人を襲うのって楽しいですか?
弱者から力尽くで金品を奪い取るのって快感ですか?
罪悪感や倫理観を意識しないのですか?
山賊や盗賊を好ましいものとして考える貴方は、彼らの行動にどう魅力を覚えるのでしょうか?
武器の巧みな使いまわしや、山賊、或いは盗賊としての盗みの美学に興味を持たれるのですか?
世間的には犯罪であっても、その犯罪行為に誇りを持つ彼らに対し、間違った意味で納得を覚えるのですか?
盗んでも良いのは、相手の技術と、異性のハートです。
財産金品を盗むのは、人としての神経を疑うべき行為だと、
貴方も考えてみてはどうでしょう?
貴方が稼ぎ集めた金品を、突然暴力と共に奪い取られた時、何を思うのでしょうか?
山賊盗賊は、それすらも考える事が出来ないのでしょうか? それとも、美学を追求し過ぎるあまり、それすらも正当化するのか?
中には義賊もいるらしいですが、それを信用しても良いのだろうか?
それとも、憎たらしいと思っている奴が、盗賊に襲われた時に『ざまあ見ろ』と思ったりしますか?
盗賊に対する価値観によって、それは変わるかもしれないですが。
山賊や盗賊が攻めてきて、街や村はどのように変わり果ててしまうのだろうか。
人々には手を出さない上で、金品を奪い取りながらゲラゲラ笑う賊達か……
無用な殺生までして、血塗れの中で金品を担いで歩く悪魔達か……
人々の住処そのものを焼き尽くし、炎を背景に去っていく連中達か……
人が死ぬか否か、それだけでも印象は大きく変わっていくものかもしれないな……
外見だけで全てを考えるのは間違っている ■
■ そもそも外見だけで信用し切るのも駄目だ
少女であろうが、世の中注意すべき事はいくらでもあるのだ
――Love in the prison――Change the mind?――
昼の風が優しく吹き抜ける1つの町がそこにあった。
ハンターズギルドも設立されており、丁度その時間は、狩場で得た獲物を受付で換金してもらっているハンター達で溢れており、丁度昼食を取っているハンターや、ハンター同士で雑談をしている者もいる。
受付嬢も忙しいこの時間でも、ハンター達にとっては手元に返ってくる金銭を見る事が一番の楽しみでもあったりするのだ。
ダンダリアンタウン / Dandelion land
ハンター達も多く集う、自然も残った町がここである。
「番号札52番のお客様! 素材の換金が終了致しましたので、第4番カウンターまでお越し下さいませ!」
座席の並ぶハンターズギルドの内部で、女性従業員の爽やかな声が響き、その番号札を持っていたと思われる男性のハンターがその指定されたカウンターへと歩いていく。
他のカウンターでも、同じようにハンターに呼び出しコールをかけ、ハンター達それぞれに対して処理を施しているのが分かる。
時間が惜しい者達は、座席に座りながら、隣り合うハンター達と会話を交えていたりしている。その者達は、初めから友情関係が結ばれていたのかどうかは分からないが、同じ職業に就く者同士なら、気が合うのも納得は出来る。
他にも、ホールスタッフの従業員達は、注文を受けたテーブルに料理を運んでおり、昼特有の忙しさもこの内部で見せてくれている。
本来であれば、ここにいるべきなのはハンターだけであるのかもしれない。
だが、やってきたのである。
あの者達が……。
横開き式のドアがゆっくりと開かれる。漆黒のフードを纏い、その2人は真っ直ぐ、カウンターへと向かっていく。気付いたハンター達は奇異な目で歩く2人を見つめるが、声をかける者は誰もいなかった。中には初めからその2人に気付く事も無く自分達の雑談に夢中になっている者もいるが、どちらかと言えば、気付いているハンターの方が多いかもしれない。
そのフードを纏った2人は真っ直ぐとカウンターへと進んでいったが、流石にその異様な姿が近づき、何人かの受付嬢は客の相手をしながらも、やや凍り付いたような目をしていたのである。
