貴方は、不思議という物には興味を抱いていますか? 或いは、その不思議を信じる事が出来ますか?

人間は信じる事も、疑う事も出来る非常に知識の高い生物です。

それが争いを呼ぶ事さえもあるのですが……



都市伝説……

  怪事件……

    超常現象……

      未確認生物……



この他にも、まだまだ一般社会で広く認められていない事柄は多く存在します。
認められない理由は、現代科学で証明しきれないからでしょう。

仮説だけでは世間に認めてもらう事は難しいのでしょう。だから、研究者は日夜理論を導く為に、必死に力を尽くしているのです。
しかし、それが正式に証明されるのに、非常に長い年月を必要とするのは必至です。

貴方は信じる事が出来ますか?
もし空を見上げた時、今まで見た事も無いような奇妙な物体が浮遊していたのを確認した時、何を思いますか?
逆に、直接見ていなくても、別の誰かからその話をされて、貴方は信じる事が出来ますか?
信じる事が出来るなら、それは貴方が不思議に対する関心、意欲がある証拠となるでしょう。

ですが……



それを否定する貴方は、何故その選択肢を取ったのですか?
そこには妄想が含まれている可能性も無いとも言えませんし、本当に嘘を交えさせていたとしても、貴方にバレる事も無いでしょう。
ですが、本当に初めから否定しても宜しいのでしょうか?

何故、空に生物以外の、或いは世間で確認されている物体以外が飛行していてはいけないのですか?
無限に広がる空の中では、常識の範囲内でしか現象を意識してはいけないのでしょうか?
星の空より更に奥の世界から、何かがやって来る事を考えてみる事は出来なかったのですか?
空よりも奥にある世界は、この星とは比較出来ないような異常な程の無限の世界が広がっています。
それを、この星の常識だけで否定をしてしまっても宜しいのでしょうか?

自分の星でさえ現在、不明なデータがあちらこちらに散らばっているのです。
深海の世界がどうなっているのか、貴方は知り尽くしているのでしょうか?
貴方の体内にある肝臓と同じ働きをする工場を作り出す事が不可能に近い事を知っていますか?
虫だって、同じ星にいるはずなのにまだ発見されていない種が存在するのを知っていますか?

自分の星にですら不思議が散らばっているというのに、星の外には不思議があってはいけないのですか?
いいじゃないですか? 不思議が星の外からやってきたとしても。
それを認めない貴方……ハ……まだまだ世界……ヲ……シラヌ……。



シンジるのだ……。セカいのふしギヲ……、オマえの……、メダまで見るのダ……

アンガイ……すぐチカクデ……チョウジョウゲンショウハ……おきてる……モノカモヨ……

アイツヲスグニブチノメス……。ソシテ……ハハオヤノモトニ……オクッテヤル……



ワタシハ……ニンゲンニカタルノハ……シュミデハ……ナイ……



ネーデルを黙らせる為に……
ネーデルをひざまずかせる為に……
ネーデルを殺さぬよう……失神させてやる為に……



                  ―◆―◇ Waidmanns Heil ◇―◆―
                   女の子を狩る『女』の姿は美しいかい?
                この星の女の子は、どんな味がするかねえ?
              大丈夫だよ? 私だって、この星で言う女性だからねぇ?

             ||叩きのめすか…… ||持ち上げて、落とすか……
             ||殺さない事が前提だから……斬りつけるのは不味いか……












「はっ!!」

龍の頭部を破壊したネーデルだったが、着地と同時に左側から何かが迫る雰囲気を覚え、
息の漏れたような声を小さく出した。

気付いてそれで終わりでは無い。ネーデルはその迫る何か・・に備えなければいけない。



λλ 横薙ぎに迫る骨の鞭!! / BEINEN SIE KRACH AUS!! ιι

狙われているであろう自分の顔面を護る為に、ネーデルは暗紅色の装甲で覆われた両腕で顔面を保護する。
護らなければいけない時は、素直に護るべきである。



―ガァン!!



