「えっ? ……なんですか……?」

 間違えられた女性は突然標的にされた事に対して、恐怖で声を震わせながら、窓際に座っている同性の人物に――恐らくは友人か姉妹かであろう――寄り付くように賊から遠ざかろうとする。

「なんですかじゃねぇだろ。どうせお前がミレイなんだろ? いい加減白状しろよ」

 二人揃って賊達はわざと脅したてるように、声を恐く響かせ、怖がる女性をさらに威圧する。

 まだ手は出していないが、下手をすれば平然と手を出す可能性が高い。男達の雰囲気から見ればいつでも手を出せるような雰囲気だ。



「違います……わたしはミレイって人じゃないです……」

 明らかに怖がった様子で賊に言い返すが、その怖がった様子は逆に賊達を楽しませる事になる。

「怖がっちゃって、かぁわいい!! おい、ちょっと来いよ、こいつじゃね? ミレイってのは」

 怖がる少女を見て声を高ぶらせてそう言った後、距離を置いていた他の賊2人を手で招きながら呼び、当てずっぽうで近寄った少女を勝手に探していた人物だと勝手に決め付け、四人がその少女に集まってくる。



(なんか、ヤバくない?)

 ただ通り過ぎるのを願って黙っていたと言うのに、自分のせいで全く別の人間に危機が向き始めた為に、ミレイは本を右手で持ったまま、朗読の動作をピタリと止める。

「おお、怖がるとこだけじゃなくてなんか純粋に可愛いじゃんか〜」

 先ほどまでミレイの横に待機していた長髪の賊がその間違われた少女の容姿を見るなり、ただの素振りだけでは無く、外見的な可愛らしさを誇っているだろうと、下卑た声をあげる。



「これなら簡単に連れてけんじゃね?」
「意外と簡単な作業だったな」
「あの……やめて下さい……」
「ついでにちょっと弄ってくか?」



(真面目にヤバいわね……。やっぱここは行った方がいいかも……)





――ミレイは後ろに目を向けず、正面を向いたままでこの後どうすれば良いか、考え始める――



このまま賊達に向かっていくべきだろうか。
でも下手をすれば他の乗客を巻き込む危険もある。
それに今は賊達は武器を持っている様子は無いが、どこかに隠している危険さえある。

出来れば目的を聞き出したいが、賊達の外見的な性格を見ると、叶いそうも無い。





 等と考えている間にも賊4人と、少女1人のやりとりは続けられていた。

「大丈夫だって〜。別になんもしねぇから〜」

 整髪剤で髪を立てた賊は嫌らしく少女の頭を撫で回しながら無理矢理にでも連れていこうと企む。回りの賊達も面白そうににやけた表情で眺めている。



(やっぱホントに何とかしなきゃ不味いわね……)

 ミレイはどこか決心をしながら、ようやく本を閉じ、ポシェットにしまう。まだ後ろを向いていないが、背後からは嫌らしくも、恐ろしい空気が漂っている。



「おい!! いいからさっさと来いコラァ!!」

(!!)

 静かだった客車内部に突然響いた賊の怒鳴り声。ミレイはそれ対して怖がった様子は見せなかったものの、さっきまではからかうように少女を責めていた賊達が突然怒りをあらわにしたのだから、空気の変化に対しては気付かないはずが無かった。



「な、なん……」

 突然怒鳴られ、少女は上手く言葉を発せずに体を震わせながら賊達から目を逸らす。

「てめぇが来ねぇとこっちが困んだよ!!」

 別の賊も釣られるように怒鳴り出す。人数で圧倒的に、とまではいかないが、それでも標的の少女と比べれば充分にまさっていると言うその心構えが支えとなっているのだろうか、周囲をまるで気にしていない。



「いいからさっさと来いよこのあまが!!」

 太った外見の賊も目を血走らせて怒鳴り始める。その太った賊は前に立っている賊達を軽く押しのけ、少女の通路側に位置している細い右腕を乱暴に鷲掴みにし、無理矢理立たせようとする。



――そして遂に耐え切れなくなった緑色の髪を持った少女は……――



「ちょっと、いい加減してくんない?」

 ミレイは思い切って立ち上がり、賊達の集団を睨みつけながら少女の解放を求める、と言うよりは要求すると言った口調を見せつける。

「あぁ? なんだお前、ってか顔傷だらけじゃねぇか。おっと、それより、誰だお前」

 坊主頭であるが、一番筋肉質な体格を持つ賊がミレイに対して殺気の籠ったような視線で睨みながら訊ねてくる。



「あたしが本物のミレイよ。あたしの事探し回るのは勝手だけど、関係無い人巻き込むのめてくれる? ほら、証拠だって、ほら」

 ミレイは自分の顔を右人差し指で差しながら自分の正体を明かすと、ポシェットからハンターの免許証を取り出し、賊達に向かって突き付けるように見せつけた。

 免許証は特定の権利がその持ち主に認められた証拠であると同時に、それは身分証明書ともなる。それを見せつければ自分がその賊達が探し求めていた人物だと言う証拠になるのだ。



