背中から一度地面に激突し、さらにその反動で転がるようにどんどん火竜から離されていく。転がる度に、防具越しに体へ鈍い痛みが走る感覚を覚える。
「いったぁ……、なんなの……もう」
一番衝撃を受けたであろう、左腕を右手で軽く押さえ、全身にやや鈍く走る痛みに一瞬その水色の両目を強く瞑り、よろよろと立ち上がる。転がりながら吹っ飛ばされた為に、平衡感覚が一瞬狂っており、、目を回して倒れそうになるも、何とかバランスを無理矢理に保つ。
――飛ばされた過程で、視界から
即座に
顔をきょろきょろさせるように左右を見渡し、視界から外れてしまった相手を素早く探す。
しかし、どこを探しても見当たらない。
(あれ……どこ? どこ行ったの……!?)
さっきまで地面にいたはずの火竜がどう言う訳か姿を消していたのである。尻尾だけが地面にどこか放置されたように、寂しく残されているも、今のクリスにとっては尻尾等どうでもいい事だ。
――徐々に、クリスの心には
(まさか、飛んだ!?)
地面にいなければ、空にいるであろうと、木々でやや上方の視界が遮られているものの、今は視界の悪さを理由に見上げない訳にはいかず、体の痛みも忘れて目を再び鋭くさせながら、素早く周囲を見渡し、飛んでいるであろう火竜を探し出す。
相手は空の王だ。飛んだと考えるのも決してそれは間違いでは無い。
もし本当に飛んでいれば、元々地面にいないのだから空を飛んでいると言う考えしか持てないのは普通だろうが、クリスは木々の生えたその場所から離れ、見晴らしの良い洞窟周辺の木々の全く生えていない場所へ移動する事は無かった。視界が良くなれば、火竜の発見も容易になる事は間違い無いが、逆にそれは必ず助かる理由にはならない事を少女は知っていたからだ。
――そんな見晴らしの良い場所に出れば、火竜からも簡単に狙い撃ちされてしまう……――
「ホントにどこなの!?」
流石に視界が悪ければ見つけ出すのに苦労が付きまとうのは言うまでも無い。徐々に焦りが溜まり始め、思わず口に直接出してしまい、さらに緊張感を心の内に溜め込む事になる。
体が顔をきょろきょろさせると言う動作によって左右に捻じれる。だが、見つからない。焦ったからと言ってそう簡単に見つかるような状況では無い。だが、飛んでいると言う証拠なのか、空からは何か巨大な物が風を斬るような音が微かに響いている。
音を頼れば場所を特定出来るかもしれない。そう思ったクリスは、非常に危険であるとは分かっていながら、目を閉じ、揉み上げとヘルムの鎖帷子の部分から食み出た耳で、その音を、全神経を集中させ、場所を特定する。
――目では分からなくても、音でなら確実に突き止められるだろう……――
(早く場所突き止めないと……)
心で呟きながらも、徐々にその場所の見当がついてくる。まだ距離は遠いが、なんだか背後で音が聞こえるような気がする。だが、まだはっきりとは分からない。もう少し、もう少しと、その場所を突き止める。
――そして、聞こえる方向へ顔を向け、同時に目を開き、鋭くさせる――
場所を理解し、その風の音の方向、自分の右側の上空を見上げれば、確かに
木々の枝に無数に生える葉と葉の間から、緑色の中にはっきりと、赤い甲殻が映っている。
後々に起こる覚悟に備えてか、度胸を振り絞るかのように、歯を食いしばりながら、剣を握る左手、そして、盾を嵌めこんだ右腕の先の手の力をそれぞれ強くする。
だが、発見出来たからと言って安心を浮かべている余裕は、クリスには与えられない。発見されてすぐに火竜は、横に飛んでいたその軌道を、真っ直ぐと、クリスへと向けたのである。
「さあ、いつでもかかって来な!」
まるで少女と言うか弱さを切り捨てたような、そんな台詞を今真っ直ぐ向かってくる火竜に向かって言い放つ。鋭くした水色の瞳の奥には、勇気と、待望の気持ちが込められているように感じ取れる。
――火竜の
火竜に構えの体勢は取っているものの、当然空中から迫ってくる火竜相手にまっすぐぶつかろうと考えるほどクリスは馬鹿では無い。最も、ぶつかり合えば確実に
火竜は羽ばたかせていたその巨大な翼の動きを一度止め、ピンと左右に大きく伸ばしたまま滑空するように空を滑り降りる。
――【
火竜にとって、広大な大空等、単なる庭のようなものだ。
それでも、
その
(来た!)
