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 町の端に位置する場所に、2本の木造のやぐらが建っている。太く頑丈な大木で作られており、非常に高い場所から遠方を監視する事の出来る存在として、役立っているだろう。隙間の無い柵と、同じく隙間の無い擂鉢すりばち状の屋根が、必要最低限の外部からの攻撃を防いでくれるようでもある。

 柵の上から普通に上半身を出せる上、そこから辺り一面を監視する事が出来る。町の外側は林で覆い尽くされており、その緑のせいで地面の様子を見るのはなかなか難しい。柱の下から延々と続く梯子はしごを登る事で、やぐらの頂上へと登る事が出来るのだ。

「お疲れ〜。2人とも特に異常とかは無かった?」

 コーチネルは梯子の最上部へと辿り着いたが、まだ梯子の先端に両手を付きながら、鉄で作られた鎧を着用した2人の兵士に訊ねている。副隊長であるから、目の前にいる2人はきっと部下に該当する者達なのだろう。

 

「あ、副隊長お疲れ様です。現在は特に異常はありません」
「同じく、異常はありませんでした」

 騎士としての誇りを持っているからか、礼儀を弁えた対応を見せ付けている。年齢的には若いものの、2人の男性は少しだけコーチネルより年上であるようにも見える。

「あ、そう? 良かった〜。さっきみたいにいきなり賊にでも襲われたらヤダからね〜」

 コーチネルは梯子を登り切りながら、そのまま呑気な喋り方で2人の監視役の兵士の間に入って行く。そしてそのまま向こうに見える林の景色を眺める。

 

「所で、副隊長は今まで何を……」

 2人の監視兵士はあまり副隊長とはあまり会話とかのような、仕事以外でのやり取りをしていないのか、気まずそうに兵士の1人が質問を投げかけている。今は仕事の最中であるから、このやぐらに到着する時間が遅かった事が気になっていたのだろう。

「え? あぁワタシね、あそこの喫茶店あるじゃん? 『ライク・ア・ライト』って店なんだけど、そこの店長からいくらかお金貰っててさ、それで演奏して客の呼び込みしてたの。あ、知らなかったっけ?」

 監視兵士達とは逆に、コーチネルは非常に堂々とした態度で、町の方を指差していた。そこに建てられていた喫茶店がその名前を持っているのだろうが、そこでコーチネルは別の仕事もしていたらしい。掛け持ちをしているとは、なかなか多忙な少女である。

 

「いえ、初耳ですが……」

 普段からコーチネルの下では動いていないからか、コーチネルの普段の活動を把握していなかったようだ。鉄のヘルムの下で、何故か気まずそうにゆっくりと頷いた。

「んで演奏の最中にね、知り合いと会っちゃってさぁ、それで喋ってたっけ時間が来ちゃったって訳なの!」

 後頭部から伸びている銀色のポニーテールが、横切った風で揺らされる。

 知り合いと出会えた事が嬉しかったのか、とても緊張感の伴った部隊内での仕事を共にしている相手に対する態度とは思えないそれを見せ付けながら成り行きを話したのである。いくら副隊長とは言っても、年齢には勝てないのかもしれない。

 

「ですが副隊長……。一応勤務中なので――」
「分かってる! 大丈夫だって。ちゃんと仕事のけじめは分かってるし、ワタシだってやる時はちゃんとやってるんだから。今は話をするってのも立派な仕事なんだからね」

 きっと監視兵の2人も、厳格な上官よりはマシだと思いながらも、仕事のけじめは付けて欲しいと願っているのだろう。立場の関係上そのおどおどしたような口調なのかもしれないが、コーチネルの返答はあまりにもさっぱりとしていた。

 部下に当たる人間から仕事を怠けていると思われたくないし、そして副隊長としての威厳も保ちたかった為か、笑顔をとことん含みながら親指まで立ててみせる。笑顔の強さで、少女の心境をそのまま表しているようだ。

 

「あ、そうだ、さっきみたいに賊とか来てなかったよねぇ? 最近何かと物騒になってるから警戒してよね」

 まだやぐらの上に登っていなかった時にひょっとしたら、とコーチネルはふと思い出し、注意を促した。だが、喋り方にもやや問題があるからか、緊張感がやや少ない。

 この時だけ、コーチネルの表情が真面目なものに変わったが、兵士達はその本当の気持ちを上手に受け止めてくれるのだろうか。しかし、どちらにしても賊と言う存在が一般社会にとって破壊的なイメージばかりを与えている事に間違いは無いはずだ。

「はい、あの騒動以来、特に怪しい者の姿はありませんでした」

 流石にギルド内で発生したあのガヌロン盗賊団の話は行き届いていたようである。

 しかし、その騒ぎの後に大きな問題とかは特に発生していなかったと、兵士は答えている。その為、兵士達はある意味暇な時間を過ごし、そして同時に平和な時も過ごしていたのである。

 

「そう? だったらいいけど。ってか監視の仕事ってさぁ、すっごい暇じゃない?」

 見張りの仕事に嫌気でもさしてきたのか、コーチネルは柵にだらしなく寄りかかりながら、なんと、座り込み始めたのである。座れば当然のように外の様子なんか見えなくなってしまうが、どうせ誰も侵入はしてこないだろうと過信しているに違いない。

