イマカラ、アナタノコウカイショケイヲカイサイシタイトオモイマス……
コノオンナノコニハコジンテキナウラミガアルノデス。
モウシワケアリマセン……。サツガイハウエカラノメイレイデキンシサレテイマシタ。
もう情けは必要無いかもしれない。人と言うものは、必ず1つや2つ、絶対に言われたくない事がある。
例えそれが相手と喧嘩をしている状況であっても、口走ってはいけない特別な事情。
心の奥に刻まれた皹割れは、些細な発言によって牙を剥く。
心の傷は、あまりにもしつこい。
何故だろうか。嫌いな思い出であれば、それだけ忘れる事が出来なくなる。
昨日の楽しかった夕食は数日後に忘れてしまうと言うのに。
相手に仕返しをする為であれば、どれだけの労力も注ぎ込む事が出来る。
相手を砕いたって、心に刻み込まれた亀裂は復元される事は無い。
悲しい暴力の後に待つのは、空虚な山彦のみだ。
それでも相手に、自分と同じだけの痛みや苦しみを分からせてやりたい。
他人からの価値や、世間からの視線を気にするつもりは無い。
単純に、殴りつけて泣かしてやるだけで気持ちが清々するのだから、理由を答える必要が無い。
やられたらやり返す。非常に子供染みた理論だと思われているかもしれない。
しかし、自分がその立場であれば、状況は変わる。
その場で仕返しか、それに準ずる行為をしなければ、相手に付け込まれると考えるべきか。
相手に弱いと思われてしまう事がとても怖い。
何があっても、相手よりも強い事をあの手この手で表現しなければいけない。
しかし、仕返しを企む少女にとっては好都合な身体状況だっただろう。
暴言を放った少女は、病魔に包み込まれ、頭痛と高熱によってその身体能力を著しく制限されている。
出来ればそのまま地面に押し付け、殴打を繰り返してしまえば確実に意識を奪う事は出来るだろう。
ソレデハ……ダブンヲテイシイタシマショウ……
これから始まるのは、地球に存在しない者達による追走劇場だ。
あいつらが従える子分達に、地球上の生物学的な常識は通用しない。
追いかけられるのなら、まず逃げなくてはいけないが……
εε 腕を膨らませて速度を上昇させるのはどうだい? ζζ
ββ 口から目玉が出て、尚且つ光線なんか出したら不自然? οο
κκ 嘔吐物が超高温だったら、絶対に恐ろしいよね? χχ
θθ 1人は必ずいるものだよね? 鬼畜で狡猾な奴が σσ
γ◆◆ Aliens Chase!! ◆◆γ
――Air Blast ■ ――Laser Eyes ■
――Uproot up ▼ ――Transformation ▼
ニゲテモ……ムダダ!!
「ぐぅあうっ!!」
人間が殴られる時に響く音とは、意外にも、いや、当然なのかは分からないが、鈍いものだ。
筋肉組織が互いに薄い拳と顎がぶつかり合う事は、殆ど骨同士がぶつかり合う事を意味している。
ネーデルは今、敵対する立場にいる少女から、手痛い一撃を受けたのだ。
メイファは拳を下から突き上げ、どう考えても攻撃を受け止める体勢を作っていなかったネーデルを顎から襲った。
震えながら必死で立っていたネーデルにその一撃を与える事は、そのまま背中から地面に転ばせる事を意味している。
―ドッ!!
