■■ 狂喜すら呼ばない新事実/INDISCRIMINATE SACRIFICE ■■

少年少女に助けられたあの少女、クリスは夢の世界から抜け出し、現実を見つめる事が出来た。

だが、きっとクリスは知らないであろう。大衆酒場での悲劇と言うものを。
ハンター達の鮮血にけがれたその内部では、とある二人が銃器を片手、或いは両手に持ち、
互いの生命を賭けた死闘が繰り広げられていた。

そして、一度は終戦に進んだものの、そこで善なる存在ジークフリードは恐ろしい現実を知らされる事となる。

戦争の神スカンダは既に戦場アーカサスの全てを掌握しょうあくしたかのように、不気味な笑みを浮かべながら
ここまで戦いを耐えてきた敵対者に教え込んだ。







「注意しろよ? おれん事あの世送りなんかにしちまったら、お前も、お前のお友達も、お前のその他関係者みてぇのも、顔も声も聞いた事ねぇような爺や婆も、灰んなっちまっかんなぁ?」

ここはアーカサスの大衆酒場の内部である。

バイオレットは漆黒のロングコートに多量の真赤な血液を付着させた状態のままで、
すぐ横に設置されている木造のテーブルに寄りかかり、僅かに離れた場所にいる紫色のスーツの男に脅しを混ぜた声をかける。

その血液はバイオレット本人のものでは無く、周囲に無数に転がっているハンター達のものである。
そして、その転がっているハンター達は全て、命を失っている。もう、生前のたくましい姿は何処にも無く、ただのむくろなのだ。

悲しい話だが、もう彼らはハンターと言う肩書きを失われているのだ。

「あんがとよ、面白いお話なんか聞かせてくれて。それでお前はこの後どうするつもりだよ? もうその新書とか言うやつ奪えたんだからこんなとこ用無しなんだろ? まさかお前逃げ――」
「逃げる? なんだよなんだよ? そんなそんなぁ、おれがお前らにビビって逃亡しちゃうみてぇな言い方は駄目だぜぇ? おれは逃げんじゃねぇよ、帰んだよ?」

バイオレットは如何なる事があろうとも、決してテンブラーより下手したてに出るつもりは無いようであり、
あくまでも自分の作業ミッションを終えたから、帰還するのであり、臆病風に吹かれたのでは無いと、やや頑固な様子も見せてくれる。



「けっ……」

まるで直接目には見えない守護神でも纏わせて鉄壁の防御で身を包んでいるかのように、
嫌らしく堂々と振舞い続けるバイオレットを、テンブラーはサングラスの裏にある赤い目で睨みつけ、舌打ちを鳴らす。

常にバイオレットへと向けていた拳銃であるが、舌打ちと同時に諦めたかのようにゆっくりと下ろし始める。



――バイオレットはそのままだらだらと出入り口へと歩き出しながら……――



「それにだ、あんまちんたらこいでたら仲間に『何やってんだ』とか言われっから、あんまおれ個人の楽しみもやってらんねって訳よ。お前は分かんねぇったあ思うが、上の旦那とかも待ってっからよぉ」

右手に新書を持ちながら、と言うよりは掴みながら平然とハンターの死体が転がる酒場内を歩き始める。
テンブラーを見ながら歩いていた為、足元で何かをうっかり蹴ってしまったりもしていたものの、
そんな既に動かないものに対しては見向きもせず、必要最低限以上に脚を持ち上げながらその上を通っていく。



この時になって、ギルドマスター、そして竜人族の女性はまるでテンブラーに全てを任せ切ったかのように、
無口となりそして全身を震え上がらせてしまっている。



「お前は頑張れよ? 地下室のあれ、止めねぇとお前ら全員天国か地獄かどっちか逝く破目なっかんな? 街の命運はお前にかかってるって事忘れんじゃねぇぞ?」

バイオレットはテンブラーに向かって、一応は敵対者でありながら、アーカサスの命運を託し、
とうとう出入り口の奥へとその灰色の皮膚を持った身体を進ませたのである。



γγ もしここで、バイオレットを殺害してしまった場合は…… γγ



バイオレットは大衆酒場から出るなり、外のやや涼しげな空気によって表情が緩み出す。
内部は血液の臭気が充満していた為に、外のやや新鮮とも言える空気が懐かしく思えたのだろう。
それでも、燃え上がる建物からは焼けた暑苦しい空気も流れてくるのだが。



