――――  『祭』  ――――



この文字は昔女が生贄を捧げる様子から作られた……



案外近い過去で説明されていたものかもしれない……
この生贄の中に放り込まれる者とは……






         ■□ 運命ウルドから逃れる為に…… □■
              ――聖なる泉を求めて――
               ≪ HOLY SPRING ≫



□□□□ この混沌と言う世界カオス・メイキング・ブラックはどこまで突き進んだのだろうか?

□□□□ 凍てつく炎アイスフレイムで好き放題に街を食い尽し……

■■■■ アーカサスの財産であるハンターをもえぐり尽くし……

■■■■ だが、案外よく見ると、謹厳なる終焉は近くにあるものなのかもしれない



ブォオオン……

ブォオォン……



炎に囲まれた混沌の街、アーカサスの街道を走り抜けるのは無数の軍用トラックである。
濃い緑色に覆われ、そしてその体躯はまるで一般的な飛竜を思わせる程に、大きいのだ。
荷台部分は車体を染めている色と比べるとやや淡い色のビニールシートが被せられており、
その内部には何やら力強いオーラを秘めているような気がしなくも無い。



そして、走り抜けているその理由は決して血を撒き散らす為の下準備では無いのだ。
四方へと散らばり、そして街の中で負傷した人間の救出に回っている。
この街にはあの組織の連中によって怪我を負ってしまった人間が数え切れない程に存在する事だろう。
どうやらこの軍隊は純粋に武器を交えさせるのでは無く、救護の知識も兼ね備えているようだ。

それとも、いざと言う時の不意打ちにもその軍事力を持って対抗出来るが為の処置なのだろうか。
人力で病院に運ぶよりも、荷台に乗せて纏めて、そして迅速に運ぶ方が確実に効率が良いのは言うまでも無いだろう。

だが、怪我・・負傷・・では済まされなかった者もいるのだが……



徐々に平和が戻り始めたかのようなこの夜の街道を進む、三人の姿があり、それぞれが一致団結する事によって
別行動すら取らずに同じ道を進み続けているのだ。



「なんかさっきからトラックとか走り回ってるけどあれって、敵、じゃあねぇよなぁ?」

蒼鎌蟹の武具で全身を包んでいるスキッドは隣を通り過ぎた一台の軍用トラックに指を差しながら、
共に歩いている少女二人の内の一人に質問を投げかける。

「う、うん、きっと大丈夫だと思うよ。もし敵だったらすぐに襲ってくると思うけど、なんか救助活動もしてるみたいだし、絶対大丈夫だと思うよ?」

真っ赤な甲殻が特徴的な赤殻蟹の武具を纏った少女であるクリスは、遠方でも走り回り、そして所々で停車している軍用トラックを確認する。
その停車しているトラックの回りでは何やら一般市民らしき人間を運んだりしている様子が見えた為、少なくとも悪者では無いものと認識する。



「なんだか収まってきたような気がするんですが……、多分テンブラーさんが上手くやってくれたんでしょうか? ねえスキッドさん?」

通常の装備に比べると多少赤く染まって見える狩猟用装備のガンナー武具を纏った少女のディアメルは周辺に燃え盛る建物の炎を見上げながら、
やや大きめな淡い赤のツインテールを揺らしながらスキッドを見た。



「あ、そうかあテンブラーなあ。あんま変な事は想像したくねぇけどあいつだったら多分、あのバイオレンスとか言う奴にちゃんと勝ってると思うぜ? お前ん事助けたぐらいなんだからぜってぇ何とかしてるって」

スキッドは昔の昔に顔を合わせた事のあるテンブラーを思い浮かべる為に、歩く足を止めずに夜空を見上げ、
当時のあの姿・・・を頭に思い描いた。



――黒狼鳥イャンガルルガの武具と、大剣が特徴的な姿が……――



しかし、現在は紫に染まったスーツ姿ではあるが、スキッドはその姿はまだ確認していない。
そして、色だけを見ると、奇妙な共通点があるとも言える。



「そう、ですよね……。出来ればまたテンブラーさんにお会いしてお礼言いたいんですが……。それと、『バイオレンス』じゃなくて、『バイオレット』、ですよ? それじゃあ暴力って意味になりますよ」

スキッドから貰った言葉がディアメルに希望を与えてくれたのかもしれないが、それでも不安は完全には抜けず、
どうしても台詞の中には力の見えない箇所が目立ってしまう。

それでもスキッドの言った内容だけは忘れる事は無く、優しさの見えた訂正を投げかける。



――そこでクリスはとある人物ワードにピンと来たのか……――



「あのさあスキッド君……。もう一回聞くんだけど……いいかなぁ?」

クリスはまるで明るさの感じ取れない表情で、スキッドにその水色の瞳を向ける。
何だか悲しさまで一緒に携えているような気がする。

「ん? クリス、お前聞くって何がだよ?」

やはりスキッドはこれからどんな質問を受けるのか予想すら出来なかったのか、何だか文法的にも違和感を覚えるような、
そんな対応でクリスから送られるであろう質問を受け取る体勢に入る。



「なんか、ホントにあの二人が無事なのかどうか凄い疑わしくなって……。ねえホントに大丈夫なの!? まさかホントは、って事とか無いの!?」

突然どうしたのだろうか、クリスは周辺を走る軍用トラック、そして遠方にちらほらと映る光景――荷台へ運ばれる怪我人達の姿――を見て不安になったのか、
多少前の時間に説明されたはずの内容について、再びスキッドに問い始める。

