(ん? 何よこの音……)

ゼーランディアに向けている顔の向きは変えず、ネーデルは赤い瞳レッドアイズを左右に動かし、その徐々に近寄る音を探そうとする。
どことなく後方から迫っている気がするのは確実に気のせいでは無いだろう。
前方からは勿論、道として遠方まで広がっている左右にすら姿形が映っていないのだから。



『ツァディゴベン……』

ネーデルの心情を悟ったかのように、ゼーランディアは意味有り気に左腕を前へと伸ばす。
一体何をしようと考えているのだろうか。

淡い緑に染まった指ナビゲーション・ライトグリーンを1本だけ立てるなり、その1本で空気を引っ掻くように地面に平行に鋭くなぞる。

すると、先程までは小鳥が羽ばたく程度の音だったその風の中を流れる音がより鮮明となる……



―ガササァ!!



(!?)

長く伸びた無数の草コールドテンタクルズによって作られたその茂みの中サブマージゾーンから掻き分けるような音が響き、異常を感じたネーデルは背後を振り向く。
後ろから迫ってきていたのは、何やら激しく地面に対して垂直に回転している棒状の何かだった。

そう、それは……



■υ あの時回避した肋骨である / RUCKKEHRRAND…… υ■

一体今までどこを飛び回っていたのだろうか……

等と下らない旅日記アービトラリーデータを想像している余裕は無い。
高速回転トルネードアクションを続けながら対象に迫るその刃にも等しい骨を見て黙っていられる者はいない。

ネーデルの思考がすぐに思いついた事は、その場から離れる事では無く、足を使って蹴り飛ばす事だった。
記憶が正しければ、追尾ホーミングしてくるその骨から回避しても、またしつこく追いかけられるのがオチである。



T.Position 右脚を引き、右を意識し背後に視界を渡す

U.Position 極小の時の中で、蹴撃の目標地点を決定する

V.Position その攻撃目標は当然飛来する骨フライングソーサーではあるが……

W.Position 骨のど真ん中こそがネーデルの理想なのだ



えぇい!!

ほぼ上半身目掛けて飛んでくるやや彎曲わんきょくした大きな肋骨カース・オブ・グリーンに向かって、膝の裏が血で少し濡れた右脚を
気合と共に強く伸ばし、そのぶっ飛ばした黒いブーツの裏が見事なまでに、回転を続けていた肋骨の中央に直撃する。



ガスゥン!!



アキレス腱の硬さを感じさせないその骨に向かってピンと伸ばされた右脚は、飛来した肋骨の回転力モーターパワーを奪い取り、
更には飛び回る為に注ぎ込まれていたであろう何らかの力インビジブルフォースも奪い取る。

蹴られた肋骨はそのまま反動と衝撃に従って飛ばされ、やがて1本の樹に激突してそのまま地面へと落ちる。



――蹴り飛ばした後の結末には期待せず、ネーデルはすぐ前方を確認するが……――



「次はあな……!!」

きっと『次は貴方の』……と続ける気でいたであろうネーデルだが、すぐ目の前には、左腕を振り上げたゼーランディアの姿があったのだ。
夜中で薄暗くなっているとは言え、まさに今叩き飛ばそうと目論むその姿を確実に捉えているであろう。

今までの疲れが蓄積していたのか、僅かに防御体勢シールドスタイルを取るのに間に合わず……



バルミィ!!

人間の台詞だとしたら、恐らくは『くたばれ!』とでも叫んでいるのかもしれないそんな言葉を飛ばしながら、
左手でそのまま、自分自身を護ろうと構えようとするネーデルを横から打ち据える。



――頭部と肩を纏めて狙い……――



いっ!!

弾ける音では無く、硬い物が柔らかい物を叩き付けるようなやや鈍い音が周囲の極めて狭い範囲内で響き、
そしてネーデルは青い髪を舞い上げながら土の地面に身体を横から打ち付けてしまう。

少女を叩き飛ばしたゼーランディアは、皮膚感覚すら無いであろうその左手を満足げに握る。
攻撃した際に触れた髪の感触や肌の感触を知る事無く、左手は一度その目的を果たし終えたのだ。



った……、はぁ……はぁ……」

骨の左手ではたかれた衝撃に加え、土で構成された地面に身体を打ちつけた衝撃のこの2つによって
身体に走る痛みに身体を硬直させていたが、ネーデルはやや呼吸を乱しながら、左手を地面に付きながら、倒れていた上体を押し上げる。

鈍痛が鈍痛だからか、やや鈍そうな雰囲気を思わせるかのように、上体を持ち上げた後に
それぞれの膝を順に折りながら立ち上がる。



『チスティメパーラ……、モォシュク……』

ゼーランディアは、脚を僅かながらに震わせながら立っているネーデルに近寄っていく。
再び左腕を右手で引き抜き、そして右腕の関節を上手く曲げながらそのブラブラと垂れ下がった左腕の先端を回す。



――ネーデルはまだまともに正面を認識していなかったが為に……――



まさに今が攻撃のチャンスと言わんばかりにゼーランディアは魔眼の威光デーモンアイズ・フラッシュを強め、
骨の左腕を持った右腕を夜空に向かって力強く伸ばす。

ευ まだ顔を上げていない、この少女を昏倒させるべく!! / SPRINGEN SIE,UM ZUZUSTEUERN υε

きっとこの少女だって相当疲れが溜まっているだろう……
それを考えれば、この先はもう短いはず……
頭を狙ってそのまま眠らせてやる……



――だが、ネーデルは顔を上げ、戦闘に相応しい目付きを見せ付ける……――



「世界を作り変えるなんて……、わたしは絶対反対するわ!」

頭上から落とされるであろう骨の鞭におののかず、逆にその鞭に飛び込むかのように一度両膝を曲げ、
そして右腕の爪を先頭に突っ込むかのように跳躍をする。

βββ ネーデルの身体は地面から離れ……

μμμ 屍龍の鞭コープスケインも同時に落とされる!! / FALL DOWN!! ρρρ

だが、ネーデルの思考は停止していた訳では無い。
左腕の暗紅色の装甲ロバーストブライトネスで鞭の一撃を防ぎ、もう1本の腕、即ち右の腕で龍の頭部に爪を突き刺す。

2本の爪を立てたと同時にネーデルのその跳躍の際に生まれたエネルギーが失われ、
そのまま降りずに一度ゼーランディアの肋骨に足をかけ、足をかけた後でまるで骨を踏み台にするかのように後方へと跳ぶ。
落下の風を下から受け、ネーデルの青い上着が揺れると同時に細い腰も、うっすらと外に映される。



『ビィラカリメィ……シャパルコシァプロォゼク……』

ゼーランディアは地上へと降りつつあるネーデルに反撃をする為に、左腕を再連結させていない不自由な腕ショートアームでの攻撃を一度放置し、
無事に2本とも揃っているその両脚の内、左足をネーデルの足元を目掛け、真下を狙って蹴り上げる。

構えの体勢は無いに等しいが、その持ち上げられる速度は幹部の名ハイプレイスプライドに恥じないものだった。



―■ 空中にいる少女の脚を狙うその骨は…… □―

ガスッ!!

「うっ!!」

下から高速で持ち上げられた骨の爪先ホワイトクレストは、上から降りてくる少女のブーツの真下にぶつかり、硬い物質同士がぶつかる音が鳴り響く。
黒い鱗で護られた足が直接傷をこうむる事は無かったものの、着地時の体勢だけは崩されてしまう。

まるで両脚を引っ張られるかのように、そのままネーデルの姿勢も地面に背中を向けたような姿となり、
やがては体勢を整えきる事が出来ずに、その残った地面との距離を背中から落下する。

「うぁっ!!」

背中に痛みが走り、僅かに時間を遅れて反動で跳ね上がっていた両脚も地面へと落ちる。
ネーデルの中ではやり場の無かったその痛覚の刺激による状況で、無様に開いていた両脚に気まずさを覚えていたが、
どちらにせよ立ち上がらなければ、反撃も出来ないし、地面に尻を付けたままの体勢で言い返すのも無様だ。



「相変わらず……!!」

ネーデルは雪白な色の歯を食い縛りながら、立ち上がる為に右膝を最初に引いたが、そこで言葉に詰まりが生じた。
それは敵対者の動作が引き金になったのは、言うまでも無く……



――持ち上げられた、ゼーランディアの右足は……――



その姿が龍を主題モチーフとしているからか、身体の重心を支えるその足も妙に大きく、
それは少女の胴体の殆どを軽々と覆い尽くす事が出来る程の面積を誇っている。

立ち上がろうとしていたネーデルに向かって、人間と比べれば巨大と言っても良いその足を落とす。



ガン!!



