「お前らぁ、また随分はしゃぎまくってんじゃないかぁ」

 三人が話している所に一人、銀髪の男が入ってくる。

「あ、テンブラーじゃん。所で、あの竜車とか言うやつ、どうだったの? まさか……」

 アビスは先ほどの希望している余った荷竜車に対して、半ば諦めたように、一応と言った気持ちで、テンブラーに真相を問いただそうとする。



「おいおい、その聞き方じゃあもう竜車全部無くなったって事が決まっちまったみたいじゃんかよ」

 アビスのその下向きとも言えるその言い方を聞いたテンブラーは、これから言おうとしている事を悟られたような、そんな気分になる。

「って事は、残ってたんですか?」

 その否定を取り消すような発言に、ミレイは唯一、一つだけ残された、もう一方の可能性を訪ねる。



「もし残ってなかったらどうする?」

「っておい! いきなり期待裏切るような事すんなよな!」

 突然テンブラーはにやけ出し、この先の未来に不安を落とすような、嫌らしい選択肢を取り出す。

 そんなテンションのテンブラーを見たスキッドは、まるで同い年が開いてであるかのように、声を荒げながら、とても目上に対する態度とは思えないようなそれで、テンブラーに怒る。



「ちょっとスキッド! 『おい』って無いじゃん。失礼よ!」

「だってよぉ……」

「いいんだぜ、ミレイちゃん。俺はこう言う雰囲気、好きだから」

 目上に対して無礼なその態度に、ミレイはスキッドの肩をやや乱暴に叩くが、テンブラーはむしろ、その雰囲気の方が好きであるようだ。



「いいの? って俺も人の事言えないけど……。ってか、『ちゃん』って……」

 その気さくな性格だからこそスキッドの態度を認めたであろうテンブラーに、アビスは僅かに疑問に思うが、アビス本人もテンブラーに対して敬語らしい敬語は全く使った覚えは無く、下手にこれ以上突っ掛かればアビスも何か言われるのでは無いかと思い、敢えてそれ以上の言及はしなかった。

 そして、ミレイの最後に添えられた接尾辞を聞き、少しだけ妙な気分になる。



「ん? なんかあったか? 別にいいんじゃねぇの? 『ちゃん』ぐらいつけたって。それともアビス、お前も言ってみるか? ミレイちゃんってな」

「いや、いいわ……。なんかやだ……」

 アビスはその接尾辞をつける事に酷く抵抗を感じ、暗い口調で完全拒否した。



「じゃあスキッド、お前は? お前なんかミレイちゃん登場してからすっげぇテンション上がって……」
「いやっ無理! 絶対無理! おれは『ちゃん』付けなんてしない主義だから! ってかそんなんより竜車どうなったんだよ! 話ずれ過ぎだろ!」

 些細な事で本題から大きくずれた事をスキッドは笑いを交えた口調で怒るように声を荒げ、何とかその例の本題へと戻そうとする。



「おいおいそんな激怒モードになんなっつうの。そんなに事実ってやつ、知りたいかぁ?」

 スキッドのその相変わらず上下関係を全く弁えないような態度でも、テンブラーは特に過剰に反応する様子も見せず、いつものテンションを保ちながらスキッドを宥める。

「当たり前だ!」

 荷竜車が余っていたか否かを伝える為にテンブラーはここに来たのだろう。だが、余計な話題が挟まり、その肝心の答えの部分がなかなか出てこない為に、今頃になってその答えを出そうとしてくるテンブラーに、再びスキッドは荒げた声をあげる。



「ちょっとスキッド! さっきからその態度酷いわよ! もうちょっと慎んだら?」
「いいんだよミレイ。スキッドはそう言う奴だし、それにテンブラーとももう結構な関係になってるから」

 スキッドの態度に年齢的な上下関係としての違和感を感じたのだろうか、ミレイはそのやや乱暴な喋り方のスキッドに態度の改善を勧めようとするが、アビスに止められる。



「いいって……。それに何よ、その結構な関係って」
「まあ、なんつうのかなぁ……もう一緒に戦ってきた狩友なかまみたいな? なんかさぁ、一緒に戦ってるとなんかもう他人じゃないみたいな、そんな感じなってくるからさぁ、なんか結構いい感じになってきたから、まあいっかなぁって思ってさ」
「いいかなぁって……」

