――≪ 草原地帯を走る2台の軍用トラック ≫――

時は朝となり、太陽が地平線の彼方から顔を出したこの世界。
コルベイン山を出たアビス達一行は、草原を走る濃い緑を帯びた軍用トラックの荷台に乗っている。

爽やかな緑を見せてくれる草原と、軍用トラックの色がやや似ている為、同化しているようにも見えるが、
植物と鉄の塊と言う点で考えれば、明らかな別物である。
上手く道を開いている箇所を、現在走行中なのだ。

その中で、1人の金の短髪を持った男が1つの水晶を寂しそうに見詰め続けていた。







(ヴォルテール……。お前はやっぱマジなアホだぜ……)

 フローリックは荷台の中で壁に背中を預け、右脚を伸ばしながら座った体勢で、右手に持った水晶を見ながら、心の中で小さく呟いた。最も後部で寄りかかっている為、右を向けばすぐに青い空を眺める事が出来るが、その青い色が彼の感情をいくらか相殺してくれていると願いたい所である。

 その塊は、通称≪飛竜のナミダ≫と呼ばれており、通常ならばギルドの方で回収される素材であるが、フローリックは密かに持って帰ってきたのだ。

 透き通ったその塊を見ると、自然に頭の中にあの鎧壁竜がいへきりゅうこと、ヴォルテールの姿が浮かんでくる。もうこの世にはいない旧友である為、精神面での力を抜けばひょっとしたら感情を抑えている鍵が外されてしまうかもしれない。



「フローリック……。お前、まだブレインから離れないのか、あいつの事が」

 龍のデザインが施された黄色の短いジャケットを着た褐色の男であるジェイソンは、透き通った塊を持ち上げてじっと見続けているフローリックの姿が気になり、前日の戦いの影響を未だに受けているのかと、声をかけた。

 きっと頭から離す事が出来ないのだろう。

「あぁ……。なんか、むなしんだよ。オレのダチだったってんのになんも出来んかったしよ……。多分ヴォルテールん奴も雲ん上からオレん事馬鹿だとか言ってんじゃねえかって思うとなんかなぁ……」

 その塊こと、≪飛竜のナミダ≫はヴォルテールの形見であると同時に、ヴォルテールを救い出す事が出来なかった過去の失策を思い出す存在ともなってしまっているようだ。フローリックはヴォルテールの生きていた頃の姿を思い出すが、やはり嫌な事しか思い浮かべる事しか出来なかった。

 あの火山地帯では、ヴォルテールだけでは無く、人間の旧友であるユミルとも出会い、そこで本名を明かしていたが、現在はこの名前のままでとどまらせているようだ。



「あんま過去に縛られすぎんのも危ねえぜ? 1人であんなでけぇ奴とぶつかり合って殆ど怪我もしねえで戻ってくれただけラッキーだと思えよ」

 紫一色のスーツを纏っているテンブラーは、青年を過ぎた年齢である者同士として、既に過ぎ去ってしまった現実をどうこう言っても何も特になる事は無いと、サングラスの裏でにやけた表情を作りながらフローリックに説得を施した。

 荷台の最も奥の部分で、脚を組みながら座っている。まるで玉座にでも座っているような印象である。

ヴォルテールあいつはなあ、そこら辺の竜とちげんだよ。そいつらと一緒にすんじゃねえよ。怪我がねえからラッキーとか言う問題じゃねえよ」

 テンブラーの軽いノリには対応せず、フローリックはふざけたかのような態度であるテンブラーを苛々させた目で睨みながら舌打ちをする。

 他人事のように言ってくるその姿に腹が立ったのかもしれない。睨む為に僅かに動かした顔の反動で、左耳に付けていた3つのピアスが反動の小ささに反して大きく揺れた。



「あ、あのそうやって変な空気作んないで下さいよ! 皆不安になっちゃいますから!」

 フローリックとテンブラーの大人2人が喧嘩でもしそうな嫌な予感を感じたミレイは、寄りかかっていた壁から背中を離し、丁度荷台の奥と奥にいる2人の間に入るかのように前に出た。

 フローリックと同じく、その耳にはピアスを付けているが、フローリックと比較するとその十字架のピアスは、収束を求めるような、神聖的な意味合いを誇っているように見えた。

