――遠くから何かが聞こえてくる……――








――だが、その声は、どこか聞き覚えのあるもの……――








 絶望を見事にかき消してくれるような声が、洞窟の通路の方から響いたのである。

「スキッド! そこにいるんだろ!」

 非常に聞き慣れた、少年らしく、尚且つ僅かにひ弱な印象を受ける声だ。その少年の隣には、酒場でスキッドのテンションを爆発的に激増させた原因となった少女の姿もあった。

「スキッド君! もう大丈夫! でも遅れてごめんね!」

 さっきまで共に洞窟内部を歩いていた少女は、通路の入り口に立ちながら、縛られたままのスキッドに左手を上げながら軽い謝罪を飛ばす。

「遅ぇよお前ら! 何やってたんだよ!?」

 非常に遅いその救助に、思わずスキッドはいつものような、馴れ馴れしい友好的なテンションで声を荒げるが、その救助に来た二人を抹殺しようと、火竜装備のボウガンを持った男が、銃口を二人に向ける。

「まだ仲間がいたのか! でもこれで終わらせて……うわっ!」





――ボウガン所持の男は、アビスとクリス二人の敵に発砲しようと企むが……――



仲間が来ようが、それは射撃によって黙らせてしまえばいいだけの話。
銃口を二人に向け、引き金を引こうとした。

だが、

もう一人の仲間が、その弾丸の発砲マーダープレイを許さなかった。





 突然通路に立つ二人の間から、一本の矢が真っ直ぐと飛んでくる。





――その矢の軌道性コントロールは天下一品。正確にボウガンだけを弾き飛ばす――





「何を終わらせる気? こっちはまだやる事あるから、こんなとこで終わってる余裕なんて無いわよ!」

 二人の間から、黄色を基準としたような防具を纏った、弓装備の少女が強気な態度で現れる。手持ち無沙汰と化した男はただ驚くばかりだ。

 そして再びその少女は弓を構え、今度はスキッド達の方へと矢尻を向ける。





――そして射られた矢は、再び正確に、縛られている者に傷一つつけず、縄だけを見事に切り裂く。
少女ミレイのその青い瞳は、まるで照準器スコープのように、鋭く、凛凛しく標的を睨み付ける――





「よっしゃ! ナイスだぜミレイ!」

 スキッドは自由になった体をすぐさま立たせ、すぐ隣に捨てるように置かれてある自分のボウガンとキャップを取り戻し、バウダーとダギもそれぞれ自分達の武器を取り戻す。

 バウダーはランス、ダギは片手剣だ。

「助かった! ありがと!」

「良かったぁ!」

 バウダーとダギも、それぞれの得物を取り戻しながら、ミレイに手をあげて礼をする。

 そしてスキッドはボウガンに通常弾を装填し、黒い皮膚の男と、火竜装備の男達に銃口を向けながら、完全にスキッド達が立場的に有利にでもなった事を証明するかのように、まるで脅迫でもするかのように、ゆっくりとアビス達の立っている通路の入り口へと、体の向きを男達から逸らさず、摺り足で近づいていく。

「はっはっは〜! これでもうおれ達は負ける気なんてしねぇぜ! お前ら〜、一歩でも動いたらこのボウガンが火ぃ噴いてとんでもない事になるぜぇ! ぜってぇに動くなよ〜」

 バウダーとダギも、そのスキッドの立ち直りの早さに多少の笑みを浮かべ、同時にそのまるで子供のごっこ遊びのような喋り方に少し苦笑も混ぜた表情をするも、今はスキッドが頼りだ。スキッドに続いてゆっくりと、アビス達の元へと進んでいく。





――遠距離攻撃用の武器を奪還出来たスキッドにとって、これは最早立場逆転フォースリバーサルである――



謎の男達側のボウガンは、先ほどのミレイの矢によって損傷し、一時使用不能となっている。
ボウガンならば、近寄られる前に始末出来る。

その距離間による安堵のの気持ちが、スキッドに大いなる自信を持たせる。





「スキッド……あんたねぇ……」

 ミレイはさっきまで捕らえられていたスキッドのその態度の豹変ぶりに、このような今まで見た事の無いような緊張感の走る空間でも多少の呆れが走るのが分かった。

「小僧、仲間が揃ったからっていい気でいれると思ったらそれは間違いだぜ」

 銃口を向けられているのにも関わらず、黒い皮膚の男は、完全にとでも言えるような、平然とした態度で鼻で笑いながら、両腕を組む。火竜装備の男達も殆ど取り乱すような事をしていないのは驚きだ。