「うぐっ……!」

素早くネーデルは両腕で自分の胸部だけはゼーランディアの踏み付けから護ったものの、
腹部までは護り切る事が出来ず、そのままゼーランディアの足によって地面へと押し付けられてしまう。



『ヒャッサビィ……』

まるでネーデルを自分の配下として従わせるかのように、右足の下で束縛されたネーデルを見下ろしながら、
ゼーランディアは人骨で言う下顎骨かがくこつに当たる骨を上下に動かした。



――踏み付けられて苦しみながらも……――



「そんな……貴方達の勝手な……話が人々に……通じると思ってるの!?」

踏み付けられ、体勢的に辛いものがありながらも、ネーデルはこの戦いの中での時間で考えれば相当前に言われた事を思い出しながら、
それに対して言い返した。
上辺では聞こえの良い計画であるのかもしれないが、ネーデルは決して納得を覚える事をせず、相手の魔眼を強く凝視する。

『カフィリーヴァレペリルベビサァゾ……』

ネーデルに言われ、もう少し足元で無様な姿を晒し続けているネーデルに納得されるようにしないといけないと思ったからか、
また人間が理解出来ない言語を放つ。

しかし、まるで虫でも踏み潰すかのように足首を捻っている所がまた惨たらしい。
たおやか且つ、柔らかさもあるであろうそのネーデルの腹部に対し、きっとゼーランディアの足は嬌笑しているに違いない。
特に反発らしい動作もしてくる様子が無く、ただ踏み付け続けられる少女の姿を見て魔眼さえも嬌笑の色を灯し始める。



「それが善意だって……言いたいの……? そっちにはまあ……過去に行く力があるから……色々言い分……あるんだと思うけど……」

きっとこの星の人間には分からない過去が存在するのかもしれないし、そこで人間が気付かなかった過ちさえ存在するのかもしれない。
そんな事をきっと言われたであろうネーデルは僅かながらも目の色を変えるが、それでも本質的な感情は変わらない。

いつまでも踏み付けられている事によって、ネーデルの身体に苦痛が走り続けるのは勿論、精神的な面では遺憾すら覚えてしまう。
幸いにも両腕はゼーランディアの足の下に位置しているから、踏み付けてくる力に反発しようと、厳しい体勢でありながらも、力を注ぐ。

『サァマルカイース……ツウェソン』

一瞬、ゼーランディアは足元で押し返されるような歯応えを感じたものの、それでも元から変わらないであろう表情1つ変えず、
足元のネーデルを見下ろしながら言い返す。



――その台詞を聞き、ネーデルの目付きが大きく変わる……――



「少なくとも……わたしは……うぅう……!!」

まるで憎悪を剥き出しにした逆襲者リベンジャーのような目付きを作り上げながら、決意を固めると同時にその両腕で屍龍の足の力に逆らう。
普段は物静かなその声色であっても、搾り出すような力を溜める為のその唸り声は僅かながら汚く聞こえてしまう。

『マィベァ……』

ゼーランディアの魔眼も細くなる。
甚振る為に恐らくは力を抜いていたのかもしれないが、上昇し始めた自分の右足と、その下にいる少女を共に視界に入れ続ける。



――だが、右足はどんどん上へ上へと登っていき……――



「貴方達の……組織が……動いてから……世界が……!!」

自分自身の備えられた腕力がネーデルの想いを受け取ってくれたからか、自分を踏み付けていた相手の足を徐々に持ち上げていく。
ネーデルの両腕の関節アームズボルテージがほぼ完全に伸び切った時に、今まで黙り込んでいた両脚にも動きが見られた。

立ち上がりさえ出来れば、有利な姿勢でゼーランディアの圧力にあらがう事が出来るはずだ。
いや、立ち上がらなければまともに張り合う事は出来ないだろう。相手はほぼ全体重をかけてネーデルを束縛しているのだから。

ただ、そのネーデルの下半身がとても仲間達に見せられるような状態では無いくらいに服が乱れていたものの、
少女の腕力が徐々にゼーランディアを押し退け、そして遂に地面から尻が離れていく。
一度地面に右膝を付けるが、その膝も地面から持ち上がっていく。同時に乱れていた服も元通りになる。



――まるで顔面に迫る壁を押し退けるかのように膝も徐々に伸ばしていき……――



「おかしく……なったと……!」

ゼーランディアも力を抜いていない為に、まだネーデルが力を抜く事は許されない。
両膝が曲がっているとは言え、もうその状態は倒れているとも言えず、しゃがんでいるとも言えず、尻餅を付いているとも言えない状態、
即ち、もう立ち上がっていると言っても間違いでは無い状態なのだ。

後少し、ネーデルと相手の右足の間に余裕を作る事が出来ればすぐに脱出すら可能な状況であり、そして、遂に……



――再び、歯を食い縛り……――



思うけどねぇ!!

華奢な二の腕の直径が僅かに高くなる程に、肉体的に気合を入れ、相手を投げ飛ばさんばかりにネーデルは相手の足を押し上げる。
とうとう足の下から脱出されてしまったゼーランディアであり、今の反動で足元がふらつき、バランスを保つ為に数歩下がる。

遂に踏み付けられる地獄と屈辱から解放されたネーデルではあるが、ここで余計な体力を使い過ぎた為に、
身体に熱が篭り始めているのを確認する。青い服の裏で汗が身体をなぞっているのも何となく把握する事が出来た。
直接外の風を受けるように露出された腋の下も、非常に熱くなっている事を把握する。



ろくに相手の姿も確認しないで、やや下方に視線を向けながら踏み付けられていた胸元を左手で払う。
頬に流れる一筋の汗も右手で拭いながら、世界の異変が組織の介入と同じタイミングで発生したと、ネーデルは意見するが……

「はぁ……はぁ……わたしの母さんだっておな
う"あぁ!!

視線を持ち上げたネーデルだったが、突然顔の側面に痺れるような激痛が走り、強引に激しい悲鳴を上げさせられる。
その痛みがあまりにも鋭く、精神的にも身体にも突き刺さる程の威力があったからか、涙すら滲ませてしまう。

転ばされる程の重さは無かったが、痛みの値は無視する事が出来ない。



――勿論、それはゼーランディアの仕業であり……――

■◆οσ 月の光が照らす森の中でぶら下がる、奇妙に長い骨イクスペンシヴロット…… σο◆■

◆■βγ それは指の骨ではあるのだが、通常の3倍の長さがあり…… γβ■◆

■◆ρη 骨を自在に連結させられる屍龍ならではの荒業なのだろう…… ηρ◆■

▼▼ 覚えているだろうか? まだ左腕は千切られたままだったのだ…… ▼▼

▲▲ それが今、鞭のように放たれ、連結した指の部分フィンガーパーツがネーデルを弾いたのだ…… ▲▲



『ティグスパーティゼロム……』

痛がる少女を眺めながら、ゼーランディアは右手に握っていた左腕の上腕骨部分を肩関節へと捻じ込んだ。
自分の足から解放され、自由の身となって浮かれ始めていたであろうネーデルに鋭い一撃を与える事が出来、きっと笑っているだろう。

少女が右手で頬を押さえている所を眺めながら、左腕を引いた。



――殴り倒すに限るか……――



――ネーデルもすぐに気配に気付くが……――



顔に走る痛みに神経が向いていた為に、ネーデルは反応が遅れてしまった。
まだ直接命中していた訳では無いが、身体への直撃を直接避けるのが無理だと判断したネーデルはすぐに両腕で顔を保護する。

その右の頬には血が滲んでいた。



ドスッ!!

「うぅ!!」

暗紅色に染まった両腕の装甲はもう何度も持ち主ネーデルを護ってくれているが、ネーデル本人は判断が遅れていた時にどうなっていたかを、
その僅かな時間の中で思い浮かべてしまい、相手の威力による反動によって思わず鈍い悲鳴を上げてしまう。

青い髪が、後方に押し飛ばされた反動で一瞬だけ顔よりも前に流れる。
髪が元の場所に戻るのをネーデルは意識せず、距離が離れた事に好都合な感情を浮かべ、再び自分の意見を相手にぶつける。



「人を力で支配して……」

先程ゼーランディアに付けられた頬の傷が風に触れられて痺れるような弱い痛みが連続的に走るものの、
いちいち手で押さえてはいられないから、強引に痛みを放置しながらネーデルは敵対者に鋭い眼光を飛ばす。

偏ったその平和という意味に異議を唱える意味合いなのか、右腕の爪リボルトマークが今にも牙を剥きそうな雰囲気を晒し出している。



――ゼーランディアへ向かって飛び込む……――



――≫≫ 相手の下部に位置する肋骨を狙って!!

――≫≫ すれ違い様に斬り付ける!!

――≫≫ 言い返す言葉をそのまま気合に変化へんげさせる!!

「押さえ付けて!!」

ガスゥ!!

白銀の爪がネーデルの腕力を受け取り、敵対する龍の肋骨イモータルボディを砕くように斬りかかる。
粉砕した箇所を確認する暇も無しにネーデルの身体はそのままゼーランディアの背後へと進み続ける。

右腕を使った反動を気持ちだけで活用するかのようにそのまま背後に向き直し、
そして骨を破壊されても尚平然と近寄ってくるゼーランディアの高い位置にある胴体を狙い、左脚を力強く伸ばす。



――それは即ち、後ろ蹴りを意味する防衛手段であり……――



「逆らう相手を容赦もしないで殺して……!!」

目的の為に無用な犠牲さえ生み出す非道な方針に怒りを覚え、異議を唱えながら後ろ蹴りをネーデルは食らわす。
その後の状況をネーデルが予測していたのかは不明だが、ゼーランディアはその蹴り程度では後方へ飛ばされたりはしなかった。

最初に突き出された左脚に続いて右脚にも攻撃指令を送り届ける。
左脚は直進的な蹴りであったのに対し、右脚の場合は円を描くようなスタイルを今現在見せ付けている。



「神様のように気取ってるつもり!?」

黒いブーツがゼーランディアの横腹を力強く叩き付け、そしてネーデルはまるで世界の頂点に立ったようなつもりでいるゼーランディアに向かって、
再度台詞に変換した気合をぶつける。



ガスッ……



「!!」

ネーデルはそのまま右脚を地面に戻す事が出来なくなってしまう。
引き抜こうとした所で、それは叶わぬ願いだった。



――左手がネーデルの右脚を捕まえた……――



上から左手を落とすようにしてネーデルの神速で振り飛ばされた右脚の脛を鷲掴みにし、動きを封じ込めたのだ。
片足を強引に持ち上げられた姿勢のネーデルを諭すかのようにゼーランディアは下顎骨かがくこつを動かし始める。

『ナァグシュリヘンイシュ……』



――しかし、ネーデルはそれを解読するのでは無く……――



「何する気よ!? 離して……!!」

最初は本気で相手を罵倒し、すぐに自分の身を自由にするよう、命令のように張り上げた声を飛ばすが、
ゼーランディアの取った動作によって、一瞬で弱々しい声ウィークリースタンスに変貌してしまう。



ψψ 殴りかかろうとしていた右の拳が少女を畏縮させる…… / DAS BREMSEN VON MACHT ττ

まるで暴力だけで全てを解決させるかのように、ネーデルの脚を縛っていない右腕を引き、ネーデルの表情を氷付けにさせる。
逃げる事も避ける事も出来ない少女を見詰める魔眼は、決して少女の怯える赤い瞳から逸らす事をしなかった。

動けない少女を見て一度心中で笑い、遂に行動を発動させる。



T.FIRST HELL

――≫≫ 右腕を直進させ、真っ直ぐネーデルを狙う!!

