立ち上がる赤い塔ダズリングタワー……

BURST INTO FLAMES



もう時期、終了へと突き進むであろうあの巨大蟲ギグルバグ機械式装置ランニングトラックのぶつかり合い。
固形物を投げ飛ばし、巨体を飛び回らせ、そして炎まで吐き散らす。

実は今も、この夜の空間を激しい炎で周辺を照らし、本来の破壊対象に命中させようと奮闘しているのだが……






「あいつ……なんか様子変なんだけど?」

きっとミレイの操縦桿ハンドル捌きが過去の空間で過激に散らせてくれたであろうあの獄炎の息吹インセクトバーナーから
見事なまでに逃げ切ってくれたのかもしれない。

しかし、走行しているトラックの右座席に座っているデイトナの緑色の瞳がその背後をしっかりと捉えている。
きっとまだ炎の放射地点からそう距離を取っていないのだろうか、周辺には大小様々な火の粉リトルフレア
街道を左右から挟み込む建造物に張り付いている。



――デイトナはドアの窓から身を乗り出し、背後の蟲を凝視している……――



周辺を軽々と熱気で包み込むだけの炎を吐き出したのは別にあの蟲の勝手だろう。
だが、きっとあの攻撃は相当身体に負担をかけていたに違いない。

証拠として……



???@?\?\?^???\?\ 茶色い胴体から血管が浮かび上がり……

?:?h?????????    頭部から生えた砲台部分が真っ赤に染まり……

?p?Y?`?@?????@? そしてそこから煙が立ち上がっている……

?????~?X???????? はねの動きも律動リズムを失いつつ……



バィバィバィ……バィ……バィバィ……バィバィ……バィバィバィバィバィ……



例の弾ける翅の音が途切れ途切れに響き渡る。
これを意味するのは、翅を動かす為の筋肉に異常が発生している証拠……。
動きの強弱に合わせて巨体が時折重力に引っ張られているが、何とか落下せずに持ち応えている。



――デイトナの報告に対し、ミレイは……――

後方確認用鏡リア・ヴュー・ミラーで背後の蟲を確認する。



「さっきの攻撃で多分体力使い過ぎたんだと思うわ! 体調管理も出来ないのねあいつは」

ミレイは前方に意識を集中させながら未だに操縦桿ハンドルを強く握り締めているが、
蓄積された緊張感と、炎による物理的な熱によってその両手は汗で濡れてしまっている。

その前方に集中しているミレイの横顔にも流れる汗が目立ち、そのやや白い肌が汗で僅かながら汚らしく光っている。
それでも距離を取ろうとは思われないのは少女の特権か。



自分自身の力加減アビリティーも理解せずに大規模な技アンローフルブロウを見せてくれた蟲を軽蔑したような台詞を飛ばしたミレイに対し、
デイトナは弓を持つ左手に力を入れ、攻撃体勢へと戻る。

「じゃあ、もうすぐって事ね!」

右手に矢を持ち、弦に引っ掛ける。



――オレンジ色に光る髪を風になびかせ……

θθ 不安定な飛行を続ける飛行蟲へと……

θθ  いざ……

θθ   ロックオン!!



―シュン!!



射られた一本の矢は不安定に飛び回る蟲へと性格に向かい、そして腹部に深く突き刺さる。
それで終わらせてくれないのがこの異常なしつこさであり、仕返しだって忘れない。

蟲は痛みを放置しているのか、我慢しているのか、それでも身体の下部を前方へと突き出し、
例の仕返しを始めようと一瞬だけ力を込める。

ψ 狙いは、デイトナである ψ

ω 黒く小さい塊が…… ω



――◆◆ ただ、飛ばされる/PROBABLY…… IT’S DUNG…… ◆◆――

ピュン!!



風と風の間を通り抜け、デイトナへと向かっていく一つの塊だが、



「うわぁあ!!」

その意味を理解しているのか、デイトナは恐怖と気持ち悪さの二つの意味を併せ持った悲鳴を上げながら
素早く車内へとその狩猟用装備の上半身を戻す。



ドン!!

命中ヒットしたのはデイトナに、では無く、鉄製のドア部分である。
かすった後にその黒い物体はトラックの前方へと進み続け、やがて重力に従い地面へと落下する。

直撃すれば鈍痛と、もう一つの生理的な打撃ダメージが送られていた事だろう。



「大丈夫!?」

ミレイはまるで痴漢にでも会ったかのような悲鳴を上げたデイトナに一瞬だけその青い瞳を向け、
安否を軽く確かめる。

「うん! 心配無い! 大丈夫!」

デイトナは心配してくれた友人ミレイを見ながら頷き、再び上体を車外へと乗り出す。



――すると突然周辺の建物が降下し始め……――

いや、これはあくまでも瞳に映る光景そのものの変化だろう。

実際は自分達の乗車している小型トラックが坂道を登り、それに伴って周囲が降下しているように見えているだけだ。
しかし、このミレイの運転するトラックはどこへ向かっているのだろうか。



(もうそろそろ……、こいつも終わり?)

上体を車外へと出しているデイトナは再度、矢を背後に付きっ切りの蟲へと放ち、
早急にその身体を地面へと落としてくれる事を祈り続ける。

―ブスッ……



ギィイイイィイイィイイ!!!

上り坂の影響は蟲だって例外では無いのだ。

蟲はきっと反応が遅れてしまったに違いない。
身体の下部をうっかり地面に擦り付けてしまい、引き摺る音を響かせるが、
すぐに翅に力を注ぎ、その上体を持ち上げる。

同時にその引き摺り音も消えて無くなる。



ウ゛ォオオ゛ァ゛アア゛アァ゛アウウゥウ゛ゥ゛ウ゛ウ゛!!!

既にデイトナは聞き慣れたであろうそのどこから搾り出しているのか分からないような鳴き声。

それは決してただの見せかけデコレーションでは無い。対象物ヒューマンズを破壊する為の準備の過程で流れる危険信号ケアフルサインのようなもの……
恐らく攻撃可能部位エピキュリアンプライドの中で最も効果を発揮しているであろうあの部分に注目してほしいものだ……



χχ 砲台部分が再び赤く、赤く……熱されていく……/STAINING RED!! χχ



あの四本脚だった頃の時代のように、細長く、前方に向かって伸びたあの砲台部分バズーカマウスが赤く染まると、
その後にやってくる未来はまさに破壊行為テロリズムアタックそのものへと変貌する。

発射口からエネルギー砲を飛ばされれば、或いは炎を放射されれば、
走行するトラックに何が起こるか、想像したくないものである。



――このまま黙っているのだろうか、デイトナは……――



――そんなはずが無い。当たり前だ。当たり前だ。当たり前過ぎて馬鹿らしくもなってくる――



「またさっきのド派手なの見せてくれるの? 悪いけどもういいわよ!」

デイトナは怯む事無く再度矢を右手に持ち、弦に引っ掛ける。

動作に鈍さを見せ付けず、素早くやじりを目的の場所へと素早く合わせる。



ηη 赤への染まりペインティングメーターは徐々に進行するも…… ηη

準備段階の過程で外部からの刺激を受けると何が起こるのか。
そんな事、きっと誰も分かるはずが無い。それならば、実際にやってみるに限るだろう。

しかし、どこを狙うべきか?



δδ やはり、問題の箇所シルバーマズルだろうか? δδ



――考えるより、実際に射るに限る……

――直線上に飛んでいく……

――風と風の間を突き進みながら……



――κ 発射口ウィークポイントへと吸い込まれ…… κ――



ガギィン!!

吸い込まれるように発射口へと突き刺さった矢の周辺にはまるで金属同士のぶつかり合いを思わせる音が響く。
外観だけでは無く、実際に硬質な造りになっていた様子だ。



グァ゛ア゛グォ゛オ゛ゴオォ゛?

