「ってかあんたさぁ、もうちょっと状況考えてみたら? よりによってあの鋼風龍が相手だったのよ。アビスの事も考えたらどうなのよ?」
スキッドのその鋼風龍がアビスの兄の仇だと言う事も忘れているかのように、僅かに楽しそうな雰囲気をチラチラと見せつけながら喋る様子を見たミレイは、その青い目を細め、睨みながらスキッドに言った。
「ん? どうしたんだよ? そんな妙な顔しやがって」
何か突っかかりたがっているような表情を浮かべているミレイを見ながらスキッドは、未だ軽く作っている笑みを崩さず、その妙な様子に対して窺う。
「どうした、じゃなくてさぁ、アビスの兄さん殺した奴がさっき目の前に現れたのよ。よくそんな楽しそうに喋れるわよね」
ミレイはスキッドのその様子に、怒りと、呆れを混ぜたような態度で、溜息を吐きながら馬車の窓を眺める。流石に命を奪った者の話題に対して笑顔を作る事は非常に不味い事だったのだろう。
「あ、いや、ミレイ、別に俺はそんな……」
ミレイは兄を失ったアビスを気遣っているのだろう。だが、アビスは自分の事でそこまで馬車内部の雰囲気が下がってしまった事に対して戸惑いを覚え、何処と無く喧嘩に発展してしまいそうなこの空気を止めようとしたかったが、上手く言いたい事を話せない。
「まあまあミレイ、別にスキッド君はそんな事……」
「ちょっちょっちょっちょっ!! 待て待て!! クリスはいいから、おれに任せとけ」
異様な空気に怖さを覚えたのは、アビスだけでは無かった。クリスもその喧嘩に発展しそうな状態を何とか抑えようと、すぐ隣に座っているミレイの肩に両手を置きながら頼み込むが、スキッドは再びここで兄殺しの龍の話題には相応しくないような高いテンションを見せつけながら、クリスを止めた。
「あんたさあ、こう言う時ぐらい声のボリューム下げたら? まるで空気読めてないみたいなふんい……」
「ちょっ待てって! おれは別に空気読めないとかそんな意味じゃねぇんだって! いいか! おれらはさぁ、とりあえず助かったんだから、まずはそこんとこで喜ぼうじゃん、って話なんだよ」
再び呆れたような顔をしながら、その大きな声に対する指摘を浴びせてくるミレイであるが、スキッドはミレイの対応に引き下がる事はしなかった。それよりも、命だけ助かっただけ、良かったのだから、それを喜ぶのも決して悪いと言う訳では無いだろう。
「まあ確かに助かったのはいいけど……」
ミレイは突然熱血漢の如く自信を改めて持ち直したスキッドに、生存出来た事には納得するが、まだ不満な内側も見え隠れしている。
「そうだろ? 確かに相手はアビスの兄貴殺ったとんでもない野郎だってのは分かるけど、だからってこっちが殺されちまったらもう敵討ちとか、仕返しとかそれ以前の問題になっちまうだろ。あいつがどんな気持ちで放置してくれたかは謎だけどな、兎に角おれらは助かったんだよ。普通飛竜……ってか古龍……ん? どっちだ、んと、まいいや! 兎に角、竜だ竜! 竜がおれら見逃してくれるなんてありがてぇって普通思うだろ? おれが言いたいのはそれなんだよ。命助かったって事に対してはちゃんと素直に喜ばんと。そう言うとこお前変だろ?」
「うん、まあそうだけどさぁ……」
(ってかあたしちょっと怒られてない?)