フードを纏った2人の内の1人が、手の空いている受付嬢に対し、話しかけたのである。
「忙しい所失礼するが、ここにギルドナイトの隊長がいるはずだ。出してもらえないか?」
フードを被った者、その知的さと強さを合わせたような低い声を持つ所から、恐らくは男性だと思われるその男は、ギルド内の事情をある程度把握した上で、それを詫びながらも自分達の用件を済ませようと受付嬢に要求を渡す。
「え? あ、はい、隊長は現在取調室にいらっしゃいますが……」
突然の、そして単刀直入な要求だったからか、一瞬受付嬢は戸惑っていたが、いつもの仕事にすぐに戻り、隊長が今何をしているのかを説明する。
――すぐに返答がやって来る……――
「構わん。こっちも急用だ。すぐに呼んできてもらえないか? それに、
既にその男は、誰が捕らえられていたのかを分かっていたらしい。
短く、そして無駄の無い事だけを話した上で、再度、返還を要求し続ける。フードで纏われた両腕を組み始めたが、フードから出ている手には、鋭く太い爪が備わっており、そして、やや濃い桃色をしている。どうやら、人間ではないらしい。
「え、えっと、ですが……。今はどうしても関係者以外は入室禁止でして、私達も室内に入る事は……」
そのうっすらと見えた異質な手の形に、受付嬢はまるで自分に危害が加わるのではないかという恐怖に襲われるが、職員である以上は必ず事情を話さなければいけないと心を取り戻し、カウンターの下で何とか手を握り締めながら口を動かしている。
年齢の若さは、勇気の面で未熟ささえも見せてしまうのだろうか。
――すると、もう1人のフードの者が……――
「だったら……お前の命と引き換えにして……」
声色自体は非常に低く、そして善人としての空気をまるで見せてくれない低い声で、2人目のフードの男はゆっくりと受付嬢に迫っていく。フードの裏から取り出したと思われるナイフまで取り出し、逆手に持ち、そのまま刺しかかろうとするが……
――隣の男が容赦をしなかった……――
―ブゥン!!
赤い腕の男による裏拳が、ナイフを持った男の顔面に直撃する。
「んぐぁう!!」
低さは相変わらずで、殴られた顔面を両手で押さえ込む。ナイフを持ったままで。
後退りながら痛がっているが、この殴られた男のフードから見えている手は青く、やや細い印象を見せてくれる。物理的な力強さはあまり見られないが、ナイフを使う腕は相当なものであると見て間違いは無いのだろうか。
「やめろこの馬鹿が!! 騒ぎなんか起こすつもりか!? お前は黙ってろ!!」
赤い腕の男は、自分と同じ色のフードを纏っている仲間に対し、罵声を放つ。まるで言う事を聞かない部下を叱るかのような光景であり、喧騒に包まれていたハンター達の賑わいも、その一部がその2人のフードの男へと向けられる。
仲間が痛がっているとは言え、それに対しては一切気にかけず、再度受付嬢へと向き直す。
「悪かったな、こいつは
顔面を攻撃されたフードの男を粗末に指差しながら、赤い腕の男はこのハンターズギルド内で血を撒き散らす事は無いと明確にさせた上で、再度自分達の本来の要求を突き出した。
しかし、その受付嬢は決して今ここにいる職員の代表という訳ではなかっただろう。ただ、目を付けられているだけなのだ。
「ですが……今は本当に……」
きっと、一般の職員では普通に出入りする事さえ禁じられている空間なのかもしれない。どうしようも無いやり場に突き落とされた受付嬢は、職場の規律と、相手の要求に挟まれているのである。
ある意味、最終的な決断はその受付嬢に委ねられているが、無関係なハンター達の殆どが、自分達の換金作業に集中しているのである。他の受付嬢達も、並んでくるハンター達に対し、ある意味でそちらの忙しさを幸福に考えているのかもしれない。
下手をすれば、そのフードの者達に殺される可能性だってあるのだから……。
―バリィン!!