「強がんなくてもいいんだぜぇ。こっちは、えっと……六人か、んでそっちは四人、人数でもこっちが有利だっての分かってんだろ? 大人しくギルドの方に……」

 栽培禁止のジャガーヘッドを狙っていただけあるのだから、この男達は確実に犯罪行為と呼んでも差し支え無いであろう。スキッドは未だ強気で銃口を向けながら、ギルドと言う取締りの組織を口に出す。





――スキッドは異様な空気を感じ取り、思わず声を止めてしまう……――



通路の奥が騒がしいのだ。それも、何かの足音。無論、アビス達のものでは無い。





「やっと来たか……。面白くなりそうだ」

 黒い皮膚の男は、その獣のような騒がしい足音を聞くなり、再びその黒く、筋肉質な顔に笑みを浮かべる。





――そこには……――





――突然姿を見せた大型の獣……――



多少曲がりくねった通路。その影から突如現れた二本の角を携え、茶色い毛に覆われた胴体、白い毛に覆われた顔周りの大型牙獣。





――それが、迫る――





――迫る……――





――迫る――





――迫る!!――





――邪魔者は容赦無く轢き殺すだけの迫力を携える!!――





「そう言えばこの音……うわぁ!」

 アビス達はその突然の出来事に直面、アビスは軽い悲鳴をあげながら、その牙獣の軌道から横へと飛び込むように外れた。目の前を過ぎ去る迫力は並大抵のものでは無いが、これを避けられないほど三人は未熟では無い。

 その牙獣が大猪だと言う事実は、突進を回避し、三人の目の前を通り過ぎて始めて理解する。よく見れば、その大猪の後ろには、大猪よりやや大きいぐらいのサイズの荷台らしき物が取り付けてあり、恐らくはそれに乗って男達はここから離れる気でいるのだろう。

 大猪は急ブレーキで止まり、その反動で荷台が激しく揺れるも、特に破損等の事態には陥る事は無く、やがてその反動音も無くなり、一時的に静粛がこの大広場にに走る。

「おいなんだよ! これ!」

 突然猛進で現れた大猪を見てただ驚くしか出来ないスキッド。何故モンスターであり、尚且つ獰猛な性格を誇る大猪が人間の為にわざわざ荷台を引いてそして黒い皮膚の男や火竜装備の男達の目の前でまるでペットとして飼い慣らされているかのようにゆっくりと止まったのかが理解出来なかったが、それを考える間も無く、荷台からもう一人、別の男が現れる。





――荷台のドアが開き、現れれ、立ち上がるもう一人の仲間……――



その白目で構成された目からは、ただならぬ恐怖のオーラが漂い、睨まれたものは、確実に恐怖のどん底に陥れられるに違いない。





「サンドマン、待たせたな」

「ああ、こっちも今ジャガーヘッド全部回収したとこだ」

 ただその声だけで暴力感を感じ取れてしまうような、威圧感漂う低い声で軽い謝罪を言った荷台から現れた男の風貌は、この場にいる六人を怯えさせるには充分な迫力を添えていた。

 サンドマンと呼ばれた黒人の男よりも更に頭半分くらいの身長を誇る巨漢の男の皮膚の色はサンドマンよりはやや薄いが、褐色とも呼べるその皮膚はその巨漢の男の外見的特徴から威圧感としては充分な迫力を添えている。

 髪を完全に除毛してある頭部、その頭部の左部に付けられた一本線の傷、、裸の上半身に蓄えられたやや細いながらも鋼鉄のように鍛え上げられた筋肉、分厚い筋肉で覆われた胸部のど真ん中に大きく掘られた非常に毒々しく、そして何か憎悪のオーラでも纏っていそうな雰囲気を与える白い髑髏しゃれこうべの刺青、びらびらとした印象を与える真っ黒なクオーターパンツ、その下に映る非常に筋肉質な脚部がこの男がいかに只者では無いかと言う雰囲気を漂わせている。

 裸の上半身はもとより、防具らしい防具を身につけていない為にサンドマンと同様、正式なハンターでは無いのかもしれないが、威圧感と言う面では並のハンターを軽々と凌駕すると言っても過言では無い。

「後はここを出るだけか……。所で、そいつらはなんだ?」

 その巨漢の男は、周囲にいるハンターらしく、モンスターの甲殻や鉱石等を利用して作られた防具を纏っている者達を一瞥しながら、サンドマンに訊ねる。

「ああ、これかぁ、俺達の邪魔しようとやってきた馬鹿どもだ。でも心配はせんでもいいだろう。実験台にでも使おうって思ってな」

「なるほどなぁ、人が多けりゃあそれだけサンプルも増えるって訳か……。でもこっちはもう時間が無いんだ」

 サンドマンとこの巨漢の男は、邪魔者として出現したアビス達、及び予め捕らえられていたバウダーとダギを実験材料として持ち帰ろうと考えるも、巨漢の男が言うに、どうやらこの二人には時間的に余裕が無いようだ。