巨大な翼は、接触する木々を圧し折りながら跳ね飛ばし、その巨体は木々によって前へ進む為の勢いにブレーキをかけられつつも、どんどんクリスとの距離を縮めていく。
――シマツシテヤル!! カクゴシロ!!――
吹き飛ばされた大木の欠片の一部がクリス目掛けて飛んでくるものの、それを避けられないほどクリスは鈍くは無い。欠片も最小限の動きで回避、そして、襲い掛かる火竜からは、一気にその身を右側へと投げ出し、飛び込み前転の要領でその火竜の猛攻を避けきった。
――クリスの立っていた場所が、
殺戮の攻撃を回避、そして前転を完了し、立ち上がって体勢を整えるも、勢いで一瞬足元が土で滑るも、それに逆らうように、滑っている方向とは逆方向に強引に向き直しながら、足に力を入れる。
ようやくその滑りが止まってくれた頃に、クリスにとっては待っていた希望とも呼べる光景が左に映ったのである。
――
三本程度纏まった矢が、クリスのすぐ目の前を横切っていった火竜に射られる。
これこそが、クリスに希望を与えるきっかけとなったのだ。
(良かった! やっと来てくれた)
予想外の矢の射撃を受け、バランスを崩した火竜は、ぶつかり続けていた木々の大群によって大分翼や胴体に打撲的な傷害を負っていた上にさらに射撃まで重なり、それにより、バランスを崩した後の容赦無い木々の邪魔により、そのまま体勢までも変えられ、背中から地面へと倒れこみ、火竜自身が吹っ飛ばした木々の一部がその上に落下する。
――火竜は、
「クリス! やっぱりとんでもない事になってたみたいね!」
クリスの背後から、聞き慣れた親友の少女のハイトーンが特徴的な声が聞こえた。後ろを振り向けば、そこには、弓を左手に持った少女と、そのすぐ隣を走るハンター装備の少年の姿があったのだ。
「ミレイ! ナイスタイミング! でももうすぐだと思う!」
一度ミレイに右腕に盾を携えたまま、その右手親指を立てて左目を閉じてウィンクをした後、今度はアビスの方を向き、そして、
「んでアビス君! 確かその剣、デスパライズだよね? だったらもうすぐ……! もうすぐ麻痺になってくれると思うから、協力お願い!」
クリスはアビスにその剣の名称を確かめようと、尋ねるが……。
――突然クリスは、背後からおぞましい殺気を感じ取り……――
即座にアビスに協力を頼みこみ、アビスの返答も待たずに火竜の転倒した方へと走り去ってしまう
「あっ……ちょっ……分かったよ! でもなんですぐに麻痺んだろ?」
その理由は今のアビスには全く理解出来る事では無いが、今はクリスを信用するしか無い。その真相は火竜を倒してからゆっくりと聞けばいい。アビスは遠くで明らかに激痛の表情を浮かべているであろう火竜が立ちあがる様子を目に入れながら、クリスの後に続いてその足を速める。
ようやく完全に立ち上がるも、先ほどの空中からの襲撃により、動体や翼を木々にぶつけ続けていた為にその打撲的激痛がまだ残っているのだろうか、やや震えたような印象を覚える。
「やっぱりそろそろ倒せると思うけど、アビス君、でも一応相手は空の王だから、油断は絶対しないでね!」
クリスは一度火竜の目の前でその足を止め、遅れて左側にやってきたアビスに、弱っているとは言え、それでもハンター達を恐怖の底に叩き落とす大空の王と言う異名を忘れてはいけないとどこか頼み込むように伝えた。
――ここからは、
「ああ。じゃあ、行こうか! ミレイ、援護頼むぞ!」
「分かってるわよ! 任せといて!」
アビスは軽く笑みを浮かべながらクリスに向かって頷いた後、後ろにいるミレイに右手をあげて合図を送る。
ミレイは当然だ、とでも思っているかのような返事をすると、即座に矢を筒から数本、纏めて取り出す。
まず始めに、ミレイの数本纏めて弦に乗せ、そこから射られた矢が傷や罅の入った頭部に勢い良く風斬音を低く響かせながら飛んでいく。罅割れた甲殻の間に数本の内の一本が上手く入り込み、激痛により元々鈍くなっているその体にさらに拍車をかけるように、その場にしゃがみこむかのように体勢を低くしながら動かなくなる。
――それは、火竜が
「よっしゃ! 今だ!」
見て分かるほど、火竜は痛みによって体を硬直させている。その隙を狙い、アビスは火竜の足元へと突き進む。アビスは一瞬、脚部につけられた無数の傷跡に驚くも、それを一々口に出す事はせず、その傷跡の上からさらにアビスも斬撃を浴びせる。
(このまま一気にやっちゃえ!)
