『ネピュリオン。チレィベェレンティガラド……』

ゼーランディアはゆっくり、ゆっくりと前へ数歩進み、ネーデルへと接近しながら再び解読不能に近い言語を放つ。
だが、今までのような冷えた夜風をのんびりと意識する事が出来るような雰囲気が、今ここで途切れさせられる。



――深青の魔眼ダーク・ブルーアイズが……毒紫なる魔眼デッドリィポイズンカラーへと色が変わった……――



「なっ……何よ……? 力尽くでわたしの事押さえ込むつもりなの?」

歩み寄って来られれば、いずれは接触されてしまう。
ネーデルは自分からも何とか距離を離そうと、徐々に、僅かに、それでも徐々に迫ってくるゼーランディアから後ずさる。
紫色のブーツの裏が地面と擦れ、その音がやや小さめに響く。

後ずさる理由はただ1つだ。相手から恐ろしさを伝えられたからである。
もしネーデルの言った事が本当に実現されてしまえば、その恐怖は感情だけの問題では無くなるのだ。



『リィジィンフェルブスィペイ……。ザデュアンドァヨゾロ……』

一度ゼーランディアは立ち止まるが、まるで追い詰められて弱り切った獲物に対するかのような眼で、ネーデルを見下ろす。
だが、その捉え方を変えた場合、服従させようと企む顔色さえも読み取る事が出来るだろう。

その深紫へと変わった魔眼が放つ感情も、徐々に娯楽の文字を消去しているようだ。

「ふん……そう、よね……。だから貴方はわざわざこんな所にやって来たんだもんね……」

ゼーランディアに何を今言われたのかは分からないが、どうやら目的が実行され始めるとネーデルは読んだのだろう。
わざとらしく、自分の感情を抑え込むかのように口元をにやつかせ、その途切れ途切れな声に力を戻す。



『ボァーンバシュゲドィ。トューマイ!!

弱々しい態度で言い返してくるネーデルをじっくりと見つめているゼーランディアは、
突然右腕を持ち上げ、そして3本だけの指を握り締めながらその野太い声を荒げる。

その姿は、まさに下命という表現が相応しい風貌である。

「嫌よ!! なんで貴方なんかに連れてかれないといけないのよ!?」

恐らくはネーデルは『戻って来い』とでも言われたのだろう。

それでも素直にゼーランディアの意見を飲み込む事はしなかった。
震え始めた両手を握り締め、軽く持ち上げながら必死な反論をネーデルは相手に飛ばした。
そして、本当ならば誰に連れて行かれようが、ネーデルにとっては確実に好ましくない事だろう。



「ネーデル〜? 強がったってもう遅いんじゃないの〜? 初めっからあんたの事連れ戻す事が任務なんだから、今頃怒ってどうすんの〜?」

焦りが再びつのりだしたネーデルを更に追い詰めようと思ったのか、メイファは木に寄りかかったまま、
上体だけを軽く前屈みにするような体勢になりながらネーデルを横目で嫌らしく見つめる。

その水色の瞳の奥では、この後の未来に何やら奇妙な期待でもしているかのような輝きが存在している。

「あんたはそうやって、人が弱気になった時ばっかり入ってくるのね。そんなんだからいつまでもわたしに近距離戦挑めないんじゃない?」

メイファを対話の対象にした途端、ネーデルの態度が再び正常な、落ち着いたものへと戻る。
ゼーランディアは別として、メイファに対しては自分の方が力がまさっていると誇っているから、そのような事を言えるのだろう。
ただ、あの力・・・を使われてしまえば一気に形勢逆転されてしまうのだが……。



「そういうあんたこそゼーランディア様の事怖いくせに。まあいいわ、どうせ数分か経ったらあんた泣くわよ?」

メイファは再度、木の幹から背中を離し、そして遅くも無く速くも無い速度でゼーランディアの隣へと足を運ぶ。
恐ろしい程の身長差のある骨だけで作られた身体の仲間の隣で、ネーデルの苦しむ姿を連想し始める。

『チリモーィスベブティゲェン……。ザッペィト、トラアィ・・・・……』

今までは何かとメイファの発言を退けていたゼーランディアであるが、今回ばかりは考えが一致したらしい。
殆ど不動の状態でありながら、その解読が普通出来ない言語を淡々と放ち続ける。



