ここはハンター達にとっては聖地とも言える巨大な街、アーカサス。この街の裏路地とも言える場所で数人の男達と、1人の少女が向かい合ってある取引をしている。

「それじゃあ、これが例のあの苔豚たいとんの頭ってやつです。今回もなかなか大変だったんですよ〜」

 背後にあるリヤカーにいくつか積まれた慎重に剥ぎ取って傷をつけずに保った苔豚の頭を指差しながら、その少女らしく可愛らしいハイトーンな声で今回の剥ぎ取りも苦労したと言う事を伝える。

 黒いヘアバンドを付けたショートカットの緑色の髪、そして黒いヘアバンドによって分けられた髪から軽くはみ出した耳、してその耳には単なるお洒落か、或いはもっと別の意味を指し示すのか、銀色の十字架の形をしたピアスを両耳たぶに装着している。

 そして青い瞳と言った、その可愛い容姿とは対照的に暗い赤色のジャケット、そして焦げ茶のズボンと、ややボーイッシュな服装をした少女の持ってきた苔豚の頭を見て、集団を作っているやや小太り、そして弱さしか物語れないような細い体の男達は少女の後ろに置かれている苔豚の頭を見ながらにやけて声を上げる。



「おお〜いいねぇいいねぇミレイちゃ〜ん。見れば見るほどいいよねぇ、それ」

 数人の男達の中でも特に一番前に出たこの男は集団のリーダーなのだろうか、そしてどこか目の前の男達より少し小柄なその少女を舐めまわすかのようなやや下品な目で見まわしながら言う。

「やっぱりそうですよねぇ。今回も深緑竜がうろうろして危ないって所頑張ってじゃんじゃん採ってきたんですよ〜」

 やや下品とも言えるような男の態度にもびくともせずに苔豚の頭の入手の経緯を相変わらずの明るいテンションで話す。



「えぇ〜そんな危険なとこで難しい所を剥ぎ取ってきてくれたって訳なんだねぇ。今日は奮発しちゃわないとねぇ」

 リーダー格の男の後ろから一人の男が現れ、その命がけとも言える経緯を聞いた事により、それに同情、そして、その苔豚の頭に対する報酬金なのか、どこからともなく革袋を取り出した。その革袋は底が引き千切れそうなほどでは無いにしろ、外から見れば、相当な量だと言う事は予測がつく。

「あれ? それってお礼ってやつですか? 待〜ってましたぁ!」

 その革袋を見たミレイは思わず笑顔を作り、自分の手と手を合わせ、握りながら喜びの声をあげる。



「やっぱ喜んでくれるって嬉しいなぁ、でもこんな量でもいいのかなぁ?」

 男は革袋を一瞥しながら、この報酬金程度で満足してくれるかどうか、一瞬思ったが、しかし、少女はそれに対する文句を言う事は無かった。

「いやいや、そんな事無いですよ〜! それだけあればきっと3,4日ぐらいは普通に生活出来ますし〜、全然気にしなくていいんですよ〜」

 革袋を見ながら一瞬不安気な顔を浮かべる男を見ながら、ミレイは両手を自身の顔の前で振りながら男のその不安を完全否定する。



「え? そうかなぁ、でもこれでも今までで一番の量なんだよ。やっぱりこれぐらいの量じゃないと、不公平になっちゃうからね」
「そうですよね〜」

 深緑竜の生息地と言う、極めて危険な地帯での採取に感動したのか、今回は男達に報酬を奮発したつもりであり、その肥大化した袋がその証拠である。ミレイも男に続いて笑顔で即座に返答する。



「それじゃあ、そろそろ取引と行きますかぁ?」

 ミレイも早く報酬を欲しいと言う願望が強かったのか、ここに来た本来の目的を早く済ませようと、頼み込む。

「うん、そうだね、こっちも早くそれ欲しいって思ってたんだよ、じゃ、早速やっちゃうかぁ」

 リーダー格の男のその言葉の後にようやく取引が行われた。男達はその苔豚の頭を受け取り、そしてミレイはそのお礼として革袋に大量に詰められた報酬金を受け取り、そしてミレイは空となったリヤカーを引きながら裏路地から、街道へと向かう。



 その向かっている途中で、突然ミレイの表情は変わる。

「あぁ〜……疲れた……」

 まるでだるい事をやっと終わらせたかのような、力の抜けた顔で溜息をつきながら、一旦リヤカーを自宅まで運び、そして、友人と待ち合わせ場所としていた酒場へと足を運ぶ。



*** ***



 やや疲れたその体を何とか酒場の入り口にまで辿り着かせ、そして内部では友人が待っているであろう、そこへ足を踏み入れる。

 酒場の内部は、昼間と言うだけあって、かなりの賑わいぶりを発揮している。狩りから帰ってきたであろう、その集団がヘルムだけを外した防具のままの状態でその日の狩りの話をしながら食事を楽しむ者。単純に昼食を取ると言う目的でやってきたであろう夫婦か、或いは恋人同士。昼間は何もする事が無いのだろうか、昼間から酒を飲んで酔っ払っている中年の親父等、見れば見るほど大量の人間達がその酒場と言う憩いの空間で各自、楽しんでいる。

