「な……なんだこれ……。こんなもん俺で何とか出来っ訳ねぇだろ……」

武器を向けられれば、瞬時にして弱腰になってしまう。所詮は組織の中でも小物の一種だったのだろうか。
だが、逃げたくても逃げられないのがこの現実だ。



「孤独になればすぐにこれか……。なんだか苛めでもしてるようで気が引けるな……」

ゆっくりと後ずさるノーザンの姿を何気無く確認したフューリシアはまるで弱い者を集団で責めているような気がしてしまい、
この場のシチュエーションに対して違和感を覚え始める。

「っつかどうするやこいつ。とっとと縛り付けてギルドにでも引き渡すか? 組織ん事しっかり吐いてもらわんきゃなんねぇしよぉ」

太刀と言う名の得物を持っているからか、それとも度胸では負けないと言う自信からか、
フローリックはまるで見下ろすかのような視線をノーザンへ浴びせ続けながら、これからの予定をその場で話し出す。



「ってかなんか完全おれらの役割あいつら持ってってねぇか?」

多少距離のある場所からスキッドは自分達の出番を奪われたかのように多少呆然としているが、
ここで口出しをすれば何だか自分に危害が及ぼされてしまうのか、なんて思ってしまい、
直接フローリック達に口を挟もうとしようとは考えられなかった。

寧ろ、任せておいても心配は無いのかもしれない。

「でもこのままいい方向に事が進めばいいんだけど……」

クリスは口を挟もうとしていたのかどうかは分からないが、誰が増援として現れようと、
展開が悪い道へと進まない事だけは真剣に願っていたらしい。

赤殻蟹ヘルムから引っ張り出されたように映るボリュームの少ない茶色のツインテールが小さく揺れる。
それはクリスが小さく頷いた事を意味している。



「さてと、ホントだったらお前ん事一気に二人・・んしてやろうかって思ったが、んな事したら折角の情報もう無くなっちまうかんなあ。大人しくした方が身の為だぜ?」

元々の威圧的な性格と混ざってなのか、フローリックはノーザンに対して優しさ等まるで提供する様子も見せず、
背中の太刀のに右手を乗せたまま、脅しをかける。

少しでも抵抗すれば、きっと刃が見事にひらめく事だろう。



「ふ……ふん、そんな脅しなんか、通用すると思うなよ……」

ノーザンも素直に突然現れた双角竜装備のハンター、フローリックの言いなりなる事は無いはずだ。
だが、それにしては途切れが多すぎる。もう少し堂々と反論出来ないものだろうか。



――腕を組みながら、前に出てくるフューリシア……――



「お前が被害者の顔を持ってもいいと思ってるのか? きっと住民達も相当に立腹してると思うが、流石にお前には同情しようとは思わないな」

ノーザンのその自分が無様に攻撃を受け続けている側に回ろうとしたその行動も、最早無意味である。
フューリシアのその鋭くなりつつあるその紫色の瞳が今までの悪行を見逃してはくれない。

この男勝りの口調に重なって、背中のレックスタンクと呼ばれるライトボウガンも向けられれば、
ノーザンに対する圧迫はより一層強くなる事だろう。
だが、ボウガンを構える様子は無い。



――そこに現れるのは、意外にもミレイであり……――



「所で、こんなとこでこんな話すんのもあれだけど、今まであんた何人も人殺してきたみたいじゃない? どれぐらいやってきたのよ?」

人数が集まり、尚且つその増えたのがハンターらしく、しっかりと全身を武具で纏い、尚且つ年齢的にも
それ相応の実力と経験を持った者達が増えてくれた事でより一層安心したのだろう。

ミレイはノーザンの今までの悪行を問い質そうと、敵対者に対して相応しいような威圧的な態度で尋ね始める。

「確かにそうだよ。ずっと前も俺の事マジで殺そうとしてきてたし。自分の為なら他の人なんてどうでもいいって事なのかよ?」

アビスは何だか誰か・・に頼っていると言った、あまり堂々としているとは言えない表情を浮かべながら、
求めているのは自分だけの利益なのかとノーザンに問う。



「ガキの分際で俺に偉そうに質問なんかしやがって……。弱えぇ奴が強えぇ奴に従うなんて当然だろ? そいつらはなあ、将来俺らに歯向かう奴らになるって予測したから予め始末して、そいつらの持ってる金になりそうなもん俺らが正しく使ってやってただけだよ。何人殺したかなんてもう忘れたぜ、へっへっへ……」

教える気があったのか無かったのか、ノーザンは自分がりの手段で今まで容赦の無い殺人を続けてきた事を供述する。
そのやり方は相変わらず人間らしさが伝わってこない。
人道の外れた人間の末路とでも言うべきか。



「だけど今はあんたその従う側になってんじゃないの? つい最近までは上に立って偉そうに威張り散らせれたと思うけど、もう威張れない状態だって、分かってる?」

折角ノーザンはこの世のある意味での摂理せつりを誇らしげに語ったと言うのに、
ミレイによってあっさりと形勢逆転を受けてしまう。

頭部に巻かれた包帯等がミレイの傷の具合を説明しているものの、それによる弱さはこの場ではまるで現れていない。
結果としてノーザンはここで言い負かされているのだ。



――そして、まるでこの場を纏めるかのようにスキッドが前に現れ……――



「それより早くこいつ何とかしちまおうぜ? どうせもうオレらが完全包囲してんだからこいつ攻撃しようにもぜってぇ出来ねぇだろうし、さっきからなぁんかこうこっちがああだとか向こうがどのこのとかみてぇな感じでつまんねぇ言い合いばっかになってんだろ? こんな事してたってただ時間無駄んなるだけだからよぉ、さっさと縛ったりでもしちまおうぜ?」

スキッドは今までのノーザン相手とのやりとりでこれからの展開を読み取ったのだろう。
どこか単純マンネリ化しがちな言葉のぶつけ合いはきっと、この場にいる人間本人達にとっても、
恐らくはどこか別の世界から眺めているかもしれない客人達にとっても満足出来ないものだろう。

