「ったっ……。随分……ド派手な事ね」
背中にはしつこく鈍痛が付き纏うが、まだ動けなくなった訳では無かったようだ。ミレイは上半身を起こしながら、自分自身に走る痛みは勿論であるが、公共の施設の一部を破壊した男に対して僅かに褒めたような事を口に出す。
周囲を盛り上げるような演出を見せてくれた事に対しての事だったのだろうか。それでも乗客の目は興味と言うよりは恐怖に煽られたままであったのだが。
「まだやれるか。なかなか頑丈な女だ」
ゆっくりと立ち上がるミレイの様子を見ていた男は両手をそれぞれ交差するように叩きながら、関心を覚える。
並の力ではまず破壊出来ないであろう木造の扉を破るだけの力で蹴り飛ばしたと言うのに被害者の少女はまだ戦う力が残っている。認めるのも無理は無い事かもしれない。
耐える側としてもそれは物凄い精神力と言えるが。
「所で、ミリアムだったっけ? あんたらに妙な指示出してるってのは。そいつ一体何者なの?」
ミレイは立ち上がり、ジャケットに纏わり付いた細かな木片を払い落としながら目の前の肥満の男、そして先ほど争った少年達を指揮しているであろうその人物を聞こうと、構えの体勢を保持しながら訊ねる。
「戦ってる最中によくそんな呑気な事聞けるなあ」
今は緊張感に満ちた最中である。殴るか、それとも殴り返されるか、そのどちらかが延々と繰り返されるその時に言葉によるやりとりを持ちかけてきたミレイに対して男は首を傾げながらその様子に目を細める。
最も、そのような行為は言葉で通じる者同士だからこそ選択した道なのだとは思うが。
「呑気で結構よ。あんたの事倒しちゃったら、ミリアムの事聞けなくなるじゃない? あの4人はなんか雰囲気的にまともな事喋んなさそうだし。だからあんたが一番当てになるのよ」
構える両拳を握る力を強め、ミレイはまるで鋭い視線だけで相手を脅し立て、無理矢理口を動かさせるかのようにその青い瞳を鋭く尖らせ、男を睨みつける。
普段は愛らしく、少女らしい輝きを見せた瞳がこのように戦闘状態に合わせ、怖くも、凛凛しくなるのはどこか禍々しい雰囲気を与えてくれる。
「おれを倒す?」
そのまるでミレイが勝利する事を前提と考えるような台詞に対して男の眉が小さく動く。
「そうよ、あんたを倒すのよ。丁度さっきもあの四人に言ったのよ、デカいだけじゃああたしには勝てないって。まあ実際あたしが勝っ――」
しばらく手と足では無く、口を動かしていたミレイは咄嗟にその口を閉じ、停止させていた身体の部分を再発動させる。
――飛んできた男の拳を受け流す為に……――
右腕の先にある拳をミレイは左腕と右手で上手く自身の左側へと流し、そしてミレイも反撃へと走る。
横蹴りの要領で右足を真っ直ぐに男の顔面へと凄まじい速度で伸ばし、
「あんたには負けないわよ!!」
言い終わると同時に両足が床へとつくが、その台詞を聞いていた方は着地するミレイに向かって一度単純な重たさを携えた前蹴りを浴びせ、距離を取る。
――そして、先ほどの破壊された扉の木片を片手に持つ――
「おれが負けるってかあ、随分カッコいい宣言じゃねえかあ。でも勝ちゃあいいんだよ、勝ちゃあなあ」
男はその木片をまるで細い棍棒のように小さく振り回し、敵対する少女に対してまるで脅したてるかのように見せ付ける。
「遂に武器なんか使っちゃうんだぁ? まさか自分が弱いって事、実は自覚してるみたいな?」
素手で戦っているミレイに対して相手は武具――とは言ってもただの棒状に偶然割れた木の欠片だが――を持ち出し、それで戦おうと企んでいる。男側としてはその分厚い脂肪及びそれを支える筋力が途轍もない武器と化しているのに対し、自分の身体以外の力までを使って戦おうとしているのだ。
ミレイから見れば素手で戦い続ける事に何かしらの恐怖を覚えた為に木片で武装し始めたのだろうと容易に想像が出来る。だが、そんな事を言ったからと言って男が自分の意思を捻じ曲げる事は無かった。
「だったらどうだってんだ!?」
――男はプライドも捨てたかのように、手に持った得物でミレイに殴りかかる……――
「ったっ!!」
顔を狙われていた為にミレイは咄嗟に両腕を盾代わりにし、顔への直撃を防いだものの、盾として使った箇所も結局はミレイ自身の身体の一部であり、その痛みは素直に身体に染み渡ってくれる。
「よくもやっ――」
