「お前、うっせぇんだよ……」







――拳が胴体を打つ音……――







――音を立てたのは……――







――勿論、ミレイ……――







――では無く……――







――長髪の賊だった……――







 賊の左の拳がミレイのやや細めな鳩尾みぞおちに下から突き上げるように放たれ、そして食い込ませたまま、その状態を保つ。

「そんな程度?」

 驚く事に、ミレイは賊の拳を受けても怯む様子を見せず、勿論体勢を崩す事も無く、血の垂れた顔を賊に合わせる。

 恐らくは腹筋に力を込めて防いでいたのかもしれないが、それでも体力的には非常に辛いものがあるはずだ。これを耐えるのはかなりのものであるに違いない。

「つっ……、うっせぇんだよ!!」



――男は倒れないミレイに憤怒し、木片を持っていない左手で再びミレイを何度も殴りつける……
右手には木片が握られており、そしてその木片はミレイの左手が塞いでいる為、動かせないのだ……――





――賊の拳は、腹部、胸部を半ば叩くような意識で攻撃し、そして時折顔も狙うが……――





――全くミレイは倒れない……
極限まで来た疲労が痛覚神経を麻痺させてしまっているのだろうか?――





――そして、もう一発、男の拳がミレイの顔面目掛けて飛ぶ……――





――パシッ!!――





――だが、ミレイの右手が賊の左手首を素早く掴み、封じ込める――





「言っとくけど、全然痛くないから。こんな程度じゃああたしは倒せないわよ……」

 賊の両方の腕を封じたミレイはこの賊から殴られた事がまるで嘘であるかのように、勝ち誇った苦しそうな笑みを浮かべ、そして、素早く左手に持つものを、木片から賊の右手首へと移す。

 そして、再びミレイは血の垂れた口を動かし始める。

「あんたパンチの仕方下手すぎ……。それに、あたし……、こう見えても……」

 それだけ言うと、ミレイは一気に全身に力を込め、



「頑丈だからねぇ!!」



――弱りきった声に力をみなぎらせ、賊の両腕を一気に賊の後方へと押し込む!――



「うあぁあいてててて!!」

 賊は関節の動く範囲に対して非常に無理のある方向へと腕を反らされる事によって、威勢の失われた非常に情けない声を荒げ始める。

 ミレイの押し出す力に逆らえず、どんどん後ろへ、後ろへと両腕を押されていく。

 肘付近から痛みが走り出し、力に逆らう為のものが削ぎ落とされていく。

「力でも全く勝てないと。いい? ホントのパンチっての、教えてあげるわよ、身体で教えてあげっから、忘れないように……」



――無抵抗な長髪の賊に向かって一言浴びせたミレイは、右手を素早く離し、そして握る……――



――そして……――



「これがホントのパンチってやつよ!!」



――賊の鳩尾を捉え、その一撃だけで賊を床に倒れさせた……――





■ ■ ■ □ □ □ ■ ■ ■





「……ってなんだお前……。妙な小細工なんかしやがって……」

 ここ、薄暗い室内で、無精髭の薄汚い男が目の前の少女をもてあそんでいたのだが、スカートの中に手を入れた途端に嫌らしい笑みを崩したのだ。

「残念……だったね。これ友達に勧められてた事だったの。悪く……思わないで」

 クリスは未だに胸元から離れてくれない左手に顔を赤らめながらも、右手に襲われたスカートの中に備えておいた対策に僅かながら勝ち誇ったように、歯を食い縛りながら男を睨みつける。



――スカートの中に、スパッツを履いていたのだ……――



 一体誰に言われたのかは分からないし、深く考えている余裕も無い。男は顔を近づけ、少女に向かって妙な言葉を浴びせ始める。

「まあいいや、お前がどんな格好してようがお前はおれの所有物だ。まずは上からじっくり責めてやっかあ」

 男の口の間に映る黄色い乱杭歯、そして無精髭、脂肪で膨らみ、そして垢に塗れた全身、そして胴体と口内から流れてくる強烈な生臭い悪臭、それらの要素が噛み合わさり、ただ一緒にいるだけで吐き気を催すような雰囲気を出している。

