ここはハンターの街、アーカサス。今日もハンター達は狩猟の為のクエストを受注したり、武器や防具の新調をしたり、買出しをしたりと、街中でその慌しさを存分に見せ付けている。
アビスとミレイのいないこの街で、今はスキッドとクリスが私服姿で人々が前後からすれ違いあう街道を、会話を交えながら歩いている。
「そう言えば今日だよね、ミレイ達が帰ってくるのって」
白いパーカー、黄色いミニスカート姿のクリスは今日、アビスとミレイが街へと帰ってくるのを思い出し、右隣にいるスキッドの方を向いた。
「あ、そうだよなぁ、ってか行ってすぐ帰ってくるって、どんだけ早いんだろうなぁ、あいつら。折角実家行くんだからもうちょっと泊まってこいって話になんね?」
茶色いジャケットを纏い、鍔のついた帽子を被っているスキッドは言われて初めて気付いたかのように頷くと、まるで何か急ぐかのように即行で帰ってくると連絡を受けていた為、その様子に対してもう少しはゆっくりしても良かったのでは無いだろうかと、一度空を見上げた後に、クリスを見ながら訊ねる。
「え、あ、んと、ちょっとミレイの方も色々大変なんだって……」
相変わらずスキッドは簡単に自分の意見を言ってくれる。だが、クリスはミレイの事情をある程度は知っていたから、そう言ったのだが、スキッドは再び口を動かした。
「でぇもよぉ、普通実家とかに帰ったら親とか、兄弟とかと色々喋ったりするもんじゃね? 今日帰ってくるって事はなんも喋ってねぇって事になんじゃん。あいつちょっと親不孝かもな」
スキッドの言っている事は正しいかもしれない。折角親元へと戻ったのだから、今までの狩りの話とかをゆっくりと聞かせてみるのも良い事かもしれない。特に
だが、ミレイはすぐに戻ってくる。その様子では殆どそのような会話等は交えていないであろう。
スキッドは空を見上げながら一体ミレイ達の身に何があったのか、適当な想像をしながら伸び伸びと口に出す。
「ん〜……どうなんだろ?」
クリスはどう対応すれば良いのか、内容は決して迷うほどでも無いであろうが、
「あ、そう言えばさあ、クリスんとこの親って今どうしてんの? まあおれんとこはちょっと母さんはおれがガキの頃に死んじまったけど、父親と妹で仲良くやってるぜ、故郷に戻った時はな」
いきなりスキッドはクリスの両親について問いかける。流石に自分の聞きたい事だけを聞くのは気まずいと思ったのだろうか、自分の身の上話も聞かせた上で、改めて聞こうとする。
――ただ、内容は決して明るいとは言えないが――
「あぁ、んと、ちょっと今は遠くに行ってる……のかな?」
クリスはまるで無理矢理にでも作り出したような笑顔で何とかスキッドに変な心配をかけないようにと、途切れの悪い言葉で何とかと言った感じで対応する。
本当だったらスキッドの身の上話に対して一つくらいは
「あ、そっか、そっちも色々大変なんだな、ちょっ変な事聞いちまってわりぃな……はは……」
クリスの事情を大体は理解出来たのだろうか、スキッドはわざとらしく笑いながら自分が投げかけた質問に気まずさを覚える。
「いや、特に謝らなくてもいいんだけど……うん、大丈夫だから!」
クリス側もスキッドのそのやや暗さを携えた表情が嫌だったのか、自分は決して傷ついてはいないと言う事をいつもの明るい声で伝える。
――▲ ▼ ▲ ▼ ▲――
「よし、あれだな……。今回の標的は……」
スキッドとクリスが
まるで暗い部屋と同化するかのような、漆黒の服を纏い、双眼鏡で二人の様子を窺っている。
「なんだ、ただのガキじゃねぇか」
隣にいる男、その男も漆黒の服を纏っているが、相手が歳幼い賊少女だと知り、まるで弱者と見なしたかのように軽く笑みを浮かべる。
「でもあいつらに渡さないと駄目だからな。仕事は仕事だ、さて、やるか」
最初に口を開いた男は腰に刺してあった吹き矢を取り出し、そして、
――
「それ食らったら、寝ちまうんだよな」
横から見ていた男は、その吹き矢に仕込まれた麻酔薬を思い浮かべ、その威力に思わず笑みを零し始める。
【
――▼ ▲ ▼ ▲ ▼――
矢がスキッドの髪と同じ色をしている茶色いジャケットを貫き、二の腕に突き刺さる。決して刺さると言うその現象が致命傷を与える訳では無いが、問題はその短い矢の先に塗られた麻酔薬である。
「あれ? スキッ……!!」
突然崩れ始めるスキッドを見てクリスは賊を呼ぼうとするが、突然目の前に男達の集団が現れ、
――
■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □
「死ね!! この野郎!!」
整髪剤で髪を固めた賊がミレイ目掛けて拳を飛ばし続けるが、クリーンヒットに至る事は無かった。顔目掛けて飛んでくるものに対しては
賊は相手はただの少女だと
「しつこい……奴ね……」
ミレイにとって見れば賊の攻撃等怖くも何とも無い代物である。それでも神経は集中させなければいけない為、何か言葉を発する場合はどうしても途切れ途切れになってしまうのだが。
「うるせぇ!!」
ミレイの何気なく言ったその言葉を聞き取っていたのか、賊は殴る手を止めず、怒鳴り散らす。
だが、ミレイは冷静に攻撃が止まった一瞬の隙を逃さず、
――左足を真っ直ぐに、賊の胸へと飛ばす――
そして距離を置いた賊の首筋目掛け、
――鞭のようにしなやかに右足をまるで上から叩き落すように
