「ちょっとアビス、誰?」

 ミレイは非常に馴れ馴れしいその態度の蒼鎌蟹装備の男を苦笑いで指差しながら、アビスに訪ねる。



「そんな顔しないでくれ。こいつは……」
「スキッド、でしょ? 今彼の事呼んでたから、それでもう分かっちゃった」

 アビスがスキッドを紹介する以前に、スキッドを止めようとした時に既に名前を呼んでおり、それをミレイはきちんと聞いていた為に直接紹介しなくても、既に名前は知っていたのである。



「ああ、なぁんだ、もう分かっちゃってた系かよ〜。お前ってまさかアビスの……」
「あのさぁ、人と喋る時ぐらいそのキャップ取ったら? もう戦ってる訳じゃないんだからなんか失礼な感じするわよ」

 未だ被りっぱなしのスキッドのその青いキャップを見ながらミレイはスキッドに素顔を見せるように言う。実際、会話している最中に相手の表情が読めなければどこかやりとりし難い空気が生まれるものである。そのキャップは目元は辛うじて切り抜かれている為、僅かにその目線だけは感じ取る事は出来るが、目元だけがうっすらと見えていても、表情全てまでは取り込む事はまず不可能である。

 ミレイは少しだけ呆れた顔をしながら、スキッドに頼み込む。



「あ、そうかぁ、だよなぁ。ちょっと面倒なんだよなぁ、これ外すの。アビス、ちょっこれ持っててくれ。さてと、よっ……ってあれ? 外れね! なんで!? 呪われたのおれ!?」

 言われて初めて気付いたような素振りを見せた後、歩く足は止めず、アビスに青鳥竜の長の鱗をやや強引に預けた後、両手をキャップに当てて脱がそうとするが、外れない。



「あのさぁ……止め具、外してないじゃん……」

 通常頭部を守るヘルムやキャップと言うのは、そのすぐ下にある防具、メイルやレジストに止め具によって固定されているものである。その理由は言うまでも無く、戦いと言う激しい戦いで外れてしまわない為である。

 スキッドは咄嗟にキャップの事を言われ、止め具の事を忘れていたのか、即座にキャップに手をかけた為に、外れるはずも無いその防具に、一瞬の戸惑いと恐怖を覚え、根拠の無い災厄を想像する。

 ミレイはその様子に呆れながら、だらだらと歩きながらスキッドの背後に回り、そしてその首の後ろ部分に備わっている止め具を簡単に解除する。



「あ、外れた。良かった! まさかこのまま一生外れねぇんじゃねぇか? って思ったとこなんだぜ!」

 ようやくそのキャップが外れ、その素顔が外の空気に曝される。そして、永遠にキャップに顔を隠されながら生きていかなければいけないのかと言うその恐怖から解放された事により、キャップを片手に持ったまま、両手を天に向かって伸ばし、慢心の笑みを浮かべる。

「良かったって……あのさぁ、止め具だから……。それに呪いとかそんなのも無いから……」

 普通のハンターならば、止め具を解除し忘れたキャップが外れなかったと言う事程度ではそこまで大はしゃぎする事は無いであろうが、スキッドは、その普通のハンターとは違っていた。ハンターとは思えないような気さくさと、そのテンションが、ミレイを少しだけ呆れさせてしまう。



「いやいや分かってるっつうの。ちょっとした例えだ例え! ホントに呪いなんかある訳ねぇだろ?」

 後ろで呆れた口調の影響で、その少女らしい高い声が一時的に低くなってしまっていたが、そんな事もお構い無しにスキッドは持ち前のテンションを崩す事無く、後ろを振り向き、そしてミレイに向かって左手を差し出し、そして軽く振動させるように振りながら、自分の発言に非常に僅かではあるが、反省をする。



「あ……あれ? あんた、リー……」
「は? 何だよ、リーって? おれの名前にリーなんて入ってたっけなぁ? おれスキッドだからリーなんて……」
「ああはいはいはいはい!! 分かったから分かったから!」

