【
―――■ ■ ■ ■―――
ここは一体どこだろう。
暗過ぎて周囲の状況がまるで理解出来ない……。
時間が夜だから? いや、そんな事情では無い。
空だって見えやしないのだから、それは大間違いだろう。
きっと、どこかの室内だろう。
そんな事を考えているのは、二人の少女だった。
―――■ ■ ■ ■―――
ドアが開いた。木造のそれはギシギシと軽い音を立てながら室内に向かって開き、その奥からは光と共に、何人ものやや灰色のかかった白い覆面を被り、そして上半身裸の男達が現れる。
裸の上半身は脂肪で垂れ下がった皮膚が映り、更に薄汚い胸毛やその他の体毛で覆われている。腕も脂肪によって無駄に膨らんでおり、ろくに手入れされていない毛が汚らわしい印象を充分に与えてくれる。
非常に触りがたい雰囲気である。
「お待たせしました、可愛いお嬢様達」
集団の男の内の一人がやや下卑た声でそう言いながら、室内のランプの灯りをつけ、室内全体を明るく照らす。
室内は流石何人もの男達がのびのびと立っていられるだけあり、非常に広いが、驚くべき部分はその少女達の状態である。
――今、少女達二人は『大』の字状態で壁に縛り付けられている……――
両手両足、手首足首及び間接部分に縄で縛られ、そして腰部も縄で縛られている。
まるで動ける状態では無い。何かされたとしても逃げるのはまず不可能。
「ん? 怖がらなくても大丈夫ですよ。我らは楽に逝かせる主義ですから」
少女達の目は明らかに動揺している。無理も無いだろう。このような闇に支配され、外部世界との関係を一切遮断された救いの無い空間で縛り上げられている。怖がらない方が可笑しいくらいである。
だが、男の台詞には本当の意味で助かる見込みの無いものが含まれている為、恐ろしさから少女が解放される事は無いかもしれない。
「なんで、こんな事するのよ……」
縛られている少女の内の金髪の方が、まるで思い切ったかのように口を開く。
「簡単だよ。お前らがハンターだからだ」
別の覆面の男が、乱暴な言葉で言い放つ。男達の体型及び格好がほぼ同じである為、誰が喋ったのかを特定するのはまず不可能に近い。覆面によって口元まで隠されているのだから、喋ると言う行動で判断する事も出来ない。
一応少女二人は現在は私服状態であるが、ハンターと言う肩書きに間違いは無い。
「だから何だって言うのよ!?」
白い髪の方の少女も、隣の少女に続いて勇気を持った発言を男達に言い放つ。ハンターであるから捕らえられたのだろうが、どうして捕らえられなければいけないのか、それが分からないのだ。
「ハンターとは
一番最初に喋っていた丁寧な口調の男は少女の言葉に冷静に対応する。
ハンターと言う人間は確かに生活の為とは言え、命を奪い、そして生活の糧を作り生きている。元々人間がモンスターの領域に入らなければ良いだけの話だと言うのに、人間はわざわざ踏み込み、そして武装してモンスターの命を奪っているのだ。
「確かにそうだけど……でもわたし達は人々の為にやってるのよ!」
金髪の少女はただ命を好きで奪っている訳では無く、人々が脅威に脅かされないように頑張っているのだと声を荒げるも、それは男達には敵わなかった。
「人々か。所詮それは言い訳だろ? お前達ハンターが現れたせいで、モンスター達も敵対心を抱くようになったんだ。そのせいで全く関係の無い一般人まで時折モンスターに襲われる。ハンターとはなんと迷惑な職業なのやら……」
別の男が少女の発言を否定する。モンスターにだって意思はあり、誰を敵と見なせば良いのか、それくらいの事は出来る。長い歴史の間で人間はハンターとして多くのモンスターと争ってきた。その過程でモンスター達は人間を敵として見なすようになった。
だから、人間に原因があるのかもしれない。
「だから、ハンターは存在そのものが世界の脅威となる」
別の男が、淡々とした口調で言い切った。
「脅威じゃない! ワタシ達何も他の人に迷惑になるような事なんてしてないんだから!」
白い髪の少女は何とかして男達に言葉で勝とうと、声を荒げながらハンターは単なる悪人では無いと主張する。身体は一切動かせないが、そこには強い意志が見えるような雰囲気が漂う。
「分かんない小娘ですね。ただハンターと言う、その肩書きだけでもう脅威なんですよ。時として力がある事をいい事に一般人を支配しようと企む愚かな人間だっている訳ですよ。超人的な力の保持は恐ろしいもの。それに、元々人間達が自身の欲望の為に狩猟をすると言うのに、仲間が殺されればすぐに怒号に溢れ出す。そして最悪道を外して人道から反れる愚かな者だって現れる。だから我らはそう言った分からず屋を影で消してさしあげているのですよ。前日も三名程の愚か者を送って差し上げましたから」
白い髪の少女の気迫にもまるで恐れず、男はハンターそのものが脅威を撒き散らしていると伝える。