窓ガラスが割れる音がギルド内部全体に響き渡る。割れたのは一箇所だけではなく、他の箇所でもそうなっていたようである。そして、ドアを乱暴に蹴り開ける音までも響いていたが、どちらかと言えば、窓ガラスが割れる音の方が大きかっただろう。
この音には流石に殆どのハンターの耳に刺激が走ったからか、館内にいた者達の殆どの表情が固まってしまう。
――その瞬間、黒いフードの男は……――
(賊か……)
赤い腕の黒いフードの男は、心中で呟くと同時に、カウンターの奥にも賊と思われる連中が現れていた事に気付き、その腕を素早く伸ばしたのだ。
太い爪で受付嬢を串刺しにする事が目的なのではなく、引っ張り出し、賊達の襲撃から逃れさせる為の行為だったのだ。
「な、何です――!?」
受付嬢は細い胴体の腋辺りを掴まれ、そして引っ張り出されてしまう。戸惑う前に、フードの男と共に壁際に設置されていたドアの奥へと強制的に入れられたのだ。
赤い腕の男の行動は速く、肩から飛び込むようにして、受付嬢と共にドアの奥、ここで言えば安全地帯とも呼べる場所へと逃げ込んだのである。
因みに、青い腕の男は、跳躍1つで天井付近へと隠れていったが……
――ホールの方では、奴らが騒いでおり……――
「お前らぁ!! そこを動くなよ!? 俺らは今お前らの命握ってんだからよぉ!?」
派手に窓を突き破り、現れた紫一色の服を纏った男が、大型の銃を両手で持ちながらギルド内で声を張り飛ばす。他の仲間達もそれぞれ違う窓から現れ、同じように大型の銃を持った姿が確認される。
表情が固まるハンター、そして他の受付嬢達を見回しながら、紫一色の服を纏った賊達は、わざとらしく銃口を振り回しながら、時折目が合ったハンターに対して奇妙な笑みを浮かべる。しかし、目出し帽を被っている為、詳しい感情は不明である。
「ここなら遊んでられるだけの金があるだろうから、俺らが丁寧に使い込んでやるからよぉ? 変な真似はしねぇ方が身の為だぜ?」
他の賊達も、自分達の空気を一定に保つ為に、周囲の人間達に恐怖を与える事を忘れなかった。まだ誰一人発砲はしていないが、もしハンターの誰かが逆らったりでもすれば、一瞬で内部は銃弾の嵐が吹き荒れるだろう。
そう言っている間に、徐々に賊達が増えていく。破壊した窓から、どんどん何人もの賊が侵入してきていたのだ。普段は男前を演じているであろう男性ハンター達も手を出す事が出来ず、女性ハンター達はその殆どが、恐怖に青ざめてしまっており、壁に身を寄せながら震えている者もいる。
それを面白がる奴もそこにいるのは、紛れも無い事実であり……
―― 一方で、ドアの奥に逃げたあの2人は……――
ドアの奥は物置のような資材置き場となっており、ドアに入ると数段の階段が設置された構成となっており、そこを降りてすぐに床に足が着くような作りなのだ。
その詰まれた資材の影に隠れながら、2人は、と言うよりは1人がもう1人に対して強制的に話を
「あいつらは……多分ガヌロンの盗賊団だな」
ドアから出来るだけ距離を置かせるようにただ1人の受付嬢を隣に立たせ、そしてフードの男は開きっ放しのドアを横目で見ながらそう言った。
「あの……知ってるんですか?」
盗賊団の事情に詳しいと思ったのだろうか、受付嬢は僅かに興味を持ったかのように、質問を投げかける。
「目を付けられたら面倒な奴らだ。無駄に計画性も強い連中で、技術者でも羨ましがるぐらい無駄に頭脳の働く盗賊集団だ」
フードの男は、自分自身の頭部を指で突きながら、ホールで暴れ回っている盗賊達の声を冷静に聞き続けている。この男自身からも、只ならぬ空気が漂っているが、戦うべき状況を的確に区別する事が出来る冷静さすら併せ持つのがこの者なのかもしれない。
■■ ガヌロン盗賊団 ■■
一定の場所を持たず、アジトさえ一切不明の凶暴且つ頭脳の優れた優秀であり、そして恐ろしい盗賊がこいつらである。
ただ力尽くで相手を襲う無能な集団とは比較出来ない程、危険な集団なのだ。
その土地を襲う時は、綿密な計算、計画を立て、そして武力行使に出る者、相手の反撃手段を破壊する者、
そしてその他の役割に回る者、それらを決して忘れる事はしない。
人々が寝静まっている時に狙うのは日常茶飯事であり、中には食料に麻痺毒を盛り、
動きを封じた上で強盗を嗾けた事さえあったのだが、それはほんの一例である。