ラボル!!



ドスゥ!!

「くっ!!」

ネーデルは右脚を掴まれた不安定な格好のまま、顔面を護る為に必死で両腕を顔面の前で強く固定させる。
本来であれば、ゼーランディアの強さに負けたネーデルの身体がそのまま押し出される所だが、
足を掴まれている今はその反動をそのまま身体の外に逃がす事は出来ない。



U.SECOND INFERNO

――≫≫ 今度は右腕を棍棒のように左から薙ぐ!!

クリプラェ!!



ドン!!

う"ぅ!!

まさか一撃だけで終わらせてくれると考えていたのだろうが、それは甘過ぎる思考だったのだ。
そして、正面に対してばかりガードを固めていた事も間違いだったのだ。

顔面を保護していた両腕をゆっくり下げた瞬間、ネーデルは顔の左部を横殴りにされ、思わず転びそうになってしまうが、
右脚を大きく横に開く事によって地面への激突だけは何とか免れる。しかし、顔に走った痛みは尋常では無かっただろう。

しかし、まだ続きが残っていたのだ。



V.THIRD HADES

――≫≫ 戻ってきた右腕が右から薙がれる!!

ソヴェル!!



ドスッ!!

あぅ"う"!!

腕が戻って来る時間がネーデルの感覚ではあまりにも速すぎたからか、激痛に縛られて防御の体勢すら取っていなかった。
そこに迫ったゼーランディアの右腕がネーデルを横薙ぎに殴り倒したのだ。

ネーデルは青い髪を舞い上げながら地面へと倒されてしまう。
すぐに立ち上がらなければと、横たわったその身体を立ち上がらせようとするが、口の中で激しい血の味が広がっているのを感じた。



「こんな……程度で……わたしが……」

ネーデルは痛みも疲労も押し殺しながら膝を引いて曲げるが、実際の所としては、青い服の中では多量の汗が身体を包み込んでいる。
相手の体力消耗がまるで感じられない姿に悔しさすら覚えながら、完全に立ち上がっていない姿勢で相手を睨むが……



――身体が突然浮かび上がる……――

「!!」

自然な浮遊では無い。
いきなり胸部をゼーランディアに鷲掴みにされ、持ち上げられたのだ。
ゼーランディアの力にかかれば、少女1人を片手で持ち上げる事は容易いものだ。



「何するのよ!? 離してよ!!」

身体の疲れも忘れて遥か高所に持ち上げてくるゼーランディアに向かって声を張り上げる。
ネーデルは両手を使って束縛の右手を抉じ開けようとするが、全く開く様子が無かった。
純粋に力の差がそこに存在したのだろう。



――ゼーランディアの魔眼が笑い……――

掴んでいた少女を空中へと放り投げる。

「なっ!!」

月の光が照らすのは、もう既に体力を消耗し、次に激しい一撃を受ければ更に深刻な状況になりそうな姿をした少女だ。
だが、宙に放り出された少女も黙って地面に落下させられる訳にもいかないと意識したのだろう。
顔に痣を残しながらも、しっかりと両脚を地面に向けながら降下を続けている。



『シルコンペル……』

ゼーランディアは少女を手放して即座に左手を強く握り締めたのだ。
これから少女を楽しませようとも考えていたのだろうか、深青の魔眼はネーデルを強く捉え続けていた。

握った理由はただ1つである。少女に直接痛い目を遭わせてやる為だ。



――▲■ 暴漢の如く、左腕を過剰に引き…… / STRIKE BONE ■▲――

打撃を加える腕が後方に引かれれば、それだけ前方に伸ばされた時の力も増大していくものだ。
片手で人間を持ち上げるだけの腕力を備えた腕の破壊力がどれだけのものであるのかと想像をさせる時間は与えてくれない。



苦痛で苦しむ少女の表情を連想しよう……

どうせ殺すつもりなんて無いから……

痛がる身体で強引に戦わせてやるか……

屍龍の思考回路ブレインズプログラムでは打撃を加えた所で命までは奪う事は無いと計算されていた可能性がある。
だが、死ぬ死なないの話よりも、攻撃を受けた少女に意識を向けるのが先かもしれない。



まだ地面へと降り立っていない少女の顔を目掛けて、握られた左手で殴りかかる。

ミーティ!!

■υ 狙いは、ネーデルの顔面だ!! υ■



「うぅ……」

ネーデルは相手が左手を引いていた時点でもう自分がこれから何をされてしまうのかを理解していた。
理解をし、そして間も与えられずにゼーランディアの攻撃が始まった為、息を漏らすような声を口から漏らしながら顔面を護る。
両腕の装甲に自分の命を預け、そしてその背後では怖がる子供のように赤い瞳を震わせながら細めている。



――やがて、凶悪な腕力を秘めたであろう左手がネーデルを直撃し……――



ゴォン!!

「ぐぅっ!!」

筋肉組織も皮膚も纏っていない生粋きっすいの骨の塊である左手が、ネーデルの両腕をあまりにも過激過ぎる力で押し出した。
鈍く、そして重たく響く直撃音を提供すると同時に、その装甲の奥にまでしつこく響き渡るような痛覚すらも過激に提供したのだ。



――赤い瞳があまりにも強く閉じられ……――



両腕が震える程に力を入れ、ゼーランディアの打撃に備えていたネーデルは、顔面を殴り飛ばされる事は回避出来た代わりに、
両腕に非常に強い衝撃を受ける事になってしまい、その食い縛った歯の奥から鈍く詰まった声を漏らす。
その力強い打撃の力によってネーデルの上体が押し出された訳であるが、それとは逆に、身体の下部が持ち上がっていた。

それは即ち、ゼーランディアの攻撃の過程でネーデルの身体が地面に対して背中を向けた姿勢になりつつある事だったのだ。



――しかし、全身に走る衝撃に神経が行っていた為に……――



ドン!

「あ"う"っ!」

背中から地面に落下したネーデルは搾り出したような苦痛の悲鳴を短く漏らし、同時に顔面を護り続けていた両腕を左右へと広げる。
あのゼーランディアの身長よりも高い位置から落とされた上に、しかも痛覚という障害物が着地の体勢制御を妨害したのだ。
その落下の打撃もゼーランディアの今の打撃と比較出来る程に強いものだったに違いない。

それでもまだネーデルの体力は残っている。
まだ夜空の彼方に太陽が昇る事も無く、しかしそれでも時間は相当経過したはずだ。
身体中で流れている汗の湿り気を常に覚えながらも、まだゼーランディアとの間に距離がある事を確認する。



「う……くっ……、母さんも……似たような事言ってたわよ……。結果的に……人にとって幸福になるとか、ね」

ネーデルは背中に痛みが残っているからか、立ち上がる事が出来ず、倒れた姿で上半身だけを反り起こした体勢でゼーランディアを目視する。
今まで蓄積されていた疲れよりも、数秒前に走った打撃の方が身体的に苦痛であった為か、
ゼーランディアに言い返す為に出されていた声も所々で詰まっていたり、呼吸で乱されていたりしていた。
左だけ閉じられたまぶたも、少女の身体に現在溜め込まれている傷の痛々しさを見せ付けている。

『ミルコウェバイ……ツァンドスリペェ……』

今までの戦闘記録をさかのぼって考えると、恐ろしい程に正常過ぎる姿と状態を保ち続けているゼーランディアはネーデルを見下ろし、指を差す。
距離からしてネーデルが襲い掛かってくるとは考えられなかったからか、ゼーランディアも攻撃を仕掛ける事はしなかった。



「くっ……うぅ……だからって……今まで築いてきた歴史を全部否定するような事が……、許されると思ってるの?」

まだ痛みが残っているからか、正常な感情で相手に言い返す事が出来ないネーデルは所々で呼吸を詰まらせながらよろよろと立ち上がる。
青い服やスカート自体には破けた痕等の損傷部分は見えていないが、土でいくらか黒く汚れてしまっている。
また、曝け出された脚や肩口及び、顔にも傷が目立ち、そして立ち上がった今も背筋をやや前のめりに倒した姿を保ち続けている。

それでもネーデルは今まで人間達が築いてきた歴史を全て消し去ってまで幸福とか、平和とかを求める事が間違いであると異議を飛ばす。
きっと相手の理論は自分勝手な話だと認識しているのだろう。

『スタルビャーフトェルケォ……』

意味ありげに右指なんかを伸ばし、そして実在しない壁に適当に連想した文字でも描くかのように空間をなぞりながらネーデルを見続ける。
ゼーランディアのその姿は、これから戦いを再開させる雰囲気を見せないやや静かな様子ではあったが、
その放つ言語は相変わらず常人には理解出来ない発音と形を保ち続けている。



「結果……ねぇ。でもだとしたらこの星の飛竜に目を向ける理由がイマイチ理解出来ないわね。そりゃあ貴方の身体を作る事に貢献はしてるだろうけど、ここで分かったのは結局貴方は自分の利益だけの為に飛竜を集めてる事、じゃないかしら?」

体力が消耗しているとは言え、連続で痛撃を加えられさえしなければいくらかは平常な呼吸に戻す事が出来るのだろう。
ネーデルは疲労で曲がっていた背中を真っ直ぐにし、真剣な顔立ちで1つの疑問点を相手にぶつける。

飛竜自体が世界を作り直す事に直接は影響していないはずなのに、何故その力を必要としているか、である。

『サーキルオズロヤジェセェン……』

なぞっていた指を折り畳むと同時に右腕も同時に下ろし、ゼーランディアはその反対の方向にある腕を持ち上げた。
その左腕では指を伸ばす事はしなかったが、逆に目の前を扇ぐように遅めに振り続けている。
当然、相手の対応を断っている訳でも無いし、外の気温が暑かった訳でも無い。



――背筋を真っ直ぐ伸ばしたまま、ネーデルは言い返す――



「だけど、飛竜のその貴方にとっての不思議な力とやらがあった所で、世界の再生みたいな事なんて多分出来ないはずだし、だとしたら結局飛竜は――」

ヒュンヒュンヒュンヒュン……



――ネーデルの目付きが変わり……――



「何よこの音……!?」

見えない所から狙われていると気付き、その音の発生地帯であると思われる右へと視線を素早く向ける。
ネーデルの聴力は的確にその音を判断し、そして正しい場所へ視線を誘導させる事に成功させたのだ。



■■ いつかの肋骨が遠投凶器となり…… / LOST BONE? □□

一体どこを彷徨っていたのだろうか。
もう1本は既に持ち主の胸部へと帰還していたというのに、こいつだけは深い森の中で飛び続けていたのか、それとも姿を隠していたのだろうか。
しかし、近距離で突然姿と本性を 露≪あらわ≫ にした骨が求めるものはただ1つである。

自分を睨む醜女しこめの悲鳴を聞きたい……
だから、お前との密接を許可しろよ?




