――宿の隣に広がる花畑の傍らで――
アビス達は畑の隣に設置されている白いテーブルと椅子に座りながら、その花の香りを味わっていた。
ランポス達の襲撃でいくらかは踏みつけられてしまったが、今は新しいものに取り替えられ、
以前と変わりない心地良さに包まれている。
しかし、宿の店主から賠償金を要求されなかったのは救いであるかもしれないが、払うのはどうせアビス達では無いだろう。
そして、今その白くて丸いテーブルを囲んでいるのは、2人の少年と1人の少女である。
「えっと……
スキッドはテーブルの上に広げている白紙にペンで色々をメモをしながら、隣に座り、尚且つそのメモをしている様子を脇から覗き込むように見ている赤いニット帽を被った少女に聞いた。
帽子という点ではスキッドも黒い色のそれを被っているが、材質が異なっている。
「あ、違いますよ! それじゃあ通常弾の調合になっちゃいますよ? 『針の実』じゃなくて、『針鮪』ですよ」
そのニット帽を被っている少女はディアメルであるが、スキッドの目の前に向かって右腕を差し込むように伸ばし、その間違っている点を指摘した。
『殻の実』の中に針鮪の鋭い骨を上手く繋ぎ合わせる事で、『貫通弾』と呼ばれる先端の鋭い弾が完成するのだ。
逆に、『殻の実』の中に『針の実』と呼ばれる木の実を入れ込む事で、より硬質化の取れた良質な通常弾が出来上がる。
きっと今の状況を察知すると、スキッドはディアメルから弾の調合材料を聞き出している事は間違い無いだろう。
「
この中で、唯一ガンナーでは無い存在であるアビスは、2人のその教えてもらう姿と教える姿を見ながら、単純にその弾のレベルは高い方が良いのでは無いかと考え、スキッドの隣でそう言った。
「あぁいやアビス、駄目なんだよレベル
スキッドが愛用しているライトボウガン、≪グレネードボウガン≫は通常弾のLv2は装填する事が出来るが、Lv3には対応していない為、その弾を扱う事が出来ないのだ。
まるで何もかも知ったかのような様子で数字だけを見るアビスを少しだけ
「いや……確かに俺1回もボウガン使った事ねぇけど……」
実際、一度もそれを担いで狩場に赴いた事は無かったアビスであるが、スキッドの言い方自体にも違和感を覚えていたかのような困った表情を浮かべている。
「スキッドさんそんな風に言うのって……、あ、でもアビスさん、確かにLv3の場合は威力もずっと上になりますけど、その分ボウガンに働く反動も大きくなりますから、場合によっては反動や負担の少ない方がいい場合もありますよ」
ディアメルは一度スキッドのそのやや見下したような喋り方をやめさせるかのようにそう言うが、実際の問題としては、弾の性能の高い物はボウガン自体にかける負担も大きく、力強く発射させる為にどうしてもボウガン自体の反動が強くなる。
そういう事態を少しでも抑える為に、所持者は力強くボウガンを支えなければいけない。それは同時に自分自身の移動が拘束される事にもなるから、弾の性能が悪くても、反動が弱ければそれが好都合になる事だってあるのだ。
「反動……ねぇ」
アビスは自分の右手を軽く持ち上げて、そしてその手を見詰めながら、実際にはどれだけの負担が身体に走るのかを想像してみる。一瞬、飛竜の攻撃を片手剣の盾で受け止めた時の光景を考えてみるが、きっとその反動とはもっと別の形であるだろう。
「やっぱお前使った事ねえからそうやって偉そうな事言えんだろ? 今度使わせてやっか? 案外、っつうか集中力ねえとあれって意外と当たんねえぞ? でも慣れたらかなり楽しいけどな!」
再びボウガンに関する知識の疎いアビスを責めるかのようにスキッドは指を差し、そしてにやけながら喋り出す。
更にはスキッド自身が持っているであろうその力を自慢するように誇ってくる所も少し煩い所である。
「あ、そうだ、所で今思ったんだけどスキッドお前その、ディアメル、だっけ? ディアメルといつ知り合ったんだよ? なんかいつの間にか一緒にいたみたいな感じだったんだけど」
アビスはいつかは聞こうと思っていたのだろう。
淡い赤の髪の上に赤いニット帽を被った少し可愛い少女といつ知り合ったのかが気になり、スキッドにそれを聞き出そうとした。アビスもディアメルを見て少しだけ少年らしい感情でも抱いたのかもしれない。
「ああこいつかあ? ちょっとな」
質問をされたスキッドはまるで子分の扱いであるかのように、指をディアメルに差しながら少し笑い出す。
「『ちょっとな』って何だよ……」