 そんな男は一度右手をスカートから引き離し、汚い口を動かしながらクリスの赤い肌着を下部から持ち上げていく。

「もう……やめて……なんでこんな事……するの……?」

 無抵抗のクリスはあっさりと肌着を持ち上げられ、ピンク色のブラジャーが露となってしまう。

 出来ればもっと激しく、そして荒々しく抵抗したかったのかもしれないが、極限状態である今ではまともに叫ぶ事も出来ないのかもしれない。それに、下手に叫んだ所で他の男の仲間を呼び集めてしまう危険もあるだろう。

 最も、その呼び集める危険があると言う事をクリスが認識していたかは分からない。

「言っただろ? お前はおれの所有物だって。どうせ誰も邪魔して来ねぇんだ、こんな事だって出来んだよ」
「! いやっ!」



――男はその舌苔ぜったいに塗れた汚く白い舌でクリスの頬を舐めあげる……――



 男にとってどんな感情を抱けたのだろうか。直接的な感触は大したものでは無かったのかもしれないが、相手は男よりも遥かに歳幼い異性であり、尚且つその類まれな愛嬌から放たれるその印象はきっと最高であり、尚且つ下劣な随喜ずいきがこみ上げてきた事だろう。

 無駄な汚点もまるで無く、男から見たらその白い宝石のような眩しい肌は周囲に嫌らしい欲望を求めているかのようにも見える程だ。周囲に邪魔する者がいなければ、それは全て男一人で占領出来るのだから、恐ろしい程この空間は良く出来ているのかもしれない。

「ふふふふ、次はこっちだ」

 クリスの嫌がる態度にもまるで反応せず、自分だけの意志を押し通そうと、今度は露になったままの腹部辺りにその汚い舌を這わせ始める。

 目の前から顔が無くなったおかげでクリスは男の生臭い口臭から逃れるが、それでも体臭だけは離れず、その悪臭と自分の身体を触られる事に対する恐怖から顔を歪めずにはいられなかった。



――男は屈んだ体勢でクリスの細く引き締まった腹部を舐め始める……――



 もうこれは最悪としか言い様が無いだろう。

 男の腹部は脂肪で膨れ上がっており、非常に醜い印象を与えてくれる。無数に生えた体毛も汚らしい色を付け加え、周囲に近寄り難い雰囲気を提供する。放たれる体臭も近寄れない大きな理由である。

 だが、男の目の前にあるのは、無毛であるのは勿論、頬と同じように白く透き通った肌である。無駄な脂肪分がまるで存在しないその身体は男にとっては絶好の的だ。その舌に来る感触は喜び以外のものを与えないに違いない。

 勿論の話ではあるが、クリスは他者に触ってもらう為にここまでの細い体型やけがれの無い外観を維持してきた訳では無い。なのに、今はこの汚穢おわいな男によって、無残にも蹂躙されているのだ。

「いや……」

 自分の腹部に走る生温い感触にクリスは身体を震わせるも、男は気にもせずに平然と立ち上がり、そして再びクリスと顔を合わせ始める。

「やっぱ女のガキはいいぜぇ……。おれにとっちゃあ最高の獲物だぜ。どうせならおれのペットにしてやりたいなぁ。どうだ、女、あの二人とおんなじようにされんのと、このままおれに遊ばれんの、どっちがいい?」