「ミレイちゃん大丈夫だって! 俺はそんな事しねえし、こいつだってそんぐれぇの制御は出来るはずだぜ? それが大人ってもんだぜ?」

 勘違いしていると思ったテンブラーは、ミレイに右手を差し出し、この場の空気を混沌とした色へと染め上げる事はまずしないと断言する。大人である以上は、すぐに争いをするような真似はしないと思い知らせようとしたのだ。ただ、その言い方がある意味大人気おとなげ無いようにも見えてしまうのが不思議だ。



「いや、今のテンブラーのせいじゃないの? 何となくだけど」

 右膝だけ立てて座っていたアビスはどことなく笑みを浮かべながら、ミレイの隣でこの一瞬の騒ぎの原因がテンブラーでは無いかと、強いとは言えない発言を渡した。隣にいるミレイのジャケットは暗い赤の色をしており、アビスのは青い色をしている為、やや揃っているような感じがするが、あくまでもこれは偶然だろう。

「アビスぅ……、お前は俺の敵になんのかよ……」

 テンブラーにとってはそのアビスの言い方が少しだけきつく突き刺さるようである。まるで今まで信頼していた部下に見捨てられたような気持ちを受け取った事だろう。もう少し気の利いた言い方を要求していたのかもしれない。



「え、あいやいや! そうじゃなくて、なんか結局テンブラーのせいで言い合いになりそうな感じになってただろ? だからだよ」

 テンブラーの表情そのものは笑っているものの、内面では密かに怒っているのでは無いかと悟ってしまったアビスは、左手を激しく振って青い袖を揺らしながら紫のパナマ帽を被った男をなだめようとする。テンブラーの格好は外から見ると直接感情を見切る事を難しくさせている格好である為、じわじわとその恐怖を感じたのだ。

 しかし、言っている事は結局テンブラーを悪者にしている内容である。

「っつうか今度はお前とテンブラーでゴチャゴチャ言い合いになりそうになってんじゃねえか。ホントアビスってフォローヘッタクソだよなぁ」

 茶色いジャケットを着た少年こと、スキッドはまるで自分の出番を待っていたかのように、帽子のつばを後ろへと回しながら上体を壁から離した。帽子から食み出た尖り気味の濃い茶髪が同じ少年であるアビスよりもたくましさと強さをアピールしているように映っている。

 その言動は、アビスをやや馬鹿にしているような態度である。



「スキッド……、あんたも何でそうやってあおるような事言うのよ……」

 自信満々で喋っていたスキッドであるが、ミレイの青い瞳から見れば、単に場の空気を悪くしてしまうようなものでしか無かったらしい。緑色のショートの髪を左指で跳ね上げながら、スキッドに対して瞳を細めた。

 隣に座っているアビスも、ミレイの呆れを表現した態度に少々戸惑っている。

「えぇっ!? おれ悪モン扱いされてんのか!? ミレイ最悪だわ!」

 戸惑うアビスとはあまりにも対照的に、スキッドは冷たい目で見られても尚、その持ち前の明るさ――煩さとも書ける可能性があるが……――を発揮させ、ミレイに対して否定の言葉を投げ飛ばす。

 突き出された右腕の先で、人差し指が強く伸ばされた。



「違うわよ……、ってかいちいち騒がないでって」

 ミレイは精神的に追い詰められたかのように、程好く伸びた前髪に右手を突っ込んだ。出来ればスキッドには抑制する能力をもう少し取得してほしいものであると願っているだろう。自分とほぼ同年代である少年の姿を見ていると、本当に疲れてくる。

「おお今度はスキッドとミレイちゃんの言い合いかぁ? すげぇ連鎖反応だなこりゃ!」

 テンブラーは面白がるかのように茶髪の少年と緑の髪の少女の言い合いを鑑賞し、立てている右膝の上に右腕を乗せた。

 言い合いをし合う人間が次々と移り変わっていくこの荷台の中の光景が愉快だったのだろうか。しかし、下手をすれば尚更悪い空気を生み出してしまうだろう。



「テンブラーお前なんで楽しんでんだよ!? 元々お前から始まったんだぞ!」

 本来ならば曇り始めた空気を和ませるのがテンブラーの役目だったのかもしれないが、彼はそれ所か、進ませるべきでは無い方向へと導いてしまっていた為、その少し異様な態度にフローリックは思わず腹を立ててしまったようだ。

