アビス達三人が眠りについている間も、荷竜車はその動きを止める事無く目的地まで走り続け、徐々にその距離は縮まっていく。

 やがて、地平線の彼方に沈んでいた太陽もようやくうっすらとその姿を表し、そして大地に光を灯していく。

 それは、時期に朝が訪れると言う前触れでもあり、人間達は再び、ここから忙しく動き始めるのである。



「ふわぁ〜……あ、もう朝か……」

 荷竜車の荷台にいる三人の中で一番最初に目を覚ましたのはミレイだ。壁に止しかかり、膝を抱きながら寝ていたミレイは、荷台に差し込む太陽光の温もり、そして朝風の涼しさで眠気から解放されたのである。

 恐らくは誰も見てはいないだろうが、勝手に迫ってきた欠伸によって大きく開いてしまった白い歯を覗かせた口を右手で隠し、そして寝惚け眼を軽く擦りながら光に照らされた大地に目をやる。

 無論、アビス達はだらしなく体を伸ばしながら寝ているが、今はまだ早朝だ。まだ起こす必要は無いだろうと思い、ミレイは太陽光に一瞬眩しそうに目を細めるも、すぐにそれに慣れ、そして荷台から降りて前方の草食竜を操作している竜主の所へと足を運ぶ。

 荷竜車は常に動いている為、一瞬置いて行かれそうになったが、持ち前のハンターとしての体力ですぐに竜主の座っている荷竜車の最前部に追いつき、そして竜主と隣り合うような位置取りで、既に手綱を引いて草食竜を操作している竜主に一言、少女は言った。



「あの! おはようございます!」

「ん? ああ、君か。って走りながらだと疲れるだろ? こっちに来たらどうだ? 今速度落としてやるから」

 突然横から少女の挨拶が聞こえ、特に驚く素振りも見せず、普通に右に顔を向けると、そこには、緑色の髪をした少女が駆け足を維持しながら竜主を見ていたのである。朝だから挨拶をしなければいけないと言う気持ちがあったのかもしれないが、流石に走らせっぱなしだと少女に悪いと思ったのか、竜主は草食竜の速度を手綱を引く事によって落とし、手で自分の隣に座るように合図を送る。



「あ、はい!」

 ミレイ本人も自分の行動に少し妙だと思われる箇所がある事を思いながら、速度の落ちた荷竜車の側面に備わった鉄製の梯子に手をかけ、そして登り、竜主の右側に座る。

「まだ朝っぱらだろ? まだ寝てても良かったんだぜ。まだ到着まで時間かかんだからよ」

 長年草食竜を操ってきたであろう、その逞しい筋肉、そして壮年を思わせるような顎鬚、そして男と言うその雰囲気に相応しいような低く掠れたような声。その姿がミレイの目に映る。



「いえいえ、折角運んで下さっているって言うのにのんびり寝てなんていられないですよ。でも、もうすぐなんですよね、アーカサス」

 隣から話し掛けてくる竜主の男から見れば、こんな早朝に少女が起きてくるなんて少しだけ珍しい事として見えていた。恐らくは前日の戦いで疲れているであろう、その体をもう少し休めていてはどうかと勧めるも、少女は目的地まで自分達をわざわざ送ってくれている竜主の男のすぐ後ろで寛いでばかりいる訳にはいかないと、折角起きたのだから一人で暇を押し殺しながら草食竜を操っているであろう竜主の所へと赴いたのだ。

 そして、少女はもうすぐ到着するであろうハンター達にとっては聖地とも言える巨大街を思い浮かべる。

「ああ、そうだよな。あそこはハンター達が自分達の力を試すには充分過ぎるとこだ。あそこで仲間を作って友情を築いたり、強力な飛竜を倒して莫大な富を手に入れたり、ハンター達の夢が叶うある意味天国みたいなとこだよな。所で、お嬢ちゃんもハンターだったな」

 ふと男は、少女のそのハンターとはやや思い難いその細い体を見るなり、そう言えば一応この少女もハンターとして動いていたと、改めて思い知った。



「はい、そうですけど、何かありましたか?」

 突然今更のように聞いて来たその男の質問に、少女は一体何を聞きたいのだろうかと、疑問に感じた。

「ああ、君ってまだ若いのにハンターって言ういつ死ぬか分かんないようなそんな危なっかしい仕事してんだなぁって思ってさ」

 見た目はまだ子供をようやく卒業し、大人のまだ一歩前とも言えるような体格と容姿の少女だ。今はハンターの生命線とも言える防具を一切身に付けておらず、前述の外見的な身体的特徴からとてもハンター業には相応しくないようにも見える。