――逃げ場の無い選択肢を与えながら、男はクリスと顔がぶつかるぎりぎりの距離まで顔を近づける……――



 男は自分の欲望だけを押し通すかのように、同じ世代の賊なら誰もが目を見張るような魅力のあるクリスに近寄るが、男の欲望を相手側は決して受け入れてはくれない。

 クリスは再び襲い掛かる男の非常に生臭い息と、執拗な責めに対し、すぐ目の前に映る不精髭や鼻の下の大きな黒子ほくろの目立つ男の汚らしい顔から逃れようと、顔を逸らす。

「もう……やめて……」



――男の口臭、そして卑劣な行為は遂にクリスを泣かし始める……――



 確実に吐き気を催すような悪臭も相当なものではあるが、男は再び捲りあげられたクリスの肌着の中の腹部や胸部を楽しげに触っているのである。見ず知らずの男に身体を触られて普通の少女が黙っていられるはずが無いだろう。仮に相手が知人だとしても、触られるのは耐えるのは難しいのかもしれないが。

 当然男はその透明な涙が流れ始めるのを見逃さず、そしてそれを再び材料にしてその非常に汚い口を動かした。

「おいおい、お前何泣いてんだよ? ただ触ってるだけじゃねぇか。殴ってもねぇのにお前随分泣き虫な奴なんだなぁ」

 男から顔を逸らしながら声を出さずに泣き始めたクリスを相変わらず至近距離で眺めながら、右手の動きを一切止めない。

「すぐ泣く奴でもハンターってやれんだなぁ……。まあお前がそんな可愛い顔と身体してっから狙われるんだぜぇ」

 どうやら男としてはハンターと言う職業に就く人間は女性だろうが並大抵の物事に対しては動じないような強靭な精神を持っているものだろうと認識しているようである。実際脆い精神では命の掛け合いを続けるのは極めて難しい事だろう。

 だが、クリスは男の理想の精神とは異なっていたのかもしれない。結果として泣き始めたが、それでも男は自分の行為を相手の愛らしい魅力のせいにし、そして、再びとんでも無く尾籠びろうな行為に移る。

「いやっ!!」



――流れる涙を狙い、男はそれを舐めたのだ……――



 非常に汚い黄色い乱杭歯らんぐいばの生えた口を大きく開き、その中から表面が白く染まった恐ろしい程の不潔さを見せつける舌を使い、クリスの水色の瞳から流れ落ちる透明な涙を頬ごと舐め上げたのである。男の舌がクリスの頬に触れると同時に男の細い両目が喜びか何かに支配されたのだろうか、化け物のように大きく開き始める。

 そして殆ど目立たなかった男の目脂めやにが大きく目立ち始める。クリスはその汚物に気付いているかどうかは分からないが、相当溜まっている。

「やっぱ可愛い奴は涙も絶品かあ、へへへ……、とんでもないもん拾っちまったもんだぜぇ、おれは世界一幸せもんかもなぁ」

 クリスから流れた涙の味に満足したのだろうか、男は数歩下がり、クリスから距離を取りながら口を大きく開きながら誇らしげに黒い体毛に塗れた胸を張り出す。

 舐められたクリスは右の頬に先程走ったざらざらとした気持ちの悪い感触、そしてその後に残された軽く濡れたようなおぞましい後遺症男の唾液に襲われながら、未だ涙を流し続けている。

 残酷にも、クリスの白い頬は男の粘り気のある唾液によっててかてかとした視聴的要素を放っている。その輝きは最早汚い以外の表現法は難しい。

「そうだなぁ、じゃあ今度はお前の唇でも奪ってやっかぁ?」

 男はどのような経緯を辿ってその結論に辿り着いたのだろうか。今度は狙う場所を頬では無く、男の言葉通り、唇にしたのだった。



――恐らく、恐怖を堪えると言う過程で噛みしめていた純白の歯が男の目に捉えられたのだろう……――



 そこから男は改めて理解したのだろう。少女の清潔感も携えた可愛らしさに心を震わせ、再び下劣になぶる策を頭の中で組み立てていたのだろう。

 確かに見れば見る程、男が納得するのも分からない訳では無い。僅かなずれも無く並び、そしてある意味で恐ろしいまでに極限にまで追求されたその純白さを誇示している歯は時折可愛らしさの裏に眩しさまでも錯覚出来る程だ。