放たれた矢の衝撃に押されたのか、飛行蟲フライングバグは砲台部分を夜空に向かって持ち上げながら
まるで疑問形でもどこかにぶつけるような奇妙な鳴き声を飛ばし、
持ち上げていた砲台部分をゆっくりと下ろす。

結局ただ突き刺さっただけで何も変化は無かったのだろうか。
熱による染まり状況ペインティングクリムゾンもまるで変わっておらず、所詮は無駄な一撃だったのだろうか?



「あれ? やっぱ……駄目、だったのかなぁ……?」

デイトナにとっては手応えのあった攻撃だった事だろう。
だが、実際はまるで動きを止める様子も見せてくれず、あの煩い翅の音を響かせ続けている。

まるで通用しなかったあの攻撃によってデイトナのきらめく緑色の瞳がゆっくりと細められる。
悔しさでも表現しているのだろうか。



―バチィン……



「ん?」

火花が散るような音が小さくではあったものの、デイトナの耳がそれを逃す事は無かった。
すぐ近くで鳴り続けている排気エンジン音にも邪魔されずに聞き取ったデイトナは
恐らくは悔しさの影響で細くなっていた瞳を開き直し、そして集中の色を混ぜ合わせる。

――やがて、背後を確認し続けるが……――



―バチィン……

バチィン

バチイン!



「何起こるのよ……?」

既に登り坂は終わり、アーカサスの中でも上部に位置する土地を走行中だ。
そんな場所で、頑張って運転を続けてくれているミレイを一時忘れ、
一体あの生物がこれから何を始めようと企んでいるのか、どこか怖くなり始めてしまう。



グァア゛ァ゛アガア゛ガア゛ガガア゛ガァ゛ア゛ア゛!!!

火花が弾ける音を響かせたまま、それでも無理をするかのようにあの独特の奇妙な鳴き声を張り飛ばし、
更に砲台を赤く染め続ける。
突き刺さった矢なんかまるで気に掛けず、攻撃を行うつもりなのだろう。

―ゴォォ……

ηη 空気を吸い込む音が攻撃の合図サインである……



これぞ……破壊行為デストラクション打撃ダメージを持っていようが相手に対する目的は変わらない。
火炎放射アサルトバーナー、或いは火炎弾発射ラーヴァスクリーミングを浴びせなければ、目的は果たせない。
だから、体調や状況がどうであれ、まずは攻撃してみるに限るのだ。

すなわち……



――■ρ■ 霧散むさん誘引の誅伐ちゅうばつ厳命!!/MEET ONE’S DOOM ■ρ■――



―炎がようやく発射口から顔を出し……

―砲台全体が完全に赤く染まり……

いざ!!!!!!!





―グォオオオオ……

炎が発射口から洩れ……



「やばっ!!」

デイトナは後数秒後に迫る最悪な未来を全身で受け取り、攻撃を仕掛ける事も出来ずに車内へと逃げ込んだ。
逃げた所でトラックそのものを攻撃されれば意味が無いと言うのに……。



「デイトナ! 一体何あったのよ!? 説明して!」

前方にばかり集中して飛行蟲ギグルデーモンの状態を確認出来ないミレイは
今のデイトナの行動と悲鳴を見て、聞いて、やや威圧感の籠った青い瞳を向けながらデイトナへ問う。

「えっと……、なんかまた火ぃ噴い――」



ズォオオォオオオオン!!!!!!



ββ それは爆発音であり……

γγ だが、どこか……



「うぅ!!」
「!!」

デイトナは直接声に出る悲鳴を、ミレイは直接は声に出さずに強くその瞳を閉じる。

きっと背後からは炎がトラックを襲い、もう時期機能をも奪ってしまう事だろう。
何しろ、炎が吐かれてしまったのだから、それしか考えられないのだ。



――しかし、トラックは走行したままだ……――



「って今後ろで何あったのよ!? デイトナ! 確認! 確認して!」

流石に背後からの轟音を放置する訳には行かなかった事だろう。
ミレイは相変わらずのように操縦桿ハンドルを握る両手の力を緩める事無く、デイトナに背後のチェックをさせる。



「う、うん! ちょっと待ってて!」

言われた通りに、デイトナはすぐに上体を車外へと出し、背後の様子を確かめる。
走行に合わせて強く流れる強風がデイトナのオレンジの髪をなびかせると同時に
額に流れた汗のいくつかを一緒に吹き飛ばしてくれる。



「って何あれ……」

確認はしっかりと実行したデイトナであったが、その表情は恐怖と言うよりは、不思議なものを見て
疑問系に支配されたものと言った方が正しいかもしれない。



――◆◇ 目の前に映るものとは……/CRAZY CRASH! ◇◆――

α……α…… 怪奇グロテスク砲台部分バズーカヘッドが壊れ……

β……β…… 先端を失った傷口から血液と、煙を立ち上がらせ……

γ……γ…… 頭部を苦しそうに前方へと倒している……

δ……δ…… 辛うじてはねだけを必死に動かしているように見えるが……



デイトナは至って現在も精神は正常ではあるものの、それでも普通に思考を巡らせても
この巨大蟲クラッシャーバグがこれから先、普通に戦闘行為を継続させられるかどうか疑わしい。

バィバィ……バィバィ……バィバィバィバィ……バィバィ……バィバィ……



「あれ……結局自滅……?」

デイトナは呆然と、背後に映る蟲を上体を車外へと曝け出しながら凝視し続ける。
その現状を見て、砲台に付けられていた傷が仇となって結局は自分自身を炎で傷つけてしまったのかと、
人間と比較して確実に酷く劣っているであろう蟲の知力の虚しさを思い知る。



「デイトナ、何あったのよ!? 教えて!」

極限の緊張の中で、遂にミレイは緑色の髪を汗で濡らしながら、深い呼吸までもし始める。
それでも操縦桿ハンドルは離せず、そして加速装置アクセルも緩められず、しかし背後の情報を知りたいだろう。

確認出来る状況に立っているデイトナの後ろ姿を一瞥し、呼吸の乱れる中で多少大きな声をデイトナへとぶつける。



――しかし、数秒経っても返答がやって来ない……――



「デイトナ!!」

強引に振り向かせる為に、ミレイは本来のその表現の意味に含まれるであろう感情を取り込んではいないものの、
怒鳴り声として認識されるような音量で非常に力強くデイトナへと声を送り直す。

「え? あ、ええ、えっと、何?」

名前を呼ばれている事にようやく気付いたデイトナは素早く車内へとハンター系の武具で覆われている上半身を戻し、
どこか取り乱したかのように車内をきょろきょろと見渡した後、何を答えるべきかを問うた。



あいつ・・・の状況よ! 何あったのよ? ……はぁ……はぁ……」

しっかりと相手に説明すべき内容を理解してもらう為に、ミレイは再度一瞬だけ青い瞳をデイトナへと向けて報告させる。
向けた瞳には尖りと強さが映されていたのだが、体力の方は少しだけ危機が迫っているようにも見えてしまう。

「えっと、そだ、あいつったらなんか大砲みたいなとこ破壊しちゃって、もう今にも動かなくなりそうな状態なの! 後こっちが何回か攻撃したらすぐ落ちそうな感じ、っつうのかなぁ。兎に角あっち血ぃ流してて凄い事なってる!」

忘れかけたあの飛行蟲の状態を思い出しながら、デイトナはミレイと背後を交互に緑色の瞳を向けながら
あの激戦の為に生み出されたであろう――恐らくは人造の――戦闘蟲がまさに虫の息であるとミレイへと伝えた。