――相手がどんな事情を持った者とは言え、命だけは見逃してくれたのだ……――
いくら兄の仇とは言っても、その仇を討つべき本人が死んでしまえば、もうそれまでとなってしまう。命がある限り、そのチャンスはいくらでも見つけ出せるが、滅べばもうそれでおしまいとなる。
スキッドは表情から笑みを消しながら、ミレイの方だけを見て、真剣な眼差しで助かった事を伝えた。だが、ミレイの方は普段のスキッドのおちゃらけた態度を考えてなのか、やや罰が悪いような気まずい気分となっていたが。
「お前そんなんだからなぁ、胸ちっちぇえんだぞ」
スキッドのその適当に理由をつけたような、セクハラとも言える余計な一言を添えたせいで、ミレイの機嫌を損ねる破目となる。
「はぁ!? あんた何!?」
ミレイは眉を軽く顰めながら、声を軽くではあるが、荒げる。
「だからなぁ、お前は考え方が硬過ぎるからそんな貧乳なんだぞ」
ミレイは確実に怒ろうとしているであろう。先ほどまではスキッドに微妙に怒られている状態であったミレイであったが、今はそのミレイが怒る立場へと入れ替わる。それでも尚スキッドは余裕気な表情を保ち、そして目線をミレイの青い瞳から少し下がった場所にある、胸部に向けたのである。
一応現在は防具を纏ったままである為、ある程度の豊かさがあったとしても押し潰されている事もありえるが、私服姿の時の姿ならば、そのデリケートゾーンの本性を明確に知る事が出来るだろう。防具を纏う前の姿は、しっかりとスキッドの目に焼き付けられていたのだろうか。
「あのさぁ、ちょっといい? そのあんたの言う考え方とさぁ、その胸がちっちゃ……」
――スキッドに言い返す為に、わざわざ彼が言った事を再現したが、その豊かさを示す箇所を、ほぼそのまま言ってしまい……
そして、羞恥心を覚え、思わず声を詰まらせる……――
ミレイにとって初めての人物であるフローリックの目線が妙に怪しい。普通は異性の前では言うべきでは無いであろう、そのデリケートゾーン。最も、スキッドのせいで言わされたのは言うまでも無いとは思うが。
フローリックを一瞥したミレイは、恥ずかしそうに目をきょろきょろさせながら、今自分が作ってしまった非常に気まずい空気を何とかしようと、とりあえず何かを喋ろうとする。フローリックを見ながら。
「あ! いや……別に胸がどうだって……。いや、違うんです! 妙な事言っちゃってごめんなさ……」
「いいってミレイ。お前悪くねぇだろ。悪りぃのは全部そのアホだろ?」
フローリックに妙な空気を見せたのがまるでミレイだけが原因であるかのように謝られかけたフローリックではあるが、謝られた方は謝罪をすぐに取り消した。
元々の原因を作り上げたであろうスキッドを乱暴に指差しながら、ミレイの味方に入る。
「はぁ? おれが悪いのかよ? なんで? おれは助かったから良かったじゃんって言っ……」
「あのさぁスキッド。あんたねぇ、あんた途中までは、まあいい事喋ってるかな〜って思ってたのにさぁ、最後のあの余計な一言のせいで全部ぶち壊しよ、ったく……」
まるで自覚していないスキッドである。どうして妙な空気が生まれたのか、全く理解していないスキッドに対して、本来少女には直接言うべきでは無いであろう嫌みを言われたミレイがその空気が生まれた原因説明を、呆れてではあるが、どこか手慣れたように、口を動かす。
「最後って? ああ、あの胸がちっちゃいって奴かぁ!」
スキッドはミレイの話を聞いて初めて自分が喋った内容を思い出したが、その内容が少女にとっては非常に気に障るような事柄だと言う事もまるで気にしないように、全く包み隠す様子も見せずに言いきった。
「おいスキッド。お前もうちょいデリカシーってやつ学んだらどうなんだよ。女ども引いてんぞ。お前それただの変態じゃねぇかよ」
フローリックは橙色のその目を細め、スキッドを睨みつけながら、少女二人がスキッドの言動をどう思っているのか、非常に重たい雰囲気でスキッドに手遅れな助言を飛ばす。
「変態? そんな言い方酷いだろ!」
どうやらスキッドも必要以上な事は狙っていないらしいが、やはり開き直り過ぎであろう。本来ならば、反省すべき部分だと言うのに。
「スキッド、お前さあ、やっぱもうちょっと落ち着いたらどうだよ? 別にいいだろ? ちっちゃくたって」