――ネーデルも黙っていられない……――



「くっ!!」

回転しながら飛んでくる肋骨との距離が短かった為、ネーデルの口からは他者にその骨に対する憎悪のメッセージは出てこなかった。
きっと心中では、今頃になってやっと飛んできた残りの1本に向かって罵声の1つや2つを飛ばしてやろうとでも思っていたかもしれない。
だが、秒単位の世界となれば、相手に対して、別の第3者が聞けば陋劣ろうれつとも思われかねない暴言をぶっ飛ばす余裕すら作る事は出来ないのだ。

■ρ 右脚をすぐに反撃体勢リベンジポジションへ!! / CAN’T APPROACH? ρ■

白い肌及び、激しい足技を使いこなす少女にしてはやや不釣り合いな細さを見せ、
ついでに言えば不道徳ながらもその奥さえも期待させるらしい右脚が一度持ち上げられ、そして膝から畳まれる。

脚に残った傷を意識してはいられない。
あの時・・・と同じように、骨の中心部を真っ直ぐ蹴り飛ばせば跳ね返せるはずだから、いつもの技量が夜空の下で試される。
向かってくる肋骨に対する考え方は色々とあるのかもしれないが、今の状況では客観的に書き表す事しか出来ない。



「はぁ!!」

決して自分は醜女しゅうじょでは無い!!
あんたに触られるなんて御免よ!!


……と、本人が思っているかどうかなんて分からない。
ただ言える事は、蹴り飛ばす為だけに可愛らしさだけは隠せなかった気合いが飛ばされた事である。



◆ηη 伸ばされた右足はやがて…… ηη◆

ゴォン!!

◆λλ 飛来する肋骨に命中はしたが…… λλ◆



蹴り付けられた骨はそのままネーデルの力に従い、ネーデルから離れるように飛ばされると考えるのが一般的な思考だろう。
少なくとも、肋骨の1本の重量はネーデルの脚力に劣るはずなのだから、そう考えるのが普通だと思われる。
以前の肋骨だって同じ手段で撃退し、払い除けたのだから、今飛んで来た肋骨だって同じ末路を辿るはずだ。

υυ と説明されている時点で察しは付くと思われるが…… κκ

まるでネーデルの攻撃を無視するかのように、強引にネーデルへの接近を継続させていく。
つまり、それは……



(え……嘘!?)

伸ばした脚の上部を通って本格的に目の前に迫ってきた時にはもう遅かった。
脚を戻す間なんか与えられるはずも無く、悲劇がネーデルを襲う。

ドゴッ!!



あぐっ!!

顔の側面に直撃され、ネーデルは声にならない悲鳴を短く張り上げながら内部に染み込むような激痛に目を強く閉じ、歯を食い縛る。
純粋に痛いだけでは無く、肋骨から送られた反動も加わっている為、激痛に苦しんでいてはやがては倒れる破目になってしまう。

まぶたが非常に強く閉鎖され、前方の視界が暗闇になったその状態でも、身体が傾き始めていた事には気付く事が出来たのだ。
反射的に右脚を地面へ戻すと同時に、左脚を均衡柱バランサーとして地面を擦るように右脚との距離を広げる。



ザザッ……

黒いブーツがやや力強く土の地面を削る音が鳴るが、それが静まった所でやや大きめに広げられた両脚が閉じる事は無かった。
スカートという事情を考えるとやや恥辱を意識すべき格好ではあるが、今のネーデルにその余裕は無かった。

「うぐっ……、はぁ……はぁ……何、面白がってるのよ……」

自分の痛がる姿を見ようと、わざと狡猾な攻撃しか仕掛けてこないと予想されたゼーランディアを、
ネーデルは憎悪の感情で埋め尽くしてしまおうとするが、視線は持ち上がっていなかった。

まるで金属同士をぶつけ合った時に発生する振動をそのまま身体で受けたような激痛に堪え抜くには、
その苦しいであろう呼吸でさえ最小限にとどめ、じっと不動の状態を保つしか無かったのだ。
痛みに耐え切れず、一度倒れてしまう、なんて事態にまでは行かなくても、下手をすれば涙腺さえ刺激されてしまうような一撃だった。
未だに脚はまだ閉じていないし、両腕も構えらしい構えの格好を取っていない。

しかし、逆に言えばこれだけの激痛に対して、転倒せずに耐える事が出来た少女として捉える事が出来るのだ。
もう1つ根性を搾り出す事さえ出来れば……



――苦しそうに、視線だけは持ち上げながら……――



「それと……話の続きだけど……オマケ程度でしか考えられてない事になると思うわよ?」

痛み自体は疲労と同じく、完全には抜け切っていなかった事だ。
だが、言い残していた言葉の続きを相手にぶつける事なら出来るのだ。
視線だけ・・を持ち上げ、体勢はそのままで、徐々に消えていく痛みの中で飛竜を求めている意味をネーデルの解釈で言った。

『ミシャラストローバ……シェイヴァーラスメルコフェブオシスペイザグンティ……』

1本だけ欠けていたゼーランディアの肋骨は既に復元されており、痛がるネーデルを上から目線ルーラーズビューで見下ろし続ける。
きっとゼーランディアの方も飛竜を収集する事に関しては相当本気で活動してるようにも見えてくる。
事情は、自分達の世界に生きる者にしか分かるはずが無いのだから。



――ようやくネーデルは開いていた脚をいくらか閉じながら……――



「へぇ、それは親切ねぇ。飛竜と争う事が無い世界を……ねぇ。だけど、それがホントにこの星の人達が認めてくれると思うの? 貴方だけの権限じゃないとは思うけど、貴方に命令を下してるアイブレム様は何を意識してるか、気になる所ね」

ゼーランディアに言い返すネーデルの言葉の間には所々僅かな呼吸が混じる事が多かったものの、ようやく落ち着いてきたようだ。
本気で飛竜の存在が人類に絶望や恐怖ばかりを与えているのかが疑問点として、しつこく残っているのがネーデルの本音であるが、
飛竜の抹消命令イレイジングディレクションのようなものを命じているのはゼーランディアより更に上にいる者であるから、
ややこしくなっている、という所もネーデルの本音であるだろう。

『モルペスァト……チャンティラペリコ……』

それだけを言ったゼーランディアは、ネーデルに向かって歩き出す。
停止していた戦いを再開させようとしたのか、或いは違う行為でもネーデルに行おうと考えたのか。



「この世界には勿体無い……ってそれじゃあ結局単なる趣味じゃ――」

ただ喋り合うだけの時間がこれから延々と続けられるとは考えられなかった為、
ネーデルもゼーランディアと同じく一歩前へと踏み出したが、その時、意識に変化が訪れるのを覚える。



――突然頭が重くなったのを覚え……――



オマケにまぶたさえも重たくなったのを覚え、思わずその場で力強く停止する。
強く踏み込んでいなければ、恐らくは前のめりに倒れてしまっていた事だろう。
眠気にも近い軽い意識障害ソフト・ディジーネスの前触れを何とか気力で抑え込む為に、右手を汗で相当濡れた額に当てる。

その当てた右手の下では、今にも生気を失いそうな赤い瞳が細められていた。



(不味いわね……、そう言えばまだ一睡もしてなかったし……、このままじゃ……)

時間は既に夜中の半ばを越えている。
通常の人間であれば、熟睡している時間帯だろう。
しかし、本来は睡眠を取るべき場所、時間帯でネーデルは一切それを取っていなかったのだ。
事実、敵対する相手と戦っていると同時に、睡眠欲ザ・サンドマンとも戦っていると言える。

今自分が立たされている場所も弁えず、額に右手を当てたまま、深く呼吸をしながら込み上げてくる眠気を沈めようとする。
出来れば今も顔を濡らし続けている汗がそのまま眠気を削ぎ落としてくれれば嬉しいが、
それはその場凌ぎの誤魔化しにしかならず、一度も身体を休めていなかったネーデルにとっては苦境である。



――自分の精神に力を灯させる為に……――



(まだ……わたしは大丈夫……)

少なくとも相手の前で倒れるのは嫌であるから、ネーデルは右手を額から離し、
前方を確認する為に視界を僅かに遮っていた青い前髪を、顔を勢い良く右へと一度だけ振る事によってどかす。

だが……



(ってあれ……!? あいつどこ行ったのよ!?)

目の前には誰も存在せず、ただ真っ直ぐに伸びた木々で挟まれた道の彼方、
そして、明るくなる事をまだ知らない夜空が映されているだけだったのだ。

今までいたはずの相手がいなくなり、ネーデルの瞳が普段の状態よりも一層大きく開かれる。
極度の疲労は直接口を動かす為の神経も僅かに鈍らせていたのか、ゼーランディアに対する感情は心中でしか放たれなかった。

左右の確認はするネーデルであるが、真後ろにまでは気が回らなかったのか、それとも時間が足りなかったのか……



――わざとらしく、敵対者の声が聞こえたが……――



『ミィカロチェイルバイフ……』

正直、わざと居場所を教える為にこのような台詞を飛ばす必要があるのかと思いたくなる可能性があるが、
ゼーランディアが相手である場合はこの誘導の言葉も殆ど当てにならないと考えるのが妥当かもしれない。

▼ββ▼ しかし、貴重な誘導信号であるのだから……

▽γγ▽ ネーデルが反応をしないはずが無かった

後ろねぇ!!