答えようとしないスキッドに対し、アビスは何としてでも続きを聞こうと、少しだけ苛立ったような口調を見せ付ける。
「えっと、いつだっけなぁ……ほら、お前がなんかミレイとどっか行ってた時あっただろ? なんかおれらの方で変な撲滅委員会っぽい連中と出くわしてた時だよ」
スキッドはテーブルに放置してある紙とペンを軽く見渡して記憶を探りながら、過去にアビスとミレイがアーカサスの街を離れていた時の話をする。丁度その時はアビスとスキッド、両方で恐ろしい集団に直面していたが、今はこうして無事に会話を出来ているのだ。
だが、今着目する点はそこでは無く、ディアメルとの出会いの話である。
「ああなんかあったなぁ、そんな奴ら。んで俺がミレイと一緒にいる間に、なんかそのディアメルと知り合ったって訳か?」
アビスも思い出すが、その事件はもう解決したという事で、そこまで精神的に怖くなったりはしなかったようである。ただ、あそこではアビスは殆ど何もしておらず、ミレイばっかりが身体を張っていたのだが。
しかし、その時にディアメルと出会ったのかと、意見を出してみる。
「そうなんだよ。ホントはクリスの紹介だったんだけど、ボウガン使ってるもん同士って事で仲良くなった訳よ。ラッキーな話だろ?」
スキッドはやや力強く肘をテーブルに落としながら、その
だが、スキッドの事だから異性と仲良くなれた事が相当嬉しかったに違いない。
「スキッドさん……、ラッキーって、どういう事ですか?」
ディアメルは何だかスキッドが淫らな事でも考え始めたのでは無いかと、少しその桃色に近い赤の瞳を細めながら、スキッドの背中を軽く叩いた。
「あ、え、っといやいやいやいや!! ただ友達んなれて良かったってそういう事だぞ!? マジで!」
普段は敬語で優しく接してくるディアメルだが、今回のディアメルの表情の裏で何かスキッドの品格が問われているのではないかと察知したスキッドは、誤解を招かないようにと口を非常に素早く動かして対応した。
「それよりスキッドよぉ、俺思ったんだけど、ディアメルってなんで敬語使ってんの? 俺らってどうせ歳同じなんだろうから敬語なんか使わなくてもいいんじゃねえの?」
アビスから見れば、どう見ても年齢的にスキッドとディアメルの2人に差が存在しないと思えるのに、どうして敬語を使う必要があるのかと疑問になる。ましてや、相手はあの煩いスキッドであるのに、そんなスキッドに対して使おうと考える所もあまり分からなかったのかもしれない。
「あぁ、そこんとこはスルーって事にしとけよ。ちょっとこいつさあ、人付き合い苦手っぽいからこんな感じなんだよ。たまにいんだろ? こんな奴」
スキッドはある意味で細かい部分を言ってくるアビスに向かって右手を払うように動かし、そして姿勢的に背後にいるディアメルを親指で差しながら、少し偉そうな態度で喋り続ける。
夕焼けをバックに軽く噴いてくる風がスキッドの少し尖った印象のある茶色の髪を揺らす。
「いやお前……、なにお前ちょっとディアメルん事支配したような風になってんだよ? やめろよ。普段優しい人ほど怒ったらメッチャ怖いって言うから」
アビスは何だかスキッドがディアメルより確実に上に立っているような気を感じ、絶対に自分より上に進ませないようなその振舞い方をやめさせようと、それでも何故か発言に困ったような表情を浮かべる。
だが、アビスの場合はよほどの事が無い限りは女の子を怒らせる事は無いはずである。一部を除いて。
「あの……アビスさん私は特に気にしてないから大丈夫ですよ? それに、怒ったらとか、そういう事言うのちょっとやめて下さい……」
ディアメル自身は自分が敬語を常に使っている事に関してはそこまで意識していないらしい。だが、少女の品格に障るような発言をされたから、それだけは
実際女の子側としても、あまり感情を爆発させたくないものなのだから。
「あ、そ、そうか……ごめん」
アビスは同じ男から否定をされた時と比較して、非常に重苦しいものを受け取ってしまったと感じてしまい、取り返しのつかない事をしてしまったかのように気弱に謝った。
女の子から嫌な顔をされると、やはり違う意味で怖くなったりするのだろうか。
「何お前ちょっとテンション下がってんだよ? あ、そうだ、お前とはここで今日別れんだよなぁ……」
きっとスキッドはアビスを元気付けようとしたのだろう。アビスの青いジャケットの肩をちょっとだけ乱暴に叩きながら、その弱々しくなっていったであろうテンションを強引に復活させようとする。
