「そんじゃ、一回これ脱ぐ? 流石にこんなのつけっぱだったらちょっと窮屈だよなぁ……」

 アビスは戦いの時は必需品とも言える防具が、今はただ動きを束縛するだけのものに過ぎないと思い、もう戦いに巻き込まれる心配は無いであろう、この空間で、防具を脱ぐ事を二人に勧める。

「そうだな、こんなもんつけてたってもう疲れるだけだしな……ってかおれもう眠っ……」

 スキッドは大欠伸をかきながら、それぞれの防具の金具を外して防具の裏に隠れていたジャケットが目立つ私服の姿を露にする。



「じゃ、あたしも……ってなんであたしの方ジロジロ見てんのよ……特にスキッド」

 ミレイも纏っている防具を外そうとするが、突然嫌な視線を感じ、その方向に、やや睨みつけるように目を向けると、案の定、スキッドが絶対に見逃さすまいと言わんばかりに、ミレイに集中している。アビスもどこかチラチラ見ているが、スキッドよりはまだマシだ。

「あぁいやいやいやいや、女がこんな男どもの前で平気で脱いでいいのかなぁって思ってさぁ」

 男性陣の前で異性が堂々と体を覆っている防具を脱ぐと言う行為は、スキッドにとってはある意味羞恥的なものだと思い、心の中でのみ、気まずい雰囲気を浮かべる。だが、そのスキッドの緑色の目は、どこに気まずい雰囲気があるのだろうかと思いたくなるくらい、集中力を高めている。



「でもあんた、言ってる事とやってる事が違うと思うんだけど。そんな事言うなら見ないでくれる?」

 ミレイはどこか機嫌悪そうに、声をやや低くしながら額当てのような装甲の施されたヘルムを外し、緑色のショートカットの髪を露にする。



「あぁそうかぁ、ってかここで脱ぐのヤバいんじゃねぇのか? ここじゃあ隠せねぇぞ」

「スキッド! お前なんか変な事考えてんだろ!」

 なかなかミレイから視線を逸らそうとしないスキッドに対してアビスは恐らくスキッドが心中で淫らな事を予想していると思い、そこを突こうとする。



「そう言うお前こそ微妙に見てたろ〜? アビスもむっつりスケ……」
「お前なんかず〜っと見てただろ! 俺はあくまでも微妙だからな!」
「結局見てんだろ!」
「お前よりはマシだ! 俺はあくまで微妙……」

 アビスとスキッドが少しだけ見てたか、或いはじっくりと見ていたかと言う、その差の事で言い合っていると、突然少女の怒鳴り声が荷台の中に響いた。



「どっちも同類よ!! いい加減してくれない!? なんで男ってそんな変態的な事しか考えれないのよ!?」

 ミレイのその怒った様子に驚いたアビスは、何とか少女を落ち着かせようと、焦るように色々と言葉を並べる。見る分量がどうであろうと、結局は見ている事には変わりは無く、実質、二人の少年は少女の防具の下に映る姿を、多少ではあるが嫌らしく想像していた事には変わりは無い。



「あぁ違う違う! 別にそう言う事じゃないんだよ! 俺としてはもしホントに見られたくないってんならちゃんと見ないで顔隠したりもするし! なんなら降りて待ってやってもいいから! ってかゴメン! ホント!」

「おれもそうするから! 安心して脱いでくれ!」

 アビスは異性が受け止めるであろう羞恥心を多少理解しているのか、自分がしていた行為を反省し、何とかミレイが普通に防具を外せるような環境を作らなければと、行動を開始しようとする。

 スキッドもアビスに続いて、やや無責任な言い方で、アビスと同じ考えであるような事を主張する。だが、スキッドに反省の色があったのかどうかはその台詞からは到底読み取れないだろう。



「全く……あんた達ってほんっとテンション高いわね……。それと、別に隠れなくてもいいし、ここから出なくてもいいわよ……。どうせ中はほら、普通に服着てる訳だし」

 アビスやスキッドなりに何とか表現したその謝罪の気持ちに、ある程度気を許したのか、ミレイは呆れるように溜息を軽く吐き、そして、防具内部が決して無防備では無いと言う事を話しながら、腕を守るガードを外し、そして胴体を守るレジストを脱ぎ取った。

「あ、なんだ……」

 スキッドの気の抜けた言葉である。期待外れのその光景に、心の中でがっかりと、頭を落とすが、その台詞の有様から見れば、直接口には出さなくてもその様子が読み取れるかもしれない。



「あ、なんだ、じゃないわよ。なんでただ防具外すってだけでこんなに煩くなんのよ」

 スキッドの妙な反応に再び溜息を吐きながら、最後の防具箇所である腰回りのコート、そして脚部を守るグリーヴを脱ぎ取り、そしてようやく完全に少女の薄いジャケットとズボンと言う、ボーイッシュな私服姿が露となる。

 因みに女性の装着する脚部を保護するグリーヴは、男性用とは異なり、太ももの中間辺りまでの長さとなっており、通常ならば、両足の付け根と、その太腿の中間辺りまで保護するグリーヴの間から素肌が見えているものである。

 だが、ミレイの場合は、一度脱ぐと言う事を考慮してなのか、その下には暗い色のズボンを着用していた為に、その素肌の部分は黒く映っていた。ズボンが無ければ到底グリーヴ等脱げたものでは無い。

