「どうした? 早く立てよ。折角ここまで説明してやったんだ。さっさと立て!」

 肥満の男は、客車の床で仰向けに倒れながら苦しそうに深呼吸しているミレイを見下ろしながら、怒鳴り立てる。男から見れば、確かに倒れてはいるが、もう戦えないと言う状態では無いと読んでいるに違いない。

「はぁ……はぁ……、ご丁寧に……はぁ……はぁ……ありがと……」



――ミレイは期待通り、荒く呼吸を続けながら、ゆっくりと上体を起こす――



 男に殴られ、蹴られ、そして投げつけられていた為、顔及び暗い赤のジャケット等の衣服には汚れや傷跡が付着しており、特に右頬の切り傷は酷い部類に入り、未だ出血した状態だ。

 それだけでは無く、ジャケットの裏やズボンの裏にも大量の擦り傷が付けられているにまず間違いは無いだろう。

「流石はハンターだ。他の野郎はもうとっくにくたばってるか、或いは助け求めて泣き叫ぶか、どっちかだってのに」

 男は今までの戦いを思い出しながら、敵対している相手であるミレイを褒めるかのような言葉を飛ばす。男は未だ体力的にも余裕なのだろうか、息も荒げておらず、平然と顔を左右に倒し、首の凝りを解す。

「へぇ、あたしは……そのあんたが昔闘ってきた奴らよりずっと別格だって訳? 少なくともあたしは泣くなんて真似はしないし、させれるものならさせてみなって話よ……はぁ……はぁ……」

 ミレイはよろよろと立ち上りながら、傷や血で荒れた顔で無理矢理笑顔を作り、そして肥満の男をその疲労と痛みでやや下に向いている顔の状態で上目遣いの要領で睨みながら、わざと強がるように、弱味は絶対に見せない事を伝える。

 顔だけでは無く、殆ど上半身も前屈みへとなっており、左手を左膝に乗せて支えにしている事で辛うじて身体を立たせている感じだ。流石のミレイも体力的に限界が来ているのだろうか。

「おいおい、口は達者でも身体だけは素直らしいなあ。今降参するってんなら、特別に許してやってもいいぜ。これ以上痛い目見るよりは、黙って連れてかれた方が楽だぜ?」

 男でもミレイの容態を見れば正常な体力では無いと容易に理解出来る。左手と言う支えが無ければすぐに倒れてしまいそうな感じなのだから、また男が何か力強い一撃を加えれば今度こそ支えを作る暇すら考えられなくなるかもしれない。



――これはある意味での、男の人情だった……――



 男のその口調では本当の意味での気持ちを捉える事は無理に等しいが、ミレイは勿論それを聞き逃すはずが無く、そして無視もしなかった。

「そう……、降参すれば、もうあんたは手出ししないと」

 ミレイもある程度は呼吸を整え、顔を真っ直ぐ男に向けながら、確認するかのように、聞く。

「ああ、殴ったりはしないぜ。でも連れて行くってのには代わりは無いがな。でもいいだろ? 痛い目見るよりは、見ない方がいいだろ?」

 確かに暴力は振るわれなくなる。だが、連行されると言うその最終的な目的だけは譲って貰えないようだ。ただ、ミレイの選択肢は、殴られて連れて行かれるか、それとも何もされないで連れて行かれるかのどちらかだ。ただ、連れて行かれた後にどうなるのか、それが問題であるとは思われるが。

「結局は連れてかれるって訳?」

 それを言いながら、ミレイは前屈みになっていた身体をピンと伸ばし、ジャケットの汚れを両手で軽く払いながら、次の言葉を出した。





「断るわ」





――ミレイは、男の人情を拒否したのだ……――





「はぁ? お前なんて言った?」

 男は脂肪で膨らんだ顔を歪ませながら、ミレイを見る目を鋭くさせる。

「だから、断るって言ったのよ。どうせ連れてかれるんでしょ? だったら降参しても意味無いじゃん」

 最終的な結末は既に確定しているのだから、ミレイはその途中の選択肢に迷いはしなかった。

 普通の女の子ならば、即答出来る内容では無いだろうが、ミレイは堂々と立ちながら答えたのだ。相当な度胸の持ち主である。

「お前相当おれの事なめてやがんな? 今度は泣くじゃあ済まねぇかもなあ」

 男は期待通りの返答を裏切られたのだから、怒りを隠せず、それを両手に込めるかのように、指を鳴らしながら、血に飢えたけだもののように、濁った呼吸をし始める。

「どうせあたしが安全に助かる道なんて無いんだから、別にいいじゃん。第一それに、こんなとこであたしらが暴れてたら、他の人達に大迷惑かかる訳だし」



――投げ槍に近い言葉、そして、今更のように乗客の心情を吐きながら、ミレイは上着のジャケットを脱ぎ始める――



 ジャケットが取り除かれた後は、手首まで伸びた袖、そして首に沿った高い襟ハイネックの真っ黒い肌着のみとなった上半身が露になる。殆ど細い身体と密着フィットするような形状となっており、相変わらずロクに発達していない胸が寂しく見えるも、ミレイ本人はそんな事を気にする事は無い。