だが、ふと気付いた事は、今日でもうディアメルとは話をする事が出来なくなってしまう事だった。それを意識すると、スキッドの心も僅かでありながら影が灯り始める。
「はい……、ここのお店で原材料を仕入れるように店長から頼まれてましたから。あ、スキッドさん達は明日もう出発するんですよねぇ?」
一瞬ディアメルの言葉に僅かながら沈黙が感じられたが、やはりディアメルもスキッド達と離れる事に少し悲しさを覚えたのだろうか。スキッドは少し煩い所があっても、これでもアビスよりは付き合いが長いから、やはり複雑な気持ちがあったはずだ。
自分がここに赴いた目的を確認すると同時に、明日のスキッド達の予定も確認する。
「そうだなぁ。まあどこ行くかはまだ聞いてねえけど、ここに残る理由は多分ねえだろ? また今日のランポスみてぇに襲われんのもあれだし、町にも迷惑んなるし」
スキッドはディアメルと離れてしまう事を残念だと思っているだろうが、それをわざと紛らわすかのように声の調子を上げ、楽しい会話であるかのように笑みを作りながら、確かにこのスイシーダタウンから明日旅立つと喋る。
きっと今回のランポスの件で、スキッド達が狙われたという事実がある以上はこの町にい続けるのも気まずいのかもしれない。
「あぁ、そっかぁ。もうここでさよならなのかぁ……」
アビスにとってはディアメルの存在を強く意識したのは、この宿の外にある白いテーブルを囲んだその時であったが、何故か無性に虚しさが込み上げてくるのを感じた。
何故かそのディアメルの黒のチェック付きの長袖シャツや黒いニットベストが目に焼きついてしまい、そのなかなか着込んである服装から目を反らし難くなる感覚さえ覚える。
「アビスぅお前何ちょっと残念がってんだよ? まさかずっと一緒にいてくれる事期待してたかぁ?」
スキッドはアビスを軽く押し出すかのように左手をアビスの身体に伸ばし、そして実際に押し出すが、アビスがディアメルの服装に見惚れていた事だけは見破られなくて済んだらしい。
肌の露出が無いのが少女らしさ、幼さをも見せてくれているが、もう少し油断していたら見破られていた事である。スキッドに。
「いや別にそんなんじゃねえよ……」
アビスはとりあえず反論をしようと何かしらの台詞を出すが、その反論として考えると、非常に弱い力にしかなっていないだろう。
伸ばされるスキッドの左腕を振り払うように、アビスは右腕を軽く振った。
「私は一回アーカサスの方に戻ったらまた狩猟の方は再開させるつもりです。スキッドさん達はちょっと別の仕事に追われるんですよね? 頑張って下さいね。私も頑張りますから」
ディアメルは目の前にいる2人の少年のやり取りを見て軽く愛らしい笑顔を作りながら、この町での仕事を終えた後の予定を説明した。
ニット帽でツインテールを除く髪の大部分は隠れてしまっているものの、それでも笑顔そのものは
「オッケオッケェ〜、頑張っから、お前もヘマして死んだりすんじゃねえぞ?」
ディアメルの笑顔に調子に乗るかのように、スキッドはテーブルに放置されたままだったメモ用のその白い紙を折りながら、ディアメルに1つの約束事を渡した。
「はい、きっと、大丈夫ですよ」
きっぱりとは断言出来なかったのだろうか。でも、ディアメルだって簡単には死ぬ訳にはいかないと心の奥で強く決心しながら、やや大きく、そしてゆっくりと頷いた。彼女はこれでも色々な人間に助けられてきていたのだから、きっと誰よりも命の大切さを学んでいるはずだ。
「ってかアビス、お前なんか今の内に話したい事話した方いんじゃねえのか? お前チャンスだぜ? 今だったらミレイもいねぇから聞きてぇ事聞きまくれるチャンスだぜ?」
スキッドはアビスにまるで1つのチャレンジでもさせるかのように、ディアメルと無理矢理接させるかのように仕向け出した。しかし、今を逃せばもうディアメルとは当分会話が出来なくなってしまうから、やはり今、ちゃんと話したい事があれば話すべきなのかもしれない。
「チャンスってお前……」
スキッドの言い方が少し納得出来なかったのか、アビスは苦笑いをしながらテーブルに肘を付いた。
「所で、アビスさんはどうしてハンターになろうと思ったんですか?」
果たしてそれはディアメルの気まぐれなのだろうか、いきなり質問をされる立場になるアビスであるが、彼はどう対応するのだろうか。
「え? 俺? んとまあ、えっと、なんだろう……」
聞かれたからにはしっかりと答えなければいけないだろうと、アビスは普段意識しないその答を必死で頭の中から探し出す。
――そして、そんな頃、ネーデルはと言うと……――