「!!」

骨と装甲がぶつかり合う音が鳴り響き、ネーデルはその威力を殺し切る事が出来ず、無理矢理後退させられる。
人間型屍龍ゼーランディアの前で転倒しないようにと必死でバランスを保とうと動いていた両脚の動きが激しかった。



――ゆっくりと両腕の装甲を左右にずらし……――



(どうなってんのよこいつ……!!)

視界を遮っていた両腕をどかしていたネーデルだが、もう既に敵対者からの第二の攻撃が迫っていたのだ。
迫るのは、筋肉組織も皮膚組織も纏われていない、踵骨しょうこつである。



ιι 突き出される、巨大な前蹴り!! / DAS SCHIEBEN VON KNOCHEN!! λλ

脛骨けいこつ腓骨ひこつが伸ばされ、防御体勢シールドスタイルを解除しようとしている青髪の少女を狙う。
ゼーランディアにとっては高所を狙った前蹴りを繰り出しているつもりは無くても、身長差ディファレンスがある相手にとっては、
顔面を狙われる程の高さがあるから、黙っている事は不可能だ。



◆◇◆ 危機を察知し、ネーデルは……



「ふっ!!」

油断もせず、すぐに両膝の関節を曲げ、伸ばされる相手の右脚を回避する。
頭上を通り過ぎるように伸び切ったゼーランディアの足がネーデルの青く長い髪を僅かに掠る。

ネーデルもそのしなやかな太腿に僅かな疲労を感じたが、そのしゃがんだ状態のままで、攻撃手段ファイトバックを瞬時に計画する。



――β 1秒と時間を使わず、攻撃目標をその伸びた骨に定める!! / NO TIME & QUICKLY PLAY!! β――

少しだけ前に進んだネーデルは、右腕に装着された戦闘爪シルバーエスコートを使い、忌々しい骨の右脚を斬り付ける。
2本の爪ツインエッジ愛する者ネーデルを護り抜く為に、ネーデルの腕力に応える。



◇◆◇ 膝関節しつかんせつを的確に狙い、すねから下を斬り落とす!!

『ジャアグ……』

ゼーランディアの右側に位置する魔眼が僅かに細くなる。この生命体は痛覚を持っていないだろうか。
身体の一部を斬り落とされたというのに、やけに冷静な様子である。

だが、左側の魔眼・・・・・はどう動いていたのだろうか。



身体をやや捻った体勢になっていたネーデルはゼーランディアの感情や反応を一切確認せず、
そのまま飛び上がり、青い髪を激しく振りつかせながら身体をそのまま左に向かって回し込む。

「はぁあ!!」

気合を入れた所で、飛び上がった所で、その突き刺さるような鋭い後ろ蹴りで狙えるのは、
せいぜいゼーランディアの仙骨せんこつ腰椎ようつい程度である。



―ガスゥン!!

屍龍しりゅうの下腹部に力強く放たれるネーデルの蹴撃、そして、足に装着された黒い鱗のブーツは速度と正確さを存分に見せ付ける。
ゼーランディアの胴体が僅かに押し出されるが、攻撃された箇所が砕け散る事は無かった。
打撃は爪による斬撃よりも破壊力は劣っているのかもしれない。

しかし、ゼーランディアは片足を失ったはずだというのに、倒れる様子が無く、そのバランス感覚の凄まじさも何気無く放っている。

伸び切ったネーデルの左脚からは力強さを読み取る事が出来るが、現時点では両腕には支障の無いゼーランディアであり、
攻撃を受けている立場である事をまるで把握していないかのように、その伸びた左脚に魔眼を合わせる。

なんと、この時のゼーランディアの頭部左側が大きく割れており、左眼周辺が抉られたような状態になっていた……



◆■ 右手で少女の左脚を持ち上げる…… / BEWAFFNEN SIE HEBER!! ■◆



『ジスティコーバ!!』

吊るし上げの刑にでもするかのように、骨の右腕だけで軽々と少女の身体デリケートウェイトを宙に浮かばせる。
いくら女の子とは言え、腕1本だけで持ち上げるとすれば、とんでもない腕力を必要とするはずだが、奴ならばそれが出来るらしい。