(さってと、もうそろ子分ども撤収させっかねぇ)

夜空にうっすらと映される炎の光を見上げながら、バイオレットは左手を漆黒のロングコートの裏に伸ばし、
何やら黒く、やや薄く、縦長の物体を取り出し、それを持つなり、親指をせっせと動かした後、その物体を左耳へと当てる。



―― 一体何をしようとしているのか。そして、この物体は何なのだろうか?――



―> そして、数秒後に……



「ああおれだ。一応なあ、もう例のもん見つかったから、帰っぞ。他の奴らにも伝えといてくれや。後だ、あのデカブツとかもきっと何匹か死んでっと思っから、始末班も呼んどいでくれや。流石にこんなとこに証拠とか残しとい――」

―バスゥン!!

δδ 目の前を横切る一発の弾丸シングルショット……



「あ? ちょっ待て。誰だよ」

一度バイオレットはその黒い物体の奥にある何かに一言渡し、そして飛んできた方向、即ち右をふと見る。

そこにいたのは、



■□■ ギルドナイトの制服に身を包んだ、ギルドナイト ■□□

街の秩序を護る為、そして、ハンター達を仕切る定法じょうほうを維持する為に専属された者達である。
蒼い制服を纏い、そして、ナイト達は全員、警備用特殊機械銃を装備している。



人数は8人であり、まるでその人数で道を塞ぐ壁として働いているかのような陣形で、
バイオレットへその銃口マズルを向けている。
距離はあるが、遠いとは言えないが、近いとも言えない。



「貴様が主犯だな! 今すぐ両手を上げ、地面へと伏せろ!」

恐らく先程発砲したギルドナイトなのだろうか、同時に、8人の中では班長としての立場も持っているのか、
力強い声を飛ばし、バイオレットに命令を差し渡す。



――しかし、その程度でバイオレットが怖気づくのだろうか?――



「なんでだよ? なんでいちいちんな事しなきゃなんねんだよ? ふざけんじゃねぇよ」

バイオレットは左手に黒く、縦に長い物体を持ったままで、勿論両手なんか上げないでギルドナイトの班長に向かって
まるで自分が狙われていると言う緊張感を感じさせない態度で反発する。



「もう一度言う! 両手を上げ、地面へ伏せろ!」

再確認をさせるかのように、班長の初老のギルドナイトは銃口マズルを向けたまま、再度強い声を飛ばす。

今度妙な事を言い返せば、本当に銃口マズルが火を噴きそうな雰囲気である。



「下に伏せろってかぁ……。じゃあ聞くが、言う通りしたら、おれどうなんだよ? どうせあれだろ? どっか取調室にでもぶち込まれて、検事とかにどやされたりするってあれじゃねぇかよ。やだぜ、あんなめんどくせぇの。んでどうせ死刑とかしたりすんだろ? だからお前らの要求聞いても意味ねぇだろ」

とことん聞き入れの悪い男である。バイオレットは自分がどのような選択肢を選んだ所で、面倒事に遭わされる事には
変わりないと分かっている為に、わざとであるのかもしれないが、子供が見せる我侭わがままのようなものを飛ばし始める。



「無駄口を叩くな! 今度こちらの命令に反発した場合、容赦無くお前を始末する!」

再び怒鳴り声を張り上げて班長は今度こそはと言う意味を込めた言葉をバイオレットへ突き渡す。
どんな事を言われようが、冷静に対応している所がギルドナイトらしい。



――やはり、言う通りにするのだろうか……――



「そっかあ、おれの事情知らんから殺すだの撃ち殺すだのぶっ殺すだの言う訳だぁ? じゃあとりあえずおれもお前らには謝罪してやっから……」



――ゆっくりと黒い物体をコートの内側へしまい、そして……――



「じゃあな!」

淡々としたメッセージ、そして……



代わりに持たれていた左手の拳銃が静かに吠える。

―バァン……



一瞬の出来事だったのか、班長は抵抗所か、防御すら出来ず、額に穴を開けられ、そのまま絶命した。
静かにその身体が崩れる音が周囲に響くが、まるでそれを合図にするかのように、
残された7人が一斉に両手に力を入れた。

「う……撃てぇ!!」



バスゥウン!!

