「……あぁ、勿論だぜ。お前は厄介もんだから……」

 自分に染み込んでいる恐怖を無理矢理に打ち砕く為なのか、無理に格好を付けたように嫌らしい笑みを作り、両目を左右に動かして部下を確認し始める。

 確かに盗賊は怖がっているのかもしれないが、その言葉から把握する事の出来るものは、スパンボルに疑問符を立たせてくれる。

「?」

 深紅の眼を微少に細めながら、じっと盗賊を見続けていたスパンボルであるが、そのひれのような耳は、周囲の変化を音という形で察知していた事だろう。まるで全てを悟っているかのように、取り乱す真似もせずに平然とし続けている。



――いや、盗賊の銃を見つめていたのだが……――



「てめぇには消えてもらうぜぇ!! お前らぁ!!」

 突然盗賊は、失い始めていた威厳を取り戻す為なのか、大声を上げると同時に天井に向かって一発無駄な一発を発砲し、他の部下達に襲わせるように言動と雰囲気で命令を飛ばす。

 数さえいれば1人の亜人くらいならば軽々と始末する事が出来ると考えたに違いない。

「オッケェ!!」
「死ねやぁ!!」
「うらぁあ!!」


 待ってましたと言わんばかりに周囲の大型銃を持った盗賊達が一斉にスパンボルに銃口を向け、その目には悦楽と殺意を存分に溜め込みながらスパンボルを鋭く捉える。

 始めの一発が銃口から放たれ……



ズドォン!!



「ゴミが……」

 自分自身に頭部に向けて放たれた銃弾を、反射的にか、それとも実際に眼で判断してそれから脳に信号を送り届けたのか、右へ流れるように回避し、右手を左の脇腹辺りへと埋め込む。



――その行動が、一種の超常現象を引き起こし……――



 その脇腹に隠した右手の内部では、まるで小規模の強風でも吹き荒れるかのような状態に変わっていく。

 手元に集められた風は、まるで球体を作り上げるかの如く、いや、もう既に球体そのものが出来上がっていたのである。風の色は白であり、言うならば、白の球体とでも表現しておくとしようか。

 隠した手元の中で作り上げた風の武器を、すぐに実行の為に発動させる。



――球体のままで投げつけるのではなく……――



 まるで刃物でも投げつけるかのように、右手を横薙ぎに払う。それは、刃状に変形させた風の力を巧みに活用した事を意味し、透明にも近いその遠投武器は、的確に今スパンボルを銃殺しようとした3人の頭部へと飛ばされたのだ。



「う゛ぅっ……」
「あう゛っ……」
「ヴぁあ゛……」

 それは一瞬の出来事であり、次の銃弾を発射しようとした瞬間、風の力とは思えない貫通力が盗賊達の頭部目掛けて発揮されたのである。

 スパンボルの右手から投げ出された風の刃は、ハンターズギルドの閉鎖された空間で、瞬時に3人の盗賊を黙らせ、短い悲鳴と共に沈めたのである。

 決して周囲に対する注意を忘れなかったスパンボルであるが、不満足そうに右腕をゆっくりと下ろすが、周囲で縛り上げられているハンター達は兎も角、他の盗賊達の驚いた顔付きを把握している上で、深紅の眼を細める。



「弱すぎるな……」

 血に餓えた盗賊達であれば、同族が殺された恨みから、実力も力量もかなぐり捨てて襲い掛かってくる事だろう。しかし、スパンボルの周りから襲い掛かってくる盗賊は、いなかった。

 恐らく、盗賊達のその個別に分かれている視点によっては、スパンボルが一体何をしたのかすら不明のままでいる者もいるかもしれない。風を作り出し、それを放った、と言えばそれまでであるが、実際にそれを言われなければ理解と納得が出来ない者だっているのは確かである。

「な、なんだこいつ……! お前らもやれぇ!!」

 部下をあっさりと殺されてしまい、徐々にスパンボルの恐ろしさや本性を知ってきた盗賊の長の男は、懐に隠し持っていた短剣を持ち出し、それを振り回しながら、まだ残っている部下達に、敵わぬ事を心のどこかで理解し始めながらも命令を飛ばす。

 きっと、次は自分が殺されるのかと考え、自分自身を護る事で精一杯なのかもしれない。

 逆に、部下の命はどうでも良かったのだろうか?