 だが、男はと言うと……



――極限にまでその汚さを表現してくれている……――



 一体どのような生活を送っていたのかと問い質したくなる程に染まりあがった完全無欠な黄色の歯に、そしてその配置で本当に物を噛めるのかと伺いたくなる程に滅茶苦茶に、あらゆる方向にずれ、倒れたそのスタンスは、とても綺麗と表現しようとは思えない。

 このようになるまで手入れのされていない状態ならば、相手に吐き気を与えるような恐ろしいまでの生臭さを放出するのも頷けるかもしれない。

 素顔を露にした覆面の男は今クリスの目の前に立っているこの男ただ一人だけであるが、他の覆面の男達もきっと似たようなものしか持っていないに違いないだろう。

 単純に言ってしまえば、クリスと男は比べるまでも無いし、比べてはいけないと言う事だ。



――だが、男が求めているものは……――



「いや……やめて!!」

 クリスはこれから何をされるのか、殆ど答を曝け出しているような男の台詞から咄嗟に理解し、顔を決して正面に向けぬよう、男から視線を顔ごと逸らす。

 嫌がるのも無理は無いだろう。相手は中年の男であり、尚且つ見知らぬ相手である。それだけでは無く、この時まで嫌がるクリスの身体を撫で回し続けていたのだ。そして、これだけ嫌悪感を抱かれるような事をしておいて、そして今度は汚物とも表現出来るようなその口で攻めようとしているのだ。





――その行為を想像するだけで、被害者側では無くても吐き気が襲ってくる……――





――もしクリスの整えられた口と、男の汚物と間違われる程の汚らしい口が触れ合ったり等したら……――





「やめてじゃねぇだろ? おれとお前は二人っきりなんだから、今逃したらもう永久に来ないかもしれないんだぜ、だからいいだろ?」

 そして男は手垢等で薄汚くなっている左手でクリスの明るい茶色の髪を鷲掴みにし、顔だけを逸らして無駄に抵抗をしている少女を押え込む。

「やだ……やめて……」

 クリスの方も、未だに涙を流し続けている。この表の社会から存在を消される事が前提となったこの空間に加え、目の前の恐ろしく汚らしい外見の男からおぞましい行為を受けようとしているのだ。泣きやめるはずが無いだろう。

「お前ホントにいつまで泣いてんだよ? どうせお前は助かりっこ無いんだよ。諦めておれからキスされちまえよぉ。まあ、昔っから色んな女とキスしてきたが、お前のような獲物は相当珍しい」

 やがて右手もクリスの顔へと伸びていく。左手だけでの束縛ならまだクリスの視線を男の方へと向けるのは難しいが、両手を使えば完全に固定する事が可能となる。

 髪を押さえていた左手を一度放し、そして両手でクリスの顔を挟み込むように両側の頬へと触れ、そして乱暴に力を込める。これによってクリスは顔の向きを変える事を封じられてしまう。

「いや! やめて……! 近づかないで……!」

 嫌がるクリスの態度に構わず、男は本能赴くままに再び顔を近付き始める。



――そして再び、クリスには生臭い激臭が襲いかかる……――



「所でお前、今回で初めてになんのか? キスってのが。良かったなぁ、ファーストキッス、おれと出来て」

 男はクリスの瞳をしっかりと見つめながら、これから始められるであろう経験について質問をし始める。だが、確実に相手側はそれを喜ばしく受け取る事はまず無いだろう。

 そして、ようやくクリスは男の非常に汚らしい目脂めやに精緻せいちに確認する事になり、更に男に対する嫌悪感を高める事となる。



――だが、クリスは涙を止めないままの状態で、僅かながら勝ち誇ったような表情を浮かべ、答えたのだ――



「悪いけど……、初めてじゃ、ないよ……」

 この言葉には何か深い意味が込められているような印象を受けるが、だからと言って男から逃れられるかと言うと、そうでも無い。ただ、クリスも相当勇気を振り絞るかのように言っていたようではあったが。