「じゃあもう時期あいつのストーカーも終わるって訳だね? それと、一個重大な話あるから、聞いて!」

ミレイも朗報を聞いて、いくつかの緊張の糸が切れてくれた事だ。
しかし、ミレイの方も一つ、報告すべきものがあるらしい。

それが良いか、悪いかは詳しく説明されなければここでは分からない。

「え? 話って……、なんかあったの?」

デイトナからしてみればミレイの運転状況に悪い点があるとは考えられず、特にこれと言って感情を
取り乱させたりもせず、それ所か背後の巨大蟲ギグルバグが大打撃を受けた事に多少の喜びを覚えているのか、
なかなか爽やかな笑顔を僅かに混じらせながらミレイの返事を待つ。



「実は……、ブレーキ、効かないの……」

デイトナの爽やかな笑顔を横目に、ミレイは汗で濡れた両手で操縦桿ハンドルを握り続けながら、
単刀直入ながらも、恐ろしい雰囲気を兼ね備えた内容を口に出す。

「ブレーキって、えっと、車止めるのに踏むあのブレーキの事、だよねぇ?」

きっとデイトナは駆動車を操縦した事は確実に無いだろう。
それでも部位の名称の知識だけは持っていたのか、本来の役割を訊ね直しながら、徐々に笑顔を消していく。



「そうよ! 実はさっきの爆発でブレーキやられたのよ! 多分! だからずっと直進ばっかしてたんだけど」

デイトナを一瞥し、ミレイは改めてこの事実を明確に伝え、原因も確信は出来ないものの、可能性を考えて
結局はこの決断に至った。

「って事はじゃあもうこれ止まんないって事!?」

現状で何が起こっているのかをより鮮明に受け止めたデイトナは自分の座席を差すように人差し指を動かしながら、
この小型トラックが既に停止不能状態になってしまっているのかを焦りながら訊ねる。



「そう言う事になるわね……」

まるで諦めてしまったかのようにミレイは前方を見たまま、青い瞳を少し細めて、言った。

「じゃあどうすんのこれ!? 何とか出来ないの!? どっかにぶつかるまでどうしよも無いって事なの!?」

直接操縦の作業には携わっていないデイトナではあるものの、それでもやはり停止方法が気になる事だろう。
車内で前方とミレイに交互に目と顔を向けながら、もう助かるすべは存在しないのかと聞き質そうとする。



「無い事は無いわよ……。壁に擦り付けながらゆっくり停車させるとか、思い切って二人一緒にドアから飛び出すとか、あんまり身体の保証出来ない方法だけど、今の状況考えるとそんなのしか思い浮かばないわね……」

一応は無事にブレーキを失ったこのトラックから抜け出す方法は存在するらしい。

だが、ミレイの暗くなった表情を見ればこの作戦が有効だとはとても考え難い。
何しろ減速すら出来ないのだから飛び出した後に地面と身体が激突、そして擦られる事によって大きな傷を付けられるのは
想像に難しくは無い。下手をすれば命に関わる可能性すらあると言うのに。

特にミレイはデイトナと異なり、武具では無いのだ。好ましい手段として捉えるには無理がある。

「えぇ? ちょちょちょっとちゃんと考えてよ! 抜け出すったってこんな速度じゃあ危ないし、それにあの蟲だってまだ死んでないのよ!? 下手したらそのまま襲われるじゃん!?」

怪我の危険リスクを確実に負う手段ばかりを候補するミレイにもっと真面目な脱出方法を考えて欲しかったのか、
デイトナはやや厳しい剣幕でミレイを凝視しながら怒鳴り立ててしまう。



「そんなの分かってるわよ! だけどこれしか思いつかないのよ! それに蟲の事だって分かっ……、ん? 蟲……?」

ミレイも突然怒鳴られて腹が立ってしまったのか、怒りで操縦桿ハンドルを握る手の握力を強めながら
デイトナを睨みつけて怒鳴り返してしまう。

下手をすればこの狭い場所で口喧嘩でも始まりそうな予感を思わせたが、とある単語によって
ミレイの表情が怒りから疑問へと一瞬で変わる。



――デイトナの返答を待たずに……――



「ちょっと今はごめん……。所で今蟲の事だけど、ん? あれ、今丁度真上にいるっぽいわね……」

怒鳴った事に対して最初に謝罪を入れ、ミレイはその例の単語について考え、その考えていた存在が
トラックの真上を飛行している事を派手に割られたドアの窓から確認し、突然勝ち誇ったような笑みをうっすらと浮かべる。

「あ、う、うん確かに今上飛んでるけど、それで、どうすんの? まさか、変な事考えてない、よねぇ……?」

きっとミレイは翅の音の方向や外の影の具合等から判断して上にいると判断したのだろう。

デイトナは再確認として一度車外へ顔だけを出してその蟲が本当にトラックの屋根の上を飛行しているかを確かめ、
それをミレイへと伝えるが、どうして脱出と蟲のこの二つを繋ぎ合わせるのか、不安になり始める。



「いや、多分人によっちゃあ『変な事』になるかもしれないわね。けどこれしか手段無いのよ。怪我無しでこっから逃げる方法っつのが」

デイトナは深刻な表情を浮かべ、動揺していると言うのに、ミレイは奇妙な楽しみでも見つけたかのように
わざとらしい作り笑顔を浮かべ始める。

それでもミレイはミレイなりに真剣に考えているらしい。

「あの蟲なんか使って!? あんなのに掴まってここから逃げるとかそんなスタントマンがするような事考えてないよねぇ!?」

デイトナは大体予測が出来てしまったらしく、それでもその逃げる為の行為アクションには恐ろしい程の危機が纏わり付いていると、
やはりミレイの計画に異議を唱える。



「大丈夫! あたしの言う通りにやって!」

この時のミレイの青い瞳には、友人デイトナの命も必ず救って見せると言う非常に強い闘志が映っていた。
デイトナに向かって立てられた右の親指もとても強い何かを思わせてくれる。

左手ではずっと操縦桿ハンドルが握られている。



――そして考え込む事ほんの数秒……――



「……ったく、カッコつけちゃって……」

デイトナはあまりにも無謀な試みながらも、それでも自分も一緒に護ってくれるミレイの少女らしかぬ強い意志に負けてしまい、
ゆっくりと頷いた。



「そんじゃ、窓から出るわよ! あ、デイトナちゃんと弓は持ってね!」

そろそろ強制的に操縦桿ハンドルを切らなければならない地点へと到達する頃だろう。
そうなれば、速度を保ったトラックの軌道を変え切る事が出来ず、一大事となるに違いない。

ミレイは操縦桿ハンドルが狂った動きを見せないようにと右手で押さえつけながらドアの窓に向かって上体を持ち上げ始める。
もう時期全身が車外へと出される事だろう。

「それに、ちょっ・・・としたもの・・・・・も偶然見ちゃったしね!」



――再びミレイの表情に笑みが浮かぶ――










■■ 突然襲った見えぬ闇/DANGEROUS BEAT!! ■■

あの少女は何を思っているのだろうか……。

三人組の中から強引に引き剥がされてしまった立場にあるあの少女は何を思っているのだろうか……。
元々恐怖だけが支配していた夜の世界で突然後ろから掴まれてしまえば、
女の子なら確実に取り乱し、そこで体内へ恐怖を植え付けられてしまうのは言うまでも無い。

そう、隔離されたとある場所で……



SHADOW TOUCH……



はははははぁああ!!!
やれやれぇええ!!!
いい気味だぜぇはっははぁああ!!!

そんな男達の面白みに溢れ過ぎた野太さの映る声の数々。
詳しい場所は、周辺の密集した建造物のせいで眺める事が出来ない。
しかし、そんな楽しそうな空気の中に、何か叩くような音が響いているのが少し恐ろしい。

鳴り響く音は永遠に続くものでは無かったらしく、恐らくは周辺の予測に従い、やがて収まってくれる。



――▲▲ この空間、いよいよ鮮明に映され……

  とある空き地であり、周辺の建物に残った炎がその空間を怪しく照らす。
  無造作に設置された巨大な木箱や木材が背景としての色を作り上げている。
  照らしてくれるのは、空間と背景だけでは無い。
  単独の少女と、複数の怪しげな男達も照らしているのだ。



見覚えのある男の特徴としては、あのバンダナマスクだ……。

その内の一人が赤い何かに身を包んでいる少女を左手だけで強引に立ち上がらせ、
空いている方の右手を強く握り……

くたばれやぁ!!