「う゛あ゛!」
華奢な少女の身体から放たれたとは思えないような恐ろしいほどに重たい一撃が賊に鈍い悲鳴を上げさせ、そして痛みに耐えられずに身体を横倒しにさせるも、その先に設置されてあった乗客用の椅子がそれを妨げ、椅子の背凭れに寄りかかるように、苦痛に
ミレイは軽く一呼吸吐いて蹴りによって軽く乱れた体勢を戻すと、賊達に向かって言い放つ。
「たかがそんな程度の実力であたしの事捕らえる気? ハッキリ言うけど、そんなの無理よ。人数多けりゃあ勝てるとか、女の子相手だから勝てるとか、そんな甘い考えは捨てるべきね。諦めるんなら今のうちよ」
太った賊以外は全員ミレイから手痛い打撃を経験している。
それとは対照的にミレイは四人を単独で相手にしているのにも関わらず、顔を歪めるほどの一撃は一切受けていない。もう既に勝敗は決まっているようなものである。だからこそ、ミレイは自分自身に喧嘩を売ってくる賊達を退かせようとしたのだ。
平然と賊達に利き腕の方の人差し指を向けながら、誇らしげに宣言する。
「こいつ……」
太った賊はまるで図星を突かれたかのように、返す言葉を思いつけずにただそれだけを吐く。
「それと、そこの太ったあんた、さっきからただぼーっと観賞してるだけみたいだけど、まさか見た目だけ? 太った奴ってなんか無駄にデカい印象受けてなんか強そうな先入観って言うのかなぁ、そう言うの、受けるのよ」
ミレイは坊主頭と、整髪剤で固めた髪の後ろに立っている未だ無傷の
「てめぇそんな事ほざいてただで済むと思ってんのか? 後で泣いても知らねぇぞ」
太った男はその元々細い目をギラつかせ、眉に皺を寄せながら威圧する。
「泣くのはそっちだと思うんだけど。だから弱いくせに威張んのは
――その時、ミレイの背後から何かが復活する気配が迫ってきた……――
勿論ミレイはその気配に気付かないはずが無い。あのミレイの全体重をかけた一撃から送られた痛みからある程度解放された賊は立ち上がっていた。
その気配を確認すべく、顔だけを自分の背後へと向けるが、視界から離された二人――太った賊の側にいた奴ら――はまるでそのミレイの振り向きを合図にするかのように、ミレイへと走りながら接近する。
「って挟み撃ち?」
ミレイはロクに声を高く発する余裕も与えられず、前後から迫る賊どもに対応すべく、太った賊側にいる二人には身体の右側を、残る一人の方には左側を向ける体勢になり、備えるが、
「取り押さえるぞ!!」
誰が提案したかは分からないが、その言葉と同時にミレイの両端にいる賊達は純粋に、ミレイに掴みかかって来る。まるで抱くように。
「なっ!!」
その強引且つ大人数だからこそ成功させられるその戦法にミレイは驚きの表情を一瞬見せるも、攻撃は即座に迫ってきた。
――無論、ミレイも抵抗はしてやるものだ――
最初にミレイに近づいてきた坊主頭の腹部に膝蹴りを浴びせ、そして背後から迫る長髪の賊には先ほどと同じ足で真っ直ぐと後ろ蹴りを嗾ける。
――だが、整髪剤の賊を対処するには、時間が足りなかった――
「このやろ!!」
整髪剤の賊は自分に一瞬だけ背中を見せてきたミレイの足元に飛び込み、一気に両足に抱きつき、転ばせる。
「あぁ!!」
全身の力を両腕に込められ、完全に動く力を失われ、オマケにバランスを保つ力も失われたミレイの両足は、ミレイに転ばせる動作を要求させる。
――足を封じられたミレイはそのまま地面へと背中から落ちる――
「よっしゃ、ナイスだぜ!! 押さえろ!!」
ミレイの後ろから加勢するかのように、長髪の男がミレイを背後から
そして両手両足の自由を奪われたミレイに安心したのか、坊主頭の賊はゆっくりとミレイに近寄り、そしてゆっくりと、腹部を両腕で乱暴に押さえ込む。
腹部を押さえるのを邪魔しないよう、長髪の賊はミレイの右側へと身体を移す。勿論腕を自由にしないままの体勢で。
坊主頭の賊はミレイの左側に位置し、腹部を抱きしめるように背中から強く両腕で固定する。
「いや!! 離せ……!!」
身体の一部一部をそれぞれ全力で押さえ込まれ、全く身動きが取れなくなったミレイであるが、それでも何とか振り解こうと両手両足に力を込めるが、それは無理だった。
最終的にミレイは床にうつ伏せの状態で押さえ付けられる事となった。
――そして、徐々に太った賊が近づいてくる……――
賊達は笑っている。全く身動きの取れないミレイがこれからどんな仕打ちを受けるのか、きっとそれを思い浮かべての表情だろう。或いは、いくら先ほどは自分達に非常に重たい一撃を食らわしてきた相手とは言え、今賊達が取り押さえているのは、歳が結構下である少女である。
何かしら性的な興味が走ってもしょうがない事であろう。それに対する感情も笑みの中には含まれているに違いない。
「おお、やっとこれでお前も完全に弱者側になっちまったかぁ」
太った男は立ったまま、すぐ足元で全く身動きの取れないミレイを見下ろす。完全に抵抗出来ない事を知っている為なのか、腕を組みながら非常に余裕げな表情、そして体勢を見せている。
「やっと登場ってやつ? ここまで束縛されてないと近寄れない訳?」
ミレイは攻撃も、防御も出来ないような状態であるのにも関わらず、上目遣いのような視線で強気に振舞う。完全に拘束された状態でなければ近寄れないような男なのだから、ミレイにとってはいつでも始末出来ると思ったのだろう。