――威厳と資質を失ったそのおさに、一瞬呆れさえ覚え……――



「無駄な命令を出す時点で……」

 横から大きな刀を持った盗賊が襲い掛かってきている事は既に分かっている。後数秒もすれば、尖った刃がそのままスパンボルの赤い鱗を斬り落とす事になるだろう。

 だが、スパンボルにとって、自分に斬撃をさせる事を命令した事自体を間違いとして捉えているようである。盗賊の長が出した決断は、能無しが出すに相応しい情けないものだったのだ。



 大して力を込めずに左手を握り締め、一応は自分自身を護る為に、自分の肉体を信用するのである。

 いくら相手が弱くても、黙って刃物を身体で受け止める訳にはいかないのだから、反撃をしないのは愚かである。



「この賊も終わりだなぁ!!」

 スパンボルの深紅の双眸に映り込んでいた盗賊及び、その刀であるが、スパンボルはその刀を破壊対象として左手を大きく開く。

 爪が備わっているのは、対象を斬り刻む為であり、本来であれば回避するか、もっと防御面で信頼出来る武具で受け止めるかするであろう刀に向かって、爪で薙いだのだ。

 爪と刃がぶつかり合い、強度と鋭さでまさっていたであろうスパンボルの爪は、盗賊の刀をほぼ力尽くで割ってしまったのだ。割ったからと言って爪の勢いは収まらず、そのまま盗賊の胴体にまで辿り着いてしまう。

 それはつまり、刀をも斬り壊した上で、胴体までも斬り裂き、一瞬で盗賊を殺害してしまった事を意味しているのだ。



――他の3人にも、未来は無かった……――



「なんだよ……こいつ……。どうしよもねぇ……じゃねぇかよ……」

 これだけを言っている間に、もう3人の刀を持った盗賊がスパンボルによって始末されてしまったのだ。

 盗賊の長は、もう普通にやり合って勝てる相手では無いと確実に理解した事である。だが、他の仲間達もすっかり戦意を喪失させており、一般的に連想されるような戦いとか、ぶつかり合いが実行されるような状況ではなかったのだ。

 もう、一方的にどちらが強くて、どちらが弱いのかが決まってしまっているようなものであるから、強弱の差を理解した者であれば、無謀にも突っ込んだりなんてするはずが無いのだ。

「きっとお前達に襲われた者達は今のお前と同じ感想を持ってたんだろうなぁ。いい機会だっただろう? おれ達が来た事が」

 ほぼ、必要最低限の攻撃だけで盗賊数人をあやめたスパンボルは、自分の爪にこびり付いた盗賊の返り血を大雑把に払い落としながら、身体を真正面には向けずにその竜のように長い口元をにやつかせる。

 盗賊達は、今まで自分達がしてきた事に対する報いを、今ここで受けていると考えて間違いは無い。しかし、スパンボルも社会の安全や秩序を求める行政機関の者であると断定する事は出来ない。そもそもこのような、魚人の外見を持った者が、盗賊達を殲滅させようと考えている時点であまりにも奇妙な光景である。



「く……来んじゃねぇよ!! お、お前一人のせいで……俺らが潰されたりでもしたら……そ、そうだ、てめぇちょっと来い!!」

 まだ盗賊は残っているものの、長の男は部下達に命令を出す判断力さえも失ってしまったようである。今までの強奪で築き上げてきたその威厳や権威は、震え上がる身体からどんどん零れ落ちている。

 本来であれば、狡猾ながらも優れた知恵を使い、たった1人しかいない亜人さえも始末する事が出来ただろう。だが、長の男は、弱者が取るような行為に走り、少しでも自分だけが助かる確率を上げようと必死になり始めるのだ。



――横にいた女性ハンターを無理矢理引っ張り立たせ……――



「嫌っ……! 何よ!?」

 両膝が立たされながら状態で地べたに座らされていた女性は、盗賊の長に喉元を保護する淡い赤のプロテクターを掴まれ、無理矢理に立ち上がらされたのである。元々縄で縛られていた為に、バランスを保ちながら立ち上がるのは厳しかったようである。

 それでも最終的には、男の腕によって完全に立たされ、そして引き寄せられてしまうのだが。

 赤と桃色をベースとした武具で、胴体部分はそのベースとされた竜の鱗で護られており、両肩には、竜の爪が装飾品のように備え付けられており、同時に強固な箇所としても貢献しているのである。