ただ盗む事だけを目的とはせず、逆らう者であれば男女差別抜きに殺害し、
気分次第では女性を子供まで平然と犯し尽くす。
例えるならば、猛獣に知識を受け渡した存在とも言えるのかもしれない。
兎に角、油断をすれば、村や町なんか一溜まりも無い。
知っているのは、フードの男だけである。
「そ……そんな……」
もう助かる術は無いのだろうかと、受付嬢は両手を合わせながらゆっくりと身体を震わせた。スーツを思わせる服の上からも、震えている様子がよく分かる。
「このままだったら、このギルドも奴らに潰されるし、死人も出るだろうし、お前も自分の住処を奪われるぞ? あいつらは町でさえ平気で焼き払う奴らだからなあ」
一体フードの奥ではどんな表情を浮かべているのだろうか。フードの男はじっとドアの奥の様子を見つめながら、この町の未来を予測する。
――カウンターの場所は、もう連中にとっての楽園と化していたが……――
半数程度のハンター達が、既に武器を強制的に捨てさせられ、わざわざ性別も区別されて縛り付けられている。
男性ハンターは悔しさに表情を
どうやら、まだ死人は出ていないらしいが、開錠担当の盗賊はその札束を持って笑っているのが分かる。
「もしお前が、今取り調べを受けてる女をこっちに返すって言うなら、あの盗賊達を殲滅してやってもいい。はっきり言うが、ここのギルドの兵士程度じゃあ、あいつらには勝てないぞ? 逆にあいつらを刺激して、もっと被害は上がるだろう」
フードの男は交換条件を持ち出し、ドアの奥の笑い声や悲鳴を聞き逃さないまま、自分よりも低い背の受付嬢を見下ろした。
「ですが……」
いくらハンターズギルドの運命とは言え、それを背負う勇気が無かったからか、受付嬢は上手く言い返す事が出来ないでいた。本来であれば、直接ギルドナイトの隊長に同じ事を言ってほしかったと願っているのだろう。
「逆に聞くが、お前達が
まともに喋ってきてくれない受付嬢の気持ちだけを把握したのか、フードの男は、今度は相手に対し、自分の仲間を捕らえておく事で、何か絶対的な価値が生まれるのかというある意味で根元を追求するような質問を投げかけ、受付嬢の中に眠っているであろう本当の考え方を目覚めさせようとする。
「それはやっぱり……隊長と相談しないと……」
損得の判断も、自分自身で勝手に決め付ける事が出来ないらしく、受付嬢はやや俯きながら、自信無さ気に弱々しく言い返す。
「それと、おれ達に無闇に関わるような真似もホントはご法度なんだがな? おれはそんなつもりは無いが、おれ達の組織に関わる奴らは容赦無しに消されるんだぞ、本来はなぁ」
今度は組織の事情を説明し始める。それは、素直な人間が聞けば、普通に『おれ達には関わるな。関わるなら命は無いぞ』と言っているようにも聞こえるはずだ。それとも、ここまで相手を威圧してまで、捕らえられた仲間を取り戻したいのだろうか。
「お……脅し……ですか?」
一瞬、受付嬢の脳裏に先程の裏拳が蘇った。恐らく、受付嬢はそのような暴力の世界とは一応無縁の世界にいただろうし、暴力を直接受けた事も無かっただろう。
もしあの一撃を受けたら……と考えてしまったのか、フードの男の赤い色を帯びた右手を見て恐怖に青ざめてしまう。事実、手を伸ばせば男の攻撃が受付嬢に普通に届く距離なのだ。
「脅すつもりは無い。だけど、おれ達がここに来た理由ってものを考えてみろ。お前達の隊長がおれの仲間を連行したから、おれはここに来たまでだ。それとも、おれ達が来たタイミングで盗賊に出くわした事を幸運に思うか?」
一瞬鼻で笑ったような素振りを見せた後、フードの男はどうして自分達がこの町、そしてこのハンターズギルドに足を運んできたのか、その経緯を話し出す。まるで、ハンターズギルドのせいにするような言い方ではあるが、あの盗賊達をどうにかするのであれば、ある意味彼ら、フードの男2人の登場は幸福だったのだろうか。
「そこまでして……あの子を取り戻したいんですか?」
ある意味ではフードの男達にも意地というものがあるのかもしれないが、その捕らえられている少女と思われる人間も、普通であればそう簡単には返してもらえないだろう。
それだけ罪のある行為を犯した可能性があるのだから。