「だ〜からぁお前なぁに今更また聞き直してんだよ? さっき言ったろ? 病院で頑張ってるって。おれが嘘言ってるとか思ってんのかぁ?」

スキッドはクリスだけが知らない事実を隠し続け、その内容の重さにそぐわないような多少ふざけの混ぜた態度で
自分自身に右の親指を向けて誇らしげな態度を見せ付ける。



「あ……うん……。そう、だよね……。ごめんね、疑ったりしちゃって……」

クリスとしては自分がしつこかったと思い、それがスキッドに対する嫌がらせのようなものになっていた事を咄嗟に考えてしまったせいで
とても悲しそうに水色の瞳を細め、そのまま俯いてしまう。



(クリスさん……)

隣で俯くクリスの姿を横目で確認したディアメルは一体どう声をかければ良いのか分からず、
ただ実際に声を出さず、黙っている事しか出来なかった。



――そんな事をしている間に……――



いつの間にか三人は現在進行形で救助作業に入っている軍用トラックの内の一台の隣に差し掛かっており、
付近で響く掛け声やその他様々な要因によって自動的に三人の目がそちらへと向けられ始める。

「よし、他には誰もいないな!?」
「ああ、こっちは何とか大丈夫だ!」
「こいつで最後だな。急ぐぞ!」

街道の端に立ち並ぶ建造物の中にいたであろう緑一色の軍服を纏った男達が互いに声を掛け合い、それに連動するかのように最後の一人らしき怪我人が
担架たんかに乗せられ、荷台へと運ばれる。
作業が終わった途端に操縦役ドライバーの男を除く全員が荷台へと上がり、そして操縦役ドライバーは操縦席へと進んでいく。



――だが、問題はその運ばれていた人間だった……――

一体どんな衝撃を外部から受けたのか、血液が服を余裕で滲ませながら身体の外へと突き破らんばかりに溢れていた。
胴体部分だけでは無く、顔面からの出血も激しかった……。
応急処置として頭部には包帯が巻かれていたが、やけにみ出している髪の毛の量が少ない為か、
被害者は男性であるか、それとも……



そんな救助活動の一部始終を見ていたスキッド達三人であるが、その光景が原因となり、クリスの心に再び闇が灯り始めてしまう。
単に街に炎が放たれているだけでは飽き足らず、人間にすら危害を加えているその箇所が妙な感情移入を発生させたのだろう。

「だけど、ホントにどうなったんだろう? テンブラーさんがホントに全部解決してくれたのかなぁ? なんか随分あっさりし過ぎとも思えるし……」

クリスはここで物事を単純には考えられなかったのだろうか、周囲では救助活動が始まっていると言うのに何故かそこからは
この事件全てが解決されたのだとうは想像する事が出来なかったのだ。

「いやぁでもよぉクリス。こんなとこでいくら考えたってこたえ多分出て来ねぇぞ? まああんましほっとけるような内容でもねぇけど、やっぱまず皆に会う方がくね? まああいつらが今どこいんのかも全然分かんねえ状態なんだけどな……」

この状況であってもあまり必要以上に深い思考を巡らせる事が出来ないスキッドであり、とりあえずは仲間と出会うのが一番手っ取り早いと結論を出す。
自分の思考力の悪さを誤魔化すかのように蒼鎌蟹のキャップを外している頭に左手を当てる。

因みに今、キャップは右腕と横腹に挟まれた形で持たれている所だ。



「いや、確実にギルドの近くだとは思いますよ? あそこの周辺が特に荒れてましたから……。ギルドに直接いなくてもその近くだったらきっと会えるはずですよ。あんまり油断は出来ませんけど……」

恐らくそのディアメルの言った内容は本当ならば分かり切っている事だろう。
スキッドには事情を話していたし、クリスにだってそこまでの粗筋あらすじは説明していたのだから、本当ならば説明するまでも無かっただろう。

だが、状況を見る限り、再確認とも見れるだろう。

「で、でもこの辺りはちょっとは安心出来るとは思うよ? 軍隊の人がこれだけいたら向こうもあまり手出しはして来ないと思う。返り討ちに遭うとかきっと考えるからここは凄い安全な場所だとは思うよ? 私一応一人だけになった時も軍隊の人の戦ってる所見てたから、分かるの」

クリスはディアメルの赤い瞳が恐怖と不安によって細くなっていたのを確認し、周辺で救助活動を獅子奮迅ししふんじんおこなっている様子をヒントに、
ほぼ軍隊に囲まれていると言っても過言では無いこの場ならば不意討ちによる傷害を受ける心配性は無いと笑顔を混ぜながら助言する。

スキッド達が見つけてくれる少し前はクリスは単独行動しており、その時に軍隊の凛々りりしさをその水色に潤った瞳でしっかりと確認していたのだから。



――最も、仲間と再会するのに危険地帯バック・フレイムに脅えている時では無いのだが……――



「っつうかまあアビスとかに会うのも大事だけどよぉ、ディアメルお前武器なんもねぇってのはマジ、メッチャ不味くね?」

ふと気付いたのか、それとも予め気付いていた事柄を今になって訊ねるタイミングを見出みいだしたのか、
スキッドは狩猟用の装備を纏いながらも何一つ武器を持っていないディアメルに対してもし攻められた時のおぞましさを覚え始める。

だが、台詞だけを見れば表面上に映るおぞましさと言うものを殆ど感じられないのがどこかスキッドらしい。

「あ……、そうでした……。あ、いや、えっと一応はちゃんとボウガン持ってたんですよ。だけど酒場の方でちょっと、落としちゃって……。それで状況が状況だったから拾う余裕も無くて逃げてきたから……」

ディアメルの扱っていたボウガンが軽量型ライトなのか、重量型ヘビィなのかは不明だが、それでもハンターとしての得物は
元々は装備している立場であったらしいが、その後の武器の行方は説明の中に示されている通りだろう。

武器を落とした事は大きな失敗ミスであるが、それ以上にその時リアルタイムで流れていた殺戮の時間デリート・バレッツの強さの方が
精神に加える一撃としては恐ろしく強大であるだろう。