 そして、二の腕及び、短い白のスカートから伸びている太腿は露出されており、武具でありながらも、束縛感の薄さや身軽さも想像させてくれる作りである。

 だが、盗賊の長に引き寄せられるなり、ナイフを首元に突きつけられたのである。女性が持っている灰色の瞳には、恐怖が映り込む。



――しかし、スパンボルは全くの別であり……――



「何のつもりだ?」

 一瞬口から笑いなんかを零しながら、ナイフを突き付けられている女性も一緒に眼中に入れ、そして盗賊に向かって呆れたように問い質す。

 恐らくは、もう少し凶暴な盗賊らしい事でもしてくれるのかと一種の期待でもしていたのだろうが、それは叶わなかったようだ。

「く……来んじゃねぇぞ! もし……来たらこいつの事……こ、殺すぞ……!」

 必死な姿だけは悪い方向で評価されているかもしれないのがこの盗賊の長である。

 自分以外の人間を巻き込む事で、敵対する相手の腕を鈍らせようとしたのかもしれない。実質的にスパンボルの狙っているのは盗賊であり、他のハンターではないのだから、無関係な相手を傷付けてしまうのは恐らくはスパンボルのプライドに関わる行為になるのかもしれない。

 ナイフの切っ先がじっと、少女の首元間近でたたずんでいる。



「やっぱり……お前はまた最初から人生やり直した方が身の為かもしれないな。おれとえんの無い奴を人質に取って、思い通りに事が走ると思うのか?」

 スパンボルにとっては、人質とされたハンターの少女は興味の無い人物である事に間違いは無い。震えて声の出なくなった少女には興味を覚えず、盗賊の弱々しい姑息な手段を過小評価している。

 人質さえ取れば自分に絶対的な有利が舞い降りてくれると思い込んでいる盗賊に対し、思わず溜息さえ漏らしてしまう。もし人質の存在によって、自分より強い相手に勝つ事が出来るなら、誰でも迷わずその手段を使うだろう。しかし、スパンボルがその選択肢をしなかったのは、盗賊とは違うからである。

「な、何だって!? お前言ってただろ? 武力行使は嫌いだってなぁ。お前のやり方次第じゃあ関係ねぇ犠牲者だって出る事になんだぜ?」

 盗賊は、相手の些細な言い分を武器に、その相手の言っていた事をわざと失敗させてやろうと企んでいるのかもしれない。相手にとって予想外の障害を作り出し、相手が本来求めていなかった結果を無理矢理に出させる事で、盗賊の小さな欲求が満たされるのだろう。

 まるで自分の所有するナイフ1つで、人質及び、スパンボルの運命を操る事が出来ると勘違いしているかのようだ。



「そこで強気になる時点でお前は間違ってるって気付かないのか? おれにとって、無関係な奴は殺すつもりなんて無いが、わざわざ助けるつもりも無いからな」

 自分自身の実力で相手を陥れているなら兎も角、盗賊の男は他者、つまりは自分を護る為の即席の盾を使い、自分の強さを偽って表現しているのだから、スパンボルは盗賊として相手をもう見ていないだろう。

 姑息な手段に利用されてしまった不幸な少女は、ただスパンボルに無視されるだけの存在と化してしまうのだろうか。

「へ……へっ! やっぱりそうかぁ? こいつも巻き添えにするって訳かぁ?」

 まるで安心でもし切ったかのように、盗賊の長はスパンボルの最終的な決断を自分勝手に読み取り、卑下でもするかのように無理に笑い出す。

 笑った反動でナイフの切っ先が少女の首元を貫通してしまわないか心配である。



「一応伝えとくが、おれにはもう1人仲間がいてな、お前はそいつを見る事は無いだろう。単純な自己防衛しか出来ない奴は、ゆっくりあの世にでも逝くがいい。おれはもう何も言うつもりは無いからな」

 今はスパンボル単独の状態で、ギルドの受付ホールにいる訳であるが、縛られているハンター達であれば、スパンボルの隣にもう1人、仲間がいた事を見ていたはずだ。しかし、盗賊達が攻め込んだ際に1人は跳躍で姿を消してしまった為、盗賊達にとってはその存在を知られていないという事になるのだろう。