盾代わりに出した両腕の内の左腕の方に先ほどの攻撃が命中し、痛みを逃がそうと両手を下ろし、左腕をやや乱暴に振りながら道具に頼る肥満の男を鋭い目つきで見るが、男はそんな事をまるで気にする事も無く二撃目を繰り出した。
――ミレイの右頬に直撃し、折れた先端がミレイに傷をつける……――
棘のように尖った先端部分が頬をかすり、ミレイの実家でつけられた父親からの傷を覆っていたガーゼが強引に剥がされ、そして更に深い傷を浴びせられる。
純粋な威力を前にミレイの顔が大きく右へと向けられる。しばらく経ってようやく染み込み始めた痛みに気付き、そっと右手を自分の右頬に当てる。
「やっぱ闘いって手段もプライドもいらないって訳ね……」
ミレイは自分の右手を見ながら、男の戦闘のスタイルを見破り始める。因みに、右手に乗っていたのは、
――
あの木片がミレイを切ってくれたのだろう。ミレイ自身にも伝わるのが分かる。傷口に何気無く触れる空気が、小さく、でも放置出来ないような痛みが刺さるように襲ってくる。
「当たり前だ。お前を連れて帰るのがこっちの仕事だ。こっちのやり方にいちいち文句つけるな」
長い間の激闘で軽く息を切らしているミレイを見下ろしながら、目的の遂行の為ならば、手段を選ぶような真似をしない事を、男は言い放つ。その態度にはまるで恥じらいが含まれておらず、寧ろ堂々としている。
「連れて帰って何する気なのよ!?」
ミレイは男の右手に持たれていた木片を右足で蹴り払い、手持ち
「お前なら高く売れそうだからなあ!!」
男はミレイの容姿を見て一瞬だけ下卑た笑みを浮かべながら、真っ直ぐと巨大な左拳を飛ばす。
「最近流行りだしたのぉ? 人身売買ってやつ」
多少呼吸が荒くなっているものの、ミレイの反射神経を持ってすれば直進の攻撃を回避出来ないはずが無い。即座にしゃがみこんで重たいであろうその一撃を避け、横腹目掛けて左足で蹴り付ける。
その後にその裏社会で流行になっているであろうその非人道的な商売に対し、関心を覚えたような台詞を飛ばす。
「そうだぜ、特にお前みたいな女なら相当高く付くしなあ! それに
横腹を蹴られてもまるでびくともしない男は今度は右腕を発動させる。またしてもそれはミレイに避けられてしまう。
今度はミレイは左にずれて回避し、大きく身体を捻って右足による後ろ回し蹴りを首筋狙ってお見舞いする。
蹴りを終わらせた後に、ミレイは口を開く。男はまともにその少女から放たれたものとは思えないような非常に重たい一撃を受け、そのまま小さく仰け反り、動かなくなる。
「最近はロリコンも一緒に流行ってる訳なのぉ。いい歳した男がこんな幼いあたしらみたいなの狙ってばっかでいいのかしら? ってかあたしもロリ系だったなんてちょっと驚きかも。あ、そりゃあちょっと言い過ぎか……、あたしロリ系はちょっとお断りね。っつうかそれよりなんでなんも言い返して来ないのよ? まさか今までの分全部来たって? ああ、脳味噌筋肉ってやつだから痛みもちっとも分かんなかったって? それより、なんか言い返してみたら?」
首元を蹴られた瞬間、男は反撃も仕掛けて来なくなってしまったし、それに口を動かす事もしなくなってしまった。
その時間的に落ち着いていられる間を上手く使おうとミレイは思ったのだろうか、その非人道的な商法、そしてターゲットの中心となる年齢層からそれに携わる者達の性格がいかに品の無い者達で揃っているのかを考えてしまう。
ただ、ミレイ自身はそのターゲットとなる者達と同じオーラを発しているとは信じたくなかったようではあるが。
しかし、男は何も返答しない。先程までならばここまでミレイが喋る間に何か入れてきていた。今はそれがまるで無くなっている。やはりあれだけのミレイの
だからこそ、内側から込み上げてくる痛みに耐え切れなくなり、黙り込んでしまっているのかもしれない。
「どうしたのよ? やっぱりもう戦えない? 今だったら見逃してやっても――」
――突然の出来事だった。男の左腕がミレイの右肩を乱暴に押さえたのは――
ジャケットと共に肩の皮膚も力強く握られ、ミレイの表情は驚きと痛みに歪むが、それでも弱い部分は見せまいと、束縛している一本の左腕を取り外そうと、歯を食い縛りながら両手を使って強引に引き離そうとし、そして上手く力を込められないその束縛された体勢のままで男の左右の横腹を蹴りつける。