 今ミレイのする事と言ったら、その大量の席、そして、それとほぼ同じ量の人間の中から、目的の人物を探し出す事だ。



「あ、いたいた! クリス! ごめん! 待たせちゃって!」

 入口で周囲を見渡すとほぼ同時に、即座に目的の人物が手をあげて場所を示してくれた為、探すのに手間がかかる事は無かった。

 さっきまでの倦怠感を一時忘れ、やや早足でその場所へ足を運び、そして四角いテーブルの、待たせていた人物の正面の位置に来る場所に座り、同時に待たされていた少女は、ミレイに質問を投げかける。

 肩ぐらいまでの短さを維持したボリュームの少ないツインテール、細くする事によって前髪のボリュームをいくらか残した状態を保った橙色に近い明るい茶髪のヘアースタイル。細い腕や肩と言った、華奢な体格に白い肌、そしてミレイのように強さを表現したものとは程遠い、少女として相応しい完全に可愛らしいとしか表現出来ないようなパッチリとした水晶玉のように透き通った水色の瞳。

 外見的雰囲気としては少しミレイと共通点があるかもしれないが、ミレイのような、ハンターとしてのどこか伝わってくる強さと言うものがまるで無く、もしこれでミレイと同じハンターだとしたら、誰もが目を疑ってしまうような、そんな少女である。



「ああ、いいよいいよ、気にしないで。それより、例のあの苔豚の頭、どうだったの?」

 ミレイの声より遥かに可愛らしいとろけるような明るい声で、先ほどミレイの行ったであろう、取引の件を聞こうとする。テーブルに置かれたやや透明な黄色い飲料の入ったグラスに刺さったストローを吸い上げながら。

 聞かれた本人は、それを聞くなり、突然テーブルに両腕を下ろして体勢を思い切り低め、まるで転寝でもするような格好でその取引について話そうとする。

「それ〜? ああ、とりあえずちゃんと報酬金ってやつは貰ったんだけどさぁ……ほら」

 ミレイはテーブルに伏したままで腰に結んでいた革袋を外し、だるそうに何とか持ち上げた革袋をテーブルの上に乱暴に置く。革袋の重さでテーブルに僅かに重たい響きが走る。



「えぇ〜凄いじゃあん、やっぱり苔豚の頭って結構高値で取引されるんだぁ、凄い! ホントに!」

 クリスはその肥大化した革袋を見ると、まるで羨ましがるような表情を浮かべ、その革袋を見ながら両掌を合わせて握りながら、苔豚の頭の持つ魔力に関心を覚えた。

「まあ、確かにね、高くそうやって取引されるってのは凄いいい話なんだけどさぁ……」

 声を上げるクリスをまるで止めるように、ミレイは両手を差し出して止めるような動作を取り、そして少しだけ苦笑しながら、話を続ける。



「でもね、相手が相手だからさぁ……えっと、なんて言うのかなぁ……元々さぁ、苔豚の頭ってなんか物好きが集めるみたいな、そう言うちょっと変な物的な……なんかそんな感じで見られてるっぽいからさぁ、そんなの集めてるあたしはどうなんだろ? って最近思うようになってさぁ……」

 さっきまで崩していた体勢を持ち上げ、指でテーブルに何かを書くようにテーブルを指で擦りながら苔豚の頭のやや悲しい実態を説明する。その後、予めクリスが注文してくれていたであろう、クリスと同じ色をした飲料に刺さったストローで液体を吸い上げる。入っている氷によって出来たグラスの外側の水滴が何とも涼しげな印象を与える。

 実質苔豚の頭はハンター業を営む上では殆ど役に立たないと言っても過言では無い。特別強い武器や防具を作れる訳でも無いし、その頭そのものが何か飛竜に対抗出来る道具に代わると言う事も無い。実質、ただ珍しいだけの何物でも無いものである。マニア達に売れば高値で取引される事はされるが、周囲から見ればそんな物を運んでいる様子を見ればただの暇人か、最悪、変人にしか見られない悲しい代物である。



「え? 別にそんな事無いじゃん。だって、苔豚だって一応モンスターだよ? 変だ、なんてちょっと言い過ぎじゃない?」

「まあ確かにそうなんだけど、そうなんだけどね……なんか、ホントもう苔豚で稼ぐ〜みたいな、それに第一苔豚ってさぁ、普通はハンターに直接攻撃かましてきたりはしない訳じゃん? まあ、こっちがちょっかいかけたりしたら怒ってくる時はあるけどさぁ、なんか、人畜無害なモンスター狙うのもどうかって、なんか最近そんな事も思っちゃってさぁ……」

「うん、そうだよねぇ、苔豚って基本はただキノコ探して歩いてるだけだから、ちょっと可哀そう……だよね」

 実際、苔豚は基本はハンターを襲う事は無い。ただ、苔豚はキノコを探して至る所で鼻を動かしているだけである。だが、ハンターが一度攻撃を仕掛けたりと言った、一方的に何か衝撃を加えてしまうと、本来のモンスターとしての本能に目覚めた苔豚は、ハンターを執拗に襲うようになる。その為、被害を受けたくないならば、放置するか、或いは反撃される前にさっさと仕留めてしまうかのどちらかである。無論、その事はクリスだって知っている。それを思い出すと、クリスはその苔豚に対して僅かに悲哀の気持ちを覚える。

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