証拠として彼女の赤い瞳が隣の建物を捉えながら弱弱しく閉じかける。



「じゃあ一回そこら辺ちょっと探してだぁ、お前のボウガンの代わり、っつうかボウガンだけどそれちょい探してみっか? 手ぶらだったらお前マジやられっぞ?」

スキッドは誰か・・に酷似している濃い茶色の髪を揺らしながら周辺の建物を見渡し、ディアメルの代わりになる物が
この近くに存在しないかどうかを確かめようとする。

「探すってスキッド君……、それって勝手に持ってくって事、だよねぇ? それって泥棒なんじゃ……」

ある意味では行動力も持ち合わせているのかもしれないスキッドであるが、これから始まる行動を冷静に考え直したクリスは
それを絶対的に心地の良い考えアイディアとして受け止める事が出来なかったようだ。

どうせスキッドの事だから律儀りちぎに代金を置いていくとも考えられず、
下手をすれば犯罪行為クリミナルアクトとしてこの空間では解釈されてしまうだろう。



「いややクリスお前今しゃあねえだろぉ? 街が一個ぶっ飛ぶかどうかって時に使えるもんもそんまま放置するってのもあれじゃねぇかよ。まあ確かに今金なんて持ってねぇけど後で考えとくから、街護る為だと思ってとりあえず今は使わせてくれよ? ってか使わせてやってくれ? ディアメルに」

スキッドも代金を払わずに他者の物品を持ち出す事にはしっかりと抵抗を覚えていたようではあるが、
街を救うものとして考えれば多少の行為にいちいち戸惑っている必要は無いだろうと主張しているように見える。

だが、内容は下手をすれば人生の一部を法律と言う獣によって食い散らされると言う恐怖が染みついているからか、
完全に自信を持っているとも考え難い。

「で、でもスキッドさん? 仮に本当にそんなもの持ち出すとして、どこで見つけるんですか? 今はなんかどこも荒らされててとても武器屋なんて見つけられるような状況でも無いし……」

ディアメルも確実に無断にも近い形で他者のボウガンを持ち出すそのやり方には反対の意見を持っている可能性があるが、
特に敵の攻撃が激しかったあの時・・・の爪痕が原因で、どの建物がどの役割を背負っているかの判別が出来ない状態になってしまっている。



――看板が破壊されているのは当たり前……

――建物そのものに巨大な穴がいくつも空けられており……

――炎が立ち上がっているのも当たり前である……

――焦げと炎とその他様々な物質の臭気が周囲へと走る……



「ま〜ぁあ確かにこんなんじゃなあ……。しかもおれここ来て意外とまだ時間経ってねぇからロクにどこに何あるか、とかも分かんねぇしなぁ……。クリスぅ、お前どこに何あるかとか分かるかぁ?」

スキッドはあまりにも破壊され、そして荒れてしまったこのアーカサスの繁華区では建物の区別が出来ないようであり、
どこかだるさを交えさせたような態度できょろきょろと周囲を見渡した。

「え、あ、いやちょっと私もここまで来るとちょっと分かんないかなぁ……。ごめんね、ちょっと私もあんまりそこまで詳しくなかったから……」

クリスはスキッドがこの街に籍を置くずっと前からアーカサスに住んでいた身でありながら、破壊後の変化に耐えられなかったようだ。
スキッドの期待に応えられなかった事に対して謝罪を渡す。



「クリスさん、謝る事じゃないですよ。元々言えばボウガン落とした私が悪いんですし、別にこの街に完全に詳しくなくたっていいじゃないですか? それとスキッドさんもあんまりクリスさんに頼り過ぎは駄目ですよ?」

なんだかクリスだけが悪者になってきていると悟ったディアメルは咄嗟にクリスのフォローに入る。
原因はディアメルから現れたものであるし、そしてスキッドも少し人を当てにし過ぎているのだから。

ただ、スキッドはこれをこころよく受け取ってくれないだろう。

「あぁいやや別に頼ってねぇよ。ただあんましおれじゃあどこがどこだか分かんねえから分かりそうな奴から聞いたってだけだぞ? お前つうかちょっときつい事言う奴だな……」

面目を潰されてしまわないよう、スキッドは何とかこの空間でただ自分が効率の良い手段を選んだだけだと言い張る。
そして付け足しとでも言わんばかりにディアメルの地味に堂々とした部分について言及する。



「別にそこまできつく言ったつもりは無いんですが……。だけど、どこから皆さんの元に行き――」
「おい君達! こんなとこで何やってる? ここにいたら邪魔になるぞ!」

ディアメルのまるで見直しとも言えるその返答を遮ったのは、緑色の軍服を着た男性兵士だ。

駆け足で近寄り、背中には機関銃を背負った状態で三人の少年少女に向かってそう言った。



「ああいやいやえと……おれらちょい……人探して……」
「あ、すいません! 私達ちょっと人を探してたんです! もしここで邪魔になるのでしたらすぐにここから離れますので!」

突然迫られた事によってスキッドは言葉に迷いながら、それでも何かしら言い返そうとしたが、
クリスだけは的確に自分達の行動を説明し、そしてすぐにここから引く事を伝えてその行動に移ろうとする。

「ああ頼むよ。ここら中車走り回ってるからどうしても邪魔になるんだよ。言い方はちょっと悪いとは思うが、ここはこっちに任せてくれればいい。他の住人やハンターは避難所に逃げ込んだから、君達も早く行ったらどうだ?」

それだけを伝えると、軍人の男はまだ仕事が残っているのか、返答も待たずに去ってしまう。



「あれ? なんかあっさり行っちゃったな……。なんか無理矢理引っ張られて連れてかれると思ったぜ。でもおれらここいたらまたなんかゴチャゴチャ言われんだろうけど、ってかよく見たらおれら以外誰もいねぇよな?」