「だけど縛るもんなんてここにゃあねぇし、めんどくせぇけど直接引っ張ってくしかねんじゃねぇか?」

しかし、フローリックの言う通り、この空間には縄等の動きを直接制限出来る道具は一切存在しない。
だとすれば、人力だけで男を運ばなければいけない破目になってしまうが、果たして、上手く行くのだろうか。



「て……てめぇら……」

やはり、ノーザンにとっての敵だらけのこの状況で、ここを切り抜けるのは相当厳しいはずだ。
逃げようとした所で、すぐに距離を縮められてしまうのもオチである。



――後ずさる所を見逃さず、フューリシアは……――



「まあこう言う事だ」

一応はこの傷だらけの身体とは言え、バイオレットと素手でやりあい、そしてその後に攻めてきたバンダナマスクの男達を軽々しく払い除けている。
武具そのものの強度で行くと多分ノーザンの赤殻蟹の武具の方が上を行っている可能性があるが、
武具を纏った者同士で戦い合うとどちらが勝利を収めてしまうのか。

フューリシアは男が迫ってきた所でまるで動じないとでも言わんばかりに右手を腰に当てて平然と伝える。

そして、返答の隙も与えずに、

「そろそろ素直になったら――」







――しかし、ノーザンは諦めていなかった……――







――どこから取り出される、一丁の黒い拳銃……――







「さっきからマジでてめぇら好き放題しやがってぇ!! こうなったら一人いっぴきだけでもあの世ん送ってやんぜぇ!!」

右腕を強く前方へと突き出し、その右手に握った拳銃で周囲に攻撃的な風を浴びせつける。
きっと緊急用にふところへとしまっていたのだろう。
しかし、実際に発砲されればその後の処理がどうであれ、確実な死傷が生まれてしまうに違いない。

「ってってめぇ! んなもんぶっぱなしたらどうなっか分かってんのか!? 囲まれ――」
「ああ分かってんぜ! どうせ俺は殺されんだよ! だったらそん前に誰でもいいから始末すんに限んだろぉ!?」

どうやらノーザンは発砲後の自分の身の安全はどうでも良いらしい。
自分に災いが降りかかろうと、死者さえ出せればそれで満足感を得られるのだろうか。
それにしてもどこかみっともない悪足掻わるあがきである。



「もうヤケクソ状態だなこりゃ……」

身長の都合で、かなり低い視点からノーザンを眺めていたアイルーこと、エルシオは小さく呟いた。
確実にマスクの下で、ノーザンの表情は気持ちの悪い笑みが浮かんでいるだろう。

「おらおらどうしたぁ!! なんか言ってみろやぁ! 俺だって丸腰じゃねぇんだぜこの野郎!!」

まるで自分がこの地の支配者にでもなったかのように拳銃の銃口を至る場所へと向けながら怒鳴り続ける。



「怒鳴んのは勝手だけどなあ、またなんか来るっぽいぜ。聞こえんだろ? エンジンみてぇな音がよぉ」

双角竜装備のフローリックは、拳銃なんかを向けられていると言うのに、大して動揺もせず、
まるでまた新しい仲間を連想させる効果音が聞こえ始めていると、ノーザンに教え始める。

「どっかの誰かがパフォーマンスでもショーするつもりじゃねぇのか?」

雪獅子の武具を装備したジェイソンもその効果音サウンドから何が後に生まれるのか分かっているかのように、
呑気に両手を後頭部に回しながら、ノーザンから視線を逸らす。



「馬鹿が! んなもん来る前にさっさと殺してや――」



バキャアァアアン!!!



建物の壁が強引に押し破られる音が空間に響く。
単に音が響いただけならば、それで終わる話だっただろう。

しかし、それを響かせた原因となった物体も、同時に現れたのだ。



θ オレンジ色に染まった例の小型トラック…… θ



その破壊地点エントリースポットは皆の場所からはある程度は距離があると言えるが、
トラックの供え持つ加速力を持ってすれば、簡単に距離を縮められるのだ。

壁の破壊クリーンアップを終わらせた後は、まるでアビス達に挨拶にでも行くかのように、
どんどんその距離を縮めていくが……



「っつかあれ誰だよ!? こっち来るぞ!」

スキッドはそのトラックの運転手ドライバーもノーザンの味方なのだろうかと、
出来ればボウガンでさっさと黙らせたいと言う一心を堪えながら、逃げる選択肢を選び、それに伴って走り出そうな体勢になる。

他の皆も、ノーザン含めてその場から駆け出そうとするが、駆動車の速度には到底敵わないものだ。



――だが、駆動車は決して轢死れきしさせるのが目的では無かったらしく……――



突然鋭く方向転換でもするかのようにトラックが横に激しく向き出すが、速度スピードを持った駆動車はそう簡単に
横へと軌道を移す事が出来ない。
それを非常に明確に映しているのが、地面に残されていくタイヤの跡だ。



キキィイイイーーーー!!



アビス達に向かって左の側面部分を見せ付けるように方向を変えながら、
そのオレンジ色に染まった駆動車はようやくその動きを止める。

止まってくれたのは一応は嬉しい話であるはずだが、問題は乗車している者の正体だ。
本当に敵だったら、皆の対応も大きく変わるはずである。



――やがてドアが開き……――



「誰だよ……。いっきなし来やがって……敵だったら容赦しねぇぞ」

いつ攻められても対応出来るようにと、フローリックは背中の太刀のに右手を伸ばす。
もう、手加減は必要無いのだ……。

「ってか誰が乗ってるか一瞬想像出来たんだけど……」

派手な登場ではあるものの、その光景を作り出した張本人の姿が何故か、アビスの脳内で再生出来たのは気のせいだろうか。



――地面に降りる、紫色……――



――それは、あくまでもズボンの色だが……――



――紫?――







「よぉお前らぁ!! ちゃんと元気にやってたかぁ!? 俺がいねぇ間にもう皆死んじまったか心配しまくってたんだぜぇ?」

全身を紫色のスーツで固めた男は駆動車から降りるなり、両手を上げながら皆に視線を飛び散らせる。
サングラスのせいで直接の目の動きは確認出来ないが、顔も動かしているのだからきっと視線も動いているだろう。