 本当に来るのかどうかも分からない相手を待つだけの仕事が精神的に辛くなってきたのかもしれない。きっと、監視の仕事を毎日続けている者の気持ちなんか分かっていないだろう。

「そう、ですか?」

 仕事に文句とかを言う精神が理解出来ないのかもしれないが、兵士の男はコーチネルの緩さやその他の考え方等を総括した上で、苦笑を浮かべてしまう。

 

「そうじゃ〜ん! だってさぁ、ず〜っと眺めてるだけだからさ〜、絶対暇じゃ〜ん? 2人体制だったら暇潰しに喋ったりも出来るけど、1人だったら絶対苦痛じゃないの?」

 きっとコーチネルは黙って何かを見つめている仕事よりも、身体を動かす仕事の方が好きなのだろう。黙っていて時間を過ごすくらいであれば、多少疲れが身体に残るくらいの方が丁度良いのである。

 もし彼女が単独で監視役を頼まれたりしたら、どのようにして暇に該当する時間を殺していくのだろうか。ある意味、地獄に堕とされたような時間を過ごすのかもしれない。

「いえ、私達は町を護る使命があるので……」

 人々が住む場所を護衛するという役割が、きっと兵士達に力を分け与えているのだろう。その責任の重さは、暇だとか、だるいとかの戯言を吐く余裕すら作らないのだ。

 

「まあ一番いいのはなんにも起こんない事なんだけどね。でもただこうやってぼ〜っとしてても監視って仕事してる自体もう給与も入ってる訳だし、ストレスに強い人だったら一番楽な仕事なんだろうね〜」

 屋根と柵の間から映る空を器用に見上げながら、コーチネルは本当に平和になった世界を思い浮かべて見る。その淡い赤の鱗とかで精製されている鎧を見れば、自分の仕事が決して安全ではない事を物語っているが、腕を覆っているアームガードの間から映っている素肌の肩口や、ブーツの上から伸びている太腿とかの露出具合は、武具によって完全に重量さえも犠牲にしようという意図ではないように見えている。

 それでも仕事は仕事であるから、仮に何も問題が無かったとしても、仕事の対価は支払われる事にある種の安心感を持っているようだ。

「そんな簡単な仕事ではありませんよ」

 実際の仕事では、ただのんびりと周囲を眺めているだけではないと思われる。周囲の変化や、怪しい場所とかを素早く察知するのも重要な職務であるのだから、楽な作業とは言えないのだ。

 

「まあ部隊でやってる仕事だから簡単じゃないっつうのは分かるけど、まあ2人とももうちょっとリラックスしてもいいわよ? ずっと立ったままだったら疲れるじゃん。どうしても外見てないといけないっつんなら寄り掛かってもいいんじゃない?」

 コーチネルは座り込んでいたが、2人の監視兵は片手に双眼鏡を持ちながら、ずっと外を眺め続けている。

 いつ敵か、或いは何らかの脅威に対応出来るように常に神経を集中させているのである。

「もし隣のやぐらから見られたらどうするんですか?」

 もう1人の監視兵士が訊ねてきたのである。やぐらはもう1箇所に設置されており、そちらでも同じく他の監視兵士が双眼鏡を持ちながら外を見続けている。時折コーチネル達の方を見てくるが、時折目の色が怪しかったりするのは気のせいではないだろう。

 

「大丈夫よ、ちゃんとワタシが説明するから。あ、そうだオージェ、ワタシの武器取ってくれる?」

 きっと副隊長の権力を使えば、監視兵士達全員に的確な話を伝える事が出来るのだろう。そして、コーチネルは監視兵士の名前を呼びながら、兵士の足元に置かれている木箱を指差した。その中に、実戦で必要になる得物が入っているのだろう。

「あ、はい。これですね」

 木箱の蓋を開き、中から青と白に光る2本の小型の剣を取り出し、それをコーチネルに手渡した。

 凹凸状にしっかりと作られた柄に、透き通る青と白それぞれ持った刃がとても美しい。そして同時に鋭さも持った騎士の武器である。

 

「そうそうこれこれ。イノセントブレードって言うのよこれ。なかなかカッコいいでしょ?」

 右手に白く透き通った方の剣を持ち、真っ直ぐ横に伸ばしながらコーチネルは眺めて見る。その台詞から察知すると、きっとつい最近注文した武器なのだろう。

「あ、はい、なかなか頼りになりそうな武器かと……」

 自慢気に眺めると同時に、わざと監視兵士達にも見えるように持っているその剣、イノセントブレードに対して、兵士の1人が簡単な感想を述べた。

 

「この白く光ってるのがなんかカッコいいのよ〜。ワタシ愛用の武器――」

 大して興味を持っていなさそうな兵士2人であるが、コーチネルはその武器の光り具合を誇らしげに説明しているのだ。その光の美しさは、同時に武器の強さにも変換されるのだろうか。

 もう少し光を見ていたかったのかもしれないが、やぐらの下から響いた声によって、その夢の時間は一時的に止められてしまう。

 