「そうだな、あいつはまだガキだが、仲間を放置する程こっちの組織は薄情じゃないし、あいつを放置したらまた何問題起こすかも分からんからな。って……そろそろあいつらも気がおかしくなり始めたか……」
今まで様々な場所で行動を起こしていたあの組織達の仲間なのだろうか。しかし、それにしては騎士道を思わせる言動、態度に、そして何もかも力だけで解決させようとする暴力根性も一切持たず、考え様によっては仲間にでもなってもらえれば非常に心強い者として認識する事も出来るかもしれない。
ドアの外の様子がやや一変し、きっとフードの男の目の色を変えさせたに違いない。一体ドアの先の世界で何が起きているのだろうか。
「それで……貴方達はあの盗賊を……」
果たして、人数面で明らかに劣っているフードの男に勝機はあるのだろうか。戦闘の意味で彼らに何とか出来るのか、疑おうとした受付嬢であったが……
「余裕だ。あれぐらい始末出来ないでどうする? ただ拳銃持って暴れてるだけの奴らの対処に悩むような能無しじゃないぞ、おれ達は」
即答であった。一体あの盗賊達の姿がどう映っているのだろうか。フードの男はまるで力の無い小動物でも相手にしているかのような態度で、短く答える。
拳銃は、確かに向けられれば恐ろしい武器ではあるが、その対処法すらも熟知しているような様子である。
「……」
それ以上、受付嬢からの言葉は無かった。今は盗賊の問題もあるのだから、正直言えば、頭の中で色々な物が混ざり合い、受付嬢は困り果てている事だろう。だからこそ、その場では何も言い返せなかったのかもしれない。
きっと、他の受付嬢達の身に危機が迫っていないのかも気になる所だろうから。
――ドアから1人の物陰が現れ……――
「へへへへ、さっきここに誰か逃げ込んでたなぁ。出て来いよ、女だったら遊んでやるぜ?」
ドアの中へと逃げ込んだ2人を偶然見ていた盗賊がいたのか、その1人が大型の銃を肩に背負いながら侵入してきたのである。紫の目出し帽は相変わらずで、服装も紫であるその男からは、陰湿なものさえ感じ取れる。
隠れていようが、盗賊達にとっては無関係であり、襲う相手はとことん襲うのがモットーなのだ。
(来た……! どうしよう……!)
まだ直接見られていた訳では無かったが、それでも受付嬢にとって、良い光景なんて浮かぶはずが無いだろう。そもそも大勢のハンター達がいる場所に襲撃をかけるような連中なのだから、嫌な想像しか出来ない。
「心配はするな。あんな小物の1人や2人相手出来ないでどうする?」
緊張感を走らせる受付嬢を見るなり、フードの男は正解とも呼べる読みを行い、そのまま受付嬢の近くからいなくなってしまう。やってきた盗賊の目に入らぬよう、違う方向から物資の中を進んでいく。
受付嬢はただ取り残されるだけだ。
――盗賊が相手を見つけるのに時間はかからず……――
「なんだ、そんなとこに隠れてたのか? 俺達は逃げる奴ほど縛りたくなってなぁ」
資材の間を平然と進み、横を見ればそこにいたのは受付嬢である。震えている姿は、男に無用な欲求を提供し、そして瞬時に増幅させてしまう事だろう。
どの世界であっても、女性は男性にとっては特別な存在なのかもしれない。
「こんな事して……ただで済むと思ってるん……ですか?」
弱々しい反撃だったのだろうが、その言葉はあまりにも弱い。いや、弱くて当然なのかもしれない。突然現れたその盗賊は遠距離用の武器を持っているのだ。下手に逆らえば数秒と命は持たない。
「俺達は俺達に危害が入んねえように計算済みなんだよ。ただで済むように計算してねえはずがねえだろ? 仕事は出来ても俺達の事は分からんのか?」
盗賊は、その受付嬢の言葉から、きっと自分達に何かしらの天罰に値するものが落とされるのだろうかと考えたが、他人の損を自分達の利益にするような連中が、非科学的な話を信じるはずが無いだろう。
きっと、彼らはその天罰に該当する制裁は結局は人間達から下されると考えている為、その人間達の押さえ込みすら既に終わらせているのだろう。ある意味、準備や用意が良過ぎていると言える。
「……」
何を言っても納得をしてもらえず、盗賊は自分達の道しか信じていないであろう事を理解し始めた受付嬢は、それ以上何も言わなかった。いや、言えなかったと書いた方が正しいかもしれない。相手は面白そうに拳銃をブラブラとさせているのだ。
――さっきまでいたあの男の声がそこに届き……――
