「確かに飛竜は怖いよなぁ。特におれみたいななんも戦う力持たない奴が襲われちまったらもう一巻の終わりだしな。でもなんだ? そのこ……りゅう……ってのは。聞いた事無いなぁ」

 竜主は自分自身が突然飛竜、頭に浮かんだのは飛竜の中でも特に有名とされる火竜であるが、その赤い火竜に上空から襲われ、恐れ慄いている所を上空から引き裂かれてしまう様子を思い浮かべ、少し眉を上下に動かしながら、肘を太腿に落して顎を手の甲に載せながら軽く笑う。そして、その後に聞きなれない言葉を聞き、少女に訊ねる。

「古龍です。太古の時代からの龍、とでも言うんでしょうか? 確か風を纏うとか、火を纏うとか、姿を消すとか……なんか今の技術じゃあとても解明出来そうにない特殊能力みたいなのを持った趣味の悪いモンスター達ですね。あたしも詳しくは分かんないんですけど、そんな連中が街とかに現れたら、さっきの黒龍の時もちょっと話したと思いますけど、ホントに世界の終わりを感じると……思うんですよ……」

 ミレイはつい最近になって報告された古龍と言う、今までの飛竜には持たない、天災とまで表現されるほどの現代科学では証明出来ない力を持った謎の存在を黒龍と関連して思い出すと、ミレイの表情は再び暗いものへと変わる。



「黒龍と古龍かぁ……。なんだかハンター達も忙しくなった……っつうより更に命の危険大きくなったもんだなぁ」

 竜主は、横目で暗くなったミレイの表情を見ると、その二種類の龍が、今までの飛竜よりいかに強大な力を秘めているかを想像させられ、ハンターでは無い竜主にとってはどうしようも無い事ではあるが、無責任に近い事を口に出す。

「はい、確かに大変です、それは」

 ミレイはそれに対してその暗い表情を崩さず、感情を読み取れないような暗さすら感じ取れる声で返答する。



「あ、悪いな……変な事言っちまったか……」

 男は頭に手を載せながら自分の口走ってしまった内容に反省を覚えるが、

「いえいえいえいえ! そんな事無いですよ! そんなに気になさらないで下さいよ! でもやっぱり、それだけ恐ろしい力持った連中が現れてるって言うのに、まだ仕事って言う概念のままで済ませてていいのかなぁって……やっぱり思いますね」

 ミレイは一度男のその気まずそうな顔を取り消してあげようと、暗くしていた顔に笑みを満たし、男を宥めた後、再び二種類のおぞましい力を持った龍を思い浮かべ、今まさに世界に危機が迫っているであろうこの時に、未だにギルドを経由しての狩猟と言う、明らかに仕事の一種としか見られないようなその扱いに対してはやはり違和感を外せずにいる。

 どうせならば、好きなように狩猟してもいいようにしてしまえばいいのでは無いかと、やや自己中心的とも言える事をミレイは考える。



「おいおい、そんな暗い顔すんなって。あ、そうそう、おれにも一人息子がいるんだよ、お譲ちゃんの方がちょっと年下ってぐらいの」

 竜主は少女の顔が再び暗くなるのを見てしまい、このまま世界の破滅に関わるような話を続けていては折角のムードが崩れてしまうと思い、咄嗟に自分の息子の話題を少女に投げかける。

「息子さん、いるんですか?」

 竜主の気遣いをしっかりと察知したミレイは、突然話題を変えだした事に対してしつこい言及はせず、普通にその空気に乗る。



「あぁ、そいつも昔は俺はハンターになってやるぅ! とか最初の内は偉そうな事言ってたんだけど、ある日な、実際に飛竜見てその途端に怖気づいてそれからだ。ハンターなんかあっさり辞めちまって商人なんかに転職しやがったよ」

 竜主の男は、どこか空しく、そして呆れたような顔をしながら、息子の転職の話をミレイに聞かせた。

「いや分かりますよ……。あたしも最初は飛竜、そうですねぇ、一番最弱って言われてる怪鳥でさえホントに怖かったですね……。でももう今はだからどうしたの? 的な感じですけどね」

 恐らくは誰でも経験するであろう、自分よりも数倍もの体格を誇る飛竜を初めて目にすれば、その力の差が視覚から取り入れられる先入観によって、本当にこれだけの竜を倒せるのだろうかと言う不安と恐怖に襲われ、後ずさりたくなるであろう。ミレイもまだハンターになったばかりの頃を思い出すと、怪鳥である怪鳥相手に酷く体を震わせていたものだ。その当時は片手剣使いであった為、近づく度にいつ攻撃されるか分からない恐怖は、今も忘れられない。