 一瞬、スパンボルの視点が天井付近に向けられた。

「なっ……」

 たった数分程度のやり取りの中で、簡単に自分の部下達を殺されてしまい、そこでようやく盗賊の長はスパンボルの実力を認めてしまったのだろうか。

 相手が強い事に加え、次はどこから攻め込まれるのかさえ予測も立てる事が出来ず、盗賊の長はハンターの少女を押さえ付けたまま、全く動けなくなってしまう。



「ガルシーク、遊んでやれ」

 恐らくはスパンボルの相方となる存在の名前だろう。

 スパンボルはじっと、哀れな盗賊の長を深紅の両眼で見つめながら、相方に1つの指令を差し出した。



――だが、盗賊の周囲には、それらしき姿が見えず……――



――だとすれば、天井にアングルが向けられるべきなのだろうか?――



――ゆっくりと、アングルが盗賊と少女の真下へと移動していくが……――



――注目すべき点は、どこなのだろうか?――



――折角真下だから、注目でもしてみるのかい?――



――赤と白の縞々を真下から見れたら嬉しいかい?――



――武具でありながら、白のスカートであるからそれも原因であるが……――



――違う! もっと上だ!――



 真下にアングルが進み、これが映像であるならば、少女の両脚の間ばかりを眺めてしまうのだろうか。しかし、もっと上の場所に意識する事によって、新たな発見、いや、恐怖を得る事が出来るのかもしれない。

 少女の脚の間なんか眺めずに、天井を注目すべきなのだ……



ζω 天井に潜む悪魔とは…… / BLUE DEMON ωζ

?.青い身体を、天井にぶら下げており……

?.まるで鮫を思わせる口の周りは白いが……

?.銀色の奇妙な双眸のすぐ下で……

?.口を4つに開き、まるで食人花のように真下を迎えており……

?.ゆっくり、ゆっくりと捕食対象へと降りてゆき……

?.妙に細い両腕も広げている事で、全体的に大きさをアピールしている……



「な……何があんだ――!!」

 天井に潜む悪魔を、まだ盗賊は察知していないのだ。ずっと、スパンボルの横から現れるものだと思い込んでいたが、それが大きな間違いだったのだ。

 頭上に何か違和感を覚えた時には、もう手遅れであった。

 視界が真っ暗になると同時に、首の周囲に激しい痛みを覚え、胴体が持ち上げられたのである。胴体を持ち上げられた盗賊の男は、その時に始めて激痛と同時に、見えなかった恐怖にようやく気付いたのである。

 やがて、その時を受け止める時間がやってきた……

「うわっ……うあぁああああ!!!!



υυ 4つに開いた口が……

  κκ 盗賊の頭部を優しく包み込む……

εε しかし、噛み付く力は凄まじく……

  ωω 盗賊1人を軽々と天井へとさらってしまい……



――■■ 魚人によって、周囲が真っ赤に染められる…… / GULLSEAK’S CENTURY □□――

まるで削岩装置サファイアミキサーのように盗賊を噛み潰し、やがて悲鳴さえも停止する。
天井から床へ、盗賊の鮮血シーフズレッドが垂れ続け、床を赤に塗っていく。

赤い魚人スパンボルと比較すれば、殺した数も少ないし、騒がしさも無かったかもしれない。
しかし、青い魚人ガルシークは天井から奇襲を静かにかけ、黙らせたのだ。
誰にも邪魔をさせるつもりは無い。天井で相手の生き血ライフジュースすする事が出来れば、それが喜びだ。

ガルシークの銀に煌く謎の両眼が、きっとそう語っているに違いない。

スパンボルは深紅の両眼で、じっと相方の一連の捕食活動を黙って見続けていた。



(小癪な連中だったな……)





*** ***





 恐らく、ダンダリアンタウンからそう距離は離れていないであろう上空に、物々しい銀色の鱗で包まれた翼竜の姿があった。青の眼は上空の世界を真っ直ぐ捉え、灰色の翼膜が翼竜自身の巨体を空の上で維持させ続けている。

 一体どこに向かっているのだろうか。それは恐らく、翼竜にしか分からないのかもしれないし、その上に乗っている3体にしか分からないのかもしれない。

 その3体の中には、赤い魚人こと、スパンボルの姿もあり、もう既に黒のフードはそこには無かった。代わりに、黒に近い青のクオーターパンツを着用しており、銀色のチェーンをサスペンダーのように、肩にかけている。

 赤に包まれた胴体に反し、灰色の腹部がまた違う印象を覚えさせてくれる。

「では、ディファードの奪還が完了したので、これより帰還します」

 スパンボルの爪が生えた右手に持たれていたのは、黒い四角形の不思議な機械であった。それに向かって、スパンボルは何者かに伝えたのである。一般社会では見かけない謎の道具である。