「そういうお前は、おれ達を方程式に入れる事を忘れてなかったのか?」
受付嬢と、盗賊のやり取りの間に入るかのように、フードの男の声が割り込んでくるが、恐らく、盗賊の視界にはまだ入っていないだろう。そして受付嬢の視界にも映っていないだろう。
言葉を全て言い切ってから、フードの男は盗賊の隣に現れたのである。
「あぁ? 誰だお前!? 変なもん被りやがって」
まだ盗賊はフードの男の事をよく理解していないのか、まるで一般市民を相手にするかのように、わざと見下し、そして自身を強く見せるような口調で目元に
「それはお互い様だろ? 所で、お前がここでおれと向かい合ってる時点で、計算ミスが決定してるのは自覚してるのか?」
盗賊はフードこそ纏っていないが、それでも顔の大部分を隠しているのは大きな事実であり、それはフードの男も同じ事である。
だが、フードの男はと言うと、いつもは綿密な計算で強盗行為を成功させてきた盗賊団全体を否定するような事を平然と述べたのである。まるで盗賊の持つ大型の拳銃に恐れる様子も見せず、今日が終わりであるような言い方をしてみせる。
詰まれた資材に挟まれた場所で、腕を組んでいる。
「なんだぁ!? どういう意味だてめぇ!」
すぐ隣に積まれていた資材の箱に向かって、握った左腕で叩き付けながら銃口を向けるが、真剣に構えすら作らずに得物を近づけた事が大きな間違いであったのだ。そもそも、本来は両手で握る得物を、格好付ける為に片手で持った事自体間違っていたのだが。
「こういう……事だ!」
――右手が盗賊の腕を鷲掴みにし……――
――力任せに捻り上げる!!――
「う゛ァうぅ!! う゛あぁあ……!!」
骨がいかれたような聞き苦しい音が小さく聞こえると同時に、その骨の保持者には全身に痺れるような激痛が走り込む。拳銃なんて持っていられるはずが無く、無造作に落としながら、助かっていた左手で右腕を押さえ込む。
しゃがみ込んだ所で、きっと激痛が弱まる事は無いだろう。
「雑魚が……。おれに単独で歯向かった褒美だ、それだけで勘弁してやる」
言葉を一切出す事が出来ず、その場でただ黙り込む事しか出来ない受付嬢の近くで、フードの男はフードの陰の奥から盗賊を見下ろし、それ以上の攻撃を加えなかった。
「お前は一緒に来い」
フードの男の言葉には何が込められていたのだろうか。これからフードの男の言いなりになる為に同行させるのか、或いはそこにいる盗賊に襲われないようにさせる為の配慮か。
しかし、ドアの中だろうが、外だろうが、盗賊がいる事に変わりは無く、事実上どちらにも危険は潜んでいるままなのだが。
*** ***
「よぉし、そろそろだなぁ、全員縛りあげんのは」
どうやら全員が全員1つの種類の武器を持っていた訳では無く、今声を出した盗賊は大型の刀を片手に持っている。周囲を見渡せば、丁度この時に縛られているハンター達の姿があったのだ。
まだ複数のハンターが残っていたが、やや棘の出た印象のある武具、怪鳥装備を纏った男性ハンターと、赤い色が美しいながらも、同時にやや大きく露出した太腿が特徴的な赤殻蟹装備の女性ハンターが盗賊に足で押されながら、既に縛られているハンター達の場所へと強制的に進まされている。
「こっちはOKだ。金目のもんは全部積んだぜ」
カウンターの上を、マナーも礼儀も弁えずに上がり、そして降りてきた他の男が、割れた窓を指差しながらそう言った。
きっと、金庫も荒らされてしまっているに違いない。
「ちょろいもんだぜ。ギルドナイトも皆お寝んねさせてる最中だしなぁ。よし、さっさと引き上げるか。ギルドの隊長さんは密室で閉じこもってる最中だしなぁ」
思えば、これだけの騒ぎがあったのにも関わらず、他の兵士達が現れなかった点が非常に疑問である。まさか、時間を考えて計画していたのか、それともそのギルドナイト達に何らかの細工を事前に施していたのだろうか。
そして、どうやら盗賊達は、ギルドナイトの隊長が今いるであろう取調室が密室であると同時に、ある意味で痛手となったであろう防音対策もされている事を把握していたのかもしれない。集中して取り調べる為に、外部からの音を遮断するその処置が、今回の事件に気付けなくさせてしまっていたのである。
――しかし、盗賊達は帰る事を許されなかった……――
「楽しい時間を邪魔して失礼だが……」