ビュゥウン!!

7丁の警備用特殊機械銃が一斉に吠え始め、銃口マズルから生物殺しブレットが容赦無く発射される。
重たく、それでも恐ろしい破壊力を持った弾がバイオレットへと飛ばされるが……



「当たるかっつの……ザコが……」

バイオレットはその7つの弾を全て、右へと走りこむ事によって回避し、左手の拳銃を二度ほど、吠えさせる。

パァン!!

パァン!!

φ 決して、その銃は紅と蒼では無く、単純なる漆黒であるが…… φ

威力は馬鹿に出来ず、空間の中を一直線に突き進んだ小さい弾丸は二発とも、正確に相手の額を貫いた。
これにより、残りのギルドナイトの数は5人となった。



生き残ったギルドナイトが驚く隙も与えずに、バイオレットはそのまま残された者達に向かって疾走を行う。
まるで遠距離から近距離に目覚めたかのように、左手に持つ武器も、漆黒のコートの裏で短剣へと変化へんげさせる。

しかし、バイオレットには、まだもう一人、敵が残っているのだが……



――酒場から現れた、紫のスーツを纏った男が……――



「お、おい待て! そいつ殺すな!!」

テンブラーは一体誰に対して言っているのだろうか。自分も拳銃を持って協力する訳では無く、
ただ口を動かし、そして出入り口の前で右手だけを伸ばしながら、そんな沙汰を飛ばすが、
果たして、どっちに向かって言っているのだろうか。

――バイオレットか?

――それとも、ギルドナイツか……





「やっぱおめぇは賢けぇぜ……」

鈍さをまるで感じさせない速度で走りながら、バイオレットは背後に緑色の眼を向けながら呟き、
そして目の前にまで迫ったギルドナイトの一人を最初の標的にする。



ασ 狙われた男ターゲットは表情を強張らせるも……



「死ねやぁ!!」

正統的オーソドックスな短い台詞と共に、左手に持った銀色の短剣を一振りする。

―> 狙いは……首筋……

深く斬られ、血を噴き出し、一瞬で絶命する <―



「こ……こいつ!」

残されたギルドナイトが至近距離から警備用特殊機械銃でしとめようとするものの、
バイオレットの右足がそれを阻止してしまう。



「おらぁ!」

身体を右に向かってひねり、遠心力を使って右足をギルドナイトの顔面へと解き放つ。

ββ かかとがギルドナイトの顔面へと命中ヒット……

οο 鼻血を噴き出し、崩れ落ちる……



残されたのは、後2人である。しかし、人数が減ってしまった彼らにはもう勝てる見込みは無いと断定しても良いだろう。
あれだけのハンターを皆殺しにした男なのだから、ギルドナイトでも恐らくは無理に近い話だ。



あっとはぁ……お前らかぁ!!」

まだバイオレットの近くには二人の愚か者ギルドナイツが残っている。
最後近くにまで来たのだから、格好のついた最期を決めてやろうと思ったのか、
漆黒のコートの裏から一発発射スラッグショット型のショットガンを右手で取り出した。

左手に短剣を持ったままでポンプを容易くスライドさせ、右手だけで持ちながらそのやや太く、そして長い筒状部分バーレルを突きつけながら
一人のギルドナイトの顔面へと発砲する。



ドォウン!!



大きく、短い発砲音と共に、不幸にも狙われた男は顔面からその奥の脳までも破壊され、血を散らしながら地面へと落ちる。
発射音の終わりと同時にすぐに開口部イジェクションポートからシェルが排出される。

―ガラァン……

地面へと落ちたシェルが、金属のような質感を思わせる音を小さく響かせ、そしてゆっくりと地面を転がる。



「後は、お前だけだな。お前なんか……」

バイオレットは左手に持っている銀色の短剣だけをコートの裏へしまい、ショットガンを振り回しながら呑気に近づく。
最後の一人であるギルドナイトの男は何とか銃口マズルをバイオレットへ向けているものの、
恐怖なのか、しっかりと照準を相手に狙えておらず、そして、震えてしまっている。