人達で溢れる道の端に立てられた細長い看板の鉄製の柱に背中を預け、その青く長い髪を持った少女はまるで時の流れに虚しさを感じるかのような淡々とした表情を浮かべながら、じっとそこに位置していた。
とは言え、道の反対側に設置されている露店やその他看板等の物体はそのすれ違い合う人々で遮られているという程でも無いが、その人の量はなかなかのものであると言える。
「ネーデル! 待たせたわね、ごめん!」
道の中から、人と人の間を抜けながら緑色のショートカットの髪を持った少女が両手にそれぞれ少し大きな紙グラスを持ちながら歩いてやってきた。因みにその紙グラスには真っ白なストローも刺されている。
ネーデルと自分の為に何かを買いに行っていたのだろう。
ネーデルはようやく待っていた少女が戻ってきた為、看板の柱から背中を離し、その緑の髪の少女へと近寄り、差し出された紙グラス1つを受け取った。
「大丈夫ですよ。それと、ありがとうございます」
その緑の髪と暗い赤のジャケットの少女こと、ミレイは待たせた事に軽い詫びを入れるものの、ネーデルは気にしていない様子である。
自分の為に金銭を出してくれたミレイに対して軽く頭を下げる。
「あ、これ? 気にしないで。あたしが無理矢理付き合わせてんだからさあ」
ミレイは空いた右手で自分用の紙グラスを指差しながら、自分が
――そして、2人は歩き出した――
「所でネーデルって本気であの組織の事説得しようとしてるみたいだけど、見込みは、あんの?」
ミレイは人で賑わうこの道の中で折角元組織の中にいたネーデルと2人だけになっているから、少し詳しく話をしてみようと考え、右を見た。
「それは、まだ分かりません……。ですが、あっちにはわたしの友人も何人かいますから、もしかしたらその人達とだけでも分かり合えるかもしれません。これは本気で願いたい事なんですが……」
ストローで紙グラスの中のジュースを吸い上げながらミレイの質問を聞いていたネーデルは、ゆっくりとストローから口を離し、その集まりの中でも特に仲の良かった者の心情と理解を考えながら、まるで願いを強く意識するかのように答えた。
もし叶えば、ネーデルにとってはどれほど嬉しい話なのだろうか。
「友達? ああやっぱりあっちの組織ってミリアムって奴以外にも女、ってか女の子、いんだぁ?」
ミレイにとってはその
しかし、ミレイはネーデルと親しい関係上に位置する存在として連想する場合、どうしても同じ性別、同じ年代ぐらいの姿しか思い浮かべられなかったようである。
「はい、それでも組織に属してるだけあって油断の出来ない
ネーデルは特に隠したりもせずに組織の中の構成状態を説明するが、一般世界に存在する少女と同じ扱いや見方をすると酷い目に遭う事はもう定まっているらしい。きっと仲間として特に強く意識していたであろうその名前を次々と出していく。
「あ、いや、名前ここでいきなり出されてもあたし分かんないからさぁ……はは……。ってかディファードって、なんか女っぽい名前って感じしないんだけど、まさか案外男友達もいたりしたの?」
名前自体を教えてくれるのは嬉しい事なのかもしれないが、それでもミレイはまだ出会った事も無いような奴の名前を覚えておく気にはなれなかったらしい。手を差し出しながら、ネーデルの説明を止めた。
ミリアムの名前だけはミレイの個人的な事情か何かで強く印象に残っていたのかもしれないが、その最後に出された名前がまるで男を連想させるかのような物々しさがあったから、それについて男友達の存在をも意識する。
その最中に流れてきた風がミレイとネーデルの髪を小規模に巻き上げるが、2人の髪の長さが大きく異なっていた為、ミレイのは微小にしか揺れていなかったのに対し、ネーデルのは髪の毛の1本1本が独立しているかのように揺れていた。
「いえ、ディファードも女の子です。一応……はい……」
ネーデルはその静かな表情のままで、男では無く、女であると伝える。何か裏がありそうな気がしなくも無いが、元々の組織そのものを考えれば、
「ふぅ〜ん……。じゃああたしが本気で戦うとしたらその連中となるかもって事かぁ……」
一応は名前の作りによる性別の誤解を解いてもらい、ミレイは真剣に話をしてくれた少女に対する返答としてはやや相応しくないその気の抜けた返事をし、右手に持っている紙グラスのジュースをストローで一気に吸い上げる。
これから先、女同士でぶつかり合う事になるのかとやや都合の良いような予測を立て始める。
「いえ、相手を指定出来る訳でも無いと思いますよ?」
