「お前! やっぱミレイ……だよな!?」

 アビスは見覚えのある少女の名を口に出すが、すぐにその名前の確認は一時中断される。

「アビス! 挨拶は後! まずはこの状況何とかしなきゃまずいんじゃない?」

「だよな!」

「だよなって……まいいや、さっさとやっちゃお!」

 懐かしい友に出会い、おまけに凶暴化した青鳥竜の長が沈んだ事によってアビスから緊張の糸が僅かに解れ、それによって青鳥竜の長達の威圧感による圧迫が軽くなり、何だか戦意が復活したかのように感じた。だが、アビスには今、絶対にしなければいけない事がある。それは何か、簡単です。吹っ飛んだ自身の獲物を、その手元に握らせる事である。



*** ***



「よっしゃ! この青い変なのの片付け終了! おい! アビス、お前んとこだいじょう……ってあれ? そいつ、誰だ?」

 背後から襲おうとした青鳥竜の長の相手をしていたテンブラーは馴れた手つきで青い鳥竜を沈め終えると、ある意味手遅れとも言える状態で、アビスの心配をしに近寄るが、明らかに見覚えの無いハンター、それもこのハンターの集団の中には誰一人としていなかった、女のそれが目に映り、周囲に自分を襲うであろう青鳥竜の長がいない事を軽く確認した後、アビスに尋ねる。



「俺の友達だよ!」
「あぁ、ミレイです。ちょっと用があってここに来たんですが、ちょっと忙しい事になってるようですね……」

 テンブラーはその少女の名前を聞こうとしたのだろう。だが、アビスは隣にいる少女との関係だけをきっぱりと述べるが、肝心の部分を言わなかった為に質問のメインとなっている本人が直接名乗る。名前を出すと同時に少女は頭を下げ、目上相手に相応しいような態度で挨拶し、そしてその後に他のハンター達と戦っている青鳥竜の長達を見ながら少しだけ難しい顔をする。



「そうかそうかぁ、怖がるアビスを助けてくれた天使みたいな? いいねぇそう言うパターン。俺そう言うのだ〜い好きだぜ。とりあえず、それより、もうあの青い変なのももう何体かって感じだから、ちゃっちゃっとやっちまうかぁ」

 ミレイを変な例えで表現した後、残り少ない青鳥竜の長を早く沈めて目的地へ行きたいのか、勝手に話を進めるように喋り切った後にテンブラーは他のハンターと争っている青鳥竜の長の方へと走り去る。

「天使って……まいいや、アビス! あたし達もさっさとやっちゃお!」
「ああ、お前の弓捌きみたいなの、見せてくれよな!」
「いいわよ!」

 アビスとミレイはテンブラーのその外見から感じ取れる年齢とは懸け離れた気さくさとだらしなさの籠った発言に反応する余裕も見せずに、今彼らがすべき任務、青鳥竜の長の討伐に戻る。



 ミレイの援護が来た時には既に青鳥竜の長の数は減らされており、それによって意外とミレイの見せ場も少なく、この戦いは幕を閉じた。テンブラーの報酬によって半ば強引に戦いに参加させられた他のハンター達のおかげであろう。スキッドのボウガンのように、弓も遠距離からとは言え、下手に射れば戦っている相手の近くで戦っている味方、言わばハンターであるが、その攻撃対象外に誤射してしまう危険もある為、思うような戦いは出来なかった。

 だが、アビスにとっては自身を危機一髪の所で助けてくれたと言う面は非常に大きいものがあった。彼女がいてくれなければ、あの突進によって盾越しに負傷か、或いは持ち堪えたとしても、その後の攻撃までも耐えられるかどうか分からない。この援護があったからこそ、アビスは自分の得物を取り戻せたのである。



「よぉっしゃあ、やっと殲滅完了〜みたいな? そんじゃ、村長、これでまたゆっくり行けるぜ、目的地にな!」

 青鳥竜の長の死体が周囲に散らばる中、やっとの思いで進行の邪魔者の駆除を終えたテンブラーは、両腕を力強く天に伸ばしながら伸び伸びとした口調で村長にこれから再進であろう方向に軽く指を指しながら言った。

「ああ、良かったよ、本当に。ハンターの皆様がいて下さらなければこんな危険な道は歩いてられないだろうなぁ」

 テンブラーの伸び伸びした態度に特に反応する様子も見せずにただ単に、モンスターの討伐に喜ぶ村長である。相手の態度がどうであれ、自分達のような戦う力を持たない者を助けてくれた男だ。礼以外に最初にする事は何も無いだろう。