 因みに、その近づく行為そのものの恐怖のせいで、ミレイは主に扱う武器を片手剣から弓に変えたのである。



「やっぱ怖がりなとこもあんだなぁ! やっぱまだまだ心は女の子のままって訳かぁ! はっはっは!」

 恐れる気持ちに男女関係無いかもしれないが、竜主から見れば、少女と言えばか弱いと言う印象を心に定着させている為に、その怖かったと言う話を聞くなり、やはり男女の差別をしてしまいたくなるものである。

 ミレイのそのまだまだ丈夫に育っていないであろう精神に対して大笑いをしてしまう。

「そんな言い方されたらちょっとなんか変な感じになるんですが……」

 ミレイはやや漠然とした言葉で、男に向かってやや低くしたような声で否定を投げかける。



(そう言えばアビスとスキッドってなんでハンターになったんだろ?)

 ふとミレイは、アビスやスキッドはどうしてハンターと言う命をかけた戦いに赴く職業についたのか思うも、今は本人達はその場にはいないし、それに今はまだ熟睡中であろう。多少動機に対しては聞きたいと言う気持ちは出てくるも、いつかゆっくり話せる機会を見つけて聞いてみようと考え、徐々に太陽が上がっていく青く澄んだ空を見上げる。



*** ***



「よし、そろそろだな。見えるだろ? あのなんか聳え立つって言うか、そんな防壁が」

 竜主とミレイが話している間にどれくらいの時間が経ったのだろうか。いつの間にか太陽はその全体を地平線から表わし、陸地を明るく照らし、その日の始まりを告げている。



「あれ、結構早かったですね、あたし達結構喋ってましたからね」

「おかげでこっちも暇が潰れて良かったよ。それより、そろそろお友達、起こした方がいいんじゃないか?」

 竜主は普段は孤独とも言える状態で草食竜を操り、そして乗客からはただ代金を貰ってそしてそのまま行かれてしまう。その為、いつもは特に話し相手がいない事に対する抵抗を覚えていた。時間の感じ方も半端では無く、ストレスが続く毎日だった。

 だが、今回は話し相手がいたのである。それにより、感覚的に時間の経過が早く感じる事により、その時間のストレスは全く感じなかったのである。

 そして男は、自分の背後、荷台に右親指を差しながら、ミレイに起こすように頼みこむ。



「あぁはい、じゃあ今行ってきます!」

 ミレイは立ち上がり、梯子に一度足をかけた後、そのまま一気に地面に飛び降り、そして動き続けている荷竜車の荷台に手をかけ、そしてそのまま内部にその体を飛びこませる。

「あぁりゃりゃ……やっぱまだお休み中なのね」

 ミレイは目の前に映る、未だに起きる気配の全く無い横たわる二人を見て額に右手を当ててその青い瞳を細める。



「もうすぐなんだから……ほら、アビス、起きて」

 ミレイは時期に到着するであろうアーカサスを思い浮かべながらまずはアビスを起こそうと、荷台に積まれた家具の上で仰向けになって寝ているアビスの横に立ってやや強くゆするが、一向に起きる気配は無い。

「こいつはねぼ助か……。まいいや、じゃあスキッド、あんたならちゃんと起きてくれるわね?」

 呆れたように溜息をついた後、今度は家具に座って壁によしかかるような体勢で寝ているスキッドに近寄り、彼こそは普通に起きてくれるであろうと、根拠の無い期待を寄せながら、アビスの時と同じようにゆする。

 だが、結局起きる様子は見せない。諦めまいと、ミレイは再びゆすり、何とか起こそうと努力する。



「あのさぁ、頼むから起きて! もうアーカサスの街は近くなの! いかげん起きて!」

 ミレイは昨日散々しつこく自分に纏わりつくような言動を色々と仕掛けてきたスキッドに多少の仕返しでもしてやろうと、無理矢理にでも起こそうと思ったのか、その上半身が立っている体勢から、やや強引な起こし方を思いついたのだろう、胸倉をやや乱暴に掴み、そしてその状態で頭を乱暴に揺さぶった。

「……んぁ……なん……お前か……煩い……馬鹿……」

 頭を揺らされて目を一瞬覚ましたスキッドだが、寝ぼけた途切れ途切れな台詞を言い切った後、折角の睡眠の邪魔をしたミレイの頭を一発叩いて、そのまま再び座り込んで目を閉じる。