「あの〜すいませ〜ん! 騎士の方々ですか〜?」

 兵士達よりも年上のような印象のある声であるが、外見的にはまだ若いシャツ姿の男性が上を見上げている。

 

「誰よ? シド、ちょっと相手してくれる?」

 コーチネルはまだ座ったままで、声の聞こえる方向を見ながら、兵士に下の様子を確認させる。

「はい、了解しました」

 返事をするなり、すぐに柵の上から下を覗き込む。そこには、例の男性が立っていたのである。しかし、一体何の用事なのだろうか。

 

――そして、兵士は下にいる人間に向かって……――

 

「はい! 私達はダリルシェイド騎士団の者ですが?」

 声を大きくしなければ、下にまで聞こえないだろう。兵士は自分達が所属する騎士団の名称を相手に伝えた。

「すいませ〜ん! ちょっと副隊長の方とお話がしたいんですよ〜!」

 突然の話ではあったが、男性は副隊長の者と直接会いたかったのだろう。勿論、向かい合う事で喜びを得るのではなく、重要な話があるから、と言う事情だろうが。

 

「副隊長……ってあのぉワタシの事ですけど、何かありましたか〜!?」

 コーチネルにまで直接聞こえていたからか、両手の武器を床に置きながら立ち上がり、下を覗き込みながら下の男性に用件を問おうとする。

「相談があるんですよ〜! 来てほしい所がありまして……」

 副隊長が意外にも男性ではなかった事には特に変わった感情も見せず、大まかな用事を説明する。きっとその用件のある場所で何かがあったのだろう。だから、副隊長に同行して欲しかったに違いない。

 

「何かしら……、まあいいや、とりあえずワタシ様子見てくるから、2人は見張り続けてて!」

 降りなければまともに内容のやり取りすら出来ない為、地面へと行く事に決めたのである。梯子に手をかけながら、その後の仕事を兵士2人に任せ、そして一段ずつ降りて行く。

 

*** ***

 

「場所ってどこなの? こんな林の中に何かあるの?」

 足元や頭の高さぐらいまで伸びている草を意図的に手で払ったりもせずに進みながら、隣にいる依頼主の男性に更に詳しい内容を聞き出そうとする。どこまで行っても草木しか生えていない場所であるから、そこに何があるのか、自分で考えるのが難しかったらしい。

「すいません。ですが、もうすぐですので、もう少しお願いします」

 コーチネルを歩かせている事に罪悪感を持ちながらも、どうしても連れて行きたい場所があると、男性も歩き続けている。

 

「にしても蒸し暑いわねぇ……」

 林に入った途端に嫌な暑さに襲われ、愚痴を零し始めるコーチネルであるが、どうしても自分がいないと解決出来ない問題なのだろうと言い聞かせながら、足を止める事をしなかった。一応は副隊長としての誇りや素質は持っているようである。

「もうすぐです。もうすぐ、ですから」

 きっとその愚痴が、男性からは急かすような不満にでも聞こえたのだろう。だから、男性は気まずいながらも、もう時期到着する事が出来ると、コーチネルを安心させる。

 

「もうすぐって、いつなの? 結構歩いたんだけど?」

 結構思った事を真っ直ぐ伝える性格なのだろうが、言われた方は多分心地良い気分にはならないだろう。

「もうすぐ……ですよ。もうすぐ……」

 コーチネルの方を見ずに、男性はそれだけを伝え続ける。もうすぐだと言うのなら、もうすぐなのだろう。

 

「ってかさあ、何があったのか説明してくれる? その方がさあ、ほら、ワタシも状況飲み込みやすくなるしさあ」

 やはり、もっと詳しく説明をしてもらう事で、良い解決法とかを探ろうとしたに違いない。コーチネルだって、ただの少女ではなく、副隊長の肩書きを背負った責任感の強い人間なのである。

「単純ですよ」

 いくらか歩いた事だろう。

 男性は突然笑顔になると同時に、その場に立ち止まってしまう。もう現場に辿り着いたのだろうか。そこから一歩も動こうとせず、その場で辺りを見渡し始める。だが、周りには誰もいないし、特に変わった環境も無い。ずっと、林である。

 

 

――男性は息を吸い込み始め……――

 

「いいぞお前らぁあ!!」

 シャツの姿の男性は突然周囲に撒き散らすような大声を張り上げ、同時に手を大きくあおったのである。先程の態度とは打って変わって、まるで弱った獲物を集団で囲った猛獣のような目付きへ変貌する。

 隣に武具を来た少女がいる事もまるで気にせず、男は口元さえも吊り上げているのである。

 

「え? ちょっと何――」

 異様な態度の変わり方に、コーチネルは逃げるという選択肢すらも忘れながらその場で固まってしまっていたのである。表情も同時に真面目なものへと変わるものの、周囲の環境が変わるのは、あまりにも早すぎたのである。

 

――くさむらから、沢山の男達が現れ……――

 

