「アビス君! 離れて! 早く!」

 ブリガンディの異変に気付いたクリスはアビスに叫び、その場、即ちブリガンディの真下からの離脱を頼み込む。

「ああ、そっか……! うわぁ!」

 クリスは鋼風龍の異変、その前触れとして見られるであろう、全身の動きを良く見ており、翼の力を抜く動作を見逃さなかった。だが、アビスは攻撃箇所、脚部しか見ていなかった為に、クリスの合図無しでは避けられなかったであろう。



――鋼風龍ブリガンディ戦闘体勢キリングポジションを変えたのだ――

空中型スカイドライバーから、地上型ランドトレッダーへと



 ブリガンディは一気にその体を地面へと落とし、後足、そして前足の計四本の足で地面へと着地する。アビスはクリスの指示が無ければ、潰されていたに違いない。

 アビスはすぐ目の前に落下してきたブリガンディの黒い後足に慄きながら後ずさり、その恐怖によって弱りかけた右手のバインドファングを握る力を再び強める。

「ナカナカタノシミガイノアルヤツラダ……」

 ブリガンディは人語を話す知能の極めて高い龍の格好としては非常に不釣合いとも呼べるような、四つん這いの体勢となる。だが、それは決して弱いと言う事の象徴では無い。

「降りてきたわね!」

 呟くように口に出すブリガンディに向かってミレイの矢が飛ばされる。そんな矢をまるで無視するように、再び雄叫びを上げ、そして、

「マズハオマエカラダ!」





――【鋼鉄の肉体による疾走メタルヘッドプレス】――



四本足で前へ押し出されるそのやや小柄ながら鋼で作られた甲殻の体は、
接触する相手を軽々と吹き飛ばす。
風をも味方にするその攻撃は、風と、龍の共同攻撃に等しい。

正面からの攻撃を横に飛び込んで回避したミレイは手早く矢を持ち、
上半身を持ち上げてミレイへ向き直そうとする鋼風龍の頭部に狙いを定める。





「おれにもやらせろ!」

「いいわよスキッド。頭ならOKよ!」

了解りょうかぁい!」

 いつの間にかミレイの隣、と言う訳でも無いが、近くに来ていたスキッドが突然協力を申し込んできたのだから、ミレイは恐らくは弱点箇所であるだろう、頭部に攻撃箇所を絞らせ、スキッドもまるで軍隊世界の上官に敬礼でもするような態度で返事をし、通常弾の入ったボウガンの銃口をブリガンディに向ける。

「アマイワ!」

 ブリガンディもただ攻撃されっぱなしでは話しにならない。相手は古龍だ。まだ経験の短いであろう少年少女達相手にやられている訳にはいかない。

 まるで少しだけ本気を出したような声を放ち、口元に力を込め、そして首を上半身ごと持ち上げ、風の凶器を飛び放つ!





――【大地を握る風フェローシャスエッジ】――



地面と垂直に飛ばされる風の凶器ブリーズソード
まるで地面の中でも走っているかのように、地面を抉りながら突き進む。
それは標的エネミーを吹き飛ばし、そして斬りつける。