背中が冷え切った土の地面にぶつかる。
きっと、メイファの剣幕を思い浮かべたのか、ネーデルも痛みに負けず、弱り切った身体を立ち上がらせようとする。
たった今攻撃を仕掛けてきた相手がこれで黙ってくれるとは、とても考えられない。
だが、細い顎に走った痛みは並大抵のものではないだろう。
出来る事ならこのまま傷みが治まるまでこのまま倒れていたいとも考える。
もし、目の前に少女が現れていなければ……
――もうそこに、少女は立っていた……。地面を減り込ませるように、右足を叩き落し……――
ネーデルの一時的に霞んだ視界に映り込んだ、黒い手袋に包まれた1つの手が、その後の状況を説明する。
立ち上がらせるのが目的ではなく、その証拠にもう1つの手が動き出す。
これは、全てメイファの身体の動きに関する話である。
そして、ネーデルは青い服を引っ張られ、ある程度は何をされるのか予測していたはずである。
身体が自由であれば、効率的な防衛手段を取れたに決まっている。
風邪という障害さえ無ければ良かったのに……
「これで……終わったと思うなよ!!!」
まるで殴り倒した相手に追い討ちをかけるかのように、メイファは右手でネーデルの傷だらけの顔を横殴りにする。
まだ本格的に殴られる事に気付いていなかったのか、ネーデルの腕に防衛動作は一切見られていなかったから、好機だったのだ。
「うぐぁっ……! やめ……!」
顔の左部に痛みが走り、ようやく両腕が反射的に動き始めたネーデルだが、自分は仰向けに倒されており、
そしてメイファはその上に左膝を乗せたような状態で攻め続けている。
1発殴っただけでは絶対に気が済まないであろうメイファは、痛がる相手に向かって1つの表情を浮かべる。
それは決して相手が痛がっている事をからかう笑みではない。
さっさと相手の意識を消失させてやろうと言う、殺意である。
―◇◇ 拳を止めるつもりは一切無かった…… ◇◇―
「死ねぇ!!! 死ねぇ!!!」
両腕で顔を保護する事しか出来ないネーデルの腕の外を狙いながら殴り続ける。
理性の鎖が外れたメイファの放つ台詞は、ただ乱暴且つ粗暴な色しか映り込んでいない。
一発一発殴る度に、生命の尊厳を感じられない、常に同じ形の暴言がメイファから放たれている。
その個々の一撃が、確実にネーデルの体力と精神力を奪っていく。
「うぁぐっ……!」
頭痛の上から重なる打撃を浴び続けながら、残り少ない力を苦しい悲鳴に使ってしまう。
ネーデルの赤い瞳は、元々弱り、生気と光を失いかけていたが、まだ消失してはいない。
―ブオッ……
● γ 炎が
どこから鳴り響いたのか、その小さな音は一瞬で消えてしまったが、ネーデルの聴力はどうだっただろう。
さて、どこから鳴ったか、ネーデルがそれに気付いたか、どちらを意識すべきだろうか。
赤い瞳は、一種の不安を捉えたらしい……
―― メイファの左手が怪しかったのだ…… ▲▼
◆■ いや、確実に何かを持っていた! 毒々しい緑の何かを……!! ――
―◆ 夜空の下に映るのは、
「死ぃねぇ馬鹿ぁあ!!!」
左手に持っていたのは、奇妙な緑に染まったナイフのような武器だ。
弱ったネーデルの顔面に突き刺し、本当に殺害しようとメイファは考えていたのだ。
「…………!!」
本当にナイフかどうかは分からないが、それでも尖っていると反射的に察知したネーデルは、
仰向けという非常に不利な体勢でありながらも、自分自身の命を護る為に一瞬だけ、疲労を忘れ去った。
ευ
「ぐっ……!!」
片膝をネーデルの腹部に乗せていたメイファの左腕を、ネーデルは両手で掴みかかり、ナイフの進行を停止させる。
唯一の幸いは、相手が腕1本だけで刺そうとしていた事だ。
ネーデルは両手だ。片手より両手の方が確実に力で勝てるだろう。