逆さの状態ハングドマンになりかけた少女も黙ってはいられない。



――宙吊りになった少女は……――



「って……!! 何するのよ……!?」

ネーデルはゼーランディアのえぐれた頭部に気付くより先に、脚を掴まれた事に対する反発を感情に表した。
上半身までも逆さの格好にしてしまう失態は犯さず、腰に力を入れて上に持ち上げたような姿勢を何とか保っているが、
横から見て『L』の字になったようなその格好はあまり好ましい状況とは言えないだろう。

事実上動きを封じられた事に加え、逆さの状態であるからスカートの中を相手に見られている可能性があるという屈辱にさえ襲われる。
だが、ゼーランディアにとってはそんなもの、微塵も価値を感じないと思われるが、被害者の視点は異なるものだ。



――そんな頃、メイファは枝の上で眠ってしまっているのだが……――



『バィシベェット……』

右手に吊り下げられているネーデルを馬鹿にするかのように解読不能な言語アンチャーテッド・インパーソネイションを呟きながら、
ゼーランディアは握らない左手を一度外側に向かって動かし始める。

まるで勢いを付ける為に左腕を伸ばしたようにも見えるが、無防備な姿のネーデルを攻撃するとは、
なかなか酷薄な性格を持っているといえる。



▲▼ その左手がネーデルに向かって加速し始めるが……



「随分……!」

いつまでもはしたない姿を晒している訳にはいかないと考え、ネーデルは自由に動かせる右脚をゼーランディアの右腕に上から絡ませる。
細袴ズボン等のように直接衣服で纏われていないその脚の膝関節しつかんせつの裏に直接触れる骨のやや冷たい感触を覚えながらも、
時間の余裕が存在しないこの窮地きゅうちから脱出すべく、右脚に力を注ぎ込む。



「悪趣味な奴ねぇ!!」

その絡ませた右脚を手前に向かって力強く引っ張り、ゼーランディアの右腕を非常に荒々しく骨折させる。
破損した部分を中心に非常に僅かながらも鋭利な鋭さを持った破片が散らばり、骨の所有者ボーンマスター以外にも微小な被害を提供する。

ブーツに備えられた黒い鱗ウーズガードにも保護されていなければ、衣服にすら保護されていない露出した右脚の太腿ふともも及び、脹脛ふくらはぎ上部を
その飛び散った骨の破片ポイントレスダメージが小さな掠り傷を幾つか、容赦無しに刻み込む。



「!!」

右脚の肌に尖ったものが軽くではあるものの、刺さるような痛みを覚えながらもネーデルはその痛みによって閉じかけていた
右に位置する赤い瞳を再び開き、人間のような姿をした龍に集中力を注ぎ直す。

ネーデルも意図して力を入れる方向を計算していたからか、相手の骨を破壊し、自分の左脚が自由になった時には
もう空中でありながらも、しっかりと両脚を地面に向けたような体勢を取っており、綺麗に着地する事の出来る形となっていた。



スタッ……



地面とネーデルの持ち上げられていた場所との距離が予想以上にいていたものの、その錯覚に惑わされず、
ネーデルは足から綺麗に着地する事が出来た。
ただ、その降り立つ顛末てんまつの途中で、スカートが着用者の速度に付いていけなかったようであるが、
きっと着用者本人は極度の緊張感から物理的な風の寒さを内部に受けていても、違う意味での寒気を覚える事は無かっただろう。

相手は淫猥いんわいな欲求を放つ男では無いし、そもそも相手は人間ですら無いのだ。

右脚と右腕を現時点で失った状態のゼーランディアはネーデルの目の前に立っているものの、
特に反撃を仕掛けてくる様子も無く、平然としたような姿であったから、ネーデルはすぐに軽くしゃがんでいた体勢を解除し、
右腕に装着された爪で反撃を再開しようと、右腕を身体の後方へと引っ張る体勢になるが……



■ν■ 左から飛んでくる子分に気付かず…… □χ□



ドスゥ!!