「あぁ疲れたんだよなぁ〜。お前ら来るの遅過ぎだし〜」

 スパンボルの隣では、赤色の三つ編みの髪を持った少女が偉そうに仰向けになっており、両腕を頭の後ろに回して枕のようにしている。寝ているような体勢で、偉そうに文句を垂れ続けている。

 青い瞳は、もし生意気そうに細めてさえいなければ、その歳相応の可愛らしさが現れていたかもしれないが、少なくとも今は純粋な可愛らしさを見出す事は出来ない。

 纏っている服装も、肌の露出が多く、上半身は袖無し≪ノースリーブ≫の漆黒の服を着ており、腹部も直接曝け出されている。

 曝け出された細い腹部の下も、同じく漆黒のスカートであるが、その下からは白の短パンのようなものが太腿から膝を覆っており、食み出ており、不測の事態に備えたかのような服装をしているようにも感じ取れる。

 指の出た紺色の手袋を装着しており、露出している二の腕の内、左腕の方には真っ赤な文字で『KILL YOU』と刺青≪タトゥー≫が掘られている。幼さの中には、また異なった思考や世界観がそこにあるのかもしれない。



「連中に捕まるようなヘマをしてたのはお前だろ? 偉そうな事言いやがって」

 腰を下ろしているスパンボルは、深紅の両眼で隣にいる少女こと、ディファードを見ながらそう言った。

「しょうがねえだろう? 折角一角獣見つけたって言うのに、いきなり後ろから奴らが来たんだよ」

 やや吊り上っている青い瞳で、ディファードと言う名前を持つ少女は、スパンボルと目を合わせているが、その態度は少女の歳相応のものとはあまり思えない。

 見下した、というよりは自己主張が非常に強く、相手から何かを言われたとしても決して相手の意見を受け入れないような、そんな頑固な性格さえ見て取れる少女である。

 そして、明らかに人間とは形が異なり、尚且つ人間を簡単に殺める事が出来る魚人2人がいて怖いとは思わないのだろうか。



「希少な生物の周りは警備が厳重だって事も分からんのか?」

 既にディファードを分かり切っているからか、スパンボルはその少女の態度に対していちいち詰責するような事もせず、捕まってしまう原因を作り出した事に対してだけ、言及する。

「出来ると思ったんだよ! その時は周りに誰もいなかったし、麻酔針も何本か刺してやったんだけど、ギルドが邪魔してきたから――」

 ディファードは上体を持ち上げ、失態を突いてくるスパンボルに反論する。結果は失敗に終わっていたものの、それでも途中経過だけでも認めてもらいたかったのだろう。悪いのは自分の失態ではなく、ギルドの介入だと言い張り続けるのだ。



――言い切る前に、ガルシークの低い声が……――



「奴らの気配を感じた」

 スパンボルとディファードは、翼竜の背中に位置していたのに対し、ガルシークは翼竜の尻尾の付け根位置に立っており、ずっと後方を鋭い銀の眼で見続けていたのである。まるで監視役のような役割を負っていたようにも見えるが、決して自分からその役割に対して手を挙げて担当した訳ではないだろう。

 2人に背中を向けたまま、淡々とした低い声で、ゆっくりと今感じた事をそのまま伝えた。



「ん? ガルシーク、なんか言ったか?」

 突然口を挟まれたからか、よく聞き取る事の出来なかったスパンボルは、背後を振り向き、普段は殆ど口を動かす事の無い仲間の魚人の話を更に詳しく聞こうと試みる。

「気付かなかったのか? ネーデルを匿≪かくま≫ってるあいつらが近くにいる」

 感情の篭らない低い声を使い、ガルシークは並の者が把握する事の出来ない何かを感じ取った事を説明する。まるで感情が感じられなかったものの、その内部ではきっと、その気配を察知する事が出来なかった2人を不思議に思っていた可能性さえある。



「確か本部のデータに入ってたあの7人の事だな。以前のアーカサスの時も戦ってたって聞いてるし、バルディッシュやゼーランディアも奴らと戦ったって言ってたからなぁ」

 一度スパンボルは青く澄んだ空を見上げた後、既に名前を確認されているのであろう7人の顔を思い浮かべる。一体そこにはどのような顔が浮かんでいるのだろうか。直接名前を口に出そうとは思わなかったらしい。きっと、名前程度であれば、既に本部の者達全員に伝わっているのだろう。