「抵抗……すんな……!!」
メイファは、相手が両手とは言え、病で弱っている相手に力負けしている事を悔やみながら、
それでも尚左腕だけでそのナイフをネーデルの顔面に接触させようとするが、叶わない。
序に、メイファのその力んだ言葉はまだ続きがあり……
「この豚がぁ!!!」
空いていた右手で、ネーデルの顔を再び殴り始める。
力を奪いながら、最終的にナイフを到達させてやろうというある意味単純な考えである。
「うぐぁ……!!」
単純に痛いとしか考えられない状況でありながら、ネーデルは相手の腕を掴む力を緩めなかった。
逆に痛い目に遭わされているその状況から、自然と力が強くなっていく気分さえ覚えていく。
しかし、両手が使えない以上、メイファの拳を止めるのは絶望的だ。
痣や切り傷によって血の流れた顔に再び痛みという痛みが蓄積されていく。
「さっさと死ねぇ! 諦めて死ねぇ! そんな顔なんか死ねぇ!!」
殴り続けていればいつかは緑のナイフで思い通りに出来ると思っていたメイファだが、
途中でそれでは無理だと思ったのか、一度その暴走させていた右腕の動きを止める。
だが、命を軽視する暴言を見る所では、情けや加減を意味する停止行為とは言えないだろう。
最も、ネーデルの力んだ表情は一切緩まず、そして変わらないのだが、メイファは右腕をネーデルの下半身に移動させていた。
ネーデルにそれが見えていたのかは一切不明だ。
しかし、身体で直接それを感じる事が出来たのは、数秒と経たない後だったのだ。
――κκ 左脚に激しい痛みが走り出し……
「うぅっ……!!」
実際には
擦り傷や痣で元々傷の酷かった脚ではあるが、この抓られる痛みはまた別の意味を示しているだろう。
脚に走る痛みが、ひょっとしたら両腕に作用してしまうかもしれない。
出来る事なら痛みの元凶を取っ払ってしまいたかっただろうが、メイファの手は遥か遠方だ。
それに、両手はナイフを止めるだけで精一杯だ。
両脚の痛みを解放する為に刺されてしまっては無意味である。
――しかし、メイファの態度と行動の変貌だけは顕著であり……――
「抵抗ばっか……」
メイファの左腕も案外強いのだろうか。
ネーデルの両手の力に未だに逆らい続けながら、違う攻撃手段に使っている右側の手を脚から一旦放す。
メイファの
怒りに身を任せたまま、右手をネーデルの青い色をした薄い服を手早く捲り上げる。
普段は直接肌が晒し出されていないからか、その細く、白い腹部には痣はあるが、切り傷は少なかったが、
メイファはその腹部を次なる攻撃対象へと定め、罵声と共に……
「しやがってぇ!!!」
――抉るように握り締める!!――
「ぐあぅっ……!! うっ……ぐあぅ……!!」
メイファの5本の指が、その細い腹部の皮膚を指の先端で潰すように動き、激しい痛みを青い髪の少女へと提供する。
ネーデルにとってもその痛みは尋常なものではなく、思わず叫び上げてもおかしくない激痛だっただろう。
だが、ネーデルは未だに目の前に残っているナイフを忘れる事はしなかった。
まだ死ぬと決まった訳では無いと言い聞かせながら、赤い瞳に凄まじい力を注ぎ込み、そして歯も食い縛る。
口の端には血の痕が残っているが、この修羅場さえ切り抜ければ、傷を治せる場所へ帰れるのだ。
αψ 地獄の激痛の中で…… / SEARCH THE ESCAPE!! ψα
ネーデルは今、腹部を抓られる痛みだけではなく、ゼーランディアに浴びせられた毒の苦しみまで背負い続けている。
このまま抓られ続けていては、本当に終わってしまうかもしれない。
それにネーデルは両手が自由に使えるのだから、片腕を離した所でメイファの左腕程度に負ける気すらしない。
……と力意識しているかどうかは分からない。
かと言ってここで黙ってもいられない。