 先程の立腹時は直接声を荒げなくてもその目付きで怒っていた事を表していたが、今回は声の張りが強くなっているのが分かる。

「ちょちょ待て待て! いきなし怒鳴んじゃねえよ。いいじゃねえかよやばかった空気なごんだんだかんよぉ? なあクリスちゃんよぉ?」

 流石にテンブラーもこのままだと本当にこの空間が修羅場と化してしまうと焦り、とりあえずは今のこのやり取り自体が禍々しい雰囲気を洗浄してくれていると半ばこの状況を正当化する。

 今までまだ一度も口を開いていなかった白いパーカーの少女こと、クリスにテンブラーは声をかける。



「え? あ、ま、まあ……そう、なのかな?」

 本当は今のやり取りに関わりたくないと思っていたのかどうかは分からないが、クリスはスキッドの隣で何と答えれば良いのか戸惑いながら返事としてはやや纏まっていない返答をした。

「ってかなんでクリスまで巻き込むんだよ? そう言うとこテンブラーの意味分かんねえとこだよなぁ」

 スキッドはその明るい茶のツインテールを携えた少女を困らせたテンブラーに緑色の目を向けて、一瞬だけ敵意のようなものを抱くが、多少笑っている辺り、スキッドもどこかこの空気を楽しんでいるようにも見える。



「いいじゃねえかよ。それが仲間同士のコミュニケーションってもんだぜ?」

 テンブラーはテンブラーなりにフォローし続けていたのだろうか、両手を後頭部に回しながら再び荷台の壁に寄りかかる。同じ場所で活動をする者同士は、多少は馬鹿な事でもしておくのがこれからの為になると、随分と気楽な態度で言い切った。

「その様子だと、もう皆大丈夫だな?」

 荷台の隅で静かに胡坐あぐらをかいていたシヴァがその寡黙な口を開いた。仮面を思わせる顔が特徴的な亜人であるが、普段は静かにしているだけあって、場の空気の流れを読み取る力は鋭いのだろう。

 悪く言えば子供っぽく、褒めて言えば邪悪な気を払拭ふっしょくさせたこの状態に対してシヴァは全員にその黄色く光る眼を回した。



「ああシヴァさん。あたしらって意外とこう言う軽いとこもあって、でもやる時はちゃんとやるメンバーなんですよ?」

 亜人だから当たり前と言えば当たり前であるが、人間と比べると明らかに姿形が異なるシヴァに青い瞳を向けながら、ミレイは今ここにいる者達の普段の姿を教えた。ミレイだって、このノリの良さと実戦時の強さがあるこのチームを気に入っている事だろう。

 ミレイ自身も弓の腕前は勿論、ハンターとしての必要性が疑問視される格闘術も持ち合わせているから、このチームにとっては相当な貢献である。

「いやミレイ、でもさあ俺らこうやってちゃんと1個のチームになって全然日ぃ経ってねえじゃん? あんまキッパリ決めつけんのもあれじゃね?」

 折角ミレイの褒め言葉が荷台の中で聞こえていると言うのに、アビスはと言うと1つの纏まりが完成されてまだ日日がそこまで経過していない事を理由にそのミレイの発言を撤回するような事を言い出す。

 この紫の髪を持つ少年は、ミレイと比べると随分と頼りない部分があるから、少しはミレイを見習ってほしいものがある。



「何となくよ。あたしだってまだあんまり分かってないけど、でもこんな雰囲気も悪くないんじゃない?」

 ミレイとしては絶対にそうである、と断言したかった訳では無かったらしい。

 これでもミレイは少女と言う肩書きに相応しい年齢であるのだから、どちらかと言えば楽しい空気が好きなのだろう。勿論真面目な感情だって必要ではあるが、肩の力を抜いて雑談を楽しめるチームも大切なのだ。

「まあ確かにそうだよなあ。元々おれらってハンターだけどハンターだからっていっつも真剣な顔なんかしてらんねえからなあ。たまにはこうやってだらけんのもいいじゃん」

 スキッドもミレイに納得し、気楽な表情で何度も小刻みに頷きながらハンターと話し仲間の両面を持つこのチームの良さを改めて受け取った。少年である以上は、雑談で時折奇妙な盛り上がりを感じたいものだろう。