握られた拳が……



ψψ 少女の顔を横殴り!!



「うあっ!!」

男から贈られた拳の威力に耐える事が出来ず、その少女は客観的に見れば愛らしい悲鳴であり、そして主観的に見れば
痛々しい悲鳴を上げながらそのまま地面に向かって身体の横から倒れこむ。

地面に対して右を向くように倒れたこの少女のすぐ付近には数人の男が立っている。
だが、少女はその男達に向かって何かしらの対抗意識は持たないのだろうか。



「よっしゃ、こんぐれぇ殴っときゃあしばらくは暴れねぇだろう」

バンダナマスクで鼻から下を隠した目つきの悪い男がゴツゴツとした外観を見せる両手を鳴らしながら
倒れている少女を見下ろしている。

「いきなし押さえてから速攻で私刑リンチかけっとはなぁ。ちょいと汚ねぇ気もすっが、別にカンケーねぇよなぁ?」

丸棒を右手に持った同じくバンダナマスクの男が自分の左手を棒で叩きながらマスクの裏でうっすらを笑いかける。

「やれる時にやっとくのがオレらってもんよ。それにこいつ元々体力無くなってたらしいしなぁ」

同じくバンダナマスク、そして丸棒を握っている三人目の男がこの少女が元々弱っていた部分に目をつけて
集団でけしかけたのだと、自分達のやり方にまるで反省の様子も見せずに誇っている。



「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」

よく見れば、この少女はクリスである。

赤い甲殻が非常に特徴的と言える赤殻蟹装備であり、普段は素早さを駆使しながら片手剣を巧みに操っているが、
今の状態では残念ながらそのような勇姿を想像するのは難しい。

目元はまるで帽子のつばのように出っ張ったヘルムの額当てによって隠れており、
そしてそのすぐ下では体力消耗の過程で流れたであろう汗で頬が濡れている。
汗だけでは無く、擦れたような傷も目立っている。

小さく開かれた口からうっすらと純白の前歯を見せながら、荒々しく深呼吸を続けている。
口の端から垂れたままの真っ赤な血が、この少女が受けた暴行を静かに物語る。



――男達の間から、同じ赤の武具を来た者が姿を現し……――



「どうした? もうこんなとこでおねんねする気かぁ? それともガキにとっちゃあもう夜は寝る時間だってかぁ?」

クリスと同じ≪赤殻蟹≫と言う名の与えられた武具を纏いながらも、その外見はクリスとは著しく異なっている。
ガンナー用と剣士用、と言う事情以前に、まるでその重装備で他を圧倒するかのような分厚い姿が凶暴な雰囲気を映し出し、
そして白い仮面による極端な色の違いの表現も、表情の見えないその姿に周囲をひざまずかせるだけの迫力を引っ張り出してくれる。

倒れているクリスの足元へと近寄ってきたこの赤殻蟹の武具を纏った男、ノーザンは一瞬空を見上げながら、
無防備な姿に対して余裕気に硬質さを思わせる腕を組み始める。



「はあ……はあ……」

クリスは生気を失いつつある水色の瞳を何とかノーザンの特徴的な仮面の場所へと向ける。
それでもまだ身体の方は立ち上がってはくれない。ここに来て一気に蓄積されていた疲労が襲いかかってきたに違いない。

「そう言やあさっきこいつと一緒にいた女、さっき俺らが目ぇつけてた奴だったんだよなぁ。まっさかこいつと同行してたとはなぁ」

バンダナマスクを装着した男の一人がクリスの苦しんでいる表情を見下ろしながら、突然クリスとは別の少女の顔を思い出す。



――まさか、ディアメルの事だろうか?――



「あぁ? 誰だよそいつって。なんか意味分かんねぇぜ」

どうやらここにいるバンダナマスクの男全員が初めから同行していた訳では無かったらしい。
だが、その内の一人がディアメルかと思われる少女を追い掛け回した男の一人であったようだ。

「ああ、俺んとこで弱そうなガキの女いたから捕まえて甚振いたぶってやろうかって思ったんだが、逃げられちまってよぉ、まあそいつ赤い髪してたんだが、こいつと一緒にいた訳よ」

やはり男が狙っていたあの少女・・・・とは、ディアメルの事だったようだ。
ディアメルとえんを持っていたクリスが今回の被害者とでもなったと受け入れられるのかもしれないが、
それでクリスがその原因となったであろう少女を恨むような事はしないと願いたいものだ。

「だったらそいつん事引っ張ってきた方がかったんじゃねぇか? まあどっちにしてもこっちが楽しけりゃそれでってもんだけどなあ」

ディアメルと面識が無いであろう別のバンダナマスクの男は、標的を間違えてしまったと意見を述べるが、
それでも相手に暴行を加える楽しみは失われないのだろうから、そこでいちいち後悔や恨みを抱く様子を見せないかのように妙ににやける。



――そのにやけ・・・がとある力を復活させてしまったかのように……――



「そんな……、つまんない……はぁ……はぁ……事の為に……はぁ……はぁ……暴れまわってた……の? ここまで……」

互いに笑い声を飛ばし合う男達の姿に対して一種の怒りと対抗心を沸き立たせたのだろうか。

クリスは積み重なっていた疲労によってそのまま再び地面へと倒れてしまいそうになっている自分の身体を震わせながら、ゆっくりと立ち上がる。
男達に丸棒で狙われたり、蹴られたり、地面と擦れた事等によって出来てしまったのか、武具で保護されていない太腿部分に傷跡が目立っている両脚を
身体と同等か、或いはそれ以上にガタガタと震わせている所も、この少女の必死さが窺い知れる。

「そうだなぁ、ひょっとしたらそんな事もあったりしてなぁ。やっぱ仕事にゃあサービスが付きもんだし、ハンターそのもんがもう世界破壊に繋がってっしなぁ!」

上体が前のめりになり、両手を両膝に付いて深呼吸をしながら喋りかけてくるクリスに対して、男は当たり前のように悪びれた様子を見せず、
筋肉質な体格を連想させる両腕を誇らしげに組み始める。

「お前らが飛竜なんかに喧嘩売るせいであいつらもキレ出してんだぜ? お前らのせいで一般人も街規模で武装せんと住めなくなっちまってんだぜ? お前責任取れよぉ?」

別のバンダナマスクの男がハンターと飛竜の敵対関係を説明するかのように、傷だらけになって呼吸を荒げているクリスに僅かに近寄る。
まるで飛竜から与えられる被害を全てクリス一人に償わせるかのように。



「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」

折角何とか立ち上がったと言うのに、クリスは乱れた呼吸に邪魔をされているせいで相手に反論する事も出来ずにいる。
愛らしい輝きを普段見せてくれている明るい茶色の小さなツインテールもどこか疲れの色を見せつけている。

◇◇ やはり、今までの戦闘での支障がここに現れたのだろうか……

巨岩の塊バサルモス……

  地獄の仏デストラクト……

    毒の使いゲリョス……

      茶色い生物群ヘビースパイダーズ……

その他、不眠不休で連続で突き進んできた結果として、体力には普段自慢を誇っているクリスをむしばんできたのかもしれない。
疲労だけでは無く、他の打撃による物理的な痛みも至る所に残っていた事だろう。

それに最初の刺客との戦い以来、何一つとして体力を復活させられる物を食べておらず、非常に苦しい環境に襲われていた事だ。
もう、この少女の勇姿を見る事は出来ないのだろうか?