乗っかっていると言っても差し支えの無いメイファに対し、ここで出来る事は、ただ殴る事だけだった。
―― メイファの憎たらしい顔目掛けて、一撃を!! χχ
先程まで、何度もメイファの右手で殴られていたのだから、同じ方の手で物理的な仕返しをしても罰は当たらない。
元々ネーデルは接近戦は慣れているのだ。
その単純明快な一撃で、メイファの左手に握られているナイフを落とす事に成功する。
ナイフはネーデルの横腹辺りに落下するが、刃の部分が直接当たらなかった為に、大した害はそこに無かった。
そして、ネーデルはすぐに両脚を引っ込め、力を溜めた上でメイファを蹴り押し、距離を開けさせる。
顔を攻撃された事によって怯んでいるメイファに対し、充分有効な手段だった。
兎に角今は攻撃を中断させるしか無かったのだ。
ネーデルは自分の服装による羞恥心もあまり弁えず、後転とハンドスプリングを混ぜた要領で後方へと進む。
―スタッ……
「う゛っ……!」
しかし、今までの体力の消耗によって両脚に上手く力が入らず、そのまま左膝を地面へと落とし、しゃがみ込んでしまう。
両脚を上手く閉じる為の余裕は、そこには無かった。
「うぐ……はぁ……はぁ……」
(どうしよ……力入んない……)
頭の内側から叩き付けてくるようなしつこい痛みが、ネーデルの身体機能を麻痺させていく。
メイファに対抗する為に身体に力を入れれば、それに比例するかのように、感覚的に痛みも増大する。
早く、顔を持ち上げ、視界を把握しなければ更なる危機が目の前に迫ると思われるが……
――目の前に、1本の脚……――
分厚さや頑丈さを思わせる黒のニーソックスに纏われていた脚であったが……
いや、それは即ちしゃがみ込んでいるネーデルに向かって、足に力を入れた攻撃が放たれていた事を意味していた。
無防備な、その痣だらけの身体にまた重たい一撃が圧し掛かる。
「まだ終わってねぇよ!!!」
どこを意図的に狙っていたのかは分からないが、爪先がネーデルの胸元に命中する。
少女らしかぬ罵声のオマケも付いている。
「あ゛ぁ゛っ!!」
突然身体に重たい一撃を加えられ、数滴の唾を意図せずに巻き上げながら、背中を地面へと打ち付ける。
苦しみだけに支配されてしまっている表情を浮かべた少女に、情けは与えられなかった。
――メイファの右腕がすぐに伸び……――
「さっさと立てこの
きっと立ちたくても立てないのだろうが、それでもメイファの憎悪は相手への情けを許可しなかったのだ。
青い服を乱暴に引っ張り、力を失いかけているネーデルを引っ張り上げる。
純粋にメイファ自身の腕が強かったのか、それとも奇妙な力に頼っていたのか、簡単にネーデルは立ち上がらせられた。
思えばネーデルからしっかりと形の整えられた返答をこの数分受けていなかったようにも考えられたが、次の仕打ちは決まっていた。
―― 隣に見えた樹木を凶器に変えるか…… ββ
右手でネーデルを立ち上がらせるなり、素早くその右手をネーデルの青く長い髪の中に絡ませる。
目的はただ1つだ。ネーデルの頭を樹木に叩きつける、それだけだ。
「てめぇのパンツなんか……!!」
女同士であれば、下着に関わる単語を飛ばしても大丈夫なのだろうか。
そして、どうやらあのしゃがみ込んでいた時に確認をしていたらしいが、メイファはネーデルの頭を樹木へと叩きつけたのだ。
―ドッ!
「興味ねぇんだよ!!」
怒りが今までの考え方や価値観を一時的に変化させたのか、憎悪を込めて罵声を吐き飛ばす。
再度ネーデルの頭を樹木へと叩きつけ、体力を一気に奪い取っていく。
しかし、数時間前までは見て嫌らしい発言をしたり、直接触れていたりしていたが、もう忘れているだろう。
―ドっ!
「わざと……見える格好しやがってぇ!!」
―ドッ!
