体勢が崩され、右の頬を顔をしかめてよろよろと立ち上がるが、その時、背後から恐ろしいほどの殺気が迫る。





――背後に映る巨人とでも言えるだけの身長を誇る大男――





――その圧倒的な迫力を直接見なくとも、背後から来る威圧感が、クリスの目を動揺させ、
まるで世界全体が暗くなったような雰囲気を与えこむ――





――しかし、黙ってはいられない。まず最初にやるべき事がある――





――しゃがんだままの状態で即座に背後へと振り向き……――





――右足が大きく持ち上げられ、クリス目掛けて容赦無く落とされる踵落としテラードロップ――





――それに備える為に、盾の備わった右腕を上に、両腕を交差させ、その非常に重たい足の一撃を受け止める!――





 片膝だけ立てた状態で何とか受け止め、人間の一撃とは言え、下手すれば飛竜の一撃にも相当する可能性のあるその威力に、一瞬強く目を瞑る。だが、この防具の強固性と、盾のおかげで重症は免れる。

 しゃがんで攻撃を受け止めたその状態で見えるヴィクターは、非常に巨大に見えた。額当ての奥の水色の目が今は恐怖の色からこれから強大な敵に立ち向かう勇敢の色にと変わっているのが分かる。

「なんだその目は。武器も無いくせにやりあうってのか?」

 今のクリスには剣は無い。盾はあるが、これは相手と戦う為の道具にはならない。叩き付ける攻撃もまず有効的では無い。





――確かに武器が無いと、戦うのは厳しい……。だが、武器が無くても、戦う手段は存在する……――





――それは……――





「当然よ!!」

 クリスは力を振り絞って乗っかっている右足を振り払い、今度はクリス自身の左足による回し蹴りがヴィクターの右横腹を狙う。

 少女自身の脚力か、それともグリーヴの硬度の影響か、横腹に命中されたヴィクターは軽く顔を顰めるも、すぐにヴィクターも反撃に走る。

「素手でやりあうか! 面白い!」

 ヴィクターは通常ならば、男達の外見的な威圧感から泣いて逃げ出してもおかしくないであろうこの状況でも決して怯む事の無い少女の威勢に関心しながら、右拳を顔面目掛けて飛ばす。





――クリスの頭と同等のサイズを誇るフィストが、弾丸のように、風を斬って襲ってくる!――





 だが、クリスの神経を持ってすれば、それを回避するのはほぼ容易に等しいらしく、即座に左に動き、その瞬発力で攻撃を回避。だが、さらにヴィクターの攻撃は迫る。





――今度は拳の反動を利用し、体を捻る。その後にやってきた贈り物は、左足による左回し蹴り――





 遠心力が備わり、命中すれば確実に一撃でノックダウンしてもおかしくは無いであろうそのとんでもない威力を持ったであろうその打擲ちょうちゃくをしゃがむ事によって回避、そして、蹴りには蹴りを、の精神か、クリスは利き足である左足による後ろ蹴りを自分よりも遥かに高い位置にあるであろう、ヴィクターの顔面目がけて飛ばす。

「やあぁ!!」





――身長差の都合で、ほぼその足は180°に近い角度で顔面を正確に狙う……――





――だが……相手も一流の戦士だと言う事は忘れてはならない。――

まさに、顔面に、赤いグリーヴがぶつかるその直前。
ヴィクターのその巨大な右手が迫る足を横掴みにし、
撃蹴と言う動作を封印する。





「!!」





――クリスの瞳孔が恐怖に慄き、先ほどまでの威勢がぶち壊される――



顔面にグリーヴの先端がぶつかる直前の状態を強引に維持されている。
ヴィクターの右手一本によって。

今は、大きく足が開いた状態で、少女の体の周囲に纏われている時が止められているかのように、
そのはしたない姿をヴィクターの目の前で、少女の意思とは関係無しに晒す破目となっている。





「それだけか? 女の割によくやるわ」

 ヴィクターは足を掴んだまま、決して卑俗な場所には目をやらず、間近で睨まれて怯えているであろう少女の顔を見ながら、勇敢であると同時に叶わぬ攻撃を無謀にも放った事に対し、素直に喜べない褒め言葉を与える。

「いや……やめて……! 離して……!」

 今は掴まれた足をなんとかしなければ相手にすんなりと次の一撃を許してしまう事となる。それだけは避けたい。だから、クリスは僅かに声を震わせながらも、左足に力を込めて引き離そうとするが、今は右足だけで何とか立っているような無理な体勢だ。力を上手く入れられず、全く解放される事は無い。

