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――今、元々捕まっていた
スキッドまでもがその仲間に追加された。
この環境は今、絶望的であろう――
今は黒い皮膚を持った筋肉質の男、そして、その後ろに立つ三人の火竜の装備を纏った男にまるで見下されるような視線で見られている。
「まさかもう一人のこのことやって来るとはなぁ、どうせお前もここのジャガーヘッドって言う毒草の封印が目的だったんだろ? そうはいかないぜ」
元々捕まっていたバウダーとダギの後に縛られる破目となったスキッドの方に目だけを向けながら、その威圧的な声色で、訊ねるが、その威厳からは、返答次第で即抹殺されてしまいそうな雰囲気すら覚えてしまう。
「よく分かったなぁ! そうだよ、おれらはなぁ……じゃなくておれはなぁ、ここの毒草の生える洞窟ぶっ飛ばしてやろうって思ってわざわざ来たんだからなぁ!」
スキッドは他に仲間がいると悟られては不味いと、完全に手遅れながらも単独で来たと言う事をどこか自信ありげに伝える。
――しかし、相手も一流の組織の一員であろう。スキッドの愚かな対応等、即座に読み取れるに決まっている。
所詮はスキッドもただの囚われの身である――
「やっぱりこいつにはまだ他に仲間がいるらしいですね。排除に向かいましょうか?」
当たり前のように悟られてしまったスキッドの残りの仲間の抹殺に向かおうと、火竜の装備と、大剣を背負った男が黒い皮膚の男に話し掛けるが、黒い皮膚の男はそれを拒否した。
「いや、いい。もうすぐヴィクターの迎えが来る。その時にこいつらは実験台の材料になるからな。別にほっといてもいいだろう」
「おい! なんだよ!? その実験台ってのは!」
スキッドは男達の威圧的な空気にも巻けず、その謎の意味を秘めているであろう、その実験と言う言葉を、素直に答えてくれるかどうかも分からない相手にそれを聞き質そうとする。
「貴様! 自分の立場分かってるのか!? いい加減慎め!」
スキッドの態度に苛立ちを覚えたのか、ボウガンを持った火竜装備の男は、スキッドに銃口を突きつけるが、それは黒い皮膚の男に抑えられ、銃口の先がスキッドの頭部から反らされる。
――だが、その
「いい、お前は黙ってろ」
ボウガンを持った火竜の装備の男を再び黙らせた黒い皮膚の男は話を再開させる。
「実験かぁ、いいだろう、どうせお前らは死ぬ運命にあるんだ。冥土の土産に教えてやるとするかぁ」
黒い皮膚の男は、見た目通り相手を見下した視線で、死が確定した三人なのだから、何を話してもどうでも良いだろうと、男達の秘密とも言えるその事実を話し出す。
「マジかよ、教えてくれよ」
スキッドは、すぐ間近にいる二人が黙っているその緊迫とした空間でも全く引き下がる様子も見せず、尚且つ死の宣告を受けても尚怯む事無く事実を聞けるそのチャンスを逃さず、どこか何かを自覚したような真剣な顔立ちに変える。
「貴様! いい加減自分の立……」
「お前はいいから黙ってろ」
スキッドのその態度がどうしても気に入らないのだろうか、ボウガンを持った火竜の装備の男は再びスキッドに怒りを飛ばすが、黒い皮膚の男に腕を壁のようにされ、再度、止められる。
ボウガンの男を軽々と止めた後、再び凄味のある声を響かせる。
「いいか、どうせ死ぬんだから、よく聞いとくがいい。俺達はなぁ、毒物を使って劇薬の開発を担当してんだよ。丁度ここに開発に役立てそうな毒草が生えてるのが分かったから、早速調査してみたら、見事に邪魔が入ったってものだ。本当だったら、その場で死刑にでもしてやろうって考えたが、よくよく考えれば、開発にはやはり実験が付き物だ。お前らを研究所の方に引き連れてサンプルにするには都合がいい。もう少しで迎えが来る。その時までゆっくりしてろ。最も、そんな格好じゃあゆっくりなんてしてられないだろうがな」
黒い皮膚の男は、自分達の目的を明かした後、最後にさらに見下したように、笑みを浮かべ、そして細い目を更に細めて言い切った。
――毒薬の開発 それは、必ず実験と言う
そして、初めて
「なるほどなぁ、薬なんか作っちゃってるって訳かぁ、そんなもん作ってどうすんだよ」
スキッドはその劇薬を精製する目的を聞こうと、怯まず問い質す。
「まあいいだろう。人間やモンスターを戦闘兵器に出来たら、どう思う? 最高だろ? 戦闘要員が増えればそれだけこっちも戦いの手間が省けるってもんだ。どうせ代わりならいくらでも転がってるんだからなぁ、失敗したとしても何の損害も無い」
そのまるで命を軽視するような、人間を使い捨てにするかのような、人道の外れたその計画に、スキッドは顔を顰めながら、黒い皮膚の男に更に言い返す。
――薬物の
元々驚異的な力を持つ飛竜。それに更に
最早手のつけようが無くなってしまうような事態に陥ってしまうに違いない。
飛竜に
「なんだよそれ! 人と戦闘兵器ってとこはなんかよく分かんねぇけど、代わりはいくらでもいるって言い方はちょっと気にいらねぇなぁ!」
恐らく黒い皮膚の男としては、人間やモンスターにその薬物を注入する事によって凶暴化させ、戦いしか考えられないような、まさに戦いだけの為の生物に変貌させる事を目的としているのだろう。