 スキッドのその素顔、アビスと比べて秀麗とも言える容姿、そして長めでやや尖った印象を与えるような茶色い髪、そして緑色の少年らしさを残しながらも、アビスよりもどこか鋭い感じを残す目を見たミレイは、突然どこか呆然とした表情を浮かべ、そして意味ありげな短い言葉を呟く。

 相変わらずスキッドは些細な事から話題を作ろうと、騒がしくなる。この短い間にスキッドの性格を熟知したミレイは即座にスキッドのその持ち込もうとした話題を取り消す。

 そして再び口を開く。



「それと、あ、別に何でも無い! 気にしないで!」

 一瞬呟いたその台詞が、特にこれと言った意味を持たない事を焦るように伝える。



「おいスキッド。お前ちょっと煩い……。こっちも色々聞きたい事あんだから……」
「何ぃ! お前さてはたった一人しかいない女の子独り占めする気だなぁ!」
「んな訳ねぇだろ! ってかもうこれ返すぞ!」

 とことん自分のテンションを崩さず、話し掛け続けるスキッドを見ていたアビスは、少し気まずそうに、スキッドの左肩を右手で叩きながら、自分が喋る番を譲って貰おうとするが、よりによって相手は異性である。スキッドはその1人しかいない異性をアビスに横取りされると思い込み、アビスを追い払おうとする。最も、ミレイがスキッドの物になったと言う事実は無いのだが。

 変な事を言ってきたスキッドに対して、アビスは友人に対する態度としては相応しいそれで、声を荒げる。

 そしてそのついでなのか、元々考えていた事なのか、スキッドから預かっていた青鳥竜の長の鱗を乱暴にスキッドの体に押し付けるようにして返した。



「勝手にあたしの取り合いとか、しないでくれる? 久々会ったってんのに」

 ミレイはその2人の光景を見ながら、苦笑を浮かべながら、折角の再会を虚しく思う。

「相変わらず元気だなぁ、お前ら。俺の子供達にそっくりだぜ。いいぜ、そう言うの」

 アビスとスキッドの子供のようなやり取りを見て、テンブラーは、自分の家庭で過ごしているであろう、子供達を思い浮かべる。



「テンブラーさんって、子供さん、いるんですか?」

 突然聞いたその意外な言葉に、ミレイは思わず耳を疑うような気持ちを覚え、改めて聞きなおす。

「いるよぉ、3人な。因みに皆女ぁ。してこの2人みたいに元気っ子なんだぜ。でも最近顔合わせてなかったなぁ……」

 近頃はアーカサスの街での異変等の影響でハンター業も忙しく、テンブラーは顔を合わせていない子供、そして、妻を思い出し、たまには家族に会ってやらないといけないなと、心中で思う。

 そんな話をしている最中に、未だに革製の安物の武具で武装した少年、アビスがミレイに話し掛ける。



「あ、そう言えばミレイ、お前なんでこんなとこに来たんだよ? まさかアーカサスからの依頼で来たとか?」

 ようやくミレイと話すタイミングを掴んだアビスは、どうして彼女がこのバハンナの村周辺に来ていたのかを聞こうとする。

「いや、アーカサスからの依頼じゃないんだけど、ちょっと友達から手紙渡してくれって頼まれてさぁ、それでここまで来たのよ。でも今日アーカサスの方で爆破テロがあって、それで普通に街から出るってのが出来なかったから、所謂隠し通路的な? そこからこっそり出てきてここまで来たって訳」

 ミレイなりにある程度短縮し、そしてアビスでも理解出来るような、分かり易い説明を投げかける。



「なんか後半のその隠し通路ってのがよく分かんないけど……兎に角ホント来てくれて良かったよ。おかげで俺も助かったし!」

 アーカサスの爆破テロと、隠し通路と言う物の関連性が今一よく分からなかったアビスであったが、アビスにとって一番幸いだった事は、あの窮地を助けてもらった事だ。アビスにとって、そんな時に細かい事にいちいち拘っている余裕等、考える余裕は無かった。