「何よ……。母さんのとこに戻されたら、また何されるか分かんないし……、それにもし『否定する』……って言ったらどうする気よ……」

ネーデルのその発言内容を見ると、過去に似たような形で戻された事が、或いは帰還した事があったのだろうか。

そのされた事がよほど恐ろしかったのだろうか、俯きながら青い前髪で赤い瞳を隠し、
本来ならば思い出すべきでは無い何かを頭の中で映像として流してしまったかのように小さく両腕を震わせる。

『ジッティルウィンズ……』

この言語を正式にこの星の言語に翻訳すると、何と言っていたのだろうか。
それを意識させる前に、ゼーランディアはメイファと同じく、この星での存在性を窺わせるような力を発動させる。



――まるで目の前の見えない空間を上から撫でるように右手を動かし……――

――内部で不気味な点滅を繰り返す白い球体を呼び出した……――

――そこに右手を突っ込んだ……――

――取り出された物は……――



まるでスコップの取っ手のような不思議な形状をした握り部分グリップ
先端部分はまるで電波を送信するアンテナのような形状をしており、筒状のやや太い本体に3つの円形状の輪が差し込まれている。
その円形状の輪は、先端に近い物ほど半径が小さくなっている。
本体の先端は、筒状の本体と比較するとやや直径が大きい銀色の球体が装着されている。
そして、3本の鋭利な突起が銀色の球体を包むように、規則的に伸びている。

■■ きっとそれは、異星式他生物消去装置キャトルミューティレーション・システムたぐいなのだろうか…… ■■



「随分……派手な武器持ってるのね……。わたしの事生け捕りするんじゃなかったの?」

ネーデルはきっとそのゼーランディアの取り出した、何となく銃に見えなくも無い謎の武器を見るなり、一瞬冷や汗が出るのを覚える。
そんなもので撃たれればどうなるか、きっと説明するまでも無いだろうと感じたに違いない。

結局は、死ぬ事を意味する可能性がある。

『ジョディクリベーヘィルァポセェ……。ガミァ!!

ゼーランディアはその奇妙な形をした武器をネーデルに、では無く真横に向けて持ち上げ、
その先端を、立ち並ぶ木々の内の1つに狙いを定める。



δδ 一瞬だけ、先端が不気味な緑色に光り輝き……

ρρ 波打つ光線が放たれる!!



ビュヴァババババヴァァアア!!!!!



発条バネが跳ねるような独特な効果音インヴェーションミュージックが激しく周囲に撒き散らされる。

数本の可視光線が絡み合うかのようなその形状を持った緑の光は、太い樹を易々と焼き尽くす。
炎が立ち上がる隙すらも与えず、着弾点から放射状にその樹は焦げの塊と化していく。
枝すらもその強度が失われ、先端部分が折れ、落下する。
無数の葉は存在そのものを焼却という名の元に、消滅する。



「!!」

この星の兵器であれば、確実に国家規模で厳重保管、厳重管理されるであろうその威力及び迫力に、
ネーデルは細めな肩を飛び上がらせる事しか出来なかった。

2秒もかからずに生命を絶たれたその大木を直視し、もしその光線を自分が受けていたら……と考えると尚更背筋が凍る。

「うわぁおっそろしぃわね〜。あんなの食らったら一発で白骨死体になるわね〜」

メイファはすぐ目の前で、一瞬にして焼き尽くされたその大木を楽しそうに眺めながら、
その奇妙且つ慄然を撒き散らす光線の威力がネーデル自身にどれだけの影響を与えるかを喋った。

腕を組むその姿が何とも誇らしいが、その光線は人間の骨までは焼き尽くせないらしい。
しかし、そこにあるのが『死』である事に変わりは無い。



『オシュラリヴブレッディスファイ……』

ゼーランディアはゆっくりとその奇妙な武器を下ろしながら、怖がるネーデルに骨の左腕を伸ばす。
そして、その伸ばした左手で手招きを行う。

「脅迫……ね……。でも貴方も所詮はその武器が無いと戦闘能力誤魔化せなかったりするの?」

とんでもない威力を誇るであろう武器を目の前で見せられたから、ネーデルは確実に力関係を思い知らされた事だろう。
しかし、冷静に考えればそれは武器に頼っているだけであるとも読み取る事が出来たから、敢えてそれをゼーランディアに言ってみる。