「よくやったぜお前!」
「女ぁ! そこ動くんじゃねえぞ?」
「喚いたら殺すぜ?」

 薄汚いタンクトップや薄汚れた肌を持った男達が次々と現れ、コーチネルを取り囲んで行く。その男達は全員、斧か拳銃のどちらかを所持しており、その目付きはいつコーチネルに襲い掛かってもおかしくはない状態である。

 コーチネルと共に歩いていた男性の年齢はやや若そうではあるが、周りにいる人間は外見的に汚い者が多く、無精髭等によって、実年齢異常に歳を取って見えている。しかし、危なっかしい雰囲気である事には変わりない。

「ちょっと……貴方どういうつもりなの!?」

 次々と男達から威圧的な言葉を浴びせられ、状況の察知に遅れていたコーチネルは、隣に立っている案内役だった男性に問う。しかし、もうそこに友好的な感情は必要無い。嫌いな相手に罵声を飛ばすような気持ちでも充分なのである。

 

「どうもこうもねえよ。ただのお返し・・・だぜ? おれ達の仲間殺したからなぁ」

 隣にいる男性からも、友好的なものは返ってこない。見下したような笑みを浮かべ続け、締めの時に舌打ちまで飛ばしてくる。どうやら何か恨みを持っているようである。

「ちょっ……何よそれ!? それやったのワタシらじゃないし、第一あんたら盗賊でしょ!? 罰せられて当たり前――」

 一瞬考えてしまったものの、すぐに思い当たる事件がコーチネルの脳内で再生される。ギルドを襲撃した盗賊団に直接手を下したのは、コーチネル達の所属する部隊とはまるで無関係の組織であり、そして恐らくは将来的に敵対関係になるような相手だ。

 そして、相手の職業が元々違法であるのだから、そこに罰が下されても当然であると言い張ろうとしたが、相手は全員武器を持っている事を忘れてはいけない。

 

―バスゥン!!

 

「!!」

 土の地面に銃弾が激しく減り込む。足元に着弾した弾は、コーチネルに無言の悲鳴を上げさせる。部隊に所属しているからか、拳銃の威嚇に対して激しく震え上がるような事はしなかったが、背後からやってきた男に対して恐怖を抱かない方が有り得ない。

「まだ自分の立場が分かってねぇみてぇじゃねえか。武器も持たねぇで不運だなぁ」

 きっと足元を狙って撃った男本人だろう。コーチネルの背後に歩み寄り、後頭部に銃口マズル≫を突きつける。たった1人しかいない少女の両手には武器らしい武器、それ所か何も持っていない事を見て理解しているから、その黒い武器だけで黙らせる事が出来ると考えているだろう。

 

「なんで……ワタシなんか狙うのよ……?」

 自分だけが殺される可能性のあるこの空間に納得する事が出来なかったのだろう。状況自体は察知しているから、無駄な抵抗や言動は極力控えながら、途絶えかけている勇気を持続させ、聞いた。

「簡単だよ。さっきあの町襲った俺達の仲間が殺されたからなぁ。逆襲だぜ、逆襲?」

 後ろに立っていない別の男がその説明を施したが、わざわざコーチネルの視界の中から拳銃を向けており、威圧感を更に倍加させていく。その盗賊の男は自分達の行動を正当化させたいようであり、周囲の仲間達の影響もあって、わざとらしく右足を踏み出している。

 

「だからあれはワタシじゃないって! 組織の奴らがした事なのよ!! それに町を襲撃したくせに何言ってるのよ!?

 コーチネルも自分達の仲間が盗賊達を殲滅させた訳ではないと、一歩踏み込みながら両手さえも握り締めている。少女とは言え、副隊長の肩書きを持っているから、拳銃を向けられながらも、なかなか堂々とした態度と言える。

「お前あいつらを知ってるのか? どうせ代わりに始末してくれた奴がいて良かったとか思ってんだろ?」

 その組織に関する喋り方が、少しでも情報を持っていると思われたのだろうか。斧を持った男がコーチネルの心情を勝手に読み込んだ。何としても、少女をこのまま逃がすつもりは無いようだ。

 

「勝手な事言わないでくれる? それに襲撃かけたのはそっちでしょ? ただバチが当たっただけじゃないの!?」

 未だにコーチネルは両手を握り締めている。元々盗賊達の方が反社会的な行為を取ったのだから、それを邪魔され、そこから意趣なんかを持たれても、納得する事は出来ないのである。もし出来るのであれば、本気で反発だってしたいだろうし、自分が正しい事を示す為に、武器をぶつけ合いたいとも思っているだろう。

 

――また1人、違う男が、囲んでいる男達の元に近付いて来ており……――

 

「あ、ボス! こいつです。オレ達のメンバー侮蔑しやがったのは」

 斧を持った上半身裸の男が、そのボスらしき人間と目を合わせるなり、計算が見事に成功したかのような顔をしながら、自分の仲間達が囲んでいる少女の場所へと指差している。

 長身に加え、大きく膨らんだ腹や腕、そして裸の上半身には虎の刺青が彫られており、肩から横腹にかけて両側から交差するように、チェーンがかけられている。背中には太い棍棒を背負っており、純粋に力で押して行く戦い方を得意とするような性格が伺える。

 