「なんかこんなとこでアビスに会っちゃうなんて、結構偶然よね。あ、別に偶然じゃないかぁ……所で、アビスはなんでこんなとこにいるの? そっちもなんかの用事?」

「ああ、俺? 俺はこれからアーカサスの街行ってさぁ、もっと色んなハンターとか、強い飛竜とかに会おうって思ってたんだけど、なんかさっきお前が言ってたえっと、爆破テロ、だっけ? それのせいでちょっとバハンナの村に寄ってたら……まあ、こんな感じになっちゃって。でも偶然じゃないって、あんまりよく意味分かんないんだけど……」

 アビスもある意味ここにいるのは偶然なのかもしれない。元々来る予定の無かった場所で、このような予期せぬ再会を果たしたのだから。だが、もう片方もここに来たと言う事実が、偶然と表現するのは正しいのかもしれないが、ミレイはどう言う事か、それは偶然とは違うと、途惑っている。



「ああ、それね。アビスってさぁ、ドルンの村から来た……んだよね?」
「そうだけど」
「良かった。して、ドルンの村からアーカサスの街に船で来るとしたら途中でダガー港通ってしてそっから普通に進んでたら途中でバハンナの村も通りかかるから、意外とお決まりのルートなのよ」

 アビスから直接ドルンの村に住んでいたと言う事は聞いた事が無いミレイであるが、ゼノンの弟と言う事もあり、その在地は既知の状態であり、そして、その真偽を確かめた後に、ドルンの村からアーカサスの街までのやや決まりきった航行のルートを一通り説明した。



「へぇ、なるほどねぇ」

 アビスは特にこれと言った特徴の無い返事をする。

「ってかお前らさぁ、なんかすげぇ仲いいように見えんだけど、以前にどっかで会ったりしてたのかぁ?」

 アビスとミレイのその文字通り友達同士のようなそのやりとりを見ていたスキッドは、何故それが成立しているのかを聞こうとする。



「ああ、ちょっとな」
「ああ、ちょっとな……じゃねぇだろ! そんなんじゃあ分かんねぇよ、ちゃんと説明しろよ!」

 曖昧なアビスの対応に、スキッドはどう言う訳か、声を荒げてさらにしつこく問いただそうとする。



「いや、なんで怒ってんのよ……」

 スキッドの態度がやや怒りに満ちたと悟ったのか、ミレイは呆然、そして、呆れの気持ちを混ぜた声で尋ねる。

「あれ? 怒るつもりなんて無かったんだけど、怒ってた?」

 言われて初めて自分のその態度に気付くスキッドであったが、



「誰が見ても怒ってるように見えたけど……」
「マぁジで!?」

 アビスにも突っ込まれ、改めて自分の態度を思い知るスキッドであった。



「所でお前ら、ちょっといいかなぁ?」

 3人でなんだか盛り上がっているその光景をずっと外から見ていたテンブラーであるが、彼にとっては3人に話すべき内容を持っていたのだろうか、少し申し訳無さそうに3人の中に入ろうとする。

「別にいいけど、なんかあったの?」

 特に否定する理由も無い為、アビスは一体彼が何を話そうとするのか、訪ねる。



「まぁさか人間の足だけでアーカサスの街行けるって思っちゃあいないだろうなぁ?」

 喋ってるテンブラー自身も含めた全員が今自分の足で歩いているのだが、人間の足だけで目的地に歩いていては、何日もかかる。アビス達が向かうアーカサスの街にしても、バハンナの住人達の移住先のテンペストシティにしても。

「かと言ってなんか荷竜車でもある訳じゃないんだから結局歩くしか無いんじゃないのか?」

 いくら時間がかかるとはいえ、移動手段が自身での歩行以外無いのだから、それはしょうがない事なのかもしれないと、スキッドは言う。



「まあまあ、よく考えてみろ。俺が何の意味も持たないでこんな話持ってくると思ってんのか?」

 決して自分が、ただ口だけの人間では無いと主張するテンブラー。

「なんかいい移動手段でもあるんですか?」

 唯一の敬語を使う人間であるミレイは、その意味ありげなテンブラーの言葉に、首をかしげる。



「だとしたら面白いかもな!」

 その時、テンブラーの表情に笑みが浮かんだ。

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