「礼とかごちゃごちゃ言ってたらまた時間無駄になっちまうだろうし、或いはまた面倒事やってくるかもしんないから、さっさと行こうぜ」

 先ほどの戦いで相当疲れたのか、それともさっさと村人を目的地にまで送ると言う役務を済ませてしまいたいのか、話を手早く済ませようとする。そして村長が返事をするのも待たずに勝手に歩き始める。

「ああ……ちょっと!」

 村長は慌てるように歩き始め、そして村長に引っ張られるかのように他の村人も釣られて歩き始める。ハンター達も、村でのテンブラーのあの報酬が無ければ命は滅びてもいいのかと言う話の影響なのか、黙ってその話をした男の後をついていく。



「いいから早く来いっつうの。さっさと行きたいんだろ? テンペストシティ。それよりアビス、さっきの女の子は? ミレンだっけ? いなくなったか?」

 後ろから付いてくる村長達に右人差指で軽く合図しながらついてくるように言うと、隣にいるアビスにさっきアビスを救った女の子の事を聞こうとした。

「いや、ミレンじゃなくてミレイだけど……。ああ、なんか手紙渡すみたいな事言ってたけど……あ、戻ってきた」

 名前を間違えたテンブラーに軽い訂正を加えてしばらくすると、その例の人物がアビスの方へと戻ってきた。後ろから足音がする為、振り向けばそこには例の少女が見えていた。

 そして少女がアビスの隣につくと、少女はアビスに思っていた事を聞こうとする。



「そう言えばアビス、ここの人達って、バハンナの村の人達よねぇ? なんかあったの?」

 バハンナの村の人達は、普通ならば、今頃は村にいるはずであろう。だが、今はリヤカーに大量の荷物を載せ、どこかに向かっているのである。その様子は、事情の知らないミレイから見れば、一体何が起こったのか、見当がつかないものである。



「実はさあ、なんかあの村結構頻繁に飛竜とかに襲われるって感じだったから、もう諦めてあの村から逃げる事にしたんだって。それで今移住先のテンペストシティに向かってるとこなんだよ」

「なるほどね。なんで飛竜に襲われてたかは、そんな事聞いたらまた話長くなりそうだから、敢えて聞かない方で」

「ありがと……。実は俺もさあ、テンブラーからあの村襲われた経緯聞いたんだけどさぁ……俺長ったらしい話苦手だからさぁ、敢えて聞かない方で頼むわ……」

 アビスも流石にあの村を襲われるようになった複雑とも言えるその経緯を一から説明出来るとは思えず、ミレイは何となくアビスの性格からしてその説明をさせるのは無理だろうと悟り、聞かない方の道を選ぶ。



「テンブラー?」

「ああ、それね、俺の事、俺」

 ミレイにとっては始めて聞いた名前だ。一体どこの誰を指しているのか、一瞬戸惑うが、その途惑う原因となった名前の主が案外、すぐ近くにいる事を知り、そして、



「ああ、そうだったんですか! ごめんなさい! 呼び捨てなんかして! えっと、ごめんなさい!」

 目上であろう人物を無意識の内に呼び捨てにしてしまい、ミレイは慌てて頭を下げるが、

「いやぁ別に謝れなんてこたぁ無いけどさぁ、俺だって名前言ってなかったじゃあん。いいよ別にそんなでかい謝罪なんてしなくてもさぁ、ってかこいつとあいつって……普通に呼び捨てだよな……まいっか」

 テンブラーのふと思った事は、アビスとスキッドと言う年齢的に確実に目下と思われるあの2人から敬称をつけられた事は愚か、敬語すら使われた覚えが無かった事だ。普通ならば最初に会った時点でその上下関係をはっきりさせ、敬語を使う方と、そうでない方を区別させるのが妥当であろう。だが、今更になってある程度のハンターとしての絆が深まった今、そんな事いちいち気にする必要は無いかなと、テンブラーなりに思い、それは言い捨てるだけで終わる。



「あれ、テンブラー今なんか呼び……何とかって言わなかった? なんかあった?」

 アビスはテンブラーのその小声で言った後半部分が妙に気になり、訪ねようとするが、テンブラーはそれも流そうとする。

「いいや、別に気にせんでいいぞ。お前はお前のままでいろ。後あいつもな」
「あいつって? ああ、なるほど」

 テンブラーは突然後ろに親指を向けながらアビスに言うが、アビスは差された人物が誰か一瞬戸惑うが、それはすぐに理解する事となる。



「おいおい! アビスぅ! ちょっ待てよぉ!」

 アビスを大声で呼びながら走ってくる蒼鎌蟹そうれんかいの防具を纏った、その声からして少年であろう、その人物の手には、青い鱗のような物が握られていた。



「ああ、スキッドじゃん。遅いぞ、ってお前、何持ってんだ?」
「何持ってんだ? じゃねぇだろ。例のあの青い変な奴らから鱗頂戴してきたんだよ。所謂剥ぎ取りってやつやってたの!」