飛竜相手に平然と武器を振るう者ならばその爆発的な力量を使い、人間を支配する事も可能になるのでは無いかと言う推測まで立てるのである。
そして、以前にも人知れず、別のハンターを葬ったと、まるで遊戯の話でもするかのように平然と喋る。
「えぇ? そんな……」
金髪の少女がその殺害の事実を聞き、目を動揺させる。まさか、自分もその三人の後を追わなければいけないのかと、恐ろしいほどの恐怖に襲われる。
「あ、その3名は我らの仕事現場をこっそり盗み見したから、外部に言い触らされないよう、口止めと言う理由で送った訳です。流石に星の数ほどのハンターを我々だけで片付けるには無理がありますから、我々の組織に手出しした愚か者だけを仕留める事にしてるんです」
男はこの集団の方針を少女二人に伝え始める。全てのハンターを抹殺するのは事実上無理があるだろう。男達は肉体的には強そうな印象を受けないし、集団でいるからこその強さであろう。下手をすれば返り討ちに遭う危険性も極めて高い。だからこそ最低限のハンター、特に組織に関わった者だけに絞る事にしているのだ。
特にその関わった相手が女性ならば、男達にとっては絶好の
「所で、そろそろ始めないか? いつものあれってやつを」
覆面男の一人が突然金髪の少女に近寄りながら、意味有り気な謎の言葉を放つ。そして、その近寄った男はとても許しがたい行為をし始めたのである。
「いや……」
金髪の少女が軽い悲鳴を上げる。
――金髪の少女の、年齢相応な豊かさを見せた胸にその汚い手を当て、握ったのだ……――
「しっかしまあ、今回はなかなかの
男は少女の胸から手を離さないまま、顔を近づけ、少女の幼い顔立ちをまじまじと見つめる。覆面で表情は見えないが、その緩んだ口調からは笑みを浮かべているようにも見える。
「おいおい、単刀直入に言っちゃあ不味いだろう? でも確かにこれはとんでもない獲物だったりしてな」
もう一人の別の男がその回りくどさの無い喋り方に言葉を挟むが、結局はその男も考えは変わらなかった。
白い髪の少女の方へと近寄り、その男は恐ろしい事に、覆面を下から持ち上げ、口元だけを覗かせて少女の白い頬を舐め上げたのである。
覗かれた口元の周りは
「やめて……」
白い髪の少女はその寒気が走るような感触に力の弱い言葉で追い払おうとするも、無理である。
「あらあら、皆さんもそろそろ我慢の限界のようですね。それでは、もう手っ取り早く始めちゃいますか?」
男の一人がそう言いながら皆の方へ顔を向ける。
「おっしゃあ!!」
「俺はまず金髪の方とやりてぇなぁ!!」
「うずうずしてきたぜ!!」
「楽しませてもらうぜ!!」
一体どれだけ展開が早いのだろうか。突然男達はもう準備は万全であると言い切っているかのように、次々と声をあげ始める。
――これから始まるのである。
「皆さん気が早いですね。では、一回この
男は腰につけてあったナイフを手に取り、縛っていた縄を解き、そして……
――男達が一斉に少女二人に覆い被さる……――
「きゃあぁぁああああああああ!!!!!」
室内に巨大な悲鳴が響くも、それは決して外には分からない、闇の存在と同化する……
*** ***
アビスとミレイは今、帰りの機関車に乗っている最中である。その帰りの機関車が来るのが三日後と言う事になっていた為、その間、ミレイの幼馴染の家で泊めてもらっていたのだ。実家に戻ればまた何をされてしまうのか、目に見えている。それは非常に危険な事だろう。
本当は気を使わせたくないと、宿を使おうとミレイは考えたのだが、友人達がそれを反対し、泊めてくれたのだ。
「いやぁ〜にしてもホント楽しかったよな〜」
アビスは行く時と同じポジション、ミレイの右側で尚且つ通路側の席に座りながら、伸び伸びとした声をあげて両腕を天井に向けて伸ばす。機関車に乗っている間に強制的に蓄積される筋肉の凝りと、数日間の騒ぎの混ざった疲れから解放されようと、伸ばした腕である。
「ちょっアビス。また叩いてこないでよ?」
ミレイは行く時の機関車でのアビスからの攻撃をその腕を見て思い出す。下ろす場所を間違えたアビスから手痛い打撃を頭に受けたのだ。だからこそミレイは今度こそ叩かれないようにと、頭を両手で押さえながら、アビスに忠告する。
「あ、ごめん、もう叩かないから、心配すんなって」
アビスもしっかりと覚えていたようである。ミレイに言われて初めて気付いたかのように、一度謝りながら腕をゆっくりと自分の横へと下ろす。そして、何故か自慢げに笑顔を見せ付ける。
「そう……よね……」
ミレイも少ししつこかったかと反省しながら、両手を頭の上から離した。アビスにまでいつまで拘っているのかと思われては溜まらない。少しだけ気まずい気持ちになってしまう。
――それにしても、数日間のミレイの故郷での騒ぎは本当に凄いものだった――
あの後様々な会話が交わされたのである。
あの三人組と、ミレイとの幼い頃の話。