「お前は『だらけ』過ぎだっつの。テンブラーもお前そっくりだよなぁ」

 フローリックも実はスキッドと同じでドルンの村に住んでいた身である。いくらかはスキッドの性格を知っているから、こんな皮肉な事を言えてしまうのだろう。

 テンブラーもその実年齢に反して言動が大人として見てもらえないようなものであるから、少年レベルとして扱われている様子である。

「おいおいおいおいおいフローリックさんよぉ、それは俺に対して見た目は大人で頭脳は子供とか言ってんのですかいなぁ?」

 通常は『おい』を2つ使ってそれで初めて1セットとなる呼びかけ声であるが、テンブラーの使い方はその吊り合いを悪くさせた言い方であった。バランスが悪くてもテンブラーにとっては関係無いらしく、今は自分の見られ方だけを追求したいと思っているようだ。

 しかし、テンブラーの精神的な年齢は案外そこまで低いとは言えないかもしれない。戦闘中は本気になっていたのだから。



「なんだよそん喋り方。んなアホみてぇに振舞ってっから大人気おとなげねぇ男だって思われんだぞお前」

 敬語なのかどうかも分からない喋り方を見せてくるテンブラーに対して、フローリックは自分とほぼ同年齢の人間とは思えない彼の言葉遣いに舌打ちと溜息を混ぜながら、一度気分を紛らわす為に荷台の外に映る空を眺めた。

「ってかそれっておれがかなり損した感じんなってねぇ!?」

 確かにテンブラーの精神的な年齢を窺われた内容ではあったものの、その基準となる土台がスキッドであった為、土台とされたスキッドは黙っている事が出来なかった。

 身を乗り出し、今の発言を撤回してもらうかのように声を張り上げた。彼の声が荷台に強く響いた。



――この奇妙過ぎる盛り上がりを止めるかのように、シヴァの声が入り……――



「さて、盛り上がってる最中悪いが、もうすぐスイシーダタウンに到着する。準備をする程でも無いが、降りる用意はしてくれよ」

 シヴァの非常に落ち着いた声色が静かにではあるが、荷台の内部全体に伝わった。

 荷台の奥と言う場所の都合上、外の景色の変化を捉えにくいはずではあるが、シヴァは目的地に近づきつつある事に気付いたようだ。右手をゆっくりと何かを合図するように動かしながら、全員に準備をするように伝えた。

 因みに、その右腕の奥には鋭い爪が格納されており、戦闘時にその真価を発揮するのだ。亜人特有の特徴と言える。

「あの、私その町の名前聞いた事が無いんですけど、どんな町なんですか?」

 きっとコルベイン山を出発する時に目的地は聞かされていただろうが、クリスはスイシーダタウンについて予め予備知識を得たかった為、シヴァにそれを教わろうとする。



「非常に長閑のどかな町だ。芸術品の生産地でも有名でな、白林焼はくりんやきと呼ばれる陶器とうきを知らないとあの町は語れないだろう」

 シヴァの説明からもたらされる内容は、全てに於いてクリスが始めて聞く情報だろう。ここで分かる事は、芸術品を生み出す平和な町、と言った所だろう。少なくとも、その説明からは常に飛竜に襲われる戦慄な雰囲気や、荒れた連中が巣食う獰猛な空気等を感じ取る者はいないはずだ。

 文字通り、長閑のどかと言う言葉が非常に似合った町なのだろう。

陶器とうき……って、あの粘土細工の事? 爺さんとか婆さんがこのむようなあの、飾るやつだよなぁ?」

 とりあえずスキッドは空気を無理矢理にでも掴んだのだろうか、先程の自分の悪評でも明かされていたかのような状況から気持ちを切り替え、そのシヴァの言ったその芸術品について、自分の中でイメージされているものを外へと出した。

 材料や外観の都合から、年寄りに好まれる比率が高いのはきっと正しい話だろう。



「多分若人わこうどには馴染めない代物だと思うが。魅力を感じるにはまだまだ早すぎる年齢かもしれないな。あの町自体老人の割合も多いから、アビスやスキッド達にとっては面白みの無い所だろう。だけどあの町の地下水には魚人も住んでる訳だがな」

 シヴァもその芸術品に対してアビス達のような少年達が馴染んでくれるとはあまり考えていなかったようだ。きっと酒類のように、本当に魅力を感じる事が出来るのはもう少し時間がかかる事だろうと、シヴァは落ち着いて説明した。