「さっきから思ってたんだが……」
男はミレイを自由にしないままの状態で呟くように小さい声を放つ。その様子の裏側には怒りが垣間見える。
「何よ……さっさと離してよ」
その様子に多少の恐怖を本能的に感じてしまうが、ミレイは睨む目を全く緩めず、自分の望みだけを通してもらおうとする。
「お前……」
男は目を細めながら、少女を束縛する左腕の力を強くする。
「痛い……やめて……」
ミレイはまるでただ暴行を受けて嫌がっている弱い少女のように、ひ弱な声をあげて望みを通してもらうと言うよりは、懇願して助けてもらうと言った方が良いかもしれない場所にまで達してしまっている。
「さっきから……」
ミレイの弱まった勢いにもまるで気にも留めず、男はゆっくりと口を動かす。そして、遂に、
――男の表情が鬼のように変貌し……――
「調子なんだよ!!!」
――客車全体に響く怒鳴り声……。同時にミレイの
「う゛あ゛ぁ゛あ゛っ!!」
発している本人も一体どんな言葉を使ってのものだったか分からないような声を絞り出され、声をあげると同時に思わず数滴の唾が飛ぶ。
鈍い激痛と共に思うような呼吸が出来ず、苦しさのあまりに男が目の前にいる事等殆ど御構い無しに前屈みになりかける。男の左腕は未だミレイを掴んだままだったのだから完全に前屈みの体勢になるのは不可能だった。
「女の分際でおれに……」
未だ激痛に
右の拳を再び強く握り、そして……
「
――今度は右拳がミレイの左頬を襲う!――
「う゛ぅ゛っ!!」
先程の腹部の苦しさが残っていたのだろうか、まともな叫び声をあげられず、濁った声を発しながら拳の力に対して素直に飛ばされる。
殴られた衝撃で反射的に両目が強く
腹部の痛みと、顔に走る痛みの両方に苦しみながらミレイはそのまま床へと倒される。二箇所に走る激痛、そして今までの闘いの中で蓄積されていたであろう疲労が重なり、起き上がろうにもそれらの要因が邪魔をしている為、叶わぬ願いと化す。
仰向けに倒れたまま、ミレイは激痛と疲労によって、外から見てもはっきりと見て取れる程に胸を大きく膨らませながら深呼吸をしている。
「分かっただろ? これがおれと、お前の実力の差ってやつだ」
深呼吸を続けているミレイを見下ろしながら、勝ち誇った表情で両腕をぶらぶらとさせる。
先程までの怒りの表情は今の二撃によって収まったのだろうか、その面影は消え失せており、勝ち誇った表情として表すに相応しい笑みが映っている。
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
ミレイは男の内容にロクに言い返す事も出来ず、いや、それより言い返すだけの呼吸を整える事が出来ないのだろう。相手に対する対応よりも、まずは自分の呼吸の心配をするのが先なのかもしれない。
「ここまで頑張った御褒美に教えてやろう。ミリアム様はなあ、野蛮で愚かなハンター集団を抹殺する為に活動為さってるんだよ。奴らが欲望の為に飛竜に戦い等挑むせいで相手も敵対心を抱いて、結果として無関係な村や街まで襲われる。ハンターどもは気付いてないらしい。飛竜達が人間を襲うのは、復讐の為だって事をなぁ!!」
未だ仰向けに倒れたままのミレイに対し、ここまで闘い続けて来たミレイの精神力を称えてなのだろうか、自分達の目的の理由を男は話し始めた。
飛竜だってただ動き回るだけの存在では無く、自分達を襲う者がいれば、それに対して対抗手段や意識を持つようになっても可笑しくは無い。人々が飛竜等のモンスターに怯えるようになったのは結局の所、稀少な素材を求めた欲望に支配された連中によって襲われた飛竜達の意識にその敵対心が埋め込まれたせいなのだ。
だから、同族が生命の危機を作り上げていると言えるだろう。
(随分……勝手な事……言って……くれるわね)
――仰向けに倒れているミレイは激痛に支配された状態でまだ深呼吸を繰り返しながら、
心の中で男が言ってきた事をしっかりと受け止めていた。
だが、早く反撃へと戻らなければ……――
――そして、今クリス達が置かれている状況を考える余裕すら与えられない……――
■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □
「……まあ、大まかな流れはこんな感じですね」