――甲殻が罅割れ、その中から見える剥き出した肉質に直接斬りかかれば、麻痺毒を効率良く送り届けれるだろう――
連続で何度もしつこいとも言えるような、その斬撃を繰り返し、一気に転倒させてしまおうと頭で考えながらアビスはその攻撃をやめない。だが、頭部を狙っていたクリスから、どこか悲痛な感情が読み取れるような、叫びとも言える声を浴びせられる。
「アビス君! 足から離れて!」
折角動きを止めて隙だらけの状態を見せている火竜だと言うのに、突然攻撃をやめろと言わんばかりに叫んできたクリスに、一瞬違和感を覚え、クリスの方へ顔だけを向ける。その攻撃を止めずに。
「ん? なんで?」
火竜の唸り声で多少遮られてしまうアビスのその平然とした声だが、クリスにははっきりと聞こえている。どうしても離れてくれないアビスに、再び心の底から願うように叫ぶ。
「いいから離れて!!」
その可愛いとろける声に混じった怒りとも表現出来るかもしれない感情の含んだ叫び、厳密に言えばそれは怒鳴り声として認識されるかもしれないそれが、無理矢理アビスを火竜の足から引き離す。
アビスがクリスにどこか軽い恐怖を覚えながら火竜から離れたその時だ。
――傷んでいるその翼を羽ばたかせ、巨体を後方へ空に向かって押し飛ばし、同時に惨殺を意味する贈り物を吐き捨てる――
回避出来たのは、クリスの助言のおかげである。
それは、アビスがまだまだ自分の武器を使いこなせていない事を意味する。
アビスには、まだまだ
――【
火竜が空に飛び上がると同時に、口から灼熱の塊状の炎が放たれる。
その意味は、足元に群がる
灼熱が足元を灰へと変えてくれるのだから。
そして、贈り物を捧げた後は、徐々にその巨体を持ち上げていく。
空へと上がっていくその体、その火竜の表情は、どこか勝ち誇ったような空気を見せる。
(なるほど、ありがと……)
心でクリスに感謝をしながら、自分のさっきまで立っていた場所が焦げている様子を見た後、飛び上がった火竜に目をやる。その場所は完全に焼け焦げ、もしアビスが巻き込まれていれば、防具等お構いなしに焦がされ、焼死するに違いない。
「二人とも! ちょっと目ぇ閉じて!」
火竜が飛び上がってすぐ、今度はミレイの声がその空間に響き渡る。
――その急遽指示された警告の意味とは……――
突然周囲が鋭く、強い光に包まれ、視界を奪われた火竜。
――
驚きのあまり、翼から力を抜いてしまう。
動力源を失った赤い甲殻の身体は、そのまま重力に引っ張られ、地面へと強制的に戻してしまう。
落下時の音が非常に重苦しい。
アビスとクリスは咄嗟に言われた通りにした為に何とか視界が奪われる事態は回避出来たが、閉じていた瞼越しに感じられた光の強さは並大抵のものでは無く、アビスはあの時いちいちどうして閉じなければいけなかったのかを聞かなくて良かったと、安堵の気持ちを浮かべた。
ミレイは目を閉じるように伝えて即座に閃光玉を投げていたのだ。戦場ではいちいち相手の確認等取っている余裕は無いのかもしれない。
「よっしゃ! これなら楽に行けるぜ!」
アビスは気合い満々と言った感情を溢れ出させながら、まともに動けない火竜の脚部へ再び潜り込む。
――今、火竜は、まるで動きが取れない状態だ。閃光玉の効果は絶大だった――
「ちょっと! アビ……ス君!?」