「あれ? テンブラーもう終わったの? あの、なんだっけ、原子炉止めるってやつ」

男の正体はやはりテンブラーだったようだ。

アビスはテンブラーにもう任務を遂行させたのかと、相当時間を使いそうだったその作業について問い質す。



「そりゃあそうだろ。ホントはそこに敵どもわんさかいてだ、激しい銃撃戦でもあんじゃねぇのかなぁとか思ってたんだぜ? だけどなんも無くてなあ、ネーデルちゃんの指示通りやってたらすぐ終わったぜ。敵どもも最後の最後で思っきり手ぇ抜いて駄目だろって話だよなぁ」

背後に停車されているトラックに右の親指を向けながら説明している間に、奥の座席に座っていたであろう人物が駆動車の影から現れる。
背中まで綺麗に伸びた青いロングヘアーと、その髪の色に合わせたかのような青を全体的な基準とした服装を携えた少女である。



――だが、真っ先に目をつけた相手は……――



「あ……兄さん……。兄さん! こんな事しても意味なんて無いよ! もうやめてよ!」

青い髪を持った少女は拳銃を持った赤殻蟹の武具を纏った男に近寄りながら、悲痛の叫びを上げる。
普段の優しげな声色も、その叫びと混ざれば、甲高く、痛々しい聞こえを感じてしまう。

「ああネーデルかぁ。お前そいつと何しやがってたんだぁ? まさか原子炉止めんの手伝ってたんじゃねぇだろぉなぁ?」

ノーザンの妹であるネーデルに向かって、ノーザンは地面に向かって下ろしていた黒い拳銃を再びゆっくりと持ちあげながら、
実の妹に対するものとしてはやや疑問の残る威圧的で攻撃的な視線を向ける。

そして、持ち上げられた拳銃はネーデルに向けられる。



――だが、答えたのはネーデルでは無く……――



「ああそうだぜ。俺ネーデルちゃんのアドバイスアド受けながらちゃんと止めてきてやったんだぜ? それがなんかしたか?」

テンブラーはノーザンに躊躇とまどう様子もまるで見せつけず、余裕な態度で答えた。
ノーザンの拳銃による恐怖が生まれたりはしないのだろうか。
それに、狙われているのはネーデルだと言うのに。



――空気を考えたのか、フローリックは……――



「おいテンブラー。いきなしベラベラ言って――」
「ちょちょちょい黙れ! 別にいんだよ、ここは俺に任せとけって。んでだ、確かに俺らは原子炉止めて来ちまったぜ? それがなんかあったか? あんなもんほったらかしんしてたらお前も黒こげだぜ?」

フローリックを無理矢理言葉だけで止めた後、テンブラーは何事にも怖がらずに平然と自分のペースを保ち続ける。
しかし、ネーデルに向けられている銃口マズルを彼はどう対処しようと言うのか。



――やがて、ノーザンは……――



「そうかぁ……。ネーデル、お前そのよく分かんねえ奴ん為に俺らの計画台無しんしたってんのかぁ……。組織の掟、知ってんだろうなぁ? 裏切ったら……」

恐らくは自分と、その自分を操作する組織にそむいた行為をしたとして、ノーザンは拳銃を緩めに向けていたのだろうか。
しかし、そのノーザンの威圧感を無理矢理引き出したような低い絞り声と、その言葉そのものに含まれる内容を考えると、
ネーデルの身が安全に保障されるとはとても考えられない。

「それは……えっと……」

やはり、掟の前にはきっと当たり前であるかもしれないが、性別、年齢の影響はまるで受けない事であろう。
ネーデルはその拳銃が意味するものを理解し切っているかのように、その細い身体を小さく震わせながら、ゆっくりと後ろへと下がる。



――フォローと言わんばかりにテンブラーの台詞が入ってくる……――



「どうせあれだろ? 掟破ったら殺すとか言うんだろ? けどお前には敵相手として、そんで、一応ネーデルちゃんの兄貴として、これだけは言っとくぜ?」

テンブラーにとって、このような展開は色々な場面で目撃した事があるのかもしれない。
その展開を深く見ると非常に物騒な内容ではあるものの、テンブラー本人は何故かにやけている。
紫色のパナマ帽の下からでも、その様子はしっかりと確認する事が出来る。

「言うって、何んだよ?」

ノーザンはまるで拳銃を下さず、テンブラーに話の続きを急かす。



「簡単よぉ。ネーデルちゃん殺したら……」

相変わらず、テンブラーはサングラスをかけたままで妙な笑顔でだらだらとノーザンを見つめているが、
その次に進んだ瞬間、笑顔が完全に消え失せる……。











「すげぇ事、すんぜ?」







普段ヘラヘラとした奇妙な態度ばかりを見せ付けているテンブラーの表情が真顔へと変貌する。
単刀直入では無かった為に、詳しい中身は分からないが、彼のスーツの中・・・・・を想像すると、その意味が分かるかもしれない。

「テンブラーさん……」

テンブラーから離れた場所で、ネーデルは赤い瞳をゆっくりと細める。
自分を護ってくれる姿をどこか怖がっているようにも見えなくも無い。



――ネーデルにむき直すと、テンブラーは再び笑みを見せた――



「まっ、ネーデルちゃんよぉ心配すんなって。君はなんも重罪犯してねぇんだからよ? 所で兄貴よぉ、いい加減そん危ねぇ武器おもちゃおろしなさい? 俺も人ん事言えねぇかもだけどな、そんな簡単に人殺せる武器あるせいで戦争とか簡単に起こんだからな。さっさとおろしなさいよ?」