 スキッドはさきほど戦った青鳥竜の長達の一部からナイフを使って鱗を剥ぎ取っていたらしい。そのせいで少しアビス達の元に遅れてやってきたのだろう。スキッドは持った鱗を振り、見せびらかすようにアビスに見せつける。



「ちょっとやめろよ! 血ぃ飛び散るって!」

 鱗に僅かに付着した血液がアビスの足元にまで飛び、血液が防具につく事を怖れてスキッドのその見せ方を手を突き出して止めようとする。



「何だよ、血って。もうどうせ血塗れじゃんかよぉ。今頃気にすんなって!」
「あのなぁ、そう言う問題じゃねっつうの……」

 元々青鳥竜の長達との戦いでついた返り血は相当なものだ。確かにそんな状態で僅かな血液が付着した所であまり気にする事は無いかもしれない。だが、アビスはだからと言って簡単に血液の付着を許すような性格では無いのである。

 だが、その鱗を見るなり、アビスはふとした事に気付く。



「あ、でもさぁ、俺最近剥ぎ取り全然してなかったんだよなぁ……。なんか色々大変だったし……」
「はぁ!? マジ? お前つい最近までなんもしてなかったってんのか?」

 アビスのその言葉を聞いてスキッドは驚いたような声でアビスに質問を投げかける。最も、その表情はつけっぱなしのヘルムによって隠されてはいるが。



「なんもしてなかったって……そんな事無いっつうの」
「そんな事あるだろうよぉ。剥ぎ取りしないって事は飛竜とかとちっとも戦ってなかったんだろ? アビスめぇ、お前おれがいない間怠け者状態だったんだなぁ? この野郎めぇ」

 スキッドは今までだらだらしていたであろうアビスの頭を、鱗を持っていない方の手、左手で押しながらからかう。



「んな訳ねぇだろ! ちゃんと柔白竜じゅうはくりゅうとか、後あの村での桜竜おうりゅうとか、やってたっつうの! でも色々問題あって剥ぎ取り出来なかっただけだ! でもちゃんと戦いはしてた! それだけはハッキリ言っとくぞ!」

 勝手にスキッドに怠け者扱いされ、アビスは少し腹を立て、声を荒げながら決して自分が怠け者では無く、単に剥ぎ取りだけしてないだけで、戦いはきちんとしていたと、告げる。

「おいおい、煩せぇぞ。兎に角戦いはしてんだねぇ、でもなんで剥ぎ取りってやつしな……ってあれ? そこにいるのって? 女の子じゃね!?」

 アビスと色々と大声で喋っていると、スキッドはアビスの後ろから一瞬映った緑色の髪をした少女を見つけ、スキッドの照準はアビスから、その少女に切り替わる。

「ああ、そうだよ、あ、そうだ、お前には言ってなかったんだよなぁ、ミレイだよ。俺の友達」





「……まっ、そう言うこったな」

 テンブラーはバハンナの村から何故村人達が離れる事になったのか、その経緯を聞いて来た隣の少女に一通り聞かせる。

「へぇ、そう言う経緯だったんですか。飛竜なんかに襲われたら溜まったものじゃないですからね」

 隣の少女は村人達に同情し、村から離れたくなるその気持ちを深く受け止める。戦う力の持たない一般人が何度も強靭な力を持った飛竜に襲撃されていては命がいくつあっても足りないであろう。



「あぁ、だから俺らのようなハンターのお力が必要になるって訳だな」

 テンブラーは自分がハンターであり、そしてその力で人々を救えた事を心で軽く誇りながら、言った。



「なぁなぁ!! 君!! ミレイってんだろ!?」
「ん? ちょっ? 何?」

 テンブラーと少女がバハンナの村での強制移動についての話をしているその時だ。蒼鎌蟹の防具を纏った少年が突然馴れ馴れしい態度で少女に迫ってきたのは。



「おいスキッド! お前いきなりそう言う感じは無いだろ? ミレイちょっとビビってるぞ」

 突然見ず知らずで尚且つ、教えた覚えの無い名前を何故か知っているそのハンターに接近され、思わず怖がるような表情を浮かべながら後退るミレイ。スキッドのその誉めて言えば友好的、悪く言えば態度の大きいその性格に、アビスはスキッドの左肩を右手で押さえ、スキッドの動きを止める。

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