 しかし、その町には人間以外の種族の者も共にいるらしく、その部分にアビスが反応した。

「魚人? あれ? それって確か俺のドルンの村にもいたような……、確か船長だったっけ?」

 アビスの脳裏に大柄な男の姿が浮かび、アビスは何とかそのうっすらと頭の奥で映る姿を鮮明にする為に一度荷台の天井を眺めた。



「ああいたいた! パッと見はちょっと太った男だけどあの人明確に言うと魚人だったよなぁ!」

 スキッドは考えるまでも無く、すぐに頭の中でそのドルンの村にいた魚人の一種とされていた男を思い浮かべ、やや勝ち誇ったような態度でシヴァに向かって言い放った。アビスより先に姿を思い浮かべる事が出来たから嬉しかったのだろうか。

 最も、アビスはこの状況で対戦をしようとは考えていなかったとは思うが。

「その村にもいたのか。ドルンの村にもいたのはちょっと驚きだが、これから向かう所にいる魚人は進化のレベルがもう少し高度だぞ」

 きっとシヴァならば、ドルンの村の名前は知っていただろう。だが、その村に魚人と近似した者が存在していた事は知らなかったようだ。

 どうやらこれから向かう先に存在する魚人は、もっと高度な進化を遂げている様子だ。一体どんな姿をしているのだろうか。



「高度って事は……、もう明らか魚そのもの、みたいな感じ?」

 きっとアビスは単純にものを考えたに違いない。彼の頭の中に浮かんでいるのは、一般的な魚そのものに人間のような腕と脚を取り付けた生物である。アビスにしか見えていない姿であるが、もしこんな連想した姿を他の皆に見られれば確実に笑われるだろう。

 だが、直接その姿を紹介しなくても、アビスの台詞を真剣に聞けば、うっすらと彼の連想する姿を感じ取る事が出来るかもしれない。

「そこまで魚と言う訳でも無いが、鱗の発達具合、外見上の特徴や身体能力のレベル等の違いが人間と比較して顕著けんちょに見えてるのは確かだ。生物学的には亜人と区別するには充分な外見だろう」

 それでもシヴァはアビスに対して指摘や批評を下す事無く、説明が不足していたと自分自身のその話し方を反省し、改めて詳しくスイシーダタウンに住む魚人について、説明をした。

 この説明ならば、ある程度はアビスの頭の中でもう少し具体的なイメージが出来るはずだ。



「まぁさかその魚人どもいきなし襲ってきたりしねえだろうなあ? そんなんだったら俺やだぞそんなとこ泊んの」

 一瞬、テンブラーの脳裏にとんでもない光景が浮かび、怪我人が出るような危局に遭遇する事が無いかどうかをシヴァへ聞こうとする。町自体が長閑のどかであっても、人間以外の者が野蛮であれば寝泊り所の話しでは無いと、テンブラーは一度恐怖を紛らわす為にわざとらしく笑った。

 それでもテンブラーならばいざと言う時は本気になるだろうが、まるでその話がテンブラー自身に大きな感情変化でも提供したかのように、両方の膝を持ち上げて体勢を変えた。

 その持ち上げられた両膝の上に、両腕を重々しく乗せた。その格好は外から見るとやや下品ではあるが、魚人の対応を考えると憂鬱になるのだろう。

「テンブラーさん、大丈夫です。その魚人達はスイシーダトンネルと言う地下水路を住処にしてますし、それに人間に対して基本的に危害を加える事はありません。それ所か、町の方々と交流をする事だってありますから、心配はしないで下さい」

 今までその小さな口を閉じていたネーデルであるが、テンブラーの態度の豹変ぶりに少しだけ懸念したからか、そのスイシーダタウンの特徴をシヴァに続いてもっと詳しく説明して見せた。

 青いミニスカートと言う都合上だから、ミレイのように片膝を立ててもいないし、ましてや現在のテンブラーのように両膝を立てているはずも無い。正座の状態で座っているが、テンブラーのような座り方をしていたら非常に不味い事になるだろう。

 因みにミレイは焦げ茶の細袴ズボンである為、座り方に特に制約をかけられないのがある意味気楽でいられる点だろう。



「は〜い、分っかりました〜。けどネーデルちゃん詳しいねぇ」

 テンブラーはいい大人であって、妻と娘3人を持つ身でありながら、ネーデルの事は外見、性格、年齢共に気に入っている存在として認めている為、その説明が驚くほどすんなりと頭に入ってくれたらしい。