――バイオレットは情けを一切見せず……――



「鼻血ブーしてやんぜ!!」

高速でバイオレットの右膝みぎひざが持ち上がり、最後の一人の顔面へと直撃する。

既に至近距離にまで迫られていたと言う事をこのギルドナイトは感じなかったのか、それとも、感じた瞬間にやられたのか、
逃げる余裕すら貰えずに鋭く硬い一撃を受け、激痛に顔を歪めながら、そして鼻血を噴き出しながら地面へと落ちる。

バイオレットの掛け声に含まれたものは、相手の身体で正確に実現されたのである。



「ってかなんだこれ。ギルドナイトとか言ってメッチャようぇじゃねぇかよ。こんな使えねぇもんクビんしろっつの。あ、そっかぁ、もう死んじまったからクビもなんもねぇか。じゃあお前、おれが直接お前をクビにして差し上げましょうか? 文字通り、クビねるっての、やってやっからよぉ?」

バイオレットは期待を大きく外れる弱さにがっかりし、一度だらだらと両腕を下へと垂らしながら、
右手に持っていたショットガンをふところへと戻す。

しかし、決して彼の活動・・・・を中断させた訳では無い。ただ、右手にあった物が邪魔だったから、ただそれだけである。
両脚の動きだけは彼の思いを受け継ぎ、目的の場所へバイオレットを赴かせるのだ。



――そうである。一番最後に攻撃を仕掛けてやった、その男だ……――



「そうだろ? なあそこのお前さんよぉ?」

バイオレットは左手の短剣もふところへとしまい、鼻血を出して戦意を喪失させてしまっている男へと接近する。
今まではバイオレットの独り言のようにも見えていたそれだが、どうやらこのギルドナイトの男に言っていたようだ。
男は尻餅をついてへたり込んでいる為、視線の高さを合わせるようにバイオレットも右膝を地面へと付ける。



「う……う……」

よほどあの一撃が鋭過ぎたのだろうか、ギルドナイトの男はまともにバイオレットに口で対応する事も出来ず、
鼻血を流し続けながら、近寄ってくる灰色の皮膚の男から離れようと両脚で地面を押そうと試みるも、
ほぼそれは無意味と化す。



「逃げんじゃねぇよ? お前もそいつらとおんなじとこ逝かせてやっからよぉ」

バイオレットは左手で男の蒼いハットを乱暴に跳ね飛ばした後、同じ手で頭髪を鷲掴みにする。
一方で、右手で他のギルドナイトが所有していた警備用特殊機械銃を手繰たぐり寄せる。

ライトボウガンと言うボウガンの中では小型の部類に入るとは言え、片手で持つのは難しい為に、
片膝を付いた状態のままで、とりあえず右腕と横腹で挟む形を取る。

だが、銃口マズルはしっかりとギルドナイトの男の顔面を捉えており、その後の決定はもうバイオレットの自由と言わんばかりに
狂気の牙を向き出しにしながら持ち主バイオレットの決定を待ち続けている。



「や……やめ……てく……れ……」

鼻の天辺から滲むような激痛に襲われながら、未だに生命活動だけは終わらせていないそのギルドナイトは、
何とかその凶悪な銃口マズルを逸らしてもらうようにと弱い頼み事を要求する。

弱々しく伸ばされた右腕が何とも儚い印象を受ける。



▼▼ しかし、生きていたのは、その男だけでは無かったようだ ▼▼



―> かかとの洗礼を受けた男は……

―> 揺らぐ視界の中で……

―> 何とかボウガンを構え……

―> バイオレットを背後から狙う



「お前……だけは……絶対に……」

どうやらその背後の様子にバイオレットは気付いていなかったようである。
未だに一番最後に攻撃を受けたギルドナイトに対して銃口を突きつけながら何かを喋り続けている。

そうである。バイオレットを倒すなら、今なのだ。
今、ここで密かに射殺してしまえば全てが終わる。そう信じている。

仲間を殺されたのだから、これくらいは、いや、必ず仕留めなければいけないと確信し、
上半身だけを持ち上げ、警備用特殊機械銃を何とか構えながら、引き金トリガーに力を入れる。



――そう、これで任務ミッションは終わるのだ……――



α まだバイオレットは背中を向けたまま……

β これなら、確実にれる!

γ 狙うなら、今である!!