フードの男は、わざと盗賊達の中、つまりはホールの中央にまで歩き、そしてそこで立ち止まりながら、黒いフードを取らないまま、周囲を見渡した。
その周囲には、紫一色の服を纏った盗賊達が立っていたり、椅子に片足を乗せていたり、壁に無造作に寄りかかったりしている。
「あぁ? なんだお前? それよりまだ残ってたのか、おい、そいつを縛り上げろ」
見る限りでは全員が同じ服装に見えてしまうが、やはり盗賊団の団長というものはあるらしく、適当に周囲を見渡しながら、他の仲間にそのフードの男を拘束するように命じる。
「まあ待て。おれはある意味お前達と同類だ。別にお前達の行為を否定するつもりなんて無い」
フードに包まれた両腕を外側に対して軽く持ち上げ、まるで武器を一切持っていない事をアピールするかのように、ゆっくりと前に歩み出す。周囲に対して警戒すべき面と言えば、縛り上げられているハンター達ではなく、大型の拳銃を向けて立っている盗賊達であるが、その者達に恐れている様子は無かった。
「否定する気がねえんなら、丸腰でそんなとこにでしゃばらん方が身の為じゃねえのか? 俺らが引き金引いたらお前は地獄逝きなんだからよぉ?」
きっと、盗賊達はこの空間で、フードの男の命を既に握っていると確信しているに違いない。引き金を複数用意する事で、盗賊という集団は簡単に他者の命を操る事が出来るのである。
武器を持っていない事を目だけで確認するなり、人数の事も合わさり、更に男の調子が強くなっていく。
「お前達は金品目当てでここに襲撃に来たんだろ? おれ達もここで欲しいものがあってな、時と場合によっては武力行使で解決させようと思ったが……。別におれはお前達のやり口に文句は言うつもりなんて無い。それだけは言っとくか」
フードに隠れて良く見えなかったが、顔を下に向けたのは確かだったのかもしれない。このハンターズギルドにある
自分だって、力で奪い取ろうとしていたのだから、他人に対していちいち文句を付けるような真似はしなかったのだ。
「欲しい
盗賊の思考には、やはり普通では得られないようなものが含まれているらしく、今盗賊の言った中のものは、力の有り余る者であれば力尽くで手にする事が出来るものばかりである。しかし、その考えは倫理観に著しく反しているものばかりである。
「そうだな、おれ達は女が目的だが、お前らでいう遊び相手の女とは違うな。もっと細かく言えば、仲間を引き取りに来た……って初めから言うべきだったな。誤解を招いて悪かった」
何故か頭を押さえながら、恐らくは盗賊達が勘違いしているであろう事柄について、フードの男はその勘違いを訂正させるように施した。
フードの男は、同胞を取り戻す為に、危険と化す事を暗示させられていたハンターズギルドに赴いていたのである。最も、盗賊達が攻め込んで来なければ、彼の予定はもっと早く終わっていただろう。
「そうかそうか、だったらじゃあなんでお前は俺らに絡むんだよ? お前が欲しいのはその仲間とか言う奴なんだろ? だったら勝手にそいつ奪い取って消えりゃあいいじゃねえか」
同じ物を取り合う訳ではないと悟った盗賊は、どうしていちいち自分達に関わろうとしてくるのか理解する事が出来なかったようだ。深い意味では目的が異なっているのだから、それぞれ異なる物を強奪し、そのまま去ってしまえば良いのである。しかし、フードの男はそうではなかったのだ。
「単純な考えだったらそうだろうなぁ。取調室に乗り込んで、ギルドの隊長始末して、その上で引き取って帰ればそれで終わるだろう。だけどおれは、そういう知能の無い武力行使が大嫌いなんでなあ」
フードに隠れたままの顔を軽く横に倒し、やや相手を見下したような様子を作りながら、最も簡単だと思われ、そして時間のかからない手段を手短に口に出すが、その行動を自分自身で否定している。
単純に力があれば、それだけで世界を支配する事が可能なのかもしれないが、知能も持つ者であれば、それを拒むのが通常なのだろうか。
「けっ、偽善者面しやがって……。お前と喋ってたら時間の無駄だぜ。さっさと行くぞお前ら!!」
盗賊達としては、すぐにその強奪しようとしている金品で楽しみたいのだろう。しかし、突然現れた男によって邪魔をされ、目の前の欲望が後一歩と言う所で足止めを喰らっているのだ。気性の大人しくない連中がそれに対し、怒りや苛立ちを抑えられるはずが無い。