「ぐっ!!」

真横から何かに突き飛ばされた訳だが、体勢の関係上、実質的に背中から攻撃された事になり、
ネーデルはその打撃に苦痛の声を漏らしながら地面に向かってうつ伏せに倒される。



(……った……。何起きたのよ今……?)

ゼーランディアは確実に攻撃出来るような格好でも無かったし、攻撃をおこなっている様子も無かったのに
どうして自分が今吹き飛ばされたのかと色々と頭の中で考え込みながら、両手を地面に付いて上体を起こす。

右膝を立てた、立ち膝の姿のまま、ゼーランディアに顔を向ける。



ネーデルの赤い瞳に映るのは、堂々と立った姿を威厳さえ飛ばしながら見せ付けるゼーランディアではあるが、
その幾つか破損した部分が何とも痛々しい姿でもある。

『ザピュダイルグデン……ハィジップレア……』

だが、その痛みさえ覚えていないかのように、ネーデルに向かって損傷してない左腕を伸ばし、
まるでまじないでも唱えるかのような声を放ちながら左手を握る。



◆ββ◆ 3箇所の破損部分が深紅に光り…… / ROTER REVIVER…… ◆ψψ◆

現在、破損している部位は3箇所であり、その部分とは……

      α 右脚 β 右腕 γ 頭部左側 δ

まるでその欠損箇所に引き寄せられるかのように、地面に落ちていた右脚と右腕が浮遊を起こし始め、
切断、そして折られていた部分同士が接触すると同時に見る見るうちに復元されていく。

まるで時間逆転ファールリバースでも発生したかのように、接触と同時にひびや切断部位がその線をなぞるように消えていく。
これは人間でいう怪我の完治を意味するものでもあるが、その破損の規模を考えれば、その治る時間はあまりにも早すぎる。



――その様子を見ていたネーデルは……――



「何よあれ……? 自己……再生?」

立ち膝の状態から既に立ち上がった体勢を取っていたネーデルであったが、自分が攻撃を加えた場所が
あまりにも呆気無く復元されてしまっている様子を見た事によって、一種の絶望に包まれてしまう。

今後、自分が攻撃を加えた所であっさりとその全てを無に変えられてしまうのかと思うと、ここで体力を使う意味を考えさせられる。
数歩、後ろへと後退するネーデルであるが、その最中にゼーランディアの最後の箇所の復元が開始される。



◇ξξ◇ 砕けていた頭部も紅く光る…… / WIEDERBELEBUNGSGEHIRN!! ◇μμ◇

頭部のみ、腕や脚とは異なり砕かれた形で破損していた為、その復元工程リヴァイジョンルートにはやや相違点があるものの、
瞬時に元通りになっていく点に関しては共通であると言えるだろう。

神々しい月の光ムーンライト・スポットを浴びながら、ゼーランディアの頭部に砕け散った細かな破片が集まり、そして全てが最初の状態に復元される。

――隙間無く全ての破片が破損地帯へと潜り込み……

――皹を描いていたラインも全て消え失せる……

――失っていた左の魔眼も光と形を取り戻す……

これらが最終的に導き出した少女に対する言葉は、たった1つである……
もしこれが人間にでも実現させる事が出来るならば……



                 ◆ ζ 完全蘇生 / PERFECT REBIRTH ζ ◆



まるでこの究極とも呼べる能力を誇らしげに見せ付けるかのようにたたずむゼーランディアの姿は、
確実にネーデルを軽々と体力的に陥れる事の出来る要素、力、権力、統治力を放っていると言える。



『ガロピュテュリーハインビィ……。ムロカイィン……』

人間のように顔には筋肉が備わっていないゼーランディアのその表情は一切変わる事を周囲に教えないが、
その言語を放つ時の僅かながら伝わる軽やかさが、密かに笑っているようにも感じ取れる。

