2頭のペアとなった桜竜達は、まるで自分達がもうこれで決して負けないと言う事を自慢するかのように、2頭並んで空に向かって軽く咆哮を放つ。数人のハンターは鼓膜に軽く刺さるその音量に思わず両手を耳に当てる。

「相変わらず咆哮は煩いぜ……、おっと、さっさとこいつを…。おい!! 皆!! ちょ〜っと目ぇ瞑ってくれよ!! いいか!?」

 テンブラーは一瞬その咆哮によって驚きのあまり危うく玉を落としてしまう所だったが、何とか持ち堪えた後、アビスやスキッドを含めたその場に居合わせているハンター達に警告し、そしてその玉を地面に投げつけようと、構えを取る。

「おぅ!! いいぞ!!」
「あれ使うのか?」

 居合わせていたハンター達から声があがる。そしてテンブラーは2頭の桜竜達が攻撃の手段に入る前にその右手に持っていた玉を力強く地面に叩きつける。

 その瞬間、テンブラーを中心にその広範囲が極めて強い光に包まれる。直接目に入れれば確実に一時的な視力障害は免れないであろう、その光は、テンブラーの警告を聞き取っていたハンター達の目を襲う事は無かったが、人語の理解能力に極めて乏しい、或いは全く持ち合わせていない桜竜はその光に対抗する為の対策を予め取れるはずも無く、容赦無く桜竜達の眼は焼かれてしまう。



「……もう……いいかなぁ……」

 両手を使って目を押さえ、尚且つ瞼そのものも閉じていたアビスは何だか苦しそうに鳴き声をあげる桜竜の様子を聞いて恐る恐るゆっくりとその両手をどかす。

 目の前に映ったのは、見事に眼をやられ、視界を奪われ、全く身動きを取れず、その場でゆったりと後退り等の惨めな行動を取っている桜竜、そして…

「あれ……あいつ……なんか普通に眼開いてんだけど……」

 一瞬のその光に驚いて今は軽く頭を下ろしているが、だが、偶然にも発光地点から眼を逸らしていた為にただ軽く眼を痛めるだけで済み、そして、もう今にも動ける状態となっていた。



「やばいよ!! 1匹なんか効いてなかったみたいだ!! やばいよ!!」

 アビスは今にも動き出そうとしている片方の桜竜、さっきアビス達が戦っていた方が今まさに攻撃を開始しようとしていたのである。

「あぁ!? マジか! ってマジだ! ってか『匹』じゃなくて『頭』だけどな!」

 他のハンター達はアビスのその危険を知らせているかのような声を聞き、即座に目を見開く。そしてスキッドもその事態を把握し、アビスに突っ込みなんか入れた後に通常弾を装填しながらこれから再びやってくるであろう、傷だらけの桜竜を迎え撃とうと、余裕気な笑みを浮かべながら頭部に狙いを定める。



「よし、俺らは今動けなくなってるこいつからやっちゃおうか」
「ああ、やろうぜ!」

 居合わせていたハンター達は完全に視界を奪われて動けなくなっている援軍として現れた桜竜にその武器を向けるが、その戦略はテンブラーに止められる。



「ああ、ちょっと悪い。今動けなくなってるそいつは俺に譲ってくんないか? ちょっと面白いとこに連れてってやりたいんだが……。それに中途半端に色んな奴攻撃しててもあれだから、まずは1頭に的絞った方が……」
「おい、さっきからあんた、俺達に指図したり、好き放題自分だけやってるみたいだけど……」

 テンブラーのやや自己中心的とも言えるその行動、戦いに嫌気でもさしたのか、居合わせていたハンターの一人が文句を飛ばそうとするが、テンブラーは特にそれに対して違和感等も覚えず、逆にその男の言い分を遮り、言い返す。



「好き放題ってのは無いでしょう。ここは俺の言う通りしてればすぐ終わるって計算なんだから」
「そうじゃねぇだろう。後からやってきた癖に偉そうに振る舞いやがって。お前何様のつもりだ?」

 やや中年の年頃のハンターが自分の行いに反省する様子も見せずに喋り続けるテンブラーにやや怒りを混ぜた表情をしながら指を差す。

「偉そうだってんのは悪いと思ってるけどさぁ、でもこっちも依頼受けてここ来たんだから、ちゃんと俺の作戦成功させないと結局被害増大って話にもなっちゃうし、まあ、兎に角今手伝ってくれてるハンター全員におんなじだけの報酬出してもらうようにギルドの方にも言っといてやるからさぁ、今は俺の言う通りしてくれや」

 相手が後一歩で怒り出しそうなのにも関わらず、テンブラーは相変わらず自分だけの考えを通そうと、報酬と言うある意味ハンター達にとって喜びとも言える存在をわざわざ出して無理矢理にでも自分のやり方を通そうとする。そして、男の返答も待たずに、テンブラーは閃光玉の被害を受けなかった方の桜竜の方へと行ってしまう。



「おい!! ちょっと待て!! ……ったくよ……」

 男は舌打ちをしながらも、今傷だらけの桜竜の方へと向かっていく。あのやや態度の大きい青年の言う事が本当ならば、自分や他のハンター達にも報酬が与えられると言う事になる。ならば、相手の態度がどうであれ、今は目の前の桜色の怪物を倒してしまえばそれで全て良しだろうと、言い聞かせながら弓を構える。