「そうかぁ、お前のような奴なら彼氏ぐらいいそうだもんなぁ。誰だよ、最初の相手は。まさかお前と一緒に歩いてたあいつか?」

 その意外とも言え、そしてそれだけの容姿を誇るなら一度くらいの経験は当たり前とも言えるその台詞を聞いた男はふとここに連行してくる前にクリスの隣にいた賊を思い出す。



――男が名前を知っているかどうかは分からないが、その名前は勿論、スキッドである――



 だが、男の予測は的中してくれる事は無かった。

「違うよ……。スキッド君はただ友達なだけ……よ。そこまでは……まだしないよ」

 男の口臭に耐えながらクリスは決して接吻の最初の相手がスキッドでは無い事を伝える。男の両手で顔を押さえられながらも、何とか男から視線を逸らそうと細い首に力を入れるが、男の力は案の定強く、敵わない。

「違ったかぁ……。じゃあ誰だよ? 教えろよ、気になるじゃねえか」

 男はクリスから全く顔を離さずに、そのスキッドでは無い誰かを問い質そうと、元々間近なその汚い顔を更にクリスへと近づける。

「誰だって……いいじゃん。それより、もっと離れてよ……臭いから……」

 答を教えず、震える瞳を細め、クリスは今までずっと我慢してきたものから解放されようと、遂に自分の思いを男へと、弱々しい声でぶつける。



――気持ちは分かるだろう……。あまりにも臭過ぎるのだ……。まるで臭気がクリスにまで移りそうな程に……――



「あぁ? 誰が臭せぇって?」

 男本人はまるで自覚していないのだろうか、それともわざと聞いているのだろうか、眉間に皺を寄せながら、顔を離さずに問い質す。

「流れで……分かるじゃん……。私……臭い人きら――」





――クリスの言葉を遮った……。男の右手が……――





「てめぇ無礼なめんじゃねぇぞ!! この糞尼くそあまがぁ!!」

 男は目脂で汚くなった目玉を大きく開き、怒鳴り散らしながらクリスの左頬を張り飛ばす。周囲には弾けるような高音が響き渡り、そしてすぐに収まる。

「きゃっ!!」

 突然走った痛みにクリスは悲鳴をあげる。触れてはいけない部分に手を出したのがいけなかったのだろう。或いは、全身を拘束され、直接手足を使った抵抗も出来ないような少女が強気になり出した事によって男に怒りを覚えさせたのかもしれない。

「誰が臭せぇだってぇ!? あぁ!? てめぇ自分の立場分かってんのか!?」

 男は本来自分がしようとしていた目的を忘れたかのように、クリスの髪を左手で乱暴に掴みながら怒鳴り散らす。

「やだ……! だって……ホントの事だから……!」

 髪を引っ張られる痛みに堪えながらも、クリスはこれが本心である事を苦しそうに目の前の男にぶつけるが、男の怒りに満ちた表情は収まる事を知らなかった。

「お前ちょっとおれに歯向かおうとか思ってんじゃねぇのか!? お前がそんなエロい身体してっからおれが正しく扱ってやってんじゃねぇかあ、あぁ!!」

 男はそのクリスのやや強くなった口調や、明らかに男の感情に触れるような物の混じった台詞から、何かしら対抗意識を持たれていると感じ取り、遂に男はクリスと額をつけながら、超至近距離で対抗意識を持つ少女相手に暴言を放ち始める。

 勿論、口臭が容赦無くクリスに襲い掛かり、更に男の唾までもがクリスに飛び、その不快感は並大抵のものでは無い事だろう。

「そうかそうか、お前がそんな態度取るっつうならもうこっちも好き放題させてもらうぜ! はははは」

 男は恐らくはクリスからの謝罪を期待していたのかもしれないが、それが来る事は無かった。男はクリスの態度を受け取り、未だに持ち上がっている肌着の下から曝け出されている胸元を一度乱暴に触った後、一度クリスの場所から離れ、台の裏に回り、とある物を取り出した。