確認すべき最後の箇所から異星人の声色が静かに響いたから、
背後を確認すると同時にそのまま後ろ蹴りをお見舞いしてやろうと、右脚を引く。

背後に立っているであろうゼーランディアに向けて視線と顔も動かすが、あの声は頼りにならなかった。



――当然、右脚も伸びる事は無く……――




(って、あれ……!? いない!?)

確かに背後から声がしたというのに、そこには誰も立っていなかったのだ。
ネーデルは脚をゆっくりと下ろしながら軽く上部も確認したが、そこにも相手の姿は無かったのだ。

擦り傷の激しい身体を塗らす汗と共に、一種の恐怖心がネーデルの身体に寒気を提供するが、
それよりも一番強かったものは、どこから攻撃を受けるか分からない状況に立たされている事だろう。



――再び後ろに向き直すも……――



元々は『前方』という意味合いを持っていた方向にも、やはり相手の姿は存在しない。
この僅かな時の間に、ネーデルの中では徐々に重圧なる不安が募り始めてくる。

◆◇ζ 覚悟の時カウントダウンはもう終わりを向かえ…… / SECOND SHADOW ζ◇◆



ブンブンブンブン……

棍棒を乱暴に振り回すような音が響き……
ネーデルを当たり前のように反応させる……



「また飛ばして来んのね!?」

以前聞いた時と比較するとその音の性質は多少変化しているものの、本質的な形は自分に接近している事には変わり無い。
怒りばかりを込めたその瞳を背後に向けるが、今度こそモヤモヤの原因となっていた相手・・を見つける事が出来たのだ。

θθθ 対処法は……もう説明をするまでも無く、紙か何かに媒体として残すまでも無い θθθ

――σ 成功率は、高くも無く、低くも無く、現時点では50%であり……

もう分かり切った対処法に頼る為に右脚に対し、神経を通じて指令を渡すネーデルである。
ゼーランディア本体がどこに今いるのかが非常に気になる所ではあるが、そんなものは後で探せばいいのだ、きっと。



蹴撃対象は決定されたものの……

αο 1秒と経たぬ内に οα

ブズズゥ……

地面が掘り返されるような音がやや鈍い音程で空気の中を伝う。
音自体が神経的に追い詰められているネーデルに伝わったのかどうかは一切不明であるが、
それでもネーデルは異変にすぐに気付く事が出来たのだ。



◆◆ 地面から跳び上がった冷めた土コールドソイルがその合図となり…… ◆◆

何故跳ねたのかはさて置き、土が人間の身体に直接触れればその冷たい感触が走る訳であるから、事態に気付く事は出来るはずだ。
ブーツに接触した所で、脚には僅かな衝撃程度の感覚しか覚えないだろう。
しかし、直接肌に触れさえすれば話は変わる。遮るものが存在しない以上、肌の神経はあまりにも素直になるのだから。

ぶつかった衝撃や、その物体が持つ温度を驚く程素早く把握する事が出来るのが人間の肌であり、
逆に言えば、簡単に傷を刻み込んでしまう脆い存在でもあるのだ。



「くっ!!」
(またそこから!?)

直接口に出したのは、怒りの混じった空気が漏れ出すような声であったが、
心中でネーデルが感じた事は、地面の下から再び攻められた事に対する怒りそのものだった。

脚に付着した土から直接被害を負わされる事は無かったが、反射的に地面に目を向けた時には、
もう既に惨劇が始まっていたのかもしれない。



――▼▼ 地面から突き出た1本の腕…… ▼▼――

どうして土の中から腕が生えているのか、とか、その腕が骨で構成されているとか、
そのような事を少なくともネーデル自身の頭で考えている余裕はまず無かったはずだ。

その骨で出来た腕が突き出ている所を目視した時にはもう、始まっていたのだから……



――▲▲ 下から突き上げるように伸びればどうなるか…… ▲▲――

骨の攻撃対象は、別に相手の下半身という訳では無い。
単刀直入に、顔である。

真っ直ぐと土の中から伸び続け、やがて狙うべき場所へと到達するのが握られた3本の指である。



ψψ ネーデルの赤い瞳はそれを捉えるが…… ψψ

その骨の速度はあまりにも速すぎたのだ。
ネーデルの神経は徐々に鈍り始めており、それがここで仇となってしまったのかもしれない。
ただ捉えただけで、対処法までは頭で構築する事が出来ていなかったのだ。



ドッ!!

う"えっ!!

下から突き上げられるように顎元を狙われ、激しく纏わり付いてくるその痛みに苦しみながらも、
何とか転倒だけはせずに済み、バランスを崩しかけていた身体を何とか保つ。

まるで遊ばれているような気分を覚え始めているネーデルにとってはこの激痛は物理的な痛みよりも、
精神的な部分が強かったものがあるかもしれない。
地中では無い場所から接近しているあの物体はまだ無視する事は出来ない。



思わず涙が滲みそうになるも、今度こそは少なくとも防御体勢くらいは取るべきだろうと強く意識し、
もう既に間近に接近していた飛来骨から自分を護る為にまずは両腕で自分の顔だけでも護り抜く。

ゴォン!!

「!!」

両腕の暗紅色に染まった装甲を超えて両腕に激しい振動が走るが、振動が治まると同時に両腕の痛みも離れていく。
ネーデルに一撃を加えた肋骨は、そのままどこかへと消え去ってしまうが、ネーデルの意識がそちらへ向く事は無かった。

いつまでも顔面を保護すると同時に、そのまま自分自身の視界を覆い続けていてはいけないと感じ、
ネーデルはその下ろした両腕をいつでも戦闘に使える状態を保ちながら、広い視界で相手を探そうとする。
顔に纏わり付く汗は言い訳にすらならない。相手を見つけられなければ、事態は悪化を辿るばかりだ。



(どこ……いるのよ……?)

徐々にネーデルも自身の過労に逆らえなくなってきていたようだ。
全身が実際に熱くなっている現在では夜風の寒さこそは感じないものの、体勢が僅かに前のめりになっており、
身体の力では無く、気力だけで何とか立っているような状態になっている。

神経の鈍りは相手に対して隙を作る事に他ならず……



――真後ろに配慮をかけていれば良かったのかもしれないが……――



『シィバコルメ……』
「!!」

その怪しい呟きは疲労に支配されつつあるネーデルの聴覚でも非常に的確に捉える事が出来たのだが、
背後からの声に多少意識を飛び上がらせながらも、即座に背後にいるであろう屍龍に振り向こうとしたが、
そこで自分の身に何が起きたのかよく分からない事が起こったのだ。



ββ 突然真上から何かに殴りつけられ…… ββ

がぁっ!!

ほぼ脳天を殴られると表現した方が良い形で攻撃され、力に逆らう等当然のように出来ず、
一度無理矢理腰を前方に曲げられたような姿勢にさせられてしまう。

痛みで瞳を閉じていたが、すぐに開く。

β―しかし、誰もそこには居なかったはずだったのに……

δ―まるで何かが発動し、剥き出しになったかのように……



γγ 続いて、背中に強い打撃を加えられ…… γγ

ぐぅっ!!

先程頭部に入れられた打撃と同じであろう形の力を背中に加えられ、鈍い痛みに思わず上体を硬直させてしまう。
今度こそはと辛そうな表情を作りながら後ろを確認するが、そこには何もいなかった、いや、なかった。

見えない場所から攻撃をされ、徐々に相手が卑怯であると考えるようになってしまう。

κ―本体は居ないし、それ以外の姿も見る事が出来ない……

κ―まさか、鎌鼬かまいたちの一種なのだろうか……



――僅かな隙があった為、ネーデルは口を動かし……――

「隠れて……攻撃なんて……」

しかし、もうネーデルの意識は途切れる1つ手前の状態だった事だろう。
もう言い返す気力なんか、僅かしか残っておらず、尚且つ言い返したその言葉の意味自体に強さすら含ませられない状況だ。
相手の卑劣な攻撃手段に対して悔しいと思う感情すら浮かべられない。

正直、顔や身体に流れる汗があまりにも邪魔だ。



ηη すると、突然膝の裏に痛みが走り…… ηη

「ぐっ!!」

過去に2度受けた今の打撃と比較すればまだ痛みは軽い部類に入っていたのかもしれない。
それでも悲鳴が上がる程の威力という事に変わりは無いが。

ブーツは膝の裏は保護していないから、直接その痛みが伝わり、やがて転びそうになってしまうが、
攻撃をしてきた存在は確実にそれを目的としていただろう。

本当に、そのまま背中が地面に向かって引き寄せられていく。
堪える力はもう残っていなかった。
背中が引き寄せられる際、素直に倒れたくない意味合いを持った言葉のようなものが口から漏れていたが、
殆どそれは息が漏れていたと表現されてもしょうがないものではあった。

π―だが、倒れたとして、すぐに立ち上がれば大丈夫だろう……

π―いや、倒れ切る途中で何かが目の前に映っているような……



(こ……これって……)

ネーデルは感付いたが、感付いたからと言って行動に移せる状態でも状況でも無い。
自分が仰向けに倒れていく目の前で、何だか細長い物体が自分に狙いを定めているようにも見えたが、
一部の空間が揺れているように映っており、その揺れている空間が細長く映っていたのだ。



ψζ◆ 歪んだ空間から実体が現れ…… / RELEASE INVISIBLE ◆ζψ

(なっ!!)