一度ネーデルに向かって右手を上げて親指を立てた後、ノーザンに向かって一度武器を下ろすように伝える。
その口調はテンブラー特有なのか、どこかの教師のような印象を受けるが、流石にこればかりを続けるとも思えない。
拳銃は人差し指の力一つで簡単に相手を沈められるのだから、即座に下ろして欲しいものだろう。



「いいや、無理だなぁこりゃあ。お前がそいつと仲良しんなろうがこっちにゃあ関係ねぇ。それとネーデル、いい加減こっち戻って来い。今ならまだ温いお仕置き・・・・程度で勘弁されんだろうよ?」

ノーザンはテンブラーの言い分を無視し、しつこくネーデルに戻ってくるようにとその威圧的な視線と言動を見せつける。
まるで拳銃一つを巧みに操り、ネーデルを自分の言いなりに動かしているようだ。最も、ネーデルは奴の人形では無いだろう。

「……でも……、いや……」

果たして、そこで何が実行されるのだろうか、ネーデルはとある言葉・・・・・そのものから逃げるかのように、
赤い瞳を揺るがせながら、足を地面に摺りながらゆっくりと後ろへ下がる。

「ネーデルちゃ〜ん? 心配せんでいいぞ。そんな殺人イコール遊びみてぇな考え持ってるような奴と一緒に行く必要なんてまるでねぇぜ? そいつがだったからこん街でずっと逃げてきてたんだろ? けど俺ら来たからにゃあもう心配せんでいいから、何があってもそんな危ねぇ奴の命令なんて聞くんじゃねぇぞ?」

一瞬だけテンブラーの本性が見えてしまった気がするも、それでもどこか必死でネーデルを保護すると言う強い意志が見えてくる。
ノーザンの所へと行かせないよう、ネーデルのすぐ隣にまで歩き寄り、赤い武具を纏った危険な男に親指を突き付ける。



「所でテンブラー、お前そいつん事マジで護ろうとかしてっみてぇだが、元々そいつ敵だったんだろ? そんな奴信じる理由なんてお前あんのか?」

聞けば聞くほどそれは残酷に見えるかもしれないフローリックの台詞が威圧的に飛んでくる。
きっと、ノーザンと元々は一緒に行動していたであろうネーデルを信用するのは難しいのだろう。
だが、庇う理由を性別と年齢で決定するのも非常に危険な決断であると言える。

「ってお前なぁ……、まさか俺が、こんな街一個ぶっ飛ぶかどうかって事態ん時に歳違い過ぎる女の子とデートしようとか考えてっと思うかぁ? まあ確かに俺は女の子は好きっちゃあ好きだけどな、別にロリコンじゃねぇし、街がぶっ飛ぶって時ぐれぇ俺だってちゃんとまともに物ぐれぇ考えられんだぜ? 俺が手ぇ抜いちゃあここもジエンドってやつだし」

外見で判断されるような言動を平気で繰り返してきたテンブラーにもきっと問題はあったのだろうが、
恐らくテンブラー本人としては、助けた方が確実にアーカサスの街にとって良い方向へ進むと信じていたのだ。

フローリックに大して左手を肘関節から持ち上げて振りながら、なんとか否定して見せる。



「お前見りゃあぜってぇ趣味で庇ってるって思うだろ。まあけど話聞ける人間が一人増えただけこっちにとっちゃあ好都合ってもんになる訳だがな」

結局テンブラーはそのスーツ姿が妙に見られる原因となってしまっていたようだ。
フローリックはそれを短く説明した後、再びネーデルにとっては好ましいとは思えない思考を走らせる。

この流れを読み取る限り、ネーデルは生かされたとしても、ノーザン以外の者によって
厳しい取り込みを受けるのだろう……

「ってあのなぁ……あんまネーデルちゃん苛めたらいくらお前でも容赦――」
「いや、その女は生かすべきだ。俺達にとってここまで好都合な条件揃った相手いる訳だからな」

テンブラーは目元に非常に僅かながら怒りなんかを混ぜながらネーデルに何か手を加えようとしているフローリックに言うが、
それを遮るように、エルシオの言葉が入ってくる。

そのエルシオの内容も、冷徹な色を含んでいると思われるだろう。



「あ〜良かったぜ……。でもネコちゃんよぉ、好都合だとか、条件だとか随分ひでぇ事んじゃねぇかよ」

テンブラーにしてみれば一時期はネーデルも敵対者扱いされ、最悪そのまま殺害でもされてしまうのかと不安を覚えていたが、
それよりもネーデルを利用しようと言う考えが引っかかってしまったようだ。



――エルシオは決して甘い決断を下さない……――



「酷いのはそいつらだろ? なんでいきなり組織抜け出そうと思ったかは置いといてだ、それでも今までずっと犯罪行為平気で犯してきた連中と一緒にいたのは事実だ。初めっから警戒してたんだったらとっくに抜け出しててもおかしくないだろ? 言っとくが、直接犯してなくても、同行の時点で同罪だ」

分からない事の方がこの時点では多いものの、組織に属していたその事実は全く変わらない。
エルシオにとって、ネーデルは少女であろうが、結局は罪人と全く変わらない。



――あまりにも残酷過ぎる決断に、アビスは……――



「ってちょちょ待てよエルシオ! そんな言い方いくらなんでも酷すぎだろ!?」
「何がどう酷いんだ? そこんとこもう少し具体的に言え」

身長の低いエルシオを半ば自動的に見下ろす形でありながらも、アビスはエルシオに抗議を持ちかけるが、
言われた側は具体性を追求し、そのまま殆ど体勢を変えなかった。

「だって、あれだぞ。えっと、俺らと一緒にいた時だってなんかちゃんと敬語っつうか、ちょっと、かなりビクビクしてたような感じだったし――」
「ふん。予想通りだな」

アビスはネーデルと同行していた時の彼女の言動を何とかエルシオに伝えるも、
まるで分かり切っていたかのように、エルシオは呆れた表情を浮かべながらアビスから赤い視線を逸らす。



