リヤカーを引きながら船員の言った通りに看板を辿り、そしてようやく目的地であるバハンナの村に到着する。村だけあって木造式の安い雰囲気を漂わす造りの民家が特徴的だ。

 だが、一つどうしてもアビスにとって少し目にかかる部分があった。それは、まるで何か強大な何かによって付けられたであろう、殆どの民家に付いた傷痕である。文字通りのものであり、壁に穴が開いていたり、屋根に補強用の板が交差状に張られていたり、窓のガラスが割れていたり等、とてもその村の状況は心地良いものとは言えない。

 とは言え、村を歩いている村人達は特にその文字通りの傷痕に怯える様子も無く、水の大量に入ったバケツを運ぶ女や、畑の作物を台車に乗せてそれをアプトノスに運ばせる農家の男等、ボロボロの村なりに頑張っている様子がハッキリと見える。



「ここがババ……じゃなかったや、バハンナの村かぁ。でも随分ボロボロだなぁ」

 アビスはその村の風景をただ見て思った事をそのまま呟く。実際、その村はボロであり、ドルンの村とは比べられないくらいに汚い。だが、もし今の言葉がここの村の人達に聞かれたらどう思われるのだろうか。幸いそれは誰にも聞こえていなかったらしいが。

 リヤカーの取っ手を掴んだままぼ〜っと眺めていると、突然顔の横に何時の日か感じた覚えのある違和感が走る。そして、振り向く間も無く、その違和感を発生させている犯人が突然……



「おい、若造。命が惜しけりゃ有り金全部置いてきな!」

「なっ……! って……」

 アビスに銃口を向けたまま、脅迫する。目は帽子の鍔で隠れており、外からは窺い知る事は出来ず、暗い雰囲気を出している灰色のシャツに、その上には同じく暗い雰囲気を湧き出す茶色のジャケットを着ており、恐喝行為を行う人間としてはそれらしい外見をしている。

 銃口を向けられた時の恐怖は以前沼地でも感じた事もあったが、今回はその沼地の時のように恐怖に縛られる事は無かった。それ所か、逆にアビスはその声を聞いてどこか懐かしい気分になりながら笑い出し……



「そ〜の声は……スキッド! お前か!」

「うわぁ! やっぱバレた!?」

 アビスは咄嗟にリヤカーの取っ手の下を潜り、完全に自由になった身で突然銃口を向けてきた馴れ馴れしい男に飛び掛り、うつ伏せに倒したスキッドの背中に跨って首元を押し付ける。



「当ったり前だろ! 昔そう言う事してただろ!」

 スキッドと呼ばれた男は実はアビスと同じドルンの村出身であり、まだハンターになれない幼い日を、ハンターごっこをしてよく遊んでいたものだった。

 適当に拾った木の枝を剣、或いはボウガン代わりにしてよく遊んでいたのである。

 その時、スキッドは下らなく、尚且つ非人道的な事を想像していた。それは、ボウガンを持って強そうなハンターに銃口を突き付け、金品を脅し取ると言う、本来のハンターから極めてずれた非道な行為である。

 当然、当時は単なる笑い話としてそのまま忘れられていたと思われていたが、それが今ここで偶然の出会いと共に実現したのである。

「いやぁ〜それにしても懐かしいやぁ。こんなとこで会っちゃうなんてさぁ」

 ようやく気が済んだのか、アビスはスキッドから降り、そして久々の友人との再会を喜ぶ。



「こっちも同じだぜ。こんなしょうがなく立ち寄った村でお前と会っちまうんだからよぉ」

 スキッドは両手を後頭部に回しながら伸び伸びと体を伸ばしながらアビスと同じく再会を喜ぶ。

 茶色い少し長めのショートヘアー、そして緑色の瞳をしており、アビスと同じ年頃の人間に相応しく、非常に気さくで、そして明るい性格が見て取れる。



「あれ? しょうがなく? って……どういう事だよ? そう言えばアーカサスに行ってたんじゃないのか? 結構前に村出てったみたいだけど……」

「ああ、それねぇ。話せば長くなんだよ。ま、とりあえずあそこの酒場でも行ってゆっくり話そうじゃんかよ」

 スキッドはボロボロな村にしてはやや大きな規模を誇る建物を指差し、アビスを案内しようとする。ハンターを生業とする者が多いこの世界ではどんなに小さな村にでも1つぐらいは騒いだり笑ったり出来る場があるのは普通の事なのである。



「ああ、聞かせてくれよ。こっちも色々話す事とかあっからさあ。でもさあ、酒場って事はさあ……酒? だよね。飲むのか?」

「は? あんな苦いもん飲める訳ねぇだろ。まだまだおれらには早いって、あんなまずいもんは」

 酒と言えば大人の飲み物として知られている。よく仕事が終わった後の大の大人達が気持ちの良さそうな顔をして飲んでいる姿をアビスやスキッドはまだドルンの村にいた頃、酒場でしょっちゅう見てきた光景だ。だが、その喉にきつく染み込むような苦味はまだアビス達には早すぎるのかもしれない。最も、アビスはこの生涯一度も飲酒の経験は無いが、逆にスキッドは興味本意で飲んでみた酒をその驚異的な苦さに負けて一瞬にして全部吐き出した経験を持っている。だからこそ酒には決して手を出さまいと、決心していたのだ。

 あくまでもスキッドはただ酒場で座りながらゆっくりと話がしたいだけである。



「飲んだ事……あんのかよ」

 アビスは初めて聞いたその事実に少しだけ苦笑いするが、特にそれに対してスキッドは動揺する様子も見せず、再び酒場へ行こうと、酒場に指を指しながら言う。

「いいから、さっさと行くぞ。お前もそんな重いもん引っ張ってりゃあ疲れんだろう?」

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