自分の上方に位置していたその歪んだ空間が鮮明な物体へと形を変えたのだ。
あまりにも短過ぎる時間の中での出来事ではあったが、鮮明となった物体は容赦無しに牙を剥く。



――ネーデルに向かって飛び掛かり……――

飛び掛かるというよりは、掴み掛かったといった方が正しいだろう。
ネーデルにプレッシャーや圧迫感を与える為に、胸元を乱暴に鷲掴みにしたのだ。
その実体化した物体は明らかに手の形をしている。

「うっ!!」

服を掴まれてその後に良い事なんか起こるはずが無い事を理解しているネーデルから漏れたのは、
ただ恐怖で反射的に放たれた一言だけである。
その短い中には様々な感情が込められているだろうが、その腕は少女にでさえ情けを与えない。



弱り切った体力をそのまま根こそぎ落としてしまえば、こいつの役目は終わりを告げる。
痛い思いを連続的に与えてやるとしよう。
苦痛に悶える顔でも眺めてやるとしよう。




■□ 地面へと叩き付ける!! / HARD BEAT!! □■

胸を掴み、地面へと押し付け、また持ち上げては地面へと押し付ける。
これを高速で実行された時、確実に少女からは苦しみに溢れた悲鳴が飛ばされる。

背中を連続的に地面にぶつけられ、当然のように悲鳴が飛ぶが、黙っていても誰も助けてはくれない。

時折頭を土とは言え、地面にぶつけてしまい、物理的な痛みとはまた別の痛みを覚えてしまうが、
ネーデルは自分の上体が上下に激しく動かされているその間に何とか自分を掴んでいる物体に歯向かおうとする。



「こ……んなもの……!!」

まるで遊んでいるかのようにネーデルを叩き付け続けているその物体に両手で掴み掛かり、
物体の自由気ままな動作を強引に止めてみせようと試みる。



――確かに骨の腕の動きは止まった――



ネーデルの腕力に負けたからなのか、或いはもっと他の事情があるからか。
だが、ネーデルの背中に対して連続的な痛みが走らなくなったのは幸いであろう。

骨で構成された腕の動きが止まったこの機会を逃す訳にいかなかったネーデルは、
跳ね上げるように胴体を持ち上げ、そして両脚の膝を交互に曲げて、
やがて立ち上がると同時にあまりにも憎たらしいであろうその骨の腕を地面へと叩き落とす。



ドォン!!



今まで散々痛め付けられたから相当怒りも覚えていた事だろう。
少女を苦しめる為に生み出されたのかどうかは分からないが、そんな腕なんか壊れてしまえばいいと意識し、
そして地面に落とされた後の状態なんか一切考えずに叩き付けた事だ。

小規模に地面から跳ね返り、再び土で盛られた地面に落ちる骨の腕を見ながら精神内で晴れ晴れした気持ちになるが……



ドスッ……

っぐっ!!

完全に視線が下に行っていたせいで、前方に存在したであろう脅威に全く対応出来なかったのだ。
何かやや面積の細いもので殴られたような一撃が右の頬に強く圧し掛かったのだ。

しかし、倒れる真似はせず、痛みを押し殺しながら顔を正面へと戻す。



■■ρρ 宙に浮き、手招きなんかしている腕が一本…… / COME HERE? κκ■■

手首を上手く動かし、まるで招いているかのようにネーデルにその腕を伸ばしている。
これをそのまま言葉に変えるとしたら……

―≪こちらへおいで≫―

これでほぼ間違いは無いだろう。
従った所で、身体的に良い結果が訪れるとはまず考えられないが、これを決めるのはネーデル自身だ。



「何やってるのよ!? 近寄るとでも思ってるの!?」

誘いを拒否し、1つ罵声に近いものを飛ばしながら、後退する。
言っている事と、実際の行動が釣り合っていないようにも見られるが、自分の身の確保の方が大切だろう。
それに、距離を取れば2本として活動している骨の腕の動きもより把握しやすくなるものだ。

やがて、手招きを停止させた浮遊する腕は、指を全て折り畳み、肘の関節も真っ直ぐ伸ばす。



▲▲ψ 意味するものは…… ψ▼▼



ACTION!!

ビュン……

空中浮遊の特性を活かしてか、重力法則に従う事無く真っ直ぐとネーデルに突進する。
聞けば単純ではあるが、その速度は油断していれば避けられない数値がある。



――ネーデルの細い腹部を狙うものの……――



「おっと!」

ある程度は予測していたのか、ネーデルは多少余裕気のある声を上げながら、
腹部を左へとずらすと同時に両脚も使ってその立ち位置を移動させる。

すぐ側を通り過ぎていく骨の腕をしばらく目線だけで追いかけていたネーデルであるが、
ほぼ延々と直進を続けるその骨は当分自分の場所へと戻って来る事は無いだろう。

そう意識し、まだ近くに残っていただろうもう1つの骨に向き合おうとする。



――その時、強く振られる音ウィンドクライが鳴り響き……――



―ガァン!!

「ぐっ……!」

打撃音が一度鳴る。当然それはネーデルの耳にも届いた事だろうが、同時にもう1つの感覚を直接身体で覚える事となる。
その証拠に、ネーデルは殆ど無言のまま、表情に苦痛の色を浮かべ、左目だけを半ば反射的に短時間閉じる。

表情を歪めてしまうのも無理は無かっただろう。
地面に叩き付けられ、放置されていた骨が突然肩の関節と接合されている部分が天辺となって立ち上がり、
そしてやや尖った先端で斬り付けるかのようにネーデルの左の太腿を攻撃したのだから。



――すると、腕は再び浮遊を始め……――



痛がるネーデルを挑発するかのように、格闘体勢ファイティングポーズのように肘を曲げ、手を握る。
真横から見るとそれは当然の如く、『V』の字に見える。



「次……何する気よ……?」

ネーデルも太腿を傷つけられながらも、そのまま黙り続けるのでは無く、今にも襲い掛かって来そうな骨を凝視する。
骨のさっきの斬れ味は寧ろ低いレベルであり、ハンターが纏う武具や、飛竜の鱗ならば傷1つ付けられない程の鋭さだっただろう。
しかし、人間の肌というものは脆く、多少の速度が乗っていれば僅かな尖りでもあまりにも簡単に傷を付けられてしまう。

脚の痛みと疲労の両攻撃に責められるも、妙に構えた骨の腕から目を剃らす事はしない。



――▼◆ 精神的な負担が隙を生み…… ◆▼――

束縛を思わせない速度をネーデルに見せ付けるその骨は、容易く相手をよろめかせる事が出来る。

だが、ネーデルも顔を保護する事ぐらいは出来なかったのだろうか。
それとも、護るだけの余裕すら残っていなかったのか……



――ただ純粋に、顔を横殴りにされ……――

「う"っ!」

もう何度かこの箇所を狙われているが、痛みに慣れる事は無かった。
意外にも押し出す力自体はそこまで強くは無かった為、体勢を維持させながら、
早く仕返しでもしてやろうとしたが、そこにもう1発……



――全く同じ形で殴られ……――

その様子は、まるで強い者が弱い者をわざとらしく痛め付けているかのようだ。
わざと力加減を調整する事によって、加害者を精神的にも追い詰めていくのだろうか。



(しつこい……わね……)

ネーデルも反撃に移らなければ相手に有利な立場を与えてしまうと考え、
心中で呟いた台詞通りのそのしつこい攻撃に対してとある感情を沸き立たせようとしている。

顔を持ち上げ、しっかりと相手の攻撃体勢を把握しようとしたものの……



――また、同じ形で殴られる……――

「つっ……さっきから……」

連続的に継続されるその痛みによって、恐怖心よりも苛立ちを覚え始めてきていた。
わざとらしくを置きながらネーデルに打撃を加えてくるその骨が非常に嫌らしい。

いつまでもその薄気味悪い骨の前で痛がっている姿を見せ続けるのも癪だろう。
両腕に備わっている白銀の爪を思い出したかのように、それを使って反撃をしようと頭を働かせる。



――爪で斬り裂こうと右腕を薙ぐが……――



「しつこ……うあっ!!」

浮遊を継続させていた骨の腕に怒りをぶつけようとしたネーデルであるが、突然背中に衝撃を受け、悲鳴を飛ばす。
力強く背中を押された為、反り返り、強引に前方へと数歩ではあるが、進まされる。

背中に受けたその打撃は、接触面積ハートエリアが感覚的にやや広いものとして把握出来た為、
槍等のような鋭利な刃物マーダーファングで直接身体を貫通されるような気分になる事は無かったが、実際の所はネーデルも大体分かっていただろう。



――背中を押さえる事はせず、苦しげに振り向くと……――



そこには真っ直ぐに腕を伸ばし、指を綺麗に折り畳んでいた骨の腕が浮遊していたのだ。
直進させ、作った拳をそのままネーデルの背中に直撃させたのは少なくとも、ネーデルから見れば明らかな話である。

まるで時間を停止させたかのように、ピタリとその場に浮遊を継続させているが、
ネーデルにとっては煩い対象以外の何者でも無いのだ。

きっと、ネーデルの意識を自分の方へと向かせるその自己犠牲な行為こそが、まさに策略だったのだろう。



◆▼▼ 決して忘れてはいけない所だぞ…… ▼▼◆

貴方は今、挟み撃ちにされている……
片側への注意を疎かにしてどうするつもりだ?
だから、貴方は苦痛に責められるのだ




(……)

殆ど声も出す事すら出来ず、背中を殴ってきた奴を確認する為にネーデルは方向転換をするものの、それが油断というものだ。
出来れば両方の腕を視界にとどめたい所だっただろうが、前後に存在するのだから、無理がある。

今度はネーデルの真横から激しい一撃を喰らわされる。



「うぐっ……!!」

右腕周辺をまるで叩かれたような痛みが走り抜けるが、どのように攻撃をされたのかは確認していなかった。
ネーデルの視界に鮮明に入っているのは、先程ネーデルの背中を真っ直ぐ突いてきた1本の腕だけである。

攻撃を受け、よろめいている間に、もう1本の、即ちネーデルの視界外にいた骨の腕が再びネーデルの真横に付く。
きっとネーデル本人も視野の端でそれを確認していた事だろう。
そして、正面に位置していた骨も、空中浮遊を継続させながらネーデルの左へと移動し……