アビスとミレイとの出会いの話。
以前ミレイが受けた、ダギのタコよりもウィンナーを敬いたいと言う妙な拘りの話。
どうして今回の件でミレイはアビスと共に故郷へと帰ってきたのか。
スキッドの場合、ミレイの姉を見てまた煩くなると思い、考え直した。
クリスの場合、あまり父親に見せたくないと考え、やめた。
だから、一番大人しい部類に入るアビスを選択した。
ミレイの姉の、弟達が変な事をすればすぐ怒るくせに、自分が何かやっても開き直ったり、逆に怒り出したりする自己中心な性格の話、
等である。
因みに、真っ赤な髪の少女はマニと言うらしい。
その他色々である。
「あ、ちょっと悪いんだけどさあ、トイレ行ってくるね。どこにあるっけ?」
アビスはゆっくりと席を立ちながら、ミレイに場所を訊ねる。
「一両目よ」
それだけ言いながら、ミレイは今機関車が走っている方向へと右人差し指を差す。
「一両目って事は……んと一番前って事?」
客車を数える単位がよく分からなかったのだろうか、アビスは立ったままでやや恥ずかしそうに聞き直す。
「うん、一番前の方ね」
やや呆れられたように返事をされ、気まずくなるも、アビスはそのまま一両目へと向かっていった。
――そして一人だけになったミレイは暇潰しに、ポシェットから本を取り出す――
ミレイは一人だけと化したが、ミレイは後ろから感じる妙に騒がしい空気に先ほどから違和感を感じていた。アビスと話していた時もずっと感じていたのだが、この時になって改めてその異様な空気に気付き始めたのである。
背後から聞こえるその何人もの声は後ろの客車からのものであるが、それは徐々に前へ前へと迫ってくる。
――そして遂に今ミレイがいる客車の後部の扉が開かれる……――
(随分賑やかね……)
後ろの扉から現れた賊らしき集団を軽く後ろを向いて横目だけで見ながら、心の中で呟いた。そしてすぐに目線を本の場所へと戻す。
「ちょっといいかぁ? この中で、ミレイって女はいないかぁ?」
賊達は四人であり、色は違うものの、タンクトップと言う自分達の肉体をアピールするような格好をしており、人数による威圧感が勇気を与えているのか、わざと態度を大きく見せながら、この場にいる乗客達に言い放つ。
賊達が呼んでいる人物の名前は恐らく文字通りの意味であろう。だが……
(何がしたいのよ、あの連中)
ミレイ本人は気付いていた。確実に自分を探しているのだと。だが、ここで名乗り出てどうなるのか、それが分からないし、それに賊達とは無論面識等無いのだから関わる理由も無い。だから、敢えて黙って読書を続けていた。
「変だなぁ、ここにもいないかぁ」
長い髪を携えた賊が舌打ちをしながら、目的の人物がいないと考えてメンバーの三人の方へと目を向ける。
「あいつ捕まえないと酷い目遭わされるっつうのになんで出てきてくんないんだよ。腹立ってくるぜ」
整髪剤か何かをつけているのだろうか、空に向かって立ち上がった髪を持った賊が両手を握ったり開いたりしながら、失敗した時の事を思い浮かべる。
恐らく誰かに命令されて動いているのだろう。この賊達は。だが、いちいち素直に名乗り出る馬鹿がどこにいるだろうか。それに賊達の様子を見る限り、『ミレイ』と言う人物の顔を理解していないようにも見える。だとしたら、黙っていれば被害を受けずに済むであろう。
やっている事及び
(結構頭悪い集団ね……)
ミレイは未だ平然と読書をしながら、計画性の無い連中に対して呆れの表情を心中で浮かべる。本人を見つけられなければ何も始まらないのだから、どうせならもう少し情報を集めてから実行に移ればいいだろうと思い、そして恐怖心すら全く沸き起こる気が起こらなかった。
賊達はここの客車内に目的の人物がいないかどうかを調べる為に、ばらばらに客車内をうろつき始める。とは言え、殆ど一本道である為、左右をそれぞれ見て調べると言った方が正しいだろう。
(いつまでやってんのかしら……)
ミレイはさっさと次の客車へと行ってほしいと願いながら、賊達のしつこい動きを鬱陶しく思う。出来ればさっさとアビスにも戻ってきて欲しいと願うが、アビスがこの状況に黙っていられるかどうかは分からない。
――長髪の賊がミレイの横へとやってくるが、――
それでもミレイは平然と読書を続けているが、賊はミレイのガーゼを貼られた顔を興味あり気に、睨みつけるように見続ける。
ミレイの方も直接賊の姿を見ている訳では無いが、視界の端ギリギリから辛うじて見える賊の気配に気付いてはいた。だが、何を意識して見ているのかまでは分からない。ミレイが直接見れば相手から反感を買ってしまう危険があるからだ。
(さっさとどっか行けっつの……)
ミレイは特に怖がる様子も見せず、自然に去ってくれるのをただ待つだけだった。
「ひょっとして、こいつがミレイじゃねぇか?」
(?)
ミレイの
興味を持てばすぐ横にいる賊に怪しまれる危険があるからである。