3度目である。ネーデルの頭を樹木へと叩きつけたのは。
そのスカート姿を
元々血や痣で傷の残った顔に更に傷が出来ていく事なんか、メイファにとっては無関係だったのだ。
頭、と言うよりは顔が痛むと言った方が正しいかもしれないこの状況で、ネーデルは1つの言葉を言い渡したのだが……
「やめ……て……よ……」
泣きたくなるくらい、激しい痛みに襲われていたネーデルはまるで力の無い左手でメイファの右手首を掴み、
両目を震わせながら抵抗と言うべきか、懇願と言うべきか、そのような言葉を出したのだ。
しかし、メイファの水色の瞳は、その弱々しくなり続けているネーデルの赤い瞳に対し、再び怒号を見せ付ける。
「煩せぇよ喋んな豚ぁ!!」
憎しみしか抱く事の出来ないネーデルを左手で殴り飛ばす。被害者は後退してバランスを取る事も出来ず、そのまま倒されてしまう。
しかし、そんなメイファも罵声と共に無駄な体力を爆裂させながらネーデルを攻撃していたからか、
倒れているネーデルを見下ろしながら、数回、深く肩で呼吸をし始める。
「はぁ……はぁ……ざまぁみろ……。全部お前が……」
――苦痛で表情が硬直したネーデルも……――
(……)
辛うじてメイファの深呼吸音や、勝ち誇ったようにも見えるその言葉は聞えていたが、
ネーデルの中には、いつものような地声で言い返すだけの力は残っていなかった。
全身を走り抜ける酷い寒気が、熱のある汗の中に混じって冷や汗まで流させ、より一層苦しめる。
何とか立ち上がろうと、僅かに右足の膝を曲げて引こうとしたが、霞む視界の中に映るのは、やはり暗い影だ。
「死んだフリすんじゃねぇよ!!」
「あ゛う゛ぐっ!!」
疲れ切った喉の奥から鈍い悲鳴が放たれ、数滴の唾がネーデルの口から飛ぶ。
だが、ネーデルからは反撃らしい反撃は一切されず。
――それで終わらなかった……――
―κ 右手の先が激しく光り出す…… κ―
メイファにとっては何をするのにも面倒な理屈を必要としないらしい。
右手の先から伸びていくその黄色い光はやがて、1つの形を作り上げていく。
「これであんたも同類よ……!!」
何を意味するのだろうか、メイファは怒号の空気の中で不気味に笑い始める。
四角にも近いやや複雑な形状を見せた本体に、その先から伸びる細長くも、鋭い部分……
すぐに正体を説明する効果音が響き渡り……
―ブォアゥウウウウウウウウ!!!
εε 漆黒の本体。それは立方体を何となく意識し、凝視すれば細かいディテールが目立ち……
υυ 本体から伸びた白い刃は細長く平たく、先端は丸く出来上がっており……
σσ 外歯は動力によって常に回転している……。エンジン音を響かせながら……
◆■ それは即ち自動式鋸だ!! / DISMANTLEMENT SAW!! θ▲▲
メイファは光を物体化させたそれを、右手だけで持ち上げるなり、足元で倒れているネーデルの顔面目掛け、
暴力音を鳴り響かせている鉛の刃を突き落とす。
「終わりだ豚がぁ!!!」
相手の顔が傷付く、いや、それ以上に相手が斬り殺されてしまう事に対しての抵抗を捨てた叫びを喰らわしながら、
メイファは本当の殺人鬼のように口元を吊り上げる。
(くっ!!)
身体が思うように動かなかったネーデルは、そのあまりにも恐ろしい武器を凝視しながら、一滴の涙を零す。
――βα しかし……
οψψ 下に向かって落下する自動式の鋸は……
ψψζ 巨大な手によって無理矢理押さえ付けられ……
『ミカドゥーベン!!』
―ガァガガ……ガガッ……ガガガ……
驚く事に、ゼーランディアはその骨しか残っていない右手で、メイファのチェーンソーを止めたのだ。
鋸の部分を力任せに掴み、刃の回転を強引に止めている。
それでもエンジンの力で回転を持続させようとしている刃であり、ゼーランディアの指もいくらか欠けている。
痛みは感じないのだろうか。深青の両眼は痛みを思わせる揺らぎを見せず、刃を握る事くらい何とも思っていないようにも見える。
「くっ!! なんで止めるんですか!? こんな奴……!!」
メイファは凶器を強引にネーデルへと近づけようとするが、やはり体躯が倍近くある相手には力で敵うはずが無いのか。