――再びネーデルの赤い優しげな瞳が細くなる……――



「言ってる事はよく分からんが、ようはあれだろ? お前らから攻撃される事に対して怖がる素振り、見せてたんだろ? ド素人の目なら相手が異性っつう事情もあって可愛く見えるかもしれんが、組織から見たら充分な人材なんだよ」

エルシオは再び、アイルーらしかぬ言葉遣いに反してやや可愛げな雰囲気を見せる小さな口を動かした。
まだ十何年しか生きていない人間の視点と、組織そのものを理解している者の視点この二つを比べるように、説明を施す。

「組織って……」

周辺に未だ広がっている炎の熱を携えた風がアビスの身体を突き抜ける。
青いジャケットをなびかせたその時に、ひょっとしたらこのままネーデルは永遠の闇に閉じ込められてしまうのかと小さく俯く。



「組織は場合によっちゃあ相手騙す必要もあるが、相手の心理を動かすってのはなかなか楽に行かせてくれねえ作業だ。だから外見だけで簡単に男どもの心奪えるような女のガキは重宝されるもんだ。特にその女はまさにそうだろ? そう言う奴は男が油断してる隙付いて、後ろから隠し持った武器で刺す手段を大抵してくるが、きっと武器隠し持ってるはずだぞ」

エルシオの説明は容赦の見せない中身で溢れている。
外見的な魅力と内面的な態度で男の心さえ動かしてしまえば、後は女側・・の思い通りになってしまうと口を動かし続けるが、
案外そこに間違いは存在しないのかもしれない。

何故なら……



――ミレイにとってネーデルはどんな存在であるかは分からないが……――



「エルシオさん、実はそい……じゃなくてネーデルだけど、実際に武器隠し持ってたんですよ。まああたしが即行奪い取ったんですけどね」

一瞬ネーデルを軽蔑する呼び名を見せるが、すぐに引っ込める。
そしてミレイは赤いジャケットの裏ポケット、即ちふところにしまっていたあの短剣を取り出し、エルシオへと見せ付ける。
さやも、刃も質素な鉄で作られた短剣であるが、それはエルシオの読みが正解していた事を意味する。

「やっぱり持ってたか。だけどそいつから奪い取ったのはなかなかと言っとくか。保持させ続けてたらホントに誰か殺されてただろうがな……」

嫌な予感が的中し、エルシオは最悪の事態を回避させてくれたミレイにそれなりの評価を下した後、
その短剣から放たれているであろうオーラに向かって何かしらの感情を飛ばす。



「っておいおいネコちゃんよぉ、ネーデルちゃんに殺意なんてある訳ねぇだろお前ちょいそれやめ――」
「お前はハッキリ言って隙だらけだ。今まで何年生きてきたつもりだ? いい歳した大人が状況も読まんでデレデレ女と歩いてていいと思ってんのか? 考えが浅い奴はいつか真面目にられるぞ?」

何と言われようと、テンブラーはネーデルを庇おうとどこか必死な様子を見せるものの、エルシオの前には無意味であるようだ。
逆に組織との関連性をまるで疑おうとしないテンブラーの精神を責め、
尚且つ年齢が既に子供の域を超えている事に対しても追求を続けている。

本当にテンブラーは殺される所だったのだろうか。



「やっぱきついネコちゃんだぜぇエルシオよぉ。お前にとっちゃあ疑い晴れてねぇかもしんねえけどなあ、俺は真面目にこの、信用してっからなあ。マジだぜ? 別にネーデルちゃんが理想的なヒロインナンバーワンの性格してっからとかじゃなくてだ、信用出来っから、だぜ? そこに詳しい理由なんて要らねぇだろ?」

ネーデルの事を自分なりに一番理解しているのはテンブラーだけであるようだ。
誰がなんと言ってこようと、テンブラーはそこだけは譲らないだろう。

「結局はそうやって自分の意見でゴリ押しか……。お前がそいつをどう捉えてるかは大体分かったが、事件が終わった後の取調べは免れんぞ? しっかりそいつには付き合ってもらう」

口調自体は落ち着いていながらも、テンブラーなりの考えや責任は持っているのだろう。
エルシオはそれを半ばしょうがなく、と言った感じで認めるも、ネーデルに対する取調べだけは諦める事はしなかった。



「けどお前、あんまし脅迫染みた事したら多分俺お前ん事――」



バスゥン!!



テンブラーを遮る、銃声……。



「おいお前ら、俺ん事忘れてねぇだろぉなあ? それにネーデル。もうお前もそいつらにまるで信用されてねぇんだよ。諦めて帰って来いよ? こっちで楽しんだ方・・・・・が楽だぜ?」

しばらく口を閉じていたノーザンだが、どうやらネーデルは他の者達のように信頼を受けていないと感じたようだ。
信用してくれない人間の隣にいても、いずれは切り捨てられてしまう可能性もあるのだから、
いさぎよく自分、即ち本当の意味での仲間の元へと帰ってくる事が最も効率的であると、拳銃を握っていない左手を差し出す。

「って危ねぇ仮面男だなぁ……。っつかどこ飛ばしたよ? 弾。そんでだ、ネーデルちゃんはもうお前の言う事なんか聞かねぇぜ? どっちが間違ってるかぐれえ分かってんだろうし、って言うよりもうこれ○×まるバツクイズより簡単じゃねぇかよ。ネーデルちゃんはそんな赤ん坊でも出来るような事理解出来ねぇ訳ねぇだろ」

偶然なのか、それとも相手の意図なのか、テンブラーや他の者に着弾する事は無かった。

そして、テンブラーは諦めを見せようとしないノーザンに対してまるで振り払うように左手を動かした。
ネーデルならば、どちらに従うのが最も適切であるかを分かっているはずなのだから、信じたい所である。