勿論それは、純粋にネーデルを陥れている事に対する喜びであり、歪んだ管見であると言える。



「随分と便利な身体ねぇ……。だけどこの世界で貴方のような力が開発されたらきっと病院なんて要らなくなるでしょうね……!」

きっとゼーランディアからその身体の事でネーデルは言われたのだろう。

いつでも戦闘に戻れるようにと、爪が装着された両腕を胸辺りにまで持ち上げた状態を保ちながら、言い返す。
怪我や病気――ここではまだ病気らしい症状は見せていなかったのだが……――を自己で治せるような社会が生まれれば、
それを治す為に日々骨を折っている機関はその存在価値を無くしてしまうだろう。



当然の話でありながら、ネーデルには自分で傷を完全に復元させるような力は持っていない。
人間にはある程度は自己で傷を治す事が出来るものの、その速度は結構遅い部類に入る。

今、ネーデルは右脚に微かながら、痺れるような痛みを覚え、ふと脚を確認した。
太腿の下部に当たる部分が切れており、血が少量流れていたのだ。
今頃気付いたような状況であるが、いちいちそこでネーデルはうろたえない。



『チャリコォレペン……』

ゼーランディアはその長身な骨の身体を前進させ、ネーデルへと近寄る。

まるで諦めるように施しているような台詞さえも同時に飛ばしながら、脚の傷で僅かに怯んでいるネーデルとの距離を縮めていく。
傷1つ無い状態に戻った右腕も持ち上げ、それは次の攻撃を意味させているのが分かる。



――ゆっくりと後退をしながら、ネーデルは……――



「貴方なんかの言いなりにならないわよ……。わたしは服従なんてしない……」

もしこのまま戦い続けてもすぐに傷を即行で回復されてしまえば、確実にネーデルの方が体力を尽きてしまうだろう。
本当に戦い続けるべきなのかと考え込みながらも、ゼーランディアに捕まる事だけは絶対に避けたいとも一考する。



――再び、すぐにまた次の言葉を返した――



「それに、どうせその再生能力だって貴方の体力使ってるんでしょ? あくまでも憶測だけど……だったらまだこっちにも勝機はあるわよ!!」

その憶測が事実である事を心中で祈り、ネーデルは自分の方からゼーランディアに向かって走り出す。
前方からぶつかる夜風の涼しさという名前の恩恵を受け取りながら、その爪の握りグリップにより一層力を込める。

ネーデルの意気込みを受け取ったゼーランディアも、ようやくその右腕の意味を少女に教え込む時が来たようだ。



『ショヴェェエ』

そのゼーランディアの言葉自体からは厳然な雰囲気を感じる事は無かったが、ネーデルは既にそれに備えていたのだ。



――速度を付けて伸ばされる右腕……――



「!!」

目の前に飛んでくる骨の拳を目視し、ネーデルは畏縮せず、利き腕では無い方の腕である左腕を地面に対して平行にする。
相手の構えすらなっていない素人に匹敵するその攻撃に対して、ネーデルの口元が本当に僅かでありながら笑みで釣り上がる。



ガスゥン!!



身体的な技術だけで比較すれば、ゼーランディアより確実にまさっていると言えるネーデルであり、
左腕を上手く使い、ゼーランディアの拳による突きを外へと払い飛ばす。

その直接的な拳の重さに多少左腕に衝撃が走るが、装甲がその殆どを防いでくれた上に、そしてネーデル自身はそれで体勢を崩さない。
下から肋骨ろっこつを斬りながら砕くかのように、右腕を天に向かって突き上げると同時に少女は跳躍さえもする。

「ふっ!!」



――■■ 妙にテンポ良く斬撃音が響く…… ■■――

ゼーランディアは目の前で自分の腹部から胸部にかけて少女に右腕の爪1つだけで下から突き上げられながら破壊されていく
その光景を眼中に入れながら、さっさと何か仕返しでもしてやろうかと、骨の両腕に動作を加えようとする。



『グリレント……』

一度抱き付くように束縛でもしてやろうかと、ゼーランディアは自分の両腕を骨だけの不気味な胸部にいくらか素早く引っ張るが、
その時にはもう少女の位置は胸部よりも更に上へと進んでいたのだ。

