「いつまで追ってくんのよ……あいつ……!」
ミレイは未だに自分を追いかけてくる男に目を向けた。
「いい加減死ねや! さっさと俺に殺されちまえ!!」
男は怒鳴り散らしながら、足を止める事無く迫り続ける。目的は勿論ミレイの抹殺であり、そして金目の物の強奪だ。
追いつかれれば男の言葉通り、問答無用で殺されてしまう。
「もう……いい加減にしてよ!」
しつこく追いかけてくる男にミレイは彼女なりの反撃として、男に叫ぶ。しかし、それは逆にミレイ自身に負担をかけるだけだ。
ただでさえ走る事に全身系を集中させているのに、喉に負担をかけてしまっては逆に呼吸の妨げにもなってしまい、無駄に体力を消費してしまう。男は逆に体力は相当あるのか、怒鳴りながらもその足が遅くなる事は無い。
突然ミレイの周りに白い煙が立ち込める。同時に赤い鎧の男の視界が奪われ、そしてミレイを見失ってしまう。
「けっ! あの
怒り出した男はボウガンを構えだし、乱射を開始する。下手な射撃も数発撃てば当たると考えたのだろう。だが、それは狙った獲物を逃がすまいという悪足掻きのようなものではあるが。
「何よ……!? この煙……!?」
この煙はミレイの放ったものでは無かったらしい。当然、赤い鎧の男が投げたものでも無い。
恐らくは第三者が放ったものであるが、その時だ。突然ミレイは背後から何者かに押さえつけられ、そのままどこかに引き摺り込まれる。口元も完全に押さえられ、声を発する事もままならなかった。
煙が完全に消え去った時には、もうそこには誰もいなかった。
男は乱射したのにも関わらず、何も残っていないという事は、逃げられた、それ以外に考えられる事は何も無かった。当然、適当に撃った弾も1発も命中していなかった事になる。
命中していれば、煙の晴れた地面には死体が、或いは重傷を受けて倒れ込んでいる哀れなハンターの姿があったはずだ。
「誰もいねぇ! クソがぁ! 逃げられたかぁ!」
折角の標的を無残にも見逃してしまい、悔しさと怒りで身を震わす。男はそのままミレイを捜し続ける為に、その周辺を歩き出す。
*** ***
「何すんのよあんた! 離しなさいよ!」
「馬鹿! 騒ぐなって! あいつに聞こえたらどうすんだよ!?」
アビスは、押さえ付けられながらもアビスに対して必死な抵抗をするミレイを何とか洞窟へと引き摺り込んだのだ。だが、アビスを知らないミレイは抵抗を止める事をしなかった。
やはり、自分の仲間が殺された後で、見ず知らずの人間に引き摺り込まれれば更なる恐怖を覚えるものなのかもしれない。
「離せぇ!!」
ミレイはアビスと距離が離れた一瞬の隙を突き、渾身の力でアビスの顔を横殴りにする。物凄い音と共に、アビスの手が完全にミレイから離れる。
アームで殴られたとは言え、手を護る部分は革で作られているからそこまでの硬度は無かったが、純粋な威力だけで見ても相当なものだったに違いない。
「痛ってぇ……、何すんだよいきなり!」
殴られたショックで尻餅を付いてしまうアビスであるが、それでも殴られた事に対してなんだか腹立たしくなってくる。
「それはこっちの台詞よ! いきなりこんなとこに引っ張っといて。あんたもあたしの物盗ろうと考えてんでしょ!? ふざけんのもいい加減にしてよ!」
ミレイはアビスに怒鳴りつけた後、肩で大きく呼吸をしながら洞窟を出ようとする。
「ちょ……待てって、なんでお前のもん盗る必要あんだよ?」
アビスはすぐに呼び止め、洞窟を出ようとしたミレイを止めた。力尽くでは無く、言葉だけで。
「何って……決まってんじゃない……。あんたあの変な男とあたしの取り合いみたいな事してたんでしょ?」
一瞬ミレイはアビスが本当にハンター殺しか、それに
「あんた見た感じあいつよりずっと弱そうだし、その声もあいつと違って威圧的な何かってのも全く伝わんないし。でもあたしの折角集めた素材は絶対渡さないから。それじゃ、さようなら」
一応あの男から救ってくれたアビスであるが、そのアビスもあの男と同類で見られているらしい。
「待てよ。俺だから別にお前のもん盗ったりしねぇって。それにさっきの男だけどなあ、俺だって被害者だったんだよ。この前沼行った時あいつに会って、そんで変な因縁つけられて殺されかけたんだからよ。あんな奴に追っかけられてる奴見てほっとけるかよ」
アビスは再び、ミレイを言葉だけで止めた。
「えっ? じゃあ、あんたも被害者って事は……じゃあ、やっぱあんたは人を襲うハンター、じゃなくてえっと……一般的な……モンスターを狩るハンターって訳?」
「何だよそれ……。地味に回りくどい事言う奴だな……。兎に角俺はモンスターしか狙わないからさあ。人なんて襲ったらもうハンター以前の話になんだろ?」
「そ……そりゃ……そうよね? わざわざ煙ぶちまけてここまえあたしの事連れて来てくれたんだから……ちょっと……殴るなんて……引くわよね……? ホントに……ゴメンね! あたし別に悪気があった訳じゃないから!」
「ゴメンねってなぁ……こんな馬鹿力で殴っといて謝るだけで済ませる気かよ?」
アビスは未だに殴られた左の頬を押さえていた。折角助けた身であったというのに、自分に物理的な危害を加えられた事に少しばかり腹を立てていたのだ。
「いや、だって……その……いきなり後ろから掴まれちゃ……って何言ってんのかしら、あたしって……、じゃなくて、えっと……ホントにごめんなさい!」
ミレイは一度自分自身を落ち着かせ、今度は改めて真面目に頭を下げて謝った。
「いや、分かってくれたらいいからさあ。もう許すから、もう、行ってもいいよ。俺さっき深緑竜ってのと戦ったばっかでもうメッチャ疲れてるからさあ」
アビスは先程深緑竜と戦ったのだから、やはり体力的には少し厳しいものがあった。今までミレイを引き止めていたが、誤解も解消されたからもうここで2人が共にいる理由が完全に無くなったのだ。
今度はアビスが引例から離れたがる立場になった。
「あ、そうだ、所でさあ、あんたの名前まだ聞いてなかったんだけど、なんて言うの? ここで会ったのもなんかの
「いきなし自己紹介かぁ? まいいや、えっと、俺はアビスってんだけど……」
「アビス? ってあんたあのアビスなの?」
アビスの名前を聞いたミレイの表情が先程と比べて大きく変わる。まるで今まで探し求めていたものを見つけたかのように。
「って何だよいきなり。俺がなんかしたってのか?」
自分の名前を聞いただけでまた別の話題を持ち出そうとしてくるミレイに対してアビスは戸惑った。
「だってあんた、あのゼノン様の弟なんでしょ?」
「あ、まあそうだけど、なんでそれ知ってんだよ?」