伸びた銃口が、いざ……、終わりを迎えてくれる……





そう。これで……

















「う゛ぉ゛おぁあ゛あぁああ゛ああぁ゛あ゛あああ゛あ゛!!!!」

何と言う事だろうか。最後の銃撃ラストタッチを開始するはずだった、ギルドナイトの男が突然、火炎アグニに包まれたのだ。
まるで儀式の祭火フェイティドセレモニーのように男の身体が燃え上がり、不純な絶叫ルードボイスを響かせる。

夜の空間がまた、稲妻の如く光り出したのだ。



――バイオレットが気付かないはずも無く……――



「あぁ? 誰だよこんな大声」

耳を鋭く突き刺すような悲鳴だったのにも関わらず、バイオレットは驚いた様子も見せずに、
ゆっくりと背後を振り向いた。
どうせ目の前の鼻血を垂らした男はボウガンを手放しているのだから、襲ってくる心配も無いと、平然と目を離す。



「あぁ?」



□■ 目の前に映るのは、容赦無く焼かれ続ける一人の人間…… □■

立ち上がる炎の中で、一人の人間が黒く染まり続けながら、もがき苦しんでいたが、
既に叫び声は消え失せており、そして支えを払い除けられたかのように炎に包まれたまま倒れこんだ。

生命を絶っても尚、火炎アグニヒトを喰らい続け、被害者アフリクターみにくくさせていく。

開祖釈迦かいそしゃかは、その男が既に死に近づいている事を自覚させ、業火によって男の身をあぶったのだろう。
しかし、その釈迦を気取る者の正体とは……



「誰だよ、派手な事する奴」

バイオレットはどこにいるのか分からない、焼殺した存在を呼び出そうと一応は声をあげるが、
その表情は何故か笑い出しそうになっており、誰がやったのか、実際は分かっているようにも見える。





――そう、意外と、近くに存在したのだ……――



「『誰だよ』じゃねえだろお前。分かってっくせしていちいち確認みてぇなもん取ってんじゃねぇぞマジで」

やや荒くれた若者を思わせるような声色がバイオレットの上から降ってくる。
面白そうにバイオレットは素直に上を見上げる。



――建物の屋根に、その姿はあったのだ――



αα まるで先端から攻撃を繰り出すかのように地面へ向けられた金色の杖……

ββ 全身を包み込む、青い皮膚……

γγ 涼しさを感じさせる、黄土色のクオーターパンツ。引き締まった上半身は何も纏っていない

δδ 金色の大仏ヘアーに、漆黒のサングラス……



■■ 何故、この男が?/CHAOS BUDDHA ■■

バブーン荒野で一度は孤独に残されてしまった身でありながら、今はアーカサスの街へその姿を見せている。
どうやら鎧壁竜によって命を落とした様子は無いらしいが、どちらにせよ、この街にとって好都合な事は無いはずだ。
少なくとも、この街を救おうと考えている人間達セイバーズにとっては。



「あれ? お前デストラクトじゃねぇか。お前が狙ってたあの猫人ネコどうしたんだよ? まさかもう火炙ひあぶり終わったから暇んなってこんなとこまで遊びに来たのか? それとも失敗ぶっこいだからここで汚名返上でもすっ気か?」

バイオレットは目の前のギルドナイトの職員を放置するかのようにゆっくりと立ち上がり、
屋根の上で立った状態でいるデストラクトに向かって自分なりに立てた予測を聞いてみる。

「なんでそうやって嫌みくせぇ事言んだよお前って奴は」

どちらかの予測が命中していたのか、デストラクトは友達感覚と言う意識だけは忘れずに、
それでもバイオレットを批判するような台詞を飛ばしながら……



――武器である杖の膨らんだ先端を天へと向ける――



まるでこれからデストラクトに対してとある行動手段を取らせるかのように、金色の杖に変化が訪れる。

―> 先端部分が外へ向かって開き……

―> そのまま開口部分が地面と水平に回転し始める……



その回転を合図にするかのようにデストラクトは一気に屋根から飛び降りる。
高さを考えれば普通ならば降りようとは考えられないものがあるが、結果としてデストラクトは飛び降りたのである。

だが、重力はデストラクトを素直に引っ張り込む事は出来なかった。重力加速と言う物理学の概念は通用しない。
そう、杖のおかげと言った所だろうか、空中停止を一度行い、ゆっくりと下降する。

