「さてと、このバカ、何も回り見えてねぇみたいだなぁ。さて、確かあっちだったなぁ」

 一瞬口調が変わったような雰囲気が見えたが、テンブラーは桜竜に向けているその赤い目を左に向けて、そして次に顔ごと左を向いて遠くを眺める。



「皆も頑張ってるみたいだし、俺も張り切っちゃわないとなぁ、ん? そろそろ目も正常に戻ったかな?」

 目的の場所を眺め、そしてやや強引に傷だらけの方の桜竜に戦いを押し付けられたハンター達を思い浮かべ、心で小さい謝罪をしていると、ようやく桜竜のその眼がゆっくりと開き、そしてテンブラーをしっかりと捉える。



「よぉし、俺の仕事スタートってとこだな。ちゃんと来てくれよ、あそこにな」

 目の前にいる愚かなハンターを始末しようと、桜竜はその両脚をゆっくりと前に進めていき、そして遂にその速度は人間では到底追いつけず、尚且つ逃げられないような所まで上昇する。

 だが、今その標的となっているハンターも間抜けでは無い。素早く横へとかわせれば被害は受けずに済むのである。



「相変わらず分かりやすい攻撃だねぇ。ってかその家もうグッチャグチャじゃん。」

 桜竜は勢いに任せてそのまま目の前にいくつも建っている民家の内の1軒に突っ込み、壁を破壊された民家は壁に支えられていた上部を落下させ、桜竜の背中に纏わりつく。

 だが、桜竜は即座に立ち上がり、木材の残骸を軽々と払いのけ、再びテンブラーに狙いをつける。



「また突進でもしてくんのぉ? 早く来なよぉ、って違うな……」

 テンブラーの方へ向きなおした桜竜はまたその巨体をこちらへ飛ばしてくるのだろうと、予測を立てていたが、口元から何やら煙が出ており、テンブラーの予測していた攻撃以外の行動と取ってくると言う事は容易に推測出来た。

 口から真っ赤な色を帯びた燃え盛る球体がテンブラーに真っ直ぐ向かってくる。



「それ結構危ないんだよなぁ……。喰らったら絶対人間ローストの出来上がりになんじゃあん」

 呑気に攻撃を受けてしまった後の事を呟きながら素早く左にずれ、その確実に死へと誘う灼熱の凶器を回避する。狙いを外した球体は道の両端に並ぶ民家の内の1軒に直撃し、その民家を焼いていく。



「俺は無事だったけど今度は家が丸焼けかぁ……。でもいいやぁ、どうせこの村は捨てられるんだし」

 自分の防衛の為とは言え、その炎の球体を回避した事によって何の罪も無いこの村の民家が1軒犠牲となった。だが、自分の無事を確認した後、まるで諦めるかのような台詞を吐いた後、再び走り出し、そして、目的の場所が遂に、まだその距離は遠いが、目の前と言う所にまで迫る。



「さてと、あそこだな。巨大な花火みたいな事出来るのは。絶対あんなもん吐いてくんじゃねぇぞ」

 突進を避けられ、そのまま再び別の民家にその体を突っ込ませた桜竜を見て、その後に目的の場所を一瞥すると、恐らく桜竜には伝わっていないであろう、その願いを頼みこみ、そして未だ立ち上がっていない桜竜を尻目に目的地へと全力疾走する。

 桜竜は民家の瓦礫を払いのけた後に周囲を見渡すが、近くにさっきまで自分が追い詰めていたハンターの姿が無い事に気づくが、それはすぐに取り消される。やや遠方で自分に背中を向けて走っているハンター、さっき自分が狙っていた獲物の姿が映っているのである。