「そういえばネーデルが逃げ回ってるって話も入ってたけど、こっちは動かなくていいのか? 正直あいつがなんでいきなり組織抜け出したかわたし聞いてみたいんだけどなぁ」

 細身の青い身体を持つガルシークは、まるでゆっくりと相手に恐怖でも与えるかのように、ゆっくりスパンボルの隣に歩み寄っていく。決してスパンボルに手を出そうとするつもりでは無いのだろうが、銀色の奇妙過ぎる眼や、鮫のように前後に広い口や、背中から生えている赤くて長い触手、それら全てに殺意が篭っており、もし純粋にその場が戦場であれば、それら全てが凶悪な牙となり、敵対者を震え上がらせるのだろう。



「いい。おれ達は別の任務があるから、ネーデルの件は他の奴らに任せとけ。それに理由とか聞くにしても、おれ達の組織と、ネーデルの考えが合わないとかその程度のもんだろう。それに所属も違う奴をいちいち気にする必要も無いだろ?」

 一瞥し、スパンボルは再び翼竜が直進している方向に視線を戻す。自分の任務以外の話題には興味を持つつもりが無いようである。

「あっさり言っちゃうんだなぁお前は。結構ネーデルもいい奴だったんだけどな〜」

 一度スパンボルに反発する為に、寝ていた状態から上体を持ち上げていたディファードは、もう身体を寝かせるような真似をしていなかったのだ。

 立てた右膝の上に顎を乗せながらディファードはその任務に忠実な赤い魚人に対し、ぶっきら棒な態度で言った。



「あいつらは殺すのか? オレが手配してる奴を仕向けるのが手っ取り早いぞ? ワールウィンドでも行かせ――」
「いや、いい。今回はそこまでしなくても充分だ。おれ達がここに来たのだって、このバカを連れ戻す為だったんだからな」

 腕は胴体と同じく青い色をしているが、肘から腕にかけてはまるで変色でもしたかのように紫に染まっており、奇妙に細い5本の指を黄色に染まった胸部の前で、ゆっくりと握り締める。

 1つの提案を出そうとしたが、スパンボルにあっさりと却下されてしまう。予定外の行動を組み込むつもりは無いらしく、面倒そうにディファードの横顔を睨み付けた。元々言えば、全ては1人の少女が原因だったのである。

「うるせぇよ。バカって言うんじゃねえよ」

 外見が子供に等しい姿の少女に向かって放たれた、子供らしい響きのある侮辱言葉に苛々したのか、ディファードは自分で持つ可愛らしさを失わせる覚悟でも持ったかのように舌打ちをし、それでも内心では多少自分にも悪い何かがあった事を認めているかのようにそっぽを向いた。



「失言飛ばしてしまったか? まあお前がホントに目覚めた時は手がかからんで済むからいいんだけどな」

 機嫌を損ねたと察知したスパンボルは、ガルシークのように前後に広い口の間から微少な笑みを零したが、ディファードに隠された何かを思い出すなり、またいつものような任務に忠実な真顔へと戻っていた。

「お前が奴らに直接会ったら……殺すのか?」

 ガルシークにとっては、その本部に登録されている人間をただ殺せばいいとしか考えていないからか、スパンボルにも強制的に殺害を強要するような雰囲気を出しながら、そのように質問を投げかけている。

 もしガルシーク本人が、登録されている者達に出会えば、その場で処刑でも実行してしまうのだろうか。



「そうはしないだろう。ただ、話をしてみたいとは思ってるがな。お前やバイオレットみたいに殺しで解決するような真似なんかするつもりは無い」

 外見は人間ではないが、スパンボルの中には人間のような出来るだけ平和なままでいたいという感情さえも残っているのかもしれない。ギルドの内部では盗賊達をいとも簡単に仕留めていたが、案外相手の気持ちを知ろうと必死になっているような部分もあるようだ。

 しかし、どうしてそこで以前アーカサスの街を残虐に破壊した殺し屋の名前が出てきたのだろうか。

「綺麗事ばっか……か……」

 まるで話し合う事自体を否定するかのように、ガルシークの青い眉間に皺が寄っていく。細身からは想像も出来ないくら いに滲み出ている殺意にもまるで動じる様子の無いスパンボルやディファードも、また強固な精神力を持っていると言える。

 しかし、ガルシークはじっと、翼竜の下に映る森を見つめ続けていたのだ。まるで、自分が管理している刺客を送る事が出来なかった事に対して悔しさでも覚えているかのように。

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