■σσ■ ネーデルを挟む形だ…… / HOUNDING SCISSERS ■ωω■

2本の骨は、体力の消耗でやや前屈みになり、荒い呼吸をしているネーデルの両端に位置する。
深い意味でもあるのだろうか、両腕は何故か指を開くのだが……



「何する気……よ? 飽きないわねそういうの……」

空中を、目に見えて確認出来る動力源も無しに自在に飛び回る骨2本に向かって弱々しい言葉を放つが、
この後に何をされるのか予測しているであろうネーデルにしては、その準備体勢があまり万全とは言えない。
傷や疲れが原因なのか、そこまで重量の無いであろう両腕の爪を重たそうに持ち上げているが、万全な状態では無いだろう。

だが、骨の方も行動を起こすまでにいくらかの時間があった為、ネーデルも何かあった時は後退によって、
相手の一撃を回避しようとも考えていたはずだ。

ネーデルも脚にいくらかの神経を注ぐが……



ββ 突如、無音で骨の手が肥大化し…… / QUIET CHANGE ββ

そのまま縦横の比ビジュアルイリュージョンを拡大したかのように、骨で生成されている手がネーデルと殆ど同じサイズに出来上がる。
拡大の影響により、骨の質感がより一層目立ち、その荒々しい手触りを連想させる表面や、
年期を感じさせる皹割れがこの敵対者の不気味さを立たせているようにも感じられる。

美術的な価値観ジュエルグランスをも考えさせてくれるかもしれないその骨は、残念ながらネーデルには伝わらない。
理由は、今その価値観を持つ物体によって痛い思いをさせられる事を少女は既に読み取っていたからだ。



「なっ……! 何よこれ……!?」

やや焦げたような痛みすら覚え始めている喉の奥から驚きを余りにも素直に表した声を出すネーデルである。
しかし、それが行動を鈍らせてしまい……



ευ◇ 巨大骨がネーデルを挟み込む!! / DANGER CLASENESS!! ◇υε

まるで、単発拍手ダブルスラップのように、左右からネーデルに打撃を提供する。
そのサイズに似合う苦痛を手渡す事が出来たはず。

「くっ!!」



――両腕の爪なんか御構い無しに両手が迫り……――



両端から、ネーデルを襲う事によって、その対象を両側から痛め付ける。
きっと盾としての役割もになっていたであろう爪も、殆ど効果を示さず、傷の蓄積した胴体に打撃を加える。
脚だって例外は無く、巨大化した手の下部がぶつかり、胴体と同じ痛みを受ける事となった。

回避出来なかった自分を恨んでいたのかもしれないが、左右からの打撃にふら付いた所に、再度、歓声の無い拍手が送られる。
そう、純粋に相手を弱らせる為の拍手が……



ευ◇ ネーデルを再度挟み込む!! / DANGER CLASENESSU!! ◇υε

「がっ!!」

両肩から胴体に響き、体勢を維持する神経に異常が生じ始めるも、気力でネーデルは堪える。
だが、激痛で身体を震わせている姿はどう考えても反撃を行なえる姿では無い。

すると、今度はその巨大化していた骨の手の1つがネーデルの真正面へと場所を変える。
もう1つはどこへと向かったのかは分からない。
しかし、ネーデルの視界にはその1つだけが確実に入った事である。



――まるで傷付く女の子を見て笑っているようだが……――



「また……襲って……来る気……?」

ここまで来れば、相手がこれから何をしてくるか、そしてそれをどのように実行してくるかの予測は出来るはずだ。
だが、頭で分かっていても、身体で実行出来ない事はよくある話であり……



■μμη 加速突進で最後の体力を引っこ抜く…… / ONE’S LAST PERFORMANCE ημμ■

それは見た目だけで言えば、巨大な張り手である。

弱り切ったネーデルを、本気で黙らせるにはこれだけで充分だった事だろう。
少女の身体ブルーマインドを乱暴な力で突き飛ばし、体勢を容赦も一切無しに崩すと同時に体力さえもズタズタに切り裂いてしまう。

地面に身体を打ち付け、そしてしばらく引き摺られながら地面を滑っていく。
本来ならば地面を滑る運動量が尽きると同時にネーデルは倒れた無様な姿を晒す事になったのだが、
残されていた力を使い、両手を使って身体を跳ね上げる。

足だけを地面に付けた体勢になる事が出来たものの、低下した体力が両脚から力を引き抜いてしまう。
最も、身体を跳ね上げた後も膝は相当に曲がっていたのだが。



――そうである。身体が一気に下がり……――



「!!」

立ち膝のような立ち方となるが、もう身体を自力で支えるだけの力を殆ど持っていなかったからか、
立たせていた右脚の上に上半身を押し付けるような姿勢となり、支えがあってそれで姿勢を維持出来ているようである。
左脚はもう膝が地面に接触しており、血が滲んだ太腿は相変わらずである。

出血以外にも、小規模ながらの擦り傷や切り傷は当たり前のように目立っている。右脚も同じである。
そして、立てた踵の上に尻を乗せる形を保っているが、これも立っているだけの体力がもう無くなっている証拠だ。
ブーツに直接触れる左の太腿の付け根辺りに冷たい感触が走り、そして折り畳まれ、肌と肌が密着した膝の裏で、
熱が篭る事によって汗が一気に滲み始めている事が本人でも把握する事が出来る。

しかし、熱くなった喉元がネーデルの連続的な荒い呼吸をめさせない。

立ち膝でしゃがみ込んでいるネーデルの、距離の取られた前方にようやくあの者の姿が現れる。



αβ◆≫≫ 浮遊移動フライングモーションで骨の両腕が距離を置いて横に並び……

γδ◇≫≫ 左右から流れるように空間が波打ち……

εζ◆≫≫ 僅かに重たい音を響かせながら、実体をあらわにする……



どうやらゼーランディアは胴体と脚部、頭部だけを不可視状態インビジブルトリックにし、両腕だけでネーデルを苦しめていたようだ。
全身を実体化させた屍の龍は、細い首を体力消費で震わせながらこちらを見ているネーデルを見下ろしながら、言葉を放ち始める。



『パイルディーンギュリビレトレカルショレット……』

ネーデルのこれからの行動をゆっくりと想像でもするかのように、ゼーランディアはネーデルをその場で凝視する。
夜中のこの時間帯であっても、ゼーランディアの魔眼は弱り切った少女を鮮明過ぎるくらいに捉え続けている。
弱った獲物を追い詰める凶暴な肉食獣ワイルドドッグも普段はこのようにして相手を見て楽しんでいるのだろうか。

「はぁ……はぁ……連れて……かれる気なんて……無いわよ……」

きっとゼーランディアから再度、自分から捕まりに来るように言われたのかもしれない。
だが、ネーデルはそれを否定するものの、弱り切った身体に連鎖するかのように、表情そのものも弱くなっていく。
表情は何かに怯えているかのようなそれであったが、純粋に怖いというよりは、具合が悪くてそうなっていると考えた方が適切だろう。



『ルネスィラガラポズリィブ……』

左手をゆっくりと、そして連続的に扇ぎながら、ゼーランディアはネーデルに一種の命令を言い渡す。
実質的にはその方がネーデルの体力的に助かる話なのかもしれない。

当然のように、ゼーランディアの背後には何か裏がある事を漂わせており、それがネーデルに拒否反応を出させる原因となっている。

「何回言われたって……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」

ネーデルの意志はとことん変わらない様子ではあったものの、突然込み上げてきたのだろう重度の疲れが、
流れ続ける汗に共鳴してネーデルの呼吸をより一層激しくさせる。
折角立ち膝のまま、上体はいくらか持ち上げ、顔も上げていたというのに、この呼吸の影響で再び下を向いてしまう。

その青い服もどれだけの汗を吸収してしまっているのだろうか。



『サンパリセメルロラィサァメーバンチャェ……』

一瞬だけ、夜空の遥か上空に位置し続ける満月を魔眼で見た後、再びネーデルに視線を戻していく。
満月が何か違う物にでも見えたのだろうか。

だが、ネーデルはただの弱り切った少女以外の何者でも無かったのだ。

「あんな……とこで……はぁ……はぁ……はぁはぁはぁはぁ」

話の流れから読み取れば、きっと強制返還をされる事を心の奥の奥から拒んでいるのだろう。
だが、元々深刻だった過労による呼吸の荒れが更に激しくなり、両目を強く閉じながら、肩も使いながら深呼吸を連続させる。

自分の脚にかかる自分自身の吐息が物凄く熱いものである事に薄々気付く。



『バァラクレインピアーディルベィスロワィ……』

この日初めて遭遇した最初の時と比較しても、傷1つ無い姿を保ち続けているゼーランディアは、
一向に精悍せいかんな姿を見せてこないネーデルにもう少し苦しみを与えてやろうとでも閃いたのか、
意味ありげに魔眼の色を青と黄でゆっくりと点滅させる。

だが、それをネーデルが確認しているのかは不明かもしれない。

「母さんなんて……信用出来でき……はぁはぁはぁはぁ……る訳……」

やはり、ネーデルの肉親が話題に出されていたらしい。
しかし、その母親の娘はそれを拒むのだが、顔は下を向き、自分の意識を維持させる為に苦しい呼吸を続けたままである。



『ミストワァダ……』

ゼーランディアは一歩だけ右足を踏み込んだ。

地面と足が触れる音がこの閑散な夜空の下で妙に目立つように響き、
まるでそれはネーデルにわざとこの音を聞かせる為の行為としても感じ取れるかもしれない。

「何よ……唐突ね……」

ネーデルの両腕には、まだ白銀の戦闘爪が残されたままであり、その気になればまだ爪で戦える。

それが残された両腕の内、右腕を震わせながらも右手を膝の上に乗せ、そして顔を持ち上げる。
右腕の力も、今はどこか弱々しく、その震えている姿がとても脆く見えてしまう。



『スレァビッティルクラファイペンソラガァジュワン……』

下を向かず、必死な様子でゼーランディアと目線を合わせようとするネーデルの顔に流れる一滴の汗を確認する。
ゼーランディアの世界は汗という分泌液の概念が存在するのだろうか。
まるで他の文化の違いを身体で感じているかのように、しばらくその流れ続ける汗を凝視する。

