アビスは自分の故郷、ジャンボ村から遂に離れ、今は海の上で揺れる船の上に立っている。

 彼が今まで集めた素材、そして生活に最低限必要とされる家具類は今は倉庫にしまわれており、それらは村の者達、特に大人達がアビスの為に運んでくれた為に今ここに置かれている。

 フローリックと共に村に帰ってしばらくした後、回収班からフルフルの姿が無くなっていると言う報告が入り、電気袋が回収出来なかった事によってフローリックは愛用の斬破刀を強化出来ない事に対して酷く落ち込んでいたものの、今はアビスと共に船の上に乗っており、そして気分は何とか平常に戻っている。

 一体ドルンの村でどれくらいの時間を過ごしたのだろうか。そこで生まれ、そして物心ついて既に両親は他界、続いて兄は鋼風龍こうふうりゅうに敗れ、命を落とす。アビスはハンターになる為に村の小さな訓練所で特訓を受け、そしてハンター業で自分だけで何とか生計を立てていた。アビスのそこでの15年間は極めて長いものだったかもしれないが、村を離れる今となってはその時間はあっと言う間のものだったに違いない。



「村がどんどん遠くなってく……。なんか寂しいなぁ……」

 アビスは船の背後で徐々に小さくなっていく我が故郷を船尾で肘を立てながら小さい声を吐いた。

「寂しいってお前、帰りたきゃあいつでも帰って来いって、村長も言ってたじゃねえかよ? 落ち込んでんじゃねぇよ。」

 傍らにいるフローリックは背中から寄りかかりながら、そしてアビスと同じく小さくなっていく村を横目で見る。



「あの村、お前らにとって大事なとこだったのか?」

 突然中年の男が2人に話しかけながら近寄ってくる。暑さを軽々と凌げるであろう薄地の半袖シャツ、そして頭に巻いたバンダナ、そして中年らしきその顔立ちながらも海の男としての逞しさも兼ね備えた船員である。

「ここの船員か? ああ、そうだぜ、あそこ、オレらの村だ。名前はドルンの村ってなあ規模はちっちぇえけどいい奴ばっかの村なんだぜ」

 村の人達の顔を覚えるのに数週間あれば充分と言う程度の極めて小さな村である。そんな村の特徴を、フローリックは教えた。

「故郷離れるってのは、確かに気分いい事じゃねぇだろうな。お前さんはいい歳してるから平気だろうが、そっちの兄ちゃんはどうなんだ?」

 フローリックのその厳つい顔立ち、そして一般の成人男性ほどの身長を誇る彼を見るなり、彼は立派な大人だと捉えたが、すぐ横にいるアビスはフローリックとは対照的にまだ幼さの見える顔立ち、そして少年に相応しいやや小柄な身長を見て肉体的な成長もまだまだなのだからその年齢もまだまだ幼いのだろうと思い、アビスをやや心配がる船員。



「あ、俺? いや、なん……っつうか……、まあ、でもさあ、俺だって自分で決めた事だしさぁ、今頃そんな泣き言言ってちゃあ駄目な、そんな気がすんだよね」

「そうだよなぁ、お前もまだまだ子供かもしれないが、男はすぐ泣くもんじゃないもんな!」

 アビスのその強い意思に関心したのか、船員の男は腕を組みながら頷いた。



「随分カッコつけてんじゃねぇかよ」

 アビスにしてはなかなかの男前の台詞に見えたのか、フローリックは一瞬鼻で笑いながらアビスを横目で見る。

「なんだよ…それ。でも実際そうじゃない?」

「だよな、自分で出るって決めた奴が今頃なって『あ、やっぱ帰る』……なんてほざいたらきっとジャンボの連中全員からラリアットでも受けんじゃねぇか?」

「いや、それ絶対無いから。フローリックみたいにそんな乱暴者じゃないから……」

 相変わらずフローリックは暴力を併せ持った制裁を想像する。だが、あくまでもそれはフローリックの勝手な想像であり、村人がそのような事をする事は無いだろう。



「オレが乱暴もんに見えるってかぁ? 今頃帰ったら誰だってキレるだろうが、あんだけ手伝わせといてよ」

「誰だって乱暴だって思うと思うんだけど……。それにキレるって…。でもさあ、やっぱ俺ってホントに村出ちゃって良かったのかなぁ?」

 アビスは今更のように自分の決断が本当に正しかったのかどうかを疑問に思うのだった。確かにハンターとしての実力は大体付いてはいるが、誰にも頼らずに生きていく為には単純に飛竜を狩る能力を持つだけではいけない。社会に乏しいアビスにとってはこの世界を1人だけで生きていくのは確かに早過ぎるのかもしれない。