 そして腰に装着させていたポーチも外し、そして脱いだジャケットにくるむ。

「おい、お前正気か? 折角こっちがわざわざお前に情けかけてやってるってんのに。それに他の奴らに迷惑かかってるって、お前が捕まりゃあいいだけの話だろ?」

 男から見れば、ミレイは今何を考えているのか、理解出来なかった。わざわざ上着を脱いで何を企んでいるのか、理解出来ない。



――男に納得するかのように、今まで黙っていた乗客が恐る恐る、言葉を発した……――



「ちょっと、お譲ちゃん、やめといた方がいいぞ」
「そうよ、やめなさいよ。今だって傷だらけなのに」

 少しだけ若い男女が、それに続くように他の者達もミレイの制止に入ろうと、口だけを動かすが、ミレイはそれを素直に受け入れる事は無かった。

「ああ、大丈夫ですよ。皆さんは心配しないで下さい。それにあたし、あたしのせいで他の皆さんに酷い迷惑かけてるってのは充分理解しています。だから、恨んで頂いても一向に構いません……。あ、後これちょっと預かっててもらえますか? ごめんなさい……」

 ミレイはまるでこれから自分の曲芸でも見せるかのように、乗客全員に威圧感の篭らない普段アビス達友人に接するようなトーンの高いあの特徴的な口調で伝える。

 威圧感を与えるべき相手はこの肥満の巨漢一人だけで充分である。

 そして周囲を軽く見渡した後、自分の両手を塞いで邪魔をしているジャケットとポーチをすぐ隣にいた女性客へと預ける。非常に気まずそうに頭を下げながら。

「お前何いきなり侘びなんかいれやがってんだよ? だから言ってんだろ? お前が捕まりゃあ誰も迷惑しねぇって」

 ミレイの余裕げな態度を見て思ったのだろう。男はミレイのその分からず屋のような言い分に対し僅かではあるが男の内部では怒りが弾け始めたようにも見える。

「ハッキリ言うけど、捕まってあんたらに好き放題されんのはやだから……。こっちが妙な事したからあんたらがここに来たってのも大体分かったけど、元々あんたらって犯罪組織かなんかでしょ? だったら完全にあんたらが悪いってもんよ」

 いくら他人が周囲に存在しているとは言え、自分の生命を犠牲にする勇気はミレイにはまだ無いのだろう。自分に何かしらの罪がある所で、男の指示には素直には従えない。

「そうかあ、お前は他の客どもの迷惑より自分一人の都合だけ考えるって訳だぁ。意外と自分勝手な奴だったんだなぁ」

 男はミレイの本性を理解したかのように、溜息を洩らし始める。

「あんたも人の事言えないと思うけど? そっちがなんかいきなり突っかかって来たんだし。それにあんたとはもう口じゃあ分かり合えるような気ぃしないし……」

 勿論実際の話、ミレイの方から闘いを始めた訳では無く、男達が勝手に手を出してきたから反撃をし続けていただけである。互いにここまで殴り合った後では話し合いでの解決は無理があるだろうと、ミレイは読む。

「てめぇ誰に向かって『あんた』だコラ。随分でけぇ口叩けてんじゃねぇか」

 今になってミレイのやや上目線的な態度に気が付き、男は厳つい眉に皺を寄せながら、顎を突き出す。

「なんであんたなんかに礼儀わきまえる必要あんのよ?」

 男に向かって威圧的な、低い声で対応した後、即座に別の者達・・・・に対する言葉を発する。

「後皆さん、あたしの事はどれだけ恨んでもらっても構いませんから……、その代わり、必ずあの男止めてみますし、絶対に皆さんには被害加えないように行きますから……」

 ジャケットを脱いで相当身軽になったであろうミレイは一度自分の僅かに乱れた緑色のショートの髪を正した後、



――緩めていた青い瞳に力を入れ、周囲に弱者を寄せ付けないような、改めて強く、凛々しいものに変貌させ……――



「あぁ? てめぇ調子こいでたら……」
「そんじゃあ、そろそろ本気で」



――男の言葉を遮り、ミレイは構えの体勢を取り……――



「尋常に行くわよ!!」



――黒い肌着のミレイは格闘体勢のまま、男へと一言飛ばす――



 ミレイは右利きである為、自然と右手と右足が後方へと下がる。先ほどまでの男の攻撃を全て取り除いたかのように、ミレイの体勢には力強いものを感じられるが、ミレイ本人は決して目の前の相手に敗れてはいけないと言う義務感から、実際には残っている痛手を無理矢理に押し殺しているのだろう。