どのような経緯いきさつで救助活動を続けている軍隊の内部へと入ってしまったのかは分からないが、
今頃気付いたかのような態度を取っているスキッドを見る限りは、無意識として認識しても間違いは無いのかもしれない。

スキッドは周囲をきょろきょろと見渡しながら、そんな事を口に出す。

「私達って、ほら、あまり行き先考えないで行動してたじゃないですか? だけど、とりあえずは地下シェルターに行きましょうよ? そこなら確実に安全ですから」

ディアメルは自分達の行動を思い出し、そこでは手遅れながらも、計画を特に立てずに進んでいた事をスキッドに伝える。
そして、ディアメルは街に長く住んでいた為にその土地に詳しいのか、これから向かう先を口に出す。



「地下ぁシェルター? そんなもんここにあったんだなぁ、全然知らんかったぜ」

知らないからこれから学習しようと言う意識も見せず、スキッドはただ自分の無知を見せびらかすかのように
堂々としたような口調でディアメルへと言い返した。

「だけど多分ミレイ達がそこにいるとは私思えないんだけど……、やっぱり探した方がいいよね」

流れを見る限りはこのまま三人はその避難場所へと進むはずだった事だろう。
だが、この街のどこかで仲間が戦っている可能性が極めて高いと考えたクリスは『避難』と言う提案を取り消そうとする。



「あぁそっそっかあ、何おれらだけ逃げようとかしてんだろうなぁ……。アビスどもとちゃんと会ってちゃんと何とかしねぇとあいつらに顔会わせらんねぇからなあ」

殆ど地下シェルターの事で頭を支配されていたであろうスキッドだが、クリスによって目を覚ましたのか、
歩いた状態を解除しないままで本当の意味でするべき事を見直した。







    彼らにとっては見えない仲間達の激動を想像するしか手は無い

  皆と笑いながらこれから過ごすのが最も理想的な未来

    しかし、周囲の破壊された建物が明るい理想ライトニング・フューチャーを踏みにじ

  進めば進む程、崩壊の背景バックグラウンドが目に刻み込まれてしまう

    やがて、軍隊アーミーから分離された区間エリアへと辿り着き、そこでは……







―ドンドン……



まるで木材を叩いたかのような、やや重みのある音がやや静まり返ったこの場所でややしつこく鳴り続ける。
建物が相変わらず大量に並んでいるが、そのどこかで、今の音が鳴っているのだ。

「ん? あれ? なんか今聞こえなかった?」

クリスは一度足を止め、その場で周囲を見渡しながら二人にも聞いてみる。
赤殻蟹のヘルムから愛らしく顔を出した小さめな茶色いツインテールが頭部の動きに合わせて優しく揺れる。

「聞こえたって? あんまおれはちょい分かんねぇんだけど」

スキッドはあまり集中していなかったのか、音を聴き取る事が出来なかったらしい。

だが……



―ドンドン……



「また聞こえました! 多分建物の中からだと思いますけど、探しますか?」

その言い方を見ると、ディアメルも最初のあの音を聴き取っていた様子である。
建物の中が音源であると予測し、殆ど勘に近い感じで右の建物を凝視する。

「ってお前も聞いてたのか。なんかおれだけ駄目男になった気分……」

少女二人は最初の音で気付いていたと言うのに、唯一の男であるスキッドだけがそれを聴き取っていなかった状況に対して
気分を暗くするかのように上半身の力を抜き始めるが、



「スキッド君別に責めるつもりは無いからそんなに落ち込まないで。それと、一応は調べてみよ? ひょっとしたら街の人だと思うから」

まるで自分の不甲斐無さを責めているかのようなスキッドを一度なだめた後、
クリスはディアメルへと向き直り、音源の場所へと赴く事を選択する。

「でもお前いきなし調べるとか危なくね? 敵かなんかかって事だってあんだろうしよ」

スキッドは音を鳴らしているであろう人物を信用出来ないのか、調べる事を拒否する為に
クリスの目の前に右腕を伸ばしてそれ以上の進行を遮ろうとする。



「いや確かにそうだけど、だからってあんまり無視するってのも私はちょっとあんまりだと思うよ? それに敵だとしていちいちこんな誰もいないようなとこで誘い込んだりするような事しないと思うし……」

危険だと言うのは現在の街の状況と照らし合わせても納得出来ない訳では無いだろう。
だが、本当に敵だとして人間が寄って来ないような環境で音を出し続けると言う面倒な作業を続けるとも考えられない。

そう考えたクリスは伸ばされていたスキッドの右腕を無理矢理上から下ろすようにして両手を動かした。

「だったら、じゃあ一応様子だけでも見てみますか?」

ディアメルも出来れば音の主の姿を確認したいと考えていたのか、クリスの提案に乗り、
音の鳴っている場所らしき建物に細い右の人差し指を差しながらスキッドとクリスに訊ねる。



――出来れば怪我人であれば良いのだが……――

音源は建物と建物の間の恐らくは裏路地へと続く通路の脇に存在していた。
間へと入ると炎によるあかりすらも弱まり、一層夜の世界にのみ蔓延はびこる独特の恐怖が強くなる。

まるで弱さと強さの概念が逆転したかのように……



―ドンドン

音も距離が近くなった事により、より鮮明に、そして大きく聞こえてくれるようになった。
そして、もう一つ、別の音・・・も聞こえ始める。

「だれか……」

非常に弱々しい掠れた、そして低めな声が木造のドアの奥から聞こえてくる。
きっとこの奥でドアを叩きながら助けを求めているのだろう。



「やっぱりこの街の人だったんだぁ。なんかちょっと安心しちゃった! それじゃ、早く開けよ?」

クリスはドアの前で久々に可愛い笑顔なんかを浮かべながら、思わず両手同士を胸の前で握り合わせる。
苦しんでいるであろう人間を一人でも自分の手で救える事にどこか喜びを覚えたのだろうか。