 しかし、スキッドは防具を完全に脱ぎ終わった後も、そのミレイの姿から目を離す事は無く、何かに見とれたような、僅かに嫌らしさすら感じ取れるようなその視線に、ミレイは再びスキッドに、怒りこそ見せないものの、呆れたような顔をしながら、スキッドに喋りかける。



「何よ? またなんか言ってくる訳? ちょっとは静かにしたら?」

「そりゃあ、あ、いや、なんでもねぇよ。ってか、まあ、よく見たら可愛いかなぁってな!」

 スキッドはそのミレイの防具を外した私服姿を見るなり何か言いた気な台詞を途切れ途切れに口から出すが、出さずに終わらせる。歯切れが悪い事を多少スキッドは気にしたのか、後半無理矢理に事実とも言える誉め言葉で何とか終わらせる。



「ああ、はいはい、ありがと……」

 その妙な様子に、ミレイは脱いだ防具をザックに入れながら、力の抜けた礼を返すが、それ以上の言及はしなかった。徒行中でのスキッドの相手をしていて精神的に疲れが溜まっていた為にもう殆どどうでも良くなっていたのだろう。



(ってかこいつ、女の割に胸、ちっともねぇじゃん!! )

 これこそが、スキッドがミレイに対して思っていた事である。恐らく口に出せば確実に拳が飛んできてもおかしくは無いであろう、そのデリケートな部分を見ながら、心で大きく叫んだ。

 一応男との区別は辛うじて可能かどうかと言うくらいの豊かさはあるものの、瞬間的に見ただけならば、黙っていれば男と対した相違は無いと言う錯覚すら覚えるそのサイズ。女性の魅力の一つとも言えるある意味分身とも言えるその箇所がスキッドの想像する一般的な女性に比べて明らかに貧しく、そこを突けば恐らくは最悪の事態が起きてもおかしくないだろうと咄嗟に読み、口には直接出さずに、内にしまったままにした。

 ここはある意味、スキッドは最善の判断を下したと言えるだろう。



「お前また変な事考えてんのか?」

 だが、スキッドの表情はどこかにやついており、そこから再び淫らな事を想像しているであろうスキッドの心を読み取ったであろうアビスに声をかけられる。膝に肱を立てて顎を右手で支えながら。

「いいや」

 いつものスキッドとは思えないような、非常に短く、そして特に周囲に煩いと言う気持ちを生まれさせないような、スタンダードな返答。アビスに悟られないようにと言う考えだったのかもしれないが、普段とは違う態度によって逆に怪しまれたかもしれない。



「あ、そうだ、そんな事よりミレイ、あのさぁ、お前アーカサスから来たってんならさぁ、あの爆破テロとか言うやつの事、なんか知らないか?」

 ようやく話題がまともな方向に走った瞬間だった。アビスはその視線をスキッドからミレイに移し、例のあのアーカサスの街への道を塞いだ事件について、その時その場所に居合わせていたミレイにそれを聞こうとする。

「やっとちゃんとした話、したくなった訳ね。でもあたしもあんまり詳しい事は……」

 話題が真面目な方向に立て直されたのは良かったが、ミレイでもあまりその事件の背景はよく分からないままで今に至っていた。その為、説明するとしてもどう伝えれば良いか、悩むと言う事もあり、自信無さそうに荷竜車の外に目をやる。



「そう言えばそのテロってやつが起きたらアーカサスに入れないってんだよなぁ? 俺達が到着した頃にはちゃんと入れるようになってんのかなぁ?」

 アビスは到着した後に折角の新天地の目の前で足止めを喰らうと言う小さな恐怖を感じ、本当にアーカサスの街に入れるのかどうかを訪ねようとする。

「ん〜……そうねぇ……一応犯人が見つかるか、或いは現場の調査が終わったら大体は入口解放されるから、それまではひょっとしたら足止めって事になるかもしれないけど」

 ミレイは外を眺めながら、覚えている範囲で説明をする。その間、アビス達から何の反応も聞こえなかったが、ミレイはそのまま話を続ける。外を見たまま。



「だけど流石に調査が難航し過ぎてもアーカサス側としては交易とかそう言うのも一切出来なくなって仕事してる人とかにとってはもう痛手以外の何物でも無いから一週間ぐらい待ってれば強制的に開くからそれまで待つっての……って、あのさぁ……」

 ふとアビス達の方を向くと、ミレイは呆れるかのように、その青い目を細めた。アビス達は、荷竜車に積まれた自分達の荷物の上にその体を横たわらせ、やや静かな寝息を立てながら眠っていたのである。特にアビスの場合、アビスの方から話し掛けてきたと言うのに、やや失礼な行為とも言えよう。



「なんで喋ってきた方から寝るのよ……。まいいや、そう言えばあんた達ってずっと戦ってたんだもんね。いいわよ、また今度ゆっくり話すから」

 ミレイは、恐らくはアビス達は今日はほぼ一日中激戦を繰り広げていたと考えると、外はもう夕方から夜になるかと言う所まで来ており、そしてアビス達が眠くなるのも無理は無いと思ったのである。

 普通に喋りかけた程度ではまず目を覚ます事は無いであろう二人にそう言った後、ミレイは一度荷竜車を降り、樹に手綱を結んで逃げないように繋いで待機させていた青鳥竜の所へ足を運び、そしてその青鳥竜の手綱をを荷竜車に繋いだ後、彼女も既に熟睡してしまっている二人に一言、言いながらゆっくりと膝を抱きながら眠りについた。



「それじゃ、おやすみなさい、二人とも」



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