 外傷はその持ち主に対しては素直な気持ちを与えるものだ。

「そうか、まだ痛い目見たいって訳かぁ……。今度は真面目に泣いても見逃してやんねえぞ」

 余裕げに男はわざとらしい笑みを見せつけながら、構えの体勢もロクに取らず、構えたままの姿を維持しているミレイを見下ろす。

「それは結構……」

 ミレイは軽く俯き、そして口元だけをにやつかせ、口の間から僅かに血に濡れた白い歯を覗かせる。口の中まで切れているとは相当な闘いだったであろう。

 男の高い場所からの視線では、ミレイの目元は前髪で隠れて見えなくなっているだろう。その様子から、男からはミレイがとある決心でもしたように見える。



――そして……――



「今度こそ本気で来てちょうだい!!」




―― 一気に肥満の男へと駆け出す!――



 前髪で隠れていた目元がミレイの疾走によって即座に露になり、少女と言う少女が潜在的に持っているであろう可愛らしさを削ぎ落としたような鋭い目つきが男を捉え、離さない。

 先程とは比べられないような威勢に一瞬だけ怯むも、男は正面から迫ってくる少女を足で押し飛ばしてやろうと、右足を突き出すが、正面から単刀直入に迫る攻撃をミレイが回避出来ないはずが無かった。

「当たるかぁ!!」

 ミレイは叫ぶように男の攻撃を軽侮するような発言を飛ばしながら、右にずれて回避し、



――素早く左足を引き、そして膝を使って男の肥大化した腹部に食い込ませる!――



「はぁあ!!」

 弾力のある小さな音が響くが、効いているかどうかは分からない。気合とは対照的な歯応えには攻撃を放った本人も既知なのか、命中させて即座に次は、



――右拳を顔面向けて振り被って飛ばす!――



「えぇい!!」

 相手は長身ではあるが、手が顔面に届かないほどの高さでは無い。男から見れば小柄の部類に入るであろうミレイでもそこにはしっかりと届けられるのだ。

 男の大きな鼻にミレイの強く握られた拳が入るが、男が黙る事は無かった。



――男の肘が横から襲いかかる……――



「!!」

 ミレイの顔が左へと大きく向けられる。頬にぶつけられたのだ。

 だが、ミレイは痛みを堪え、痛撃によって一瞬だけ弱まった表情に再び強みを沸き立たせる。そして、右足に力を込め、



――男の胸元に前蹴りを飛ばす!――



「そんなの効かないわよ!」

 今受けた男の肘打ちに対しての感想を飛ばし、足による攻撃を放つミレイだが、男は脂肪で垂れ下がった皮膚にめり込むようにくっ付いたミレイの足を両手で掴む。

「効かないのかぁ、そりゃあ残念だ!」

 男はこの互いの手加減を捨てた本当の闘いになってようやく言葉らしい言葉を放ち、ミレイの右足を束縛していた両手の内、左手だけを放す。

 そして解放した左手を、



――ミレイの胸倉へと移動させる……――



「なっ!」

 首元の皮膚ごと肌着を乱暴に掴まれ、そしてミレイの身体が宙に浮き始める。ミレイの黒い肌着が来ているあるじを持ち上げているのだが、流石に衣服だけで完全に人間を支えるのは無理であろう。その証拠に、今は肌着が伸び切り、今にも裂けそうなまでな状態だ。

 だが、男も闘いは一度だけでは無かっただろう。片手で持ち上げるより、両手を使った方がずっと効率が良い。

 いつまでも右手でミレイの足を束縛していても意味は無い。すぐに右手をミレイの腹部へと移し、そして一気に、



――天井へと持ち上げる!――



 頭部から天井へとぶつけられ、痛みに顔が歪むが、今は痛みに苦しんでいる場合では無い。今は束縛から逃れる事が先決である。

「いったいわねぇ……。こんなのされんのってこど――」



――男はミレイに喋らせる隙を与えなかった……――



――理由は簡単……――



――ただ、純粋に男は落としたのだ――



「つっ!!」

 だが、落とした場所が最悪に等しかった。

 わざとのように、男は座席を狙ったのである。一応周囲の乗客達は異様な空気を感じ、窓側へと寄っていた。元々窓際にいた相席の者も、恐ろしい状況である為に、近寄ってくる通路側の人間に対しては何も言わなかったが、今のミレイの状態は苦痛そのものだろう。

 ミレイは座席の背凭れの上部に背中を強く打ち付け、更に頭から座席の座る部分へと身体が傾き、そしてそのまま頭が付く。

 椅子にはクッションが設けられてはいるが、今のミレイにそのありがたみを気にする余裕は無かった。背中にピンポイントに走る激痛に身体と表情を硬直させたまま、背凭れに背中を押しつけた状態で耐えている。