スキッドとミレイの攻撃の機会ショットチャンスを、その風が奪い取る。
今、奪われた二人は迫る凶器を避ける為に身を横に投げ出した。





「甘いのはそっちだぁ!!」

 ブリガンディの脇から現れたアビス。正面にしか目を向けていないであろうブリガンディの脇腹を狙い、兄の仇に対して叫びながら、バインドファングを振り下ろす。

 そして反対側からは、クリスの斬撃が迫る。

「えぇい!!」

 両脇から狙われたブリガンディ。だが、それだけでは倒れない。無論、アビスのバインドファングが持つ麻痺毒も全く注入される事は無い。



――鋼風龍ブリガンディの中では、何かに満たされたような、そんな空気が漂い始める……――



「フン……ナカナカ……」

 ブリガンディは軽く呟き、その鋼の体を後方へと飛ばし、四人から距離を離す。そして、距離を取った相手に向かって、再び口を動かす。

「モウジュウブンダ……ジュウブンタノシマセテモラッタ……」

「何が充分だ!? どうせおれらに怖気づいただけだろ? お前はなぁ、結局は頭狙われちゃあアウトなんだろ!」

 後方へと移動したのは、スキッドにとっては逃げたように見られたようだ。弱点を皆に通告させるような大声を出しながら、再びボウガンを構える。



――だが、その鋼風龍ブリガンディ逃亡にも近い行為バックステップは、臆病者の印ウィークエレメントと言う訳では無い――



「モウオシマイニシテヤロウ!!」



――スキッド等に動じる事は無く、上半身を力強く持ち上げ、後足二本だけで立ち、今まであげなかった大声を轟かせる!――



「おしまいってどう言う意味……うわっ!!」

 天に向かって轟いたブリガンディを見ながら、そして弓を持った左腕をゆっくり下ろしながら、何を考えているのか考えるミレイであったが、突然全身にいつか浴びたであろう凄まじい強風が襲い掛かり、体勢を崩されかける。

 他の三人も同じ量の風を浴び、軽い悲鳴を飛ばす。

「なんだよ、この風……! あいつから来てるぞ!」

 アビスは再び現れた強風がどこからやって来ているのか、すぐに知る事となる。





――送り主は、鋼風龍ブリガンディ……――



鋼風龍の周囲には、まるで生きているかのような風が、尾を引きながら飛び回っている。
その範囲は目に見える部分だけならば、鋼風龍の近距離だけでの話ではあるが、
ハンター達に吹き付ける風の力を見れば、纏っている風の力は半端では無い。





「さっきよりずっと強くなってる!」

 前方から襲い掛かる強風で転びそうになる身体を何とか持ち応えながら、クリスは顔を歪めながら三人に伝える。

「ちょっ……マジやばくね!?」

 クリスの言葉を聞いたスキッドは蒼鎌蟹のヘルムの裏で表情を恐怖の色に染め上げる。

「アンシンシロ……コロシハシナイトイッタハズダ……」



――命までは奪わない事キーピングアンダードッグスアライブを再確認させ、徐々にその鋼の体を地面から離していく……――



「はっ……やば……やばいわ! 皆逃げるわよ!!」

 ブリガンディの飛び上がった姿を見た途端、ミレイの表情がまるで世界を破壊する大王に出くわしたような、今までに見せた事も無い脅えを極限にまで表したような表情を作り上げ、三人に叫びながら、呼びかける。

 瞳孔が開き、全身に寒気が走り、口元までが歪み、そして冷や汗が全身から噴出す。その原因を作り上げたのは、まぎれもなくブリガンディの周囲に纏わりつく生きた風の異変である。



――無造作に動き回っていた風達が、鋼風龍ブリガンディの口元にと集まって行く……――



「どうした……! 確かにやばい! 逃げよ!」

 アビスもまだミレイと何度も狩猟に行ったと言う訳では無いが、初めて見るそのハンターとしての強さを全て放擲ほうてきしたような、惑乱した彼女の姿に多少の戸惑いを見せるが、ブリガンディの姿を逃げながら見た瞬間、納得を覚え、元々全力で動かしていた両足にさらに力を入れる。



――しかし、鋼風龍ブリガンディは逃亡を許さなかった……――



「コレデオワリダ……。サラバダニンゲンドモ!!」





――人語を豪雨の空間内に轟かせる鋼風龍ブリガンディ……。そして……――



口の中に集積させていた風の力を、一気に放出させる。
空間がねじ曲がる程の迫力と力量が見るものに恐怖を与える。





――【終極への案内者アルティメットストリーム】――



鋼風龍ブリガンディ口内マズルから噴き出される悪霊纏った烈風クルーエルフィンド
鬼の人相デーモンフェイスと化した表情と共に、地獄の鉄鎚フェロシャスブレイドが下される!