ただ、その武器を取り出した時・・・・・・の光景を思い出すと……



『ポルービック……。セイルントキルビィ……』

再び意味ありげな言語を放ちながら、その奇妙な兵器を空へと放り投げる。
投げられたその兵器は、瞬時に光の球となり、そのまま拡散していく。

ゼーランディアの世界では、恐らくこれがごく普通の光景なのかもしれないが、一般人が見ればそれは最早異常現象である。

「そう、よね……。幹部の貴方が武器だけに頼るとも考えにくいわよね。だけど、もうそっちは本気みたいね……」

もう既にゼーランディアの超魔術イリュージョンさながらの激動に目が慣れてきたからか、
ネーデルは最も重要な箇所にしか意識を向ける事はしなかった。
それでも武器を使わないからといって油断の出来る相手では無いのは確実である。

緊張感から、その呼吸も荒くなっているのも外から見ても感じ取る事が出来る。



『ザミットロケラヴェンシペライズィー……』

風が吹き、周りの葉がゼーランディアの目の前を横切っていく中で、そのゼーランディアは右手を龍の頭部の前に持ち上げ、
握ったり、広げたりの動作を何度か繰り返す。

「初めからそのつもりだったわよ……。もう組織の言いなりになんてならないわよ!」

何を意味しているのか常人にはまず理解出来ない言動であっても、ネーデルには理解出来ているのだ。
上体を軽く突き出しながら自信に満ち溢れた威勢の良い声を飛ばすが、武器も持たずに戦えるのだろうか。
それとも、前日の昼に青鳥竜せいちょうりゅうと戦った時に扱ったナイフでも取り出すのだろうか。



『ニスピィト……。ツェイラプリヨースウェードラ……』

ゼーランディアは斜めに体勢をずらし、そしてその頭部だけを真っ直ぐネーデルへと向ける。
逆らう青髪の少女にこれから物理的に手を下すかのように、宣告の目付きを飛ばす。
いつの間にかいつもの深青に戻っていたが、流れる空気は決して穏やかでは無い。

「当然じゃないのよ……。大人しく逃がしてくれそうも無いしね、貴方なら。ヴェパールとそんな約束してるんでしょ?」

やはり、ネーデルは逃げられない事を悟っていたようである。
客観的に見るとそこまで強そうには見えない細い両腕を関節からやや曲げながら、両手を強く握り続けている。

自分と同じ所属であるヴェパールがゼーランディアと契約を交わしていた事が、ここで再度腹立たしくなってくる。



『エリク……。ヒーワリティショーティガミルッティポーロ……』

逃げない事を確認したゼーランディアは、斜めにしていた身体を正面に向き直し、首を僅かに横に倒す事で
わざと挑発するような態度を見せ付ける。

その動作による相手の心理操作は、自分の星でも通用されているのか、それともこの星の人間科学を学習しての行為なのか。

「望む所よ……」

遂に話し合いだけで時間を使っていた空間に流れていた風の流れを変えようとしたのだろう。
ネーデルは相手からの何か・・を感情だけで受け取り、その両手をある意味では奇妙な場所へと潜り込ませた。



――青い色を帯びた短いスカートの中へと……――



細かく説明するとすれば、両手をそれぞれのスカートの内側の端に指を掠らせるように滑らしたのだ。
まるでスカートの内側に隠していた物を取り出すかの様子ではあったが、速度を付けて内部に両手を入れていた為、
ゼーランディアの極めて高い視点からでも、本来ならばまず他者に見せるべきでは無いスカートの内部までも一瞬晒されてしまっていた。



『ガァトレェ……』

ゼーランディアは不気味に発光し続けている深青の魔眼ダーク・ブルーアイズを、ネーデルの下半身へと向けている。

目的はただ1つである。目の前にいる人間がスカートの裏側から何を取り出すか、ただそれを確認するだけだ。
取り出す過程でスカートの中からうっすらと見えた、その水色に染まった股間を覆うそれを人間が見たらどう思うかは不明だが、
少なくともゼーランディアにとっては視覚的な価値も、性的な価値も一切存在しない。
それが異星生命体の価値観だ。



――しかし、メイファは一応人間であるのだから……――



「ネーデル〜何それ? 仕込み武器のつもり? 人にパンツ見せてまでそんなとこに隠したかったんだぁ〜?」

メイファは同性であるネーデルのスカートの先から伸びた脚なんかを見てニヤニヤと表情を作りながら、
スカートの裏から取り出した物体について、個人的な意見を飛ばすが、無理矢理恥じらいを自覚させるような発言がまた煩い。