ネーデルも一度紙グラスの中身をストローでいくらか吸うが、やはり組織はいつ、どこで襲い掛かってくるか分からないのだから、ミレイ達の方で戦う相手を選択する事は実質的に不可能だろう。
「いや分かってるわよそんぐらい。ただ何となく言ってみただけよ。それにどうせ組織の事だからなんか普通じゃない能力とかあったりとかすんでしょ? ってあたし簡単に言ってるけど、実際問題で見たら絶対無視出来ない事よねこれって……」
ミレイ自身も自分の言い方が少し悪かったと多少反省するも、それでも当たり前に近い事を直接言われた事に何か嫌な気分でも覚えてしまったからか、追い払うような態度でそう言い返してしまう。
その後に頭の中で浮かぶ事は、今まで見てきた組織の幹部らしき者達がとても一般社会では想像も出来ないような力を所持していた事であり、それを意識すればする程、その組織の女達も油断の出来ない者として過剰に思えてくる気を感じた。
「それは、はっきり言わせて頂きますと事実です。油断をしたら一瞬で勝負を付けられてしまいます。だから、ミレイさんも充分注意して下さい……」
一番分かっているのはネーデルであるから、少し真剣な表情で、その赤い瞳でミレイを見ながらそれを伝えた。
その勝負の終わり方の話を聞くと、まるでスポーツの試合を連想させるような言い方にも見えるが、状況と内容を見ればそれは命に関わる話である事に間違いは無いはずだ。
「はいはい分かったわよ。でもあたしだって……まあなんか魔法みたいなもん使われたらどうしよも無いかもしんないけどさあ、こう見えてもあたし腕っ節は強い方よ? 前も話したかもしれないけど、肥満の男にも一応勝ったぐらいだからねえ素手で。確かあいつってアルバート……ロペスだったっけ?」
ミレイの返事の仕方は、少しだけ面倒そうな感じを覚えさせてくるが、決して聞き流している訳では無いはずだ。
魔法という話はこの世界で考えればあまりにも大袈裟かもしれないが、実際に使われたとしたら、生身だけが武器に等しいミレイにとっては溜まったものでは無いのは事実だろう。
だが、それだけだと自分が弱いと言っているように思ったからか、ミレイは自分の一番の自慢点を見せ付ける為に右手を持ち上げ、そして強く握った
「その強さもこれから先は凄く役立つと思います。案外ミレイさんって凄く強くて、
ネーデルはその自信に溢れた強さを見せてくるミレイに納得したからか、まるでその強さを羨ましがるかのようにうっすらと静かな笑みを浮かべながらその握られている右手を見続けた。
ミレイが右手を下げるのを確認した後は、歩いた状態はそのままで、ネーデルはその視線をミレイの青い瞳へと合わせた。
「え? あ、うんそりゃあある程度は頼られてた、かな? 狩猟って結構自分らの判断で臨機応変にやるから、特定の奴だけがこうする〜とかそういうのあんまり無いからさあ。計画無しって訳じゃないけど。それと、あたしの事今『案外』って言ってたけど、あたしって弱そうに見えたりする?」
ミレイ自身は普段自分が回りよりも派手に目立っているとは考えていなかったから、言われて始めて気付いたかのように、気難しそうに返事をする。
普段から自分だけが目立つような行動は取っていなかったと話すミレイであるが、とある1つの言葉が引っかかり、自分が普段弱い少女として見られているのかと気になってしまい、自分の顔を指差しながらその点について訊ねる。
「あ、えっと、そういうつもりで言ったんじゃなくて、えっと……、女の子なのに自分から進んで相手に立ち向かうその勇気が凄いと思ったんです。普通だったら男の人に護ってもらおうと考えるものですから」
相手に不快な思い、或いは人格を否定するような発言をうっかりしてしまったとして、困りながらも何とか誤解を解く為の言い方を作り直す。
女だから、という点は結局変わっていないのかもしれないが、逆にそのような性別でありながらも、非常に勇敢である性格がネーデルに関心を持たせる要因となったのだ。きっと、ネーデルも羨ましがっていると同時に、見習いたい存在としても見えている事だろう。
「まあ……そうなの? でもあたしってさあ、あんまり人に助けてとか言うの好きじゃないからさあ、それに、一応ハンターやってるってんのに男の影にビクビク隠れてるってのもカッコ悪いじゃん? いくら女でももうこの歳だからあんまり隠れてばっかいられないのよ」
ミレイは自分を見本にされる事に少しだけ恥ずかしさのようなものを覚えるが、彼女の外見を見ると結構強そうな雰囲気を感じる事が出来るのは事実かもしれない。