まるで火炎放射アサルトバーナーのように放射されるその風は、
地面を叩き割りながら、やがてその規模を拡大し、そして……





「わぁああ!!」
「おわぁ!!」
「うああぁあ!!」
「きゃああ!!」

 アビス、スキッド、ミレイ、クリスを、風の凶器が包み込み、絶叫を上げさせながら、宙へと舞い上がらせる。元々飛ぶ能力等所持していないはずの四人が、一瞬だけ大空を優雅に羽ばたく竜の気持ちを理解したと同時に、全身に走る驚異的な激痛に、四人は意識を失った……







相手ワイバーンに敗れる時は、皆こんな心境なのだろうか……――







――純粋に痛いとか、苦しいとかよりも、気持ちが飛んでいくような、不思議な感覚……――







――四人の目の前及び、周囲が真っ白な世界へと変貌する……――







 鋼風龍ブリガンディの風に巻き込まれた四人は、それぞれ、過去の出来事が走馬灯のように頭の中をよぎるのを覚え、その呼び出された過去に、四人は何を思うのだろうか。







【アビスの世界】



 アビスの目の前に映ったのは、六人がかりの男が、雨でぬかるんだ地面の上で、一つの棺を運んでいる姿。

(あれ? なんだろ、これ?)

 精神世界のアビスは今は空の世界にでもいるのだろうか、運んでいる様子を上から見下ろしたような場所で、その目の前に広がる様子に戸惑いを見せる。

「兄さん……? 兄さん、兄さん!!」

 棺を運ぶ男達を見守る人々の間から、紫色の髪をした少年が無理矢理人と人の間を潜り抜けて現れた。その少年は叫ぶなり、真っ先に棺の場所へと走り寄る。

(あの叫んでる奴って、俺……?)



――そこで精神世界のアビスの目の前は再び真っ白く染められた……――





【スキッドの昔日せきじつ



 スキッドの目の前に映ったのは、一軒家であろうそんな家のドア。自分自身がドアノブに手を伸ばしている。その行為そのものは、至って普通のものかもしれない。

 だが、スキッドが違和感を覚えるには充分な理由があった。

(あれ? 勝手に動いてるぞ、おれ)

 ドアノブに手をかけようとしたのは、これはスキッド自身の意思では無く、勝手に体が動いていたからである。どうやら、これは昔の自分の視点を、今、ここにいるスキッドが借りているような状態なのだろう。

 そしてドアが開き、昔の世界のスキッドは、視点を借りている方のスキッドの意思とは関係無く、元気な声を発する。



「カトレーダ! たっだいま〜!」

(勝手に喋ってる……やっぱこれおれの過去か……)

 ドアを開き、そのまま玄関を通り抜け、家にいるであろう、そのカトレーダと呼ばれる人物の所へと、両腕を伸ばしながら歩いて行く。

 居間に辿り着き、長方形の木造テーブルの前に置かれている木造の椅子に座りながら、軽く俯いている青く、ややショートな髪をした少女のその様子に特に動じる事も無く、昔の世界のスキッドは再び声をあげる。少女の肩を叩きながら。



「っておい、どうしたんだ? 暗いぞお前。折角帰ってきたんだぜ、いつものようにおかえり〜って……」
「スキッド君……」

 俯いていた少女、カトレーダはスキッドとは対照的に、元気の見えない低い声、僅かながら少女らしいトーンの高い可愛らしい印象を受け取れるが、今のスキッドに対する声は、非常に威圧的なものがある。

 ゆっくりと立ち上がり、顔をあげてうっすらと赤みを帯びた瞳をスキッドに見せつける。



(あれ? これってあの時の……って事は……やべっ!)

