「なんだよその『面白いかもな!』って、なんか微妙な言い方」
テンブラーのその自分が用意しとくべきであろう荷竜車をまるで他人としてのような、そのやや無責任とも言える発言に、スキッドは結局この銀髪の男はただ口だけなのかと、思ってしまう。
「まあそう言うなって。俺はこれでも準備の出来る男なんだぜぇ。こうやってベラベラ喋ってる間にほらな、お迎えって奴だぜ!」
スキッドのそのまるで期待外れだ、とでも言えるようなその台詞に気まずい様子を見せる事無く、テンブラーは自分に自信を持っているかのような笑みを浮かべながら、今彼らが歩いている方向に指を差した。
その指の先に映っていたのは、四輪の鉄鉱製のタイヤを携えた荷台を後部に備え付けた草食竜。それが、十頭以上は軽く越えるほどのそれが待機しており、それぞれの草食竜は、頭部に取り付けられた手綱を竜主に握られており、それで大人しくしている。
「うわぁ……凄い数……。これって、全部テンブラーの用意したやつ?」
前方の視界を覆い尽くすほどに待機しているその草食竜の群れを見てアビスは、ただ呆然と呟き、そして、あれだけの膨大な量の竜車をテンブラーが準備したものだと想像すると、気さくな性格の彼としては、非常に大仕事であっただろうと、思ってしまう。
「そりゃそうだろうなぁ。移住計画持ち込むんだったら、ちゃんと荷物運べるようにしとかんと、もうだるくてだるくてやってらんないだろ?」
バハンナの村人達は、自分達の荷物を遠方まで運ぶのだから、リヤカーである程度は運び易くはしていたが、所詮は人間の力で運ぶ物だ。人が引くと言う事は、時間に比例して疲労も溜まると言う事だ。歩いて何日もかかるその距離を、人力だけで解決すれば、その疲労も並大抵のものでは無くなる。
だからこそ、人間より体力も筋力も優れている草食竜の力が非常に頼りになると言うものである。
「おぉ、あんた、やっと来たかい」
草食竜のすぐ横で切り株の上に腰を下ろしていた男達の内の1人、恐らくその男がリーダーであろう、初老の男が、やってきた集団に気付き、立ち上がって手をあげながら近寄ってくる。
「悪いな、ちょっと村の方で色々あってさぁ……。予定よりちょっと遅れちまったぜ。」
テンブラーはバハンナの村での事を思い出し、それのせいで時間に遅れた事を説明した。やや不足とも言える部分が多いが。
桜竜3頭との戦いの事。そして、ハンターとして持つべき倫理の切論。そこから発展した喧嘩。戦いの事は事前に決まっていた事として、残りのは本当ならば普通に避けて通れた事柄である。だが、下手にそれを説明してしまっては待たせていた竜主達から嫌な目で見られかねない。
「知ってるよ。桜竜と戦ってたんだろ? 桜色した亜種と。だったら時間かかってもしょうがないだろ?」
竜主の男は、テンブラーからは事前に桜竜達と戦うであろうと言う事は聞かされており、竜主もハンターそのものでは無いが、ハンターと言う生業がどれだけ命に危険が及ぶかと言う事は大体理解している。だから、今回予定より遅れたのは、恐らくその三頭もの桜竜の激戦によるものだと、容易に予測が出来た。だからこそ、ハンターとしての修羅場を乗り越えて来たテンブラーを、決して罵る事はしなかった。
「あ……あぁ、そうだぜ。大変だったんだぜ。あ、そうそう、村長、この人達があんたらを例のテンペストシティまで運んでってくれっから、後は荷台ん中でダラダラしていいんだぜ」
余計な事で時間を使ってしまった事をハンターの持つ事情のおかげでとりあえず自動的に誤魔化せたであろう、その様子にテンブラーは焦るように苦笑を浮かべる。
「こんなわしらの為にここまで準備してくれるとは……何とお礼を言えば……」
村長は、自分達の為にわざわざ遠方の街への移住の契約をしてくれ、尚且つ自分達の足だけで行くのは大変だろうと、わざわざ荷竜車まで用意してくれたテンブラーに、溢れんばかりの感謝の気持ちを伝えようとした。