 身体が逆さになっている為、すぐ隣にいる窓際に寄り添っている乗客からの目は勿論、他の乗客の目からも、その体勢は非常に窮屈に見える。

 しかし、その体勢の原因を作った肥満の男は容赦はしなかった。

「おい、いつまで痛がってんだ、あぁ?」

 未だに上下が逆になっているミレイに男は両手を伸ばす。

 再び胸倉を掴み、まるで引き摺るようにミレイを元々座る為に通る椅子の取っ手と前方の椅子の間を通らせて引っ張り出す。

「あら、ごめん……」

 掴まれたままの状態のミレイは一度その男にまるで必要の無い心配をかけさせた事に対して謝るような素振りを見せ、

「なさいね!! 痛くて!!」



――下から両足を閉じて足の裏で男の顎を蹴り飛ばす!――



 突然手を放されて頭から床に落とされてはたまらない為、ミレイは自分を掴んでいるその太い両腕を自分自身でもしっかりと掴み、一度膝と股関節を畳み、自分自身で頭を床の方向へと向けた後、勢い良く畳んでいた足を解放させる。同時にあげた声も反射的に荒くなる。

 重力に逆らっていたとは言え、ほぼ全体重を足の裏へと乗せていたのだから、威力としては申し分無いものだったに違いない。実際、男はアッパーを受けた時のように、大きく顔を上へと向けさせられたのだから。

 勿論ミレイが今回男に向かってアッパーを繰り出した事は無かったが、男の仰け反り方は大体この言い方で良いだろう。



――仰け反った勢いで男の掴んでいた手の力が弱まる――



 攻撃を放ったミレイはすぐに足を床へと付け、強引に自分自身の腕力だけで男の手を引き離す。

 そして、ようやく男の手から解放されたミレイは自分だけで立ち、構えなおしながら、

「悪いけど、他の人達まで巻き込むのやめ――」



――男が最後まで話を聞いてくれるはずが無い――



――顔面目掛けて大きな拳が飛んでくる……――



「!!」

 ミレイは素早く両腕を顔面の前にかざし、顔面への直撃だけは免れる。

 しかし、両腕に走る衝撃は非常に重く、骨に伝わる痛みが防御の世界が甘くは無い事を教えてくれる。

「さっきから煩い奴だ。ごちゃごちゃ喋りやがって」

 両手を振りながら痛みを紛らわそうとしているミレイを見ながら、男は指を鳴らす。その行動は更なる猛攻を暗示する信号のようにも見える恐ろしいものだった。

「だから人は巻き込むなってんのよ!!」

 ミレイは標的では無い者に手を出してくる男に向かって怒鳴り立てながら、男の左足関節を横から狙う。

 その低所への蹴りローキックの重みが男の左足を僅かではあるが、傾けさせる。しかし、逆に言えばその膨らんだ足にはその攻撃はあまり浸透していなかったようにも見える。

 それだけで攻撃を止める事無く、次はすぐ横の座席の背凭れを台にし、飛び上がる。

 無論、乗客にはかすりすらせず、上手く両足を乗せたのだ。

 そして男の脂肪で膨らんだ胸元の肉を左手で掴み、そして、

「あんたの相手はあたしでしょ!!」



――ミレイは怒鳴りながら、左手で掴んだまま飛び上がり、空中で男の顔を横殴りにしてみせる!――



「ぶぅ!!」

 今度ばかりは痛恨の一撃だったのだろうか、男は下卑た悲鳴を飛ばしながら拳の一撃に従うように、右を向かされる。

 だが、男はすぐにミレイに向き直り、着地寸前の少女に向かって突然、



――抱き付き始める……――



 床に足が付かなければ回避行動を取るのは無理に等しい。ミレイはあっさりと捕まってしまい、そしてそのまま持ち上げられる。両手は辛うじて捕まらなかった為、一応自由とは言えるが、身体を捕まれている以上、この状況はお世辞にも良いとは言い難い。

「何……すんのよ……! 変態……!」

 醜い身体をした男に身体を引き寄せられ、ミレイは相手に対して一種の変質者としての精神を感じ、空いている両腕を使い、男の顔を何とか狙って振り払おうとするが、

「変態で……結構だ!!」
「う゛ぁ゛!!」



――突然ミレイの身体に走った苦しみ……――



 まるで息が詰まるような苦しみがミレイの全身を駆け抜ける。男はミレイをその太く強靭な両腕で絞めつけているのだ。このままではミレイは身体を潰される可能性がある。



――勿論ミレイだってずっと苦しみっぱなしでは無い――



――意を決し、すぐ目の前にある男の胸部に噛み付いた……――



「うあぁ!! いてぇ!!」

 ミレイは脂肪だらけの男の胸部に噛み付き、叫び狂うのも無視して歯を立て続ける。

 口の中で汗による影響なのか、塩のような味を感じるが、最も効果的な攻撃として確信しているのか、口元を緩めない。



――痛みと言う痛みが男から力を奪うのだろうか、男の両腕の力が弱まる……――



 ミレイは身体でその弱まる感触を素早く察知し、男の腕と、腹部の間から這い上がるように抜け出し、そして男の腹を踏み台代わりにし、軽く跳躍しながら後方へと下がり、男と距離を取る。