下に向かって殴りかかっている最中を思わせるその右腕の状態が、それ以上変わる事は無かった。
χχ メイファの得物を握る、3本の指に力が入る μμ
『ゾォピルマージ!!』
まるで相手の手首を捻り上げるかのように、ゼーランディアはエンジンで動く刃物を上へと持ち上げる。
軽々とチェーンソーはネーデルとの距離を開き、そしてメイファの表情にも精神的な苦痛の色が出始める。
「いいん……ですよ!! こんな奴1回死ねばいい――」
『ビアサリアゲェン』
メイファはネーデルに対する憎悪を捨て切れず、武器を解放してくれないゼーランディアを睨みつけるが、
睨まれた屍の龍は、恐らくは返答だと思われる言葉を放ちながら、握る力を更に強くする。
見る見る内に刃は捻じ曲がり、チェーンも崩れ、遂にそれは武器として機能しなくなってしまう。
それにしても尖った物を握力だけで破壊してしまうとは、今までネーデルを相手にしていた時は手を抜いていたのだろうか。
当然、人間には達成する事の出来ない荒業だ。確実に人間の手の方が斬り裂かれてしまう。
「あぁ!! うっ……ぐぐっ……」
確実にネーデルをその場で血塗れにし、そしてあの世に送り届けられたはずだったというのに、
究極の得物をすぐ視界のやや上の方で壊れていくのを目の当たりにし、
メイファは健康そうな歯を噛み締めながら、ゼーランディアに水色の瞳を向ける。いや、睨みつけている。
『ジルハーラブ……ジィスティール……』
身長差の関係上、地面が視界に入らなくなるくらいに目線を上げているメイファの後ろに立っていたゼーランディアは、
その使い物にならなくなってしまったチェーンソーを強引にメイファから奪い取り、無造作に夜空に向かって投げ捨てる。
――しかし、それはメイファの身体が自由になった事を意味し……――
「いいんだよ!! こんな奴死んだって誰も困――」
『ポルピャートゥシャア!!』
メイファは右脚を力強く持ち上げ、踵でネーデルの腹部を再び踏み潰そうとしたが、到達せずに終わってしまう。
一時的に鞭のように変化させたゼーランディアの右腕によって、太腿を掴まれ、それ以上下ろせなくされたのだ。
チェーンソーを放り投げていた事を考えると、非常に速い動作だった事である。
しかし、メイファは短い緑のタイトスカートの姿で、片脚を持ち上げられたややはしたない姿を晒したままである。
「いんですって!! 事故死したとか適当な事言ってりゃあ――」
『ノァキレバーサイ……バルディフィート……』
一度敬語さえも忘れていたメイファだが、戻る事が出来たようである。
しかし、ネーデルを本気で殺してやろうという気持ちだけは全く薄れていなかった。
水色の瞳には憎悪と殺意がこれでもかと言うくらいに溜まり込んでいる。
だが、今のネーデルは……
◆γ◆ 閉じていた瞼を開くが…… / FAINT TIME…… ◆γ◆
どうやら、ネーデルは一時的に気絶していたらしい。
あれだけメイファが騒ぎながらチェーンソーを装備していたが、途中からそれを直視出来なくなっていたようだ。
意識が戻り、耳障りな大声を放っている相手を確かめようと、何とか赤い瞳を開く。
そこには、確かにメイファの姿があったが、脚を押さえられた状態で、ゼーランディアに向かって罵声を放ち続けている。
即ち、ネーデルを確認していない事にもなる。
そして、ゼーランディアもメイファに集中しており、倒れていたネーデルを確認しているとは考えられなかった。
――右手をゆっくり、そして強く握り締めたのは何故だろう……――
「いいのよ!! こんな奴殺した方がいいのよ!!」
『ヴィイラツァイラガン……』
ゼーランディアに右脚を掴まれたまま、メイファはネーデルの抹殺ばかりを考える。
だが、薄い緑に染まった龍はそれを許可しない。
「こんなとこで寝るような奴ぅ!!」
『ツィルケェア……タイルケイヴァゥ……』
見上げてくるメイファを余裕な表情で押さえ続けるゼーランディアであり、
ネーデルを生かすも殺すも腕1つで充分なこの幹部にとっては、メイファの操作も自由自在なのだろうか。
この数秒の間、メイファにばかり深青の魔眼を向けていた為、久々にネーデルに向けるのだが……
▼▼ 光が怪しく強くなり…… ββ
『ジーガ……』