 しかし、もし仲間同士でなければ、この褒められ方はあまり関心されないかもしれない。

「あ、はい……。一応この町出身の仲間がいますから」

 テンブラーのその安心した事を証明する礼に多少戸惑いながらも、ネーデルは小さく頷いて青い長髪を揺らした。

 しかし、戸惑いの様子を一瞬見せた理由は、テンブラーに限定されているとも思えないのが不思議だ。



「仲間って……、じゃあそれって結局俺らの敵って事になんね? 誰なんだよここ出身の奴って」

 現在はネーデルはアビス達と共に仲間として行動をしている身であるし、ネーデル自身も優しい、と言うよりは大人しく、御淑おしとやかな雰囲気を漂わせる少女であり、普通に接していて危険な目に遭わせてくる心配は無いと思われるだろう。

 それでも敵の組織にいた事には変わり無いのだから、アビスはその出身者が不安を覚えさせてくる存在として感じてしまったのだろう。

「アビス、別にこの際その話どうでも良くない? 聞いたって直接会った事無いような相手だったらすぐ忘れると思うし」

 アビスの隣で座っているミレイとしては、実際に戦った事は勿論、見た事すら無いような相手の名前だけを聞いても本当にこれからの利益になるのかどうか疑問になり、アビスの二の腕付近を軽く一度叩きながらそう言った。



「一応言いますと、スパンボルと言う男がそのスイシーダトンネル出身です。元は真面目な地質学者だったんですが……」

 ミレイからは答えなくても良いと何となく感じる事が出来たが、ネーデルは敢えてそこを答えたのである。

 それでも、現時点は組織に属していると言うその(恐らく)好戦的な性格と、その嘗ての知識の塊をも思わせる称号、そして魚人と言う人間社会から大きく離れたその種族のこの3つのギャップが非常に良く目立つだろう。

「だけど、いつかはウェポンを交えさせるタイムが来るんだろ? ヴァリアブルなインフォメーションじゃねえか」

 深紅の長髪を持ったジェイソンはネーデルの説明を決して無駄にせず、フローリックの正面に座った場所でそれが有益な情報であると考える。いつかは武器を持って戦う日が来る可能性があるのだから、聞いておいて損は無かったはずだ。



「けどよぉ、魚人っつったら水に強えんだろ? 水中とか、水ん近くじゃあぜってぇ戦いたくねえな……」

 魚人は、水棲すいせい生物に分類されるだけあって、本来の生活場所である水中ならばその戦闘能力も格段に跳ね上がるのでは無いかと、フローリックは戦闘場所を選ぶ必要があると橙色の目を細めた。

「だけど水中じゃねえから弱い、とも言い切れねえぜ? 単に水が好きかどうか、そんな程度だと思うぜ?」

 それはテンブラーなりの元気付けなのか、それとも単なる無知なのか、魚人と水中のその2つの関連性について彼なりの意見を述べる。だが、水中だろうがどこだろうが、油断が出来ない事は確実だろう。



「それより、あそこの町の宿屋についてだが、結構いい特典が備わってるんだが、ディアメル、君なら説明出来るだろ?」

 一度魚人――恐らくスパンボル関してであるだろうが――の戦闘能力の話を打ち切るかのように、シヴァは今日泊まるである施設について、1つ変わっている部分を説明しようとするが、今まで黙っていたディアメルに役割を提供する。単にディアメルにも喋るチャンスを与えると言う意味だけでは無さそうである。

「あぁ? シヴァ、何だよ、その特典とか言うのって」

 アビスはその宿屋に秘められた何かが気になり、シヴァに特に強さとかが強調されている事の無い茶色い目を向けて聞こうとする。

 最も、それを答える事になっているのはシヴァでは無いのだが。



「なんだぁ? まさか美人な姉ちゃんが御持て成ししてくれっとかかぁ?」

 テンブラーの脳裏に浮かぶのは、男性客を魅了する女性の姿であるらしい。テンブラーには家族がいながら、それでも本来男が持っていてもしょうがないとされる欲望が染みついているのかもしれない。しかし、実際それが事実であれば、テンブラー以外の者も嬉しいかもしれない。

 しかし、話を聞く限りは老人が多くの割合を占めているから、その可能性はやや低いのでは無いだろうか。

「そう言えばあの町の宿屋って確か自炊をするなら宿泊費用を半額するって聞いた事あります」

 一応ディアメルはテンブラーの話は半ばしょうがなく、と言った感じで聞いていたが、そのディアメルの言葉を見る限りは、特にテンブラーに対応した喋り方とはとても思えない。

