲い掛かられるのかとネーデルは思ってしまい、思わず後退してしまう。

 一瞬何か足元で違和感を感じたが、メイファの反応を見る事が先だろう。

「もしゼーランディア様の命令が無かったら、ね? 本当は怖いんでしょ? ワタシの事も。そうやって意地張ってるとこがホントにまた可愛いわねあんたは」

 メイファはわざとらしく腕を組み始める。命令がメイファの一部の行動を縛り付けているらしく、おかげで今ネーデルはこの世と別れを告げる心配が無いらしい。

 メイファよりも上に立つ存在がいたからこそ、ネーデルは今助かっていると無理矢理自覚させるかのように、嫌らしく笑顔を飛ばした。



「あんた程度の相手に怖がってたら恥ずかしくてもう組織の者達に顔向け出来なくなるわよ」

 いくら命を握られていようとも、ネーデルのプライドがひざまずく事を許さなかった。やはり、他者の力で自惚れている相手を認める事はネーデルには出来ないらしい。

 先程のナイフで襲い掛かられた時だって、ネーデルは軽々とメイファに反撃をしていたのだから、本気を出せばネーデルだって強いはずである。

「意地っ張りねぇあんたって。胸はペチャンコだってのに随分な事ね」

 するとメイファは、ネーデルのその女性にしては随分と寂しい胸を凝視しながら、鼻で笑い出す。振舞い方とその胸の量の因縁関係は存在しないはずであるが、理由を作るなら別にどうでも良かったのだろう。



「って……、そんな関係無い事いちい――」

 身体の事で言われたネーデルはその場で雪白な歯を非常に強く噛み締め、そして相手にも見せつけながら怒りで身を震わせるが、真下から僅かな音を聞き取り、鋭く真下へと顔を向ける。



ズズッ……



土の地面から突き出てきたのは、緑を混ぜたような白い突起である。
それは、初めからその場所を限定していたかのように、とある場所・・・・・から突き出ている。
ついでに言えば、先端は非情な程に鋭く尖っている。

そのとある場所・・・・・とは……



――ネーデルの両足の間である……――



「!!」

スカートという服装と、真下から、と言ったその関連性から来る違和感をいちいち受け止める事無く、
ネーデルはすぐに後方に向かって力強く飛び退いた。



――目の前に残酷な突起ピープセンスタヴが突き上がる!!――



ピュゥウィイイィイイイイイインン!!!!!
ガララァアン!!!



突起が大気震わす超高速マッハゲシュウィンディグケイトで回転する甲高い音がしつこく鳴り響き、そして地面を突き破る破壊音が一度だけ鳴り響く。
その高速回転トルナードドレフングの過程で、色合いだけは辛うじて確かめる事が出来るが、何で構成されているのかはまだ分からないだろう。

もしもあのまま黙って立っていたら……
と怖がる暇はネーデルには無かったようだ。

(これって……あいつの……!!)



――υυ 鋭利な突起ビーネンシー・クリンゲアウス、再び!! // SPIRAL RELIC!! υυ――



回避し、回転する柱から距離を取ったというのに、再び悪夢の突起物アルプトラウムシャッテンが地面から現れたのだ。
1本目は未だに高速回転を続けたままで、その2本目がネーデルの真下から地面を突き破って現れる。



ピュゥウィイイィイイイイイインン!!!!!
ガララァアン!!!



「つぅっ!!」

ネーデルは再び歯を食い縛りながら、後方へと飛び退いた。
真下から突き刺される事だけは免れたが、一度目の退避と比較し、やや苦しそうな心情が見える。
地面を突き破る破壊音も耳障りであるが、舞い上がる土もその破壊の迫力を盛り上げているのが分かる。

舞い上がった土のいくつかがネーデルの下半身に付着し、そのスカートから伸びた脚やその青いスカートを僅かに汚す。
実質的な打撃では無いものの、脚に土が付着すれば、土が持つ湿った冷気が伝わるはずだ。



「ふっ、やっと到着したみたいね。それにしても激しいわね〜その攻撃」

メイファは必死な想いで後方回避をおこなったネーデルと、その手前に伸びる2本の尖った柱を一緒に見ながら、
まさに他人事のように言い放つ。

その口調には緊張感がまるで含まれていない。まるで一歩間違えれば重傷、死亡に導かれる瞬間に見慣れているかのようだった。
少女であるのは外見だけで、実態は相当に戦闘になれた幹部の1人でもあるのが窺える。



