「アビス! ……アビスに何すんのよ!」

 目の前で殴り飛ばされるアビスを見ながらミレイは叫び、アビスを殴り飛ばした男に対して鋭くした視線をぶつけながら、筒に収められている矢に右手を伸ばそうとしたその時だ。

 突然巨漢の男の隣で見物客のように平然とそのスキッドとアビスが飛ばされる様子を眺めていたサンドマンが通路の入り口に立っているミレイとクリスに走り寄る。





――そして、軽く跳躍、地面に向かってその金属質な小手のような装置を叩き付け……――





――小規模とは言え、爆風リトルグレネードがミレイとクリスに襲い掛かる!――



 叩き付けられた地面は驚く事に、その金属質の小手から発せられたのだろうか、突然発生したやや小規模な爆風により、軽く罅を入れられるが、それよりも、硬い地面に罅を入れるだけの爆風は周囲にとっては脅威以外の何物でも無く、手を伸ばせば届くと言う距離では無いにしろ、そのやや至近距離とも言えるその場所から放たれた爆風はミレイとクリスを吹き飛ばすには充分過ぎる威力を兼ね備えていた。

「きゃ!!」

 ミレイは咄嗟にサンドマンの飛びかかりから感じ取った異様な空気に恐れ、後方、通路の方向へと素早く下がろうとするも、その爆風による風圧には耐えられず、まるで飛竜からの翼による風を直接受けるかのようにバランスを崩され、背中から地面に飛ばされる。



――熱を帯びた強風、そして、地面の破片がミレイに襲い掛かり、吹き飛ばす!――



防具の背中の部分が地面がぶつかり合い、
堅くも、悲痛な音を上げてそのままミレイは痛みによって、倒れたままの状態を維持する破目となる。





 一方、クリスは自分の左側へと飛び込み、体勢を低くし、風圧に耐えながら、そのまま前転しながら立ち上がる。

 そして、自分の女友達を吹き飛ばしたサンドマンに銀色に煌めく剣を向け、共にこの丘にやってきた四人の内、唯一未だ力尽きていないクリスはその可愛らしい雰囲気からは想像も出来ないような、恐ろしさを携えたような、鋭い目で睨みつける。

「これ以上友達に手ぇ出さないで! これ以上出したら……はっ……!」

 サンドマンの両腕に備わった銀色に輝く小手にどんな力が秘められているかは分からないが、ハンターとしては充分な力を持っていると自信を持っているクリスは、多少恐れの気持ちを持ってしまった精神に鞭を入れ、絶対に逃げまいと、剣を握る手に力を入れ、サンドマンへ飛び掛る。

 だが、狙われた方の黒い皮膚の男は、そのやや膨れ上がった巨体とは裏腹に、正確に真上から下ろされるクリスの左手の剣を右手、小手で受け流し、そして、残った左手でクリスの右腕の付け根、肩の部分に乱暴に手を伸ばし、同じく乱暴に掴む。

 そして……





――クリスはサンドマンに投げ飛ばされる! 岩壁に向かって!――



掴まれた事によってクリスの表情が畏怖するも、それに構う事無く、
左腕だけでクリスを軽々と持ち上げ、そしてサンドマンの上を通り過ぎさせるように、
山形やまなりに軌道を描き、そして、一気に岩壁に向かって投げ飛ばす。