「おいおい、なんか言ったらどうなんだ? 今は俺らと、お前しかいねぇんだ。お前が答えてくんねえとなんも進まねぇぜ? まあいざって時ゃあお前ん事その場で死刑んしてやっけどなあ」

久々に口を開いた赤殻蟹のガンナー装備の男は同じ赤殻蟹と言う武具を纏いながらも、
性別の違いによる構造の差異の著しく目立つクリスからの返答を待ち望むかのように、首を左右に倒しながら凝った筋肉をほぐす。

男性ノーザン側の構造はガンナー専用と言う防御力を犠牲にした造りであるものの、
外見的に拝見すると女性クリス側の構造の方が剣士専用でありながらもどこか劣っているように見えてしまうのは気のせいだろうか。



「はぁ……はぁ……、多分……その言い分……間違ってると、思うよ? ……はぁ……はぁ……」

本当はクリスとしては返答をする為に傷を付けられてしまった口を動かす事も相当な負担となる事だろう。

それでも相手に期待をされている以上、このまま黙り続けている訳にも行くまいと、地面に向かって下がり続けていた顔を持ち上げ、
ノーザン達の男の集団に水色の視線を飛ばしながら弱々しく抗言する。

「あぁ? 間違ってるだぁ? 今にもくたばりそうな奴が何偉そうにほざいてんだよ?」

バンダナで顔の下半分を隠した男がクリスの反論が気に入らなかったのか、反論と言うある意味で度胸のいる行為を取りながらも
身体をピンと伸ばしていないクリスを見下ろしながら、手に持った丸棒を左手に一度、叩きつける。



「間違ってる……と思う……よ……。はぁ……はぁ……いちお……言っとくけど……、狩猟って言うのは……はぁ……はぁ……」

殴られた過程で鮮血が少しだけ垂れている口を必死に動かしながら、クリスは本題の一つ手前にまで進む。
一度分からず屋どもにビシッと決めるべきなのだろう。



――そう、狩猟と言うのは……――



――曲がっていた状態を一気にピンと伸ばし……――



「恨みの……ぶつけ合いなんかじゃ……はぁ……はぁ……、じゃなくて、はぁ……はぁ……、人が……自然に感謝しながら……恵みを手にする事を……言うん……だよ……。はぁ……はぁ……」

顔が持ち上げられた所で、相手からは帽子のつばのように出っ張ったヘルムのせいでクリスの水色の瞳は
鮮明には映し出されないものの、それでもクリス本人はしっかりと瞳を開き、相手を強く見詰めている。

狩猟ハンティングと言うものは、飛竜ワイバーン人間ハンターが憎しみを互いにいだきあってそれをぶつけ合う行為では無い。
自然と言う一つの雄大な世界でその厳しさを全身に浴びながら、自然の作り出した財産、通称それを人は≪素材≫と呼ぶが、
それを手にする事を言うのだと、まるで知識のうとい勉強不足どもに説明を言い渡す。

だが、背筋がしっかりと伸ばされても、少なくなりつつある体力だけは素直だったようだ。



「感謝ぁ? 恵みぃ? よく言うぜこいつ。殺し合いん中にそんなもんある訳ねぇだろ。そんな下んねえ事考えてっから飛竜どもに殺されて逆襲とか考えっ馬鹿とか出て来んだろ? そうやって逆襲とかほざいて飛竜とかにかましたらまた事が起こんだぜ?」

ノーザンはクリスの意見を馬鹿にするかのように、白いマスクの奥で確実に凶悪な作りをしているであろう目を細める。
彼にとって見れば、生物をあやめ、そして憎しみだけを生む世界に過ぎないと主張を続ける。

「なんか……聞いてたら……はぁ……はぁ……」



――ここでクリスは一度大きく吸い込み……――



「狩猟そのものが世界の間違いだって言ってるみたいだよね?」

そのしっかりと伸ばされた背筋と、笑顔も浮かべていない真剣なそのクリスの表情は、
少女と称される属性を持ちながらも凛々しさと強さをより一層強調させている。

「そうだぜ? やっと分かったかぁ? だからハンターなんてこん世界に必要ねぇんだよ」

バンダナマスクの男の一人が丸棒を右の肩に乗せながら短い言葉を言い残した。



「だけど、言ってる・・・・事とやってる・・・・事、明らかにおかしいと思うよ?」

夜に支配されたこの空き地の中で、クリスは相手からの反撃を覚悟したかのような発言を飛ばす。
やはり敵対者に対する発言であるのだから、普段の優しい声のトーンが少し低められている。

「あぁ?」

ノーザンはその堂々としたクリスの態度に苛立ちを覚えたかのように、首を僅かに倒す。



「本当に抗議したいんだったら、直接政府とかにでも自分達の意見聞いてもらったらどうなの? 世の中力だけじゃあ何も解決出来ないんだよ。いや、ハンターは政府には正式には認められてないからやっぱりギルドと直接話し合うのもいいと思うよ。勿論殺し合いじゃなくて、ちゃんと理論や説明で解決させるのが人間ってものだと思うよ」

ここでのやり取りでここの連中が何をしたいのか、クリスには理解出来たような気がしたのかもしれない。
ある種の助言とも言えるものをクリスは目つきを多少鋭くした状態を保ちながら言い渡し続ける。

「話し合い、かぁ……」

ノーザンは何を思ったのか、よく分からないものの、それでもそんな感じで小さく呟く。



「だけど、貴方達のしてる事はもうただ自分の考え強引に押し通したいからって力尽くで皆を怖がらせてるだけだよ? 力があればこの世界で何やってもいいと思ってる? それ全然違うよ! 力だけで強引に押し通すなんてそれただの動物と全然変わんないじゃん! こんな事してたら本当にもう――」

クリスは両手を肘の関節部分から持ち上げ、そしてそれぞれを強く握りながらも説得のようなものをしようとするが……



――伸びるノーザンの右腕……――



うぜんだよこのガキがぁ!!!

生意気にもノーザンへと言葉で歯向かい続けてくるクリスをそのまま自慢の右腕で殴り倒してしまおうと、
クリスの整った顔を正面から拳で狙いつける。



――危機を察知し、クリスは……――



「うっ!!」

顔面だけは保護せんと、反射的にクリスは両腕を顔面の前にかざし、男の武具の纏われた力強い一撃を受け止める。
だが、クリスの華奢な体躯ではその場にとどまる事が出来ず、そのまま数歩、強引に後退させられる。

倒れぬようにと必死で上体のバランスを保とうと動き回る両脚はまだまだ機能を失っていないようだ。



――やはり、もう言葉では分かり合えないのだろうか?――



クリスはすぐに両腕を顔の前から離し、

「結局それが本音だったんだね!? それに少し前から貴方の組織の人と何回かぶつかってきたけど、ホントはそんな狩猟がどのこのって話、ただの口実で、実際はただ飛竜悪用とか、世界の破壊とか考えてんじゃないの!? 今までの連中だってとても狩猟だけが敵だなんて考えてるようにも見えなかった! 本気で私達とか、他の一般の人にまで手ぇ出すような感じだったし。毒草で凶暴化させたり、変な撲滅委員会とか作って変な事してきたり、火炎放射器なんかで襲ってきたり、挙句にはこうやって街破壊したり、絶対他に目的あるんでしょ!?」

ノーザンの一撃を受け止めた瞬間に思い出してしまったのだろう。

クリスは先程の疲労を完全に頭の中から忘れてしまったかのように自分の思いをそのまま相手に向かって乱暴にぶつける。
さり気なく握られた両手も、これから始まるかもしれないとある現象に対する対策なのかもしれない。



「お前……随分元気になったなぁ。けどお前、もうおしめぇだって事、分かってっか?」

ノーザンはまるで怯まず、両手を腰に当てながら、まるでクリスの運命が決定しているかのような意味深な言葉を残す。
白い仮面が周辺の炎で怪しく照らされる。



――まるで直接目で確認出来ない合図を受け取ったかのように……――



―すっ……

バンダナマスクの男の内の一人が黒い何か・・・・を背中から取り出した。
手には収まり切らないものの、それでも握る箇所だけは妙にしっかりとした作りになっており、
そして先端部分が上手い具合にクリスの方向へと向いている。

そう、これは紛れも無く……



「はははは……これでお前はもう地獄逝き決定ってもんよ」

その黒い何か・・・・を握った男は静かに笑いながら、この空間にいるたった一人の少女の未来を勝手に作り出す。
意志一つで、まるで全てを操作コントロール出来てしまうかのように。



「やっぱり……、貴方達ってただの臆病者なんだね……」

クリスはおぞましい銃器を向けられていながらも、伸ばした背筋をまるで落とす事をせず、
元々多少ではあるが、鋭くさせていた水色の瞳を更に鋭くさせる。

そこには客観的に見れば恐怖が映っていないように見えるものの、実際は、どうだろうか?