「おっと! 危ねぇ! でももうこいつ終わりじゃないか?」

 アビスは不安定な足取りの突進で迫ってきた桜竜を持ち前の技術で回避した後、その相変わらずな傷の量を見るなり、思わず呟く。



「じゃないか? じゃなくてもう終わりじゃんかよ。これでも喰らえっつうの!!」

 アビスの独り言を聞いていたスキッドはアビスの横で訂正を加えながら装填していた貫通弾を、桜竜の背中目掛けて発射させる。

 その名の通り、敵の胴体を貫通させる為に鋭く尖った銃弾が特徴的ではあるが、流石に飛竜の甲殻相手だと完全に貫通してくれる事は無い。だが、背中に鋭く刺さった銃弾が桜竜をさらに鈍らせる。

「よし! 後は俺に任せてくれ! 行くぜっ!」

 元々全身が傷だらけで動くだけでその激痛が全身を走る状態だと言うのにさらに追い打ちをかけるかのように襲ってくる貫通弾による攻撃で立ち尽くしたまま動けなくなっている桜竜の頭部目がけてテンブラーと同じく大剣を装備したやや若めな外見をした男が大剣を振りおろそうとする。

 だが、桜竜は目の前に迫る止めの一撃を危険だと悟ったのか、残る力を振り絞るかのように勢い良く翼を振り、まさに殺戮の一撃が振り下ろされるその瞬間に、男の目の前から逃げる事に成功する。

 1秒にも満たないその間に消えてしまった巨大な標的が元いた場所に空しく大剣が叩き落とされ、そして空しい轟音が地面に響く。



「くそっ! 避けられたか! もうすぐだったのに……!」

 地面を割って軽く刺さった大剣を持ち上げながら、男は悔しさに今徐々に空に浮かんでいく飛竜を睨みつける。

「あいつ、逃げる気か?」

 ハンマーを持ったハンターは傷だらけの桜竜を見ながら、その桜竜がこれから何をするのかを悟る。



「マジでぇ!? あいつ逃げんのかぁ!? 冗談じゃねぇぜ、あんなのほっといたら別んとこで何すっか分かんないぞ!」

 飛び上った桜竜を撃ち落とそうと、スキッドは再びボウガンを構え、特に特定の場所を狙おうとせず、適当に桜竜に照準を向ける。

「いや、逃げるって訳じゃないみたいだぞ。なんか降りてるけど、家の上に……」

 逃げると思われていた桜竜だが、上昇距離を一旦その場に固定し、そしてすぐ近くに建てられている民家の屋根に降り立つ。その民家は頑丈な造りになっているのか、重量のある桜竜が乗っても尚、潰れる様子を見せない。



「なんだ、あいつ。あんな場所に陣取って、リサイタルでもする気か? って違うな……あれ……」

 スキッドは呑気に桜竜を眺めていると、突然桜竜の口元に異変が起こるのに気付く。

「いや、あれリサイタルじゃないぞ! 火ぃ吹いて来んじゃねぇのか!?」
「リサイタルなんて例えだ例え!! それに火ぃぐらい分かってるっつうの!!」

 当然スキッドはただ今皆が立っている場所に対して桜竜がいる場所が高い場所にあり、それを敢えてリサイ樽と少しふざけた表現をしてみただけである。実際、口元から炎が溢れており、その後に何をしてくるかぐらいは理解出来ている。

 そして、その予兆の通りに、桜竜はその場から地面にいる攻撃の出来ないハンター達目がけて炎の球体を口からいくつも発射する。

 高速で地面へと直撃する火の球達は



「うわぁ!! やっぱこれかよ!!」
「やっぱこういう時……ってわわぁ!!」

 スキッドの理解の通り、口から灼熱の凶器が発射され、それはハンター達のすぐ真横に落とされ、その焦げるような短く、そして鋭い轟音と共にハンターを強引にその場から突き放す。

 アビスは一瞬何か思いついたのか、スキッドに何か言おうとしたのだが、アビス側に飛ばされた炎がそれを遮る。



「こう言う時は何だよ!? やっぱ遠距離……うわぁっと!!」

 今高い場所に陣とっている桜竜を攻撃するなら遠距離を専門にしているハンターの出番では無いかと、アビスは言おうとしたのだが、再び灼熱の炎がそれの邪魔をする。

「遠距離!? でも真正面からだったら絶対無理だ!! うわっ!! ほらな!」

 無論、スキッドはボウガン使い、遠距離攻撃のハンターではあるが、今好き放題炎を発射している桜竜の目の前で堂々と構えていては、簡単に口から発射されて1秒も満たない内に着弾するその攻撃の餌食になってしまうだろう。今の状況ならば、普通は正面から無謀に攻めるのでは無く、確実に攻撃の届かないであろう側面から攻めるのが一般的なのかもしれない。

 今迫ってきた炎の球を間一髪かわしたスキッドは正面からの衝突は確実に不可能だと、きっぱりと述べる。



「けどなぁ! 横からやりゃあ多分いいとこまで……おっと、行くんじゃね?」
「じゃ、頼むよ! お前のテク見せて……うわわっ!!」
「ちょい喋り過ぎだな。まあいいや、兎に角やってくるわ! って危ねっ!!」

 地獄の炎が降り注ぐ空間でその爆音に負けないぐらいの高い声で言い合っているアビスとスキッド、そしてスキッドは正面に比べれば遥かに安全とも言える側面へと回ろうと、その足を走らせる。相変わらず上からは危険な炎が降り注ぎ、危うく直撃しかけるも、紙一重で回避し、そして作戦に移ろうとする。

(あいつら……緊張感あんのかよ……)

 地獄の炎が飛んでくるその緊迫した空間でも普通に、とは言ってもその口調にはやや焦りは見えているものの、まさに友達同士と言う雰囲気を飛ばしながら喋り合っている2人を見たその場に居合わせていたハンターは心で呟くが、そのハンターも即座に炎の回避手段へと移る。


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