 桃色にも近い赤い髪に同化したような赤のニット帽の裏側に両手の親指を入れて正しながら、割引のサービスがあると説明した。



「ああそうなんだぁ、安くなんならそれで別にいんじゃねえの?」

 その割引の話はテンブラーにされたものであるが、アビスとしては金銭的な部分で興味を外す事が出来ず、それでもその納得の仕方を見ると相当気が抜けているように感じられる。元々支払うのはアビスでは無いし、払うだけの金銭も持ち合わせていないから、ただ安くなる、即ち負担が減ると言う事だけを何となく意識しただけなのだろう。

「でも料理の事だけで半額って……。どれだけそこに拘ってんのよ……」

 ミレイはその施設の料金設定の仕方について、何故か違和感を覚えてしまう。

 その宿泊施設も決して料理の部分だけに着目して代金を設定している訳では無いだろうが、それ1つだけで半額と言う相当大きな金額を軽減すると言うのだから何か裏があるのか、それとも調理場に何か問題でもあるのか、妙に不安に近いものが込み上げてくる。



「けどよぉミレイ別におれらが気にする事ねんじゃね? だって金出すのおれらじゃねえし。ってか誰金払ってたっけ?」

 スキッドはその割引の部分に反応していたミレイに向かって、茶色いジャケットの袖に包まれた腕を組みながら言った。

 その発言を見ると、スキッド自身が代金を支払う事は無いと何故か自信満々で言っているように感じられる。実際彼が払うつもり等きっと無いのだろうが、逆に払わなければ泊まる事は出来ないだろう。

 そこに対して疑問に感じたスキッドは、実際に払うのは誰なのかと、周囲を見渡した。

「エルシオだ。あいつが経費で出してるが、あまり無駄遣いすると会計課の者に泣かれる。出来るだけ節約はしたいものだな」

 即答したのはシヴァである。管理局の者であれば、そこから支給してもらえるのだろう。それでも節約が出来るならば、出来る範囲でしていきたいと思っている辺りがシヴァの密かな思いやりが見える所である。局内での評判もなかなか良さそうな、そんな亜人である。

 しかし、『怒られる』のでは無く、『泣かれる』とは、今まではどんな状態だったのかもやや気になる。



「それよりこん中でちゃんと料理自体出来る奴いんのか? あ、ミレイちゃんとかだったら女だから出来るとか? それとも言い出しっぺのディアメルちゃんがやってくれるってかぁ?」

 いくら割引になるとは言っても、実際に料理が出来る者がいなければ無意味となるだろう。

 テンブラーは紫のスーツを下に引っ張りながら身体を前へ多少乗り出した。そして、乗り出してすぐに、少女達4人にそれぞれ顔を向けていった。だが、テンブラーは料理が上手い人間は女であるとしか考えていないのだろうか。

「あたし、ですか? まああたしもまあまあ作れますけど……」

 聞かれたミレイであるが、とりあえずは作れるらしい。本気で人に出せるものであるかどうかは分からなくとも、とりあえず『不味い』と思われるものは出さないだろう。

 自分で作れるものをいくらか想像する為に、軽く天井に目を向けながら自信無さ気に返答をした。



「私もバイトでよく作ってましたけど……、私ので大丈夫、ですか?」

 ディアメルはハンター業の傍らで、カフェのウェイトレスとしても働いている。恐らくは厨房で調理もしているからか、多少腕には自信があるようだ。それでもやはり、いざ人の前に出すとなれば、緊張を覚えてしまうらしい。

「ドントウォーリーだぜ2人ともよ。ここにアームが立つ奴がいるからよ」

 不安気な表情を浮かべる緑の髪と淡い赤の髪、それぞれを携えた少女にそんな声をかけたのは、ジェイソンである。

 彼のすぐ目の前で座っている金髪の男に向かって、振り落とすように人差し指を向けて、言った。どうやらその指を差された男が腕の立つ人物であるようだ。



「あぁ? オレか?」

 指を差されたのは、紛れも無くフローリックである。さっきまではずっと後ろへ流れていく外の景色を眺めていたが、指を差された事によって皆の方に顔を向けた。

「あれ? フローリックって料理なんか出来んの?」

 まるで嘘でも言っているのでは無いかと疑っているアビスは、改めてフローリックの外見や顔立ちを見渡しながら、その特技を改めて本人から聞こうとする。

 白い網模様の施された水色の半袖シャツから出ている両腕は男らしい筋肉に溢れており、そして金の短髪の下では3つの長方形のピアスがやや険しく揺れている。そのややがらの悪さを携えた顔立ちとかから考えると、とても料理と言う家庭的な特技を持っているとは考えにくかったのだろう。