 男達はアビス達を諦めて放置して帰ってしまうのだろうか。

「そうだったか……。だったら、こいつらに例のぶつ積ませといて、その間は俺らが遊んでやるとするか」

 すると、サンドマンは、火竜装備の男達に右親指を差した後、突然指を鳴らしながらアビス達を見て口元をにやつかせる。

「いいだろう。一回こいつらに逆らうとどうなるか、教育してやらんとな」

 続いて巨漢の男も、まるで楽しみが一つ増えたような、陰湿な笑みを浮かべながら、同じくその包帯で覆われた両腕の指を鳴らす。





――果たして、この連中の言う教育の中に秘められる意味とは……――





 火竜装備の男達は、その話を聞いて、黙々と木箱を荷台に積み始める。

「なんだよ! 教育とかなんか意味不明な事さっきから言いやがって! 下手に騒いだら……」
「どうせ殺すとか……言うん……だろ!!」

 スキッドは未だアビス達の場所に到達していないその場所で、再びボウガンを持つ手に力を入れるが、巨漢の男はそれに対して怯む様子を見せず、それ所か、逆に突然元々威圧的な人相を強張らせ……





――両腕を同じタイミングで後方に振りかぶり、筋肉質な両腕を同時に、一気に前方へと突き出す。スキッドに向かって……――



突き出すと同時に、その腕からは僅かに黄色い色を帯びた球形の気体が発射される。
その薄い視聴的な迫力とは裏腹に、恐ろしいほどの威力を秘めている……





「うっせ……ぎゃ!!」

 殆ど目で確認する間も無く、殆ど無色透明にも近いその物体ジェノサイドエアーは、非常に強い力を持っており、スキッドを軽々と押し飛ばすだけの力量を誇っていた。

 ほぼ全身に襲いかかった衝撃によって吹き飛ばされたスキッドは洞窟の岩壁に背中から叩きつけられ、防具越しに響く衝撃がスキッドに悲鳴をあげさせる。

「なんだよ……これ」

 スキッドの隣にいたバウダーは、背中から壁に直撃し、その衝撃によって僅かな岩の欠片を岩壁から落としながらゆっくりと地面に壁に背中を擦るように座り込むスキッドを見ながら、突然のその超人的な攻撃に呆然と驚く事しか出来なかった。

「ザコが……。次は誰だ?」

 巨漢の男は伸ばし切っていた両腕をゆっくりと戻しながら、攻撃をまだ受けていない残された五人それぞれに視線を渡しながら楽しさを込めたように口元に軽い笑みを浮かべる。

「この野郎! スキッドに何したぁ!!」

 友人に未知なる強撃を加えた巨漢に男にアビスは今まで出した事の無いような凄まじいほどの怒りを露わにし、勇敢とも、無謀とも言えるスタイル、ただ剣と盾を構え、真っ直ぐに巨漢の男に向かって走り出したのである。

「ちょっ……アビス! 待っ……」

 ミレイの静止を求める声もアビスには全く届かず、そのままアビスは巨漢の男に向かってバインドファングを振り下ろすも、巨漢の男の差し出した包帯に包まれた左腕によって簡単に防がれてしまう。

 バインドファングの牙の点在する刀身が巨漢の男の左腕に防がれた際、その人間としての生身の腕に対する衝撃音としては、非常に不釣り合いな、まるで何か鉱物でも叩いたような、硬い物同士がぶつかったような音が小さく響く。





――包帯だけで、普通対モンスター用の得物を防ぎきれるのか――



通常は非常識であろう。いくら筋肉で鍛え上げられているとは言え、通常では有り得ない。
包帯部分で受け止めているのは分かる。
しかし、包帯だけで防ぎきれるのだろうか。
それとも、包帯そのものに特殊な細工が施されているのだろうか。

どちらにせよ、防ぎ切った事には変わりは無く、今はただ、睨まれるだけだ。





 包帯に何か特殊な細工でも施されているのだろうかと言う、推測や、単純に簡単に防がれたと言うその事実を飲み込む間も与えられず、巨漢の男の空いている右腕がアビスの左半身を襲う。





――右腕は、ハンマーのように、アビスを殴り飛ばす――





「無駄だ!」
「うわぁあ!!」

 まるでハンマーのような、非常に重たい右腕からの一撃がアビスを軽々と吹き飛ばす。咄嗟に盾で防ごうとするも、力を入れられる体勢では無かった為に、その衝撃がほぼ全身へと走り、激痛により倒れたまま、硬直してしまう。

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