アーカサスの街より少し離れた場所で荷竜車から降りたアビス達は、それぞれの荷物、リヤカー、或いは防具を入れたザックを持ち、荷竜車の竜主に別れの挨拶を告げた後、そこからは自分の足でアーカサスへと足を運んでいく。

 だが、ミレイには青鳥竜の貸出屋へ一度寄らなければいけなかったし、それに通常の門を通る事は出来ない。理由は簡単。封鎖時に、あの隠し通路を通ってきたからだ。ギルドの方でしっかりと今誰が外にいて誰が内部にいるかまで、完全に管理されているのだから。

 そして、アーカサスの街だが、どうやらあの爆破テロの事件は一応解決の方向へと進んだらしく、門は開いており、アビスとスキッドはそこで身分証明のチェックを受け、そこから遂に街へと入れたのである。

 その街の、ドルンの村とは比べ物にならないくらいの喧騒に包まれた風景に驚いている間も無く、二人がまず行くべき場所は役所だった。そこで住民票等の手続き、そして自分達の部屋の確保等をしなければこの街では暮らしていけない。

 アビスもスキッドもその手続きはしっかりと済ませる事が出来、それらの最低限の生活をする為の準備が終わり、確保した部屋で横になった時には既に辺りは暗くなっていた。

 荷竜車の中で話した通り、明日の待ち合わせ場所は、酒場である。そこでまだ済ませれなかったギルドへの登録を兼ねてそこで始めてアーカサスからの狩猟に出かけるらしい。ミレイの友人と共に。



*** ***



「あぁあ〜、メッチャ疲れたぜ……。もう寝るかぁ」

 スキッドは自室のベッドの上で上着のジャケットを脱いで適当にベッドの横に捨てるように放り投げ、そのまま眠りに入った。

 予想以上の手続きの手間、そして生活用品の設置等で相当体力を使ったのだろう。一言吐くと、あっと言う間に睡魔に取り付かれてしまった。



*** ***



 その頃アビスもベッドの上に横になっていたが、アビスはふとあの二人の事を思い浮かべていた。

 それは、あの金髪で口の悪い男と、銀髪で少し面白い男のハンター達だ。

「フローリックとテンブラー、今頃どうしてんだろうなぁ」

 天井を眺めながら、今まで共に戦い、そして何かしらの縁を築いたハンターの中では唯一の大人メンバーである。話し方はどうであれ、2人ともアビス達の少年、少女チームに比べればその実力は折紙付だ。これからのクエストで彼らが再び来てくれればどれだけ心強いか、アビスは思っていた。

 一瞬、天井にフローリックのやる気の無さそうな死んだ魚のような橙色の目でアビスを睨んでいる様子と、テンブラーのあの緩い性格とは非対称な鋭い赤い色の目を同じくアビスの方向へ向けながら親指を立てている様子が同時に浮かんだような気がした。

 そして、アビスはその二人が共に狩猟に出たとしたらどんな事になるのか、想像し、何故か笑いが毀れた。外見から判断出来る年齢は似ていると思われるが、性格は正反対。確実に何か面白い事が起こるに違い無いと。



*** ***



 一方で、ミレイの方はまだ就寝しておらず、明日共に狩猟に行く友人の家に足を運んでいたのである。そこで計画の軽い予定変更等の相談をしようと思ったのだろう。アビスとスキッドと言う思いがけない再会、因みにスキッドの場合は出会いと言うべきであろう、その二人が現れた以上、元々ミレイともう一人の女友達と二人で行く事が決まっていた狩猟に多少の計画変更が決まってしまったのだから、その事は伝えておかないと当日に少し困る事になるかもしれない。

 ミレイはまだ遅くと言う訳では無いが、夜で街灯が光る街道の脇にある一軒のマンションの二階に上がり、その奥の道に幾つも並んだドアの内の一つに軽く数回、ノックをする。



「はい?」

 ドアの奥からミレイとは別の少女の声が聞こえた。



「あたしよ、ミレイよ」
「入っていいよ」

 許可を貰ったミレイは、ドアノブに手をかける。そこにいたのは、恐らくはミレイとほぼ同年齢に違い無い少女だ。

 ミレイはその、少女らしく、しっかりと整理整頓され、全く散らかっていないその少女のワンルームの部屋に上がりこむ。

 そして二つ用意されている椅子、そしてその椅子二つに挟まれた円形のテーブル。二つの椅子の内の一つに座りながら、ミレイは少女に昨日と今日の出来事を軽く話した。



「クリス、夜遅くにごめんね。はぁ、やっと終わったわよ。あのお手紙配達。それよりさぁ、明日の狩猟の事なんだけど……」
「狩猟? なんかあったの? それにしても随分疲れてるみたいだね。これ、飲んで」

 クリスはミレイの表情を見て、ただ手紙を送りに行っただけで終わった訳では無い事を見抜いていた。手紙の配達だけで済むなら昨日の内に帰って来れたであろうに、今回は昨日の昼に出てそして今日の夜遅くにここに来たのだ。殆ど一日以上の時間を使ってしまっている。