「おお、確かに。お前がそうだったのか、にしてもなんでさっさと出て来ねぇんだよ、臆病だからか? その傷だってそれが祟ってやられたやつだろ?」

 その免許証にはミレイのフルネームは勿論、顔写真も張られている。今ここにいるミレイ本人と、その写真の顔は完全に一致している。だから嘘だと言う根拠はまず無い。

 長髪の男がその場でミレイの免許証を確認すると、素直に納得し、その後はミレイの顔の傷が臆病な性格の現れであると勝手に推測し、ポケットに手を突っ込みながら徐々にミレイに近づく。

「この傷はちょっとした事故よ。それに人の性格勝手に決めるのは良くない事だと思うわよ? 臆病だったらわざわざ出てきたりしないと思うけど?」

 長髪の男の威圧的な態度にも全く臆する事無く、ミレイは腕を組み始め、首を軽く傾けながら誇らしげに対応する。



「お前、随分偉そうな奴だなぁ」

 太った賊が長髪の男の横に現れ、ミレイを見下すように指を差す。

「偉そうで結構よ。それより、その人に関わるのやめてくれる? あんたらの目的はあたしなんでしょ?」

 賊達の威圧感にも全く負けず、ミレイは先ほどミレイの身代わりとなって狙われてしまった少女の席を指差しながら、本来の賊達の目的を確認し直す。



「なあ、お前自分が狙われてたってんのに、ちょっとはビビれよ。随分堂々としてんじゃねぇか」

 坊主頭の筋肉質な賊が指を鳴らしながらミレイを睨むが、それだけで動じるようなミレイでは無かった。

「いや、別に堂々も何もあんたらただ自分の体見せびらかして外見だけ強そうに見せてただ大声だしてるだけじゃん。何がどうなって怖いのよ? あんたらなんかちっとも怖くも何とも無いし」

 ミレイは呆れたかのように、自分が先ほどまで座っていた椅子の背凭れの先端に右手をついて寄り掛かりながら、賊達から放たれる怒りのオーラを簡単に払い除ける。





――よく聞けば、ミレイの周囲では賊達への対抗をやめさせようとしている乗客の声が小さく聞こえている……――



ミレイは殆ど意識していなかったが、ミレイも全く聞こえていなかった訳では無い。
「やめといた方がいいぞ」
とか、
「お嬢さん、やめときなさい」
とか、その他色々な言葉がミレイを静止させようとしていたのだ。

乗客から見ればミレイがとても賊達と争えるような体格をしているとは思えなかった。
多少強気に振舞っているが、華奢な体付きからはとても肉体的に争うのは向いていないように見えてしまう。

最悪、一気に飛びかかられ、取り押さえられてしまうのがオチだろう……。
乗客の頭の中ではそんな悲惨な光景が浮かびあがってしまう。





「ああ、いえいえ大丈夫です! あれくらい何とも無いですから! 心配しないで下さい!」

 乗客の静止の声を聞き入れず、敬語を使って丁寧に拒否する。手を差し出しながらその場を鎮める。



――そんな危険な空気になって、ようやく帰ってきたあの賊……――



「あぁ、ってあれ、お前なんで立ってんの? ってかさっきなんか怒鳴り声聞こ……」
「アビス、あんたこんな時に……。まいいや、ちょっと下がっ……」
「ってミレイ! 前前前前前!!」

 アビスはミレイの待っていた客車の外にまで響いた怒鳴り声の理由を聞こうと言う気持ち満々で戻ってきたが、何故かミレイは立っている。その理由も聞こうとするも、ミレイにとっては物騒なタイミングで来られてしまったと、帰ってくるのは既に決まっていた事でありながら、その避けられない事態に少しだけ気持ちが落ちる気を覚える。

 その時ミレイはアビスの方を向いており、賊達に対しては完全に背中を向けていた。

 ミレイは気付いていなかったが、アビスは気付いていた。



――坊主頭の賊がミレイに向かってけだもののような面構えで走り寄ってきていたのだ
オマケに右拳も非常に強く握られて……――



「ん? アビスどうし……!!」

 アビスが目を丸くして叫び続けていた為、内容通り、前、ミレイの今の体勢から見て後ろを見るが、そこに映っていたのは、



――賊の拳リトルパワー……。それがミレイの顔面に目掛けて放たれる……。恐ろしい腕力エネルギーから送り出されて……――



―ぱん!!