「こいつかぁ? 随分若けぇじゃねえか。おれのタイプだったりしてなぁ!」

 随分と低い位置に頭がある少女が相手であるが、その幼さがやや残る顔立ちは把握出来たのである。ボスと呼ばれたその大柄な男は、一度しか見た事の無いその相手を異常に欲してしまう。

 年齢も、ボスの男にとっては非常に重要な要素だったのだろう。

「あんたに告白されても絶対蹴り飛ばすけどね?」

 相手は盗賊団を纏める男であると言うのに、怖気付く事もしないコーチネルである。騎士としての精神を持っているだけの事はあるが、相手は普通に武器を持っているのだから、後先考えない行動は頂けないだろう。この台詞は、確実に相手を挑発するような要素を含んでいるのだから。

 過去に盗賊に類する相手と戦った事があったのだろうか。

 

「お前らが潰した奴らはなぁ、デミロン盗賊団ってなぁ、おれらの団友ダチだったんだよなぁ。あいつらを潰した落とし前どう付けてくれんだよ?」

 ボスの男は、たった一人しかいない敵対者であり、そして少女である相手を怖がらせる為に、わざと地響きを右足で鳴らさせる。それと同時に、他の子分達も一歩、前へと進み、少女とその周りの盗賊達の幅を狭めていく。

 今にも殺してしまいそうな殺意に芽生えた目つきをしている者もいれば、女性の身体を嘗め回すように見ている者もいる。

「何よ……。仲間同士同情し合うのは自由だけど、元々非道な事してるのってあんたらなんだから、逆恨みなんてやめてくれる?」

 意気込みだけは強くても、事実武器を一切持ってないコーチネルにとって、武器を持った集団の男達を相手にするのは不可能に近いのである。それを分かっているからか、一歩ずつ時間をかけて接近してくる男の集団に徐々に恐怖を覚えていく。

 もし全員で襲われ、力で押さえ付けられたらもう逃げる事すら出来なくなってしまうだろう。何とかして相手に対して非常識な事であるという一種の罪悪感でも持たせて戦意を喪失させようと試みるが、効いているのだろうか。

 

「まだ分かってねぇのか? 今は大人しくしねぇと、お前一生帰れねぇぜ?」

 ボスの男は、嫌らしく両手の指を激しく動かしながら、コーチネルの動揺していく灰色の瞳をじっと見続けた。少女の澄んだ瞳と比較すれば、盗賊の細い目の方が何倍も憎たらしいし、汚らわしい。

 しかし、この手の手段を使う悪人は非常に多く、大人しくした所で、本当に帰れる保障なんてどこにも無いのだ。

「どういうつもりよ?」

 多少なりとも分かっていながらも、弱味を見せたくなかったからか、コーチネルは睨み返し、わざわざ相手からの返答を要求する。もう周囲の男達は間近にも近い距離にいるが、だからと言って悲鳴を上げたりはしなかった。

 

「ああ、おれらなぁ、デミロンの生き残りから頼まれてよぉ、何とかしてくれって頼まれたのよ。丁度いいや、お前おれらんとこに来いや。可愛がってやるからよぉ」

 ボスの男は威勢良く、少女の質問に素直に答える。内容は質素かつ簡素に聞こえてくるが、深く考えればそれは広い繋がりがあるからこそ、協力を頼めた事なのである。もしかしたら、他にも違う粗暴な仲間がいるのかもしれない。

 そんな想像を立たせながらも、男は少女を欲しており、もう1つの意味で少女を撫で上げようと考えている。

 この瞬間に、やや強い風が草木を揺らし、摺れた音を発生させる。

「ワタシと引き換えに町は襲わないっていう交換条件でも出すつもり?」

 顔や腕に当たる風が涼しいとか微塵も考えず、コーチネルは自分の犠牲が相手の機嫌を良くする要素になるのだろうかと、無意識に考えてしまう。だが、その口調を聞けば、条件を素直に呑むとはとても考えられない。

 

「そうだなぁ。お前確か副隊長だったよなぁ。普通部隊ってのは部下とか他の人間護る為に隊長が犠牲になったりするもんだろ? お前1人があの町の運命にかかってんだぜ? どうよ?」

 追い詰めるかのように、嫌味ったらしく少女を上から見下ろし続ける。わざと副隊長としての責任の重さを自覚させ、逃げるに逃げられないような状況を作り上げていく。逃げた時に現れる悲劇を伝えれば、少女の足を止めるのには充分なのだろう。

「最低な言いがかりじゃない? そもそもあんた達がいるからワタシ達に無駄な仕事が舞い込んだりするのよ」

 自分の命だって大切であるから、すぐに肯定するなんて出来るはずが無かった。それよりも、無法者の存在が、一般社会にとっても、反社会的な集団を粛清しゅくせいさせる組織にとっても、良い目では見られていない事を説明してやりたかったのである。

 だが、そういう反社会的な者がいるからこそ、コーチネルの仕事は成立するものでもあるのだが、コーチネル本人にとっては、盗賊を相手にした仕事はあまり好きではないようである。

 