 実はアーカサスの街とバハンナの村の距離はそう遠くは無かったらしい。アビスはどこでどう聞き間違えたのだろうか。

 クリスは話を聞きながら、冷蔵庫からリンゴジュースの入ったボトルを取り出し、透明のグラスに自分用とミレイ用のジュースを注いでそれをテーブルの上に置き、そしてクリスも始めて残り一つだけの椅子に座った。

「あ、ありがとう。んで一応手紙はいいとしてその配達途中でさぁ、なんか妙な戦いに巻き込まれてさぁ……」

 疲れた体を癒すには充分過ぎるほどに冷えたリンゴジュースを簡単に飲み干しながら、ミレイはバハンナの村へ向かう途中であった戦いの経緯を話した。



――――――



「へぇ、そんな事があったんだぁ。んでアビス君とスキッド君って、どんな感じの男の子なの?」

 クリスはその話に出てきたハンターの名前の内、アーカサスの街まで一緒に来た二人の男の性格と言うか、内面を聞こうとする。その途端にミレイの表情が何か不味い事をした子供のように、難しい顔付きになる。

「んと、えっと、そうねぇ、アビスの方はまあ普通の男の子って感じかな? してスキッドはちょっと煩いけど悪い奴じゃなくて結構いい奴……って感じかな?」

 アビスは兎も角、スキッドは初対面のミレイにとっても相当な男であった。誉めて言えば友好的、悪く言えば煩いと言う、何とも言えない少年だ。でもここでそんな事を露骨に言えば明日スキッドと会った時に事前に聞いた事を理由に避けられる等の事態に陥れば、スキッドに悪いだろうと思い、流石にそれはいけないだろうと、敢えて必要以上の事は言わなかった。

 ミレイなりのスキッドに対する思いやりである。



「それって結構いいメンバーなんじゃない? なんか楽しくなりそう!」

 クリスはその簡単な説明から、ポジティブな想像でもしたのだろうか、その二人とのやりとりが面白くなるだろうと、思わず両手を叩くように合わせる。

 年が近ければ、友達と言う縁も築けるだろうし、何より上下関係を気にする必要も殆ど無い為、互いに会話で気まずい雰囲気になる事もまず無い。二人の少年の出会いを想像すると、クリスの幼さを残したような顔に慢心の笑みが浮かび上がる。

「そうかなぁ、いや、そうよね! 絶対楽しくなるわよね!」

 ミレイは相当曖昧にしたであろうスキッドに関する説明を聞いても尚ポジティブに考えてくれるクリスにまるで安心でもしたかのように何故か声を荒げて賛成する。



「あれ? どうしたの? なんか一瞬凄い慌てたように見えたんだけど……」

 突然のミレイの態度の変化にクリスは何かあったのだろうかと思い、思わず訊ねるが、

「あぁ、いやいや、何でも無いわよ。それよりさぁ、念の為聞きたいんだけどさぁ、明日の狩猟、何の装備で行くの? まさか、あれって事は……無いわよね?」

 流石にスキッドの事で何か悟られては不味いと思い、咄嗟に話題を明日の狩猟の話へと変え、そして、どこか不安そうな顔をしながら、装備の事を聞こうとする。



「まさかって、決まってんじゃあん。やっぱこれっきゃ無いっしょ!」

 クリスは立ち上がり、クローゼットの近くまで移動し、そしてそれを開き、その中に綺麗にしまわれている赤色の防具をどこか誇らしげにミレイに見せつける。

「これっきゃ無いって……。それで……行くの……?」

 ミレイは苦笑を浮かべ、本当にその装備で明日の狩猟に赴くのかを訊ねる。



「そうだけど、なんかあったの? それともこの装備じゃあ不味いとか?」

 いつもなら何も言わないミレイだと言うのに突然になって、アビスとスキッドを紹介したその日に突然その防具を否定するような事を言われた為、クリスは首をかしげる。

「あぁいや、そんな事無いんだけど……どっちかって言うと、別のにしてほしいような……」

 ミレイはその細い眉をピクピクと動かしながら、途切れ途切れその防具では無く、別の防具を頼み込もうとする。



「えぇ〜、なんかあったの?」

 クリスはクローゼットを閉めながら、そのミレイの異様な様子に首をかしげながら、ゆっくりと自分の椅子に戻っていく。

「あっ、えっ、あっ、いやぁ……特に何も無いんだけど……」

 ミレイはテーブルに両肘を立て、クリスから目を離して両手で顔を覆い尽くし、途切れ途切れに言い切った。



「なんか今日のミレイちょっと変かも。多分疲れてんじゃないの?」

 昨日から出て、そして今日の夜、戻ってきた身だ。その疲れもきっと想像を絶するものであろう。クリスはその為にミレイは少し正常な考えを持てなくなっているのだろうと、特にその様子に何か文句を言う等と言った事はしなかった。



(別にいいんだけど……まぁたスキッド煩くなるわね……あぁ……どうしよ……やだ……想像すんのやだ……)

 ミレイはあのテンションのやたらと高い煩い少年の明日の様子を思い浮かべた。未だに顔を両手で覆ったまま。それはある意味、ミレイにとっては恐ろしい事なのかもしれない。

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