しかし、本来ネーデルに伝えるべき部分を欠いたりするような事はしない。

「なる……ほど……はぁはぁ……そりゃ……そうよね……はぁはぁ……あれだけ……飛竜に効く……武器……作れるんだったら……はぁはぁ……」

ネーデルは何を言われたのだろうか。
状況や時間が変わろうと、ゼーランディアの放つ言語は一部の人間にしか伝わらない。

飛竜はこの世界に於いてはほぼ食物連鎖の頂点トップ・オブ・ザ・ピラミッドに立つ存在と考えても差し支えの無い存在ではあるものの、
その飛竜に特効性のある武器を作っているのもこの世界であるから、と考えさせてくれるのが少女の台詞である。
だが、その荒い呼吸は何とか復元されないのだろうか。



『ロァパリグシュリアライボロットユシィイアソ……』

顔を持ち上げているネーデルに期待とは別の感情を向けながら、ゼーランディアはその場から一歩も進まなくなる。
最も、先程は僅か一歩しか進んでいないのだが。

横に無数に生えている木々が風に揺さぶられ、葉同士が擦れ合う音が鳴る。

「はぁはぁ……やっぱり……力なんか……はぁはぁ……求める為に……飛竜なんか……」

所詮は飛竜の強大な力だけを奪い取ろうと考えているのだろうとネーデルは意見するものの、
極度の疲れがネーデルの発言を大きく妨げ、言いたい事の半分も言わせない。

流れる風は葉と葉が擦れる音を優しく響かせるが、同時にネーデルの熱を持った身体を多少冷やしてしまう。
一瞬だけ、ネーデルも寒気を覚え、小さく身体を震わせるが、すぐに激しい疲労状態に意識を戻される。



『ヤピレガァト……ビルティピックフェシグラァヴァ……』

背筋を真っ直ぐに伸ばして立っているゼーランディアから見れば、しゃがみ込んでいるネーデルの姿はあまりにも小さいだろう。
その非常に小さな姿となってしまっているネーデルに向かって、淡い緑の骨で作られた異星人は何を伝えてきたのだろうか。

「何が……再生の為に……仕方ない……よ……。はぁはぁ……けど……頂点に立てる……はぁはぁ……だけの……力があるって……はぁはぁ……大体は理解……出来るけど……」

隣にいなくても確実にしっかりと聞き取れるくらいの大きな音を立てながら深呼吸を繰り返すネーデルのその言葉は、
率直に言えば非常に聞き取りにくいものである事に間違いは無い。

だが、飛竜というその生物は世界的に見れば他の生物を確実に圧倒している、という事は少しだけ把握出来るかもしれない。
それはネーデルだってよく分かっている事だ。普通に生息地を眺めているだけで、その空気が伝わるはずだ。



『ビリアージュファイラゲイヴ……』

微かに女性らしさが混じっているが、それでもかなり低い部類に入る声色を響かせる。
ネーデルが何を言おうが、ゼーランディアは相手に譲る事をしないのだ。

「ふっ……やっぱり……飛竜が怖い……はぁはぁ……事は……分かってるんだぁ……私から……見たら……はぁはぁ……」

しゃがみ込んだまま、一向に立ち上がる事の出来ないネーデルは無理に笑い顔を作り、
相手を多少からかうかのような態度を取ってみせるが、荒くなった呼吸に対しては結局誤魔化しが通用しない。



――まだネーデルは言いかけの状態だったのに……――



『クロエァスロォマレイクレイヴィイスロ……』

ネーデルの言葉に続いて、ゼーランディアはこのように言ったが、やはり意味を理解する事は出来ない。
そもそも、ネーデルに続いて喋ろうと意識していたのかも疑わしい所である。

ただ、偶然ネーデルの言葉にぴったりと続いていただけなのだ。

「よく……分かったわね……さっきから……思ってたけど……強い別の力なんか借りて……」

自分で言いたい事、感じていた事がゼーランディアに知られていたから、褒めるという表現が正しいのか疑わしいものの、
それでも他者がネーデルの台詞を見れば、理屈を外せば褒めているように見えなくも無いだろう。

正直、このまましゃがみ込み、身体に力を込めなくても済む体勢を続けていたい。



『シューゲベラッテュラゼリスィーガル……』

ネーデルが顔を下げてしまったタイミングを見計らったのか、或いは偶然であるのか、
ゼーランディアは左手を上に向け、右手でその上を回して撫でるように動かしている。

今放った言葉もその自分の動作を暗示させる内容が含まれていたのだろうか。

「何よ……それ……力だけじゃなくて……科学の面で……重要だって……はぁはぁ……そっちの世界じゃ……間に合ってると……思うけどね……はぁはぁ……」

顔は下を向いていても、ネーデルの耳は決して相手の言葉を逃さない。

顔に纏わり付く汗を取り払おうと、左手で額から頬にかけてなぞる。左手は瞬く間にびっしょりと濡れてしまい、その手で薄い布を握れば確実に湿るはずだ。顔の汗はそれでもまだ多量に残されていた。



『ミィトレスレドレヴォセェン……グロスレィイパ……』

不思議な動きをさせていた右腕をゆっくりと下ろすなり、ネーデルから視線を逸らすなり、後方上部を確認し出す。
ゼーランディアの灯り続ける魔眼は、仲間の少女を確認する為に夜の空間内で視覚を光らせる。

樹の遥か上方の脇から伸びた太い枝の上で仰向けになり、そして両脚を枝に跨ぎながら器用に眠っているのはメイファである。
ゼーランディアの倍以上の高さを誇る樹であるから、メイファの仰向けとなった身体は枝で遮られて見えないものの、
垂れ下がった両腕や両脚が妙に可愛く見えてしまう。

枝の左右からそれぞれ食み出て垂れ下がっている両脚を包み込む漆黒のニーソックスや、
両手を包む漆黒の手袋から連結して映し出されるその肌の白さがよく強調されている。
着ている服も濃い緑であるから、濃い色が2つある中で淡い色が映されていれば尚更だ。

「え……? 母さん……? 嫌よ……はぁはぁ……待ってる訳なんか……」

汗で濡れたネーデルの身体に再びひんやりとした夜風が当たり、やや激しい寒さが全身に走る。
何故か今回は、震え上がる身体を制御する事が出来ず、まるで寒冷地に置かれた錯覚さえ覚えてしまう。
少なくとも体調まで崩してしまったとは考えたくないだろうが、元々薄着であるその服装にとっては寒い環境である。

母親の姿をいくら連想しても、優しい笑顔なんて写りはしなかった。
逆に、逃げた娘に対する制裁ならば、嫌でも無限に想像出来てしまうらしいが。



『リーメインショルトルーガスピァフェヴェルヤセィン……』

背後の樹の枝で呑気な顔を浮かべて眠っているメイファから、視線をネーデルに戻すなり、
ゼーランディアは右腕を持ち上げ、そして肋骨の前で握ると、それを右側に引くように動かした。
隠された仕掛けでも作動させるかのような不思議な動きであるが、それは案外その通りだったりする。

「どうする気よ……?」

本当に、ゼーランディアの無慈悲な行為が発動されると感じたからか、
ネーデルは痛む身体を無理矢理伸ばしながら両手の拳を強く握り締めるが、立ち膝の状態からは抜け出せなかった。
どうしても脚に力が入ってくれなかったのだ。

だが、1つの覚悟が出来たから、それはそれで良かったのかもしれないが。



「……!!」



――その時、脚に生温い物が触れるのを覚え……――



疲れの影響から声は出なくても、その感触に対しては、恐怖感よりも嫌悪感に襲われた事だろう。
妙に生温く、そして湿り気のある何かがネーデルの脚、もっとはっきりと言えば、臀部でんぶ辺りを触れたのだ。

そんな所をもし人間に触られたら、穏やかなネーデルでも少女として黙っている訳が無いと思われるが、
真下には人間なんかいないはずなのに、確かに触られた。それは紛れも無い事実である。



――真下に視線を渡すネーデルは……――



立ち膝のままで、多少その赤い瞳に怒りを交えさせながら下を見る。
歯を食い縛りながらの確認ではあったが、その場から立ち去るには遅すぎた。



『クシリィカン……』

ゼーランディアは左手の指を1本だけ伸ばし、それを上に跳ね上げる。

やがて、惨劇が始まる……



■■ε 地中からの潜伏植物 / TENTACLE TRAGEDY!! ε■■

屍骨龍の合図パキュライアーヴィヘイヴァーによって、その生息域の真上に立ち膝の姿でいたネーデルは襲われる。
そこから何が飛び出してくるか、それはネーデルには分からなかった。
宇宙生命体セカンドワールドは如何なる場合でも、準備だけは無駄に良いものがあるのだろうか。



クライタイ……
オンナヲクライタイ……
オマエノアジヲクライタイ……




ズズゥウ!!

ズザァア!!



「なっ……!!」

地面から無数に突き出した深紅の触手クリーピィミュキャスがまず初めに最も距離の近かった両脚を別々に、触手達が巻きついていく。
ネーデルの背後からも地面を突き破って現れた触手が、ネーデルの両腕を拘束する。
突然の出来事、そしてとことん引き抜かれてしまった体力のせいでまともな悲鳴すらあげられなかったのだ。



υυ―― 動きを封じられる少女を、ゼーランディアは看過せず…… ――υυ

土が掘られる音が止め無く響き、少女の苦しむ小声さえも聞き取れるだろう。

ゼーランディアは深青の魔眼ブルー・ウィッチクラフトに秘められた光を弱く点滅させながら、左手の指を微小に動かし続けている。
深紅の触手プーリエントスノート精神操作ナーヴコントロールで操っているのだろうか。
果たして、不死身の龍の目の前ではどのような惨劇が繰り広げられているのだろうか。

黄緑の髪を持ったゼーランディアの仲間の少女、メイファは未だに眠ったままである。


















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 κκ  EMERGENCY!!  κκ

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The girl's future will happen the error!!

This tentacle have a poison,and a binding capability.

Girl's brain is placing on the danger zone!!

Severe headache and severe chiver are dropping saliva……

Do you understand??




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 ηη  ERROR!!!  ηη

 ηη  ERROR!!!  ηη

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