「お前が来ねぇってんならこっちにも考えがあるぜ? この前森で桃毛猿とうもうえん見つけて捕らえたんだよ。そいつに襲わせてやっからなぁ?」

 コーチネルの反発的な態度から勝手に意識したのか、ボスの男は身体に巻きつけている鎖を引っ張り、身体から一時的に引き離しながら、凶暴なモンスターを使って脅そうと試みる。

 桃毛猿とは、桃色の毛を持った大型な猿型の獣である。長く鋭い爪を持ち、茸等のいくらか大型な物体を持ち上げられる尻尾も持ち、そしてその巨体による突進や、先述の爪による攻撃を得意とする太った獣である。

 他にも、排泄物を武器にしたりと、数あるモンスターの中でも特に下品で不細工な種類として有名であるのだ。

「……」

 そのモンスターの情報を知っているのかは分からないが、コーチネルの灰色の瞳は、憎悪をぶつけるかのような様子に仕上がっている。しかし、一歩でも下がれば背後に待ち受けている盗賊に触れてしまう可能性もあったから、その場から動かなかった。

 

「どうすんだよ? お前1人が犠牲なって町が救われるかだぜ? それとも保身図るのか?」

 困る姿を見て面白がっているに違いない。ボスの男は脂肪の垂れたお世辞にも立派とは言えない胸を張りながらコーチネルを問い詰める。簡単には手放せない自分の命を護る為に、逃げ場の無い迷路を徘徊する少女を眺めるのも、一つの悦楽なのである。

「流石は山賊……じゃなかった、盗賊だわ。陥れるの得意よね賊って。もっと違う事に頭使え……」

 相手に対して的確な返答、特にその話を呑むのか、それとも断るのかのような言葉は出せなかった。

 それよりも、自分の身分を上手く使ったような相手のやり口を早く叩き潰した気持ちにすらなっていくが、頭にそこまで強くはない鈍痛が走り、視界がその反動で下を向くと同時に、言葉すら途切れさせてしまう。

 

――拳銃で殴られた事を意味し……――

 

「さっきから煩せぇ奴だなぁ。銃向けられてビビるぐれぇなら始めっから従えよ」

 ボスに忠実な部下が、コーチネルの頭を白い帽子越しに拳銃で殴り付けたのである。同時にそのまま銃口を頭部に向け、黙り込んだのをいい事に、諦めてボスの言う事を呑んでしまえと勧めてくる。

 黙ったのは、拳銃を向けられて怖がったからではなく、殴られて痛みに苦しんでいたからだろう。

「おいおいホントに撃つんじゃねえぞ? 殺しちまったら楽しみ無くなっちまうぜ?」

 拳銃を向けていた男の隣にいた人相の悪い男が、その拳銃を片手で押さえ付け、降ろさせる。直接命は奪わないような台詞を垂らしているが、その表情は非常に嫌らしい。まるで生き地獄でも味わわせてやるかとでも言っているような目つきは、少女に対して安心感を提供してくれない。

 

「屍姦が好きな奴なら喜びそうだけどな」

 殺してしまえば、もう少女の可愛らしさとかを拝めるのは難しくなってしまうだろう。しかし、世の中には特殊な嗜好を持った人間だっているのだ。この世界では、先入観を捨ててものを考えなければいけないらしい。

 もし意味を詳しく知っている者がこれを聞けば、恐怖か逆上、これらに似た感情を出すに違いない。

「やめろよ? 俺は生きてる奴の方が好きなんだからよぉ? 締りは良くなっけどなぁ」

 別の男が自分の好みを喋り出すが、まるで釣られるかのように他の男達が笑い出したのである。意味が分かっている者であれば面白い話であるが、逆にそれを不愉快に思う者もいるのだ。

 コーチネルを除く者達が笑い声を放つが、それがコーチネルを楽しませる要素としては、程遠い話である。

 

「ねぇ、ワタシからも1つお願いがあるんだけど、いいかしら?」

 笑いながらも、囲いを決して解こうとしない男達のど真ん中で、コーチネルは下劣な笑みを浮かべ続けているボスの男の目を凝視しながら、言った。笑われ続けていても、一向にこの場の空気が晴れないと感じてきたのである。

 少し怒りの混ぜた、静かな口調でボスの男に願いを頼もうとする。

「いい訳ねぇだろ? どうせ逃がして下さいとかだろ? そんな頼み聞く訳ねぇだろバカめ」

 離れていない距離にいる男が、ナイフをチラつかせながらコーチネルの横顔を鋭く睨みつける。ここから逃げたいと考えている少女に対し、何故か怒りが込み上げてくるのを感じている。

 

「違うわよぉ。ワタシねぇ、過剰に太った男が大好きなのよぉ〜。だからさぁ……」

 一体何があったのだろうか。コーチネルは正面に立っているボスの男へと近寄り、甘い声を放ちながら、その膨らんだ腹に顔を擦り付けたのである。そして、右手でその腹を撫で始める。

「何だって? それはホントかぁ?」

 何も疑いとかを持とうとは考えなかったのだろうか。

 ボスの男は自分の元に寄ってきたコーチネルの行為を素直に受け止め、腹を撫でてくる少女の姿には手を出さずに見続けている。

 