 男のイメージとしては、ハンターとして生きていくならば、それに相応しい筋肉質な体格、そして周囲の人間が少しでも恐怖を覚える方が丁度良いくらいの、どこか威圧的で、睨みつければ一般人ならば逃げ出してしまうような顔付きを連想させるものである。当然、男女問わず。



 だが、隣の少女の外観は、男のイメージから懸け離れたものだった。恐らくは身軽ではあるがろうが、強く抱きしめられれば砕けそうと言うほどでも無いにしろ、華奢な体格に、そして、睨みつける等の相手に威圧感を与える時の顔が想像出来ないような、とは言え、その瞳にはどこか強さを感じられるものの、少女と言うそのやや幼い十台半ばの歳に相応しいような、可愛らしい容姿。とてもハンター業としては常識外れなスタンスである。



「やっぱりそう思いますかぁ……。いや、分かりますよ。実際あんな飛竜とかに立ち向かうって凄い怖い事ですし、下手したら大怪我とか、最悪死んじゃったりもしますからね。親からも反対されてたんですけどあたし強引に押し切ったんですよ、ホント大変だったんですけど……」

 ミレイは相手のその反応が当たり前のものであるかのように頷いた。飛竜と言う人間の何倍もの力を誇る存在に立ち向かうと言う事は恐ろしい以外の何物でも無く、我が子を失いたくないと、その親も反対をするのは無理も無い事だ。

 だが、ミレイはそんな親からの反対もものともせずに、ハンターになったのである。

「なるほど、やっぱり親もそう言うかぁ。所で、なんでお嬢ちゃんはハンターになろうって思ったんだ? それと、両親もハンターだったのか?」

 男は、ミレイのハンターを夢見た理由を聞こうとする。



「はい、えっとですねぇ……んと、あ、因みにあたしの親はハンターでは無いですね。それと、なった理由ですけど、やっぱり自分の身はちゃんと自分で守れるようになりたい! ってそう思ってたんですよ。ただ守られるんじゃなくて、自分も含めて人も守れるようになりたいって言うか……兎に角強くなりたい! って意味でハンターになったんですよ」

 突然の質問に最初は途惑いを覚えるも、ミレイの心の中にはきちんとハンターを夢見た理由が残っており、それをやや歯切れが悪いものの、結果的にどうしてハンターを夢見たかを後半、纏めるようにして言い切った。

「強くなりたい……かぁ。それもなかなかいいんじゃないか? 実際ハンターに助けられたりなんかしたら、絶対そのハンターがカッコイイとか、そう言う憧れる気持ちって言うのかな、そう言う事、感じてもおかしくないもんな」

 ハンターを夢見るきっかけは人それぞれであるだろうが、そのミレイの話を聞いていると、男はなんだかその少女がまだハンターでない頃に助けてもらったのでは無いかと言う予想が頭に過り、その老年の顔を少女に向けて言う。



「あぁ、あたしの場合はちょっと違うんですよぉ。ハンターに助けてもらったから自分も……じゃなくて、なんだか平凡な暮らしがちょっとつまらない感じになって、それでちょっと刺激の走る世界に入ってみたいなぁって、そう思ってまして」

 どうやらミレイはモンスターとの関わりの無い平和的な仕事よりも、相手との駆け引きが未来を変えるとも言えるその燃えるような世界に憧れていたようだ。自分の力を試したい、相手よりも自分が勝っている事を証明したい、仲間と共に戦いを通じて何かを築きたい、等を求めているのだ。

「って随分変わったきっかけだなぁ……。それじゃあ親も反対すんだろうよぉ……」

 誰かの為に戦うとかでは無く、なんだか単に楽しみたいからと言うようなその言い方に、やや苦笑いを浮かべながら、ミレイの両親がそれを反対する理由を納得する。幾らなんでもハンターの倍以上の力を持つ飛竜相手に遊戯的な気持ちで挑もうと思う者はそう多くないだろう。