「どうした? 負け惜しみかぁ? お前今の状況冷静に考えた方がいいぜ? お前ならすぐ分かんだろ? ここは楯突たてつくぐれぇだったらわざとでも泣きながら謝罪でもすりゃいいって分かって――」

ノーザンはクリスに助かる為の手段を意地悪そうに教えようとするが、遮られる。

「そんな事したって、どうせ助かんないよ、私なんて。それに、私の事あれだけ殴ったりしといてそのままで終わってもらえるとか思ってるの? 正直言うけど、私凄い腹立ってるからね!」

普段は仲間――少年チームにだろうか?――に対してはとても優しいクリスでも、敵対者に対しては話は別であるようだ。
しかし、今のこの体力が著しく消耗し、身体にも傷が残った状態で本当に実行出来るのだろうか。



「腹立ってるぅ? お前まさか自分の力に自信過剰とか起こしてんじゃねぇのか? こいつが指に力入れた瞬間お前地獄逝きだってのによくそんな言えんなあ」

黒い何か・・・・を持っていないバンダナマスクの男は、そのとある武器を持った男を一瞥しながら
クリスの奇妙な度胸に対して責め立てる。

「拳銃が無いと何も出来ないの? それに一人相手に集団で襲いかかるのも凄い卑怯だと思うよ。ホントは個人の力が低いからこんな卑怯な手で――」



バスゥン!!



飛ばされた、一発の弾丸ハウリングブレット……

「!!」

その視聴的な迫力により、クリスはずっと威圧的な空気を背負わせていた水色の瞳を強く閉じる。
だが、その弾丸シェルによってクリスの身体、或いは武具が傷つけられる事は無かった。

どうやら脅しの為の一発だったらしい。



「おいおいあんま俺らの血圧上げんじゃねぇや雌豚めすぶたがぁ。てめぇのそん不細工なづらに穴開けてやんぞおい? おいお前、俺のボウガン持ってこい」

一瞬だけ怯えたクリスの姿を嫌らしい目で見詰めながら、ノーザンは低くくぐもった声で威圧する。
だが、そこまでクリスの容姿はみにくいものでは無いはずだ。

とうとうノーザン本人も武器でクリスを痛めつけたくなったのか、拳銃を持っていないバンダナマスクの仲間に命令する。

「へい」

軽く頭を下げると同時に男はとある場所へと向かう為に駆け足でその場からいなくなる。



「……」

クリスはこの状況の深刻さによってなのか、それともここをどう切り抜けるか迷っているのか、
瞳を動揺の色で震わせながら僅かに後退する。

「やっと少女ガキらしいとこ見せてくれたかぁ。やっぱお前みてぇな奴はビビッてっとこが一番可愛いってもんだぜぇ。まあどっちみちお前はもう明日はここにはいねぇんだけどな」

丸棒を握ったバンダナマスクの男はクリスの怯えているかのようなその表情を凝視しながら、
光の少ないこの空間でにやけ出す。



「やっぱり……もう……」

クリスは観念したかのように帽子のつばのように出っ張ったヘルムの下で瞳を細める。
それでも両手は強く握られており、完全にはまだ諦めていないようでもある。



――だが、何かに感づいたクリスは突然……――



「なんて今言ったけど、やっぱり私、諦めなくても良さそうだね!」

今まで自分を束縛していたものを全て吹き飛ばしたかのように、
クリスは慢心の笑みを浮かべ、同時に水色の瞳も大きく開く。

その笑みに影響されてなのか、その愛らしい瞳がより一層輝いて見えた。

「あぁ? いきなしどうしたよ? まるでお前が完全勝利したみてぇな事言いやがって……。ここん来てとうとう頭おかしくなっちまったかぁ? 病院行きだなこりゃ……。まあそん前に、もう面倒だから殺してや――」



――ノーザンの銃殺宣言もクリスは遮り……――



「別に私判断力がおかしくなった訳じゃないからね! だって今私のとこに命賭けで向ってきてくれてる友達がいるんだから。ホントに残念な話だけど、貴方の都合通りにはもう行かなくなったと思うよ! それと、その危ないもの早く下ろしたらどうなの?」

もう既にクリスの元々しつこい程に備えられている愛らしいその容姿には怯えと言う怯えはまるで残っていなかった。
背中に背負っている金の剣と銀の盾を装備する事すらせず、その様子からはまるで武器に頼らなくてもこの場を
切り抜けられると言う自信までもそびえ立たせているようにも見える。

だが、拳銃・・を下げてもらうように頼む――いや、これは命令とでも言うべきか?――部分を見れば、
結局は怖いらしい……。



「ってなんだこいつ……? やっぱぜってぇ狂ってんな……。仲間ってお前、どこにもいねぇじゃねぇかよ……。幻覚まで見え出したのかこいつ……」

拳銃を持った唯一の存在である男も、周辺を軽く目だけで見渡すものの、クリスの仲間らしき存在を一切確認出来ず、
やはり暴行、連行等と言った精神を極限にまで追い詰める行為を続けた結果として現在のようになってしまったのかと、
まるで予想すらしていなかった事態に直面したかのようにゆっくりと目を細める。



――しかし、クリスは動じる事は無かった――



「いるよ。ちゃんと、いるよ。ほら、あそこ、よく見てみてよ。しっかりいるから」

クリスは単刀直入に、自分の仲間の姿があると、男達の背後に向かって左の指を差す。
背後に延々と続く暗闇がこの街の広さと恐ろしさを物語っている。



――しかし、ノーザンは聞いてくれないらしい……――



「馬鹿かお前? そうやって俺らを余所見させた間になんか攻撃でも仕掛けてくんだろ? 幻覚見たりするような奴だったらいきなし斬りかかってきそうだしなぁ。騙されっかよぉ」

ノーザンはクリスから視線を外す事をせず、妄言を続けているであろうクリスが奥で考えているであろう策略に乗らぬようにと、
どこか妙に警戒しながら、クリスを凝視し続ける。

「騙す気は無いんだけど、だったら一人だけが確認すれば大丈夫なんじゃないの? 拳銃持った貴方だけは見張り役にして残った二人だけで確かめればいいんじゃない? そしたら大丈夫だよ?」

堂々とした様子で、クリスは一歩も下がる様子を見せず、指を差し続けている。
全員に背後を振り向かせるのでは無く、拳銃と言ういざと言う時の反撃手段としては最も効率の良い男だけに正面を向いたままにさせる辺り、
一体彼女は何を見つけたと言うのだろうか。