――クリスは一瞬、天地がひっくり返ったような視聴効果を受けたが、即座に走った激痛により、一気に現実に戻される――



一度天と地がひっくり返り、そして徐々に地面が視界の下へと移ろうとしていたその途中だ。

『ガン!!』

と言う防具の甲殻と、岩壁がぶつかり合う音が響いたのは。
視界の世界が地面に対して垂直の状態で、その音が響き、同時に少女の背中に激痛を走らせる。





「ぎゃあ!」

 声にならない悲鳴を上げて、そのままクリスは衝撃の際に軽く崩れた岩片と共に、そのまま地面へと体を打ち付ける。

「手、出したらどうなる? その剣で俺達を斬るか?」

 体を横にする感じで倒れたままのクリスを見ながら、これから何をしようとしていたのかを悟り、改めて聞きなおすサンドマン。その彼の表情は、非常に余裕気である。

「……クリ……ス……。やめ……ろよ、お前ら……」

 アビスはやや距離の置かれた場所でクリスの悲鳴を聞くと、防具越しにしっかりと伝わった鈍痛に耐えながら、そして呼吸を整えながら立ち上がる。





――いくら自分が痛くても、女の子一人に任せておく訳にはいかない……――



いくら長身の巨漢に殴られ、激痛に襲われているからと言って、
黙って見ているのは性に合わない。

少女クリスもアビス以上に痛い目に遭わされているのだ。
スキッドもミレイも今は戦闘不能状態。ここは、アビスが頑張るしか無いだろう。





「ん? やっと起きたか、小僧」

 長身の男は、すぐ横でゆっくりと立ち上がるアビスを見て、見下ろすような視線を浴びせながら、腕を組む。





――その時だ。この状態になるまで、一切この人と人だけによる争いヒューマンオンリーバトルには手出ししなかった、
あの二人が勇敢にも現れたのは……――





「お前らに好きにさせるか!」

 バウダーのランスが走り、そして、

「うおぉお!」

 ダギの生まれつき歪んだ声による気合の声が走る。片手剣を持って。



――しかし……――





「ふん、元々拘束されてただけの臆病もんの分際で……強がるな!!」





――巨漢の男の、あの気体状の兵器が再び発射され……――





 バウダーとダギはあっさりと、その気体に吹き飛ばされてしまう。衝撃による悲鳴を上げながら……。





――囚われの身であった二人は、最早戦闘状態を維持出来ずに終わる……――





「相変わらずだな、ヴィクター。さて、こっちもちょっ……ん?」

 サンドマンは元々巨漢である自身よりも更に長身である男、ヴィクターを見ながら、軽く笑みを浮かべる。そして、目の前で倒れているであろう、クリスの方、自分の正面に顔を戻すが、そこには、もう少女の姿は無かった。





――逃げたのか? と考える間も無く、その消えた少女の声が背後から走る――





「もうこれ以上暴れるってんなら、こっちも本気でやらせてもらうよ!」

 クリスはサンドマンが視線をヴィクターの方向へと向けたその時を狙い、痛みを堪えて咄嗟に顔の向いていない方、サンドマンの左側を通り抜け、アビスの横に立ちながら、剣を構えていたのだ。

 そして、凛凛しさを携えた水色の瞳が、至近距離にいるヴィクターと、やや遠距離にいるサンドマンを同時に睨みつける。そこには、少女らしい笑み等、含まれてはいなかった。

「えぇ!? やんの!? こいつらと!?」

 突然のクリスの戦闘宣言に、アビスはおぞましさ、そしてクリスのその可愛らしさの奥に秘められているであろう度胸に驚き、目を凝縮させるが、クリスのその戦闘体勢に相応しいような引き締まった声色は変わらないまま、アビスに答える。

「うん! 勿論! ちょっと怖いかもしれないけど、でももう私達しかいないの! だからアビス君、全力で頑張って!」

 きっぱりと返答し、そして、横目でアビスを見ながら、最終的にはやや単純に、協力を頼み込む。逃げるにしても、仲間は置いていけない。それに、黙っていても何かしら手を出されるのは分かっている事。

「あ、う、あ、あぁ、分かった! 兎に角やってみる!」

 アビスも本当は戦いは避けたかった。元々ハンターは飛竜を狩ると言う時点で人並み外れた度胸と忍耐力が決定づけられるとは言え、目の前の男達二人は、どちらもただならぬ兵器及び、特殊な波動術を備えた未知なる連中だ。まともにやりあえば、殺される危険性も充分に備えてあり、出来れば、ただ、純粋に、逃げたかった。





――だが、少女を置いて逃げる訳には、いや、それ以前に闘志を発動させた仲間の隣で逃げる等……――





「なんだ、男のくせに臆病なとこ、あるもんなんだな。いいぜ、泣いて逃げ出したって。その代わり、オレらがそこの女とゆっくり遊んでやっから」

 ヴィクターはびくびくと情けない挙動を取る、身長が著しく低いアビスを見下ろしながら、洞窟の出口を指差しながら、言った。

「うるせぇ!!」

 アビスはそのヴィクターの台詞に苛立ちを覚え、仲間を守りたいと言う一心から、言葉に深い意味を練り込む事も無く、ただ、叫ぶように、怒鳴るように再びヴィクターに切りかかる。