少年が好むような服装である為に、ネーデルと比較して脚の露出もゼロに近い、と言うよりはゼロであるし、中の黒いシャツと暗い赤のジャケットという暗い色同士の組み合わせは元より、そのシャツ自体がハイネックであり、まるで肌の露出を極限にまで抑えた所が少年のような雰囲気を
一部を除いて、基本的に男は胴体の肌を過剰に露出させたりはしないから、ミレイのそのボーイッシュな所が強調されているのだろう。ズボンのスタイルも、彼女が上下左右どこを取っても奇妙な意味で隙が無いのも事実である。ネーデルは別ではあるが。
そして、ネーデルと似ている点があるとすれば、それは胸のサイズ程度だろうか。
「やっぱり……ミレイさんは凄く
少女とは思えないその度胸を見せてくれるミレイに向かって、ネーデルは優しい笑顔を見せつけた。ミレイは同性であるからそこまで大してその笑顔に魅了される事は無いだろうが、異性が相手だった場合は確実に取り込まれる事である。
「そう? まあそりゃあ狩猟ん時は弓も結構使えてるってまあ信じたいけど、自分で自分の事最強だとか言ってたら周りから変だとか自信過剰とか言われそうだから言えないのよねぇ。でもそうやって言ってもらえるってなんか嬉しいわね」
ミレイは残り少なくなっているであろう紙グラスの中身を吸い上げた後、自分の力を信じたいと同時に、それを下手に回りには誇示出来ないやや複雑な心境を覚えながら話した。
自分で言うより、人に言ってもらえる方が認めてもらえているという点で、嬉しさもあるだろう。
「わたしも、人に尊敬されるような強さが欲しいです」
少しだけ明るさと輝きを見せているミレイの表情とは対照的に、ネーデルは左手に持っている紙グラスを寂しそうに見詰めながら、自分はもっと成長しなくてはいけないと心で強く意識し始める。
まだ自分に自信を持てていないのだろうか。
「欲しいってネーデル……。ネーデルだって元々充分強いんじゃないの? さっきの昼食ん時だってラージャン1人で倒したって言ってたし。ってまさか体術とかも実はあたしよりずっと上だったりとか?」
ミレイからすれば、ネーデルも充分に強い少女であると捉えているらしい。確かにランポスとの戦いでもあれだけ巧みにナイフを扱っていたし、昼食の最中でも大物の中の大物を単独で狩ったと言っていたのだから、実は相当な実力者である可能性も高いだろう。
ミレイは今、良い意味でネーデルを疑っているのだ。
「いえ、そんな事は無いと思いますが……。それに体術は基本的にハンターとは関係無いんじゃないんですか? ちょっと以前から思ってたんですが……」
それはネーデルの謙虚な思いなのか、それとも本当に事実であるのかは分からないが、その後にネーデルが言ってきたのは、その身体そのものを武器として戦うその姿は狩人としては少し妙な部分ではないかという少しだけミレイのその特技を否定するような話だったのだ。
きっと本人は答え辛いだろう。
「そ、そうよねぇホントに。あたしってばなんで関係無いとこ意識してんのよ? って話よね。んでとりあえず、あたしらも戻る? この町の様子だと意外と被害は少なかったって感じだしさあ」
ミレイは反論する、というよりはそれが妙に正論過ぎていると無駄に深く考えてしまうせいで、言い返すものが見つからないから無理矢理にネーデルの意見を許容した。
自分の違った方面で鍛えられた能力を一度置いておき、あまり2人だけで町の中を歩いている訳にもいかないし、予定の中にあった目的も終わらせたと考えているから、ミレイは宿に戻る事をネーデルに施した。
「そうですね。日も沈んできましたし、今日は少し早めに戻って身体を休めましょ?」
一度ネーデルは空を見上げるが、元々橙色に染まっていたその大空が更に濃色へと変化していた。
「いいわねそれ……。実はさあ、あたし今凄い疲れてんのよ……。今はこうやってジュース飲んだり、ネーデルと喋ったりしてたから気分紛らわせれたんだけど、実はさあ、即行でベッドに沈みたかったとこなのよ。ネーデルもそんな感じ?」
ミレイも釣られるように空を見上げるが、それと同時に身体の奥から一気に重たさが圧し掛かってくるような気分に襲われる。まるで見えない荷物でも持たされるかのように、体力がどんどん奪われていく。
それでも現在まで歩いていられたのは、一応は仲間として、そして徐々に友達としても認識し始めているネーデルと言葉のやり取りを始めてここでじっくりとする事が出来たからだろう。それでもネーデルは一歩引いた態度で接し続けていたのだが。