「兄さん……。悪いけど、わたしはもう戻らないから!」

テンブラーに全てを託したかのように、ネーデルは両拳を強く握り締め、
お世辞にも豊かとは言えない胸の前に持ち上げながら自分の気持ちを肉親に向かって解き放つ。

「お前まだ分かってねぇのか? そこいたってお前の自由なんかねぇんだよ。しつけぇ調査なんか受けてたら、お前仕舞いにゃあストレスで精神おかしくなんぜ? やめとけ、こっちが一番安全だぞ。兄の忠告はちゃんと聞けよ?」

妹の意見を聞かず、ノーザンは拳銃こそはネーデルへと向けていないものの、
拳銃を持った状態である事には変わりの無い右手を自分の方へとあおる。



「いいわよ! 別にいくら取り調べ受けたって、厳しい事されたり、言われたり、周りから嫌らしい目で見られてもわたしはもう構わないから……、兎に角わたしはもう絶対戻らない! あんな組織やってる事おかしすぎるもん!」

遂にしつこいノーザンに向かって、ネーデルはそのゆったりとした声を張り上げ、自分がどちらに信用を預けているかを明かす。
ここまで来れば、言葉だけでは動かなさそうである。

「よっしよし、よく言ったぞネーデルちゃん」



――テンブラーはゆっくりと拍手なんかをしながら、話を続ける――



「もうこれで分かったろそこの仮面の兄貴さんよぉ。こん中でもう一番信用ねぇのはネーデルちゃんじゃなくて、、だぜ? お前こそもうそろ諦めたらどうだ? ネーデルちゃん連れてくんじゃなくて、お前がもう連れてかれてしまえよ、エルシオどもになあ」

やはり、テンブラーの言うように既にノーザンの信用の方が最も深刻な状況であるはずだ。
ネーデルと比べるまでも無い。



――何だか場の空気が引き締まったかのようなこの場所で、エルシオは……――



「どうやら意見が纏まったようだな。ネーデルはもうお前の言いなりにはならんだろう。じゃあそろそろお前が孤立した所で、こっちの言う事聞いてもらうからなあ。おい、ボウガン装備の奴、そいつに向けていいぞ」

エルシオは小柄ながらも、周囲のアイルーと比べればずっと大きな身長を誇る人間達に勝るとも劣らない態度で、
最終行動に進むかのように赤い瞳でノーザンを睨みつける。

エルシオの合図と同時に、ボウガンを持っているスキッド、フューリシア、そしてギルモアが両腕に力を注ぐ。



「っておいおい何する気だよ……。一応こっちゃあ銃持ってんだぜ? 俺の機嫌損ねたら――」
「おいおいおいおいもうお前の下らん悪足掻わるあがきもう聞き飽きたっつの。お前は一人、こっちは遠距離三人いんだぜ? あ、因みに俺も入れたら四人になっちまうなあ!」

恐怖に身体を貫かれるノーザンを遮ったテンブラーは、自分も遠距離攻撃の手段がある事をふと思い出し、
紫のスーツの裏側に隠していた機関銃マシンガンを一丁、右手で取り出した。

それは、大分前まで酒場の中でバイオレットと死闘を繰り広げた武器である。ハンターが使わない、対人用武器だ。



「兎に角もうこんな詰まらんお話大会はもうめだ。いいから諦めて、ギルドんとこ行け! それが一番だぜ。もうちょいで太陽も上がってきちまうし、俺らも、お前ももう眠くて眠くてやべぇ状態だろ? 多分あんまこれ以上喋り続けてても無駄に疲れるだけだし、だからもう素直に取り調べ受け――」

















バスゥン!!
















――説得人テンブラーを黙らせた、銃声……――



それが鳴り響いたと言う事は、ノーザンが行動を起こしてしまった事を意味している。
しかし、その結末とはいかに……。

一瞬テンブラーは周囲の空間が低速スローテンポになったかのような錯覚に襲われるものの、
多少距離を置いていたネーデルの方へとふと目をやれば、その結末を容易く理解する事が出来た。



ηη 肩口だけが曝け出された特殊構造の水色で塗られた服装。

δδ 手首から二の腕の中間までを袖で覆い、肩口の魅力を妙に引き立たせている服装。

κκ だが、今は左の二の腕部分から血を流し……



             ? / Blood



χχ そうである。血を流しながら……

θθ 青髪少女ネーデルは背中から地面へと向かっている最中だ……

ωω 尚、少女が地面へと到着するまでの間は、まるで無音だ……



――地面へと到達すると同時に、止まっていた音と空間が動き出す……――










うぁあああぁあああああ!!!!

ネーデルは出血する左腕を、右手で強く押さえつけながら地面で苦しそうに叫んでいる。
押さえても、真っ赤な鮮血は右手の隙間を上手く見つけて流れ続ける。

「ネーデルちゃん! っててめぇ!」

腕から血を流すネーデルを心配するも、テンブラーの感情はすぐにノーザンの方向へと移る。
もうすぐ、テンブラーの機関銃マシンガンが火を噴く頃だろう。



――他のボウガン使い達の目つきも変わる――



「はははは〜! 俺の言う事聞かねぇからだぞこのあまぁ! ついでに、お前パンツ見えてんぞ! はっは〜はしたねぇ格好だぜぇ!」

ノーザンは自分の妹が銃弾によって出血しながら苦しんでいると言うのに、兄とは思えないような狂気の光景だ。
そして、スカート姿の相手にとっては相当な打撃的発言となるだろう最後の破廉恥はれんちまがいの発言によって……



――フローリックの眉間みけんしわが寄る……――



――地味にミレイも同じく……――



「アビス! カモン! ネーデルちゃんの保護頼む!」

テンブラーはアビスに向かって仕事をやや強引に押し付け、機関銃マシンガンを握る右手を決して下ろそうとしない。
もう既に決断は決まっていると言っても過言では無いのかもしれない。