屍龍の魔眼を下から上へと通り過ぎていくものは……



α□ 速度によってぶれていたが、そのネーデルの必死な表情と、重力と勢いによって下へ引っ張られていた青い髪ブルーヘアー……

β■ 屍龍の主観で考えれば、戦闘の世界で負のマイナス評価として見られ兼ねない、青い服の下に映る細い腰周りウエストと未熟な胸……

γ◇ ゼーランディアにとっては微塵の価値すらも存在しない、短さを携えたミニスカートと、その下に伸びる相当な脚力を備えた両脚……

δ◆ 少女が装備する両腕の爪と同じく、骨だけで形を作る異型の生命体に反発を繰り返す黒い鱗で精製された漆黒のブーツ……



だが、一度の跳躍だけで、一桁台の子供の身長の2倍は下らないゼーランディアの頭部にまで到達する事はネーデルにも難しいはずだ。
きっとどこかでゼーランディアの身体の一部を踏み台にしていたのかもしれないが、
そんなゼーランディアもすぐに次の策を立てなければ、攻撃されっぱなしの状態が続くはずだ。

『マチュー……!!』

今度は自分の頭部に向かって素早く右手を伸ばしたゼーランディアであるが、その龍の頭部に1つの衝撃が走る。



――ιτ 頭部が黒いブーツによって踏みつけられる!! / GIRL’S STAMP!! τι――

ぴったりと閉じられた両脚が、膝の関節の動きに合わせて勢いを載せて伸ばされ、脚の先端に存在する黒いブーツが
ゼーランディアの双眸そうぼうの中心部を踏みつける。



『ヒレベィ……』

しかし、ゼーランディアはネーデルの踏撃とうげきで地面に押し潰される事は無かったし、その重みに負ける事もしなかった。

とりあえず、頭部のすぐ上にいるネーデルの脚でも掴んで引き摺り落としてやろうと、
周囲を飛び回る煩いはえでも叩き落すような速度で右手を頭部の上に向かって伸ばし、そして掴もうとしたが、
その行為が成功する事は無かった。



「とことん甘い奴ねぇ!!」

ネーデルはゼーランディアに捕まえられる前に、その龍の頭部の上で再度跳躍をしたのだ。
青い服に包まれた軽やかな体躯は軽々とゼーランディアの拘束範囲から離れていく。

再生能力は兎も角、それ以外の面に関してはネーデルの方がきっと一枚は上だと思い、飛び上がりながら言い放つ。
地面に足を付けた状態の敵対者との距離が上に向かってどんどん離れていくが、やがては重力に引っ張られ、一度上昇が停止する。



―― ゼーランディアは真下から小癪こしゃくな少女を魔眼で捉える…… ◆◆

『セルミラゲィ……ロヴェセェク!!』

両脚の間に映った物体には何の興味すら示さず、ゼーランディアは上を向きながら僅かにその口を開く。
まさか降りてきた際に噛み潰してやろうとでも考えたのかもしれないが、その右腕も、敵対している少女の落下と同時に
反撃を行えるようにと、握り、そして下方へと引いている。

その言語には恐らくはネーデルに対する反論の意味が含まれているのだろう。



▼υυ▼ ネーデルだって、油断は出来ないはずだ…… ▼εε▼

上昇が止まるとすぐに、ネーデルはその体勢を変化させる。
させるとは言っても、純粋にその身体の向きを上下逆にするだけではあるが、それは次の攻撃の準備段階だ。

視界を確認する為に輝くその赤い瞳を真下へと向ける事によって、下で待ち構える凶悪な龍人を鮮明に確認する事が出来る上、
そして同時に、的確に照準を定める事さえ出来るのだ。

きっとゼーランディアからは、絢爛けんらんな夜空を背景バックに爪の仕込まれた右腕を力強く引きながら落下してくる少女の姿ブルーシルエットが映っている事だろう。



――長い髪も、薄い袖無しノースリーブの上着も、スカートも下からぶつかる風で大きくなびき……――



利き腕である右腕に装着された爪に落下の力を全て注ぎ込み、狙うべき箇所に、照準を鋭く定める。
その場所とは、最も狙いやすく、そして身体の構造上、最も上部に位置する部位だ。
通常ならば、人間がそこを貫通されればまず助からないという場所でもある、あの……

はああぁああ!!!