「お前ってよぉ、そうやってすぐ実行に入る割にすぐそれがなんちゃらかんちゃらって人に聞くとこあるよなぁ。雪山行く時も言ってただろ? これからもっと強くなって、して仲間も作りてぇからドンドルマ行くって。なのに確かお前、ホントに仲間なんて作れんのかなぁ? なんてほざいてなかったか? やんだったらお前、ホントに出来るかどうかなんて考えねぇで、ちゃんとオレは出来るって、そういう自信持てるようになんねぇとダメじゃねぇか?」

 アビスのそのいざと言う時に現れる不安を少し心配になったフローリック。船に乗る前に彼はアーカサスに到着する前に別の港で降りるとアビスに伝えている為、一人ぼっちになったアビスが唯一の頼る相手がいなくなった後にちゃんとアーカサスで住処を見つけられるのか、少し心配になる。

「うん、口で言うのって、ホントに簡単なんだけど、さあ、って時になるとなんか……ね」

「おいおい、どうしたんだ? 兄ちゃんよぉ。今から帰るったって戻れないぜ。もうここまで来たんだからな」

 さっきまではフローリック相手に話していた為に彼の近くに立っていた船員だが、アビスのその晴れない表情を見てそれが気になったのか、今度はアビスに近寄り、話しかける。



「ちょっと……寂しいっちゃあ寂しいんだけど、でももう俺は戻んないよ。もう、下がれないんだから……」

「やっぱり寂しいのかぁ。分かるぜ、その気持ち」

「分かるの?」

「ああ、そりゃあ分かるさあ。これでももう何年も海の男として生きてきたからなぁ。もうこれで何回目だろうなぁ、今のお前達のように村離れたいって奴はそうやって船に乗って新しい大地に足を踏み入れるってんだけど、どうも故郷を離れた奴ってのは必ず悲しい気持ちになるらしいんだよ。まあ、故郷離れるんだったら、そういう気持ちになるのは当たり前だとは思うけどな」

 長い間海の上を旅してきた男は今まで見てきた故郷を離れたハンター達の話を始め出した。



「若い奴からいい大人から色々ってとこかな。でも、たまに故郷を懐かしんでいきなり泣き出す奴もいるんだぜ、特に女の子かな。意外とそういうの慰めんの、苦労するんだぜ。でも良かったぜ、お前さん達が軟弱な心の持ち主じゃなくってよぉ」

「それ聞いてると、あんた、これから旅立つハンター達の話相手って言うか、見守ってきたって言うか、そんな事してるような奴に見えるが、今までずっとそんな事してきたってか?」

 船員の話によるとどうやらこの男は新たな土地へと赴くハンター達と様々な会話を交わしていたようだ。故郷を離れて欝な気分になったハンターを彼の持ち前の雰囲気で何とかそれ以上悪い空気を作らないよう、色々と喋りかけるのである。



「まあ、そういう事になるかな。でも、もうそんな奴らも今はもう立派な大人か、してあの時大人だった奴らはもう多分ベテランのハンターになってるのかな。」

 船員の男は既に陸地すら見えるかどうかと言う距離まで進み、もうどの辺りにアビスとフローリックの村があった等、目でその場所を特定するのも無理かと言うぐらいに小さくなった陸地を眺めながら言う。

「なるほどなぁ、この船って、結構色んなドラマ作ってるって訳かぁ。ちょっとおもしれぇんじゃねぇか? そういうの」

 フローリックは長年かけて築き上げられてきたであろう、旅立ちハンターから生まれた数々のドラマを思い浮かべ、思わず船員に言い返す。



「ありがとよ、こっちもただ送るだけだとどうしても暇になっちまうもんだから、そういうドラマを作ってくれるハンターさんが来てくれるとこっちも楽しみ甲斐があるんだよ。またお前さん方のドラマがこの船に刻まれた訳だ」

「案外この船もただ海の上走るだけじゃねぇって訳か。ま、そんな感じでこれからも頑張ってくれ。オレはそろそろ降りんきゃなんねぇからなぁ」

「あれ? もう降りちゃうの?」

 突然もういなくなるような事を言い出すフローリックに僅かな驚きと、これから一人でちゃんと街での手続きが出来るのかと言う不安に襲われる。



「さっき言ったろ? ダガー港で降りるって。ちょっとそこで用事あっから、お前は一人で行け」

「え……そんな…なんか心配なんだけど……」

 突然頼る相手がいなくなると思い、取り残される事に戸惑いと恐怖を覚えるアビス。

「心配ねぇって。とりあえず街着いたら一回不動産んとこ行って空いてる部屋探して、んでその後に大家と話し合ってみろ。多分空いてりゃあすぐ借りれっと思うけどなぁ」

 アーカサスに着いたらまず何をすれば良いか、村で一通り話した事をここで再び、何とかアビス1人でも手続きが出来るように簡潔に説明する。

「まあ、兎に角不動産ね……。あ、それとさあ、ハンターローンってどこで……やるんだっけ?」

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