「あ、いえ、わたしはそこまでは疲労はありませんが、ゆっくりしたいという話はミレイさんと同意です」
ミレイは重たい荷物を背負っているような疲労感を覚えているが、ネーデルはそこまでの体力消費に陥れられていない様子だ。決してランポスとの戦いを怠けていた訳では無いから、相当見逃せない点だ。
しかし、それでも宿で身体をいくらかは休めたい気持ちがあるのも事実だ。
「疲れてないんだぁ? いいわよねぇ体力ある奴って。クリスなんてあたし程度の運動量じゃあ息1つ上がらせないし、ネーデルもそんなんだし、あたしなんか全然体力無いからさあ、羨ましいわ、ホント。あ、ジュースも飲んだ? 飲んだんならそれちょうだい、今捨ててあげるから」
結論から言えば、それはネーデルは体力がほぼ有り余っているという話になるだろう。それを感じたミレイはネーデルの体力に嫉妬した。流石にそこまで悪辣な意味を純粋に含んでいるとは考えられないが、それでもミレイの頭の中にはネーデルとは別の少女であり、そして親友でもある1人の姿も映り、尚更自分の能力の物足りなさを実感させられてしまう。
丁度道の脇に金網で作られた筒状の白い公衆
「あ、はい、ありがとうございます」
ミレイの気持ちを素直に受け取るネーデルだが、まだ中身が僅かながら残っていた為、素早くストローでその残りを吸い上げた。完全に中身の無くなった紙グラスをミレイに手渡す。
多少距離のあるその公衆
ほんの一時的にネーデルは1人だけとなるが、その人混みの喧騒に混じって、1つの空気を斬る音が一瞬響く。
―シュンッ……
「!!」
ネーデルはその一瞬だけ響いた音に素早く反応し、今までのミレイとのゆったりとしたやり取りからは想像も出来ないような目付きに変えると同時に飛んでくるものをしっかりとその赤い瞳で捉える。
――パシッ!!――
飛んできた物は
ネーデルは一度その直線状に飛んでくる筒の軌道から外れ、そして高速で飛んでくるその筒を右手で見事に受け止めたのだ。相当な反射神経と動体視力であり、徐々にその普段の
(誰が投げてきたのよ……?)
すぐに投げられた地点に目を向けるが、そこには誰もいなかった。ただ、その周辺の芝生が奇妙に風で揺らされていたのだが、そこには誰もいなかった。
「ネーデル!」
対象者を探し出す前に、先程紙グラスを捨てに行った緑色の髪の少女が戻ってくる。
ネーデルは背後から聞こえたその少女の声に焦りを覚えながらも、素早く上着のポケットにその筒をしまい込んだ。
――再びミレイは話しかけるが……――
「ネーデルどうしたのよ? なんか奥に何か見えたの? って別になんも無いじゃん。やっぱり結局ネーデルも疲れてんじゃないの?」
ミレイはネーデルが露店の奥に見える無機質な芝生を凝視していたのが気になったから、ミレイもその奥をネーデルの隣に立ちながら見てみたが、やはりそこには何も無かった。
まさか幻覚でも見えたのかと思い、その理由がネーデルの奥に密かに蓄積されていた過労が原因だと考える。
――だが、そんなミレイも……――
「あたしもさぁ……なんかホントに疲れてきた……」
とうとう我慢の限界に来たからか、ただ立っているだけでも辛いかのように両手を膝に付いて大きく呼吸をする。支えている両腕も、少しだけ震えている。支える事自体がもう辛そうである。
「やっぱり……宿に戻りますか?」
ネーデルも本気でミレイが心配になり、前屈みに荒く呼吸をし始めているミレイの背中を優しく撫でながら、声をかけた。
ただ、ネーデルの方は疲労の問題よりも、今ポケットにしまっているあの筒が非常に気になっているのだが……
――やがて、日は沈み、夜が訪れる……――
スイシーダタウンを明るく照らしていた太陽は、その日の疲れを癒すかのように、大空から姿を消している。
暗闇が支配する場所で、建物の窓からは灯りが照らされ、それぞれの者達は外では無い場所で今日の残りを過ごしている。
元々は涼しい町ではあるものの、夜になると涼しさを通り越して、少し肌寒い環境にすらなっている。
夜風も昼の風のように爽やかなのかもしれないが、どちらかと言うと冷たさの度合いは相当高くなっている。
宿の中ではきっと、アビス達はまた楽しく会話をしていたり、これからの打ち合わせをしたりしているだろう。
だが、1人だけ、宿から出て裏へと回り込んでいる者がいた。
(あの筒……何なのかしら……)
まるで犯罪でも起こして密かに逃げようとしている罪人のように、ネーデルは忍び足で宿の入り口が設置されている場所の反対側へと周り、ポケットの中に未だにしまっているあの時投げられた筒を強く意識する。