この眼の動きは、人間で言うと、想像出来なかった光景を目の当たりにし、目を細めた時の動きや心理状態と同じかもしれない。
数秒前まで倒れていたはずのネーデルの姿が完全に無くなっていたのだ。
龍にしか見えないその頭部を左右へと動かすも、辺りに広がるのは木々だけで、青い服を着た傷だらけの少女の姿はどこにも無い。
「えぇ? うっそぉ!? あいついなくなったの!?」
やっと右脚を放してもらえたメイファも、その水色の瞳を前後左右様々な方向に身体や顔ごと向けながら周囲を調べるが、
やはりそこには誰もいないのだ。
序に言えば、逃げているのであれば、草木を踏む音ぐらいは聞えるのかもしれないが、それすら無かった。
――悔しさと怒りがきっとそこにあるに違いない――
「あぁあんもぉう!! いちいち止めるような事するからいなくなったじゃない!!」
すぐ足元で倒れていたはずの同性の憎むべき相手がいなくなってしまったのだから、メイファは黙っているのが無理だったのだ。
原因をゼーランディアのせいにしながら、その原因の1つを握っている龍を睨みながら地面の土を右足で抉り飛ばす。
地面に八つ当たりをし、龍に怒りをぶつけた所で、見失った青い髪の少女が出てくる事は無い。
――ゼーランディアは歩き出すが……――
骨しか残っていない3本指の巨大な左手を、メイファの細く狭い右肩に乗せると同時に一度脚の動きも止める。
ゼーランディアの魔眼は遥か遠方、木々に挟まれた場所に向けられていた。
メイファと顔を合わせていないが、肩に手を置いている行為が、これから何かしらメイファに伝える事を暗示させている。
『フィライディアコレイデン……グレプティアメイズ……』
天候や時間は、龍の姿をした生命体の言語の解読に
この夜中の空間で、ゼーランディアは
内部に差し込むかのように腕が伸ばされ、そして、その胸元が瞬間的に、不気味な紫に光り出す。
――メイファは限られた者にしか解読出来ない言葉に返答をしようとするも……――
「えぇ? ちょっと誰が来て――」
再度、歩き出そうと一歩踏み込んだゼーランディアを右手で掴んで止めようとしたらしいメイファだが、
明確な意味を掴める所まで言い切る前に、ゼーランディアの身体に異変が発生する。
εε◆ 背中から、毒々しい細胞型双翼を生やし…… / CRIMSON WINGS ◆εε
―バチン……
―バちン…… ▼▲電気が弾ける音そのものであった……
―ばチン……
細胞がいくつも合わさったような薄気味悪い翼を数秒とかけずに生やし、
同じく数秒と経たぬ内に低空飛行でそのままメイファから距離を取っていく。
翼を出した時の音はやや煩かったが、低空移動の時は恐ろしいぐらい、静かであった。
もうメイファの言葉はゼーランディアには届かないだろう。
「誰が……来てたのよ……。それより、ネーデル……!!」
メイファの向けた視線は、ゼーランディアとは逆の方向だった。
その方向にネーデルがいる保障は無いが、水色の瞳は悔しさに揺らぎ、黄緑のポニーテールを風で揺らしている。
半袖の緑の服に、同じく濃い緑を持った短いスカートと、その衣服から露出している手足の肌の白さが絶妙なバランスを放っている。
尚、ネーデルと比較すれば、防御用ニーソックスを装着している分、脚の露出は案外少ないが、両腕の露出は多い方だ。
ネーデルと異なり、漆黒の手袋しか装着していない為に二の腕の中間から手首までの肌が晒されているが、
丁度今はその手袋の内の左側が持ち上げられている所である。
人差し指を立て、黄色に染まった小さな、そして奇妙な炎を灯らせる。
■■ メイファの仕事がここから始まる…… / COMMAND ALIENS…… □□
ゆっくりとメイファの口が動き出す。
もし、映像として捉えているなら、口元にアングルが固定されている事に間違いは無い。
まるで泣いているかのように声が歪んでいる気もするが、この時のメイファの口調は、ゆっくりだった。
ψψ 喋る対象は、
「ねぇ手ぇ空いてる奴いるでしょ? 今回の標的がね、スイシーダの森に逃げ込んだから、見つけ次第……ぶちのめしてやって。あ、一応殺さないように……ね? 殺さなかったら……どんだけ痛め付けてもいいから。好きでしょあんた達」