「お前今一瞬顔で判断しただろ?」

 アビスの明らかな否定的なものの言い方が気になったフローリックであるが、その判断の基準が自分自身の外見であるとややイラついたかのように眉を痙攣させるように動かしながら聞いた。

「あ、いや、べ、べべべ別にそんな事無いけど……」

 ほぼ図星を指されたアビスであるが、はいそうです、なんて言えば何を言われるか分からないと怖くなったアビスはすぐに誤魔化しのような対応を見せるが、確実に見破られているだろう。

 首を振って右手まで振って対応するが、無駄である。



「アビス、世ん中なあ、外見と中身のギャップって大事なもんなんだぜ? まあ出来れば可愛いが作ってくれりゃあ威力倍増になってたんだけどなあ」

 戸惑うアビスに世の中の仕組みでも教える為に、テンブラーは紫のパナマ帽を持ち上げて笑顔を作る。実際、外見と反した性格を持ち合わせている人間も存在するが、フローリックこそがそれに該当する人間なのだ。

 しかし、テンブラーは料理そのものもそうだが、作る人間の魅力性も求めているらしい。

「じゃあお前は食うなよ?」

 外見だけを見れば当然のようにフローリックに可愛らしさなんてあるはずが無いが、テンブラーにそんな事を言われて多少気分を悪くしたからか、フローリックは意地悪く、テンブラーを突き放すような一言を飛ばした。



「だったら食えねえようなもん出さんでくれよ? こっから先ゃ俺らが客なんだかんなあ?」

 テンブラーも少しぐらいは反撃でもしようと、人に出すなら人が食べられるものを確実に出すように緩い命令口調を放つ。作る側では無く、食す側であるテンブラーは客人として振舞う気でいるらしい。

「お前が金出してっ訳じゃねえだろ」

 本来客と言うのは、代金を支払う者の事であると考えているからか、フローリックは偉そうな態度を嫌らしく見せてくるテンブラーに向かって言い捨てた。歳は近いと言うのに、性格がまるで釣り合わない2人である。



――そしてそのままネーデルに目を合わせ……――



「それとネーデル。お前に1個言っとく事あんだが」

 目を向けるべき対象をテンブラーからネーデルへと切り替え、フローリックは確実に伝えなければいけない話を言い渡そうとする。

 雰囲気から見るとうっかり言い忘れそうになっていたと考えられるが、しっかりと思い出している所が彼の真面目な所だろう。

「わたし、ですか?」

 一体何を言われるのかと考えながら、ネーデルは小さく口を動かした。あまり喜ばしくない事を言われるはきっと確かだろう。



「1人であんま外うろつくなよ? お前狙われてっみてぇだからよ、ずっとおれらんそばいろよ? 連中どもどこで目ぇ光らせてっか分かんねえし、下手すりゃあお前殺されっかも分かんねえから、注意しろよ」

 フローリックは回りくどさの無い単純な説明法で、ネーデルに指示を出した。その話はコルベイン山で遭遇したあの漆黒の騎士から受け取ったものだ。相手は敵であるとは言え、その話は的確だったから、ネーデルに教える気になったのだろう。



――嘗ての旧友と言う理由もあるのだが……。そのユミルの顔が忘れられなかった……――



「やっぱり、コルベイン山でわたしの仲間に会ったんですか?」

 前日寝泊りをした町にそびえ立った火山での激戦の話は詳しく聞いていなかったのかもしれない。

 ネーデルはほぼ水色一色でいろどられた服で保護された身体をゆっくりと両手で包み込んだ。まるで自分が『』いた所に所属する仲間の行為に心を痛めるかのように。



「ああ、ユミ……じゃねえや、バルディッシュって奴にな。そいつから聞かされたんだよ。随分親切になぁ」

 ネーデルにとっては把握し切れない程の数の仲間の内の1人に過ぎないだろうが、フローリックにとっては話が別だ。あのフローリックと同じ金の髪を携えた青年はたった1人の存在だ。嘗て共に過ごした友達だ。

 恐らくあの組織の中で、友情関係を結んでいたのはユミルただ1人だろう。友達が組織に入ってしまった事について、フローリックは現在になっても尚、彼の謬見びゅうけんを許せなかったのだ。










――いつか、取り戻す事さえ出来れば……――

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