「甘――」

 一言男に浴びせようとしたが、それを許してもらう事は出来なかった。



――男はパンチを飛ばしてきたのだ……――



「うっ!!」

 ミレイは迫ってくる左拳を右腕だけで防ごうとしたが、男の攻撃はそれだけで止まってはくれない。右腕にぶつかりながらも、その重たく、強い一撃は本来狙うべき場所、ミレイの右頬を正確に狙い打つ。

 その衝撃で身体をよろめかせるミレイに対して、男は更なる追撃をかける。

「おらぁ、手ぇ止めてんじゃねえぞ!」



――ミレイは咄嗟に顔をあげるが、目の前に迫っていたのは、右手の拳――



 両腕で庇うが、その威力を殺し切れるはずが無く、更に後方へと押されてしまう。

「おいどうした、攻撃しないのか?」

 防御にばかり徹し始めたミレイに対し、男は臆病な種でも植え付けられ始めたのかと思いながら、左腕を動かそうとするが、

「しない訳無いわよ!」

 口の端から血を軽く流しながらも、ミレイはすぐに両腕を下ろし、男の腹部へ正拳せいけんを突き出す。今までは足技を主体にしていたが、少しだけ休憩を与えてやろうと言う気持ちから、手技しゅぎへと切り替えたのだろう。

 実際、ミレイの両足もそろそろ疲れが溜まってきている。勿論動けない程では無いが。

 一度攻撃し終わった右腕の次は、左腕を動かし、その先にある拳を右拳が狙った場所と同じ個所を狙う。

 どちらの正拳も非常に力強く男の腹に深く食い込んだが、ミレイのこの攻撃はその二撃で止められてしまう。何故なら、



――男の右足がミレイの足元を払ったのだから……――



「さっきからうぜぇんだよ!!」
「きゃっ!」

 ミレイの肩幅よりも太い太腿をした右足がミレイを転ばせる。

 関節を強引に曲げられ、踏ん張る余裕も与えられず、ミレイは左側へと転ばされる。元々足に疲労が溜まっていた身だ。そこに強い衝撃でも加われば体勢は崩れてしまうだろう。

 倒れ始めた事によって反射的に左腕が動いたが、動いて正解だったに違いない。倒れた先には座席が待ち構えており、反射的な動作が発動してくれなかった場合、身体を直接座席の取っ手にぶつけていた可能性がある。

 取っ手に捉まりながら、床に左膝をつけている状態の少女相手に男は容赦無い一撃を足で渡した。



――立っていない少女ミレイを右足で突き飛ばし、転ばせる……――



「おらぁ、諦めろ!!」
「痛っ!」

 胸部を非常に強い力で足を使って押されたミレイはそのまま身体の側面から転ばされる。蹴られたと言う行為そのものから痛みが襲ってくるが、床に倒された所ですぐに立ち上がればそれはどうと言ったものでは無くなる。



――勿論、『すぐ』に起きれば、の話だが……――



 そろそろやって来たに違いない。ミレイの全身に走る困憊こんぱいと言う名の縄が立ち上がると言う動作を恐ろしい程に鈍らせていたのだ。

 一度うつ伏せのようになった後、両手で床を押して徐々に身体を起き上がらせようとするが、



――自分で起きる前に身体を起こされる……――



 勿論その先にある未来は明るいものでは無く、その逆である。

「?」

 無理矢理襟首を引っ張られるが、それをおこなってきた者が誰か、ミレイはすぐに気付く。

「おい立てよ」



――襟首を強く引っ張られ、そして腕を胸元へと引っかけられる……――



 男は無理矢理上体を持ち上げられているミレイの胸辺りに左腕を引っ掛け、そして今度こそ完全に宙へと持ち上げる。

 そして……

「ちょっ……! 何すん……」
「おらよ!!」



――そのまま男は自分の背後へと、ミレイを投げ飛ばす!――



 まるで左腕だけで押し出すように、山形やまなりでは無く、床に対してほぼ平行に飛ばしたのだ。ミレイのその軽めな体重ならば、男の腕力で易々と持ちあがってしまう。そこに一つ気合いを込めれば投げ飛ばすのは容易な話である。