「あれ? ちょっと変な事言っちゃいましたかなぁ? 別に変な意味じゃあ無いんですよ! えっと、なんっつうか、仲間達と一緒に何か一つの凄く危ないって言うか緊張感あふれるって言うか、そう言う戦いを通じて信じあえるような、そんな関係を作りたいって、そう言うのに凄い憧れてまして、それと後なんだっけ、えっと……あ、そうだ、黒龍の迷信ってのがありますよね? 知ってますか?」

 自分の言い方に問題があった為に相手に少し変わった人間だと思われた事に少しだけ焦りを覚えたのか、ミレイは相手がしっかりと自分の意見に納得してもらえるように色々とカッコいい単語を並べ、そして、黒い伝説の龍の話を持ち出し、さっきまでは笑顔で話していたと言うのに黒い龍の話になった途端、どこか不安気とも言えるような、真剣な真顔に変わった。

「ああ、勿論だよ。確かえっと、巨大龍の絶命で、何とか……って言うわらべ歌にも使われてるってあれだろ? 何だか大量の飛竜を倒した真の勇者の前にだけ現れるって言う伝説の存在だったかな」

 竜主の男はハンターでは無いにしろ、ハンターの世界では非常に有名とも言える、その伝説の黒龍の謎の迷信は、ハンターとは無関係とまではいかないが、ハンターとは異なった世界にいる人間達にまで知れ渡っているものである。しかし、流石に竜主の男はそこまでハンターの世界には拘らない為なのか、その詳しい中身までは殆どうろ覚え状態だ。



「わらべ歌ですか? それ確か全部言うとなるとこんな感じですよ。『巨大龍が滅びた時、伝説は復活する』、ですね」

 ミレイはハンターとしては当たり前の知識であろう、そのわらべ歌を全部言い切った。

「おれはあんまりそう言う事分かんないんだけど、その黒龍の迷信とハンターになりたいって思った事とどんな関係があるんだ?」

 竜主はその黒龍がハンターになるきっかけとどんな因縁があるのか、それが今一分からなかった。



「ああ、そうですね、肝心なとこ言ってませんでしたよね……。えっとですね、その黒龍ってのはまあ、伝説と言えば伝説かもしれないんですけど、でも伝説ってのが生まれるって事は昔は実在してた……って意味でもあるじゃないですか、多分。ひょっとしたらいつかはそれが実際にこの世界にやってきて、して世界を滅ぼすとか、そんな事しでかすんじゃないかって、ちょっと凄い不安になる事もありまして……。だからそうならないようにあたしとか、仲間とかが力つけてそう言う伝説級のモンスター相手とも互角に戦えるようになりたいって……そう思ってたんです」

 伝説と呼ばれるだけあって、その謎の多い黒龍の力は恐らくは計り知れないものであろう。とは言うものの、その龍の外見やサイズ、攻撃手段等と言った情報は一切不明ではあるが、もし一般社会にその姿を現し、そして空を舞えばそれを見た人類は確実に恐怖に恐れ慄き、そして黒龍のその力が世界を滅ぼしてしまうかもしれない。



―― 一瞬、ミレイの頭の中で、非常に恐ろしい光景が浮かび上がってきた……――



 姿は見た事は無いが、黒龍だけあって、恐らく色は黒いであろう、まるで火竜を数倍大きくしたような龍がミレイの脳裏に浮かぶが、そんな龍が紫色の空に染まった空間を飛びまわり、その下で激しく炎上する街の中で悲鳴をあげながら逃げ惑う民間人に向かって炎を撒き散らし、次々と焼死体を築き上げている様子が、ミレイに対して恐怖を覚えさせる。

 ハンターとは竜を狩る生業である以上、いつかは竜の世界でも頂点に君臨するであろう伝説の存在に対して得物を向けなければならない時がやってくるかもしれない。伝説が現世に蘇った時、それを止められるのは、間違い無くハンター達だ。ミレイもいつかは世界の危機を守れるだけの力を持った強者の一人になりたいと、夢見ているのである。



「おお、なかなかカッコいい事言うんじゃないかお譲ちゃん。女の子なのによく頑張るもんだぁ」

 ようやく一度呆れたような顔をしてしまった竜主の男を納得させる事が為に、ミレイは長く、そしてある意味根性が必要とも言えるかもしれない、その伝説に立ち向かう為の度胸を現したその言い分を言い終わった後、軽く一息を吐く。

