「なぁ、おっさん、あの村か? もうすぐ飛竜に襲われるってんのは」

 バハンナの村から遠く離れた、とは言っても目でもその場所を特定出来るほどの距離に2人の男が立っている。青年と中年の男達である。

 やや長めの銀髪、そして直視すればひ弱なモンスターならば怖気づくようなやや鋭い赤い瞳をした青年は背中に雌火竜の甲殻や鱗で作られた緑色が特徴的なジークリンデと呼ばれる背負っている彼自身と同等か、それより僅かに小さいかと言うほどの大型サイズの剣、即ち、大剣を背中に背負い、そして紫色の刺々しいデザインの施された紫凶狼鳥しきょうろうちょうの甲殻や鱗で精製された装備を纏っている。

 やや低音で落ち着いたような声で、遠方に見える村を横目で見ながら中年の男に聞くと、彼に依頼を頼んだ中年の男が頷く。

「そうだよ。でもホントに悪いねぇ、あんた一人でこんな面倒な事させちゃって……」

 中年の男は少し気まずそうに頭に手を当てる。



「いぃや、気にしなくていいと思うぞ。一応こっちもハンターなんだから、相手が誰だろうといちいちケチつけてられないだろ?」

 これから戦う事になるだろう、強大な力を誇る飛竜相手にそれほど恐れる事も無く、平然とした態度で遠方に見える村を見続ける。

「そうかい? まあ、そっちも報酬目当てでそこまで張り切るってのは分かるけど、でもあんまり無理はするなよ。死んじまったらそこでもう全部おしまいだ」



「いいや、俺はそこまでへたれじゃねえよ。もう俺もハンター歴結構長いんだから、どう戦えばいいかは、それぐらい分かってる。おっさんは心配しなくていいぜ」

 それを言うと青年はそのまま足を村の方へと動かそうとする。

 自分の元から離れようとする青年の背中を見ながら再び中年の男は喋りかける。



「頑張ってくれよ。終わったら後で皆で1杯上げようじゃんか」

「ああ」

 依頼が終わった後、場所は分からないが、酒場での団欒を約束され、青年は一言で返しながら右手の親指を立て、グッドサインを送る。

 そして、言い終わるとさっきまでは歩きだった足を、今度は駆け足にチェンジし、そして村へと向かっていく。

 木々の点在する進路を進む青年は、徐々に徐々にとその村と青年の距離を縮めていく。だが、今回彼に依頼された内容としてはやや曖昧な部分があった。

 それは、何の飛竜が村を襲うかと言う、ある意味最も肝心な部分である。確かにどこが戦いの舞台になるかも大切ではあるが、それより相手が誰か分かっていなければ作戦を立てるのも非常に難しい。飛竜とは言っても攻撃のバリエーションは同じなはずが無いのだから今回彼にとっては条件は最悪である。大剣のその重量から繰り出される一撃は目を見張るものがあるが、だが、素早い相手の場合、非常に苦しい戦いとなる。

 青年はそんなハンディキャップをものともせず、勇敢に戦いの舞台へと進んでいく。



(でも今回の相手、誰なんだよ……。武器の相性悪くなけりゃあいいんだけどなぁ……)

 走っているその顔はまさにこれから戦うハンターに相応しい凛々しいものではあるが、やはり心中ではどこか不安気であった。しかし、だからと言ってもう引き下がる事は出来ない。その足の速度を緩める事は無い。

 徐々に村が近づいてくる。彼の今の速度だと後数10分と言った所だろう。

 その時だった。彼の真下に大きな影が3つ現れ、そして彼が今走っている方向へと流れて行ったのは。



「ん?」

 単調な反応で上を見上げると、そこには、影のサイズに相応しい大きさの何かが飛んでいたのである。

 太陽の逆境でその姿はよく見る事は出来ないが、空を飛んでいるだけあって胴体と思われる中心部の両端には胴体と同じか、或いはそれ以上の横幅を誇るものが備わっている。そして、その色は、何とか赤っぽいのが見て取れる。

 その巨大な物体が3つ、1つが先頭を進み、残りの2つがその先頭に付いていくようにその後に付いている。その物体達が向かっている先は、今青年が向かおうとしている場所だ。



「多分あいつらだな……。今日の相手ってのは。こりゃあ面倒事になりそうだなぁ」

 これから戦うであろう、ただでさえ1頭相手でも苦戦を強いられる飛竜だと言うのに、今回はそれが3頭だ。だが、そんな状況でも落ち着いた感じで、そしてその彼の心境とは対照的に、やや辛そうな溜息を吐く。

 だが、恐らく村には彼以外のハンターもいる事だろう。状況が状況なのだから自分が今いる村が危機にさらされれば否応無しに飛竜と戦う事になり、そしてその場にいるハンター達とやや強制的に協力する事になるであろう。青年はそれを少しでも期待して決して逃げまいと、心で誓っているのである。いくら屈強なハンターでも3頭を一気に相手にするのは不可能に近い。

 これから出会う共に戦える相手を期待しながら、遂に村に到着し、そして、一言を漏らしながら、戦いの為にさっきまで外していたヘルムを被り直す。

 戦う術を持たない村人達は悲鳴を上げながら逃げ惑い、そして唯一戦う術を持つハンター達は飛竜達の猛攻に悪戦苦闘している。彼一人が戦いに加わった所で現状は殆ど変わらないかもしれないが、でも依頼を受けた身である。勿論彼は既にその村のあちこちにある事をしており、この飛竜達の戦いに備えていたのである。だからこそ今回の戦いでこの青年の存在は必要不可欠なのだ。

「こりゃあ酷いな……」

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