 背中から床に落ちる事は既に想定していたのだから、顎だけは引いていた。それでもこの機関車内での闘いでついた傷は相当なものだ。

 背中に走る鈍痛が他の部分に残っている痛みにも伝わり、関連的な痛みがほぼ全身へと走り抜ける。

 男はまるで手加減無しに近寄ってくるが、ミレイは強がりを見せるかのように、すっと立ち上がる。

「ぜ〜んぜん……」
「全然がなんだ?」

 僅かに身体を震わせながら、ミレイはだらしなく伸ばし切った両腕の先にある拳を両方とも強く握りしめ、平然と歩きながら近寄ってくる男に向かって……

「効いてないってんのよ!!」



――男の顔面目掛けて鋭い拳の一撃を飛ばす!――



「……そうか、効いてない……のか!!」

 攻撃を受けても一度平然としたような態度で返事をし、そしてすぐに声を強張らせる。

 同時にミレイを殴り返す。蟀谷こめかみを狙われたミレイであるが、そんな事お構い無しと言った感じで再び殴りつける。

 男側としては体格が既に鎧のような役割をしているから良いかもしれないが、ミレイ側としては身軽さがウリとは言え、細い身体を殴られてはたまったものでは無いだろう。

 だが、ミレイは全く怯まず、下がらず、殴られても殴られてもその自分自身の拳を止める事はしなかった。

 男は相変わらず平気な表情を浮かべながら、ミレイからの手と足の攻撃をくらい続ける。それでも尚目の前のなかなか倒れないしぶとい少女を攻撃し続ける。

「そう言えば……! ミリアムって言ってたわね!?」



――苦痛で顔を歪めながら、ミレイは訊ねながら右手を突き出す――



 左腕で男の太い右腕を払いのけ、がら空きと化した腹部に深く食い込ませる。

 咄嗟に背後へと下がり、至近距離から逃れようとするも、男の左足がただで帰してはくれなかった。

「そうだぜ! なんかあったか!?」

 下がるミレイを足の裏を使って押し飛ばしながら、言い返す。

 男の体重に逆らい切れず、そのままバランスを崩して転びそうになるが、すぐに整え、堪える。

「わざわざハンター抹殺するなんて、よほどの恨みかなんかでもあるみたいね!」

 距離を取らされたミレイはやや勝手な推測を立てて口に出しながら、男の顔目がけて右足を鞭のようにしならせる。



――ハンターを消すと言うのなら、何かしら嫌悪感を持っているのだろう……。
それが自動的にミレイの頭の中へと浮かんできたのである――



「個人的な用件じゃねぇよ!!」

 まだ右足を床へ戻していないミレイに拳を飛ばし、転ばせる。

「あぁそう!? 嫌いだからなんて限定し過ぎたかしら!?」

 ミレイは尻餅付いた状態から即座に立ち上がり、大きく左腕を振りかぶり、腹部を殴りつける。

 目的の存在を消し去るその理由が単に好き嫌いの二択だけで済ませられるものでは無いと、男の言葉から察知し、自分の意見が間違っていたと、ミレイは感じ、その感情を含めた言葉を口に出す。

「こっちは組織の命令の一環でやってるだけなんだよ!」

 男は怒鳴るように仕事の一つとしての事なのだと、膝蹴りをミレイに放つ。

「うっ!」



――その重たく、固い膝の一撃をミレイは左足以外の三箇所の手足を使って受け止める――



 右膝を持ち上げ、そして両腕をかかげ、狙われた腹部を必死の思いで守り通す。あれだけの重たい男の膝をまともに受けてしまえば動けなくなる程に息が詰まってしまうだろう。

 しかし、それでも非常に重たい攻撃を受けた事には代わりは無い。両肘付近に走る鈍い痛みに苦しい悲鳴をあげながらも、すぐに構えの体勢に戻る。

「組織? やっぱニムラハバでのあの二人と関係あんのね!!」

 両腕に走る鈍痛を堪え、ミレイはやはりあの時ニムラハバの丘で出会った二人の男、サンドマンとヴィクターと関連性を持っているのでは無いかと睨み、左足で男の首元を蹴りつける。

「ふん、あいつらはおれ達とは別の職分持ちだ。あっちは生産、こっちは……」



――蹴られても尚平然と立っている男は仲間である事を回りくどくではあるが、伝えた後に両腕を左右に向かって伸ばし始め……――



「消去だかんなぁ!!」



――両手を手刀しゅとう状態にし、左右からミレイの細い首を襲う!!――



「あぁ!!」

 一応咄嗟に両腕をそれぞれ左右から襲ってくる男の手から首を守る為に顔の横へと持っていくが、男の手刀はミレイの両腕を軽々と無視し、そのまま首へとぶつかり、両端から挟み込む。

 思わずミレイは苦しさの混じった痛みによって悲鳴をあげるが、すぐに反撃へと走る。

「でも……まあ結局は仲間って訳ね!!」

 苦痛で身体が少しふらつくが、その事については気にも止めずにミレイは身体を一瞬だけ横に向け、そして右足で高い場所にある男の顔面を狙う。

 男のその発言はある意味ミレイにとっては非常に有益な情報であった為、それを手に入れられただけでも良い方だろう。

「あぁあ、言っちまったか。っつうかそれより……」

 恐らくは相手にあまり伝えるべきでは無い内容だった事は予め理解はしていたのだろう。だが、闘いの中で言ってはいけないと言うその制御を緩めてしまっていたからこそ、うっかり告げてしまったのかもしれない。だが、それでも男は負けを認めるような素振りは見せず、それよりも、何か男の内側のものが変化するような印象を鋭くミレイへと飛ばす。