「ワタシねぇ、任務も大切なんだけど、太った人を見ると……興奮しちゃうの……」

 コーチネルはやや淫らな笑みを浮かべながら、その膨らんだ腹を右手で押し付けている。弾力があるからか、押してもすぐに戻されるが、きっと肥満な身体を触る事が出来て喜びに満ちているのだろう。

 そして、なぞるようにその手を腹部からズボンの方へと移動させていく。

「っておい、お前何するつもりだよ」

 最早当初の目的だっただろう少女を力で黙らせる事も忘れてしまい、ボスの男はしゃがみ込むコーチネルに戸惑いさえ覚えてしまう。先程までは敵対心丸出しだったと言うのに、突然自分の身体を求め始めたのだから。

 

「貴方にご奉仕したいのよ……。でもさぁ、貴方の手下が怖いものを向けてるから、ワタシ緊張しちゃうの……」

 しゃがんだ状態のまま、一度手を止めながらボスの顔を見る為に見上げている。

 うっすらと瞳を細めながら、周囲にいるボスの子分達が怖い事を伝えた。しかし、僅かながら少女は言葉の選び方を間違っていたかもしれない。武器を向けられているのに、緊張するという言い方はおかしいだろう。

「げへへ、そう来たかぁ。お前ら、武器下ろしていいぞ」

 もう細かい事なんて意識しなくなっているようである。ボスの男は満足気に、周りの者達に命令を出した。条件さえ整えれば、男が求めている行為を少女がしてくれるかもしれないとふと頭に浮かんだのだ。

 きっと、ボスの男だって死体をもてあそぶより、生きた相手の方が好みだろう。

 

「マジ、ですか?」

 言われるがままに、子分の男はゆっくりと、銃を下げたが、少女の行為には疑問を持つばかりである。

「あぁ、邪魔すんじゃねぇぞ」

 男にとっては、もうこれはこれと無いチャンスだったのかもしれない。相手は不細工とは言えない容姿の持ち主なのだから、チャンスを無駄にする事は出来ないのだ。子分に邪魔なんかされたら、それはもう悲しみを通り越して怒りの領域へと達してしまうかもしれない。

 

「貴方の身体って……たくましいですねぇ……」

 下半身から上半身まで全部見渡しながら、コーチネルは何気に頬まで赤らめ始める。華奢な体躯の割に、脂肪で膨らんだ身体を好む傾向にあるようだ。案外、人間の趣味は分からないものである。

 だが、どうしてコーチネルは中年で尚且つ太った男を好んでいるのだろうか。

「お前も分かってる奴じゃねぇかぁ」

 ボスの男も徐々に気が乗ってきたからか、ただ触られるだけではなく、男側からも手を伸ばし始めている。つまりは、男も少女の身体を求め始めたのである。

 だが、胴体を触った所で、伝わるのは装備の鱗に生えたザラザラとした感触だけである。

 

「あぁ。この体臭……素敵……」

 薄汚れている外見からしてすぐに想像出来るかもしれないが、体臭とは言っても、それは汗や垢の混じった汚らしい臭気を意味するものだろう。だが、コーチネルはその臭気を気に入っているらしく、それをまるで男のステータスであるかのように決めているようだ。

 しかし、普通の女の子であれば、そのにおいを気に入る事はまずないだろう。あるとすれば、それは特殊な嗜好の持ち主だけである。

「ここでお前ヤラせる気なのか?」

 ズボンの中に手を入れようとしてくるコーチネルに向かって、ボスの男は言葉を返すが、その表情はもうにやけており、盗賊としての威厳を失った様にも見えてしまう。

 きっとそうではなく、男としての本能、性欲があまりにも素直に発動したのだろう。どうせここは林であり、周りには盗賊と少女しかいないのだ。何をした所で、どうと言う事は無いのかもしれない。

 

「いいわよ……触って……」

 コーチネルはとことん触られたかったのだろうか、無理矢理ボスの男の左腕を掴み、それをなんと、自分の脚の方へと持っていったのである。

 そこには苦痛の様子も無く、快楽に溢れた笑みを浮かべ続けている。脚と言うよりは、スカートの中の方、と言った方が正しかったかもしれない。どちらにしても、一体どこに手を持っていこうとしているのだろう。

「お前、やっぱ生かすしかねぇわ。おれに従順なんてよぉ」

 本来は絶対に手を入れてはいけないし、ついでに見てもいけないような場所に自分から導いてきた少女をもう手放す事が出来なくなっていた。淡い赤の鱗が目立つ武具を装着していても、必ず生身の身体に辿り着く為の隙間があるのだ。スカート部分は隙間だらけと言っても過言では無い。

 ボスの男は、自分からも抵抗しない少女を触り続ける事を決定したのである。ボスの男はもう何度も経験しているのかもしれないが、スカート内部に伝わる布の感触は決して飽きる事が無かった。

 

「もっと触ってぇ……もっと……」

 下劣な行為をされていると見て間違いは無いと思われるが、コーチネルは下着越しに尻を触られる事を快感として、捉え続けている。指で割れた部分をなぞられても、もっと怪しい笑顔なんかを浮かべ続けている。普通であれば、悲鳴を上げるか、怖くて何も声を発する事が出来ないかの何れかである。