「まあ少なくとも敵みたいな感じじゃねえから安心出来っちゃあ安心出来んだけどな!」

スキッドの方もドアの奥にいるであろう人物が怪しい存在では無い事を決め付けるかのように、
腕を組み始めながら今にも笑い出しそうなテンションへと変わる。

きっとディアメルも二人と同じような心境であるに違いない。二人の後ろに現在は立っているのだが、
そうであれば嬉しいのだが。



――しかし……――



(あれ? このかすれ具合って……)

何があったのだろうか。
ディアメルは突然表情を真顔にし、耳で感じ取った、まるで自分にしか理解出来ないような違和感に縛られてしまう。
確かに今聞こえた声は老人のようにかすれてはいたが、そのままにしておく事が出来なかったようだ。





「それじゃ、今開けますね」

クリスの赤殻蟹アームに保護された左腕が鈍くも無く、速くも無い速度でドアノブへと伸ばされる。
恐らくクリスは中にいるであろう人物に対してこの言葉を送っているのだろう。
隣では平然とした態度でスキッドが立っているのだが……



「あ……駄目ですクリスさん!!」

ドアを開くのを止めようとディアメルの両腕が非常に素早くクリスのそれぞれの肩を掴もうとするが……



―ギィイイイ……

木材で作られたドアに相応しく、木と木が擦れ合うようなやや耳に響く音が空間に走る。
それが聞こえたと言う事は、既にクリスがドアを開けてしまった事を意味しているのだ。



――そしてクリスの目の前に映るものは……――

開いたドアの奥には人間が一人、立ち膝の状態でいたのだ。
その人間は気分が苦しかったのか、下を向いているが、まだクリスは気付いていないのだ。



「大丈夫で――」

クリスはその下を向いている人間に再び声をかけようと左の膝を曲げてしゃがみこもうとするが、
その人間が顔をあげた途端に……



「タスケテ……」

■◆ 無数の巨大ないぼきたなくなった顔が映し出され…… ■◆



一瞬でクリスの水色の瞳がまるでかつて経験した事も無いようなおぞましさによって、
うるおいを失い、張り裂けんばかりに大きくまぶたまでもが開かれる。



「い……いやぁあああ!!!!!
「うわぁ!!」

巨大ないぼで荒れたその顔を見た瞬間に両膝をピンと伸ばして飛び上がり、甲高い声で悲鳴を上げてしまう。
隣にいたスキッドも今まで見た事の無いような顔つきにクリスと同じような悲鳴を上げてしまう。

だが、クリスはその人間と接触する前に後ろにいたディアメルに引っ張ってもらう事によって距離を取る事に成功する。
スキッドは自力で後方へと跳ぶように下がっていた。



「だから言ったんですよ!? 早く離れて下さい! 絶対触んないで下さい!」

ディアメルはクリスの細い両肩を両側から挟むように両手で強く掴み、そして引っ張り続けながら一つの忠告も飛ばす。
その異様な姿を見て脅えるクリスを充分にその人間から遠ざけた後になって、ようやくクリスの肩から手を離す。



「ってかあれっておれさっき見たのとかなり似てんだけど!? なんだよこれ!?」

スキッドは自力でディアメルと同じくらいの距離まで離れたが、離れた場所でまだ顔を上げているその異様な人間に対して
この二人の少女と会う前に偶然見てしまったあの光景を思い出してしまう。

地面に付いている両手も腕ごと震わしており、身体を支えているだけでも非常に辛いようである。



「な、何!? あれって何なの!?」

頭髪までもが抜け落ちたその人間を見ながらクリスはすぐ後ろにいるディアメルに事情を聞こうとするが、



「タノム……タスケテ……」

声色だけを聞けば老人のようにも見えるが、顔は酷く荒れ、そして髪さえも殆どが抜け落ち、頭皮が曝け出された状態であるのだ。
厳密に性別を見極めるには非常に無理な状態である。

全身に力が入らないのにそれでも這いつくばりながらも徐々にクリス達の元へと寄って来ようとするが……



「え、えっと、まずここから離れます! 言い方少し酷いですけど、絶対その人には触んないで下さい! 話は後でしますから!」

その徐々に近づいてくる人間を見るなり、ディアメルはその敬語を扱う丁寧で礼儀正しい性格からは
あまり想像をしたくないような言動を取り始める。
まるで気持ち悪がるかのように、嫌な表情を作りながら後ずさる。

その後、すぐにスキッドとクリスに絶対忠告を飛ばし、一気にその場から駆け出した。



――ある意味で、この空間は毒気に侵されているのだから……――



「あ、ちょ……ちょっと待ってよ!」
「おいお前!」

走り出したディアメルの細い背中を見るなり、クリスもすぐに足を走らせ、そしてスキッドも同じように付いて行く。
置いて行かれたあの人間がどこか可哀想な気がしてたまらないが、近寄れないのには理由があるのだ。



――やがて曲がり角へと差し掛かり……――



「はぁ……はぁ……とりあえず、これで……多分大丈夫だと思います」

短距離ではあったものの、軽く息を切らしてしまったディアメルは前屈みになり、
両手をそれぞれの膝に付きながら大きく外の空気を吸い込んだ。

呼吸がすぐに回復したのか、背後を一度確認し、そして安堵の表情を浮かべる。
背後に映るものは、無数に立ち並ぶ建物の石の壁であり、あの人間の姿はまるで見えない。



「ね、ねえディアメル。あれって一体何なの? ちゃんと教えてよ! 正直……凄く怖かった……」

クリスはディアメルとはまるで異なり、まるで呼吸一つ乱さないであのさっき見た人間の顔の有り様について、
事情を知っているであろうディアメルに対してその真相を追究しようとする。