 歯を食いしばるが、まるで無意味だ。それ所か、ヴィクターは何も掴んでいない左腕の指をなるで波のように交互に折りながら、何かを企んでいるようにも見える。早急に離れなければ、サンドマンからの攻撃も有り得るかもしれない。

「サンドマン。ここはオレ一人でも充分だ。少し痛い目に遭わせてやらんとまた殴ってくるだろうからな」

 ヴィクターのそのサンドマンに与えた台詞は、ある意味ではクリスにとって、救いになるかもしれないものだった。ヴィクターはその直接致命傷に至らしめるような武器を今所持していない少女に対する余裕からか、サンドマンの協力、最も、サンドマン本人がそれに関与する気があるかどうかは不明だが、それを否定。

 だが、ヴィクターの左手は、指を折ったり開いたりと言う動作から、強く握ると言う動作に変わる。









――未だに動きを封印された少女クリス……――









――強く握られた巨人ヴィクターフィスト――









――その拳が意味するものは……――





(どうしよ……殴られる……!)





――このまま黙って殴られる? でも足は離されない――





――ここはやはり……一か八かの賭けに出るしか……――





――少女は決意する……。今自分が受けそうになっている行為を、逆に相手に渡すと言う……――





 クリスは下に下がっている右手の拳を強く握り締め、サンドマンの方へ顔が向き、クリスに対する注意がそれているヴィクターの顔に狙いをつける。それが危険な行為だと言う事は分かっていたが、今は実行するしか道は無い。

「でゃああ!!」

 クリスの握られた拳が、ヴィクターの右横顔目掛けて一直線に、身長差の関係で、斜めにと言うより、ほぼ上に飛ばすと言った感じで突き進む。





――その帷子で包まれたやや小さい拳がヴィクターに命中ヒットし……――



ヴィクターの顔は一瞬だけ痛みに歪むが、少女の足を拘束している手を解放させるに至らず。
クリスの力の入れ方が下手だったのか、ヴィクターの身体的な強度がまさっていたのか、
微動だにしなかったその顔に携えられた眼差しは、明らかに怒りに満ち始め……





「……いい度胸してるな……。ふん!!」

 ヴィクターは一度黙り込んだ後、少女の放った一撃がまるで完全に無意味だと言う事を示すような笑みを一瞬だけ浮かべ、そして……。





――巨漢の男ジャイアントに相応しい、巨大な拳がクリスの左頬目がけて飛ばされる!――





「きゃっ!!」

 自分の一撃でも微動だにしなかったヴィクターの拳が頬に直撃、悲鳴を上げ、そしてその圧倒的な威力で意識が一瞬混乱、そしてクリスを支えていた唯一の右足の力が抜ける。

 だが、ヴィクターは右手から少女の一部を離そうとはしない。それ所か……。

「オマケだ!! くたばれ!!」





――地面へと崩れる少女の体を、地面へと叩きつける……――



ほぼ全身が地面と密着するであろう、その絶望的な少女の意識空間。
だが、ヴィクターの太い右腕の束縛が、その地面との完全密着を許さない。

その束縛する右手は、少女の右足を使い、少女を一度ヴィクターの真上へと振り上げ、
そして、そのまま勢いを殺す事無く、一気に地面に向かって、背中から地面に投げおろし、
地面に激突させる寸前にその右手をようやく解放させる。

――ヴィクターの元々鬼のような人相が、更に恐ろしくなる!――

そして響く、少女の背中と地面がぶつかりあう鈍く、激しい音……






「がぁはっ!!」

 クリスのその薄れかけていた意識が、無理矢理呼び戻される。背中から地面に衝突し、顎は咄嗟に引いた為に頭部への直撃は免れたが、それでも先ほどの拳による打撃を遥かに超える力が背中へと加えられ、苦痛に満たされた悲鳴を上げさせられ、そして落下の衝撃で持ち上がっていた両足が、ゆっくりと地面へと落ち、やがてクリスはそのまま仰向けに動かなくなる。

「ヴィクター、お前やり過ぎじゃないのか?」

 遠くから見ていたサンドマンは、ゆっくりとヴィクターの方へと近寄りながら、今の暴行について、問うた。

「やり過ぎも何も、逆らう奴に対しては最初が肝心だからな。まだ息はあるようだし、ほっとけ」

 ヴィクターの目の前で痛みに苦しみながら、小さい呼吸を繰り返しているクリスを見下ろしながら、ヴィクターは鼻で笑う。

「流石に今のお前の攻撃程度で死ぬなんてありえんだろう。あれでも手、抜いてたんだろ?」

 サンドマンは今の非常に猛悪且つ暴戻なヴィクターの少女に対する仕打ちが、あれでも本気の攻撃では無いと言う事を読み、わざわざと言った感じでヴィクターに聞き質す。

 本当にヴィクターが力を抜いてクリスを叩き付けたのか、それとも渾身の力を込めたのかは分からないが、それでも被害者のクリスは意識を失うほどの打撃を受けた所から見ると、本気では無かったとしてもそれは恐ろしい光景だ。