火竜の様子もろくに見ず、視界を奪われたと言う事実だけを理由に、どこか無鉄砲とも言えるその乗り込みは、クリスを一瞬戸惑わせる。
――視界を奪ったからと言って、動きまでは束縛されない――
下手すれば手探りによる打撃がアビスを襲うかもしれないと言うのに……
普通なら、不意打ちを恐れてもう少し動きを見た後に攻め込むべきだろう。
だが、意外にも、その勇気ある行動が良い結果を生み出した。
アビスのその力強い脚部への斬撃は、剣に滲み込んでいる麻痺毒を充分に脚部から体全体に流し込み、予め蓄積されていた麻痺毒と合わさり、火竜は唸りをあげながらその体を完全に硬直させたのである。
「あれ? あいつ、麻痺ったみたいね! 今がチャンスね!」
遠くから、とは言っても火竜の横幅二つ程度の距離、それでもアビスとクリスから見れば充分離れているとでも言えるその場所から、火竜が麻痺毒によって体の自由を奪われた事を察知したミレイは、先ほどまでは閃光玉で塞がっていた右手に数本の矢を握る。
「麻痺したの!? よし! だったら……!」
ミレイのその台詞を聞いたクリスは、突然火竜の頭に飛び乗り、そしてそのまま首、背中、右翼を伝い、そしてすぐ傍らに立っていた大木に向かって飛び込み、そして大木の横から短く、そして太い出っ張りを踏み台にする。
――一体何をしようとしているのだろうか? クリスのその挙措が疑問を呼び掛ける――
そして飛び上り、火竜の頭部の真上へ向かって大きく飛び上がる。
アクロバティックを生み出したのだ。
「あいつ何する気だよ!?」
(クリスったら……またいつものあれね)
アビスはそのクリスの今までハンター業を行ってきた中で一度も見た事の無い非常に身軽な印象を与えるアクロバティックなその動きを見ながら関心を覚え、ミレイはどこか見慣れたような、軽い笑みを浮かべながら、火竜の最期を予測する。
クリスは空中でその赤い甲殻で守られた体を上下反転させ、まるで頭から地面へと突っ込むような体勢へと変え、そして地面に向かって銀色の剣を突き出し、それを両手でしっかりと支え、そのまま剣を真下に向けながら火竜の頭部へと狙いつける。
「はぁああああ!!」
――竜王の頭部に、一直線に銀色の刃が襲いかかる!!――
アビスを吃驚させるには充分なクリスの気合。少女からのイメージからは想像しがたいそれと共に、
真下へと向けられた
そして勢い良く強靭な甲殻を突き破って頭部に突き刺さり、それは、
その代償として、剣の柄を軸に、上下反転していた体が本来あるべき状態に戻される。
軸から最も離れた個所、即ち脚部が勢いよく
しかし、それを既に予測していたかのように素早く足を曲げ、ブーツのような形状のグリーヴの足の裏の部分から綺麗に着地。
反動を受け流し、そして今度は軸を柄から脚部へと転移させ、落下時の勢いが残ったこの状態で、
渾身の力で剣を引き抜き、血飛沫を上げさせながら、そのままバック宙返りでどこか格好をつけるかのように、
一気に貫通された火竜は、断末魔の叫びをあげる余裕も与えられず、そのまま力無く地面へとその体を崩れさせる。クリスは着地後に、倒れてくる火竜に巻き込まれないよう、軽く後ずさり、そして完全に倒れ切ったのを確認すると、安堵と緊張感からの脱出からか、軽く息を吐く。
「ふぅ……これで終わりね」
クリスは既に動かなくなった火竜の目の前で、銀色の剣と、金色の盾を背負う。
【