「あ、う、うん……」

短く切り上げられたテンブラーのメッセージに、アビスは多少戸惑いながらも仰向けで倒れて苦しんでいるネーデルの傍らへと走り寄り、
異性に触れると言う意味で多少の恥じらいを覚えながらも優しく上体を両手で包み込むように持ち上げる。



「お前……マジいい加減――」

テンブラーもここの状況を考えると我慢の限界を超えている所だろう。
しかし、ノーザンのその状況も空気も意識しないメッセージがネーデルへと浴びせられる。



「油断してっから怪我すんだぞこの鈍間のろまがぁ! 庇ってもらう暇あんならさっさと脚閉じろやぁ!! それともそこ狙ってやっかぁ!?」

白い仮面の裏で卑猥ひわいな笑みを浮かべたまま、ネーデルに銃口マズルを向け続けながら面白げに罵声を飛ばす。

「……!」

アビスに上体を支えてもらっているネーデルは雪白の歯を痛みに食い縛らせながら、赤い瞳レッドアーツを震わせて自分の兄ノーザンを見る。
全身をほぼ痙攣けいれん状態にさせてしまう程の左腕の激痛に神経が集中し、服装がスカートであるとか、
脚を相手の視線に合わせて動かさなければならないとか、考えられなかったのかもしれない。



ノーザンは相変わらず自分の視線に合わせてそれなりの動きを見せようとしない
ネーデルの水色に染まった食い込み具合が実に生々しいそれ・・を凝視しながら、再び罵声を飛ばす。

「だから言ってんだろ!? パンツ見え――」



ダァン!!

ガキィン!!



銃声ボイスと、鉄同士の接触音ノイズ……



銃弾によって、ノーザンの拳銃が弾き飛ばされ、本当に彼は手持ち無沙汰ぶさたとなる。
だからこそ、反撃手段を失った事によって声までも失ってしまう。



――とうとう発砲したのだ。テンブラーによって……――



「なあ、お前に一個聞きてんだけどよぉ、お前『常識・・』ってもん知ってっかぁ? いや分かんねえから今みてぇな変態で卑猥ひわい猥褻わいせつな事平気でほざけんだよなぁ? 意味分かんねんだったら辞書でも何でも引いてこい。それとも『辞書・・』の意味自体知らねってか?」

機関銃マシンガン銃口マズルから煙を立たせながら、テンブラーはそのパナマ帽の下で笑顔をまるで見せず、
ノーザンのその人道から外れたような発言に対して抗言する。

そして、次発砲された時はノーザンの得物、では無く、ノーザン自身へと命中する事だろう。

「常識……かぁ。んなもんガキでも知ってんだぜ? 俺が知らねえ訳ねぇだろ。それに、ネーデルそいつは言われた事も出来てねぇから指導してるだけだぜ? 妹の分際で俺に意見しやがってなあ、それに、いちいち外野が兄妹ん事に口出しすんじゃねぇよ」

家族の話に他者が口出しをするのは御節介おせっかいな話なのかもしれない。
だから、ノーザンは自分以外の人間がネーデルに関わってくるのを許せないのだろう。

だが、ノーザンの行為は街全体に及んでいるのだから、もう二人だけの関係とは言えないのだが。



――再びノーザンは口を開くが……――



「だからネーデル言ってんだろぉ? パンツ見えて――」



――その時、テンブラーの隣を通り過ぎるとある何かが……――



黄土色の武具を纏った物々しい姿の男だが、何度か放たれたノーザンの問題発言を吹き飛ばすかのように
走り出したようにも見えたのは気のせいだろうか。
いや、きっと気のせいなんかでは無いだろう。



「あぁ?」

ネーデルのとある部分・・・・・ばかりに気を取られていたノーザンの目の前に映ったのは、
非常に強く握られた一つの拳……

一体それが何を意味するのか、気付くのが遅すぎた……



「ざけんじゃ……」



――それは、フローリックの怒りの見えた声であり……――



ねぇぞぉおおお!!!

怒号と同時に、その拳がノーザンの顔面に命中ヒット……



う゛おぁあ゛ぇえ゛えあぁあ゛ああ!!!

まるで仮面の強度さえも無視したようなその重たい拳を真っ直ぐと顔面で受け止めたノーザンは
はっきりとした声すら飛ばせずに、拳の力に従って殴り飛ばされる。



その白い仮面がフローリックの腕力に耐えられなかったのか、男が宙を進んでいる最中に欠片となり、
そしてそれは四方八方に情けなく飛び散る。

ノーザンが地面へと到着するも、そのノーザンはすぐに上体を持ち上げ……



――遂にその素顔をあらわにするが……――



「お前何が『妹の分際』、だよ? お前の妹だろうがぁ!? あぁ!? 怪我させるわヘンタイみてぇな事ほざくわマジただじゃ置かねぇぞお前!」

双角竜の甲殻で作られた非常に物々しい装備を纏ったフローリックは、
先ほどの拳によって鼻血まで流しているノーザンに向かって言い飛ばす。

血の繋がった存在をまるで道具のように、捨て駒のように扱うその態度が気に入らなかったはずだ。
しかし、どうして彼が『妹』と言う部分について深く言及するのだろうか。



「まっさかこいつ、妹持ちかぁ? まいいや、そんでお前さんよぉ、お前がやった事言った事、罪に置き変えたら傷害罪暴行罪猥褻わいせつ罪そん色々だぜ? ってかネーデルちゃん傷つけた時点でもうお前……」



――テンブラーの声色に突然濁りドスが混じり……――



凌遅刑りょうちけいぐれぇ決定してんだよヴォケェ……

決して怒鳴ったと言う訳では無いのだが、サングラスで目元は隠されていながらも、
機関銃マシンガンを常に右手だけで構えているその様子から、フローリックにも劣らない迫力を感じ取れる。

その刑は、本来は罪人の肉体を徐々に切り落として時間をかけた上で死に導く刑なのだが、
テンブラーにとってはネーデルに攻撃、そして破廉恥はれんちな罵声がその刑が最も相応しいと捉えたのだ。