「!!」








――涙の映るクリスの瞳に映った物……――








――それは……――








――鈍色にびいろに輝くナイフ……――








「おい、これ、なんだか分かるよなぁ?」

 男はナイフの切っ先をクリスへと向けながら、わざとらしく訊ねる。

「何する気……!?」

 クリスから見れば、それがナイフだと言う事は一発で理解出来る事だ。それより、まずはその凶器を使ってどんな悪行を見せてくるのか、それが気になるだろう。

「ホントは医療班が来てからお前の解体スタートなんだが、にしてもあいつら随遅せぇなぁ……」

 クリスの身体を切り刻み、尚且つ手早く命を奪わないように行為を行う為には医療の技術を持った者がいなければ不可能に近い。素人が手を出せば予想外の事故に繋がりかねない。

 その男にとっての切り札ともなるべき担当者が来るのに随分と時間がかかっている事に対し、男は出口であろうドアを見つめながら、早く彼らが来てくれる事を心で祈る。

 そして、再び汚い口を開く。

「だったら、おれが一人でやるまでだ!!」



――男はナイフをクリスの顔面のすぐ横に付きたてる!――



「いやっ!!」

 すぐ隣に刺されたナイフがクリスにおぞましい寒気を与える。わざとずらして刺したのだろうが、ナイフは木造の壁に僅かながら深く刺さり、もし直接身体を刺されればどうなるか、それを明確に表現している。

 クリスに悲鳴をあげさせるには充分だった。

「さて、まずどこ攻めて欲しい? あぁ!?」

 クリスのすぐ横に刺さっているナイフで壁を抉るように動かし、威圧的な光景を見せ付けた後に、すぐ口を再度言葉を発する。

「やっぱその可愛らしいお目目でも抉ってやっかぁ!?」



――クリスの目の前にナイフの切っ先を突きつけながら、最初の目標を定める……――



「!!」

 目の前に迫った刃がクリスの声を詰まらせる。男が本気で行動さえ起こせば、クリスはたちまちその若さで光を失う事になる。それだけは恐ろしい事だ。

「それともそこの耳でも切り落としてやっかぁ!?」

 今度は切っ先が目元から耳元へと移される。髪の間から覗いた両耳が今は残酷な刃によって失われようとし始める。

「いや、それより……、やっぱ……」



――男は殆ど自分だけのペースで話を進め、そして、企みをはらんだ笑顔を作り……――



「ここでも切り落としてやっかぁ!?」

 ツインテールとして細く頭部から伸びた部分を乱暴に掴み始める。

「いや! 痛い!」

 髪を引っ張られ、クリスは頭部に走る痛みに両目を強く閉じながら小さく叫ぶが、両手が塞がれている以上、その行為をただ受け入れるしか無い。

「そう言やあ女っつうのは髪が命だったよなぁ? どうせならおれに歯向かった反省としてこの二本の変なの切り落としてやるぞぉ!?」

 男は左手だけでは無く、ナイフを持っている右手も使い、ナイフを持ったままでクリスの左側の髪も乱暴に掴み、それぞれ両手に持った形となる。

 そして左右から引き抜くかのように、膨らんでおり、そして垢で汚くなっている両腕に力を込める。

「痛い!! やだ!!」

 頭部に走る激痛により、クリスは意味を持った言葉を発する事が出来ず、ただ痛みに対する悲鳴や、否定しか飛ばす事が出来ない。

「うっせぇ糞尼ぁ!! でも痛がる顔も結構可愛いじゃねぇかあ。これならもうあいつら来ねぇでもいいかもなぁ」

 騒ぎ立てるクリスに罵声を飛ばした後、男はその怖がり、黙り込むクリスの表情を見て先程まで出していた怒りの表情にどこか温いものを見せ始める。恐らくはクリスを責めるこの下劣な行為に対して快感でも覚えたに違いない。





――トントン……――





――この音の正体は、入り口として役割を負っているドアである……――

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