――やがて、柱は徐々に回転速度を落としていくが……――



―ピュゥウゥウウ……



「はぁ……はぁ……いきなり何よこれ……」

忘れかけていた疲労が、今の回避行動によって全て呼び戻される。
ネーデルは目の前でゆっくりと回転を止めていく緑の混じった白の尖った柱を凝視する。

元々真下からの視線からに極めて弱いスカートである事情もあったから、
何だか貫かれて殺される可能性があったという危機感よりも、
その最も嫌悪する方向から奇襲を受けた怒りの方が多少まさっていたのかもしれない。

徐々に回転が収まり、静止した時、その柱の正体を理解する事になった。
よく見るとそれは柱では無いし、槍のたぐいでも無かったのだ。



――骨である……。それも、人間のそれを更に長くしたようなものだ……――



地面に埋まっている部分は尺骨しゃっこつ橈骨とうこつ、その2本の骨で構成されている前腕部分であり、
そして先端が尖った問題の部分は、上腕骨という1本の骨で構成された上腕部分であり、
恐ろしいのは本来は肩と連結されている関節部分がドリルのように鋭くなっていた事であり、
更にその部分だけを凝視すれば、まるで無理矢理折って無数の棘すら生やさせているようにすら感じられる。

やがて真下から伸びてきたその2本の骨は、赤く燃え上がると同時にすぐに炎が拡散するかのように消滅する。
突き破った土の地面をそのままにしてどこかへ帰っていく様子は、やや無責任な一面も読み取れる。
最も、そんな腕の骨に向かって説教を垂れた所で意味を成さないが。



「もう……近くにいるって言うの……!?」

また襲われるかもしれないと、ネーデルの中では折角抑えられていた恐怖心までも激しく蘇ってくる。
すぐにあの骨を操っていた本体を見つけなくては本当に自分の命が危ないと悟り、周囲を激しく見渡した。
しかし、ネーデルの疲れが見えた赤い瞳に映る物は、木々や草々、
そしてやや離れた場所で楽しそうにネーデルを見詰め続けているメイファだけである。

だが、メイファの話ではネーデルは殺されないはずではあったが、先程の件は明らかに矛盾している。



――静かに、どこかから異界を思わせる声が伝わってくる……――



『パオ、ラーシェ……』

ネーデルの青い髪から食み出している耳に伝わってきたのは、常人ならばまず理解出来ない言葉だった。
この星の日常生活の中で聞く事は無いし、そもそも聞く機会があるかどうかも疑わしい、そんな言葉だったのだ。
異国の言語でも無いのだから、通常ならば翻訳すらする事は出来ない。



「!!」

しかし、それを聞き取ったネーデルはその赤い瞳に一瞬だけ驚愕を交えさせたような刺激を走らせる。
そして、覚悟を決めたかのように、両腕を強く握る。



――そして、背後を見上げた……――



「上に……いるのね……」

ネーデルは左に向かって身体を捻り、後方であり、尚且つ上方にいるであろうその何者かを目で確かめる。
どうやら先程の常人であれば理解不能なあのメッセージには、自分自身の居場所を含んだ意味が込められていたらしい。

上を見上げたネーデルの瞳に映るものは……





――10mの高さは下らないであろう針葉樹しんようじゅ……

――古くなり、そしてボロボロになった樹皮を見ながら、更に上へ上へと見上げれば……

――鱗片状りんぺんじょうの葉が無数に生えた、枝分かれした頑丈な枝が何本も伸びている……いや、もっと上を見上げれば……

――その天辺には、誰かが立っていた……







――αα        灯りが無いからその姿は影で包まれ、黒い……               ββ――

――δδ         しかし、身体の所々が空洞になっている……                γγ――

――υυ       まるで外側の皮膚が存在していないかのように……              ζζ――

――ηη 骨格はやや人間と酷似しているものの……、両腕に当たる部分が欠けている…… ιι――

――κκ         しかし、特筆すべき点はその頭部である……                λλ――







そこに詳しい描写は必要無かった……

人が直接それを見れば、誰もが頭の中にその感想を述べる……

詳しい描写等、未来に進んでからいくらでも付け足せるものだ……

一体相手は何者だ……

何故、頭部を特筆すべき点に挙げたのだ……






―≪≪ 龍をかたどった物々しい影絵シルエット // DRAGONEWT OF ALIEN…… ≫≫―

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