村でドンドルマで最初にする事を説明されたのにも関わらず、内容がアビスにとってみれば恐ろしく複雑過ぎたのか、内容を殆ど覚えておらず、今更のようにまずどこに行けば良いのかを、改めて聞き直す。

「役所だ。そこ行ってハンターローン組みたいんだけどって言えば担当の奴がやってくれっからよ。」

 ハンターローンと言うのはその名の通り、ハンターを生業としている者が住処を借りる、或いは強大なモンスターと戦う為に極めて高価な武器や防具を揃えなければいけない等の、非常に莫大な金銭がかかる事柄に直面した場合、すぐにそれだけの資金を用意出来ない場合が多い。そういう場合にこのローンの制度を使う事が出来るのである。



 しかし、幾ら凶暴なモンスターを狩猟し、その都度一般人と同程度、或いはそれを遥かに凌駕するほどの報酬を受け取るハンター達とは言え、意外とその資金は簡単に溜まるものでは無い。

 確かに凶悪な力を持ったモンスターを見事に狩猟し、その死と隣り合わせの戦いを潜り抜けてきたその勇姿に相応しいだけの金額が手に入る事は間違い無い。少なくとも毎日安物の食べ物を摂取し、そして安価な素材で作られた衣類を着て生活している貧乏とまでは行かなくても金銭的な贅沢が殆ど許されない家庭ではその金額はまさに涎が出てもおかしくない量ではある。

 だが、ハンターの姿をただ横から見ているだけのハンターを生業としていない一般人はそこで大きな誤解を招いている。

 ハンターに狩られる側の飛竜達もただ黙ってそのハンター達が勝手に決め付けた狩る、狩られるの法則に従う訳が無く、そして、それを熟知しているハンターは確実な下準備と言うものを心がけるものである。

 例えばある程度の応急処置が出来る回復薬、そして一時的に体内の筋肉を強化し、飛竜の分厚い鎧をも破壊する力を手に入れられる鬼人薬、その巨体をただ動かす行為事態が圧殺、撲殺に繋がりかねないそれを止める為の束縛用の罠、及び落とし穴、更には火薬の力で爆発を起こし、ド派手に致命傷を与えるタル爆弾の類等、それらの準備をするだけでもう殆どの金を使い込む事になってしまう。

 当然、これだけの莫大な費用をかけた準備も、肝心の獲物に敗れれば、それはただの無駄となる。生きて帰って来れたとしてもそこに待ってるのは絶望だけだ。ハンター業とは命と、金をかけた巨大なギャンブルなのである。

 だからこそ、ハンターローンと言うものがハンターにとってはとてつもない大きな助けとなるのである。



 しかし、このローンには過去に一つ問題点があり、金を借りたのはいいが、踏み倒し、そのまま姿を晦ます卑怯者が現れる事がある。

 その為、ローンを組むには連帯保証人と言う、もし借りた本人が返済をせずにそのまま逃げだした場合、その本人の代わりに返済を行う人間が必要となるのである。

 尚、今回のアビスの連帯保証人は、ドルンの村の村長であり、村長はアビスを信用しての事だった。普通ならば借りた物も返さないでそのまま知らん振りするような野郎の為に保証人になる等普通は考えられないだろう。だが、村長は何年もその純粋な心を持ったアビスの性格を熟知しており、彼ならば確実に返済出来るだけの金を作れるだけのハンターになれるだろうと言う見込みを持って決心したのである。

 無論、連帯保証人とは言っても、借りた本人がきちんと返済さえしてしまえば連帯保証人となった者は1ゼニーも払う必要は無い。

 因みにこの連帯保証人となる者が直接手続きの際にその場にいなかった場合、或いはどうしても連れて来れない場合は、その保証人となる者の名前――村長の場合は『村長』と書いて認めてくれる――、在地、性別の最低限の事を記入し職員に手渡す。その後、担当の職員がその記入された事を便りにその場にいない保証人の在地へと行き、そして本人と確認を取って初めて連帯保証人が成立し、ハンターローンも成立するのである。

 もし借りた本人がいなくなれば、その連帯保証人が返済の責任を背負う事になるが、連帯保証人も同じくいなくなれば指名手配の対象となり、只事では済まなくなる。当然見つかれば収容所送りだ。連帯保証人も決して安心出来るものでは無いのである。

 因みにこの非常に複雑に組み込まれたシステムは古代の滅びた文明の古い書物から発見された内容を元に現代に復元されたものである。



「ホントに……ちゃんと出来っかなぁ?」

「出来ねぇ出来ねぇって言ってちゃなぁ、なんも自立出来ねぇぞ、今の内からそういうの、慣れとけっつうの。そんじゃ、オレはもう行くから、後はちゃんと頑張れよ」

「ああ、分かったよ。」

「ほんとに分かってんだろうなぁ?」

 淡々と言うアビスを見て相変わらず疑おうとするフローリック。だが、それは逆にアビスを心配しての事でもあるのかもしれない。まだまだもう子供とまでは行かなくてもフローリックから見ればまだまだ幼い部類に入る。自分の住処を探すのは大抵親がする事であるが、そんな大人がするような事をアビスに出来るのかどうか、それが不安でしょうがないのである。



「うん、ちゃんと任せといてよ! まずは不動産行って、そして……えっと、役所だね! それでバッチシだと思うよ!」

 途中で行くべき場所を忘れたような素振りを見せたが、何とか思い出し、そして自信満々に一人でも出来ると言う事をフローリックに伝える。

「まあ、そんぐれぇの覚悟してくんねぇとこっちも降りらんねぇからなぁ。真面目にやれよ」

 あまり気持ちの感じられない低い声ではあるが、それでもやはり最後まで一人にしてもいいのかと、不安が募る。それでもこっちは徐々に近づいているダガー港へ降りなければいけないし、アビスの手助けばかりもしていられない。最後はキッパリと決断する。



「分かったよ」

「じゃ、あばよ」

 やがて、港に到着し、そこでアビスとフローリックは別れる事となった。フローリックの荷物類を船員達が降ろしている間、アビスはこれから到着するであろう、アーカサスの街に対する大きな期待、そして不安が募っていった。

 あれだけの巨大な規模を誇る街ならば恐ろしい程の実力を備えた者やそこまでは行かなくても自分にとっての目標に出来るだけのベテランハンター等も沢山いるかもしれない。だが、やはりアビスは子供以上大人未満の年齢だ。出来れば大人と組むのでは無く、同じ歳くらい、最低でもフローリックぐらいの歳のハンターと組みたい事だろう。

 だが、それだけ不安と言うものもどんどん迫ってくるものである。フローリックと共に雪山の柔白竜を討伐しに行く時の登山の時も言っていたが、新たなハンターに出会ったはいいが、そこからきちんと仲間になるようにやりとりが出来るか、或いは仲間になった所でその仲間になったハンターの邪魔にならないかどうか。また、きちんと大家と契約して自分の住処を得られるのか。新たな大地では期待と覚悟と言う複雑な感情が頭を過っていく。

 フローリックがいなくなった今、もう誰にも頼れない。何かあってももう自分で切り抜けなければいけない。彼は口は相当悪いが、彼なりに色々とアビスにしてくれた男だ。支えがいなくなった後、アビスはしっかりと自分でやるべき事を出来るだろうか。

 そんな事を考えている間に船はもう再び動き出していた。アビスにとってのその不安は通常の流れている時間よりも非常に長く感じられたのかもしれない。

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