思い出した事により、まるで身体に冷水でもかけられたかのように震え出す。

「そうだよお前早くあれ説明してくれよぉ! あんなの街ん中うじゃうじゃしてるって考えたらおれもうこんなとこ住んでらんねぇぞ!?」

スキッドだってあの巨大ないぼの原因を知りたいはずだ。
果たしてスキッドの方は呼吸器に負担をかけていたのかは分からないが、知りたい事をとりあえずは知ろうと言う
そんな部分を見る限り、彼はそこまで疲労に襲われている訳では無かったのかもしれない。



「あ、はい、えっと、あの症状は多分なんですけど……≪クレイブディヴァー≫って言う伝染系ウィルスにやられたんだと思うんです。あの浮腫むくみだけを見たら他の症状も考えられるんですが、あの声の掠れ具合とあの髪の様子から見たらきっとそれ・・だと思います」

ディアメルは一度説明すべき内容を手早くまとめる為に赤い瞳だけを上方へと向け、すぐにクリス達に視線を戻して
あの人間の症状がどんな病原体によって引き起こされたものであったのかを、あの時出会った数々の条件を元に割り出した。



「マジで!? ウィルスか? 病気? マジやべぇだろそれ。そのクレープディ……バーとか言うその毒みてぇなのあいつらばらまいてたって事かよ!?」

スキッドでもその病原菌ウィルスの脅威は充分に伝わった事だろう。
あまりにも簡単に人間の外見をあれだけ醜いものへと変貌させる事が出来る組織に対して再び怒りを覚える。

「スキッド君……クレープじゃなくてクレイブ、ディヴァーだよ?」

一度スキッドの間違った覚え方に対してクリスがきついとは言えないが、多少笑いを含ませた呆れ顔で
正しい正式名称を教え直す。

そして再度、ディアメルへと向き直す。

「えっと、それでディアメル、ちょっとスキッド君とかぶるんだけど、もしあの連中達が本当にその毒ばらまいてたとして、私達ここいてうっかり吸い込んだりとかするんじゃないの? さっきもあんな近くに被害に遭った人もいたし、ここもホントに危ないんじゃないの!?」

やはりクリスはただその病原体が恐ろしいと言う点だけで単純には考えず、感染と言う病原体の持つ特性に目をつける。
直接はきっと目で確認する事が出来ないであろうその感染性の毒がもしかしたらこの周辺に漂っているのかもしれないと
考えるとどこか反射的にその水色の瞳には動揺の色が浮かび始める。



――ここでディアメルは両手を軽く胸の前で振り……――



「あぁいえいえ! その辺についてはえっと、安心して下さい。そのウィルスなんですが、通常は外部の空気に触れると数分もしない内にすぐに死滅してしまうので、この空間では感染する心配はありません」

恐らく先程のディアメルのその病原体に関する説明によって、クリス達に恐怖を与えてしまった事だろう。
その流れのままで行けば感染の恐怖が付きまとったままになってしまう為に、一度焦りながらその部分を補う説明を加える。

「って事はじゃあここいたからっていきなし感染するって事はねぇんだな?」

その説明で安心したのか、スキッドはこの夜の空気が支配する場所ではあの人間・・・・のような姿になる心配が無いと、
スキッド自身の口でそれを確かめる。



「はい、大丈夫です」

一度頷きながら返事をするディアメルだが、すぐにクリスの質問も入ってくる。

「え? でもそれじゃあどうやってそのウィルスここまで持ち込む……、あ、そっかぁ、なんかカプセルとかみたいな入れ物とかに入れてここまで運んでくるとか?」

外部の常温空気に触れてしまうと早い速度で死滅してしまうであろうそのウィルスをどのようにして
この街まで持ってくるのかを問おうとしたが、意外と早くクリスの頭の中でそれが思い浮かべられ、
答が明かされる前に自分でそれを出す。



「えっとぉ、あ、はい、一応はそんな感じで外部に持ち出すんですが、そのウィルスは超低温地帯じゃないと生きられない性質を持ってるんです。だから主には低温を維持出来る缶等に封入させておくかと思います。対象者の目の前で開封してしまえば的確に相手を攻撃出来ますし、自分自身はマスク等で吸い込まないように処置すればいいだけの話ですから」

ディアメルは長くなりそうな病原体ウィルスの説明をやや簡潔に纏め、一度そこで小さい口を閉じる。

「チョー……低温……っつう事は雪山みたいな感じんとこでそれ採取したり出来るって訳か?」

スキッドはその非常に温度の低い土地が主に雪原地帯にあるだろうと読み、
採集出来る場所も自然とその場所になるのだろうかと訊ねる。



「はい、主に雪原地帯の洞窟で採集出来るんですが、えっと、そのウィルスの効果を説明しますね」

本当ならばここでディアメルのその採集可能場所についての詳しい説明が施されるはずだったのかもしれなかったが、
あまりそこに時間を費やす気にはならなかったのか、次の部分へと進む。

そして月夜の下で、再びディアメルの説明が行われる。

「ウィルスに感染してしまうと、えっとそれを一次感染と呼ぶんですが、まず人間の肌、ありますよね?」

きっと人間の皮膚に何かしらの影響が現れるのだろう。
ディアメルは右の人差し指で、持ち上げた左腕の手に近い部分をなぞりながら、
スキッドとクリスに何かしらのコメントを施すように赤い瞳を強く向ける。



「あ、あぁ、まあそりゃあるよな?」
「まさか、感染すると肌が荒れる、とか?」

スキッドはただそうであると肯定するだけであったが、
クリスは病原体ウィルスによって肌がどうなってしまうのかを考え、そして自分で割り出した答を渡す。



「はい、でもあれは『荒れる』って言うよりは……『浮腫むくむ』って言う、えっと、なんか巨大な水脹みずぶくれのように膨れ上がるって言った方がいいかもしれません……。って言ってもまだ大きく見た目が崩れる、って程でも無いんですけど……」