「別に気にすんなって。ハンターってのはそう言う仕事だから。そんじゃ、おっちゃん、この人達、テンペストシティまで運んでってくれよ」
「ああ、任せといてくれ」
テンブラーは、自分の背後にいる村長や、村人、そして居合わせていたハンター達を右親指で差しながら、竜主に改めて頼み込む。
竜主は一言言うと、早速と言わんばかりに他の竜主達に合図を送り、そして荷台の後部にある入口を開き、そして荷物や人間が内部に入れるように、板を下ろす。
「あ、あのさぁ! 俺達は一応アーカサスの方行くってのは、分かってるよね?」
「そりゃあさっき聞いたから分かってるが、なんか言いた気な感じだなぁ、何が言いたいんだ?」
突然アビスが何を言いたいのか分からないような事を焦るような感じでテンブラーに喋りかけるが、それは案の定、テンブラーには詳しくは伝わらず、逆にもう少し具体的に言うようにアビスに言い返す。
「あ、えっと、その、なんっつうのかなぁ……俺達の竜車……ってのはまさか……無いよね?」
アビスはどこか、やや申し訳無さそうな気持ちで、歯切れの悪い話し方で、テンブラーに聞こうとする。
元々アビスやスキッドは村人達とは向かう方向も、目的も違う言わば外部的な存在である。いくらテンブラーとは言え、余聞な準備をしていると言う事はほぼ期待出来ないであろう。
「そうだなぁ、こっちも最低限の分しか頼んでなかったからこっからは自分でアーカサス行かないと無理じゃねぇか? 野宿する覚悟持ってもらわんとな」
夕方近くまで村から歩いてきたとは言え、アーカサスまでの距離はまだまだと言う所である。重たい荷物を乗せたリヤカーを引っぱっていれば、自ずと疲労が溜まり、そして、夜と言う時間帯になれば睡魔までもが襲ってくる。しかし、寝床は宿等の施設が付近に無い以上、外の世界で横になるしか無い。
ほぼ予想通りの結果がテンブラーから発表される。
「自分で行けって……。さっき自力で行ったら何日もかかるとか言ってたじゃんかよぉ」
さきほどテンブラーからは人間の足だけでアーカサスの街に行くのは不可能、と言う訳では無いにしろ、何日もかかってしまい、体力的にも辛いものが出てしまう。
なのに、突然になってその肉体的疲労の事を払拭するかのように荷竜車無しでアーカサスの街に行かなければいけない可能性がある事を発言したテンブラーだ。そんな態度に、スキッドは言い返そうとする。
「まあそんなに熱くなるなって。ひょっとしたら余るって事もあっから、それに賭けてみたらどうだ?」
しかし、荷竜車は結構な量である。恐らくは、1台ぐらいは使わなくても済む、と言うある意味幸運的な事が訪れるかもしれないと言うその期待を、テンブラーはスキッドに与えようとする。
*** ***
しばらくの間、村人達は自分達の荷物を荷竜車に積む作業に力を入れた。村人達も何時間も歩いていた事により、結構な疲れが溜まっていたが、竜主達の力もあった為、村人達は何とか自分達の荷物を全て乗せられた。
「よし、これで全部終わりだな。さて、スキッドよ、幸運の神様はお前に微笑んでくれたか、それとも見放したか、チェックしてくっから、そこで待ってな」
荷物を積む作業を蚊帳の外として見ていた四人の内の一人であるテンブラーは、スキッドに先ほどの希望が叶ったかどうかを確かめるべく、竜主達の所へと足を運んでいく。
「いやぁ、どうなんだろ……。ちゃんと竜車って奴、余っててくれたんかなぁ……」
テンブラーの後姿をダラダラと眺めながら、スキッドは希望が叶ったかどうかを両手を後頭部に回しながら、呟く。
「いや余っててくれなかったら俺達もうやばいじゃん。あんなの引きながら何日も歩くとか無理だよ! だって、バハンナまで行く時だってメッチャ疲れた訳だし」