「どうだろうな、それより、こいつら……」

「サンドマン様、ヴィクター様、準備が出来ました」

 ヴィクターが洞窟の空間内で倒れているクリス達を見渡しながら、クリスを地面に叩き落とした右腕を軽く回していると、ようやく荷台に木箱を全て積み終わった火竜の装備の男達の内の一人に準備の完了を伝えられた。

「思ったより早いな。……さて、サンドマン、そろそろ行くか。こいつらはもう捨ててくぞ」

 ヴィクターは荷台に積まれたいくつもの木箱、そして、火竜の装備の男達と、サンドマン、ヴィクター自身が乗るスペースを考えると、とてもでは無いが、実験台として扱う者達を乗せられる余裕は無いと考え、アビス達を諦めるように、サンドマンに言う。

「そうだな、別にこいつらに頼らなくても他にも材料は大量に転がってるだろうしな。それじゃ、ここを後にするか」

 サンドマンは別に実験台として持って帰る人間はアビス達、今ここにいる者達に絞る必要はまるで無く、どうせならば、もっと非力な一般人を利用しても何の差し支えも無い。それを感じたサンドマンは、今倒れているハンター達を捨て置くように荷台へと足を運ぶ。

 元々バウダーとダギはサンドマン達にとっての不法侵入、及び実験材料として連れて行かれる予定だったのかもしれないが、現在ほぼ無抵抗状態のハンター達を誰も連れて帰らないと言う事は、任務の過程で気が変わったのだろう。

(み……んな……ごめ……んね……)



――僅かに残された意識の中、クリスは男達が近くからいなくなるのを確認する。なんとか目を開き、非常に低い位置からその二人の足を眼中に入れ込む――



最後の希望であるはずであった自分があっさりと倒され、
罪悪感を覚え、口には出さず、心の世界で謝罪する。
決して少女クリスだけが悪い訳では無いと言うのに、連中達と分かり合う事も叶えられず、自分を責める。

最早逃がしてくれた事に対する感謝等、考えているほどの余裕は残されていなかった。





「よし、走らせろ!」

 サンドマン、そしてヴィクターは荷台に乗りこみ、サンドマンが合図を送る。

 倒れたままのクリスは、生気を失いかけた水色の瞳に敵二人以外の者の姿が入ってくるのに気付く。それは、クリスの前にやられてしまった仲間の姿。そう、ヴィクターの蹴りを受けたあの少年。





――アビスである。アビスが何とか痛みに耐えながら両手を使って上体を起こす様子をクリスは見逃さない――





――アビスに対し、クリスは違和感を覚える……――



倒れたまま、クリスは小さく呼吸しながら、辛そうに上体を起こすアビスを見つめる。
そして、今度は大猪を何とか目に入れる。視線だけを何とか動かして。





――大猪の位置、そしてアビスの位置……――





――距離関係に狂いが無ければ、アビスは確実に……――





 クリスは咄嗟にアビスが数秒後にどうなるか思い浮かべ、そして生気を消失しかけていた瞳に力を入れる。

 そして、激痛を必死で堪え、仰向けの体を素早くうつ伏せ状態に移し、ほぼ前屈みのような体勢で立ち上がり、アビスの場所へと、叫びながら疾走する。

「ア……ビ……アビス君! 危ない!」

 ほぼクリスの倒れていた場所へ前身を向けていたアビスは、何とか片方の膝を立てる体勢となるが、突然クリスが叫びながら自分の元へと走り寄ってくる事に対し、一体何が起きたのか理解出来ず、やや混乱を覚える。

「あ? え? なっ!?」

 クリスは走ると言う動作を全く止めず、アビスを刹那的に抱き抱えるように両腕で包み、そしてクリスの走っていた方向へと勢い良く飛び込んだ。





――アビスはこの時初めて自分が置かれていた危険な状況シチュエーションを理解する――



自分アビスを抱えて体を投げ出す少女クリス
その背後では、巨大な猪のようなモンスター、大猪が荷台を引きながら猛進する姿が映ったのだ。
アビスとクリスが宙にいる間に。
アビスがさっきまでいた場所は、その猛進進路の内部デッドスフィア……。