杖の先端から現れた推進器プロペラが空気を下部へと力強く送り込み、
持ち主に落下の衝撃を与えぬよう、勢いのある回転状態を持続させる。



「そう聞こえたかぁ? お前がちゃんと仕事やんねぇからじゃねぇかよ? ってか真面目にしくったのか? あのネコ始末するっての」

バイオレットは上を見上げたまま、ゆっくりと降下してくるデストラクトに向かって、結局失敗してしまったのかと
多少デストラクトの技量を疑いながら、緑色の眼をにやけたまま細めた。



「ああそうだよそうだよ。なんか妙な連中来やがってよぉ、そいつらと一緒に逃げやがったんだよあのニャー公の奴」

デストラクトは右手だけで飛行性能スカイプロパティまで兼ね備えた金色の杖ヴァナプラスタを持ちながら、
やがて地面へとゆっくりと降り立った。

着地後に再びその口を動かした。

「だからちょいそこら辺でだ、いきがってるギルドの連中と遊んでたんだよ。まあそいつら全員火達磨ひだるまんしてやったけどな? 当たりめぇだろ? 俺はそこまでザコじゃねぇし、お前だって多分そんぐれぇ暴れまくったんだろ? 後でゆっくり聞かしてくれや」

着地し、先端部分の推進器プロペラ部分が必要無くなった為に、柄の部分の先端を地面に軽く二度ほど叩きつけ、
自動オートであるかのように開いた羽を畳ませながら、アーカサスの街に辿り着いた後の経緯を説明した。



――やはり、青い仏デストラクト生易なまやさしいルートを進んできた訳では無かったようだ……――



「お前も面白そうな事やってたって訳かぁ。こっちはもっと面白れぇ事やっ――」
「ってかバイオレット、お前そいつどうすんだよ? いちお生きてっけど、放置プレイでいいのか?」

バイオレットもデストラクトに負けないくらい非常に度の入った土産話を持っているが為に対抗するかのように
両手を銀色のズボンのポケットに差し込むが、デストラクトはふとバイオレットの足元に気が付いたのだ。

勿論、ポケットに手を突っ込んだ行為なんかでは無い。
鼻血を出して座り込んでいる哀れなギルドナイトの男である。
まるで下等な生物に対するかのように、空いている左手の人差し指をその男へと向ける。



「あぁ? あ、ああそうだったぜ! こいつん事すっかり忘れてたぜ、はっはっは〜。とりあえずお前は死ね」

台詞からも分かる通り、バイオレットは偶然出会ったデストラクトに気を集中させていた為にギルドナイトを一時的に
記憶の世界から除去させてしまっていたのだが、再び思い直したのである。



――付近に置いてあった警備用特殊機械銃を拾い上げ……――



―> 銃口マズルが男へと突きつけられる……

バァン!!

―どさっ……



あまりにも呆気ない光景である。男に何か言い残させる余裕も与えず、
まるでドラマも何も感じさせずにあっさりと殺してしまったのだ。



「よし、おっしまいと」

平気な顔をしながらバイオレットは、頭部を撃ち抜かれて絶命したギルドナイトの最後の兵士の真上に警備用特殊機械銃を捨て置く。
まるで他者の命を奪う事に何の抵抗も見せない部分が途轍もない恐怖を教えてくれる。

「ってお前も随分すげぇ殺し方すんなぁ。『じゃあ死ねっ』バーン、かよ。もうちょいなんか言わせてやっても良かっただろ?」

デストラクトも今の光景は面白かったのかもしれないが、彼ならばもう少し言い残させてから、
最期の一撃を送っていたのかもしれない。



「ああそれかあ。実はだ、ホントはギルドんとこでそうやってダラダラ時間かけてから最後の一人だけ残った女のガキ殺そうとしたらだ、見事なまでに邪魔くらってなあ。だから今回は回りくどさ無しでやったって訳だ。おれだって何回もおんなじ失敗やってる訳にゃあいかねぇしよ」

どうやらバイオレットは前回の反省点を踏まえていたのだろうか。

やや離れた場所に建てられている大衆酒場に右手の親指を背後に向かって突きつけながら、
そこでの一部始終を聞かせ、そこである意味の痛手を負ってしまった事を知らせる。

バイオレットの油断によって殺されずに済み、そして逃げる事が出来た少女とは、勿論彼女しか存在しない。



――ディアメルである……――



あの淡い赤のツインテールのハンターであり、少女でもある彼女はハンターと言う肩書きを持ちながら、
バイオレットの前で泣き顔を曝け出してしまったものの、命が助かった事と比べれば大した事では無いだろう。