ネーデルの姿をしかと捉えている、ゼーランディアの反撃を意味するであろう右の引き腕さえも今更になって恐れず、
赤い瞳を目一杯開きながら2本並んだ爪を、相手の頭部に突き立てる。



ガシャァアン!!

ネーデルも自分の腕力と重力だけでは自分の身体がその攻撃後に走るであろう衝撃に耐えられなくなると意識していたからか、
ゼーランディアの後頭部を引っ掻くように背後へと降り立った。
攻撃の間は常に頭を下へと向けていたが、頭部を斬り砕くと同時に素早く脚を下に向けていたから、着地は成功していると言える。

しかし、このゼーランディアの事だから、人間で言う頭蓋骨に当たる骨を砕かれたからと言って怯んでいるとも思えない。
最初の一撃でも、左眼周辺を抉られて平気な顔をしていたのだから。

すぐにネーデルは曲げていた両膝をピンと伸ばし、すぐ傍らで恐らくは自分自身を睨みつけているであろうゼーランディアに
再度、自分の意識を集中させる。



『ピルケァ!!』

やっと降りてきた少女に仕返しとも、制裁とも言える一撃を加えてやろうと、ゼーランディアは振り向くが、
その頭部は……



σσ 激しく損壊し、下手をすれば内部さえ露出しているような状態だ…… ωω

だが、視界を確保する為の2つの魔眼だけは一応は傷1つ付けられていなかったからか、
少女に振り向くなり、ゼーランディアはすぐ側にいるネーデルを右足で蹴り飛ばそうとする。

その蹴りの方法も、ただ爪先を対象に向かって振り上げるといった相当不恰好な有様だ。
恐ろしい程の長身を保持しているのに、勿体無い限りである。



「!!」

蹴られる側になろうとしていたネーデルはすぐに危機を察知し、表情を軽く強張らせながら後方へ跳躍し、回避する。
骨の右足には掠りすらせず、無事にゼーランディアから距離を取る事に成功する。



――距離を離した相手に向かってネーデルは言い放つ――



「甘いわよ! 蹴りもパンチもそれじゃあ素人同然よ?」

徐々に光と共に復元されていくゼーランディアの後頭部をゼーランディア本人の顔面越しに確認をしながら、
ネーデルは両腕を持ち上げた戦闘体勢を崩さず、手足の使い方について思い知らせてやろうとした。

『ガィクターギィ……』

接近を行いながら、ゼーランディアは両手の指を内側へと畳み込む。



「ふん、別に自慢なんてしてないわよ。それより、貴方の目的が飛竜の収集だけとは思えないわね」

ゼーランディアから任務の目的や背景を聞き出そうと考えたのか、ネーデルは透き通った色の頬から汗が流れているのを感じながら、
近寄ってくるゼーランディアを睨みつける。

右手で、そして爪で自分の顔に傷を付けてしまわないよう配慮をしながら、指で汗を拭い取った。



――ゼーランディアは突然肋骨を両手で1本ずつ引き抜くなり……――



『ビスキョオマイト!!』

まるで手投げ肉刀ナイフのように、縦回転を加えて肋骨の1本をネーデルに向かって投げつける。
僅かにテンポが遅れて左手の肋骨も投げられる。

やや適当に投げられたようにも見えたその2つの細長い骨だが、ゼーランディアの事を意識すれば、
その後の命中率を自由に操作する事が出来るものだ。



ガァン!!