もし余っていなかったら、アビスにとっては事態は最悪の方向へと移るようである。船から降りた後、アビスは自力でバハンナの村までリヤカーを引っ張りながら歩いたのだが、それは一、二時間程度のものであり、時間的には日単位と言う問題では無い。
時間単位でさえ相当な疲労を強いられたと言うのに、もしこれが日単位に変貌したとしたら、その疲労もただでは済まないものになるだろう。アビスにとっては、それだけは何としても避けたかった。
「アビス、引きながらってのは?」
そのアビスの何か荷物を持っているであろうと言うその台詞を聞き、ミレイはアビスにそれが一体何かを訪ねる。
「ああ、それね、俺達さぁ、アーカサスに引っ越す訳だったから、荷物、ってかリヤカー引っぱってここまで、ってかバハンナの村まで来てた訳だから、その竜車、だっけ? それが無いとさぁ、死ぬ思いするんだよね……」
アビスは指を回したり、差したりするような動作をしながら、バハンナの村までの経緯を話し、そして後半、額に右手を当てながら難しい顔をする。
「あぁ、そっかぁ……。リヤカーってのがあるんだぁ……。じゃああたしの後ろに乗って真っ直ぐアーカサスにってのは無理かぁ……」
リヤカーと言う、ある意味障害とも言えるその存在のせいで、ミレイの考えていた移動手段が使えなくなり、少し溜息を吐く。
「後ろに乗るってのは?」
ミレイの、その何か乗り物に乗ってきたであろう、それを暗示させるような発言に、アビスは、単純に、聞いた。
「あたしさぁ、ここまで青鳥竜に乗って来たのよ。でもあの小さい身体じゃあリヤカーまで引いてもらうってのは無理だから結局は自分で引くしか……無いかな」
ミレイはバハンナの村付近まで来るまでの経緯を話したが、青鳥竜は人は乗せれても、リヤカーまでは引けるほどの力を持っているとは思えない。リヤカーを無視さえすれば三人で青鳥竜に乗ってそのまま目的地まで行けるかもしれないが、リヤカーを無視する訳にも行かず、やはり、結局は自分の足で行くしか無いのだろうと、半ば諦めたように、下を向く。
「青鳥竜? 青鳥竜に乗れんの? マジ? お前ちょっと凄くね!?」
「いやいや違う違う! その青鳥竜はちゃんと人が乗れるように調教された奴なのよ! ってかそれ借り物だから!」
通常青鳥竜と言うのは、人間にその鋭い牙や爪を向ける凶暴な肉食の鳥竜である。アビスにとってはそんな凶暴な鳥竜の背中に乗ると言う無謀とも言える行為が理解出来ないのである。
それに驚くアビスを止めるようにミレイはアビスに負けないくらい声を荒げて、そして両手を目の前で振りながら、その青鳥竜は特殊である事を何とか伝える。
「なんだぁ、青鳥竜、乗れねぇのかよぉ……リヤカーのせいで。リヤカーなんか無けりゃあ乗れたってんのになぁ……。あぁあ〜、今まで一回も体感した事無い女の子の真後ろに何かに乗るってシチュエーションに出くわした事無かったってんのに……」
スキッドはリヤカーを怨みながら、彼にとっては夢とも言えるものであり、同時に他者から見ればやや下品とも言えるような、少し嫌らしい事を残念そうな顔をしながら軽く口走る。
「何よそれ……。なんかそれ聞いたら絶対乗せてやらないって気持ちになっちゃったんだけど」
「いいぜ別に。どうせリヤカーのせいで乗れねぇんだし……はぁ〜」
スキッドの変な発言のせいで、ミレイは少し機嫌を悪くし、何があっても絶対に自分の後ろにはスキッドを置かないと、決心する。
一方スキッドの方は、リヤカーと言う障害物のせいで、その妄想とも言える欲望が確実に叶わないと知り、ミレイから突き放されたような台詞をぶつけられても特にそれに動じる事無く、樹に寄りかかりながら、表情を暗くする。
「お前そこで溜息かよ。随分変な事ばっか考えるよなぁ」
「うっせぇよ」
アビスにその妙な場面で溜息を吐く様子を言われ、スキッドは一言キッパリと、アビスを黙らせる。
――――――