「さぁて、あいつ、そろそろこっち向ってる頃なんじゃないかな。さて……」

 テンブラーは走りながら桜竜を見ようと、顔だけ後ろに向ける。だが、その先に映った光景は、テンブラーの作戦に対して絶望感を与えるものだった。



「っておい……その口……」

 桜竜は遠方で走っているハンターを追いかけようとせず、その場で止まったまま、口から遠方のハンターを破壊する球体を放つ。

 それは真っ直ぐとテンブラーに向かって飛んでくる。その球の軌道は、テンブラーの目的の場所とも見事に合わさっており、テンブラーは丁度その間を進んでいた。



「だぁから〜! 今撃つなっつうの!!」

 飛んでくる火球を避ける事くらいは彼の技量であれば容易い事である。だが、今ここで避ければ彼を通り過ぎた火球が目的の場所を破壊してしまい、彼の作戦は儚く散ってしまう。それだけは絶対に避けなければならない。それを避ける為に、わざわざ背中の大剣を下ろし、そして今まさに迫ってくる火球をその大剣で受け止める。



「うわぁ〜っとっと! いやぁいってぇなぁ……下手すりゃあガードしても死ぬぞこれ……」

 大剣のその分厚い刃が、見事にテンブラーを炎から防いでくれたが、やはり飛んできた相手は一般的な10代前半の人間程度のサイズを誇る凶器だ。幾ら防いだ所でそれが高速で飛んでくる以上、体にかかる負担も相当なものだ。その衝撃を上手く受け流すだけの技量が無ければ確実に体の損傷を招く。

 大剣に激突して目の前で発生した爆発がテンブラーを軽く後方へと押し飛ばす。何とか体勢を整え、再び目的地へと走り出す。背中に大剣を戻して。



「あぁ最悪……。なんか背中が焦げ臭ぇなぁ……。もうあんな変なもん吐いてこないでくれよな……」

 炎の攻撃をまともに受けた大剣からは焦げの臭いが立ち込めている。テンブラー自身に傷は無かったが、敵対する飛竜の残した残酷な臭いはハンターの気分を悪くさせる。



「でもあそこまで行けばもうすぐだな……」

 一度焦げを残すほどの攻撃を受けたテンブラーであるが、徐々に目的地にその距離が近づいていく。徐々に彼の期待している光景が目の前に想像として浮かび上がってくる。

 桜竜は再びその脚をゆっくりと歩かせ、テンブラーに徐々に近づこうとする。



「そうそう、そうやって来てくれよ。もうあんな危ない物、吐いちゃ駄目……あっ、ちょっとやっべぇかもな……」

 桜竜は突進ばかりしても簡単にかわされ、その都度自分は民家に激突して致命傷には至らない程度ではあるが、瓦礫による痛みが走る事に対して嫌気を覚えたのか、現在周囲は民家で囲まれ、殆ど逃げる場所を失ったテンブラーをじわじわと追い詰めるかのように、ゆっくりと歩いて近づく。

 テンブラーもこれからの作戦が上手く実行出来る事を想定していたが、突然になってそれをどうやって、相手だけを破壊し、そして自分だけが無傷で成功させられるかを、そこまで考えておらず、徐々に焦りが募り始める。



「今爆破させちまったら俺も木端微塵になっちまうしなぁ……どうしよ……」

 テンブラーは徐々に迫る桜竜から一瞬目を離し、そして背後の倉庫を一瞥した。

 その倉庫には、彼が書いた看板が紐で入口に吊るされており、板には『近づいちゃダメだぞ!』と言う文字と共に、テンブラー本人の極めて簡素な自画像、グッドサイン付きが描かれていた。そこを使った作戦なのだが、なかなか自分だけが助かる方法が思いつかない。

 その倉庫の内部には、数えきれない程の大樽爆弾が用意されており、それを準備するのにテンブラーは丸々1日ほど使ったのである。そして、絶対に誰も入らないように、事前に村長には許可を取り、そして看板を付けて決して誰も近づかないようにしていたのである。

 テンブラーがどうやって回避しようか悩んでいると、突然桜竜は大きく息を吸い込み始めたのである。



「って……おいおい……ちょっ……待てよ……おい!」

 その様子を見たテンブラーは、今まで抜けていたような感じだったその緊張感を最大まで上昇させ、そして今度はその地獄の倉庫から何としてでも距離を取ろうと、全力疾走で桜竜のすぐ横を走り抜ける。