盗賊の団長らしき男が、周りに待機している他の仲間達に手を煽りながらそのまま出口へと歩き出す。フードの男はカウンター側にいる為、いちいちフードの男を避ける必要も無かった。
縛り付けられているハンター達及び、受付嬢達も黙ってその両者の姿を見つめていた。
――しかし、フードの男は道を遮ったのだ……――
まるで床の上を水平に進むように小さく跳躍し、盗賊の目の前に立ち塞がり、手も足も出さずに盗賊の足を止めてしまう。目の前に立ってしまえば、相手を無理矢理にでも止める事が出来るのかもしれない。
案の定、盗賊はまるで一種の恐怖でも感じたかのように、歩かせていた足を止めてしまっている。
「待てよ。お前らをただで帰す訳にはいかないんでな。こっちも今ここで取引をしたんだよ。お前らのような、社会の不要物を排除する代わりにおれ達の要求を呑んでもらう約束をな」
その台詞の意味を複雑に解読させると、あまりにも恐ろしい意味が浮かび上がるかもしれない。フードの男は、持ち上げた右腕の先から爪の目立つ手を見せ付けながら、2歩程度、盗賊に向かって歩き出す。
「おいおい、俺らの事否定すんのかよ? お前らだって似たようなもんじゃねえか? そんなもん被って、自分で怪しい奴だって言ってるようなもんじゃねえかよ。どうせお前だって盗賊かなんかだろ?」
盗賊の男はまだフードの男の爪の意味に気付いていないのだろうか。それとも、そういう奴らに今まで何度も関わってきた事があったのか、相手の手元を見ながらも、動じる様子は無かった。
目の前にフードの男が現れ、道を塞がれた時も、確かに足は止めたのかもしれないが、内心ではそこまで恐怖に支配されていなかったのだろう。ある意味、それだけの強く野太い精神力が無ければ、この職業にすら就いていられないのかもしれないが。
「勝手に決めたかったら決めていいぞ。だけど、おれが素顔なんか晒したら、多分驚くだろうけどなぁ。お前達が誇る規模の盗賊団だったら、おれ達を知らない事は……無いだろ?」
フードの男は、自分自身のフードを決して否定しなかったのだ。まるで時を待っていたかのように、フードを右手で強引に掴み、そして力任せにそれを引き千切る。
繊維が強引に引き離される音が本人の耳に届いている事だろう。しかし、その素顔が鮮明となる時、盗賊以外の者も、神経を凍らせてしまうかもしれない。
――顔を覆うフードが剥がされた……――
「なっ……お前は……!!」
先程までは爪を見ただけでは動じていなかった盗賊も、直接相手の顔を確認した瞬間、まるで今までの盗賊としての威厳を失わせたかのように、両目を大きく見開いてしまっていた。
この盗賊は今まで亜人を見た事があったのだろうか。今までフードを被っていた男はきっと、盗賊にとってはもっと恐ろしい者に見えていたに違いない。それだけ、素顔とは重要な要素を秘めているのだから。
「なんだその顔は? おれを知ってての表情か? それとも人間じゃない事に対する愕然か?」
素顔を露にした『元』フードの男は、突然態度を豹変させてしまった盗賊を黙って見続けながら、その豹変の理由を静かに問い質す。
―■ DATA OF SEA BISHOP ■―
?.肉食獣のように長い顎は、僅かながら竜人を連想させてくれる
?.人間で言う耳に当たる箇所には、
?.身体の色はやや淡さを合わせた赤をしており、深紅の眼で色は同化しているが、眼の周囲は黒く、ある意味色分けされている
?.胴体はフードで隠れており、一切不明であるが、完全に人間ではない事が、前述の情報により、確認されている
「スパン……ボルじゃねえか……。なんでお前が……ここにいんだよ……?」
相手の深紅に光る眼に圧倒されながら、盗賊は正体を明かした相手に恐れ、思わず足を後ろへと動かし始めてしまう。折角右手に持っている銃も、殆ど無意味に近くなっていく。
「気付くのが遅すぎる気もするが、おれを見てそんな顔をするなら、もう次に取る行動は、分かるよな?」
頭部を隠していたフードが消滅し、風当たりも良くなり、気分も変わったであろうスパンボルは、竜人とも、魚人とも言えるその迫力の添えた風格を崩す事無く、長い口を動かしていく。
両腕は殆ど動かしておらず、言葉だけで相手を動かそうという意識もそこに強く現れている。