「そうよ、ここだったら怪しまれないだろうし、直接チェックされる危険も少ないでしょ? 特に男だったら、ね?」

ネーデルの両手に握られていたのは、真っ黒な小型のふだのようなものである。
その隠していた場所自体にはネーデルも自覚があったらしく、特に男性が相手であればその性的な面もある部分には
迂闊に手を出す事が出来ないというある種の防御手段も意識してそこに隠していたらしい。

しかし、もし取り調べを行う人間が女性であれば、どうだったのだろうか。



「男、だったら? もしワタシが税関だったら思いっきり手ぇ入れてあげるわよ? 女同士……何だからいっその事裸にでもしてあげたりしてね〜」

男性による取調べにしか対策を練っていなかったであろうネーデルに向かって、メイファは突然半袖の両腕を持ち上げる。
漆黒の手袋に包まれた両手の指を、何かを揉むようにやや遅めに動かしながら口も動かしているが、
まさかネーデルを触っている所を頭の中で連想しているのだろうか。

いくら同性とは言っても、メイファの発言は流石に一歩下がってしまう程の力を持っているだろう。

「あんたは話を大袈裟にするのが好きなのね。そんな変態性欲持った職員なんてきっといないと思うけどね?」

まるで精神的に幼い人間のしつこい愚行でも見て呆れたかのような表情で、ネーデルはその真剣だった赤い瞳を僅かに細めた。
普通であれば、全てを脱がさなくても隅々まで身体を調べる事くらいは出来るはずだ。

しかし、今はネーデルの両手には例の小型のふだが持たれている。
そろそろ行動を起こすべきだろう。



――両腕をピンと両端に向かって伸ばし、背筋もやや反り返る程にピンと伸ばし……――



袖無しの上着、そしてスカートと同じ色を持った水色のアームウォーマーに覆われた両腕が強く外側に向かって伸ばされる。
それと同時に、両手に握られていたふだに変化が現れたのだ。
人によっては、ひょっとするとゼーランディアの時と同じく超魔術イリュージョンにも見える光景であるのかもしれないが……

ネーデルの手の中が白く光り出し、ネーデルの両腕の前腕部分が徐々に大きくなっていく白の光に包まれていく。

突き出されている胸の大きさは、ミレイと良い勝負が出来る程の小ささであり、その水色にも近い青い服を、
内側から僅かながら押し出している程度である。



◆■ EMBODIMENT MODE…… EMBODIMENT MODE…… ■◆

α Scene…… 光が前腕を包み込み……

β Scene…… 手の部分にまで光が伸び……

γ Scene…… 手の甲から2本の鋭利な光が伸びていく……

δ Scene…… ゆっくりと、それぞれの部分に色が染められていく……

υ Scene…… 前腕を覆うパーツは暗紅色となり、伸びた鋭利な光、即ち爪は白銀に染まる……



その両手に備わった爪のような武器は、仲間の亜人、シヴァが常時装備している武器に似ている。
しかし、異なる部分をここで申し上げるとすれば……

その近接戦闘爪コンボイネールズは確かに前腕さえも、その軽量且つ頑丈な暗紅色の装甲が護っているが、
直接手で握りグリップを握る事により、自分自身がその爪と一体化する感覚を身体で掴む事が出来る。
爪が受けた力や衝撃、そしてその効果を直接その腕で感じる事が出来るはずだ。

そして、シヴァの爪は3本であるのに対し、ネーデルの爪は2本である。
しかし、その鋭さや強度、そして信頼度はシヴァの爪に劣る事を知らないと、確実に信用すべきである。




準備の完了したネーデルは、無言でゼーランディアを睨みつけながら、ゆっくりとその具現化させた爪を装着した両腕を曲げ、
いつでも戦いに入れるような体勢を取る。
赤い瞳だけは強いものを感じ取る事が出来るが、表情の奥では1つの不安さえも残ってしまっているようにも見える。



『ベンチュコォント……。サビュネスペイラフィレ……』

一度ネーデルの両手に備えられた戦闘用の鋭爪えいしょうを珍しそうに眺めた後、ゼーランディアは左にいる仲間の少女に龍の頭部を向ける。
夜空を指しているのか、それとも立ち並ぶ木々の頂点を指しているのか、右手で上を指しながらメイファにきっと命令だと思われる何かを伝える。