大まかに定義すれば、『荒れる』、でも充分に意味は通じる事なのだろう。
だが、ディアメルの思い浮かべているその有り様は、そのような生易しいレベルでは無いのかもしれない。
どこか説明していく過程で表情に不安が浮かび始めているのは気のせいでは無いだろう。

「『そこまで行かね』ってお前、おれさっき見た奴なんかもう顔メッチャクチャでなんかもう兎に角すげぇ状態だったんだぞ? お前の説明ぜってぇどっか間違っ――」
「あ! ちょっちょっすいません! 多分、じゃなくてそれってきっとスキッドさん二次感染の事を言ってるんじゃないんですか?」

スキッドはあのウィルスにやられてしまった人間ハンターの姿をこの緑色の目で確認してしまっていた身だ。
その時の有り様は今のディアメルの説明を軽々と超越してしまっており、説明に対して異議を唱えようとするが、
きっと後に説明するはずだったであろうディアメルに言葉を挟まれて止められる。



「二次感染? そんなのも、あるの?」

一度その≪クレイブディヴァー≫に感染したからと言ってそこで終わるものでは無いと思わせるその内容に、
クリスはやはり流れ的に続きが気になってしまい、細い首を傾げる。

「そうなんです。≪クレイブディヴァー≫って言うウィルスの恐ろしさはその二次感染、まあ伝染とでも言うんですけど、そこにあるって言っても過言じゃないんです……」

やはりこの部分を説明するのに勇気が必要とされていたのだろう。
ディアメルは赤い瞳を細め、軽く俯きながら一度口を止めるが、二人の返答を待たずにそのまま次の説明へと移る。

「その最初に直接ウィルスによって感染した人から別の人に伝染した時が一番の問題でして……、まあそれでも外部の空気を伝って伝染するって事は無いから直接触りさえしなければ大丈夫なんですが……、もしうっかり直接触ってしまったら一次感染の時とは比べられないくらいの毒にやられてしまうんです。このウィルスは人間に感染するごとに強力になっていく特殊な性質を持ってまして、人から人に移った時はもう目も当てられない状態になるんです……」

≪クレイブディヴァー≫と呼ばれるこの病原体は仮に人間の中に入り込んだとしても外部の空気を経由する事は無いものの、
人と人が触れ合う事でその接触部分を経由して容易く伝染してしまうらしいが、そこで力を倍化させるらしい。

そんな様子を説明の過程で半ば自動的に思い浮かべてしまったディアメルの赤い瞳が恐怖で揺れる。



「……なんか……聞きたい事多すぎなんだけど……、ってか触ったら移るみてぇな事お前今言ってたけどそれって、なんか全身護っててもやっぱ駄目、っつうのかなぁ? なんか意味変だな……」

触れれば伝染すると言う部分はスキッドには分かったらしいが、それは直接肌に触れる事で伝染するのか、
その上に何かを纏っていてもその上から伝染してしまうのか、それを聞こうとしているらしいが、
恐らくはそのような内容を明確には伝えられてはいないだろう。

「あ、その伝染ですけど、いくら力が増幅されたと言っても外部の要因からの抗力はまるで変わる事はありません。空気を伝う事もありませんし、直接衣服とかにその感染した人の手が触れたとしても伝染する心配はありません。だけど肌と肌が直接触れ合えば、すぐに伝染してしまいます。その人を経由して伝染してしまった人が別の人に触ると更にもっと力が倍化して他人に移ってしまうんです」

やはり、直接肌と肌が接触する事で伝染するようである。

ディアメルも相手にしっかりと意味を伝える為に必死なのか、両手が無意識の内に動かされていた。



「な……なるほど……ねぇ……。直接触ってくと人伝ってくごとにどんどん悪化するって、奴か……。じゃあさっきのって何人目ぐらいの感じだったんだよ?」

ひょっとしたらこの病原体ウィルスの情報はスキッドにとって、その内容自体が毒物だったのかもしれない。
表情を強張らせながらも、さっき偶然出会った人間はどれだけの毒量を受けてしまったのかをディアメルへと問い質す。

「あれって、やっぱり結構多くの人経由してたりするの?」

クリスにとっては、あの光景・・・・はスキッドとは異なり今回初めてなのだから、知らない事だらけである。
思い出すなり嫌な表情を作りながらディアメルに問う。



「いや、あれはまだ一人分の感染量ですよ。それでも肌の浮腫むくみは更に酷くなりますし、今度は髪まで抜け落ち始めます……」

周辺で炎がバチバチと音を立てるこの夜の空間の下でディアメルは俯き出す。

人から伝染してしまうととても人と顔を合わせられないような状態になってしまうようだ。

「それがさっきの状態、か? んじゃあもしあいつに触ってたら今度はどうなってたんだよ?」

伝染した人間に触れた時に身体にどのような変化が訪れてしまうのか。
ここに来てスキッドは病原体に対する恐怖から、興味へと変わっていったのかもしれない。



「そこまで……聞くんですか? えっと、とりあえずは説明しますけど……、今度は直接意識にまで浸透し始めるんです。浮腫みや腐敗が更に広がりますし、内臓機能まで急激に弱まって……、後は視力まで殆ど失ってしまうんです。目が大きく腫れ上がるから……、その影響で視力にも悪影響が出ると思うんです……」

もし今言った内容がディアメル自身に降りかかっていたとしたらそれは本当に恐ろしい事になるだろう。

本当は説明したくなかったのかもしれないが、それでもこの場所で知識を持っているただ一人の存在だからこそ、
ディアメルは辛そうながらも口をゆっくりと動かした。

「だったら……、もしあそこで私あの人にうっかり触ってたりしたら……、今の説明のようになってたって、訳?」

クリスはあの時、被害者の人間に手を伸ばそうと接近しており、もしあそこで気を抜いていれば、
もう二度とあの輝く笑顔を人へ向ける事が出来なくなっていたはずだ。

怖がるかのように、その水色の瞳を斜めへ向け、地面を視界へと入れる。



「……はい、確実に……なってました……。えと、確かに何かを着ていれば伝染する事は無いですけど、クリスさんの場合はほら、えっと、あんまり言うと失礼かもしれませんが……、足出してますから……そこ触られても即アウトなんですよ……。勿論顔面に手を伸ばされてもまず助かりませんけど……」