 ハンターの世界では、同じ飛竜を相手に戦っていると、時々その共に戦っている相手に対し、何か別の気持ちが生まれる事も、決して珍しい事では無い。それは、相手や、その場の状況等によってまちまちではあるが、そこからハンター同士が繋がりを築いていくのであろう。



「あ、そうだ、所でテンブラー。どうだったの? 竜車、あった?」

 すっかりミレイと話し込んでいたアビスは、竜車が余っていたのかどうかを聞こうと、テンブラーに話し掛けるが、

「それかぁ、こいつから聞いたらぁ?」

 テンブラーは隣にいるスキッドに人差指を差しながら、だらけたような口調でアビスに言う。



「アビス、喜べ! もうおれ達無駄な体力使わなくて済むぜ! マジ喜べ!」

 やたらとハイテンションに、笑顔でアビスに近寄り、そしてアビスの肩に手を回し、叩きながら声をあげる。



「おいおいなんだよ、いきなり! でも喜べって事は……」
「そう言う事だ! いいからさっさと来いよ!」

 アビスは今一そのスキッドの考えている事が読めず、何が何だか分からないまま、スキッドに左腕を掴まれ、どこかに向かって引っぱられる。



「あぁ、そう言う事ね」

 スキッドに引っぱられるアビスの後ろをミレイはついていくが、ミレイはスキッドの言っていた言葉の意味を大体理解していたようだ。



「お前さぁ、なんだよ、いきなり喜べって……。ってか手ぇ離せって」
「ほんっと鈍感だよなぁお前って奴はよぉ〜。こう言う事だほら!」

 スキッドに引っぱられるアビスは相変わらず何を意味するか、理解出来ていなかったが、ようやくそう距離の遠くない、と言うより数秒で辿り着いたその場所に指を差したスキッドを見て、初めてアビスは事態を理解する。



「あぁなんだ、そう言う事かよ……。やっぱ余ってたんだぁ……、竜車」
「アビス……あんた今頃気付いたの?」

 目の前で直接竜車に指を差されて初めてアビスは、自分達が使える竜車が残っていた事に気付く。

 恐らくはスキッドの『喜べ』と言った台詞の時点で、話の流れは良い方向、今回の場合、竜車が残っているかどうかと言う内容だった為、その台詞を聞けば普通ならば竜車が残っていたと、容易に想像がつくであろう。

 だが、アビスは指を差されて初めて事を理解した。その恐ろしいほどの鈍さに、ミレイは軽く笑いながらアビスに呟くように訪ねた。



「兎に角良かったろ? なぁんか結構ベチャクチャ喋ってて時間無駄にしちまったから、さっさと積むもん積んだら?」

 テンブラーはアビス達三人の後ろに立ち、両腕を天に向かって伸ばしながら、今までの自分を含めた四人の行動を思い出す。

「いや、時間無駄になったって……そっちがさっさと竜車あるって言わなかったからだろ?」

「テンブラーだけが悪いって訳じゃないだろ?」

 スキッドはその時間が無駄になった理由をテンブラーが竜車の事実を即座に言わなかったせいだと主張するがそれをアビスがやや自分の行為も多少見直しながら、訂正を投げかける。

 これは明らかにテンブラーだけが原因では無く、この場で唯一の女の子であるミレイにややしつこく関わろうとしたスキッドや、そのスキッドに色々と口挟んだアビス。結構ほぼ全員が時間を無駄にした原因を作っていると言っても過言では無い。ただ、ミレイはある意味で被害者とも言えるが。



「まいいだろ? 兎に角さっさとお前らは積むもん積めっつうの」

 再び余計な話が始まり、そして再び時間が無駄になると思ったテンブラーは、急かすように、アビス達に言った。



*** ***



「よし、これで準備はOKだな」

 アビスは自分の荷物を竜車に積み終わると、額に流れた汗を右手で軽く拭いながら、軽い溜息をついた。

「ってか一台の竜車でおれらの分全部積めるってある意味奇跡だったりしてな」

 二人分の荷物を見事に収容したその竜車の荷台を眺めながら、その竜車の偉大さを思い知るスキッド。

 そしてアビス達三人はその竜車の荷台に乗り込み、それを見ていたテンブラーは、三人に声をかける。



「さてと、ここで俺達、ってか俺とお前らはバラバラになっちまうって訳だなぁ。そっちはアーカサス、こっちはテンペストシティ。まっ、そんな事始めっから決まってた事だから、別にどうってこたぁねぇよなぁ!?」