「ってあんった、何すんのよ! 起きろっつうの!」

 ミレイは半ば義務的な立場で起こしたと言うのに、いきなり訳も分からないまま頭を相当弱い部類に入る力とは言え、叩かれた事に対して何だか苛々し出し、スキッドの胸倉を再び掴み、遂に軽く声を荒げながらスキッドを無理矢理立たせる。

「ってうわぁわわわっ! お前なんだよ! いきなりキレやがって……」

 そのトーンの高さから来る可愛らしさも多少残しながらも思わず僅かに恐れて下がりたくなるような荒い声を聞いてスキッドはその半分眠っていた目を完全に覚醒させ、そしてミレイを恐れたのか、数歩下がる。両手を差し出しながら。



「全く……ねぼ助ってほんと疲れる……。朝から大きい声出させないでよ、ったく……」

 少しやり過ぎたかと、ミレイは少しばかり反省しながら、スキッドに小さい声を投げかける。因みに、アビスは結構な音量が流れたのにも関わらず、全く起きる気配は無い。

「まあ、でもおれもおかげで目覚めたから、いいんじゃね!?」

 スキッドは両腕を思いっきり伸ばしながらミレイのそのやや怖い起こし方に感謝でもするかのように言った。スキッドは完全に開き直っているのである。



「いや、あれはもうやめるわ。だって、疲れるもん」

 ミレイは今のせいで少し喉を痛めた為に、もうあれだけの声は出さないと断言する。そして、今度はアビスを起こそうと、アビスの元へと足を動かす。



「じゃあ今度はアビス起こしてくる」

「おう、頑張ってくれっ……っとっと!!」

 スキッドも手伝おうと思ったのか、それとも単に荷台の出口近くに行きたかっただけなのか、傍らに置いてある鍔のついた帽子をかぶった後、ミレイの後ろをついていくのだが、途中、隅に置いてある家具の出っ張りに足を引っ掛け、そのままバランスを崩してしまう。

「痛っ!!」

 ただバランスを崩しただけなら良かったかもしれない。だが、崩した先が非常に不味かった。スキッドよりやや身長の低いミレイの後頭部にスキッドの額が一度直撃、そしてさらに追い討ちをかけるかのようにそのままスキッドは支えを掴む余裕も与えられず、そのままミレイの背中に反射的に手が行き、そのまま前のめりに倒れ、そしてミレイはスキッドにのしかかられるように、或いは押されるように一緒に前身から地面に叩きつけられる。

 同時に木造の地面にやや鈍いような音が響き渡る。スキッドはミレイをクッション代わりにして倒れたからいいとしてミレイはクッション等と言う小細工は一切無しで、おまけにスキッドの体重も重なって地面に倒されたのだから、被害量としてはミレイの方が数倍上だ。



「いぃやっ、最悪だなマジ」

 うつ伏せに倒れながら、痛みで未だ体を硬直させているミレイの背中に平然と左手を当てて上半身を起こすスキッドは先ほど爪先に加わった違和感を怨みながら、頭を右手で押さえている。別に頭を打った訳では無いが、やり場の無い状況に勝手に手がそこへ行っただけだ。

 今のスキッドに出来る事は、ミレイの心配よりも、自分自身の心配だった。

「……あのさぁ、最悪なのはこっちなんだけど」

 最悪だと口に出しながら、ミレイの両足を跨ぐように座り続けているスキッドを睨みつけ、そして、スキッドに乗られている足をまるで乱暴に引き抜くように動かし、スキッドを強引にどかす。

 そして立ち上がり、非常に機嫌が悪そうな、そして怒りも多少見せたような顔をしながらスキッドと向かい合わせになる。



「ってかさぁ、あんたあたしになんか恨みでもあるわけ? さっきから叩いてきたり頭突きしてきたりのしかかってきたり、ってまだ痛っ……」

 先ほどの怒鳴り声ほどでは無いにしろ、その真顔で目を細めたミレイの顔には、どこかうっすらと怒りの様子が見て取れる。先ほどの頭突きの際の痛みに一瞬顔を歪め、そして両目も一瞬強く瞑りながら右手で押さえるが、スキッドに近寄る行為を止めようとはしない。