――だが、再び包帯に巻かれた腕で防がれ、アビスの動きが止まる……――





 本当はクリスもアビスに続いて一番近距離にいるヴィクターに攻撃を仕掛けたかった。だが、攻撃を仕掛ける前に、一つだけ注意すべき問題点があり、その方向に目をやる。

 そこに映っていたのは、拳を振り上げ、地面を狙うサンドマンの姿。





――地面に叩き付けられた金属質な小手バイオレンスアームズから、爆炎による爆風が吹き荒れる!――





 アビスに危険信号を送る間も無く、ヴィクターの目の前を爆風が横切り、予兆に気付いていたクリス、そして、ヴィクターに攻撃を仕掛ける事で神経が集中されていたアビスに、容赦無く襲い掛かる。

「きゃっ!」
「うわぁ!」

 少女と、少年の声、悲鳴とも言うべきであろう、それが短く響き、サンドマンから強引にその距離を離される。

 クリスは盾を構え、ある程度は防御体勢を作ってはいたものの、予想以上の威力に、まるで風による拳でも直接受けたかのように飛ばされてしまう。

 しかし、すぐ目の前で爆風が起こされているヴィクターは全く怯む様子を見せない。それ所か、踏ん張る様子すらも見せない。どうやら、この爆風は、横に対する力は弱く、正面に対して非常に高い威力を見せ付けるらしい。

 これだけの威力があれば、先ほど正面から誤って受けたミレイを軽く戦闘不能状態に陥れるには充分かもしれない。





――だが、これだけでは終わらせない……――





 背中から倒れるクリスは、ハンドスプリングの要領で後転するように飛び上がり、そして吹き飛ばしたサンドマン目掛けて姿勢を低くしながら、走り寄る。

 まるでモンスターに立ち向かうかのような、姿勢を低く保つ事によってまとを小さくし、正面からの攻撃に備えるそのスタイルは、最早狩人、そして戦士ソルジャーに相応しい。

「これ以上もう手出ししないで! 出来ればこんな戦いなんてしたくないんだから!」

 クリスは真正面から飛んでくるサンドマンのパンチを見事にかわし、そして下から突き刺すように、剣先を向け、そしてサンドマンの顎寸前で止める。





――クリスとしては、対モンスター用の武器で、人間を殺めたくはない――



相手は非人道的な計画マッシブスキムを持つ恐ろしい連中。
しかし、本性は人間であり、話し合いの効く可能性を持つ連中。
だからこそ、いきなり殺すのは、非常に心が痛くなる行為。

クリスはヘルムの額当ての隙間から、水色の鋭くさせた目をサンドマンに見せ付ける。





「……」

 サンドマンは下手すれば本当に目の前の少女に斬り殺されてしまう事に対して恐怖を覚えたのか、立場逆転であるかのように、全くの無言と化する。相手は自身と比べれば遥かに小柄とは言え、今の状況では武器を向けられてるサンドマンは非常に場が悪い。





――アビスも負けていられない……――





 アビスもクリスのその勇姿に続き、再びヴィクターに狙いを定める。クリスもサンドマンを封じ込めたのだから、アビスもやれば……、と思ったのだろうが、実際の所は……。





――ヴィクターの左足が、アビスに襲い掛かる……――



アビスのそのやや軌道の読みやすい剣の振りを一度回避するヴィクター。
そして、剣が空を斬り、完全に隙だらけとなった背中。
アビスはその隙を作り出した背中の方を即座に向くも、それはほぼ手遅れ。

ヴィクターの左足が、回し蹴りの要領でアビスの横腹を襲う。

同時に、意識が飛ぶほどの威力で、地面へと飛ばされ、倒される。





「アビス君!!」

 すぐ背後でアビスの悲鳴を聞き、思わず剣を向けたまま、クリスは後ろを向く。その隙を決して見逃さなかったサンドマンは、

「余所見は厳禁だぜ……ふふ」

 にやけながら、さっきまでただぶら下げていただけの両腕を動かし始める。まず始めに動かしたのは、右腕だった。

「え?」





――右腕が乱暴に剣を持つクリスの左腕を払い、その衝撃で剣を手元から離させる――





「きゃっ!」

 そして、得物を手放させ、動揺する隙も与えず、次は、





――左肘がクリスの顔の右側面を狙い打つ!――





「!」

 右腕に嵌めている盾で防ぐ余裕も無く、直接頬を狙われ、声を上げる余裕も無くそのまま倒される。

 その一撃は並大抵のものでは無く、ハンターとしての精神力が無ければ、そのまま意識が飛ぶほどの威力だ。あの筋肉がそれを生み出している。

前へ 次へ

戻る 〜Lucifer Crow〜

inserted by FC2 system