「それより何よ?」



――傷や痣に塗れたその顔で男を睨みながら、ミレイは言葉の続きを求める――



「さっきから顔ばっか狙ってくんじゃねぇぞコラ!!」

 男は理性を失ったけだもののように、目を大きく見開き、客車内部にこれでもかと言う程の音量の怒号を響かせ、ミレイをその巨大な右腕で殴り飛ばそうとするが、

「うわぁ! あっぶなっ!」

 流石に今回の攻撃を受ける事は無かった。一度距離を取り、男の動きに集中していた所だったのだから、怒りだけに支配された正確さを失ったその拳がミレイに命中するはずが無かったのだ。

 すぐに上体を後方へと大きく反らし、強力な一撃を免れるが、男の怒鳴り声及び、もし拳が自分の顔に直撃していたらどんな目に遭わされていたかと言う想像が、ミレイに驚きの声をあげさせてくれる。



――だが、一番の問題はその空振りの攻撃よりも、その後に出した男の声だった……――



「おい! お前ら! こいつやっちまっていいぞ! そこら辺に武器色々転がってんだろ? それ使ってやれ」

 男はミレイのやや背後に映る無残にも破壊されてしまった前方の車両へと続く扉の方向へ目をやり、そして乱暴に指を突きつけながらそう声を荒げる。

 一体男は誰に向かってそんな命令とも、お遊びの提供とも言えるものを口で渡したのだろうか。



――乗客? いや、それはまず無いだろう……――



――じゃあもっと別の何か……?――



――何か?――



――いや、その何かってのは確かにいる……――



「待ぁってましたぁ〜!!」
「ぶちのめしてやっかぁ〜!!」
「面白くなるぜ〜!!」
「覚悟決めろよこの野郎〜!!」

 その呼ばれた相手とは、先程ミレイとやりあったが、本気を出した彼女に簡単にやられてしまった四人の妙な黒いタンクトップ姿の少年達だった。

 今ミレイと男のいる客車とは別の客車で今まで何をしていたのかは分からないが、呼ばれるなりそれぞれ期待に溢れた声をあげだしながら、床に散らばっている扉の木片を拾い上げ、それを棍棒のように軽く振り回してミレイに威圧感を飛ばす。

「何これ? 援軍? なんか随分テンション高くなってるわね」

 身体は男の方へと向けたまま、顔だけを背後に向けるミレイのそのやや疲れの見え初めてきた青い瞳に映ったのは、棒状のように偶然割れた木片を持ちながらにやけた顔をしている少年達だった。

 その妙な笑顔を見逃さず、人数と手にしている武器を理由に勝ち誇ったような態度を見せる四人に対して力の無い声を飛ばす。決して疲労が理由なのでは無く、素手相手に対して武器を扱う事に対して多少呆れているのだろう。

「余所見すんじゃねぇよ!!」
「!!」



――男がミレイに前蹴りを浴びせる――



 男の声に気付いたミレイは即座に右膝を持ち上げて防御の体勢には入ったものの、押し出された先にいるのは少年達だ。

「おい、やれ!」





――肥満の男の一言で、少年達は一気に凶暴化する……――



少女ミレイへと迫り来る木造の凶器。
四人から一気に攻撃され、全てを回避し切るのは無理に等しい。

ある程度は両腕を上手く使い、払い除けたり、防御したりして
その固く、乾いた攻撃を防いだのだが、木片は微小ではあるものの、
尖っており、その部分が容赦無くミレイの袖を切り刻み、そしてその下にある肌も
荒々しく傷つけていく。

腕と言う盾を偶然のようにすり抜けた木の武器は狙われた少女の身体や顔にぶつかり、
内出血や切り傷を痛々しく築き上げていく。

いつの間にか実家が原因で顔に貼っていたガーゼは全て剥がれ落ちていた……





「おい、いつまでやってんだよ!!」

 少年達から好き放題に甚振いたぶられ、ミレイは背後に対する配慮をまるで気にしておらず、その背後に立っている面白そうに今の状態を眺めている男がまるではやし立てるように、声をあげながら背中を足で押し飛ばす。