「今撃ったら俺死ぬっつうの!! やめろって!!」

 テンブラーがさっきまで立っていた場所を炎の塊が通り過ぎる。そして、それは見事に倉庫の入り口に直撃し、幾らか手間のかかったであろう、その看板は簡単に燃え、そして、その倉庫を徐々に燃やしていく。その様子を見た彼は即座に隠れる場所を探そうと、焦るように目線を左右に動かしながら、その足を止めない。ただ逃げていてもその爆発から逃げ切るのは不可能だと見たのだろう。

 桜竜はその倉庫に何の意味があるのか分からず、目の前から消えたハンターを追おうと、ゆっくりとハンターの方向へとその向きを変える。



 そしてテンブラーは偶然見つけた鉄製の頑丈そうなゴミ箱の蝶番式の蓋を乱暴に持ち上げ、そして腹部をゴミ箱の淵に乗せてそして回転するように頭から一気に内部へと入っていく。同時に支えの消えた蓋も自然に閉まる。

 ゴミ箱なのだから内部に生ゴミ等の異臭性のある物が入っていれば精神的な打撃が襲いかかるだろうが、今は死ぬか生きるかの状況だ。内部の状態を気にしている余裕等まるで無かった。

 そして見事にゴミ箱と言う隠れ場所に逃げ込んだハンターを完全に暗闇に包み込もうと、その蓋が閉じるその瞬間だった。倉庫に燃え広がっていった炎が遂に最強最悪の樽の集団に引火、そして内側から巻き込まれればまず助かる見込みは無いであろう、地獄の炎が一気に破裂し、拡散する。



 その様子はテンブラーは当然のように窺い知る事は出来ないが、何かが破裂したような恐ろしい轟音、そして、何かをしつこく焼く残酷な音、一体ゴミ箱の外の世界で何が起こっているのか、それは容易に想像がつく。

 そして桜竜もその爆破を受けてただで済むはずが無かった。突然の爆発に一瞬驚きのあまりに鳴くが、即座に炎に包まれ、そして全身を残虐に傷つけられ、そして燃やしつくされる。いくら炎を武器とする飛竜とは言え、幾つもの樽からなる巨大な爆発には耐えられるはずも無く、その竜殺しを意味した倉庫によって、文字通り、殺された。



「なんか予想以上じゃんかよぉ……ってか熱ちっ!!」

 倉庫の中で今も広がっているであろう炎を想像していると、突然ゴミ箱の内側から熱が出始めている事に気づき、内部で思わず声を高ぶらせそして、密閉された空間でその声が木霊する。



「このままだったらホントにロースト人間になっちまうっつうの!!」

 徐々に高まっていく内部温度に耐えかねて思わずゴミ箱の蓋を下から突き破るように開き、外の世界の空気にその体を晒す。乱暴に開かれた蓋はそのまま軸に沿ってテンブラーの背後の方で鈍い金属音を立てる。



「……ってこりゃすげぇや……」

 自分の生み出した作戦の結末を目の当たりにし、その場の空気に相応しくないような呑気な一言を漏らした。周囲数十メートルが燃え残った炎に包まれており、付近の民家は容赦無く焼き尽くされ、まるで盗賊や山賊等のならず者に荒らされた後のような光景だ。もし村人がこの光景を見れば確実に絶望感に浸るであろう。

 当然のようにゴミ箱の周囲にも炎がまき散らされており、もしゴミ箱に緊急避難してなければ確実に今炎の中で燃え盛りながら動かなくなっている桜竜のように焼死していたであろう。今更ながらゴミ箱には僅かながら感謝の気持ちを覚える。



「さぁてと、皆のとこに戻らないとな」

 テンブラーはゴミ箱から炎に包まれた大地に降り立ち、そして恐らく他のハンター達が終結しているであろう、その場所はテンブラーは詳しくは分からなくとも、ハンター達の声を聞けばその場所の見当はつく。声を頼りに、テンブラーは足を走らせる。