「は〜い、分かりました〜」

だらしなさの残る態度でメイファは返事をするが、次の瞬間また驚かされる不思議な能力を見せ始める。
上からロープで繋がれている訳でも無く、翼が背中から生えている訳でも無く、足の裏から排気を噴出させている訳でも無いのに、
突然メイファの身体が宙に浮かび始めたのである。

しかし、その体勢は崩れる事は無く、地面に対してしっかりと下半身を下に向けている状態をしっかりと継続させている。
まるで自分自身を無重力空間ゼロ・グラビティの世界に投げ込んだかのような光景だ。



――ゼーランディア以上の視点の高さを手に入れたメイファは、ネーデルを見下ろしながら……――



「じゃあネーデル、ゼーランディア様はあんたの事ホントに殺すつもりは無いって仰ってるけど、気絶はしないように注意してね? 目覚めた時は、きっと鞭打ちの刑ね、きっと」

先程出されたゼーランディアの台詞に今のメイファの出した意味が含まれていたのだろうか。
浮遊を継続させながら、メイファは目線の遥か下、即ち地面の上に両足を付けているネーデルに指を差して意地悪そうに注意を渡した。
もしその注意を維持出来なかった場合の結末を思い浮かべ、笑いさえも一瞬口から零す。

言い切った後、メイファは隣に生えていた木の非常に太い枝に降り立ち、腕を組みながら背中を幹に預ける。

「わたしは敵の前で倒れるような真似なんてしないわよ?」

メイファに対してはいつものように、冷静な口調で言い返すネーデルであるが、
きっとゼーランディアからどのように見られているかはまだ自覚をしていないだろう。



トラアィ・・・・……、ショーバァティイ……』

その何故か常に固定されたその響きはきっとネーデル本人を指しているのだろうか。

ゼーランディアはネーデルの身体の動きから、現在の心理状況を把握したのかもしれない。
ネーデルの細くもなかなか良い肉付きの両脚を確認しながら、そしてその骨だけで作られている右指を脚に向かって差した。

身長とはあまりにも対照的に、ネーデルよりも細い両脚を持っているゼーランディアではあるが、
ゼーランディアの細さは魅力的、というよりは人間がこの細さならば最早病気であると言えるだろう。
骨だけであり、筋肉組織が存在しないのだから純粋な細さだけで勝負すると、ゼーランディアの方がまさっている。



――ネーデルの両脚は、僅かではあるものの、震えていたのだ――



「こ……これはただの、寒さよ……。それと、教えてくれてありがとう」

きっと、これはネーデルの虚言だろう。

確かに今までは走っていた時に身体や脚に流れていた汗が夜風に吹かれ、それに伴ってネーデルの身体も冷やしていただろう。
しかし、この完全なる敵対者が目の前に立っている時に、呑気に寒さを覚えているというのは考えにくい。

ゼーランディアから放たれる不可視の迫力オーラがネーデルの両脚を恐怖で震わせていたのだろうが、
ネーデルはまるで何かを思い出したかのように礼を言うと同時に、戦闘体勢を崩し、右足の爪先を地面へと2度ほど、軽く叩いた。



――通常それは、ブーツの調整を行う為の行為ではあるが……――



ネーデルの紫色で染められているブーツはゆっくりと、その形状を変化させたのだ。
爪先を叩くだけで変化をさせるとは、ネーデルもなかなか不可思議な世界に立っているものである。
しかし、両腕の装備の時のように、光に包まれる事は無かった。



◆■ EMBODIMENT MODE U …… EMBODIMENT MODE U …… ■◆

α Scene…… ブーツのすね部分から黒い鱗のような物が現れる……

β Scene…… その鱗は徐々に脹脛ふくらはぎの方へと伸びていく……

γ Scene…… くるぶしから下の部分、即ち足の甲、そしてかかとにも黒い鱗が伸びていく……

δ Scene…… ようやく、紫色だったブーツが黒い鱗に保護された重厚なるブーツへと変貌した……



両腕の武器とは異なり、その戦闘用重靴コンバットブーツは刃を一切持たない姿を持っている。
しかし、その厚みを帯びた漆黒の鱗が非常に強力な打撃力を叩き出してくれるのだ。
厚みがありながらも、軽量化されているそのブーツは、ハンター達が普段使っている脚部の武具とはまた違う印象を見せている。
だが、丈は変わっておらず、ひざの位置よりやや低い位置を維持している。