状況を理解出来ないアビスを、その状況の中では外部とも言える存在が助けてくれたのだ。
その存在も、先ほどの二撃によって、意識を失いかけていたと言うのに……。





 猛進による風を下半身に軽く受けながら、クリスは咄嗟に飛び込まれて状況を読めていないであろうアビスが背中から落下し、尚且つクリスの持つ重量で負担をかけてしまわぬよう、地面に体の側面がぶつかるよう、捩じった。

 アビスを決して離さぬよう、無意識の内に両腕に力が入り、アビスの顔面が甲殻で堅く守られているとは言え、胸元に押しつけてしまっていたが、アビスを助ける事に必死になっていたクリスには、そんな小さな羞恥心を感じる余裕等、いや、意識すら感じる暇は存在しなかった。

 アビスも、もしクリスの助けが無ければ確実に轢死れきしされ兼ねなかっただろうと言う過去の事に恐怖を覚え、目の前に広がる僅かな羞恥の世界、少女に抱き締められていると言う事実に赤面する余裕すら与えられる事は無かった。



*** ***



 サンドマンの爆風によって通路へと飛ばされたミレイはようやく痛みに何とか耐え抜き、そして起き上がるが、そこに余裕と言う時間が与えられる事は無かった。立ち上がった時には、既に大猪が目の前から迫っていたのだから。

「!」

 即座に素早く壁に背中を押しつけ、直撃は免れるも、目の前を高速で横切られた事により、大猪の獣らしいやや鼻に突っかかるような僅かながら嫌な臭いを乗せた風圧が全身にかかってくるが、それを気にする事無く弓を構えるが矢を射ろうとした際に、ミレイの脳裏にふとした事が浮かび、真剣な眼差し、そして緊張感を見せた額から頬に垂れる一滴の汗を携えた表情のままで、攻撃を躊躇った。

(足止めしても……逆にやられる……!)





――ミレイは、連中の恐ろしさを思い知ったのだ……――



サンドマンの最初の攻撃で意識を一時失っていた身なのだから、クリスほど理解はしていない。
だが、人間の攻撃、それは謎の兵器イラプションアームが原因とは言え、それによって
大打撃を負った身である。

本当に今のこの状態で戦って連中に勝てるのだろうか。
大猪を射抜き、止めた所で、内部の五人に勝利出来る保障も、捕えられる保障も無い。

逆に荷台を狙い、その中にいるメンバーを狙った所で、生き残った連中から怒りを買い、
返り討ちに遭う確率も極めて高い。

ミレイの予測としては、ここで大猪が動き出したと言う事は、
奥で戦っていた自分の仲間が敗れ去ったものだと察知。
単独で争っても、負けるのは目に見えている。
流石に再びあの爆風アタックを受けてはたまらない。

そして、気付くのである。逃げたのでは無い。逃げてくれたと言う事を。





 ミレイは諦め、連中の逃亡を素直に許し、体勢を立て直す道を選んだ。まずは、恐らくは倒されているであろう仲間達の安否の確認が先である。

 多少悔みながらも、目を閉じ、ゆっくりと弓を下ろす。そして、仲間達が殺されていない事、そして、そこまでは行かなくても、再起不能の重症を負わされていない事を祈りながら、背後、洞窟の大広間へと、足を運んだ。

 徐々に小さくなっていく大猪の足音を強制的に聞かされながら。



*** ***



「それじゃ、バウダー君とダギは一回ドンドルマに帰るって訳ね」

 謎の二人から攻撃を受けたアビスやスキッドも無事に自力で立ち上がり、そしてヴィクターから非常に力強い打撃を受け恐らく一番肉体的苦痛を受けたであろうクリスも何とか立ち直り、ようやく洞窟の入口を完全爆破封鎖した後、ミレイは今回助けるべき相手だった二人にその確認を取る。

「ああ、一回ギルドの方に報告に行かないといけないから、俺とこいつはこのまま帰らせてもらうよ」

 バウダーは一度ミレイ達から目を離し、その木々の奥の奥のそのまた奥にあるであろうドンドルマの街を思い浮かべながら、頷く。そして再び口を開く。

「後、それと……」
「はい?」

 ミレイは僅かに表情を暗くしたバウダーに違和感を覚える。

「ちっとも皆の役に立てなくて悪かったよ……。ただ助けられて、んで危険な目にまで合わせて……」
「いやいやいいって。そんな事いちいち気にすんなって。あいつらはちょっと、んと、未知なる存在、みたいなそんな連中だったんだから、気にすんなって」