――よく響く音が小さく、でも力強く響き渡る……――



――乗客全員の表情が一気に凍り付く……――



「……ミ、レイ?」

 アビスの眼中に映ったのは、ミレイの顔面へ突き刺さるように静止した賊の拳。一応ミレイの顔は軽く右へと向いているが、そんな事はこの際どうでもいい話だろう。

 それよりも、ミレイは賊のパンチをまともに受け止めたであろう。その顔で。






――だが、何か可笑しい……――






――まともにパンチを受けたなら、そのまま勢いと共によろめくか、最悪倒れたりするであろう――






――だが、ミレイはそのどちらでも無かった……――






――よく見ると……――






――ミレイの左掌ひだりてのひら賊の攻撃ギャングズアタックを受け止めていたのだ――






「あっぶな……。でもあの態度の割にしてはこの程度なの? それと、なんであたしの事捕まえようとすんのよ?」

 ミレイは左手で賊の拳を掴んだままで賊の力量に失望でもするかのように、言った。

 そして、ミレイを狙う理由も同時に聞こうとする。

 それでも拳の勢いが強かった為、受け止めた左手がミレイの頬に直撃し掛けたが、ギリギリの所で止めてある。その受け止めている手の後ろにある表情は整った顔立ちを残しながらも、その青い瞳には勝ち誇った雰囲気と、敵対する為の鋭さが見え始めていた。



「うるせぇなぁ、女の癖に……生意気だぞ!!」

 賊は怒鳴りながら空いている左手をミレイの顔面へと飛ばすが、それはただ風を切るだけで終わってしまう。

 ミレイは咄嗟に賊の左手の方向、即ち自分自身の右側へとずれ、そして、

「生意気で……」



――ミレイも利き腕である右拳を強く握りしめ……――



「悪かったわね!!!」
「あ゛ぁ!!」

 ミレイの拳が恐ろしいほどの速度で坊主頭の賊の左頬に飛び、そして一撃で賊を床へと転ばせる。

「いってぇ……。てめぇ……やりやがったな」

 殴られた賊は予想外の威力に、何とか意識を保ちながらミレイを睨みつける。尻餅をついた状態で。

「おい、てめぇ!! ただじゃ置かねぇからな!!」
「マジ殺すぞ!!」
「死ね!!」

 ミレイの恐るべし一撃を見ていた残された三人の賊達はミレイにギラギラとした目つきを飛ばし、次々と怒鳴り声をあげ始める。

「いいわよ。どうせ逃がしてくれないんでしょ? 所でアビス、あんた戦える?」

 もう既に殴ってしまったのだから、相手の怒りは確実に収まらないだろう。元々賊側から突っ掛かってきたのだからミレイは正当防衛として扱われるであろうが、今の賊達にはそのような事を言ってもまず聞かないだろう。ミレイは構えの体勢を取りながら、そして賊達から顔を逸らさず、目だけを後ろを見るつもりで左を目一杯向きながら、アビスに訊ねる。



「え? あ、いや、えっと、任せた!」

 アビスはハンターとしての実力は持っていても、人間同士での殴り合いは向いていないのだろう。素直に後退りしながらミレイにこの状況を譲り渡した。

「『任せた!』って……。じゃあ邪魔しないで……ね!」

 アビスの臆病ぶりに気にする暇も無く、ようやく立ち上がり、後ずさる坊主頭の賊の後ろから長髪の賊が迫るのを見て、ミレイは最後の声を強くしながら、迫ってくる飛び蹴りに備える。

「おらぁ!!」

 長髪の賊の飛び蹴り。



――だが、ミレイは余裕気な表情で、飛んでくる右足を軽々と左にずれてかわし、――



「あんた……」

 それだけ言いながら、



――身体を右へと捻り、左肘を賊の首へと飛ばし、そして右手を伸びきった賊の右足へと回す。
その三つの動作を非常に早い速度で実行し、そして……――



「甘すぎよ!!」

 そのままミレイは背中から床へと倒れこむ。左肘を空中にいる賊の首に全体重をかける事を忘れずに。



――長髪の賊はほぼ頭から床へと倒される。足も持たれているのだからこれを回避するのは無理だった――



 ミレイも背中にいくらかの衝撃が走ったが、それを気にする事無く、すぐにその衝撃を反動にして後転をするかのように床を転がり、そして立ち上がってすぐ後ろ、3人の賊の方へと身体を向ける。

「こいつ……調子だな」

 太った賊がミレイの今の攻撃に驚きながらも、ミレイに対する敵対心を忘れない。

 因みにミレイに飛び蹴りを放ち、そして返り討ちにあった賊は痛みで未だ立ち上がれずにいる。

「威張ってた割には対した事無いわね」

 ミレイは上着のジャケットについた汚れを軽く払いながら、賊達の脅威とまでは呼べないであろう実力に安心し切ったかのような笑みを浮かべ始める。



――それを言うと、ミレイは再び構えの体勢を取り、両拳を強く握り、
そして普段は可愛らしさと凛凛しさを表現している青い瞳を、凛凛しさだけに絞ったかのように、鋭くさせる。
目の前にいるタンクトップの賊達3人に向かって――



「そこまでやりたいんだったら、相手してあげるわよ!」



――と言った後、ミレイは……――



(ってあたし何言ってんのかしら……こんなとこで……)

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