しかし、回りくどいその言い方が、スキッドにはハッキリとは伝わらなかったものの、それでも男達の考えている事はまともな話では無い事には変わりは無い事はスキッドにも理解出来た。人を使い捨てにしていると言う事だけは。
「そっちの理解がどうだろうがこっちには関係無い事だ。まあ、せいぜい薬にやられて頭がおかしくなる様子でも想定しといたらどうだ? でも、こっちの劇薬は恐ろしいぜぇ。この前なんか頭狂った実験台がどう言う訳か壁に頭突きしまくって頭蓋骨陥没させて死んじまったからなぁ、はっはっは」
黒い皮膚の男は、以前の別の薬物によって精神に異常を来した被験者を思い出しながら、薄気味悪く笑いをこぼす。
「なんだよ……それ……。随分悪趣味じゃねぇかよ。なんか世界の広さ実感したような気になったぜぇ」
スキッドは男のその極めて恐ろしい、被験者の死の話を聞いても尚、絶望を覚える事無く、逆に男達の背後にある組織に興味が湧くのを覚える。
「そうかそうか、それはありがたい。だが、もう少しだ……。ヴィクター、早く来いよ」
自分達の組織に関心を覚えてくれた事に僅かながら感謝の気持ちでも覚えたのだろうか、黒い皮膚の男は、仲間の名前を洞窟の外に向かって軽く呟きながら、スキッド達をそのまま放置し、洞窟内部に生えている黄色い葉身に、橙色に紫の斑点が打たれたような花弁の植物、恐らくそれが毒草、ジャガーヘッドなのだろうか、その草ばかりを積みながら、予め設置された木製の箱にそれを投げ入れていく。
――
*** ***
(毒、効いてきたね)
クリスの口元に軽い笑みが走った。二本目のナイフに仕込まれていた毒素の効力が働いてきたのだろうか、徐々に動きが鈍くなってきている火竜。どうやら毒によって力が体内から抜けてきているのだろう、それを悟ったクリスは、これならば自分に降りかかる危機が激減するだろうと、安堵の気持ちを覚えながら、相当つけられたであろう、頭部の甲殻や脚部につけられた多数の傷に更に狙いをつけ、クリスはその軽い足を疾走させる。
――小型ナイフには、
純粋な威力はまるで期待出来ないナイフ。
だが、刃先に毒を塗り付ければ話は別となる。
直接身体機能を弄られれば、行動に大きな支障が生まれる。
火竜も、迫る少女のハンターを叩き潰そうと、自分の背後に長く、太く伸びる尻尾を振り回そうとするが、毒素によって力が抜け切っている為、尻尾の回転速度は遅かった。
――【
竜王の尻尾は、背後から迫る愚か者に致命傷を与えるに充分な構造をしている。
大木に見紛う太さも去る事ながら、何より、先端部の両端に三本ずつ、そして、先端には一本だけ生えた大きな棘。
単純に直撃しただけでも確実な致命傷を負わせ、そして棘に当たればそれはまさに
だが、それを妨害したのが、
「おっと、危ない!」
どこか軽い余裕を覚えながら、ゆっくりと目の前を通り過ぎる尻尾の細い部分、一体どれだけ傷をつけたであろうか、その箇所を携えた部分、即ち、尻尾が速度を落とし、近づいてもまず危害がやってこないであろうその瞬間を狙い、深い斬り傷を負い、肉が避けて骨まで僅かに見えたその場所に、一気に間合いを詰める。
――後一息だ……。だが、そこに飛び込むには、ハンターらしく、恐怖に慄かない度胸が必要だ……――
とても少女の力とは思えないような、爆発的な力量を携えた一撃が、尻尾の奥にしまわれた分厚い骨を斬り落とす。
「やぁああ!!」
――気合いと共に、
見事に尻尾を通り抜けた銀色の剣。得物を扱う少女と、獲物そのものの背後では、胴体と別々にされた先端に巨大な棘の生えた尻尾が鈍く、重苦しい音を立てて地面へと落下し、そして尻尾と分断されてしまった胴体側も、ただでは済まされなかった。
体の一部を斬り取られたその想像を絶する激痛は、空の王者をそのまま脚だけで飛び上がらせ、そのまま腹から地面に情けなく落下し、その尻尾部に走り続ける激痛に、鳴き声をあげながらしばらくのた打ち回る。体を揺らしたり振ったりする事により、斬られた箇所からは、血液が飛び散る。
飛竜の気持ち等人間には通常分からないものではあるが、どこか高ぶったようなその鳴き声からは、どこか苦しさや悲しさが伝わってくる。
――火竜は、
「よし、これで何とか安全になったかな?」
クリスはそののたうちまわる様子を見ながら、そして軽く後退りしながら、リーチが格段と短くなった尻尾に安堵の表情を浮かばせ、左の頬に軽く垂れた汗を指で拭う。
火竜も痛みに何とか耐え抜き、そして尻尾の事は諦めたかのようにゆっくりと立ち上がる。
――この
目の前の火竜からは充分距離は取っていた。仮に突進を仕掛けられたとしてもクリスの瞬発力ならば、軽々と回避は出来る。
そう思っていたが、口元から炎をちらつかせた訳でも無く、立ち上がると同時に構えているとは言え、
防御体勢として考えれば無防備とも呼べるような格好を保ったハンターの少女に向かって即席で作りだしたのだろうか、
それでも殺傷能力を見れば充分とも言えるその地獄の炎がクリスに襲いかかったのである。
「えっ! 嘘……きゃっ!!」
通常ならば、口元から炎を覗かせた時に火球が飛んでくるものであると、クリスは信じていた。
――だが……――
だが、その前触れも無しに突然迫ってきた炎。
流石に直接それを受ける事は無かった。
右手の盾を咄嗟に構える事で何とか重症は免れたものの、完全に全身へ防御体勢の力を流し込む余裕も無く、
目の前で炸裂した火球、その重量と爆風によってそのまま後方へと吹き飛ばされてしまう。