*** ***



「うわぁ!! 何だよこの音!?」

 突然スキッドは驚き、その原因となったものの方向へと顔を向ける。

 突然遠方からその距離からでもはっきりと聞こえるぐらいの轟音が鳴り響き、同時にその音が鳴ったと思われる場所の周辺が橙色と赤色で染まり上がる。一体遠方で何が起こったのかは分からないが、灼熱の炎が周囲を包みこんでいる事だけはすぐに理解出来た。

「絶対これ爆発かなんかじゃん!! さっきの樽爆弾とか言うやつに似てなくない?」

 アビスは聞き覚えのある爆音を聞いて、その遠方から響いた音は、樽爆弾によるものだと悟る。今聞いた音はさっきまでの戦いで聞いた爆音とは遥かにその大きさは違うが、それでも樽爆弾によるものだとは理解出来る。



「でもあれだけの爆発なんか起こして、村の被害はどうなるんだよ……」

 居合わせていたハンターの1人が呟く。今は遠方で上がる炎の正体よりも、その爆破によって被ったこの村の壊滅的な被害に気が行くのが普通かもしれない。元々傷のついた村ではあるが、今目の前に移っている炎、轟音と共に発生した爆発が何よりも一番の打撃となっているであろう。

「多分あれだけの爆発起こした奴って、絶対あいつしかいないだろ?」

 さっき自分勝手に事を勧めていた男に文句をつけたハンターの1人が爆発を発生させた犯人を思い浮かべながら、村の被害の事を話したハンターに言った。



「そうだよな、あいつってなんか自己中心的って言うか、そういうとこあったからな。」

 言われた方のハンターもやや嫌な顔を作りながら、爆破の犯人の男について言い返す。

「好き放題この村荒らしちゃって、どうやって償うんだろうなぁ、この被害」
「そうそう、いくら飛竜討伐ったって、これはいくら何でもなぁ…」

 ハンター達の間ではしばらくの間、その爆破を起こした男の悪口が続けられていた。アビスとスキッドは、ただその様子を黙ってみているだけだった。だが、いくら凶悪な飛竜を確実に撃破出来るとは言え、その樽爆弾の威力は桁が違いすぎる。下手をすれば無関係な人間や建造物にまで大打撃を与えるその兵器は、アビスとスキッドにその存在を恐れさせる。

 一応彼もアビスとスキッドに手を貸してくれた男だ。今散々悪口を言い合っている他のハンター達のように一緒になる気にはなれなかった。

 アビスとスキッドはその様子を見て黙っていると、その悪口を言われている本人が、いつものように落ち着いたテンションで、平然とハンター達の目の前に現れる。



「おいおい、随分俺の悪口言いまくりって状態なんじゃないのぉ〜」

 悪口を言っているハンター達に対して普通に喋りかける。まるで自分が悪口を言われているのが当たり前であるかのように、決して反発の様子も見せはしない。



「来たぜ、あいつ。俺達に好き放題命令するわ、村は火だるまにするわでもう信用無くなってるぞ」
「ああ、あいつに関わってちゃあこの先また何されるか分かんないぞ」

 爆発を起こした犯人は完全に他のハンター達から嫌われており、最早互いに勝利の喜びを分かち合えるような状態では無い。しかし、それでも男は全くそれに動じようとせず、再びその口を動かす。



「いやいや、別にこっちも好き放題やってるって訳じゃないんだぞ。ちゃんと村長と話し合っての事なんだから」

 自分の行為を報いようとせず、平然と自分の事ばかり話し続ける犯人を見て再びハンター達がそれに歯向かおうとする。

「何が話し合っただ。それよりあの火だらけの状態、どうすんだよ。もうこの村もおしまいじゃないか。」

 いくらこの村で一番の権力を誇る村長との約束とは言え、村の半分程度を破壊したあの行為はどうしても頂けなかった。居合わせていたハンターは眉に皺を寄せながらその犯人に再び歯向かう。

「もうダメだな、こりゃ。分かったよ、ちゃんと俺が1から説明すっから、ちゃんと最後まで聞いてくれよ。村長今呼んでくっからさあ。」

 それだけ言い残すと、爆発の犯人は村人達が隠れている防空壕に、その足を運んで行った。

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