「随分自信満々じゃねぇか……。おい、お前ちょい見てみろや」

クリスに対して一度舌打ちした後、ノーザンは拳銃を装備していない方のバンダナマスクの男に背後を確かめさせる。



――言われるがままに、丸棒装備の男は背後を振り向くが……――



「……やっぱなんもいねぇじゃねぇか。やっぱこいつ幻覚見てんだな。随分狂ったもんだぜ」

バンダナマスクの男はやはり背後の闇に潜む者は誰もいないと、クリスを信用しようとはしない。



「ああそうかあ、あまり離れ過ぎてたから見えなかったんだね。だけど、もうすぐ貴方達でも本当にハッキリ見えるようになると思うよ!」

どうやら距離の関係上、常人では直接目で確かめるのが難しかったらしい。
クリスの視力は他者よりも非常に優れていたりしたのだろうか。

多少経過した時間によってより鮮明に見え始めたのか、クリスは誇らしげに再び左腕を持ち上げ、指を差した。



バィバィバィバィバィ……



▲▼ 懐かしい……、この翅のような音B・G・M インセクトタイプ……



「あぁ? なんだ?」

ここで初めてその弾ける音を確認したノーザンは背後を睨みつけるようにしてその正体を確かめる。
それを見た瞬間、男の精神が一瞬凍り付く。



χχ χχ 周囲の炎ウェイヴァーワールドでようやく照らされた、はねの生えた巨体……

κκ κκ 飛行はしているが……、血をしたたらせている……

θθ θθ 強力な武器リーサルウェポンだったであろう頭部の砲台ストライカーバレルが中部辺りから折れて破損している……



■■ ■■ だが、そんな事より……、四本のぶら下がった脚、前方の二本には……

狩猟用装備の少女と、ハンターとは思えない姿の少女がその脚に掴まっていたのだ。





――左側に位置する、緑色の髪を持った少女がトーンの高い声を力強く張り上げる――



「クリス! 大丈夫だった!? 今そっち行くわよ!!」

黄色い病衣の上から着た赤いジャケットを風でなびかせながら、その少女は親友に向かって大声を飛ばしつける。
右手で脚の出っ張った関節部分を強く掴み、そして右足も同じく出っ張った関節部分に乗せている。

浮いた状態となった左手、左足であるが、その左手を強く振りながらクリスに自分の姿を確認させる。

「ね、ねぇミレイ……。これ、どうやって降りるの? 結構高いけど大丈夫なの!?」

右側にぶら下がる脚にしがみ付いて何とか落下せずに保っている狩猟用装備で、オレンジ色の髪を持った少女は
左側に位置する少女に対して今このかなりの上空にいる状態で安全に降りられるのか、焦りながら訊ねる。

きっと先ほどまでは見事に使い続けていたであろう弓も抱くように持たれており、落とさないようにと必死である。



「ああそれね、多分大丈夫だから! あたしの言う事ちゃんと聞いといて!」

ミレイもあまり深くは計画を立てていなかった様子であるが、きっとオレンジ色の髪の女の子こと、デイトナを護る気はあるようだ。
友人も一緒に、安全に着地させる事も計画者プランナーの重要な任務なのだから。







――直接親友からのメッセージを受け取ったクリスは……――



「ほらね? 私嘘なんて言ってないでしょ? これでもう多分……じゃなくて確実に形勢逆転ね!」

再び強さを見せた笑みを浮かべ、わざとらしく左目を閉じてウィンクを飛ばす。

そこに映るのはクリスの可愛らしさと言うよりは、ここから先の何かを宣言する空気だったのだ。



「へっ! バァカめが。手負いの分際で何ほざいてやがんだよ。ロクに体力もねぇくせして偉そうな事言ってんじゃねぇよ」

恐らくはノーザンも突然やってきた援軍に多少は喫驚きっきょうしている事だろう。
だが、目の前にいる少女は外から見れば、それなりに傷を受けているし、疲労だって大量に蓄積されている。
まるで自分自身の状態を弁えていないかのような態度に対し、そんな言い方を選んだようだ。

「手負い? 言っとくけど、そこまで言われるほど私傷なんてついてないつもりだけど。見た目だけで私の事勝手に決め付けるのやめてくれる? それに、さっきから凄い強気で振舞ってるみたいだけど、そろそろ素直になったらどう?」

一応現在のクリスは殴られたりした過程で顔に傷が出来ており、
不幸にも武具で防御されていない太腿部分にも傷と言う傷が出来ているのは確かである。

武具で強く護られている上半身の裏側がどうなっているのかは直接は分からないが、
それでもクリスからしてみればまだまだ戦うだけの力は残っている様子だ。

しかし、最後に見せたそのクリスの強い発言の裏に秘めるものとは……



「あぁ? んだとテメェ……」

最後に聞こえたクリスの台詞の部分に機敏に反応したノーザンは、一瞬心の奥の奥の、そのまた奥で
何かの制御装置ストッパーが壊れかけたかのような錯覚を覚える。

常に異様な空気を漂わせている赤殻蟹キャップのマスクの裏で、目に対して純粋に、力を注ぎ始める。
目に浮かびあがった血管が何よりもの証拠と言える。



――けだもののような人相になった相手でも、クリスは戸惑いすら覚えず……――



「どうせ集団でしか何も出来ない臆病者なんでしょ!?」

集団でしか行動をしないノーザンに向かって、胸部の甲殻で平たく押し潰された胸を張りながらやや乱暴に言い放つ。
もう少女クリスはノーザン等、まるで恐怖の対象でも、脅威の対象でも無いらしい。

随分と凛々しく、たくましい姿ではあるが……



■■勇姿とは、人の感情をも破壊させるらしい……/NO SUPPRESSION……■■

ぶちっ……

よく表現される、血管が切れたような、そんな効果音B・G・M
実際には切れていないとは思われるが、それは純粋に怒りを表現したい時にも使われる文法だ。

それより、この対象となったのは勿論……



てめぇ!! 偉そうにしやがってぇええ!!!!!

μμ 無礼なめられた事に腹を立て……

ρρ 背後に部下を置いたまま……

ττ 赤い甲殻に包まれた右腕を振り被り……



◆◆ 少女クリスへと襲い掛かる!! ◆◆

赤い獣ノーザンはクリスへ向かって疾走し、近距離へ入ると同時に握った拳をぶつけようと企んでいるはずだ。
男にとっては目の前の少女は、ただ煩くて、生意気で、可愛らしい姿をしていても結局はただの邪魔者なのだ。

だからこそ、



ππ 殴り倒すまでだ!! ππ



元々大して距離の無かった二人の距離が瞬時に縮まるが……



(やっぱりそう来たか……)

ノーザンの怒鳴り声と勢いを正面から確かめながらも、クリスは逃げ出したりせず、
冷静に利き腕である左腕を引き、静かに、そして迅速に構えの体勢を取る。



遂に……



死ねやぁああああ!!!!!!!!



――遂に放たれる獣の一撃パンチ!!!――



「はぁ!!」

素直にその攻撃を受け止めず、クリスは素早くその上体を小さく屈ませる。

頭の真上を通過した右腕に着目したクリスはその腕の下で一気に行動へと入る。



◆◆ 男の右腕を両手で強く掴み……

後は自分クリス自身の背中に男を乗せ、そのまま力を爆発的に増大させて、
一度この煩い男ノーザンに痛い目を遭わせてやるに限る。

まさにこれぞ……



◇◇ 背負い投げ!!/SHOULDER THROW ◇◇

ただ足元へと落としてやるのでは無い。

ψψ まさに≪投げ≫と言う標章マークの如く、少女らしく華奢な体躯には似つかない馬鹿力がここで発動!



はぁああああ!!!!!



νν まるで距離を充分なまでに広げるかのように、投げ飛ばす!!



「うあっ!!?」

被害者と化したノーザンは少女の攻撃に逆らう事が出来ず、そのまま素直にその太さも備えた分厚い胴体を持ち上げられ……

ιι 視界が一気に反転!!

ξξ 派手に流れる周囲の空気!!

εε どんどん離れていくクリス……

υυ ↑↑ じゃなくて、ノーザンが離れていっているのだ……



―ガァン!!