「!!」

まるでネーデルに引き寄せられるように飛んでいった肋骨の1つは、ネーデルの左腕の装甲によって弾かれる。
茂みの中へと弾き飛ばされた1本の肋骨の行方を放置し、ネーデルは続いて飛んでくる2つ目の肋骨に対して身を左へよじる事で回避する。

左腕には1つ目の肋骨の衝撃が少しだけ残っていたが、ネーデルの顔面に迫るものは、余裕という言葉では無い。



■■ ネーデルを束縛する為の左腕である / EINZELNE KLEMME ◆◆

その左手は、ネーデルを掴む為に伸ばされたものであり、なかなか素早いこの少女の動きさえ封じ込められれば
ゼーランディアの思い通りとなる。

それを願って顔面を狙ったが、相手にしゃがまれてしまう。



「死体集めてたり……!! わざわざ過去に行って世界再生の手法探ってたり……!! わたしから見たら侵略しか見えてこないわよ……!!」

頭上をゼーランディアの左手が通り過ぎるのを確認するなり、ネーデルは左右の戦闘爪シルバーファングひらめかせ、
自分の想いを出しながら、その出した想いに合わせるように爪による斬撃をゼーランディアの胴体に浴びせていく。

だが、斬撃を繰り返していた時間は相当あったはずだというのに、ゼーランディアは一切反撃を合間を縫ってしてくる事が無かった。
まるで身を一時的に犠牲にしながらネーデルの話を聞き続けていたかのようでもある。

『ロシュントラペシフィラァト……』

ネーデルの意見を聞き終わり、ゼーランディアも返答のようなものをネーデルへと浴びせる。
一体そこにはどんな意味が含まれているのだろうか、
とゆっくり考えさせる暇も与えずにネーデルを右足で押し出す。



――乱暴に距離を離されたネーデルは……――



「飛竜が好きなのは勝手だけど……! 世界作り変えてまで愛したいって言うの!?」

きっと飛竜の話をされたのだろう。

ネーデルは決して他者の好みを否定するつもりは無いらしいが、そこから発展したであろう企図に納得する事が出来ず、
接近すると同時に再度、復元されつつある胸部に再び斬撃を食らわす。



『ジャスリミィク……モウェツセリパイラット……』

意見の合わない少女を一気に黙らせてしまおうと考えたゼーランディアは、
その暗い青の光を灯らせた両眼を細めるなり、右腕をそのゆったりした発音に合わせて夜空に向かって持ち上げる。

そう、それは力だけを頼り、相手に苦痛を与えて黙らせる為の準備段階であり……



「!!」

ネーデルがその危機を把握するのは、決して遅くは無かった。
頭上で獲物を眺めながら笑うその握られた拳から、惨たらしい感情を感じ取ったのだ。

後ろに下がり切るのは無理と判断し、右へと飛び込み……



θθ つちとなり、地面へと叩き落される!! ββ

ドシィッ!!

ある程度は柔軟な処置を施されながら下に広がる土の地面に落とされた右腕が、激しく地面へと減り込んだ。
体勢も右腕を落とすと同時に低めていた為、前腕及び、右手がほぼ全て土に埋まり込んでいる。
これをもし直撃していれば、確実にネーデルの意識は吹き飛んでいた事だろう。

(危なっ……! 食らったら終わりね……)

もし頭上からその攻撃を浴びていたらどうなっていたかを一瞬想像しながら、ネーデルは後退によって軽く浮いていた両脚を地へ下ろす。

命中させる事の出来なかったゼーランディアは右腕を引き上げながらネーデルに振り向いた。



『タビュレコン……ショオリィピィサジロム……』

既に破壊されていたはずの後頭部及び、斬り刻まれた肋骨部分も治り切っているゼーランディアは
右手を突き出し、指を差す。

その胸部には2本分の肋骨が欠けたままとなっているが……



「アイブレム様の命令? じゃあ貴方は命令さえ下されればひょこひょこ付いてくって言うの? 自分で善悪の判断もしないで」

どうやらゼーランディアからはそう聞かされたようだ。

上からの命令だと理解したネーデルだが、まるで自分の意識を全て捨てたかのような考え方には納得が出来なかったようだ。
弱い風で青い髪を揺らしながらも、その少女の姿には何か必死なものが映っていた。







ヒュンヒュンヒュンヒュン……

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