 しかし、少女は違っていた。まるで触られる事を喜びとして見ているかのようであり、いくら触られても、そこに恥ずかしさを意識する事をしなかったのだ。

 撫でられる感触を永遠に感じ続けたかった。そんな事も考えているかもしれない表情を作り続けており、左手を自分の右肩の方へと持っていく。表情は悦楽に染まっており、頬も赤らめているが、左手の動きも止まらなかった。

 

――尻を強く掴まれる……――

 

――悦楽の表情がもっと強くなっていく……――

 

――あれ?――

 

――突然顔に正気が戻り……――

 

 

 

 

「なんてねぇ!!」
「ぐあぁあああ!!!」

左手に持っていたのは、細い針のような物であり、コーチネルは密着していたボスの男の背中に回りこみ、
その針を使って突き刺したのである。

完全に油断していたボスの男であったから、背後に回りこむ事くらい、容易だったのだ。
当然、ボスの男の背後には誰もいなかったし、周りの子分達も完全に油断していたから、あまりにも簡単過ぎたのである。

 

―― ボスの男は、麻痺針バインドピークで刺され、一瞬で身体が動かなくなってしまったのだ θθ

「くそっ! あいつやっぱ騙してたのか!!」
「思った通りだったか!!」

ボスとは異なり、子分の男達は多少なりともコーチネルのやり方を分かっていたからか、
それを思わせる台詞を次々と飛ばすが、走って追いつくような場所に、少女はいなかった。

 

βψ 拳銃ハンドガンを持つ者であれば、きっと少女を黙らせられるに違いない! ψβ

男達の拳銃から、次々と銃弾が発射されるが、単発しか出ない弾、虚しく少女の周囲を通り過ぎてしまう。

「あんなのに引っかかるなんてやっぱバカの集まりね!!」

コーチネルは全力疾走を持続させながら、自分の身体を多少犠牲にして逃げ道を作った自分を褒めていた。
同時に、身体を提供した程度で軽々と油断した盗賊達を思いっきりけなしてやった。
周りに生えている草の一部が穴を作っているが、コーチネルはそれを意識する事は無い。

しかし、今逃げている方向は帰るべき場所であるダンダリオンタウンの丸っきり反対である。
何れはそちらへ向かわないといけないが、そうすると、また盗賊達と会ってしまう危険性がある。

しかし……

「そうだ、早くあっちに戻んないと!」

かと言って、このまま黙っていれば、怒りを覚えた盗賊達がそのまま町を襲う可能性すらあるだろう。
それを考えれば、そのまま町から逃げてしまうなんて出来ないし、それよりもすぐに戻り、
注意を図る事の方が先決であると考える事も出来る。

 

――その場で方向転換をする為、その場で停止ブレーキを行い……――

一応は盗賊達の姿は見えないものの、きっと連中は痛憤に包まれているだろう。
もしまた出会えば、何をされるか分からないから、その時は慎重にしなければいけない事は言うまでも無い。

それでも躊躇する事は一切出来ない。
盗賊が近くにいる事実を知っているのは、コーチネルだけであるから、
その唯一の人間が町に戻らなければいけないのだ。

 

(でもあいつらに会ったらどうしよ……。ちょっと進路変えとくかぁ……)

相手の姿は見えないが、それは相手からも自分の姿を確認されていない事にもなる。
多少軌道を変えながら進めば、出くわす事はきっと無いだろう。

と言うよりは、もう二度と会いたくないのである。あの盗賊達には。

 

しかし、嫌な予感ばかりが身体中を走り抜ける。
相手は盗賊であるのだから、しつこさも半端では無い事は想像にかたくない。

とりあえず、今は町に戻り、今後の対策を監視兵士と共に取るのが先なのだ。
走る事くらい、体力的な問題にはならず、何の苦にもならない。

 

(そう言えばさっき桃毛猿とか言ってたけど……まさか、よねぇ?)

結果的にコーチネルは助かっているものの、それと同時に盗賊達の逆襲が発動する事を意味する。
もし盗賊達の話が事実であれば、町民達の悲鳴が確定されてしまうのだ。

(ってかこれって全部ワタシの責任になるのかしら?)

焦ると、何もかもが悪い方向に進んでしまう。
ある意味では自分があの林に踏み込みさえしなければ、盗賊達にさえ会わずに済んだのだ。
それが、今は町を襲われる危険性まで孕んでいる状態になっており、それら全てが自分のせいに見えてきている。

仮に盗賊達の行為だとしても、そこに副隊長が関わっていれば、それは当然その人間に責任が流れ込む。
今頃ではあるが、その責任の重大性、そして、その責任を解決する事が出来るのかという不安が少女の身体を蝕んでいく。

(でもそれって不味くない? なんかあったらワタシどうなるのよ?)

走り続けながら、嫌な事ばかりを思い浮かべ続けてしまう。
紛らわす為に楽しい事を考えようにも、この状況では楽しい話なんて思い浮かばないだろう。
その横顔は、不安の色そのものだ。 




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