「うげっ!!」

土の混じった地面に背中を強く打ち付け、ノーザンは身体に走る衝撃によって思わず鈍く、低い悲鳴を飛ばす。
その分厚く、それに比例した重量によってすぐに立ち上がれず、未だに仰向けに倒れ続けている。



――◆◆ 残された部下達もきっと……/FIRE UP!! ◆◆――



クリスはすぐに残ったバンダナマスクの男二人の場所へと向き直るが、リーダーをやられて黙っているはずが無い。
そうである、油断をした者はすぐにここで意識を失ってしまう事になるのかもしれない。

「てめぇ!!」


――顔面に振り落とされる丸棒ファング!!――



「!!」

クリスは既に敵達の怒りの真っ只中にいると同時にいつ、どんな攻撃を仕掛けられるのかを覚悟していたかのように、
縦に振り落とされる男の攻撃に対し、非常に素早く右へとずれる。



―ブン!!



風が斬れる響きの良い音が一瞬響くが、攻撃を外してしまった男はそのままバランスを崩しかける。
それを抑える為に数歩前方へと進み、何とかその体勢を整える。

振り向き、再度狙おうと視界から外れてしまったクリスを再度捉えようとするが……



――その時に映ったのは……――



はぁあ!!



―― 一つの気合と、横に大きめに広がった円形部分……――

「ぐぅお!!」

確認した時には男は顔面を攻撃され、そのまま倒されてしまう。



その円形部分の正体はクリスの左足の裏である。
高い場所にある男の顔面に向かってクリスの細身の左脚が非常に強く伸ばされた。
そう、所謂横蹴りであっさりと一人目を撃退したのだ。

「あんまり、馬鹿にしないで!」

上部に向かって伸ばされていた、その魅力的な脚線美を添えた左脚を引きながらクリスは先程まで自分を卑下ひげしていた男に一言飛ばす。
少し前の一件で擦り傷等を付けられたものの、それでも脚力に支障をきたす程のものでも無いようだ。



「けっ!」

だが、まだ一人残っている事を忘れてはいないだろうか?
少し離れた場所にいた拳銃装備の男がその銃口マズルをクリスへと向けながら舌打ちをし、

その数秒と経たない内に……



パァン!!



「!!」

顔の横を通り過ぎた異様な塊によってクリスの表情が一瞬凍りつく。
まだ地面へと戻していなかった左足を地面へ戻し、すぐに振り向いた。



「さっきから好き放題やりやがって……」

銃口を向けられている事を確認したクリスの動きが止まった事を良い事に、バンダナマスクの男は
眉間みけんしわを寄せながら、やや悪足掻わるあがきのようにゆっくりと、足の裏を引き摺るようにクリスに接近するが、

「それは貴方達でしょ? この街に攻撃仕掛けたり、暴れ回ったり、それに私の事集団で殴ってきたり。そんなものが無いと戦えないの? 脅す為の何かってのが無いとやっぱり何も出来ないの?」

クリスは内心ではきっと拳銃に対して何かしら怖がっているのかもしれない。
だが、言いたい事だけはしっかりと男へと言い渡している。

よほど目の前の拳銃を握った男が憎いのか、その水色の瞳にはもう怒りと言うものしか映っておらず、可愛らしさをそこから捉えるのは無理に近い。
引き金一つでこれから先の人生が変わると言う緊迫した状況でもさり気なく左腕を引いて構えなんかの体勢を取っている姿も、どこか強い警戒心を感じ取れる。



「お前、マジで……」

この男にとっても、クリスはただの生意気な小娘なのだろう。
殺意を飛び散らせるかのように目に力を入れ、血管を浮かび上がらせる。

男はゆっくりと、銃口の狙い先を下し、クリスの頭部とは別の場所に狙いを定めようとする。



――そう、下へ下へ……――



武具で全く保護されていない脚部でも撃ち抜けば簡単に動きを封じられる事だろう。
まるで『狙って下さい』とでも言っているかのような露出ぶりだ。
だったら、望み通りに撃ち抜いてやる。
もがいてる所でゆっくりと拷問なんかにかけるのも面白い……。

だから……



「死ねぇえええ!!」

男自身の喉元が破壊されるかの勢いで放たれた怒号と同時に放たれる一発の弾丸スタンダードシェル



――発射と同時にクリスは……――



(やっぱりやるしか……)

―ダッ!!

クリスは一度弾丸をける為に力強く右へとずれ、そして一気に軽快な両脚を走らせる。

地面を蹴る音が一瞬響き、その後は高速ハイテンポに地面が叩かれる音が響くだけだ。



「な、なんだこいつ!?」

折角の発砲が無意味となってしまった事もそうであるが、突然恐ろしい程の速度で走り寄ってくる少女に
まるで手の打ち様が無くなってしまったかのように動揺し始める。

体勢を前のめりにし、まるで武具の重量を全て捨てたかのような速さで走ってくるクリスから逃げようとでも思ったのかもしれない。
だが、もう今頃逃げた所でそれは叶わぬ願いと化するだろう。

だとしたら、もう一度発砲でもして、このハンター特有の重装備と言う世界から単身抜け出したかのような少女を止めるしか手は無いはずだ。



等とダラダラしている間に……



はっ!!

短い気合いと共に男に接近したクリスは左脚に力を注ぎ込み……



――横蹴りが発動!!――



――相手の拳銃を蹴り飛ばす!!――



クリスの的確な蹴りは男の手首に命中し、命中と同時に黒い拳銃を容易く弾き飛ばす。
軽々とバンダナマスクを手ぶら状態にさせた後に……



――動揺する男の反応も特に気にせず……――



うあぁああ!!

男に対して左半身を向けていたクリスは本来利き脚では無い右脚に全ての力を注ぎこみ、
一気に飛び上がる。



■■ 狙うべき場所は……

男の顎下だ!!

そこ目掛けて膝蹴りをブチ飛ばす!!



普段から見せている軽やかなアクションを生かしてか、力強く飛び上がり、そのまま右の膝で残酷なまでに男を
下から突き上げてみせる。
白さと細さとしなやかさと強さと強烈さを兼ね備えた脚部から放たれた渾身の一撃だ。

男にぶつけた部分は甲殻でプラス装甲されていないとは言え、純粋に威力で勝負しても油断ならない数値になっただろう。



ぐぇぁあああ!!

武器を払い除けられ戦意を失っていた男はクリスの力に従い、上へと持ち上げられた後、そのまま地面へと落下する。



―スタッ……



強烈な一撃を放った後は綺麗に着地する。ある程度の体術を身に付けた者ならば、例え少女であろうとも、
着地に失敗して無様に転んだりなんかしないのだ。





――やがて例の・・飛行蟲ギグルバグの距離も縮まっていき……――

「ふふっ、流石はクリスね。あれぐらいちょろいってもんよね」

蟲の左足にぶらさがっているミレイはしっかりとクリスの見事な捌きを青い瞳で確認していたらしく、
可愛らしい笑みなんかを浮かべながら親友の姿に安堵の気分を覚える。





そして、当のクリスもすぐ目の前で倒れて動かなくなった男からすぐに目を離し、
ようやく起き上がり始めたノーザンの方へと顔を向ける。

決して構えの体勢を取っているのでは無く、純粋に、振り向くように顔を向けているだけであるが、
クリスの中ではとある予感を覚えていた。
まだ終わりそうに無い、激しい何かを……。



――だが、ここで再び押し隠していた疲労が再度表面に現れ……――



「!!」

クリスはいつの間にか額から流れていた汗に気付くと同時に上体が前へと崩れそうになるも、何とか持ち応える。

その後に……



「もう……貴方のよく分かんない野望も……終わりだよ!!」

再び呼吸を荒げながら、クリスは乱暴者ノーザンに向かって、その水色の瞳で強く睨みつける。
もう仲間が近くにいるのだから、クリスだってずっと体力消費で弱っている訳にもいかないのだから。



■□ さあ、≪ 祭 ≫サクリファイスの始まりだ…… □■

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