 攻撃を防ぐ事で精一杯だったミレイはまともな悲鳴もあげられず、そして予想外の背後からの攻撃に踏ん張る事すら出来ずに少年達の中へと押し込まれる。

「うわぁ! 来んなよこっち!」

 少年達もまるでミレイを馬鹿にするかのように汚らしい言葉を浴びせ、そして蹴ったり、棒で攻撃を加えたりしながら、少年の集まりの中からミレイを追い出す。

 これによってミレイは男と、少年四人から挟まれる形からは脱出出来たのだが、まだ終わりでは無い。



――今にも床へと崩れそうによろよろと後退するミレイの頭部目掛けて木が真上から振られる……――



「!!」

 見事に命中したその木片によって、ミレイは頭部から血を流し始めながら、倒れそうになる身体を死ぬ気で持ち応える。右側にある座席の背凭れに力を振り絞りながら両手を伸ばし、震えながら身体を支える。



――両手だけは力強く背凭れを押さえているが、顔は下がり、呼吸は恐ろしい程に荒く、全身を震わせている……――



「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」

 立っているのだが、両手の支えが無ければすぐに崩れそうな程に上体が下がっており、血と汗が流れている顔も下がり、誰が見ても分かる程に弱りきっている。痛みと疲れが全身を駆け巡っているにまず間違いは無い。

 そして、黒い肌着にも滲んだ汗と汚れだけでは無く、木片によって破かれた箇所も目立っている。腹部や腕部が大半を占めているが、そこからは血も流れており、黒い肌着と言う事もあって殆ど外部からは目立たないとは言え、出血と言う事実には変わりは無い。

「おいおい、お前いい加減やめたらどうだ? 諦めろ。本気で死ぬぞお前」

 男は木製の武器を持ちながら強がっている少年達の後ろで、ミレイに再び助け舟を差し出す。

「はぁ……はぁ……む、り……はぁ……はぁ……」

 呼吸に苦しむミレイは何とか顔を持ち上げ、血の垂れた口を動かし、否定を見せる。

 額付近から流れ出る汗が左に位置する方の青い瞳を掠り、そして瞳が反射的に強く閉じられる。しかし、すぐに開く。

 本当ならば、もう少し男達に対して言ってやろうとでも考えていたに違いない。だが、今のミレイは喋るだけでも殆ど精一杯の状態に近いのだから、ただ一言しか言えなかった。その一言を言うだけでも非常に辛そうだ。

「無理だってぇ? はぁ? てめぇ調子こいでんじゃねぇぞ!!」






――長髪の少年がミレイの態度に怒り、手に持っていた木片でミレイに殴りかかる……――






――迫る木片……――






――未だミレイは下を向いたまま……――






――の状態からすぐに顔をあげ……――






――左手で木片を受け止める――






――直撃ギリギリの場所で……――






 木片はミレイの左手に握られる形で防がれるが、ミレイの左手も淵の尖った部分に擦られ、僅かながら血を出している。

 そして、まるで血に飢えた猛獣のような、恐ろしいまでに尖り出した目線を長髪の男に向ける。

「いいわねぇ……。大人数と武器ってのは……」

 木片を掴んだまま、ミレイは淡々と、長髪の少年を睨みつける。血液と、汗に塗れたその表情は凶暴な雰囲気を与えてくれる。少年は多少怯みを見せるも、それでも言い返そうとする。

「な、なんだよ、傷だらけのくせに」

 既に全身に痛手を負っているのだから、所詮はただの強がりだろうと、長髪の少年は木片を奪い取ろうと力を込めるが、抜けない。



――そして、ミレイはその殺意の篭った鋭い視線の状態のまま、低い声で言葉を発する……――



「結局あんたらってさぁ……、誰かがいないとなんも出来ないって……やつじゃん……。しかも武装までして……素手相手に武器持つなんて……自分が弱いって事アピールしてるようなもんよ……」

 事実、ミレイは今まで武器を何一つ使っていなかった。全て自分の手足で解決していた。ただ周囲に武器になりそうな物が無かったから、体術だけで何とかやり過ごそうと考えていたのかもしれないし、散らばった木片を武器として認識していなかったのも理由の一つかもしれない。

 だが、少年達は木片と言う武器を扱っている。素手でやりあってもミレイにはまるで歯が立たなかったが、それを理由に武器を持つのは卑怯であり、そして臆病である証拠だろう。

「ふ、ふん、別にそんなのこっちの勝手だろ?」

 少年は自分の行為に何か正しい部分でもあったかのように、焦りながら無理矢理笑う。しかし、相変わらず木片はミレイの左手から離れてくれない。

「勝手ぇ? そう……じゃあそうやって一生自分の貧弱さ隠して生きてくってんだぁ……情けないわね……」

 少年はミレイの言い分に肯定する事は無かった。当たり前と言えば当たり前なのかもしれない。敵対する相手の能力的な意見を素直に聞き入れる程少年は人が出来ているとは言い難い。

 だからこそ、ミレイもそのような頑固者に相応しいような、嫌味にも見えるその発言を相変わらず呼吸を乱しながら吐いたのだ。






――そして……――






――拳で身体を打つ音が小さく、だが痛々しく響く……――

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