「そうですか? ちょっとカッコつけすぎかなぁって一瞬思ったんですけど……」

 男に褒められるも、自分がたった今言った事を考え直してみると少し過剰強調し過ぎた部分があったと、少し笑顔になりながら男のいない右側を見ながら、僅かに後悔の気持ちを浮かべる。



「いぃや、そんな事は無いぞ。やっぱり何事にも熱い志ってのが無ければ最後まで自分の気持ちを貫き通すのは無理だろう?」

 手綱の操作を止める事の無い男の意外な納得の台詞を受け取るミレイである。

「あぁそうですか!? そんな熱いなんて……ただ無理矢理なるほどぉって思われるように色々言ってみただけですよ。でもあたし、たまに思うんですよ。今のその黒龍の伝説とかもそうなんですけど、ハンター業って言うのはホントに仕事って感じのものなのかって……」

 一瞬声を高ぶらせながら、笑顔のままでただ自分が適当に言葉を並べていただけだとミレイは言った。その後、ハンターと言う生業に対する何か疑問のような事を話そうとするが、その口調はやや歯切れが悪かった。



「ん? ハンターが仕事かどうか……って、なんだそれ? ちょっと意味分かんないなぁ」

 ミレイが何を言いたいのか、今一理解出来ない竜主は、眉を歪めながら、首をかしげる。

「あぁ、えっとですね、なんて言うんでしょう……、えっと、ハンターってのは基本はギルドから頼まれたその飛竜関係のクエスト受け取ってそしていざ狩猟に出発! って感じなんですけど、よくよく考えたらあたし達ハンターってのはギルドの方から依頼されてるクエストしか受けれない訳で、勝手に飛竜を狩る、まあそう言うのを密猟って言うんですけど、そう言う事って禁止されてる訳じゃないですか」

 ミレイは話している途中で伝えたい事を頭で考えながら、ハンターの規則とでも言うべきか、それについて男に一度言う。



「まあ、知ってるぞ。確か生態系のバランスがどのこのって理由で勝手に狩猟でもされてバランスを崩されたらたまんないって理由で狩猟に対していちいちケチつけてるって言うあれだろ?」

 男はハンターでは無いが、ハンター達の行う狩猟に対するやや厳しいとも言える規則については、ある程度は理解していた。



 ハンターズギルドでは、常に飛竜を中心としたモンスターの管理を行っており、その個体数や生息地域等、それらの条件を全て踏まえた上でクエストとしてハンター達にその討伐を依頼する。

 生存数の管理を怠れば、生態系のバランスを大きく崩す事になってしまい、食物連鎖に従った餌を失ったモンスター達は、本来食すべきでは無い相手を食らう等、食物連鎖の関係が破壊される事により、特定の個体が絶滅してしまう等の環境的危機に陥ってしまう。

 クエストの管理としては、ランク制狩猟制限等によって未熟者のハンターの命を守る為と言う、ある意味での配慮と言う面もあるが、どちらかと言うと勝手気ままな狩猟による固体の絶滅による素材資源の消滅と言う損害に対する対策の方が大きいだろう。



「はい、所謂ルールってやつですよね。でもあたしよくよく考えてみたら、それってなんだか飛竜全般が完全にハンターズギルドの所有物であたし達ハンターがわざわざ頭下げて『どうか飛竜を討伐する権利をあたし達に分けて下さい』……って言ってるようなものですからね。元々飛竜ってあたし達の世界、って言い過ぎか……街とか襲ってんでもって簡単に破壊出来ちゃう力だって持ってるはずなのに、なんでわざわざギルド経由じゃなきゃダメなのかな〜ってたまに思う事あるんですよ……最近古龍の話もちらほら聞くって言いますし……」

 ミレイには一つ、狩猟に対するギルドのルールに何か違和感を覚えていた。元々飛竜とは、確かに生息地はある程度は限られてはいるものの、時として人を無差別に襲い、そして容赦無く殲滅する。考えてみればそれは一般社会にとっては確実な脅威だ。確かにその飛竜から取れる甲殻や爪は非常に貴重な資源とも呼べるが、世界にそのまま存在を放置しておけば、いつかは確実に人間達は襲われる時がやってくるであろう。

 なぜそのような驚異を与える存在を完全には絶滅させてはいけないのか、ミレイにはハンターズギルドの考えがどうしても理解出来ないでいるのだ。

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