 バウダーは救助までされ、そして救助された側であるバウダー達はこれと言った活躍すらも見せられず、自分達が非常にお荷物的だと言う印象を受け、思わずその視線を下へと下げてしまうが、その落ちたテンションを保とうとしたのは、スキッドだった。

 一応同じ場所で縛られていた為にそこである種の仲が出来上がったのだろうか、バウダー達と縛られていたスキッドは、殆ど会話らしい会話を何度も交わしたと言う訳では無いと言うのに、既に友達になったかのような口調で、バウダーを宥める。

 実質、助けに来た側のスキッド達もあの男達二人にはまるで歯が立たず、一方的に力負けしていた為、決してバウダー達だけが原因とは言えないだろう。

「スキッド、お前、相変わらず……。まいいや、でもさぁ、皆無事だったんだし、それに洞窟もちゃんと塞げた訳だからとりあえずOKって事でいいんじゃないの?」

 アビスはスキッドの今日初めて会った相手に対する態度を少し羨ましげに思いながらも、結果として全員生還出来たのだから一応クエストの依頼として考えれば成功だと心で思う。

 無論、あの謎の二人の男に対する不安と疑問は消えてはくれないが。

「そうだよね。やっぱり、皆がちゃんとこうやって生きて来られたんだからとりあえずはそこんとこで喜ぼうよ!」

 クリスとしても、あの男二人を捕える事に失敗した事はどうでもいい事だと考えている。命が助かっていれば、またいつかやってくるであろうチャンスに食らいつけるのだから。それは飛竜相手でも同じ事だ。

「いい事言うねクリスちゃん! 来てくれてホントありがとね!」

 無事に全員が助かった事を喜ぶクリスに対して、ダギはその年齢にはやや似合わない老けたような容姿をにやつかせながら、その歪みのある声を発する。その妙な笑顔から、クリスは初対面から気に入られてしまった様子が窺い知れる。おまけに敬称まで加えられたのだから。





――洞窟内部で無事を確認する為に近寄ったのが不味かったのだろうか?――



直接目の前へ足を運び、バウダー、及びダギの安否を確認したクリスだが、
やや近距離で見つめられたクリスは、即座にダギに気に入られたらしい……。

その場で軽い自己紹介を含めた挨拶も交わした訳だが、その愛らしい容姿が認められ、短時間で気に入られたらしい……。
流石に外見的特徴だけで好き嫌いの判断を決定するのは良くない事ではあるが、
それより、あの臭気を思い出すと、どうしてもやや辛苦な反応を取ってしまうクリスである。





「あ……あぁそうだねぇ! 私もちゃんとダギ君達も助かって……良かったって思ってるから!」

 ダギに敬称を付けられて名前を呼ばれた途端、まるで背筋に寒気が走るような感覚を覚え、同時に眉を軽く顰めるが、流石に外見的特徴や歪んだ声だけで引いてしまっては彼に悪いと思い、声を詰まらせながらも、クリスは無理矢理笑顔を作りながら頷く。

 そのクリスのどこか、僅かにダギの笑顔を嫌がっている様子を彼女の隣に立っているスキッド見逃す事は無かった。敢えてそこでは何も言わなかったが。

「それじゃ、そろそろ行かせてもらうよ。皆今日はほんとにありがと」

「じゃ、バウダー君達も元気でね」

 バウダーはミレイに右手をあげながら礼を言うと、ランスが背負われた背中を向けながらミレイ達の場所から遠ざかっていく。バウダー達は近辺の村で竜車等の移動手段を見つけてドンドルマの街へと帰るらしい。

 バウダーが歩き出してすぐにダギもその隣について歩き、そして一度アビス達の方向を向き、一言、例の歪んだ声で、言った。

「じゃあね、クリスちゃん! また会おうねぇ!」

 再び標的にされたクリスは苦笑を浮かべ、非常に気まずそうな表情を作りながら、そしてダギの腕をピンと伸ばして振っている手に合わせるように、クリスも左手を顔の高さまでしか上げないでゆっくりと、何だか震えているような感じを周囲に与えるように振る。

「そ……そうだね! ま、また、会おうねぇ!」

 アビス達に対しては決して見せないクリスのその歯切れの非常に悪い対応をスキッドは再び見逃さず、先程は口には出さなかったクリスの本心を代わりにとでも言った感じで口に出す。やや小さい声で。

「クリス、お前あいつの事嫌がってんだろ……」



*** ***

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