この武器に刃を装着させなかったのは、蹴り上げ過ぎた際や、しゃがみ込んだ際に、
自分自身に突き刺さってしまう事を防ぐ為だったのかもしれない。

上半身の装備がソードだとすれば、下半身の装備はハンマーである。
それは斬撃と打撃を使い分ける為のスタイルなのだろうか。




『ショリンプレウェズァイ……。バシュグラディシィレコペデイブリージベティコワピィジア』

興味有り気に、ゼーランディアはその灯る魔眼でネーデルの脚部の装備を見ながら、
その目付きを本当に僅かではあるが、変化させていく。

人間同士での話で例えると、笑った表情を作ったような目付き、と言った所だろうか。

「そうりゃあそうよ。何の為に脚があると思ってるのよ? 歩く為だけじゃなくて、戦いにだって充分使えるのよ。両腕と同じようにね」

やはり、ネーデルのその黒い鱗で包まれたブーツについてゼーランディアは何か言っていたようだ。
決してその脚は、歩行をしたり、自身の身体を支える為だけでは無く、自分自身を外部からの圧力から護る為にも使えると、
ネーデルは右手を持ち上げて軽く振りながら、軽く余裕気な笑顔を見せ付ける。

もうその着用しているブーツは、最低限の地面からの影響から足を護る為だけの存在では無いのだ。



『ラシュリヴァア……リィコロジーラルション』

視線をネーデルの赤い瞳に戻したゼーランディアは、右手を使い、左腕の各種関節部分を強く握ったり、捻ったりしていく。
ゴキゴキと骨と骨がぶつかり合うような音が響き、その音が周囲に緊張感を渡しているように聞こえてくる。

「いつまでもビクビクしてられる訳無いわよ。もう……覚悟は出来てるんだから……」

下ろしていた両腕を再び持ち上げたネーデルは、両手の握りグリップを強く握り締め、精神的に自分の気持ちを支え込んだ。
本当に、目の前にいる本当に生物なのかどうかも分からない骨だけの怪物が自分に襲い掛かってくるのかと考えれば、
その恐怖を身体の底から引き千切る事は不可能になってしまうのかもしれない。







『ジャスピティーア……』

■■ いよいよ、唱導の屍骨龍ゼーランディアが歩き出す……

■■ 反逆の少女ネーデルに向かって一歩、また一歩と……

歩き方自体には特別な特徴は存在しないものの、ただその異常な数値を叩き出している身長が、
骨の身体と緑の布の襷掛たすきがけ姿という貧乏臭い服装とはあまりにも対照的な恐ろしさを導いてくれている。
距離が縮まれば、それだけその異常な数値が顕著に現れていく。

ネーデルは、立ち止まり、両手を強く握り締めたままだ。



『ションディールベケインシィ……』

□□ 歩く足を止めず、右手で左の前腕、即ち橈骨とうこつ尺骨しゃっこつを纏めて掴む……

□□ 強く引っ張り、そのまま上腕骨を肩甲骨けんこうこつから引き離してしまう……

人間であれば、腕を胴体から引き離す行為を実行する事は出来ない。単純な理由、激痛と再連結不能、この2つだけ。
しかし、目の前にいる屍骨龍しこつりゅうの姿を見ていても、そこまで痛々しい姿として映らないのは気のせいだろうか?
軟骨すらも両骨の相対面には存在せず、ただ骨と骨が離れた、それしか感じる事が出来ない。

それよりも、引き離された左腕は、まるで鞭のよう垂れ下がり、先端が地面に触れて、引き摺られている。



――ネーデルの赤い瞳の隣を、緊張の汗が流れ落ちる……――

僅かに怒りを見せているその瞳であるが、相手に威圧感を与えられるかというと、まだそこまで達していない。
本当に自分だけで目の前の幹部に勝つ事が出来るのかと、不安を感じているのだろう。