他人の姿格好に対してどこかケチをつけているような感覚に襲われながらも、ディアメルは言い辛そうに最後まで事情を言い切った。
やはりどの箇所を狙われても決して例外と言うものが存在しないと言う事だろうか。

「そ……そうなんだぁ……」

クリスも自分の姿に対してまるで考え直すかのように、難しそうに納得の表情を浮かべる。



「だけどおれが見た奴はもっと酷くて……、なんかゲロも吐いてたし――」
「スキッドさんちょっと……」

スキッドはディアメルと合流する前に見たあのおぞましい姿に変わり果ててしまったハンターの特徴を説明して
そこでとある反応をディアメルに求めようとしたのか、内容の汚らわしさを無視しながら口を動かし始めるが、
やはりそのきたなさがディアメルの静止の対応を求めていたようだ。

「しかもなんかウンコ洩らして――」
「だからやめて下さいってスキッドさん! そう言う下品な事ここで言うもんじゃないですよ!?」

ディアメルの止める声にもロクに耳を貸さず、スキッドはあの時に見た光景をそのまま平然と口に出す。
既にあの装備の人間がクリスでは無いと言う事実に安心してしまっているようにも見えるが、
やはりディアメルに声を荒げさせる原因を作るには充分だった事だろう。



「いや……、だって……あれ実際見た――」
「内容考えてもの言って下さい! 女の子の前でそう言う事言わないで下さい!」

スキッドは多少ディアメルに怖がりながらも、あくまでも事実を言ったまでだと主張するが、
下卑た内容だからこそ、ディアメルは必死になってスキッドに言わせないようにしていたのだろう。

「スキッド君……、ちょっと……今のは……やめて」

普段は優しいクリスでも今のデリカシーをまるで感じさせないスキッドの堂々とした発言は相当な打撃を
クリスの精神に与えてしまった事だろう。

まるで嫌いな人間が近寄ってきた時に浮かべるような気難しい表情で小さく、それでもスキッドには聞こえる程の音量で呟いた。
もし下手をすれば、今スキッドの言った内容が……



「おれ今ドン引き喰らった……? あ、いやんと……マジ悪い! 悪かった! すんません! ごめんなさい! もうあんな事言わないからそんな顔せんでくれ! ごめんなさい! すんません!」

一瞬だけスキッドは自分の身に何が起きたのかを悟り、呟くが、すぐに我に返る。

何とか自分の不名誉を取り消してもらおうと、スキッドなりに頭を必死に、そして素早く下げたり持ち上げたりしながら
二人の少女に謝罪を言い渡す。

「スキッド君……、いや、ちゃんと分かったんならいいから。そんなに謝んなくても大丈夫だから」

自分が悪いと認めた事を理解してくれたであろうクリスはスキッドへと近寄り、
蒼鎌蟹の武具に覆われた青い両肩を持ち上げてなだめてあげる。



「これから絶対そう言う女の子前に相応しくない事言わないで下さいよ? それと、多分その症状は二人目の伝染者に触ってそうなったんだと思います。内臓機能も更に低下しますし、神経も殆ど破壊されて意識的に身体を動かす事も制御する事も出来なくなるんです」

ディアメルも常に敬語を使う身でありながら、どこかクリスよりも厳しめな態度で注意する。

そして今スキッドの言ったその症状が何人目の経由で達するものなのかを手短に説明する。
今度は自分の右の人差し指を自分自身の細い首に近づけ、軽く叩き続けながら続きを話す。

「後、声帯も酷くやられてもうまるで別人になったかのような声色に変貌してしまいます。男性も女性も一気に野太くて、えっと、ホントに悲惨なものになってしまうんです。やっぱりそう言う部分も兼ねて、別の意味もあってホントに強力なウィルスなんですよそれって」

男性なら声帯に異常が起きて多少声色がおかしくなっても人によっては問題を感じないかもしれないが、
女性ならほぼそれは死活問題へと変わり果てるだろう。

容姿の変貌を考えて、ディアメルはそんな最終的な決断を取ったのかもしれない。



「……なんか想像すんのどんどん怖くなってきたんだけど……。じゃあ三人目とか四人目とかになったらもうホントに死んじまうん――」



バタン!!



――スキッドの想像を乗せたその言葉はドアを閉めるような音によって遮断され……――



「あぁ? なんだ?」

スキッドはやや高速に視線をあらゆる部分へと飛ばすが、そこでふと気付いた部分を直接口に出すよりも、
ディアメルの対応の方がずっと早かった。

「あれ!? クリスさん! クリスさんがいません! きっとあそこです! あそこです!」

ディアメルはスキッドと、もう一人の仲間――先輩とでも言うべきか?――がいなくなった事に気付き、
周辺に並ぶ建物の内のとある一つのドアに指を差す。

きっと僅かなそのドアの揺れを見逃さなかったのだろう。



――しかし、短い時間でここまで実行に入れるとは……。犯人とは一体……――



「くそっ!! 開かね! 鍵かけたんじゃねぇか!?」

スキッドはドアに走り寄り、レバーのような形状の鉄製ノブを乱暴に、力強く引っ張るが、まるで開く様子を見せてくれない。

「やっぱりここって――」

ディアメルもスキッドの隣に付きながら、何か良い案でも浮かんだのだとは思うが、その時だ。



バン!!
「きゃっ!」



ββ ドアの奥から響いた鈍い音と……
     σσ  クリスの甲高い悲鳴……

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