アビスもスキッドのデリカシーの無さに呆れ、及びアビスがしっかりと持っている羞恥心を感じさせないスキッドの振る舞いが、同い年のアビスにまで溜息を吐かせ、そして、アビスなりのフォローなのだろうか、ミレイのあの部分を決して否定しない言葉を出す。
「アビス……。あんたフォローになってない……」
アビスの言い方は、スキッドよりは遥かにマシではあるが、それは、まるでそのサイズなら、そのサイズのままでいろと言っているような、救い様の無い事実を放置するような無責任な言い方はミレイを完全には納得させられなかったらしい。
「はは〜ん! アビスめ! お前も所詮は……」
「スキッド煩い。あ、それと、そのむ……ちっちゃいとか、そんなの別に気にしてないから! っつうか寧ろその方が邪魔じゃなくていいからさぁ」
調子に乗りながら、アビスの頭を手で軽く押してからかおうとしたスキッドを、ミレイは鋭い一言、そしてヘルムの外されている頭部を軽く叩いて黙らせると、自身が貧乳である事に対してコンプレックスを持っていない事を言い切った。やや諦めに近い感情も混ざっているように見えるのは、気のせいだろうか。
ただ、その内容の一番肝心な部分を言おうとした時には思わず声を詰まらせていたのは、一種の羞恥心を感じている事を暗示しているようにも見えたが。
「あ、そうか、気にしてねぇのか、良かった……。でもおれは意外と貧乳の方が好きかも……」
「はい煩いあんたは! 一回ずつ話題に持ち込まないで」
そのミレイの台詞に、スキッドはもしかしたら彼女が怒っていたのだろうかと言う疑惑を感じ、安心を思わせるかのように声を小さくさせる。疑惑は考えるまでも無い事ではあるとは思うが、それでもスキッドは話題を繋げていこうと、自分の好みを平然とした気持ちで口走ろうとするも、ミレイの叱責が入り、止められる。
「あの……スキッド君……。もうちょっと、落ち着こうね? そしたらそんな風に言われなくなると思うから……、ね?」
ミレイの一言であっさりとスキッドは静止され、ひょっとしたら白い目で見られ始めたかと、突然のように無口になってしまうが、さっきまでは何も発言していなかったクリスが何とかしようと、軽く俯くスキッドの肩に両手を乗せて軽くゆすりながら、フォローに回ってくれる。だが、多少スキッドのそのデリケートゾーンを酷く突いてくる喋り方には多少の抵抗は感じているようではあるが。
「ああ、そうだな、じゃ、やめるわ」
クリスのフォローの効果が落ち込んでいたスキッドの精神に浸透してくれたのだろうか、やや淡々とはしているが、ようやくスキッドの下らない嫌みから発展した無駄話に終止符が打たれる。
(ってか、こいつら今までどんなやりとりしてたんだよ……)
フローリックは非常に淫らで下らない話に発展させたスキッド及び、それに振り回されている周囲の人間、特に被害者はミレイとクリスであるだろうが、その者達の今までどのように関わり合ってきたのか、僅かながら不安になってくるのを覚える。アビスも一応だらしない、と言うより心配症でどこか頼りない男ではあるが、スキッドのハイテンションには遠く及ばない。
アビスも恐らくは少女二人に散々と面倒事をかけていたであろうが、スキッドと比べると、どうだろうか。
――
*** ***
ようやく街へと戻り、防具を脱いで私服状態となったアビス達四人、及び帰路の途中で偶然出会ったフローリックは、今は崖の上部へと移動する為に設けられているゴンドラの目の前に立っている。
馬車の中で、フローリックは話したのだ。崖の上にある大型の鍛冶屋にいるとある狩猟仲間であり、尚且つプライベート上での友人でもある男に会いに行くと。折角街にまで来たのだから、アビスとスキッドに武器や防具の強化を勧めたのだ。
――村ならば、剥ぎ取れる甲殻や鱗の質が低く、それに伴い、上質とは言い難い武具しか精製出来ない――
村周辺に出没する
アーカサスの街周辺と比べれば、力も弱く、それに比例し、
但し、それだけ
命の危険と引き換えに、
さらに上質、強力な武具を身につけていく。
ハンターとは、
「さて、あそこだな。ジェイソンが待ってるってんのは」
フローリックは、ゴンドラの目の前で、崖の上で待っているであろう、友人を思い浮かべながら、後ろの少年少女四人に背中を向けたまま、半ば独り言のようでもあるが、しっかりと四人にも伝えていた。