自分に絶対的な自信を持たせる事の出来ない心境であるからこそ、きっと、どこかで打ちのめされるだろう……。
恐怖とは、最大の隙、そして障害とも言えるのだから……



『プラインジットケスボーテェスタァ……』

ゼーランディアの右腕が持ち上げられ、鞭と化した左腕も持ち上がる。
そう、もう既に始まりの挨拶は告げられた……







◆ ◆ 夜空の下に広がる世界…… / SEA OF BLACK ◆ ◆

目立たぬ森林ブラインドグリーンで灯り続ける龍の眼光ディム・サファイアは、時の流れに乗ってやってくる暁光ぎょうこうを特認すらしない。
魔眼は今、青髪の反逆者ネーデル・ベルゼビュート叱正しっせいする為に永久とわの裁定を相手に植え付けようとしているのだ。
言語で伝わらない相手に対しては、その身体自体で無理矢理叩き込む。それが究極の判断レツター・リフターだ。

始めるとしよう……





―◆ 骨の鞭が今、吠える!! / MADE BY BONE? ◆―

チュンメスケタゥン!!!

すぐ目の前にまで距離の縮まった少女を大人しくさせる為に、右手に持たれた左腕が地面に向かって振り落とされる。
今までネーデルの前で見せる事の無かったその張り上げた声と共に、その魔眼も怪しく光る。



バスゥウウウウン!!!!



「ふっ!!」

ネーデルの左側に落とされる骨の軌道を読み取るなり、瞬時にゼーランディアに向かって駆け出す。
その進む道は、僅かに右寄りだ。

地面を抉る程でも無いにしろ、その振り落とされた骨の鞭を避けれた事はネーデルの幸運だ。
しかし、それを喜んでいる訳では無い。ネーデルは既に攻撃態勢コンバットポジションに移っているのだ。



――ネーデルの黒いブーツは地面を離れ……――



■■ ゼーランディアの視点が上へと移る / UP MOVE……

自身の左腕で軽く凹ませた地面から視線をずらし、視界から消えかけた少女を追いかけるべく、その視線を持ち上げる。
少女は飛び上がっており、その白い肌の脚だけが視界の上部にうっすらと映っていた程度であったが、持ち上げる事で、
その少女の身体全体を捉え直す事が出来たのだ。

そう、その時の少女の表情さえも……





◆◆ ネーデルの攻撃地点アタックポイントは確定されており…… / NAIL CLASHER!!

ゼーランディアの顔面を目掛けて飛び上がっていたネーデルは、相手との位置関係の都合上、利き腕では無いはずの左腕を
後方に向かって力強く引き、空中で1つの攻撃を仕掛けようとしていたのだ。

相当な跳躍力を見せ付けてくれるネーデルであり、その攻撃する場所は……



はぁあああああ!!!

爪で斬り付ける部分は、ゼーランディアの龍をかたどった頭部である。
気合の為に大きく開かれた淡い唇の内側で目立つ、雪白な色の歯が少女の本気加減を表している様でもあり、
そしてその強く握られているであろう左手は、斬り付ける、というよりは殴りかかるかのように力強く伸ばされる。



       υυ 強靭な爪がゼーランディアの左眼を突き刺し……

       ψψ そして腕力がそのまま左眼周辺を粉砕する……

       ηη ネーデルの身体はゼーランディアの後ろへと流れていく……

αζζα 何故か、この瞬間だけ、超低速処理スローモーションモードが施されたような錯覚を感じるが…… αζζα



一撃を加えたネーデルは、その背後から様々な思いを感じ取っていた。
龍の頭部を砕き、緑色を帯びた骨の欠片が周囲に散らばる音が耳に入ってくる。

ネーデルの顔を正面から見ると、伸ばされっぱなしになっている左腕の二の腕がネーデルの口元を隠しているのが分かる。
顔の中で唯一鮮明に映されているその瞳だけはしっかりとゼーランディアの方へと向けられている。
まるで赤い瞳自体がゼーランディアへの一撃を誇っているかのように。

腕力に全てを賭けていたかのように、上体が前のめりになっていたが、着地の際にバランスが崩れる事は無かった。
転倒する事も無く左足が先に地面に付き、そして僅かに遅れて右足も地面へと落ちる。



――頭部さえ破壊すれば、相手もただでは済まないだろう……――



そう感じた刹那、着地の為に両脚を曲げたままだったネーデルの左側から、骨で作られた棒状の物体が薙ぎ払われる……
風の流れの変化に気付いたネーデルはその異変に気付き……







       ■□ Die Kreatur muss sterben…… □■

生命体は、滅びるべきなのだ……。そう、この女のガキも、滅ぶべきだ……

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