だが、また時間を使ってしまってはその少女のように逃げられてしまうと悟り、
それでも余裕とも言える力の差から笑いなんかが零れてしまっている。

「なんだそりゃ? お前最後の一人逃がしちまったってんのかぁ? 駄目じゃねぇかよぉ、相手が誰だろうが最後まで始末はしねぇと。きっとそいつ影で笑ってんぜ? 俺だったらぜってぇうんもすんも言わせねぇで焼き殺すけどなぁ? ってかその邪魔してきた奴はどうしたよ?」

夜のこの荒れた街中で、そしてギルドナイトの八つの死体が転がるその場所で、
デストラクトはバイオレットの失態を面白半分で聞きながらも、
自分ならばそのようなミスは犯さないとまるで断言するかのように右手に持った杖を上へ向かって軽く振り回す。



――それで、その人物とは誰なのか……――



「そいつとは一応楽しい銃撃戦はしたんだぜ? あいつはあそこに突っ立ってんだろ? あいつだよ」

バイオレットは黄土色で、天に向かって伸びた髪を左手で軽く弄りながら、右の人差し指で
大衆酒場の方へと差した。

確かにその人物は立っていた。



――紫色のスーツを纏った男であるが……――



二人の人間に対する考え方についてなのか、その男は全く口を開こうとせず、
ただ、本当に黙って立っていた。

「おいおいテンブラー。お前何さっきからずっと黙って突っ立ってんだよ? さっきおれとやりあった時みてぇにジャンジャン言って来こねぇのか?」

バイオレットはテンブラーに向かって街道の上を進んで歩み寄りながら、
無口と化してしまったテンブラーにその事について言及し始める。

「まさかバイオレット、お前そんままあいつもっちまうってか?」

デストラクトも遅れを取りながら、バイオレットの後ろで歩き出し、
杖を肩に乗せながらそのすぐ後の話であろう予定を口に出し始める。

バイオレットの性格と能力を考えればどのような決断を取ろうが恐らくはすぐに解決してしまうと考えたのかもしれない。



「いいや、別にそんな事考えて……」



―ブゥウン……



バイオレットはその小さく響く奇妙な音響に反応したのか、その場で立ち止まりながら左に顔を向け始める。
テンブラーを始末する気は無いらしいが、何故かその音がどうも気になってしまう。



―ブゥウン



やがて音は徐々に大きくなり、正体も時期に鮮明になっていく事を暗示させてくれる。
それはまるで、神秘の保持者ハヌマーン戦争の神スカンダをそのまま葬り去ってしまうかのように。

天地を震わす雄叫びを見せていても、悪魔の王ラーヴァナから仲間の妻を救った英雄の異名を持っていても、
各人が持ち合わせる名声なんかはこれからの裁きにとっては何の意味も成さないのだろう。

やはりこの二人には、閻浮提えんぶだいでの裁きが必要不可欠なのだろうか。
裁判官は徐々にバイオレットとの距離を縮めていく……



炎や煙の立ち上がる中、その奇妙な音を響かせながら迫る何かがようやく正体を見せてくれる。
濃い緑色に染まった、簡単に言えば鉄の塊とも言えるその存在は……



――ようやく姿を表す!!――



そう、それはジープである。
真っ直ぐバイオレットを捉え、そして、離さない。



バイオレットは気付いているであろう。そのまま立ち止まっていれば、確実に最期を遂げる事となると。
だが、不動である。まるで相手に自分の命運をゆだねるかのように。



「テンブラー!! 待たせたなぁ!」

突然ジープを操縦している者がそんな声をあげる。
どうやらテンブラーの仲間らしいが、驚くのはその事実では無い。

声を発した存在そのものである。



――なんと、猫人である――



その背後には、双角竜と、雪獅子と、黒色岩壁竜の装備を纏ったハンターがおり、
そして、当然のように得物を背負っている。

猫人の事も気になるが、やはり、助太刀に来てくれた三人のハンターも気になる所である。




■■ 平和を導く勇者の如く…… ■■
□□ KILL YOU!! □□

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