「はぁ……はぁ……」

アビスに支えられて多少気持ちは落ち着いているのだろうが、それでも軽く額に脂汗を浮かべ、
ネーデルは雪白の歯を映しながら荒く呼吸を続けている。

物理的に感じれば熱を確実に持っているであろうその息が冷たそうに見えてしまうのが何とも健気けなげだ。

そんな状況で、ジェイソンがネーデルの出血した腕を縛る為に、とある布切れを持って彼女に近づいている姿も見えた。



「て……てめぇ……ら……。マジで……殺す……気……か? 組織ん事……知りてぇ……んじゃねぇのか?」

鼻血が出る程の力で顔面を殴られたノーザンは激痛で、その実の妹と比べるとお世辞にも美形とは言えない厳つい容姿を歪ませ、
命を奪われる危険を少しでも減らそうと、何とか男二人に向かって言い返す。



「ああそうだねぇ、メッチャクチャ知りてぇよ、当ったり前だろうよぉ。でもお前じゃなくても教えてくれる人ならいるしなあ。お前だったら渋ったり嘘ほざいたりしそうだし」

しかし、テンブラーにとっては情報源は他にも存在するらしく、実質的にはそちらを頼ろうと考えている。
わざとらしく機関銃マシンガンの銃口をノーザンの額に近づけながら口元を緩める。

「まあネーデルも100%ヒャクパー信用出来るって訳でもねぇが、お前とはもう比べるまでもねぇだろ。なんか今までの言動見たらお前よりはずっと素直そうだし」

直接背中の鬼神斬破刀に供えられているに手を添えている訳では無いが、
完全にノーザンの信用を無視したそのフローリックの態度はいつ太刀が抜かれてもおかしくない雰囲気である。



「っておいおいフローリック、お前さっきネーデルん事結構疑ってなかったかぁ?」

ネーデルに対する態度が最初と現在で異なっていたのだから、テンブラーはそれに対して質問なんか投げかけるも、

「状況変わっただろ? そんだけだって」

一言に限りなく近い短文で返答する。



「さてと、そんじゃそろそろお前にフィニッシュでもくれてやっとすっかあ。ネーデルちゃんも心配だし。そんじゃ、そろそろ……」

テンブラーはここであまり長いやりとりをしようとは思わなかったのか、
それとも単に面倒な事が再発してしまう事をけたのか、意味ありげな言葉を飛ばし……



――いきなり右手を持ち上げながら……――



「お前らぁカモォン!!」



一体どこに呼びかけているのか、ノーザンの目の前で、まるで周囲の空間にひっそりと仲間が隠れているかのように
そんなどこか格好をつけた行動を取り始めたのだ。

テンブラーの思考には何が眠っているのだろうか。



――すると、周辺がどこか騒がしくなり……――



無数とも呼べるその足音が意味するものは、やはり援軍そのものだったのだ。
迷彩柄の軍服、そして片手で持つにしてはあまりにも大型な突撃銃アサルトライフルである。

そして緑のベレー帽を被った兵士達がノーザンを取り囲む。
他のテンブラーの仲間達もどこかその兵士達に囲まれる形となるが、あくまでも狙われているのはノーザンだけだ。



「って、なんだこいつら……」

武器も弾き飛ばされてしまったノーザンは四方八方から向けられた銃口マズルに、固まるしか無かったようだ。



――そして、いかにもリーダーらしき体格の男がテンブラーの隣に近寄り……――



「テンブラー、こんな感じでオッケーか?」

多少太ったような体格ながらも、それが殆ど全て筋肉と化したような風貌を与える
短めのダークブラウンの頭髪の男は突撃銃アサルトライフルを両手でノーザンに向けて構えたまま、返答を待つ。

「ああ、バッチシだぜ。後はこいつの連行と、俺らの軽い休息じゃね?」

テンブラーも機関銃マシンガンと言う得物をそのリーダーらしき男と一緒に構えながら、小さく頷いた。



(ってかこいつ軍隊と仲良しだったのかぁ……)

周囲にいる他のハンターでは無い兵士達と、それらを指揮するであろうリーダー格の男を横目で確認しながら、
フローリックは随分と派手な仲間を持っているのだと、テンブラーに対して何かしらの興味を覚える。
























――『祭』ハタダ今ヲ持ッテ、破壊サレマシタ――

ソレ以上ノ意味ヲ持つ事ハアリマセン。
ソノママノ意味デ捉エテ下サイ。

シカシ、『祭』ガ終了ヲ迎エタカラト言ッテ、ソレデ全テガ終ワッタと思ッタラ大間違イナノデス。

貴方ハ理解シテイマスカ? 分カッテイマスカ? 確認ハシテイマスカ?
コノ惨劇ノ中デ、一体ドレダケノ人々ガ苦シミ、痛ミ、悲シミ、コノ世ニ別レヲ告ゲタノカ、分カッテイルノデスカ?
ココマデ来タ貴方ガ、ソレニ気付カナイハズガ無イデショウ!!

ダカラ、コノオ話ハ、コレデ終ワリデハ無イハズデス。
寧ロ、コレカラガ始マリト言ッテモ過言デハ無イ。

荒レタ街デスルベキ事、ソレハ、後始末ナノデス。
ソコデ、マタ彼ラハ驚キ、悲シミ、苦シミ、ソシテキット、涙マデモ見セテクレマス。
凶悪ナ『祭』ハ、徹底的ニ殲滅サセナケレバイケナイノデス! イヤ、イケナイノダ!!

ハカイダ!! ハカイだ!!! ハかイダ!!!! はかイダ!!!!!

情ケ容赦、全ク必要無イ!! 罪ノ無イ人々マデモ巻キ添エニスルデハナイ!!
オレノカノジョマデマキゾエニシヤガッテ!! ミナゴロシニシテヤル!! カクゴヲキメロ!! ジュウザイニンメ!!










――◆◆≪滅失のセレナーデ……/I going to revenge you……≫◆◆――

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