 視点だけを借りているスキッドはその後、何が起こるのかを思い出し、それを恐れて逃げ出そうとするも、目の前の世界からは逃げる事は出来ない。逃げたがる視点を借りているスキッドの目の前に映る世界はどんどん先へと進んでいく。

「ん? どうした、そんな怖いか……いてぇ!!」

 見せられた表情が怖いものになっている事に気付いたスキッドは、今視点を借りているスキッドと全く変わらないテンションで少女に声をかけようとする。

 テンションに対して違和感を覚えたのは、目の前に映る少女の外見がとても現在のスキッドの年齢と同じものとは思えず、それより四,五年くらいは幼いものであり、それに伴い、昔の世界のスキッドも同じだけ幼い状態であるであろう。だが、昔のスキッドも今と何ら変わりは無かったようだ。

 そんな事を考えていた視点を借りているスキッドであるが、突然昔の世界のスキッドが突然声を荒げ出し、同時に目の前の視点が大きく右へと向けられる。その動きがあまりにも速く、一瞬だけ目の前が歪んだが、すぐに鮮明な視界に戻される。



(何されたんだよ今……。多分これビンタ……だよな?)

「ってぇなぁ……お前何すんだよ!?」

 昔の世界のスキッドの左手が左頬に当てられ、そしてカトレーダに向かって怒鳴り声をあげるが、

「スキッド君の方も何やったか分かってんの!?」

 視点を借りているスキッドに痛みが走る事は無かった。これは精神世界なのだから感触は感じないのだろう。だが、昔の世界のスキッドの反応からすると、相当な威力を持ったビンタだったようだ。

 だが、少女の叫び声とも言えるような怒鳴り声は、軽々とスキッドの怒鳴り声に勝り、少女とは思えないような剣幕で迫られたスキッドはそれによって一瞬で黙り込んでしまう。



(これって……ああ、あいつの事ちょっとからかった時だったな……)

「はい? 何……って……?」

 目の前の少女には頭が上がらないのだろうか、さっきまで見せていた威勢を完全に失い、スキッドは少しびくびくしたような態度で、一体何事かを聞こうとする。

「何じゃないよ!! 今日マコーレー君の事苛めたでしょ!? マコーレー君のお母さんがさっき来たんだよ!! あたしが代わりに謝ったけど、なんであんな事すんの!?」

(ああ、これって確かマコーレーの奴が泣いたって事で散々馬鹿にしまくったあの時だな……あん時はメッチャキレられたんだったなぁ……)

 昔の世界にいるスキッドはどうやらマコーレーと呼ばれる少年を虐げた事により、そして被害者の少年は母親に報知し、そして怒った少年の母親はわざわざスキッドの自宅にやってきたようだ。

 そして、スキッドがマコーレーに泣いた事をからかった件に関して母親が怒りにやってきたらしい。その時はスキッドは不在だった為に、代わりにカトレーダが相手になったらしいが、でも外見的にも、話のやり取りから見ても、どうも兄弟関係は無いと思われるが、どうしてわざわざカトレーダが相手になる必要があったのだろうか。

「あ……あれか……。いや……ちょっと……ふざけ半分で……」

 テーブルを叩きながら怒鳴り散らすカトレーダにまるで逆らえないスキッドは緑色の目を軽くきょろきょろさせながら、いつもの煩い声を非常に低め、耳を澄まさなければ聞き取れない程の音量で言い訳をするも、再び迫る怒鳴り声で軽々と消し飛ばされる。

「ふざけ半分じゃないよ!! こんなとこスキッド君のお母さんが見たら凄い悲しむよ!!」

 再びテーブルを一度強く叩き、手と木材がぶつかり合う音を一瞬だけ響かせながら、スキッドの母親を出す。

「……ごめん……なさい……。ほんと……ごめんなさい……」

 スキッドは自分の母親を悲しませてしまったのだと思うと、心が痛むのを覚えてしまう。涙こそ出はしなかったが、俯きながら、自分の愚かな行為のせいで怒らせてしまった少女に対して、いつものスキッドのあの明るく、煩いテンションからは想像も出来ないような、非常に素直で、そして暗い謝罪を口に出した。

(ああ大変だったよなぁ……。おふくろの代わりになんか怒られた、みたいな感じだったんだよなぁ……。あん時はマジでごめんな、おふくろ、カトレーダ……)



――視点を借りていたスキッドが二人に謝罪すると、そこで目の前の世界が白く包まれた……――

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