本当ならばミレイと一緒にいる時に見ても良かったのかもしれないが、何故か人前で見る気にはなれなかったらしい。異質な空気でも読み取ったから、夜まで待ったのだろう。
――背中を宿の壁へと預ける――
立ったままでありながら、いくらかは楽な姿勢になりながら、上着のポケットに入れていたあの筒を取り出した。
ネーデルの相当に白くされた肌のその右手に握られる筒を、ネーデルの赤い瞳が強く捉えている。筒の色と、瞳の色がやけに似ているが、ネーデルの瞳、そしてその表情は悲しさを見せ付けている。
同時に1つの恐怖すら覚えているように感じられる。
(でも、これってどうやって……)
筒とはいうものの、一般的な筒と比較すると、
ただ、誰が投げてきたのかも非常に気になる点ではあるが、今はこの筒の意味を理解するのが先だろう。少なくとも、ネーデルとしては。
(ただの……筒? これって……)
何とか秘密を暴こうと、ネーデルは必死でその筒を撫でるなり先端部分を引っ張ったりするものの、臙脂色の筒は全く反応を見せてくれない。
両腕の動きに合わせ、両肩にかかっている青く長い髪も揺らされる。風の影響も放置されておらず、風の動きによって青いノースリーブの上着が揺れて僅かながら細い腰が見えたり、同じく青の短いスカートも揺れている。
しかし、今は筒を何とかして開くのが先だ。
(これって……ホントになん……!!)
少しだけ苛々してきたからか、ネーデルは僅かに瞳を細めながら筒に対して爪を立ててみたが、きっとそれは偶然である事に違いは無いはずであるが、異変が発生したのだ。
思わずネーデルも言葉を失い、その細めていた瞳を再び大きく開き直す。
――突然筒が2つに分裂を開始し……――
左右に開くようにその分裂した筒が動き、その2つになった筒の間には、まるで巻物のような面が展開される。それは恐らく筒自体が意思をを持っている為か、ネーデルの両手の間隔を無理矢理開かせた。
その開き切った反動がいくらか強かった為、ネーデルは思わずその開いた筒を落としそうになるも、素早く両手で強く握り、落とさずに済ませる。
(あれ? これって……ハウラーヴの言語……?)
一体それはどこの世界を指しているのだろうか。だが、その面に書かれているものは、とても
端から端に向かって無数の線が、直角に何度も曲がりながら伸ばされている。当然その無数の線全てが曲がりながら描かれている為、常人が見ればセンスの無い出鱈目な落書きにも見えるだろう。
だが、ネーデルはこれを言葉として理解しているのだ。やはり、ネーデルは何者なのだろうか。
――じっくりと、その奇妙な文を解読すると……――
ネーデルのその端麗な容姿に、恐怖を覚えたであろう表情が徐々に徐々にと浮かび上がってくる。赤い瞳も瞳孔が縮まり、表情と連動して恐怖で引き攣っていく。
解読された内容は、読んだ者を怯えさせるだけの力を含んでいたのかもしれない。恐怖で口元もややだらしなく開き、僅かながら雪白な色を見せた歯が見えている。
――いや、意図的に怯えさせる威力があっただろう……――
そうである。今、ネーデルの頭の中にはこの懇書を送り届けてきた張本人の声が直接伝わっているのだ。
まるで書いた本人の気持ちが直接伝えられるかのように、青い髪から食み出ている耳に鮮明に入ってくる。
さらには、内容が予告するこれからの未来すらも、直接背景に映されるような錯覚に陥れられる。
『サァリオアヴァイデュウルェスタレヴ……、クレイメイ……』
εε 町が焼き尽くされる光景が映し出される……
ψψ 煉獄の炎が町全体を深く包み込み、飲み込んでいく……
『グレパイティビオペウシアオン……、リーヴァルレィヴァルペルピォラィ……』
ζζ その炎景の中に浮かび上がる、1つの影……
αα 鮮明になっていくのは、龍の頭部を思わせる形だ……
『
δδ
σσ 最初のメッセージは、きっと少女の名前を強く意識させている……
僅かこれだけが、送られた懇書の全てである。
常人には1つも理解する事の出来ない、古文でも無い支離滅裂な暗号文。
青い髪の少女だけが、他者であれば
この町を焼き尽くす……
犠牲を払いたくないなら、お前が単独になる事だ……
じっくりと話をしようではないか……
もうすぐ楽しい夜中がやって来る……
そこで異色のパーティーでも開かれるのだろう……
そう、女だけの……
◆◆ sind Sie bereit? ◆◆
== 準備は出来たかい? ネーデル? ==