「いやいやいやいや恨みなんてある訳ねだろ? さっきのは事故だよ事故! お前みたいな可愛いにそんな事思う訳ねだろ!? な?」

 徐々に近寄ってくるミレイから何とか逃げようと、後退るスキッドだが、スキッドの膝程度の高さの家具に後膝部をぶつけ、そのまま倒れるように座り込む。もう後ろには下がれない。



「何こんな時に誉め言葉並べてんのよ。ってかまだ痛……いんだけど、頭」

 スキッドの言動に呆れながら、未だに痛みの治まらない後頭部を右手でさする。よほどあの衝撃が強かったのか、青い瞳には非常にうっすらではあるが、スキッドから見れば涙が浮かんでいるようにも見えた。

「あぁいやいやそれは悪い! 悪い! マジ! ってかさぁ、ただ起こすってだけでこんな騒動やめよ!? なっ? 下らねぇだろ? そんなちっちぇえ事でよぉ」

 頭突きした事をやや馴れ馴れしい態度で左手でまるでミレイの動きを止めるように差し出しながら謝るスキッドは、半ば開き直るかのように、今回の騒動を何とかやめてもらうように頼み込もうとする。



「何が下らないのよ、元々言えばあんたがあたしの事叩いてきたからこんな事になったんじゃないんだっけ?」

 ミレイは二回目起こそうとした時に叩かれた事を根に持っていたらしい。その時に機嫌を悪くしたと言うのに更にその後には頭突きとのしかかりのダブルアタックだ。その不機嫌ぶりはほぼ頂点にまで達してしまっていてもおかしくは無い。

「まああれはちょっとおれが寝惚けてたからだっつうの、多分……。まあ兎に角そんな過去に縛られてもなんもいい事無いんだぜ、この世界。だから未来に向かってこれからも頑張ってこうじゃんか!」

 スキッドは最初こそは謝罪の気持ちで頭を縦に微少に振りながら詫びるものの、後半になるとどこか哲学的な、そしてバカらしい台詞を垂れ始め、開き直るように勢い良く立ち上がり、ミレイの肩を叩く。



「あんたが言う台詞じゃないと思うんだけど!?」

 謝っているのか、別にどうでもいい事だと思っているのか分からないような素振りを見せるスキッドに、ミレイは呆れも混ざった怒った声でスキッドに言うが、その短い騒動によって、ようやくただ一人、この騒動に参加していない少年が覚醒する。

「あぁあ〜……良く寝た……。あれ? 二人とも……何してんの?」

 大欠伸をかきながら、そして寝惚けた目を擦りながら上体を起こして何やら騒がしい自分の後ろに視線を向けるアビス。そこには壁際に立っているスキッドと、まるでスキッドを追い詰めているようにも見えるミレイの姿が映っていた。



「おおアビスかぁ! ちょっと何とかしてくれ! おれ今襲われてる……」

 壁際に追い詰められたままのスキッドは、まるでモンスターに牙を向けられているかのような口調で、アビスに助けを求めようとする。

「あのさぁ、あたし飛竜じゃないんだけど、そんな怪物呼ばわりしないでくれる?」

 スキッドから見れば今のミレイは恐らく怖い存在として見られているのだろうが、その大げさな例えがミレイを軽く苦笑いさせる。



「なんだか良く分かんないけど……やめたら?」

 アビスは欠伸をしながら、一体何しているのかは分からないが、とりあえずスキッドが怖れているのだからやめるように言う。

「……そうね、もういいわ。なんかアビスの事見てたらもうこれ以上言い合ってるのが馬鹿馬鹿しくなってきた。兎に角スキッド、あんたももうその調子だとホントに完全に目覚めたわね?」

 アビスのそのだらしなく欠伸をしながら座っている様子を見たミレイは、その無気力な姿から、なんだかミレイ自身も力が抜けるような感じを覚え、スキッドをあっさりと解放する。



「ナイス……アビス」

 スキッドはミレイに解放する気持ちを与えてくれたアビス、恐らく本人は意識していた訳では無いだろうが、そんなアビスに小さい声で感謝の言葉を送る。最も、それはアビスに聞こえていたかどうかは分からないが。

「兎に角さぁ、二人とももう少しでアーカサスの街、到着するからそろそろ準備しといた方がいんじゃない?」

 アビスが目覚めて機嫌を直してくれたのだろうか、ミレイは先ほどまでの口調に含まれていた怒りと不満を打ち消し、どんどん近づきつつあるハンター達の聖地とも言える街を思い浮かべながら、完全に目覚めているスキッドと、油断していたら再び寝てしまいそうなアビスに、そう伝えた。



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