 ここから先は一人と三人は離れ離れになるのだが、テンブラーはそんな事も特に気にする事無く、楽しそうにベラベラと喋る。

「ああそっかぁ、元々そうだもんな……。テンブラーって元々そのテンペスト……シティってとこに行くんだったもんな」

 どこか暗い表情になったアビスは、予め分かっていた事とは言え、その事実が今目の前に迫ったこの時になって、いなくなってしまうであろうテンブラーに対してどこか寂しい気持ちになる。



「おいおいアビスぅ、どうしたんだよ? まさかお前、こんなとこで泣くのかぁ?」
「そこまで行かねぇよ! でもさぁ、意外と長かったと思うよ、このなんっつうか、関わりって言うか……」

 アビスの様子を見たスキッドは、これからアビスがある意味無様とも言える行為をしてしまうのかと予想したが、変な事を言ってきたスキッドに対してまるで照れ隠しのように、声を荒げるが、その後に僅かな間ではあったが、懐かしい過去を振り返る。

「やっぱりアビス達って、テンブラーさんと色々一緒に頑張ってきたんだもんね。あたしはよく分かんないけど、でもまたきっと会えるわよ、今日のあたしみたいに」

 アビスのその終わりの悪い台詞を隣で聞いていたミレイは、ミレイ自身は知らないその今立っている場所以外での戦いを想像し、そして、最後は再会と言う希望の言葉を残す。



「だよな、そうなれば嬉しいぜ、俺も。一期一会で終わるってのはちょっと虚しいからなぁ」

 テンブラーもいつか訪れるであろう再会を期待し、そしてそろそろ自分も荷竜車に乗らないと皆を待たせてしまうと思ったのか、テンブラーは3人に背中を向けて3人の乗っている荷竜車とは別のそれに乗ろうと、足をゆっくりと動かす。

「ん? あのさぁ……いちご……いち……って、何?」

 突然聞き慣れない単語を聞いたアビスは、その意味の分からない言葉をミレイから聞こうとする。



「はぁ……。あのねぇ……。それはねぇ、一生に一回だけの事柄って意味よ」
「あれ!? マジで!? 苺全然関係ねぇんじゃん! 知らんかったぜ……」

 ミレイは折角の雰囲気をブチ壊されたような気分になり、溜息を吐きながらその単語の意味を簡単に説明する。その後スキッドは、そのあまり意味のよく分からない事を疲れを感じさせないような大声で出すが、ミレイはそれに対応する事は無かった。



「そんじゃ、じゃあな! お前らも元気でやれよ!」

 背中を向けたまま顔だけを三人の方へ向け、大きく左手を振りながら、三人に別れの挨拶を告げる。



「それじゃ!」
「さようなら!」
「また会おうなぁ!」

 アビスの特に特徴の無い一般的とも言える挨拶、ミレイの敬意の篭もった挨拶、スキッドのまるで友達にでも投げかけるような、敬意のまるで見えない挨拶。

 それらがテンブラーの再会に結び付いてくれれば、これほど嬉しい事は無いのかもしれない。テンブラーのこれから向かう先は、アーカサスの街では無いが、依頼はアーカサスの街で受けている。だとすれば、いつかは彼がアーカサスの街に訪れると言う事があってもおかしくない状態だ。アビス達のその僅かな希望は、それを叶えてくれるかどうかは、今は分からない。



*** ***



「そう言えばあいつ、アビスってんだよなぁ……。ゼノンの弟かぁ、たくましくなったもんだぜ」

 揺れ動く荷竜車の荷台の側面に寄りかかり、後部から暗闇が支配する外の世界を眺めながら、テンブラーは英雄と、そしてその弟を思い浮かべながら、小さく呟いた。

 アビス達の荷竜車の方では、スキッドは、酒場で絡んできたあの二人が突然道中で姿が見えなくなった事に対して僅かな疑問を抱いていたが、今日の疲れ等の事情で敢えて二人にそれを言おうとはしなかった。

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