木造の壁に仕切られた薄暗い部屋の中で、覆面を被った男の集団の中の一人が伝えたかったであろう内容を全て目の前にいる固く縛られた明るい茶髪の少女に言い終わり、右手に持っていた大型のナイフをすぐ右に置いてある大きな台の上に寝かせるように置く。
「勝手な事言わないでよ! ハンターだからって皆がそんな訳じゃない!」
縛られている少女はクリスだった。男からは何を言われたのかは分からないが、どうやら覆面の男はハンター業に何か否定的な文字を飛ばしたのだろう。
普段の性格からは想像も出来ないような荒げた声をクリスは飛ばした。
「力関係等どうでもいい事ですよ。ハンターは存在そのものが脅威になるって、さっきも言ったじゃないですか」
覆面の男は肥大化した腹を軽く左手で払いながら、聞き分けの悪い子供に言うような態度を見せた。
「それよりスキッド君はどうしたのよ!? どこにやったの!?」
クリスは今自分が置かれている状況にまるで目も当てないかのように、先程まで共に道を歩いていた少年の行方を問い質そうとする。
「スキッド、ですか?」
「私と一緒に歩いてた男の子の事! 今どこにいるの!? まさか手とか出してないよね!?」
クリスの頭の中に一瞬だけ恐ろしい光景が過ぎり、彼の身に何か危険が迫っているのでは無いかと、再び声を荒げる。
「あいつなら心配ねえよ。今はお寝んねの最中だ。後、そのスキッドとか言う奴以外にもいただろ? お前のお友達ってのが。男二人も今は別室で色々と遊ばれてんだろうなあ」
別の覆面の男が現れ、スキッドの様態を簡潔に述べた後、他の仲間達の状況までも、クリスがまだ聞いていないと言うのに説明し始める。
「二人……?」
その言葉に該当する人物は、クリスは容易に想像が出来た。
――フローリックとジェイソン……。二人の顔が頭に浮かぶ……――
「あ、そうそう、それと残る二人のガキ、いただろ? あいつらは今頃帰りの機関車ん中で痛め付けられてるとこだろうなあ」
別の覆面の男も出てきた。スキッドも、大人と見ても差し支えの無いであろう二人の男も出たのだから、残るクリスの仲間はもうあの二人しかいないだろう。
だが、男の内容は当たり前と言えば当たり前かもしれないが、決して明るいものでは無かった。
「その二人って……まさかミレイとアビス君の事!? あの2人にも何かしたの!?」
クリスは縛られているとは言え、今にも自力で縄を引き千切りそうな迫力で身体を揺らしながら目の前の覆面の肥満の男達に向かって声を再び荒げる。もうこれで何度目だろうか。
「しましたよ。丁度新人が4人入りましてね、そして後一人、我々の委員会の中で一番凶暴なあの男を同行させておきましたから、仮に新人がヘマをしたとしてもあの二人はまず助からないでしょう……ふふふふ……」
敬語を使うややリーダーのような風格を携える男が単刀直入に一度質問に答えると、覆面の男達にとっては期待と楽しみに満ちた、そしてクリスにとっては絶望と不安を与えるその事実を楽しげに言った。
「ミレイ達に何するってんの!? まさか殺そうとか企んでるの!?」
最も危険な人物が機関車内にいれば、それに乗っているであろうアビスとミレイが無事で済むはずが無い。友人が襲われる事に対し、怒りを覚えて男に歯向かう。
「心配はするな。ただ
別の男が威圧的な口調でクリスに対応する。どうやら本当の意味で命を奪う訳では無さそうだが、その後の言葉がクリスに恐怖と言う意味の違和感を覚えさせてくれる。
「そんな状態じゃないって……、どう言う事……?」
おぞましい恐怖に襲われたクリスは先程までの自分の周囲に走らせていた威勢が全て奪い取られたような感覚に襲われ、口元を軽くではあるが、震わせながら、恐る恐る訊ねる。
「おい、例のあの2人、持ってきてやれ。きっとこいつ驚くぜ」
覆面の男の一人が他の仲間にとある人物を連れて来るように、命令口調でその二人がいるであろう入り口とは別の扉を指差す。全員が同じような格好をしている為、初めてここに連れて来られたクリスから見れば彼らの上下関係等分かるはずが無いだろう。
命令された方の男達二人は一度頷くと、その指を差された扉へと足を運んでいく。
――だが、一つだけ違和感が……――
――普通、人を対象とするならば、『連れて来る』と表現するのが妥当だろう……――
――なのに、『持って来る』、とは?――